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2026-03-10 49:40

"付き合う人は選べ" という怖さ #306

spotify

最近気になっていること。付き合う人は選べ。本当にそれだけなのか。4年生になったらいなくなったケイちゃんはどうしてるんだろう


ケイちゃん/付き合う人は選べは本当か/ギャンブルの話で疎遠に/選ぶ力を得た/安全から損得へ/現実を見ているのか/GTO/猫がいなくなった/貧困層はどこにいる


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サマリー

このエピソードでは、「付き合う人は選べ」という現代の風潮について深く掘り下げています。パーソナリティの一人が、小学校時代に知的発達に遅れのあるクラスメイト「ケイちゃん」との交流を振り返り、当時の公立学校では多様な背景を持つ子供たちが共に学んでいたことを語ります。しかし、現代では教育や環境を選べるようになり、意図せずとも「自分と合わない人」や「レベルの低い」とされる人々との接触が減っている現状に疑問を呈します。 さらに、病院の病室の差や、ギャンブルを嗜む友人との関係の変化などを例に挙げ、人々が「安全」や「損得」を基準に人間関係や環境を選ぶ傾向が強まっていることを指摘します。この「選ぶ力」の獲得が、意図せずとも社会の分断を深めている可能性や、現実の一部しか見ていないのではないかという懸念が示されます。また、ドラマ『GTO』の例を挙げ、学校や社会が「排除」の論理で成り立っている現状に疑問を投げかけ、多様な人々が共存する社会のあり方について考察します。 後半では、地域から猫がいなくなった話や、貧困層の実感が薄れている現状に触れ、人々が都合の悪い現実から目を背け、安全で快適な環境を選び取ろうとする動きが、社会全体にどのような影響を与えるのかを深く考察しています。最終的に、自分自身も無自覚に「排除」を行っている可能性を認めつつ、現実を直視し、多様性を受け入れることの重要性を問いかけています。

小学校時代のケイちゃんとの思い出と教育の選択
始まりました。独立後のリアル。Hassyです。
Keikoです。このポッドキャストは、人生を本気で変えたい人の講師をしてきた2人が、これからの時代を賢く面白く生きるヒントを、愉快に無責任に話す番組です。毎週火曜朝6時配信です。
独立やルームサポーター、パトロンの皆さんの応援によりお届けしています。
ちょっと今日ですね、話してみたいことというか、この間思い出したことがあって、少し話していい?
でひでひ。
小学校の時にね、フルネーム言うと、ケイスケ君という人がね、同じクラスにいたんですよ。
1年生と2年生と3年生ずっと同じクラスで、ケイちゃんケイちゃんと呼んでいて、
その彼は、たぶん今思うと、軽いこの知的障害の発達が遅れてるというか、
そういう結構落ち着かない感じとか、ちょっと授業の途中で気性を発したりとか、そういうことがある人だったのね。
同じクラスにいて、なんか変わってるなとは小学校の中で思ってたけど、
俺はなんかすごい結構仲が良かったというか、帰りの方面も近かったのもそうなんだけど、
一緒に帰ったり、たまになんかどうしたらいいんだろうみたいな、厄介までいかないんだけど、
まあ突然気性を発したりとかさ、なんかこう予測不能な行動をするから、びっくりはするんだけど、
なんかこう、基本いい人だなと思ってさ、すごい仲良かった、ケイちゃんという子がいたんですよ。
4年生のね、4年生になったら、いなくなっちゃったんですよ。
クラスに。クラス替えとかしてないんだけど。3、4年は一緒なので。
で、なんかびっくりして、先生とかもあんまりそのことに触れずに、
ケイちゃんは、ちょっと違うクラスにみたいなことを、ぼんやり言われたんだと思うんだけど、
家とか引っ越してないのはわかるからさ。
どっか転校しちゃったとか、そういう理由があんまないはずなんだけど、家はそこにあったの知ってるからさ。
でもまあ多分、なんていうの、養護学校みたいな?
養護学級?
みたいなことなのか、ちょっと詳しくわかんないけど、多分少しそういう、
発達が遅い人たちの向けの学校があって、多分そこに行ったってことなんだよね。
で、俺はなんかすごい小学校ながらに、結構こう、びっくりしたというか。
そうだよね、仲良かった人が突然いないんだもんね。
でもなんかそのことについて、みんなが触れない感じがあって、
なんか親とかに俺言ったかどうかわかんないんだけど、
みんなあんまり触れないし、先生もなんとなくぼんやり言うように俺は捉えてさ、
すごい印象に残ってるんだけど、
最近ね、例えば学校とかもさ、
公立でもさ、学校を自分で選べたりとか、
特にお金持ってる人とかはさ、例えば私立に行ってみたいなこととかさ、
自分で行く場所とかがさ、選べたりとかもさ、するんじゃない?
で、もしそうなってたらさ、そういう人に会ってたかどうかわかんないんだけど、
俺小学校の時にそういう、景ちゃんという少し発達が遅れてると思われる人がいたこととか、
結構いろんな人がいたわけよ。
家の環境とか多分結構今思うと、すさまじいというかさ、
小学校の間に名前が3回変わっちゃう人とかさ。
公立だったのかな?
