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真の愛のある皆様、アロハです。愛のギブネス探求所へようこそ。この番組は、誰一人、何一つ取り残さない世界を目指し、ビジネスからギブネスにシフトした、
カナダ在住愛のギブネス探求レポートをお届けしております。 というわけで、皆様いかがお過ごしでしょうか。8月28日ですね。もう夏休みもあと2、3日になりましたが、
良い夏過ごせてますか、皆さん。私はすこぼる元気にお機嫌にやっております。
今日は、ギブネスの8月の収支報告と、あと、ちょっと最近考える平和って何だろうということについて、などなどお話ししてみたいなというふうに思っております。
フェイスブックの方にも、毎月、今月の収支、いくらサポートいただきまして、いくら収支がありまして、ということで、全部丸裸で公開しているんですけど、
今回の今月の収支は、8月単月の収支は28日時点で、マイナス204.57ドルとなっております。
公開し始めた去年の11月からの累計収支がマイナス47.12ドルということで、マイナスマイナス合わせまして、全部でマイナス251.69ドルとなっております。
マイナスだー。そうなんですよね。今月はですね、結構言い訳じゃないんですけど、PR、永住券の更新とかパスポートの更新とか、諸々ね、そういう処刑費などを重ねまして、
あと夏休みということもあったりするのかなと思うんですけど、このような数字になっております。
こうやって見ていると、数字って本当にただの数字だなというふうに思うんですけど、
なんて私たちはこれにプラスだ、マイナスだ、ゼロが1個多いとか、何桁だとかって、何て翻弄されているのかなというふうに思いつつ、
でもなんかゲームみたいな感覚もありますよね。
でも、ギブネスなんで、頑張ってこれをプラスに展示したいっていうふうに策を練るっていうよりは、ただただ今自分にできる、最も価値のあることをやり続けるということに尽きるので、
すごくシンプルになったなというふうに思っております。
はい、そんな感じです。9月はね、結構日本から大事な来客があったりとか、
イベントね、場作りなど、ご縁作りなどなど、はい、ご指名ありますので、引き続き応援してくださるととってもとっても嬉しいでございます。
ということで、平和、平和についてですね。で、なんで私今平和について考えているかというと、
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9月21日ですね、ピースデーということで、この日、この日、1日だけはもう銃を置いて、みんなね、
争うのをやめようよと、戦争をやめようよということで、まあ世界的、世界的な、
共通のね、世界共通のピースデーっていう日があるんですけど、世界共通のピースデー、威力って感じですけど。
これ私のね、誕生日、愛が生まれた日でもあるんですけど、このピースデーにですね、私この4年ぐらい詩をね、奉納させていただいておりまして、
今回もね、本当にとっても素敵なステージで、とっても素敵な方にね、朗読していただけることになりそうなんですよね。
で、毎年この時期になると、まあ今年のね、いろいろ1年感じたこととか、世界で起きていることとか、
自分の心の中でね、紡いでいることなどなどね、編み編みしながら、まあ一つの詩にまとめて奉納するわけです。
今回、この1週間ぐらいちょっとね、そろそろこうまとめて言語化してみようかなということで、詩を紡いでいたわけなんですけど、
それにあたって、まあ去年おととしその前の詩をちょっと読み返していたんですよね。
で、振り返って自分の詩を見てみる、読んでみると、なんかこう、なんだろう、こう言っちゃうんなんですけど、
まあ数年前はちょっと呑気だったなみたいな雰囲気が、まあ呑気では決してないんだが、なんかね、ありまして、
逆に言えば、毎年毎年その年々ですね、危機感みたいなものがすごく増している気がして、それがなんか自分の書いている詩にも現れている感じがしたんですよね。
で、今年の気分としては本当に、なんだろう、今この事態に一体何が欠けるんだろうっていうふうな気持ちになったりしました。
なんですよね。まあこれって本当に私だけ、個人のことだけではなくて、まあほんとあらゆる環境活動家の方ですとか、
まあピース・デイ・アース・デイ・ワールド・シフトとか、まあその本当にいろいろね、こう、名前がついている団体から、まあね、そう名付けの、はい、あの人々の活動から、まあそのようにこう平和に向かって、
