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Giftⁿのスキ研究ラジオ。この番組は、スキと好奇心について2年以上研究してたら起業しちゃった夫婦の朝の会議を垂れ流しちゃう番組です。
感覚派の妻とロジック派の夫が、ぼちぼち仕事モードに入っていきながら、あれこれ話していきます。
おはようございます、かべちゃんです。 おはようございます、がんちゃんです。
はい、今日のテーマいきます。
命の近さと志の近さはリンクしているんじゃないかということで、
昨日の前回の続きです。
ヤクシマの話2回やってきました。
本日3回目です。
引きずります。引っ張ります、引っ張ります。
引きずりますは違うな。言い方がやばい。
引っ張ります。いい意味で引っ張ります。
ヤクシマにプログラムで2泊3日で行ってきました。
友人夫婦に誘っていただいて。
ただの旅行じゃなくて、プログラムが組まれてて、
ヤクシマの現地の歴史だったり、自然だったり、
そういう営みを学べるようなプログラムに参加させていただいて、
いろいろと大事なことを学ばせてもらったよという延長のテーマです。
命近い人と志は近くなるらしいです。
なんとなく今ちゃんとかガイドしてくれたね。
今ちゃんとかの話を聞いているとすごいそんな感じするよね。
そうなんだよね。
今ちゃんさんとかタクゾーさんもそうだけど、
一個一個すごく嬉しそうにいろいろ話してくれるというか、
ヤクシマにちなんだ食事を作ってくれて、それを紹介してくれるわけじゃん。
その時にすごく心の底から、いろいろ食べさせてもらったけど、
野菜への感謝とか、お米を炊けることへの感謝とか、
あれもやったもんね。炊飯の釜を焚き火でやって、
それで炊いてっていうようなこともやらせてもらったりとか、大自然の中でね。
一個一個がすごく嬉しそうに素直な感情で、
これはこうでね、これはああでねっていうふうに話してくれる感じが、
すごく心の底から会話している感じというか、それを感じて、
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なんかこれがパッと浮かんだ、このテーマ。どうですか?
いやでもそれは同じように感じるよね。
その背景というか、命の近さと心差しの近さ。
命の近さと、超抽象的だけど、
心差しの近さって心が行くことが近いっていうことだから、心に素直になりやすいっていうやつに噛み砕くと、
命っていう存在が近ければ近いほど、心に素直になっていくんじゃないかっていう噛み砕くとね。
でもそれ仮説通りだなーって思うよ。
異論なし。
異論なし。
異論なし。
はい。
あ、じゃあ今日は以上です。
それが、まあそうだよね。
あのー、これもうすでにね、二人では話しているけど、さらに追加でさ、話すとすると、
あのー、命の近さっていうのと、命の長さっていうものも違うと思うんだよね。
命の近さっていうのは、まあ身に危機があるとか、明日死ぬかもしれないとか、そういうものも含めて。
で、命が長い短いで言うと短い方が近いっていう風に感じるけど、
でもただ単に命が短い場合は、あの例えば、明日休止しちゃうみたいなことも命は短いわけじゃん。
でもそれを認知してなかったら短くても意味ない。
デスノートに名前書かれた瞬間は短いと思ってないわけよ。
まあそうだな。恐怖だなそれはな。
でも恐怖も感じないわけじゃん。急に心臓放送になって死ぬんだから。
確かに確かに。自覚してないのは?
自覚してない命の短さは意味がない。
し、そこはまずあって、で、自覚している命の短さみたいなものと、命をどこまで長く捉えているのかみたいな。
うーん確かに。
例えば命を80年と、あと50年ですみたいな感じている人と、
いつ死ぬかわかんない、明日死ぬかもみたいな。
そういうふうに思っている人とでは、長さの感覚が違うよね。
ああ確かにね。
あ、めっちゃおもろい。
で、薬師まで感じたのは、じゃあ100歳まで生きまーすみたいな、
俺は120歳まで生きるぜみたいな、いろいろあるじゃない?命の長さについては。
でも正直そこって、今20代30代の我々が120まで生きようが100まで生きようが、
両方とも多分想像の範疇から超えているから、意味ないわけよ。ほぼ。
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多分ね。意味あるのかもしれないけど、脳的にそこ20年伸びたからすごいいろんな効果があるとかあるかもしれないけど、
俺のことはわかんないわけよ。
で、80歳で死のうが120歳で死のうが、今の行動って変わらないわけ。
まあそうだな。
でも、さらにもっと長く命の長さを感じれる方法があって、
わかりますか?
