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Giftⁿのスキ研究ラジオ。この番組は、好きと好奇心について2年以上研究してたら起業しちゃった夫婦の朝の会議を垂れ流しちゃう番組です。
感覚派の妻とロジック派の夫がぼちぼち仕事モードに入っていきながら、あれこれ話していきます。
おはようございます。かべちゃんでーす。 かんちゃんでーす。
はい。 おい。
あの、さあ。 おい。
ふつうさ、おはようございますって言うよね。 うん。
そうだよね。 うん。ふつうさ、うん。
おはようございますって。 うん。
目あったら言うよね。 まあそうだね。
でもさ、言わない人もいるよね。
あー。うん。確かに。
うん。 うん。
言わずにね、あの、すっとね、面も合わせながらね、挨拶しない人とかいたら感じ悪いもんね。
うん。これってふつうなんかな。
おー、今日のテーマですか。
え?
いやいや、なんかこの前、あのー、挨拶しないとかさ、あとは、ふつうこうするでしょみたいな。
うん。
ことって結構あるじゃん。
まあ確かによく、ふつうさって、まあ便利だしよく使うワードだな。
うん。
でしょ。
うん。
だから、そのー、挨拶をしないみたいなことに対して、
うん。
ふつうは正しいと思うわけじゃん。
まあまあ確かに。
うん。で、挨拶しない人がいたらさ、その人のことを正しくないと思う。
まあ、ふつうに考えたらそうかもしれない。
でもさ、その人が、あのー、さっきお母さんをなくしたかもしれないわけじゃん。
おー。
そしたらさ、もう上の空になっててもさ、仕方なくない?
おー、なるほど。
ということは、そういうことか。
まあその、目の前で起きた、自分の、ふつうはこうであろうの外側にある事象が起きたときに、
うん。
それだけを切り取って、あのー、なんだ?弾劾するのではなく、
うん。
その背景や、
うん。
えー、他の可能性を、
うん。
ちゃんと想像した上で、想像しましょうっていう話か?これは。
まあ、だから、まあそういう話でもいいと思うんだけど、
うん。
今日の話は、
はい。
まあこういう、ふつうとか、
うん。
正しさとか、
うん。
そういうものって、結構曖昧だよねっていう、
おー。
ことについて、ちょっと深掘っていきたいなと。
大事だと思うわ。
おー、いきなり。
ふつうは大事だと思うわ。
おー。
それは理解するの正しい?
うん、正しい正しい。
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おー、なるほどね。
うん。
なんでそう思うんですか?
えー、なんだろうな。正しさの押しつけ合いって、よく起こってるよなと思って。
おー。
ほんと小さいところで言うと、夫婦間のコミュニケーションもそうだし、
会社での上司部間のコミュニケーションもそうだし、
SNS上のさ、
なんか、あのー、無駄なレスバトルとかも絶対そうじゃん。
うん。
前提となる自分の正しさやふつうがあって、その前提を共有しないまま文字だけ見て、
リアクション的にお互いでなんか、なんだろう、弾劾し合うみたいな。
うん。
すごい不毛だなーって。
思うよね。
思うので、その背景にあるものを考えましょうっていう大事だと思います。
まあね、背景を考えて発言したり行動したりしようねーは、めっちゃ正しいと思うんだけど。
やばい、私の正しさを今落ち着けているのかもしれない。
そう。
何が正解かわからん。
そもそも、それで言うと、何が正解かわからないが、いい視点で、
正しさとかふつうとかって、かなり曖昧なもので、かつ存在しないものなの。
そうだよなー。
っていうことに気づけることが大事っていうのが結論かなとは思ってますね。
なるほどねー。
それさ、何か正しいものって、何て言ったっけ?正しいものってわからないだっけ?