あの、なんだろう、地球というね、一つのね、大きな生命体のために、まあイコール自分のためにでもあるんですけど、
何かこう活動をしている人たちにとって、何というのかな、もちろん希望は絶対に捨てないんだけれども、灯し続けて歩み続けているんですけれども、
それにしても、後を追ってくるこう絶望がね、すごい、なんていうのかな、
大きくなってきているというか、まあ振り返ってみて、例えば70年代にあのヒッピー運動というかね、そういうベトナム戦争に対してとか、まあいろいろそう世界の情勢に対して、
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戦争反対だとか、ラブ&ピースだとか、まあそういうムーブメントってすごくあったと思うんですけど、まあその戦争反対というのを、
ピースで、ラブでピースのムーブメントにしたりとか、音楽に託したりとか、あともしくは、
兵隊さんなら戦争に行かずに、あの山の方にね、
仲間とコミュニティ作って、エコビレッジ作って、まあそういうムーブメントもあったわけなんですけど、
私はその時はまだね、たぶん生まれてなかったと思うんだが、
その時はその時のなんか危機感みたいなものがあって、そういう表現になったと思うんですけど、その時のその危機感とかよりも、今の危機感って、
なんかより一層こう複雑に巧妙になんか入り組んじゃってるなーっていう感じがすごくしていて、
その一方でもちろんね、闇が入り組むに連れてというか、それと同じくして光の方もね、すごい勢いで放たれているということなんですけれども、
とにかくね、本当にこの世界で起こっていることをですね、
知れば知るほど、一体何ができるんだろうっていう気持ちになっちゃうわけなんですよね。
この、そういう気持ちになっちゃう、危機感感じすぎて落ちちゃうっていうのは、私自身のね、課題でもあるんですけど、
でもやっぱりその知らずにいる、知らずに知らぬふりをして、
いや、私のこの3メートル以内は平和だからってね、私の今の今ここは平和だから、だから世界は平和だっていう、
まあそういう世界線というか、世界線の考えというかね、そういうフィールドもあると思うんですよ。
それはそれですごく大事なんだけど、やっぱり自分がやっているミッションとして命を注いでいる活動においてですね、
やっぱり世界で何が起きているかをまず知るっていう必要があって、それ全部は知りきれないし、
そもそも知るって何だとか、世界って何だみたいな、これちょっと後で話しするんですけど、
まあ知りきれはしないんだけれども、やっぱり何が起きているかって、その情勢とかね、その裏側みたいな、なぜそれが起こるのかみたいなことも知る必要があって、
で、まあ自ずとね、そういうことに関わっていると、そういうのが入ってくると。
でもなんか正直、知ってしまうと、本当にこう、あまりのね、人類の愚かさとか、闇の深さとか、
どうしようもないさとかにね、こう一旦こう、倒れ伏したくなるみたいな、絶望するしかないみたいな状況になっちゃうんですよね。
まあ本当にもうね、どんなに言っても、終わらない戦争もそうだし、洒落にならない気候変動とかもそうだし、
まあいろんなね、勢力みたいなもそうだし、もう犯罪貧困暴力ね、まああらゆるところにね、何かが起きてたり。
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で、まあ私たちの日常にもね、どんどんどんどんこうね、
何だろう、詐欺とかなりすましとか、まあそうじゃなくても、そういうふうにね、いかにもかっこしてなくても、
やっぱりどんどんこう意識をね、浸食されているなっていうことってあるわけなんですよね。
で、これって本当にあの、まあディストピア小説のね、4名どころで1984と、また素晴らしい新世界っていうね、ありますけど、
まあなんか、まさにあの世界、ナウだなっていうふうに思うわけなんですよね。
もしくは、あれ何十年も前にね、描かれた小説なんで、
もっと入り組んで、闇が深くなっちゃってんじゃないかなっていうふうにちょっと思ったりもするんですけど、
まあね、そうタオル伏したくなると。
まあでもとはいえ、さっき言ったみたいに、そのまあ私の3メートル以内みたいな、手の届く範囲の現実っていうのはまあ自分も元気だし、
子供も元気だし、まあね屋根のあるお家でシャワーも浴びれるし、ご飯もね炊けるわけなんですよね。
本当にありがたいなということで、まあ昨日もね、今日も引き続き平和にね、生きているわけなんですけれども、