わかった。ガンちゃんがちょこちょこ日常会話の中で出してる、俺の考えってやつですね。
何ですか?
世代を超えて考える。自分のお父さんお母さんのことを考える。
おじいちゃんおばあちゃんのことを考える。子供のことを考える。
ってやると自動的に未来を予想するから、過去や未来を想像するから、
自分が実際に息を吸って吐く以上の命の長さの時間軸で物事を捉えられるっていうことですね。
こんなこと俺日常で話してんの?しんど。しんどすぎる。
客観的に確かに日常で話してる。
この息が痛い痛い。
それあれでしょ。皿洗いながらとか私に話してるでしょ。でも実際に話してるよね、あなた。
そうなの?
話してるから。
いやマジ?
ヤバい。ヤバ夫婦じゃん。
まあね。
ちょっと待って。はい落ち着きます。ごめんなさい。爆笑してしまいました。
まあだからその通りだと思いますよ。普段から。日常会話で言ってる通り、次の世代のことを考えるとか、
自分の寿命で閉じない。他人の寿命にまで広がる。命の長さに変わってくるよねっていうことを薬師まで感じたわけですよ。
そうだね。それはガンちゃんがいつも言う、人?自分以外の人に対してそれを投影してたっていうあれだけど、今ちゃんさんたちはそれを自然に投影してて、
ってなるとさ、人で想像できるのってせいぜいわかんないけどさ、2,3代上と2,3代下ぐらい思うけど、自然っていう軸で捉えたらさ、もう千年とか万年とかさ、その時間軸で捉えることになるよね。
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そうだよね。
だからか落ち着きというかさ、大きい流れの中の私は一部ですっていう、その中でできることを一個一個やっていくっていう、そのパワーが素敵だったんだよな。
薬師だって7200年前からの木とかがあってとか、そういう世界観を身軸で感じれるところだよね。もっと言うとね、この日本列島だって何万年くらいから作られてるんだって話だから本当はね。
確かに。
象徴的な木がないだけで、本当は感じれてもいいよねっていうふうに思うのと、さっきかべちゃんがね、言ったように人だけで循環してるんじゃなくて、自然と一緒に循環してるよねっていうことに広げる方が、なんか人間だけで考えてるのって結構おこがましいなって思えるぐらい。
いや本当そうだな。
食、衣食、住、水、木、火、風とかそういうものが全て循環して今あるんだなってことを考えると、そこの一部になっているっていう感覚で、そこの切り取られた20年とか100年とか、そういうものへの固執みたいなのが少なくなるのかなっていう。
そうね、そうやって捉えられたらさ、もう毎日のさ、SNSでさ誰かが炎上してなんかすごいバズってなんとかかんとかでとかさ、そんなどうでもよくなるよね。
どうでもよくなるね。
気をつけたいものです。
気をつけたいものですなぁ。
同時にさ、命を長く捉えられるっていうものも命の近さかもしれないけど、
なんなら遠くなってる感じするよね。
遠くなってる?
だって命が長いと考えると、命は身近に感じない。自分の危機的なものはあんま感じないじゃん。
それで言うと、生命も感じるし危機も感じるのどっちもの相反する2つがあると思う。命の近さっていうのは。
でさっきの自然を悠久で捉える、長い年月で捉えるっていうのは、そういう命のパワーを捉えることで、一方でめっちゃ明日死ぬかもしれないっていう相反してるよね。
どっちも感じてることは命の近さなんじゃないかなって。
で死を意識するとさ、いつ死んでもおかしくないってなった時に自分の命をどう使うかっていう神経になって感謝するようになるんじゃないかなって。
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本当に身近な人で、明日死んでもいいように生きるんだって言ってる人がいるけれども、その人たちはすごく力強く生きてる気がするんだよね。
なるほど。どんな人たちなの?