公立、公立。世田谷の公立だったんだけど。
で、あと、なんていうんだろうね、
家とかがさ、結構本当にボロボロというか、
今思うと結構すごい家だったなというふうなもの。
そういうとこに住んでる人とかさ。
で、僕はそういうとこに一緒にいれた経験が、
あったっていうことが、すごく結構貴重な経験じゃないかなとも思ってて、
中学から私立に行ったからさ、
ある種そういう人にはそんなに合わないっていうかさ、
正常とか言っちゃったからさ、
それなりにでも私立行く自体がさ、
お金もね。
学校も結構お金がある人たちが行く。
行けるっていうことだからさ。
そっちが悪いとかじゃないんだけど、
なんかこう、そういう公立でも昔みたいに、
とにかくこの小学校行くしかないみたいなさ。
選べなかった時代だよね。
選べない、選べない、選べない。
っていう時だから、なんか会えた人とかさ、
なんかそういうことっていうのが、
僕の中では、今に役立ってるみたいな言い方すると変なんだけど、
なんて言うんだろうな。
「付き合う人は選べ」という風潮への疑問
今とかもさ、結構自分たちとこのやっぱり、
なんとなく会う人たちとかさ、
なんかそういう人たちとこうやっぱりいることが、
大人になっていくと増えていくじゃない?
自分と会う人たちとか、似てる人たちとかね。
似てる人たちとかさ、
なんか極端に職種が違う人とかとさ、
あんまり一緒にいることもそんなに多くなかったりするからさ。
何が言いたいかというと、
なんか最近さ、SNSとかでもさ、
なんか自分と会わない人とはいなくていいとかさ。
わかるの?なんか言いたいことは。
タイパーが悪いみたいな、コスパ悪いみたいな、
そういうこともあるし、
こういう人たちと時間費やしてても。
そうそうそう、なんかそういう人は選んだ方がいいよ。
あーそうだね、人は選んだ方がいいよみたいなのもあるね。
なんかもうちょっと言えばさ、
なんかこう、あんまり自分のレベルを下げてまで、
みたいな雰囲気の言い方もあるように、
俺には聞こえるわけ。
なるほど。
なんかやっぱレベル高い人たちとやっぱりいることが、
みたいなさ、言い方とかも結構ある感じがしててね。
なんかでもそれは本当に、
昔からさ、付き合う相手を選べっていうのはさ、
なんか頭としてはわかるし、
それはすごく大事なことだなとも思いつつ、
なんか付き合う人を選びすぎると、
人として打たれ弱くなんじゃないかなとか。
おー。
なんかそれがどういう影響があるのかなとか、
付き合う人を選べっていうのはわかる。
それに正しいとも思う。
でも逆もあるよなっていうことをすごく思っていて、
なんか最近それにこうなんかちょっと付随することがいっぱい、
なんかそういうことになんだろうな、関連する。
例えばだけどさ、
うちの親父が今入院してるじゃない?
はいはい。
同部屋?相部屋か。
まあ。
相部屋じゃない。相撲みたいになっちゃった。
何人か入れるお部屋か、
一人か個室かみたいなね。
何人か入れる方のお部屋。
そうそう。
4人の部屋にいて、
で、なんかうちの親父はちょっと病状の関係でさ、
個室にまた行ったんだけどさ、
たまたまその病院のさ、なんか上の階の方にさ、
ちょっと行く機会があって、
で、そしたらその上の階はさ、
もうなんかラグジュアリー病室みたいなのがあるわけよ。
あー!
同じ病院の中に?
中に。
へー。
まあすごい多分高いんだと思うんだけど、
もう壁の色から全部違うわけよ。
へー。
でもラグジュアリー感バッチリ出してて、
なるほど。
多分全室個室でみたいな。
はいはいはい。
で、それもさ、ある種さ、
お金でそうやって選べて、
うんうんうん。
多分すごくお金持ってる人たちはそっちに行って、
まあもしかしたらいい治療を受けてるのかとかわかんないけどさ。
そうね。
一人当たりの見てもらえる時間が長いとか、
そういうのもあるかもしれないね。
確かに4人部屋とかさ、
結構カオスなわけよ。
そうだよね。
もうカーテン1枚の隣側からとかさ、
すごい罵声が聞こえてきたりとかさ、
うーん。
もう看護婦に当たり散らしてるなんかさ、
おじさんがいたりとかさ。
あーそうなんだ。
今でもそういうのあるんだね。
いやもう全然ある、全然ある。
そっかそっか。
っていうこともあるんだけど、
そういうのも知らないで行くこともできるわけじゃない。
うんうん。
なんていうんだろうな、
その付き合う人選ぶとかなんかさ、
すごく綺麗なとこに居すぎるみたいなさ。
うーん。
なんかそういうのがさ、
前から気になってたんだけど、
うーん。
ますますそういうことはすごい分かれているなというか。
進んでるよね。
極端だなと思って。
うーん。
それってどうなんだろうなーとかって。
そうだねー。
どうなんだろうねー。
ははははは。
いやなんかすごい思うんだよね。
ギャンブルの話で疎遠になった友人
いや例えばこの間もね。
うん。
あのー、
まあ僕ほらギャンブルとか好きじゃないですか。
はい。
で公営ギャンブルとか。
はい。
好きじゃないですか。
競馬とか、競輪とか。
で例えばそのね、
ちょっと久しぶりに会った友達がいたのよ。
うん。
で最近なんか何してんのとか、
なんか最近なんかその仕事以外とかどんなことしてんのって言うから、
普通に、
そうねなんかこの数年俺結構競輪にハマっててみたいに言ったらさ、
なんか劣化のごとく。
うん。
そのことについて、
いやそれほんとにやめた方がいい。
え?