正しいものもふつうっていうものも存在しないっていう。
あー、そういうとさ、正しいものもふつうってものも存在しないっていう事実のことを好きになりたいよね。
あー、なるほどね。
正しいことが好きとか、ふつうであることが好きっていうのじゃない前提の考え方ですごい人生を豊かにするとは私は思っているなーっていう。
でも好きなものとか、そもそもふつうとか正しさってどういうふうに生まれるかっていうと、自分と同じであるっていうふうに思い込むこと。
それは結構、自分と同じような経験というか見え方をしているっていう前提を押し付けることなんだけど。
うおー。
でも別にそれは、自分が好きなこととかに自分が偏ってしまうのは仕方ないと思うんだよね。
まあそれは主観でしか生きられないですからね。
まさに好きっていうのは主観のことだから別に思っててもいいと思うんだけど、見たときに自分の好きが偏っているかもしれないよねみたいなことは思ってた方がいいよねっていう気がする。
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なるほどね。
その考え自体を好きになるっていうのはメタ思考が好きになるっていうことだから、それは結構人に向き不向きあるんじゃないかなって気はする。
それで言うとさ、メタ思考好きじゃん。
ガンちゃんは元々メタメタ思考が好きで、私もそれめっちゃ大事だなって思ってトレーニングをしているわけだけど、
一方でさ、正しさが好き、普通さって語ることが好きっていう人に対しては、それって普通じゃないよねって言える?それとも、その中でもちょっとでもそうじゃない視点もあるよって言った方がいいと思う。
そもそもそういうのが好きな人ってどういう人?
なんだろう、すごいごめん、めっちゃ嫌なやつ。事故中で人の背景を考えられなくて、自分の視点でしか物事を見られないコミュニケーションを取る人?
だからそれが好きって言ってる人ってあんまりいなくないっていう。
いないか。好きとは確かに好きっていうふうには理解しないけど、無意識にしてる。
無意識だから好きも何もないと思うんだよね。
そういうことか、なるほど。
だからしちゃってるっていう状態に対してメタ的な視点を持ってるか持ってないかのあるような。
整理されます、すごい、なるほどね。
もう難しくなってきたでしょ。
すごい難しくなってきたけど、すごい大事なことを言っていると思う。
そういう一生懸命テーマに沿って話そうとしてくれてるのは理解できたけど、
もともと普通とか正しさとかってあんまないよねっていうことを言いたいっていう話になったので。
ごめんなさい、いっぱい突っ込んじゃって。
別にそれはいいんだけど、思考の整理されるなら別にそれで聞いてもいいけど、思考の整理しようって言って話し始めたのに、
分かんないってなって放り出されるのは普通に考えて正しくないと思います。
分かりますか。
なんかやだな。まあいいや。
だからこれはでも俺の視点が偏ってて、同じようにテーマに沿って話ができるっていうことを押し付けている状態のことを、
これは俺が考えなきゃいけないポイントですよね。
それをメタ的に分かった上で言ってるので、よく分かんなくなっちゃうけどね。
っていう感じです。
続きをどうぞ。
例えば有名な実験があるんですよ。
へー、そうなの?
普通っていうのが基本的に自分のことを多く見積もったりとか、自分と同じだっていうことを認識しちゃうみたいなことの実験として、
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学生に看板を体の前後に下げて、学内を歩いてくれるかと頼むと。
なんかよく学祭とかであるじゃん。
ああいう時に引き受けた人も断った人も歩いてくれた人も歩かなかった人も、他の人が頼まれた時どうしますかっていう風に。
壁ちゃんに頼みました。壁ちゃんはやってくれました。
壁ちゃんに対して他の人はどういうふうに動くと思いますかって言ったら、やってくれるでしょっていう。
自分と同じ体験を他の人も選択するんだろうっていうのを学内でやった実験とかは、まさに自分と同じような経験を周りの人がするだろうと。
当然自分がこうやったのだから他の人も当然こうするだろうっていう。
ああそういうことね。なるほどね。
わかんなかったの?
違う。だからガンちゃんが頼まれたとして、じゃあ引き受けます。
じゃああなたの妻の壁ちゃんもやると思いますかやらないと思いますか。いや引き受けると思いますって。
簡単に言うとね。
でガンちゃんがもし引き受けなかったら、壁ちゃんもそんなのやんないと思いますって言うってことでしょ。
同じ選択を想像するっていう。
だからそれはでもあのいろんなところで言われてるじゃん。
自分が大学行ってたらみんな普通に大学行ってるだろうって思う。
普通みんな就職するだろうと思うとか。
それは別に何も普通なことはなくて、それぞれの合理的な判断とかその環境に依存するものじゃん。
でも普通っていうものが自分の経験に基づいて形成されやすいよねっていうことですね。
なるほどね。確かに。
っていうのが傾向的にも出ちゃってるよっていうことですね。
あとはね、じゃあ普通って言うとさ、普通オールさんは行くでしょみたいな。
成績表のこと?