今パッと思い浮かんでるのがバンライフ協賛とか。明日死んでもいいように今を生きるのがっていう。
バンライフ協賛と過去スキ研究ラジオのゲスト回でも出ましたが、バンライフを今もう4年5年ぐらいやっているハイエースでやった後に今もう移住したのかな。移住先を決めてで暮らしているっていうそんな夫婦です。
っていうパッと浮かんだのはその2人。他にもさ、いる?もう明日死ぬぐらいの覚悟で危害で生きてますっていうような。
直接わかんないけど、でもビジネスであったことがある人とかがガンになって巻きガンで糖尿治療してながら頑張ってるみたいな人が復活したりとか、そういう時にちょっとSNSの投稿内容めっちゃ変わったなみたいなのは思ったりもするね。
そういう結構やっぱ死が近づく体験とかするとちょっと変わる人もいるなって思うね、そういう意味では。
うーん。私自身もそうだわ。一回もうさ、もうどうなってもいいやってなった時あったじゃん。もう介護給食して、もうなんもわかんない。もうキャリアももう何も私もう嫌だ。
何もやる気しない。もうこんな生きててもぐらいまでさ、落ちたたった1日だけどめっちゃ覚えてて。その前後でめっちゃ変わったもんな。なんか次の日からめっちゃ変わった。
えー、すごいじゃん。生きてるってなった。それも一種の死を疑似体験したあれなのかもしれないけど。
確かに。これはそのね、死を近づいて考えると、なんかその気感とか、心たちがグッと近くなる感覚はあるって感じだよね。 そうね。っていうところですかね。
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その命の長さみたいな話をしたのは、その循環してるっていう、もうなんだろうな。命を線で考えるんじゃなくて、もう円で考えるというか、ぐるぐる回ってるよねみたいなことで考えるとまた来るよねみたいな輪廻転生みたいな感覚に近いと思うんだよね。
うんうん。 で、その感覚になってそうだなっていうふうに見えたっていう意味では、ある意味今すぐ死んでもいいっていうふうに命の危機がない状態でも、思ってないけど体感、そういうふうに行動しているというか。
うんうん。 その日々、自分が死ぬ可能性は少ないかもしれないけど、ここの土砂が崩れ落ちてくると将来この水源がなくなって、地戦が困るかもしれないから、そこの山のメンテナンスとかを自分が入ってやっていこう、守っていこうみたいなことって、
なんかすごいもう500年とか1000年単位以上の話をしてるけど、それをなんか自然とやってるわけじゃん。日常で。それがなんか、明日台風で死ぬと思っている期間でやってるんじゃなくて、循環の一部にあるから当たり前にそれをやるみたいなことが、
何だろうね。線で考えているA地点からB地点までが自分の人生だっていうふうに思っているのと、A地点からAダッシュに戻ってくるみたいなものだと全然違う感覚かなっていう。
思いましたね。で、Aダッシュに戻ってくるみたいなところがあると、じゃあ自分がこのAというAからAダッシュまでの円の中でどう振る舞うのがAのためになるかみたいな。
A地点からB地点に行ってる感覚だと、B地点からC地点とかD地点に行くわけじゃん。 次のこう、何だろう、欲望じゃないけど。そう、次のフロンティアを目指す動きだと思うんだよね。はいはいはい。
命を直線で捉えるか、極線で捉えるか、円で捉えるかで、AからAダッシュだとその円の中をまた通る人がいるって思うわけじゃん。でなると、共同体意識というか、社会の改造度というか、日々生きていく行動のベクトルが変わってくると思うんだよね。
うーん、わー、なんか分かるようで分からん。だよねー。でもすっごく大事なこと言ってる気がする。そうだと思います。だからA地点からB地点に二次元的にある意味捉えたときに、紙の上でさ、クレヨンをビーって線引くみたいな感じだけど、
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AからAダッシュに行ってるのって、紙上で円を描くのと一緒なんだけど、それがなんか上に螺旋状に上がっていく感じ。うーん。ちょっと立体になってるみたいな。はいはいはい。同じA地点だけど同じではないっていう。時間が変わってるからね。おー。