いやもうすごい言うわけよ。
うん。
うん。
良くない。
あー。
いつの時代のお友達?
いやそんなに、
まあ10年以内ぐらい。
あ、でも社会人になってからのお友達?
お友達で。
でも要はそんなもの世の中に良くないし、
依存を生むだけだし、
何にも役立ってないしみたいな感じで、
あのほんとに良くない。
へー。
でも多分結構そういうこと言う人もいるんだろうなと思う。
うんうんうん。
でまあさ、
まあある側面ではおっしゃる通りかもしれないけど、
うん。
そこまでなんか言われるものなのかなとかさ。
うんうんうん。
でも多分そういう人たちにとっては、
もうなんかギャンブルする人とかは、
うんうん。
もうそれだけで、
多分自分の人間関係から、
俺多分ちょっと疎遠になった可能性もあるわけ。
あ、その瞬間からね。
そう。
へー。
いや俺はまあ楽しいからいいんだけどね、みたいに言ってるとさ、
いやそれはおかしいみたいな感じになってさ、
結構食いつかれて。
へー。
でも良かったね、発信の周りにも、
それおかしいって言ってくれる人がいたってことだもんね。
え、どういうこと?
え、だって、あ、いいんじゃないって言ってる人たちばっかりが周りにいたとしたらさ、
それおかしいっていう、普段出会わない人に出会ったってことだもんね。
あー、そういう意味か。
うん。
いやなんか俺はちょっと逆の感じを持ったわけ。
うん。
ギャンブルはいけないというふうに、
うんうんうん。
もうそれ以外ないんだなと。
うんうん、相手にとってはね。
そう。で、要はそういう要素があるから、
多分なんか俺と疎遠になっていく。
うんうんうん。
だから付き合いたくない人と、付き合わないみたいになっていくんだと思って。
まあそうだね。
うーん。
ちなみに発信はその人とまた会いたいと思うの?
うーん。
まあ別にそんなに拒まないけど、向こうはもうなんかあんまり嫌なんだろうなっていうか。
そっかそっか。
自分があんまり付き合うべき人じゃないんだろうなみたいな感じが、
まあこの文脈でいうとちょっとあるんじゃないかと。
そういうカテゴリーに入っちゃったんだね、話がね。
みたいなね。
で、そういうふうになんか分けてるのが、
うーん。
まあそれはちょっとした話なんだけど、
うーん。
まあ結構多いなと。
いやー多いよねー。多いよねー。
特権階級から庶民へ、選ぶ力の獲得
なんかそういうふうに振る舞えることが庶民化されてきたとも言えるよね。
うーん。
なんかその昔はさ、王様、お姫様、貴族とかさ、
その昔、だいぶ昔ね。
その昔、マリー・アントワネットとかの時代とかまで遡ればさ、
なるほど。
なんかそういうすごい特権階級の人たちが、
こう、このサロンに来ていい人と来て良くない人みたいなのは決め入れてさ、
で、来れなかったら弾かれるけど、
なんか街の人はそんなことをそんなに言ってる場合でもないっていうかさ、
生きていくことで一生懸命だしさ、
うーん。
そんなことを言ってる場合じゃないっていう喧嘩はするけどみたいな。
うーん。
なんかそういうのが、
まあある意味みんなお金も持ったし、
最低限暮らしていけるだけの、
なんかあるいは豊かに暮らしていけるだけのお金も持てたし、
なんか選ぶことができるっていう権利を、
権利というか力だね。
選ぶことができる力を得ていったとも言えるのかなと思ってさ。
うーん、そうね。
で、選ぶ、
なんか別にこれ持論というわけじゃなくて、
今話しながら出てくるままに喋ってんだけど、
なんかその選ぶ力を自分が持った時には、
やっぱり人はそうやって選んでいくのかなみたいな。
より綺麗な方へとか、
より美しい方へとかさ、
より混じり気がない方へとかさ、
なんかそういう方に人は選んでいくのかななんて今ちょっと聞きながら思って。
なんかそれが、それがどうなんだろうなっていう感じなんだな。
そうだよね、そうだよね。
うーん。
そうなんだよね、なんか混じり気がないというか、
まあでも自分に子供とかがいたら、
なんか変な学校には通わしたくないなとか、
なんかそういうことはさ、多分思ったりもするからさ、
なんか自分にそういうのがないとかじゃないんだけど、
自分たちにはもしかしたら、
なんかないさ、
なんかものすごいわいざつなものとかさ、
ギャンブルとかもそういうものかもしれないじゃない。
でなんか別にそれを認めてほしいとかじゃないんだけど、
どんどんどんどんこの排除して、
なんか付き合うものをさ、
なんかこう不快じゃないものなのか、
なんかそういうものを選んでいくっていうのは、
結構どういう影響が、
俺はなんかいい影響っていうか、
なんか微妙だなというふうに、
なんか思ったりをすごくしたんだよね。
何にとっての影響を気にしてるからね。
わいざつなものを避けて、
なんか多分始まりはさ、
自分の安全とか、
ドラマ『GTO』から見る学校の排除
そういうことじゃないかなと思うんだよね、最初は。
なんかだって小さい頃にさ、
変なおじさんについて行ってはいけません、
みたいなふうに習うじゃないですか。
まあそうだよね。
とか不良な人たちがいたら、
目を合わせるんじゃありません、みたいなさ。
なるほど。
目を合わせたら、なんか巻き込まれるかもしれないとかさ、
かつあげされるかもしれないとかさ、
いろんなリスクがあるじゃん。
だからそういうところを見てはいけません、
関わってはいけませんっていうのは、