それが統計的にも正しいだろうと思うわけじゃん。
オールさんがボリュームゾーンじゃないって思うわけじゃん。
でもそんなことはないっていう話ですね。
これは1950年になって、米空軍だね。
パイロット4000人に対して体の項目、どう感じるかとか、いろんなサイズであったりだとか、
そういうものが平均の範囲に収まる人を測ったのって10項目で。
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よーやったね、4000人も1950年、わからんけど。
結局全て平均に収まるっていう10項目がね。
1人は4000人中ゼロ人だったっていうね。
要は全てが平均に当てはまる人なんて存在しないっていう事例として、これは結構話されてることらしくて。
だから普通とか平均、普通に合わせたコックピットとかは、要は誰にでもフィットしないものになるわけ。
おー、そういうことか。
そう。だから普通っていうものは、そもそも結構平均的なものとか、統計的に中央値のものとかでやっちゃうと、何も生まないことがあるよねっていうこと。
面白い。
体の例だったからわかりやすかったけどさ、意思決定も大人数でやる何かの意思決定も同じだなと思って。
大人数で違いの意見をぶつけ合うじゃん。
何かしらさ、わからないけど商品開発しますってなった時に、どんな商品作るかっていろんな意見出ます。
じゃあ全員の意見を尊重して、中央値の意見をじゃあこれでいきましょうみたいなコンセプト決めますってなった時に、結局誰にも、どんなお客様にも刺さらない商品が出来上がるみたいな。
そういうこと。
っていう話と本質的には同じ気がする。
まさにそう。
普通さを外すってめっちゃ大事だな。
普通さっていうのは何もフィットしないっていう。
だからね、IQとか偏差値とかさ、あれもさ、中央値がボーンってあるわけじゃなくてさ、分布があるわけ結局、それぞれ測ったら。
真ん中の人が多いわけじゃないし、真ん中の人だって対応、いろんな指標で考えたら対応なんだよ。
だから本質的に同じような人っていないっていうのが、たまたまその指標で見ると同じ偏差値50の人がいるかもしれないけど、でもその人の誤教化見てみると全然分布が違うみたいなことがあるわけじゃない。
同じ偏差値50だねって言ってるのに、めっちゃ英語得意のやつと、そうじゃない英語1ミリも分かんない人が存在するわけじゃん。
というので、同じぐらいみたいなものを分かりやすく比較しやすいように数字はしてるけど、実は全然違うっていうことも多々あるよねっていうことを分かる良い事例かなと。
15:03
おもろい!
おもろいですか。
おもろいです。
ありがとうございます。そう言っていただけるだけでありがたいですね。
すごい。
分かりますか?
普通、正しいとか意外、それだけ考えずにメタ的に考えようねっていうのを言葉で言われても分かるけどって思うけど、こうやって具体例とか身近な例に考え直して考えられると一気に解像度上がるというか、確かにって今なってる。
まさにね。
じゃあさ、統計的にとか、あとは心理学とかもさ、めっちゃ正しいと思って使われるわけじゃん。
科学的に正しいもの、大学期間がとか、あるでしょ?
受験とかもね、変わってきてるとはいえ偏差値重視の感じだしね。
え?違うの?
それもそうだし。
また別の話?