分かります?あ、分かりました。で、平面はどんどん広がって、クレヨンでA地点B地点C地点D地点って増えていくのは、平面は増えていくけど、立体的ではないんだよね。発展はしてないね。うーん、ま、発展してないのか分かんないけど、俺の中でそんな感覚。うーん。命を曲線かつ座標軸で捉えると面白いね。うーん。
そうなんだよね。だからその循環とか、長い目線で見たときの自分の命の在り方とかが分かってくると、死を思って命を近づいて考えるってのは割とみんなできるわけよ。うーん。みんなできるって言ったら変だけど、でもその辺に生えてる野草とか、鳥とか、風とか、そういうものから生を感じるってまあ難しいじゃん。
まあそうだな。でもあの人たちはそれやってると思うんだよね。やってるね。自分たちで採った塩で結ぶおにぎりがめちゃくちゃうまいみたいな。うん。なんかその食っていうものを通して命の循環を学んで、それを体感してそれに感謝してみたいな。
それってさ、おむすび結んでるときさ、明日このおむすび食えなくなるかもなっていう感情じゃないと思うのよ。そうだね。むしろ、あそこに見える海の、あそこから湧き出た海鮮から取ってる塩で、これは畑で採れた漬物で、みたいなことを考えながら循環をいただきますっていう風に言って食べてるわけじゃん。
だからなんかその命の危機とかとは別の考え方。だからその命の長さを線で考えたときに、短い時とか長い時とか関係なく、その循環で考えてるからこそ感じれる命の大切さとか志っていうのはありそうだなっていうのは思いましたね。
これを我々はどう日常で実践すればいいんでしょうか。
おー、つまりどうすればええねんということですかね。
今の感覚としては、いやー、薬師もほんとよかった。今ちゃんさんたちほんと最高だった。学べた。でもいざ日常に戻ってくるとさ、そうも言ってられないこともたくさんあり。
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塩は福津海岸からは取れない。
取ろうと思えばね。
取ろうと思えば取れるけど。
取れるかもしれないけど。
取らないわけじゃないですか。
全然値段高いっていうところだと思うけど。
でもそれで言うともう今自分で言ってるとおりヒントはあって、日々食べてるものが一番わかりやすいよね。
で、その食べてるものって誰かが作ってくれたものであることは間違いないわけじゃん。
ほんとそうだ。
だからそこに感謝したりとか、それがどこから来たものになるかとか、そこの循環を感じながらいただくっていうのはすごく良さそうだよね。
確かに。
一番わかりやすい実践としては、料理をするんじゃなくて食事を食べる、食事を作るだっけ。
そんなこと言ってたじゃん。
言ってたっけ。
タクゾーさんが、料理をするっていうのは完成されたものを作って作品を出すことだ。
でもご飯を作るってことは一緒にその食卓を作っていくことだし、その命の循環に感謝していく場を作っていくことだみたいな話してたじゃん。
もう忘れちゃったの?
いや、西洋料理との比較の話だよね。
じゃあまずは、買ってきた食材がどこさんのものなのか。
確かにそれを。
それをちゃんと野菜をまな板に乗せる前に一つ一つ知る。知って感謝しながら切る。
なんかさ、それだけでもさ、例えばこれは淡路島の玉ねぎと、あと佐賀県産の人参と、あと北海道産のジャガイモを使った、ふんだんに使ったカレーですって言われたら、ちょっとリッチに考える。
やっぱりシェフが言うやつや。
厳選されたトラックに乗ってきて、最高品質の品質管理のもと、冷蔵加工処理をされ、ご自宅までお届けしましたって言われたら。
いや、まじでほんとその通りだけどね。
それだけでなんかそのプロセスがわかると、一気に自分の心が豊かになる感じはあるから、それはなんか意識的にやってみてもいいかもね。
おー面白い。それやろう。
シェフごっこ。
シェフごっこしましょう。今日の結論、シェフごっこしましょう。
はい。
はい、という感じですかね。
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はい、じゃあ今日もありがとうございました。
はい、では朝のカギネタ、研究してほしい好きは概要欄のフォームから募集中です。
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ではまた次回。
またねー。