多分最初は安全なんじゃないかなと思うわけ。
我が身の、あるいは我が子の。
でもだんだんそれがどうだろうね、
なんかもうちょっと今、
さっき最初橋が言ってくれたあたりって、
もうちょっと何か孫徳に入ってきてる感じもしてさ、
そこと付き合ってても得なことはないとか、
それって結局なんかこう、
上り詰めていくというかさ、
より利益を得ていくとか、
より良いものをみたいな、
なんかよりお金をとか、
より地位を、より名声をみたいな、
その方向感が大事だったら、
確かにそれ以外の人と付き合ってたら、
なんか本当に無意味かもしれなくて。
でもなんかその橋が今言わんとしてくれてることは、
なんかいや、それって人生でとか世の中で、
それが本当にみんなが行きたいところだったっけっていう、
そこへの問いでもあるような気はしてて。
そうね。
なんかものすごい色々分け始めている感じとか、
なんかそうじゃない人たちを、
ある種すごい下に見るみたいなことも、
多分やってたりするだろうなとかさ。
そうそうそうそう。
多分ギャンブルしてる、
多分なんかレベルが低い人だと、
多分思われたりとか、
多分そう思ってる人とかいると思うんだよ。
そうだよね。
きっと。
で、なんかそれはそれでいいんだけど、
なんかそうやって分けないようにした方がいいとかってことじゃないんだけど、
それってじゃあ現実を見てるのかどうかなっていうふうに、
ちょっと思ったりするわけ。
なんかそれで現実を語るのってどうなんだろうなとかって。
一部しか見えてないからね。
うん。
なんかすごいそういうふうな感じを、
俺はなんか受けているんだな。
しかもなんかそれぞれが、
みんな現実を知ったかのように喋るからね。
そう。
で、自分が今いるところが絶対正しいみたいな感じで言うからね。
で、そっち側じゃない人は、
なんかアップデートしてないみたいな。
そうだよね、そうだね。
ちょっと脱線するんだけどさ、
私最近なんか昔のドラマとかよく見てるんですよ。
うん。
で、最近見てるやつがさ、GTOを見たの。
グレートティーチャー鬼塚。
すごいすぐ出てくるね。
普通出ると思うよ。
いや出るかな、私知らなくて。
結構本当にあれだよね。
本当にそういうのをだいぶなんか初歩の、
ほんとテレビ見てなかったんだろうなって。
そうそう。
俺一回も見たことない。
何を?
GTO。
あ、見たことないの?
だけど出てくるぐらい。
ないのに出てくるの?
それぐらい有名。
いや、GTOって名前は知ってたよ。
けど、あ、グレートティーチャー鬼塚だったんだみたいな。
それか車の名前だったんだよ。
あ、そうなんだ。
見たのね。
このリバイバル版じゃなくて1998年版ですよ、最初のやつ。
見たんだけど。
ちなみにすごい脱線だけど、
これだから98年って今から何年前ですか?
28年前だね。
ってことか。
だから30年で時代はこんなに変わるんだなっていうぐらい、
今絶対これ放送できないみたいな。
でもあの頃のものほとんど放送できないよね。
ほんとに放送できない。とんでもないみたいな感じなんだけど。
それのさ、グレートティーチャーをさ、鬼塚先生をさ、
それ今違ってるんだけどさ、
元暴走族上がりの先生で、
学校の教頭とかは自分のポジションが上がることしか考えてないわけ。
親は自分の子供をいい大学に行かせることしか考えてないわけ。
で、そういう悪いことする子とかのことをクズ呼ばわりするわけ。
で、もう教頭先生とかはこんなクズはうちの学校にはいらないとか言って、
どんどんどんどん大学にしちゃったりだとか、
その子が学校に来なくなっても別に気にしないとか、
で、いじめが起きてても見てみぬふりみたいな。
で、なんか問題を起こしたら、
もうこんなクズはみたいな感じで、
うちの学校にはふさわしくないみたいな感じで、
で、PTAとかももうこんな生徒はとか、こんな先生はみたいな感じで、
いらないものを問題を起こしたものをどんどんどんどん排除していくみたいな、
そういう学校なんだよね。
で、そこに鬼塚先生が来るんだけどさ。
で、まあいろいろぐちゃぐちゃやらかすんだけど。
で、なんかぐちゃぐちゃやらかすところの、
彼が問い続けてくることになるんだけどさ、
学校って何のためなんだよ?みたいな感じなわけなんだけど、
彼から言わせると、
学校は友達作るところだろ?みたいな。
学校は友達作るところだろ?って言って、
だから喧嘩が起きたりとかしても、排除するわけじゃなくて、
喧嘩した相手とも、喧嘩した生徒とかとも、
俺たち友達だもんな。みたいな感じで。
俺は教師クビになっても、お前たちとは友達だからよ。みたいな感じで。
それだけ聞くとすごい見るの恥ずかしい。
恥ずかしい感じだったけど。
でもそれはじゃあめっちゃかっこいいんですけど。
松島七子も可愛いんですけど。
そうなのよ。だから学校がさ、
一つ学校というメタファーを取ればさ、
何のためにあるのか、
何のために日々生きているのかっていうのが、
例えばその世界観でいけば、いい大学に行くためとかさ、
いい職業に就くためみたいな感じだったら、
クズはクズだろうし、
でもなんか友達作るためにここに来てるって思ったら、
クズとか、でも別にクズはいないっていうか。
クズはいないっていうさ。
どんな人でもクズではないっていう、
そういう世界観なんだよなって思ったんだよね。
それをちょっと今思い出して。
学校とかは特にそうだね。
