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たきび丸のスキ研究ラジオ どうもこんにちは、たきび丸のがんちゃんです。たきび丸のスキ研究ラジオとは、スキとは何か、人は好きになるのか、そして人が好きに、人生が、好きが人生にもたらす影響などを探究していきます。
日常にあふれる好きや、人から学びを得た好きについて考えながら、いろんな好きの世界に触れていく番組です。よろしくお願いします。
今日はですね、かべちゃんは出張で副業、寿司職人をしに行っているということもあって、私だけでやってみようかなというふうに思っております。
今ね、毎朝撮っているということもあって、ちょっと習慣崩したくないなぁみたいなのもあり、ちょっとやってみようかなっていうので、今日撮っております。
一人語りを初めてなのでね、どうなるかわかんないんですが、ちょっと話してみようかなと思っていて、一人で話すテーマは何がいいかなと思ったときに、
かべちゃんとも話せることではあるんですが、ちょっと僕なりの視点だけで届けるので、パッと思いついたのが、子どもの好き、子どもに対しての好きについて、ちょっと僕から話してみたいなと思っています。
大前提としてですね、お気づきの通り、僕は子どもが大好きですね。
僕、実は教員免許を持っているぐらい、子ども自体が好きっていうのもあるし、子ども自体が未来そのものだっていうことも含めて、子どものこと大好きなんですよね。
今、かわいこうじさんという、一緒に住んでいる人のお子さんが毎週末来てくれているというところもあって、小学校2年生、4年生、6年生の子たちが来て、一緒に遊んだりだとか、一緒に過ごしたりしてくれているというような環境です。
今、僕は32なんですけど、32でなかなか小学校のお子さんと遊ぶみたいなことって、ちょうどないというか、僕の同世代の人で子ども早く生んでれば、今、小学4とか小学6とかになっている人も徐々に出てきているというようなところではあるんですが、
よっぽど僕の周りの人は大体、今、子どもができ始めたとか、小学校にようやく入るぐらいの人が多いかな、そのぐらいのこともあって、同世代でこういうふうに小学校の子たちとがっつり、しかも自分の子どもじゃない人と関わるというのは、小学校の先生以外だと結構珍しいんじゃないかなと思っています。
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いろんな観点で話したいなというふうには思っているんですが、まず大前提、これは個人個人で子どもが好きかどうかっていうのは変わりますっていうところですね。
僕の周りでも子どもがあんまり好きじゃないみたいな人もいて、それを言っていますと。全然それはね、いろんな背景があって子どもが苦手っていう人はいるなというふうに思っている中で、僕は好きですというところが、まず一つ面白いなと思っているポイントです。
子どもって大人の世界にいると予測不可能であったりだとか、突拍子もないこと、あと手間がかかる、時間が取られるとか、いろんな要素があって苦手な人はいると思います。
あとは子どもは純粋なので傷つくこととかをさらっと言ってくるとかもあると思いますね。でも私自身それが全部好きなんですよね。自分以外の子どものために時間を使うことが、時間が取られるというふうに捉える人もいるかもしれないですが、私としてはそうやって求められることとか応援できることってすごく有意義な時間。
自分一人じゃ絶対に生み出せない時間なので、それが本当に心から感謝してるんですよね。他にも突拍子もないとか、純粋なことであったりだとかっていうのも、本当に大人になってもわからないことだらけなので、子どももわからないことだらけっていう意味では対等だと思っています。
対等な中で子どもじゃないと気づけない視点っていうのがめちゃくちゃ多くあって、僕自身子どもの時に僕がこう思ってるのにみたいな視点を聞いてくれる大人があんまりいなかったのはちょっと寂しかったなっていうふうに思ってる部分もあります。
ということも含めて反面教師じゃないですけど、僕自身が全然聞けてないと思うし分かってないと思います。子どものことね。
でも子ども目線で見るっていうことは、彼らの方が僕よりも20年30年長く生きるこの世にねってなったときに、仮に僕に子どもができたりとか親戚ができたりとかしたときに、その世界を作っていくのはこの子たちだしその子たちの見る世界なので、