もう違う話を今しようとしてるんですけど。
だから、別のもので正しいと言われてるもので、科学って存在するよねって。
そういう話か。
いいよ、ついてきてるよ。
はい。
で、科学的に正しいみたいなものとか、統計的にとか、あと社会学的にとか。
そういうものも結構間違ってるかもねっていう、特に社会学的な統計をとるものとかインタビューをとるものとか。
当たり前のようにノイズは発生してるわけで、募集団に依存するもの多いよねっていう。
いわゆる今心理学とか社会学とかそういうものの実験上っていうのは、結構西洋文化で、工学歴とか工業化社会の中で、裕福とか民主主義の中でのデータが多いわけ。
それって結構、本質的にずれてることも全然あるよねみたいな論調が最近なされているのが2010年くらいから。
結構これは古典ラジオとかでもよく言われてることだよ。
そもそも文化圏が違う人や歴史観が違う人や環境も違うし言語も違うっていう中で、そのままインストールすることって難しいんじゃないかっていう。
結構今は大学とかも含めてウェスタンカルチャーの中で育ってるものが多いので、それだけではないよねっていう。
だから普通の人間として教科書に載ってるものとか、あと哲学書とか教養本とかもそうだよね。
ユダヤ人なんちゃらみたいなのでお金持ちがもう全部これやってるみたいなことも結構言われてるけど、全てがそれじゃないと。
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昔ながらの江戸の商人とかの考え方とかがひょっとしたら日本にしかないかもしれないし、
そこはいわゆるこれがセオリーだよね、普通だよねっていうふうに思われてるものも全然違う可能性もあるよねっていうことが。
確かに違うかもしれないって思うことっていうのが大事だよね。
それがそもそも科学的にも見直されてるから、科学自体も自分たちで疑ってるよねっていうふうに言うのが、そもそも普通なんて存在しないんじゃないかっていう事例ですね。
正しさの象徴である科学も今、自分自身を疑っていくっていうことをしている流れがある。
その感覚で、それを考えてる人もその感覚があったりとか、同じキリスト教権であったりとか、そういうものが存在するよっていう。
その個人的な感覚とか、公正とか、忠誠とか、信仰とか、いろんなものがある中で、基本的に相手が間違ってるみたいなことを思いやすいんだけど、
そうじゃなくて、別のもの差しで別の価値観で測ってるんだなってことを理解するだけで、普通の押し付けは少なくなるよねっていう話ですね。
もうついてきてないですか?
じゃあ実際に日々の行動において、別のもの差しあるよねっていうことを思いながら、人とコミュニケーションを取ったり考えたりするには、どうすればいいんでしょうか?
実際にさ。どうすればいいんでしょう?
でもそれは、そういう事例を知ることとか、相互を理解することとかがあるよね。シンプルに。
その前提として、日本人は自由とか普通とか、正しさみたいなものってどのくらい強いのかみたいなのも出てるんですよ。
西洋と比較すると、それは弱いと思うわ。
寛容というか、普通さ、正しいってこうだよね、はない方が強い。
ちょっと待って、違うわ。逆だ。逆かもしれない。逆だわ。
だって島国単一民族国家で、普通が共有されやすい文化だから、はい、そうじゃないですか。
急にクイズにして勝手に答えようとしてる。楽しんでくれてるから何より。
21:03
まさにそうで、サイエンスがやった2011年の調査では、日本は基本は結構強い方、タイとヨリっていうものになっていて。
それは災害が多い国だったりもするから。
災害とか関連してるの?
一部ね、それが言われてる中で、秩序が保たれるみたいな長所。
要は災害があったときに助け合おうみたいなことって、なければ災害があったら困ってる、盗んだろっていう人が多かったら、社会成り立たないじゃん。
っていうこととかが、普通とかそういうものに役に立ってるよね。
でも一方で生きるづらさみたいなところも、端緒としては存在するっていうのが前提としてあるよね。
なるほどね。
わかりますか?
わかるわかる。
なんで、そういう意味では、普通っていうものが割とありふれてる社会なんだなっていうことを知っておくと、
普通じゃない物差しで考えようっていうことを提案するときにも、そもそもそういうメリットがあるけど、そうじゃない考え方もこの場ではいいんじゃないかっていう提案ができやすいよね。
なるほどね。
わかってきました。
はい、ですね。
なんかここまでで質問とか気になることありますか?
そうだなー。
なんか、でかい話になりすぎて、
日本人はそういうもんだよねっていうふうに理解した上で、じゃあ明日の皿洗いの、今日の皿洗いの、その皿を洗う順番で揉めたときに普通さとかさ、コップから洗うべきとかさ、汚れたフライパンから洗うべきとかさ、
そういうので普通さを押し付け合ったとしますと、その時のコミュニケーションが変わるかどうかっていう。
なるほどね。
めっちゃちっちゃいところだよ。
なるほど。
それは普通さ、コップから洗うでしょに対して、いやフライパンから洗うでしょっていうことに対してどうするかってこと?
そう。
全然悩んだことないからわかんないな。
え?じゃあ例えが違うってこと?