これも一番初めに話したことともそうだけどさ。
いろんな人がいるとかさ。
でもクズを入れないような仕組みになってるもんね、今ね、どんどん。
その世界から見てクズと思われる人たちは入らない仕組みになってる。
まあでもそうだよね。
そういうところにできれば行こうみたいなこともやっぱ起きたりもするというか。
なんかそれは現実を見るという観点において、
そういうことはちょっとまずいんじゃないかなと。
それは俺はそういういいところに入って、
レベルの高い仲間といようということを否定したいわけじゃなくて、
そっちはあるし、付き合う人を選ぼうも賛成です。
でも同時に、そうじゃない別に人たちとかとも、
そうじゃない人って言うと変なんだけど、
俺で言うだから、例えばその学校でケイちゃんという人とかも、
もしかしたら同じレベルの子たちをみたいにしてたら合わなかった子かもしれないんだけど、
厄介でもあったんだけど、
なんか俺はそれによって結構そういうものにたぶん慣れたさ、感じもあるわけ。
だからより現実はそっちだよね。
もうわーとかさ、突然なんか叫び始めたりとかさ、なんかちょっと暴れ始めたりしても、
なんかこういうものだと思えるようなさ、状態が多分あったんだと思うんだよね。
そういうものは多分今もさ、きっと生きてる可能性もあってさ、
地域から猫がいなくなった話
でもそっちが現実なんだと思うんだけど、なんかその、
なんか都合の悪いものは横に置いちゃうみたいなさ、
武蔵小山に猫がいなくなったこととかも本当に腹立ってるわけ、俺。
マンション建てるためだけというかさ、
この町をさ、人気の町にするためにさ、やっぱ猫嫌な人とかもいるし、
実際猫とかもさ、いるとやっぱ汚くなるんだよね。
地域猫とかいるとさ、いろんなとこでフンしたりとかさ、
そういう猫がなんかするみたいなこともあったりするからさ、
今一匹もいなくなったんだけど、ほとんど。
でもそういうのも結構俺似た話だなと思ってさ。
まあそうだよね、消したのかいなくなっていったのかはわかんないけどさ。
消したんだと思う。
消したとしたら、そこの部分が私たちの知らないところで行われてることもまた怖いよね。
なんかいなくなったなっていうのは思うけどさ、
捕獲されてる瞬間を別に見てるわけじゃないしさ、
でもなんか起きているっていうことはわかるっていうさ、
それはちょっと怖いよね。
多くの人がそれに反対できないみたいなことの方も怖い。
猫残しましょうよとか、誰も言えない。
言うと、不動産関係で立てついたらちょっと怖そうだもんね。
だし、じゃあそれで家の前でフンされたらどうするんですかみたいに言われたら、
もうそれに、なんて言うんだろう、
そういうの我慢してくださいとは誰も言えないから、
なんかそういう流れになってっちゃうんだよね、きっとね。
でもなんか現実はそうなのかなというふうに思うと、
よく見る、自分と合わない人とは付き合わなくていいと、
そんなことやってる暇は人生にはないぐらいに言うのも正しいんだけど、
そればっかりもどうなのかなと。
なんかちょっと話似てんのかな?違うのかな?
私なんか最近貧困率がすごい高いって言うじゃない?
なんかそれは私は個人的にはすごい気になってて、
その係数としても上がってきてるんだよね。
で、この一定の係数を超えると犯罪率がめちゃ増えるみたいなね。
なんかそういうのが世界的にあってさ、そこに近づいてるみたいな。
なんかその話を思うにつけ、
冬、みんなお金持ちになっていこう、なっていこうって、
貧困層の実感と社会の分断
自分は貧しくなりたくないという形でみんながそうなっていって、
で、さっきの自分と関係ない人とは合わないっていう形で、
そこをどんどん排除していった結果ね。
で、ある種の自己責任論みたいなものも相まってさ、
もうそれはそうなっちゃう人が悪いみたいな感じになっちゃってさ。
で、なんかそこに対してこうある種の無関心っていうか、
もう関わらないっていうことになってしまった時に、
それでそっちのじゃあ作り上げた豊かな世界だけの方で本当に生きられるのかって言ったら、
なんかそこに現実がさ、さっきから橋が言ってる現実はどうなんだ、現実はどうなんだっていう、
現実の方でその恩恵を受けていないとか、何かが水が行き渡っていない部分があったとしたらさ、
そこはやっぱり何らかの形で現実には何かが勃発してくる可能性があって、
それはなんか社会全体を結局怖い思いにさせていくっていうさ、
で、そうするとじゃあもっとセコム入れましょうみたいな感じで、
どんどんどんどんどんまた強化されていっちゃうんだけど、
本当に何かやることがそのどんどん自分たちの守りを固めて自分たちを安全に守ること、
そして相手を排除していくっていうことが本当に全体の安全なのかなっていうのを考えたときには、
ちょっとなんか最近ちょっとそれは怖いなというか、
怖いニュースも結構出てきていてさ、
なんで日本でこんなこと起きるのかなみたいなことも、
でもなんかそれは今ここで話していることと関係なくない気がするっていうか。
なんかね、貧困層がじゃあ結構よく見ますねって言うんだらいいんだよね。
そうなの。
見ないじゃん。
見ないの。
だから関心の沸きようがないんだよ。
それがすごい不思議で怖いというか。
でもそれがまさになんか自分たちはそういう場所じゃない付き合いはしないとか、
選べる状況ができたから、貧困層見ないんだよ。
なんか俺あのニュース見てて普通に家の周りで暮らしてて、