そういう意味ではある意味僕の視点よりも貴重だったりもするかなというふうに思っています。なので子どもっていうのは僕の中で語弊を恐れずに言うと役に立つというふうに思っていて、
心から大好きなんですけども、それぐらい大好きな存在です。単純においしいご飯を食べたときに喜んでくれるであったりだとか、感情表現が豊かみたいなところもありますし、
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わからないことがすごく身近にあるのが彼らなので質問ができたりだとか、新しいことに感動できたりだとか、それは大人ではなかなかありえない感情の動きを共有してくれるので本当に嬉しいなというふうに思っています。
その上でもうちょっと個人的にはそういう価値観の下動いてますよということなんですが、大きく社会単位で見ると少子高齢化で今1億2千万人、1億3千万人が1億2千万人になってどんどん減っていってるみたいな状況の日本の全人口ですが、
今、2050年には8千万人かなになると言われていて、少子高齢化も進んで高齢化率がどんどん上がっていくと。子供が相対的に減っていくので、小学校が減っていったりだとか、そういうことも今世の中ではまさに起きていることです。
私の母校もちょうど今年が最後の入学式と卒業式が来年の3月最後のということで廃校になります。
僕が今お手伝いしている飯兼パレットという学校はもうだいぶ前に廃校になっている飯兼小学校という学校が廃校になって、それの利活用として今何でもできる世界を作るということで、社会がもっと面白くっていうことで廃校の運営をされているというようなことも起きてきています。
本当に社会の変動なのでそこはもう上がらないものだと思っているんですが、子供が相対的に減ることによって子供の声みたいなものが拾い上げられづらくなっていくんじゃないかっていうのが私自身がちょっと危惧していることです。
今の時点でもちょっとずつ成人とかにも現れてきちゃってるんですが、明らかに一票の重みが世代別で変わってきてしまっていると。今の65歳とか段階世代の人たちの意見というものがやっぱり多数決になると強くなって、我々世代とかの声は小さくなると。
私たちが任せたいと思ったとしても上の人の意見がないと、若い世代にゼンブリした政策とかっていうのはなかなか打ちづらいというような状況がある中で子供の声ってすごく重要だなと思っています。
私たち若者と世の中一般的にならしてみると若者という括りだと思うんですが、我々もすごく大事なポジションにいるなというふうに思っています。
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とはいえ年上の人についてはまたちょっと別途話したいと思っているんですが、上の世代の人たちもすごく将来のことを考えてくれています。
それはもう付き合っている人たちたくさんの人から学ばせていただいていることであって、自分がもうその時には生きていないということに対しても熱量を燃やしてやっている人が身近にたくさんいます。
なので世代間の協力っていうのは全然できるっていう前提ではあるんですけど、それでも相対的に特にそういう意識がない人とかがたくさんいる大人がたくさんいる場所においては子供の声っていうのは本当にすごくちっちゃくなってしまう。
我々大人が拾い上げないとちゃんと適切に声を届けられなくなってしまうような力関係に世の中的になってしまっているっていうのが思っていることです。
それと同時にですね、私の同世代の子育て世代っていうのもすごくかたみのせない思いをしていると思っています。
世の中の流れ的に子育てしやすく育休を取りましょうとか産休もそうですし、そういう制度は整ってきて子供と過ごせる時間が制度的には増えてきていたりもするんですが、
それがゆえにまだこれまでなかったレールの上で休みを取るということに対してキャリア的な課題が特に女性側では起きてきたりだとか、
本当に子供を守る人たちもかたみの狭い思いをしているなっていうのが私の感想です。
その時に、私はまだ子供がいないというような状況ではあるんですが、子育てをしている人もしくは子供自体を社会がどうやって温めていけるのか。
インキュベーションとか卵を孵化する装置のことを言うんですが、そういうふうに未来をどうやって温めていくかみたいなものって
