\スリランカ旅16/朝5時半、まだ薄暗い仏歯寺には、すでに大勢の人が集まり祈りを捧げていました。お供物を抱えながら前へ進もうとする人々の姿から、この場所がスリランカにとってどれほど特別な存在なのかが伝わってきます。優しいご夫婦との出会いもあり、忘れらない体験となりました。
💡ディヤワダナ・ニラメとは?
ディヤワダナ・ニラメは、キャンディの仏歯寺、Sri Dalada Maligawa / Temple of the Sacred Tooth Relic の俗世側の管理者です。現在のプラディープ・ニランガ・デーラ氏は、2005年に第19代ディヤワダナ・ニラメに選ばれ、2015年、2025年にも再選されています。仏歯寺公式プロフィールでは、3期連続で選ばれた初のディヤワダナ・ニラメと説明されています。
‼️ディヤワダナ・ニラメの選挙は市民選挙ではない
ディヤワダナ・ニラメは、一般市民が直接投票して選ぶ役職ではありません。
Buddhist Temporalities Ordinance では、空席が出た場合、マルワットゥ寺・アスギリヤ寺の大僧正、キャンディ地方の行政関係者、キャンディ王国圏内のデーワーレのバスナーヤカ・ニラメ、一定以上の収入がある寺院の管理者などが会議に召集され、選挙を行う仕組みになっています。投票は秘密投票です。
つまり、血筋だけで決まる世襲ではありませんが、現代的な普通選挙でもありません。
宗教・伝統・行政関係者による、かなり限定された選挙人団の選挙です。
🕰️2025年の選挙
2025年11月7日、プラディープ・ニランガ・デーラ氏は3期連続でディヤワダナ・ニラメに選ばれました。投票総数362名のうち195票を獲得。過半数181票を大きく超えての圧勝です。
次点の候補は50票、その次は13票。投票差の大きさが支持の厚さを物語っています。
2005年から2035年まで、30年間同じ人が務めることになります。
👂スリランカ人の仏教を深く愛しているクマラさんの現地感覚
キャンディで働くスリランカ人のクマラさんによると、現地ではディヤワダナ・ニラメの選挙について、旧貴族同士の激しい権力闘争というイメージはあまりないそうです。
複数の候補者は出るものの、現在の代表が20年近く続いており、かなり圧倒的で、競争としては強くない印象とのこと。
選挙後に悪評が出ることもあるが、人々はあまり信用していないそうです。
また、市民の感覚では、ディヤワダナ・ニラメは政治家というよりキャンディ文化の代表。政治面ではキャンディの行政トップ、文化面ではディヤワダナ・ニラメ、という役割分担の認識があるとのことでした。
❓バスナーヤカ・ニラメとは?
バスナーヤカ・ニラメは、デーワーラヤの俗世側の管理者です。
デーワーラヤは、仏教寺院というより、神を祀る聖地・神殿のような性格を持つ場所です。Buddhist Temporalities Ordinance でも、バスナーヤカ・ニラメを置く慣習があるデーワーレでは、そのバスナーヤカ・ニラメが trustee、つまり管理受託者になると定められています。
ざっくり言うと、仏歯寺の俗世側トップがディヤワダナ・ニラメ、カタラガマのようなデーワーラヤの俗世側トップがバスナーヤカ・ニラメ、という理解で大きく外れません。
🤝カタラガマとのつながり
私たちが訪れた(ep.501に収録されている)カタラガマは、ヤーラ野生保護区の近く、メニック川沿いにある多宗教的な巡礼地です。仏教徒、ヒンドゥー教徒、イスラム教徒、キリスト教徒まで訪れる聖地と説明されています。
現在のディヤワダナ・ニラメであるプラディープ・ニランガ・デーラ氏は、仏歯寺に来る前に、ルフヌ・カタラガマ・デーワーラヤとサバラガムワ・サマン・デーワーラヤでバスナーヤカ・ニラメを務めていました。
そのため、カタラガマ、ペラヘラ、象、仏歯寺、ディヤワダナ・ニラメは、それぞれ別々の話ではなく、スリランカの宗教・伝統・権威の仕組みの中でつながっています。