一体貧困層はどこにいるんだろうなって思いになったりもする。
実感が湧かない。
湧かないよね。
でもそこがなんかまたわかんないなと思うところでさ、
実はお隣、お隣は違うかもしれないけど、
道路1本挟んで隣はそうかもしれないけど、
なんか見えないじゃん。
いないよ。
いないか。
例えば俺らが住んでるあたりにはもしかしたらいないかもしれない。
そうか。
でも俺ん家の近くとかもね、もともとその品川のさ、
なんかこう町工場とかがいっぱいあった場所なの。
で、昔はそのまさに猫とかもすごいいたり、
猫が春になるとさ、子供産んでさ、子猫がブワーっていっぱいいるわけ。
で、なんか子猫とか出るから、たぶん子猫で死んじゃったのとかもいるんだよね。
そういうなんかカオスな町だったわけ。
で、その頃はなんかまさにちょっとボロボロの家とかで、
なんかね、午前中からもうなんかお酒をずっと飲んで大騒ぎしてる家とかあったわけ。
で、そのお酒もなんていうの、あの業務用の焼酎の一番安い氷類みたいな。
体に悪そうな。
いや、そう。ただ多分酔うためだけみたいな。
まあ迷惑っちゃ迷惑なんだよね。
たぶんあそこは貧困層っていうか、あの家大変なんだろうなみたいに思うんだけど、
そういう人たちももう全くいなくなって。
前は一緒にいた、同じ空間にいたのに。
だから猫もいなく、猫はでも例えばさ、
なんかそういう人たちのさ、家とかなんか出すやつとかにさ、
まあ食べたりとかもしてたりもあるんだけどさ、
とにかくもう今、うちの周りはさ、もう本当にタワーマンが立って、
地価は上がったけど、ものすごい地価は上がって、
もう人気の場所にはなったけど、きれいになったけど、
貧困層の実感とかはどうやっても持てないぐらい見なくなったよね。
それがどこに、彼らは今どこにいるのかみたいな?
分かんないでしょ?
分かんないよ、分かんない。
見ないから、なんか実感が分かないと思うんだよね。
新宿とかのね、ホームレスの人たちとかも、昔は結構いたけど、
もう今あんまり見ないもんね。
もう見ないね。
なんかね、そういうちょっとこう、だから極端になってきていて、
なんかそういうのはニュースでは聞くし、
そういう数字があるというふうに分かるんだけど、
貧困率は上がってるとか、
なんかそういうのはあるのは分かってるけど、
実感のしようがないみたいな、
なんか感じになるよね。
なるね。
あとはちょっと私も分かんないけど、
本当にでもさ、なんか日本の面白いところってさ、
海外とかだとさ、もうこの地区絶対ヤバいみたいな地区があって、
ここ入っちゃうと怖いっていう空気として感じるとか、
で、その人たちが行く、よく行くスーパーマーケットとかもなんかあって、
で、高いところにはそういう人たちは本当来ないみたいな、
重空間としてとか生活圏が違うけど、
日本ってめちゃくちゃお金持ちでも、
別に100円ショップ楽しいわって言って買いに行くし、
ユニクロも買いに行くし、
で、なんならさ、ちょっと貧しいかなと思う人も頑張って、
シャネル中古で持ったりとかもする可能性もあるじゃん。
だからこう、あとファッションとかもさ、
だいぶいろんなものが安くなってきてる。
さらにさ、コスメとかもさ、プチプラでいろいろ買えるから、
なんかこう、一見したときに違いが分かんないし、
同じ空間を一緒に歩いてるから、
なんか隣の人も同じ感覚かなってみんなが思ってたとしても、
もしかしたら家に帰ったら全然違う状況とか、
家庭環境とかも全然違うみたいなことはあるかもしれないなと思って、
それはなんか、もしかしたら裕福層に見える学校とかですらも、
もしかしたら少しはあるのかなって思って、
でもそこをお互い見せないように生きてもいいなという感じもちょっとする。
そうなんだよね。
だからリアルはどこにあるんだろうっていう感じはするね。
いや、本当に本当に。
ちょっと前、だいぶ前かな。
地方に残る差別的な表現と東京の排除
ある地方都市に行ったらさ、
お店の名前がさ、喫茶クロンボとか書いてあるわけ。
当時つけたんだろうね。今じゃないね。
今もある。
でも今つけた名前ではないね。
でもさ、これ東京だったらさ、
例えば俺ん家の周りで、絶対この名前でつけてはいられないじゃない。
変えようかなみたいなね。
っていうか多分批判殺到するじゃない。
変えようかなっていうよりも多分つけられないし、
多分町からもさ、絶対ダメだと。
いや、で、良くないよ。
いいとは全然思わないよ。
でもそういう実態がさ、地方とかさ、いまだにそれがさ、
ちなみにこれはそんなに遠くないところの話だからね。
東京からそんな遠くないけど、
でもそういうのが、地方にはそれが普通にあって、
そのことについて、気になる人はいるかもしれないけど、
存在してるとかさ、
この辺のお土産屋とかもさ、
お土産の宣伝の看板にさ、
女子園、部下園、愛人園とかさ、
普通に書いてあるわけ。
書いてあんの?今。
いや、今もだよ。
そっかそっか。
でもこういうもの、東京のさ、いいとこだったら絶対排除されるじゃん。
そうだね。
そうそうそう。
なんかそれをさ、ちょっと話題にすることもはばかられるっていうかさ、
いや、ありえないよ。
なんか出た瞬間、あ、それはないっていう感じになっちゃうのが、
あそこか橋が言って、言い続けてくれてるところは。
いいとは思わないけど、現実としてさ、そういうところがあるわけじゃない?