どうしたらいいと思う?それ。
えー、なんでそっちの方がいいと思うのって聞いて。
そうだね。それが一つの基準。基準を知るってことだよね。別の基準で動いてる。自分は正しいと思ってるっていうものを理解してると、じゃあなんでそれが先だと思ったのっていうことを聞けると、シンプルに今の話だと使えそうだよね。
24:11
確かに。自分が正しいと思い込む、100%正しいと思い込んだら、そのままさ、押し切るよね。いやコップでしょって。いいよ、そんなもうフライパンからなんてもうありえないから、もうとりあえずコップから洗って、ほらってなるよね、多分ね。
そうじゃない可能性を考える、別の基準があることを考える。
単純に聞くっていうことがいいんじゃないでしょうか、それは。
だいぶ落とし込めました。別の基準があるかもしれないということを想像した上で相手に聞く。これが今日からできるネクストアクションでございます。
はい、わかりました。
そうですね、普通にとか、相手の背景が違うかもしれないとか、自分の視点を共有してるっていうふうに思いがちであるとか、そういうものの事例をたくさん話したっていう感じですね。
はい。
理解できましたか?
理解できた。
あともう一つね、これは普通に正しいよねっていうことが苦しんでる人がたくさんいるよねっていうことの、今社会とか一般的にこういうことを考える人がそんなに多くないはずだと。
これも普通に考えたらそういう人少ないよねって思いがち。これも書いてあったんだけど、自分よりも他人の人の方が情報量が少ないと思いがち。
自分の知ってる世界の方が大きいよねって思いがち。
だから今の俺らの話は普通にっていうことに対して敏感に考えてない人多いよねっていうのが、私たちは考えてるけど周りの人は考えてないよねって思いがち。
っていうのもあるんだけど、でもこれは結構いろんな人から悩みを聞く上でも、その普通とかすべきとかそういうものに左右されてる人多そうだという前提の中で、じゃあそれって減らせるの?みたいな話があるわけじゃないですか。
そうですね。
そこで有用な一つアドバイスというか、これも実験が実際なされていることなんだけど、要はこれって普通だよね。
そうそう、普通普通って。グループの中でみんなが普通を共有し合うとそこに反抗できる人が6%とかしかいない。
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でもそこに対して言うじゃない、いや別にこれでよくないみたいな。サッカーの監督別にライセンスいらなくないみたいなこと言う人がいるわけじゃん、急に。
それに対して、普通はいるだろうとか、これまでたくさんの歴史が物語ってきて、それで安全性も担保できてるし、権威性も担保できてるんだから必要だよみたいな。
みんな言ってる中で、その中で一人だけでも同意する人がいると、その次に同意しやすい人っていうのが何パーセントか、30何パーセントとかになるっていう話があって。
32%かな。あそこのパーセンテージ確かちょっと曖昧記憶曖昧なんだけど、結構なパーセントが増えると。
だから、しかも同調することって結構、間違いにも同調する。だから明らかに、水はH2Oであるっていう、それは定義だからさ、絶対に正しいわけじゃん。
それはO2だという人がたくさんいたときに、それに従っちゃうみたいな。明らかな誤答だよね。でも同調でそうしてしまうことは多々ある。でもそれH2Oじゃね?みたいなこと言ったときも、それに対してみんながいやO2でしょって言ってたら、結局みんなO2になる。
でもその中でもう一人、確かに中学校の時にH2Oって学びましたみたいなこと言うと、周りの人ももしかしたらそうかもみたいな。今の話で言うと、普通にっていうことに対してとか、規範とか正しさとか、そういうものを追いつけちゃダメだよねみたいなことを最初に言うことも大事。
だし、それに対して同調してあげること。要はファーストペンギンじゃなくてセカンドペンギンの人たちもとても大事だよっていう。
なるほど。そういうことか。
だから正しそうなことをやってる人とか、正しそうというか良い方向に行きそうなこと、自分視点でもいいんだけど、そういうこれまでと違うことっていうものをやるのってすごいエネルギーがいるから、そういうことにチャレンジしようとしてる人に応援をするっていうこと自体がかなり大きな力にはなるよねっていう。
なるほどね。
多様な視点をつないでいくっていうことのステップとしては、自分もそういう多様な視点を身につけることと、多様な視点があることとか、多様な指標をつけることに対して、ちゃんと同調したりとか協力したり応援したりすることが大事なんじゃないでしょうかという。
応援や同調だったらしやすいというか、普通じゃないことをファーストペンキンで飛び込むよりもハードル低くできること。
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だと思いますね。
いいと思います。
という感じですかね。
ありがとうございました。
では、今日もありがとうございました。
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ではまた次回。またねー。