でもなんか、うーんとね、なんだろう、なんだけど、こう、明日はそうと限らないっていう感覚が常にあるなっていうふうに思ってます。
まあもちろんね、人はいつか死ぬのはね、もう100%そうだし、次の瞬間にどうなるかわかんないっていうのはね、
まあ別にそんな戦争とか気候変動とかなくたってそうなんですけど、明日もこれが同じようにこの世界が続くとは限らないなっていうのが、
なんか必死必死と感じる。
でもそれは決して、なんていうのかな、悲観的なものではなくて、じゃあどう生きようかなっていうことにつながっている感じなんですよね。この感じなんですよね。
そうそう、でね、昨日なんでこんなことを考えているかっていうと、まあピースデーの死を紡ぐってこともそうなんですけど、
まあ前回のホロス、今月のホロス宇宙旅行がですね、まあテトラさん、谷崎テトラさんと松並リュウゲンさんという私のね、
二大推し面のね、まあ深深、深淵対談、深淵宇宙対談みたいな感じなんですけど、まあこの今回のテーマが新前備の禅の方ですね。
どのようにね、良い行ないと、まあ新前備の禅のフェーズに行きまして、テーマが地球っていうテーマだったんで、
どうしてもその環境問題、テトラさん30年ぐらいに関わっていらっしゃるので、そういう話をしてて、それをまあ仏教、密教的に見るとどうなのかという話をお聞きして、
まあ感じていることを今シェアしているんですけど、まあそこで、そこでもね、あのお話ししてくださった
テトラさんがね、あのことは、まあ本当にその気候変動とか環境危機っていうことに関しては、まあほんの十数年前、2010年とか2012年だったかな、SDGsとかね、
出た時。で、あの時はまだね、あのまだ、このまま行くと船は沈むよっていう。でもみんなで、この
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沈みゆく船のね、どんどんどんどんこう水が入ってきていると。でもその穴の、空いた穴のね、空いた穴を全員でこう
塞いでいけば、乗員もね、乗組員もね、あのお客さんもね、全員で協力して、その穴を防げば
みんな生き残れるっていう。だから穴を防ごうっていう。みんなで、全員で。 そういうフェーズだったんですよね。まだ選択肢があったというか、全員が助かるという選択肢が
あったわけですよね。そういう中で、まあリオの会議で、誰一人取り残さないということを宣言して、まあSDGs
っていうものができたわけなんですけど、まあ誰一人取り残さないっていうフレーズが出たっていうのはすごいことだった
っていうふうにね、あの実際に出席されたテトラさんもおっしゃられてましたけど、まあ本当そうだなと思うんですけど、まあSDGsが
上がってきたと。 で、今十数年後ですね、2025年どういうフェーズなのかというと
全員がね、穴を塞ごうとはしなかったということなんですよね。SDGs、17項目できたんですけれども、まあそのね自分のエゴとか
利益というものを優先して、まあそこにね 従わなかったが故に
船は沈んでしまうことが決定したと。 じゃあどういうふうにね、生き延びるかっていう、なんかそっちのフェーズ、なんかこう終末、終わりに向けて
どう生きるかどう生き延びるかっていうフェーズのような気がするんですよね。 で、まあ実際にね、今この地球上のね、そのいろんな観測とか
データとか、歴史から見たね、これからのね 気候の流れとか、いろんなデータがまあすでに出ているんですけど
まあニュースとかね、新聞とかでは決してそんなことを言わないわけですよね。 猛暑ですね、塩飴舐めて熱中症気をつけてくださいねっていうふうには言うんですけど
これがまあ気候変動で、これからどういうふうなねシナリオがね 展開される可能性がありますよっていうようなことは
一切ニュースとか言わないっていう、言ってもね、あまりにも絶望的なデータなので、言ってもね、恐怖を煽るだけ
なので、もはやもうそんなものはないっていうことになってるんですよね。 なんだけど、まあ本当にまあ今そのニュースとか、新聞とかだけじゃないし
情報のソースはむしろね、いろんな気づいている人たち、知っている人たちはまあとっくにね、意識をシフトさせていて
でもせいせいとね、手足を動かして仲間作って、土田を生やして、村作って、救命ボードをね、どんどん作っている状態なんですよね。
はい、それと同時にもう一つね大切なことは、まあ世界で何が起きているかっていうことに加えて、そもそもその世界って何なの?