はいはい。
僕らがなんか触れてる、例えばポッドキャストとかもさ、
結構この意識の高いみたいなさ、教養的なことだとさ、
そんなことはさ、たぶんなんか全然ありえない話になってさ、
出てきもしないんだけどさ、
だからそういう人たちはたぶんさ、
そういうところに発信もしてこない可能性がさ、
高いんじゃない?
だからなんか見てるものが現実なのか、
なんかそういうことをすごく思うわけ。
そうなんだ。ありえないね。存在できないと思うんだよ。
そうだね。なんか保留してもらえないっていうかさ。
まあ、よくないしね。
うーん、よくない。よくないのか。
いや、よくないと思うよ。
よくない。
まあ、差別用語だからね、もう。
別に差別用語を用語と言いたいわけではないが、
差別用語を用語したいわけではないが、
うーん、なんだろうね。
なんかいつからそれが差別用語になっていくのかな、
みたいなこともちょっと思うけどね。
なんかそういう、
まあ、それ自体がいいとは思わないけど、
なんかそういうものがまだある状態のところのことを知った上で、
なんか現実を話すのか、
いや、もうそういうのはないよねって言って話すのかによって、
なんかだいぶ違うだろうなとかさ。
あとなんかだから、こういう話してる時にやっぱりなんか私、
寛容さと不寛容さのジレンマ
自分の内側の方に意識が行くんだけどさ、
なんか、なんて言ったらいいのかな。
それはあり得ないっていうふうにした時に、
なんか自分の中にちょっとそういう気持ちがあるところも、
それは絶対に自分の中には存在してはいけないし、
さらに超えて、もう自分の中にそういう部分はありませんみたいなさ。
例えばさっきのギャンブルの人、話した人とかもさ、
ちょっともしかしたら1%くらいはギャンブルもしかしたら面白いと思ってる自分もいるかもしれないじゃん。
まあ、それはわかんないけどね。
わかんないけど。
でもなんかそういう部分とか、
なんかそういうギャンブルについてくる面白さみたいなものを、
もしかして自分の中にあるかもしれないものも全部ないですみたいな、
そういうふうにしてく怖さもちょっとあるなと。
まあそうだね、内側的にはね。
俺なんか自分がね、ギャンブルとかが好きとかでね、
例えば競輪場とかに行ったりするじゃない。
ものすごい場所なんですよ。
雰囲気とか。
競馬場は行ったことあるけど。
競馬場はね、もう全然綺麗ですね。
あ、そうなの。
やっぱりそういう、なんか家族も来れますみたいな。
今そういうプロモーションしてるからね。
もうね、40年くらいかけてやってるんだよ。
そうだよね。なんか女子でも、女子も行こうみたいな。
競輪そういう場所じゃないよね。
もうほとんどおじさん。
女の人もそれなりな感じの、結構こう、
まあ、賭博場的な雰囲気とか。
で、ヤジとかもすごいわけ。
ここでも話せないぐらいな、ヤジとか。
今度録音してきて。
いや、多分聞いたら嫌な顔するだけだと思う。
ぐらいなさ。
例えばそういうのがあって、
で、いる人たちも、ある種、
それは別にいいというわけじゃないけど、
結構なんか歯のない人の率が高いとかさ、
なんかそういう話をよくしてる。
でも俺なんかそういうとこに行くのが、
今思うとね、
ある種僕とかがやってる仕事とかもさ、
なんていうの、ちょっとしたキレイごと感もあるじゃん。
なんか、やっぱお金のある人たちが、
そうやって自分はどうしたいかみたいな話とか、
組織とかもさ、ある程度そういうさ、
前提が整ったところに対してやってるけどさ、
なんかそういうことと、
コーチングなんか何にも関係ないようなさ。
関係ないね。なくても全然楽しいんだと思うしね。
とか、もうなんか凄まじい状態なのかもしれないみたいなさ。
なんかそういう、でもこれも現実というか。
いいと思うかどうかは別なんだけど。
俺多分そういう場に、
そういう場も自分では、
なんとなくこの、
持ちたいなっていう気持ちがある気がする。
けいちゃんの話しかりって。
そうだね、そうだね。
なんかそこを潰してほしくない感じっていうか。
でもそれをなんか、
いや自分が付き合う人選んだ方がいい、
みたいな話でいくと、
そんなとこ行かない方がいいに、やっぱなっちゃうからさ。
そうだよね。
果たしてそれがいいのかなという、
最近の俺の話。
なんかこの話しててね、
私自分の中でね、スイッチ入っちゃうところが一つ分かった。
なんかね、そういう人たち、
その排除していく人たちが、
なんだろうな、
自分たちが排除してるよっていうことに
自覚的だったらまだいいんだけど、
なんかそういう例えばじゃあ、
こういうのはダメですっていう人たちとかが、
結構自分は寛容ですみたいな、
ポジション取ってたりする時があるじゃない。
それは僕もそう思うよ。
自分自身もそういうとこがめちゃめちゃあると思ってるよ。
知らぬ間に排除して、
自分は寛容だみたいなことになっちゃってるんだろうとも思ってる。
そうそう。だからそれが相互に起きてるんじゃない?