🐘象について
今回のエピソードでは、仏歯寺の敷地内で鎖につながれた象を見た体験を話しています。
クマラさんによると、ディヤワダナ・ニラメは象を所有しているとのことでした。(個人所有の詳細は公開情報だけでは断定できませんでした)
一方で、プラディープ・ニランガ・デーラ氏が、ペラヘラ用の飼育象不足について発言し、飼育象や伝統行事に関する議論の中心的な人物として報じられていることは確認できます。
今回の話で大事にしたいのは、スリランカ文化を一方的に否定することではありません。
ただ、自然の中の象を多く見てきた旅人の目には、仏歯寺で見た鎖につながれた象は幸せそうには見えませんでした。
「伝統の中で大切にされていること」と「その動物が幸せに生きていること」は、同じではないのではないか。
その違和感を、旅の体験として話しています。
🩸スリランカの名門家系についての考察
現在のディヤワダナ・ニラメはプラディープ・ニランガ・デーラ氏は、デーラ家の貴族になりますが、エヘレポラ家のようなドラマはあるのか気になりました。
結論ですが、デーラ家には、エヘレポラ家のような歴史に深く刻まれた凄惨で壮絶な悲劇の物語はありません。
エヘレポラ家のエピソードがあまりにもドラマチックで残酷すぎるため、スリランカの歴史全体で見ても極めて特異なケースと言えます。両家の歴史的立ち位置の違いを比較してみると、デラ家がどのような道を歩んできたのかがよく見えてきました。
1. エヘレポラ家:国家の終焉と連動した「滅亡の悲劇」
エヘレポラ家(特にエヘレポラ・クマリハミの悲劇)は、スリランカ人で知らない人はいないほどの国民的悲劇です。
凄惨な結末: キャンディ王国末期、国王に反逆した夫(エヘレポラ・ニラメ)の見せしめとして、残された妻のクマリハミと幼い子供たちが公開処刑されました。
歴史の転換点: 子供たちが目の前で斬首され、妻は湖に沈められるというこの事件は、当時の民衆の激しい怒りを買い、キャンディ王国がイギリスに滅ぼされる(1815年のキャンディ条約)直接の引き金となりました。まさに「国家の崩壊とともに散った悲劇の象徴」です。
(前回の概要に記載した通り、どこまでが真実かプロパガンダだったか不明な点も多いです)
2. デーラ家:時代の荒波を生き抜いた「存続と繁栄の物語」
一方、デーラ家(Dela family)の歴史は「悲劇」というよりも、「植民地支配や政変の激動をうまく泳ぎ切り、現代まで名門としての地位を維持し続けたサバイバルと繁栄の物語」と言えます。
巧妙なサバイバル: イギリス統治が始まると、多くの反英派貴族が粛清・没落していきました。しかし、デーラ家を含む一部の地方貴族(ラダラ)は、イギリス政権下でも地域の指導者(現地官僚など)としての地位を巧みに維持しました。
現代での大躍進: 歴史の表舞台から消え去ったエヘレポラ家とは対照的に、デーラ家は近代から現代にかけてさらにその権威を高めました。プラディープ・ニランガ・デーラの父親が外交官や州知事を歴任し、本人が聖歯寺のトップ(ディヤワダナ・ニラメ)に3期連続で選ばれていることが、その圧倒的な生命力を証明しています。
2つの名門家の違い
エヘレポラ家: 王国の終焉とともに残酷に散っていった、教科書に載るレベルの「悲劇の家系」
デーラ家: 王国の滅亡、植民地時代、そして現代の民主化をも生き抜き、いまなお最高峰の権威を誇る「勝者の家系」
壮絶なドラマ性(映画や小説になるような涙の物語)という意味ではエヘレポラ家に軍配が上がります。しかし、何百年もの間、血筋と権力を絶やさずにスリランカのトップに君臨し続けているデーラ家の「名門としてのしぶとさ・生命力」も、別の意味で見事な歴史の物語と言えるかもしれません。
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