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っていうことを知ること なんですよね
まあそもそも、まあ 船は沈む。人類がね、こう滅んでいくっていう風に言うと、なんかめちゃくちゃ怖いじゃないですか
めっちゃ悲劇じゃないですか。死にたくないし、苦しい世界とかね、北東の刑みたいなね、なんかもうね、あんななんかこう
世界見たくないじゃないですか、終末の世界見たくない。だけど、でもそもそもこの地球って人間の所有物じゃないわけなんですよね。
人間の星ではないと。人間目線だけで見たら、その船が沈むっていうことはものすごい悲劇なんですけど、
まあ人間以外の生物の目線で考えたら、もう ビバ!生命繁栄ですよね。やったー!みたいな。
生命がね、削除されずにね、循環して繁栄していく時代が来たぞっていう、まあそういうことかもしれないし。
もう一個そもそもね、その人間とかその日本人とか私っていう風に、私たちって勝手にね、自分のその命のね、生命の境界線をね、
描いてね、アイデンティティとしてそのように生きていますけれども、まあ私たちの誰もが、でもってこの世界にあるね全てね、
何もかもが、まあ本当この地球っていう、その巨大なね、生命体の本当にささやかな小さなね、一部でしかないわけなんですよね。
それが今なんかこうね、私も含めてね、なんか絶望したり希望をね、それでも胸に抱いたりとか、
わちゃわちゃやっているわけですよね。まあそういう視点もあると。でまあそもそもその3なんですけど、まあ死ぬとか生きる、
生と死っていうものだって、まあ単なるね、命の流れの本当にね、を切り取っただけで、むしろね、この肉体を卒業する、死ぬ肉体を卒業するっていうことこそが、
大いなる何か、その本当サムシングレートなのか神なのかね、なんかわかんないですけど、その大いなる何か、もともとのその命の姿に帰っていくっていうことであって、
それは祝福すべきことだったりもするかもしれない。 まあそういうふうに考えていると、永遠にね、そもそも世界とは命とは、この宇宙とは、みたいな感じでね、
永遠にね、それ続いちゃうんですけど、でもまあもう一回このこの肉体、この私というね肉体に意識を持っていって、
そうは言っても、まあ全部宇宙だし、全部人つながりの命だし、
そうなガイアのね、私はパートオブガイアでしかないんですけども、なんだけど、でもそうは言ってもあくまでも私は人間として生まれて、
人間として生きてるし、で、まあ私というね、存在として生きて行動している。 なので、まあなんか本当にそのガイアからね、その私個人っていうね、そういうあらゆるね、
なんかその視点、視座みたいなものを、こう行ったり来たりしながらも、なんかそれを全部こう含んで抱きしめたところの人間、私として生きるしかないわけですよね。
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こうやって生まれたんだから、そうなんですよ。 山の中でね、瞑想して、じゃあその人つながりの命だったら、そのまま土にね、帰ればいいじゃないかっていうわけにはいかないんですよね。
だってここにね、体験するために、味わうためにね、生まれてきたんだからっていうところがある。
まあそんな視点を行ったり来たりしているわけです。 あとはまあちょっと冒頭にもお話ししたような気がするんですけど、まあ私が平和であれば世界は平和なのか、
それともこの世界で誰かが苦しんでいる限り、私は平和ではないし、世界は平和ではないっていうことなのか、それともそのどちらもなのか、
そもそもね、すべては空やしみたいな、それ言っちゃおしまいよっていうことなんですけど、
まあそうでしかないんだけど、それを言ったら何も始まらないみたいな、何も始まらないがすべては始まるみたいな、まあ本当にそのね、無限ループみたいな感じなんですけど、
まあまあとにかくね、ペラペラ喋りましたけど、まあそうやってね、全部ね、浮かび上がっていることを味わって、でまあ味わった上で手放しながら、
でまあ結局できることはやっぱりギブネスだなっていう風に私は、はい、ホロスをね、ホロス対話を聞きながら、ピースデーの詩を紡ぎながら感じたわけです。
はい、結局ギブネスなんですよ、そうなんですよ、これ本当にリュウゲンさんが言うところのね、密教の教えにものすごいなんかこうね、
幸せがあるんですけど、結局できることは、今私にできる最も価値のあることを無料でやる、で困った時は助けを求める、で人を変えようとしない、これに尽きるなあっていう風に思うんですよね。
だからどういう状況であっても、良き因果律を奏でるっていう、ほんとそれだけ、あとはまあそこにね、その関係性の中で生まれる、
何か意味みたいなものに、意味付けてそこに苦しみを生まないようにするっていうことだなっていう風に思うわけです。
はい、なので、何が言いたいかというとですね、全然まとまらないんですけど、でも世界がね、平和だとか平和じゃないとかね、いやいやとかいろいろ感じていようがいまいがですね、
今日ね、何が起きようが起きまいが、本当に全てはね、認識と関係性でそこに付随する意味みたいなもの、意味情報みたいなものではあるけれども、とはいえやっぱりやっぱり人間だものっていうところもあるし、
どっちもあるし、どっちでもないかもしれないし、全部かもしれないしっていう、さっきの無限ループに戻るんですけど、
そんなわけで、やっぱりギブネスの3原則。 そのギブネスの3原則をやってれば間違いはないと思う。
間違いはない。間違うことはない。変な方向に行くことはない。 で、まあ本当にだから、
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この3つであることしかないんだなっていう風に、私は感じました。
はい。 全然まとめてないけど、まあ久しぶりに録音したし、そのまま放つことにしておきます。
はい、というわけでですね、まあちょっとこのピースデーの詩がどうなるか、また皆さんにもお知らせして朗読をね、私の声でもしたいなというふうに思ったりするんですけど、
というわけでね、まあますますね、今月、来月もね、今、私にできる最も価値のあることを無料でやっていきたいなぁと、ますます思う次第でございます。
はい、というわけで皆さんからのね、質問・感想・サポート、とってもとっても励みになりますので、ぜひね、コメント・フォロー・応援お願いいたします。
はい、今日も私は皆さんのおかげです。ありがとうございます。引き続き良い1日をお過ごしください。
はい、バイバイ。