相互に起きてるんだけど、
なんか本当になんかこう、
全くそういうなんていうか、
例えばそのいわゆるわいざつなものとか、
汚いものとか、
そういうものを排除しようとする人たちの中に、
いや私たちは寛容ですからみたいな感じのことを言ってると、
おいおいってすごい言いたくなるっていう。
まあね。
自分のことをやっぱり自分でこうだって言ってる時は、
あんまりそうじゃないと思うよ。
そうそう。
自分のこと自分で寛容って言ってる人とか、
自分のこと自分で面白いって言ってる人に、
あんまりそういう人いないんじゃないかなっていう。
いやあなた不寛容だからねっていう、
めちゃくちゃ不寛容だよっていうのを言うと、
多分怒るんだろうなと思うけど、
そこに私結構大事だと思ってるテーマですね。
渡辺一夫さんの言葉のあれを思い出しますよ。
カバーアートの秘話
寛容は自らを守るために不寛容に対して不寛容になるべきか。
あ、読まないと。
誰かわかんないけど、そういう言葉があるのね。
そう。寛容寛容と言っておきながら、実は不寛容みたいな。
まあね。
これはやっぱりけいちゃんが今どうしてるのかなってことが気になるな。
本当だね。
彼は今どこで何をしてるのか気になりますね。
ちょっと遡るけどさ、
レコードチョコあげた回のカバーアート素晴らしいね。
遡るね。
そんなでもないか。2つ前ぐらいか。
テイラースイフトのレコードの隣に。
あれなんだっけ、300?
303?
304。頼りになる人は嘘をつくって。
渋ちゃんのこととか話した後にレコードを。
収録日が2月14日だったからって言って渡した後に。
じゃあカバーアートはこれだねって言ってさ。
けいこがバレンタインデーのやつでくれた
独立後のリアルのカバーアートがレコードのジャケットになってるというチョコレートをくれたんでね。
この時写真撮るのを撮らずに帰ってさ、私たち一緒には。
どうしようって言って、これにレコードチョコ使えばいいじゃんとか言って。
レコード店で撮ればいいじゃんとか言って気楽に言ったんだけどさ。
本当に言ってるし、テイラースイフトの横に置いてあるじゃん。
それは全然俺は意図してない。
特に意図してないです。
意図してないの?
それね、ものすごい大変だったんです。
すごいよくできてるこのカバーアート。
それはね、我が家の近くにあるアナログレコードを扱ってるすごいちっちゃい店があるんですけど。
こんなシングルのレコードが置いてあるなんてね。
あるんですけどね。
店がとにかく狭いんですよ。
だから店主がずっと立って、全然見えるんです、ずっと。
なんか買わないとしょうがないかなとか思って。
なんかちょっと怖そうな、アナログレコードを扱ってる店の店主ってどういう感じか分かる?
こだわりのあるさ。
なんか全然いらっしゃいませみたいな感じじゃないわけですよ。
なんか静かな感じだろうね。
全然静かなことってよりもニコりともしてない。
なんかすげえ怖い店長というかオーナーがいて。
で、その人からもうほとんど見えるちっちゃなお店なんですよ。
一角だけ棚が、なんか真ん中にこのちょっと棚があって、その裏側だけがちょっと四角に入る。
その四角をついて取ったのがそのカバー。
そうなんだ。
いやまだ見てない人がいたらぜひ見てくださいよ。
すごい上手いこと取れてるから。
誰も気づいてないと思うけどね。
気づいてないのかな?
分かんない。その秘話はあんまり知らないと思うからさ。
そっかそっか。
いや本当、なんかあれ今ってまだHMVとかあったんだっけなとか、なんか気軽にレコード店に行って取ってくればいいじゃんとか言って。
ほんとだよ。すげえ大変だったよ。
すごいいいのになってると思って。
タイミングを見計らって。
いやー無茶振りが届いて嬉しい。
撮影をする人もちゃんと呼んで。
呼んで。
一人のセルフィーは無理だから。
呼んで。
で、その四角をついて、なんかわざとらしい、これいいねとか言いながら、なんか撮って。
ちなみに後で、それを出る時に、上に防犯カメラがついてることが分かって。
多分店主の手元に全部カメラ見える状態にあったから。
なるほどー。
多分店主もこの人何やってんだろうなーと思いながら、
俺がなんか四角でコソコソ、万引きはしないけど、既存の商品をどけて、なんか自分で持ってきたものをここに置いて。
なんか中のもの持ってくとビーってなっちゃうからさ。
なんかそういうのがタグがついてる。
ついてるんだ。
だから万引きはしないことだけは分かってるから。
そうだよね。
音が目なしだったけど、限りなくグレーな。
そうかー。
もう捕まったら執行猶予ぐらいな感じ。
そうかそうか。
っていう苦労をした。
ありがとうございます。
いえ。
何か差し入れを店主に持っていった方がいいね。
そういうことをしない方がいい。
余計にしない方がいい。
しない方がいいです。
問題にもなかったから、二度と行かないということを。
もしくはゲストに出ていただく。
無理です。無理です。
エンディング
すごいカバーと毎回ちょっといろいろ遊んでますけど、
秀逸だったと思って。
ありがとうございます。
どんなふうに撮ったのか気になってたんです。
ありがとうございます。
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