すごく今、相対的に昔と比べるとだんだんと難しい状況になってきているというのが思っているところです。
その中で、私たちはたまたま康二さんというお子さんたちのおかげで子供が近くにいるという環境に恵まれたというところが今回ありがたいところではあるんですが、
シェアハウスという今今回は特殊なケースではあると思うんですが、近くにそういう人たちがいるという状況ってシェアハウス以外はありえないと思うんですよね。
親族とかがいて一緒に家族と過ごすみたいなことはあり得ると思います。
ですがそれ自体はほぼなくなってきていると。田舎の大きな家じゃなくて都市の2LDKとか3LDKのマンションに子供と各家族で住んでるから、
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泊まりに来るとも一人二人、家族が泊まりに来るなんてなかなかないと思いますし、一緒に住むなんてことは本当にいそうろうのいいとこみたいな感じですら、
多分成り立ち得ない状況になってきていると思っていて、コミュニティとか家族以外の人が子供を支える仕組みっていうものもかなり減ってきているんじゃないかっていうのがかなり危惧しているところです。
私自身実際に自分の家族にはすごく感謝していますし、両親にも感謝していますが、それと合わせて地域の人に特に私の場合は卓球を教えてくれたコーチの人に育てていただいた部分というか、
学ばせていただいた部分がものすごくあってですね。そういう意味で家族以外の人がすごく近かったっていうのは田舎の良かったところなんですよね。
私は小学校の時は福岡県のかなり田舎の方にいてですね。そこでは団地外だったんですけど、すごく子供同士が近かったりだとか親も近かったりだとか、
本当にいろんな感謝の目もあったというふうに言えばそうですし、あとは見守っていただいてたというところがすごく大きいなというふうに思っています。
それがだんだんと失われてきているということがちょっと私の中での危惧しているところではあって、
たまたまなんですけど、僕がその恩を返せる相手として子供たちが目の前に現れてくれたっていうのはものすごく嬉しいなというふうに思っていますね。
マクロに戻った時にどうやったらこれを解決できるのかみたいなものは正直難しいなというふうに思っています。
さっき言ったように構造には上がられないところがあるので、ある程度この子供の意見とか子供の未来というものが絞んでいく、もしくは軽視されていくっていう世の中を受け入れざるを得ないというふうにある一定は思います。
マクロで見た時にね。でも自分の周りの人は違うなというふうに思っていて、自分の周り、自分の子供、自分の友達の子供ということに関しては、
私たち親世代、あとはその周りにいる親戚、社会っていうのは工夫はしようはすることができると思っています。
ただそこにオーナーシップ、自分が変えたいと思ってやる人がいないので、結局問題がずっと顕在化したままあるというふうに思っていて、
少なくとも僕だけ、僕ができる範囲の中では少しでも育てていくというような未来を育むというようなことはできたらなというふうに思っています。
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そういうのもあって、先週は女子大生が来たりだとか、あとはその前は高校生に特別講座みたいな形でお話をさせていただいたりだとか、子供たちとも日々接したりだとか、
そういう意味で自分の稼ぎとは別にライフワークじゃないけど、ライスワークとは別にそういう活動もしているというのは、
全ての社会人の人が自分の時間の1%でも2%でもいいから、そういうものに時間を使っていくということができると、少しでもそういう未来を育てるということに投資ができるんじゃないかなというふうに思っています。
あとはSNSの発展であったりインターネットの発展のおかげで、いろんなものが分業というかしやすくなっていると思っていて、お金の流れとかもそうですよね。
これまでは近くにいてお米を分けられる人みたいなところが、江戸時代とかそういうものでブツブツ交換であったりだとか、紙幣による交換で成り立っていたものが、今は北海道にいる人が沖縄にいる人に支援するみたいなことが簡単に即時できちゃうというようなこともあるので、
そういう意味では人の時間というのもそういうふうに分けて場所を選ばずに、あとはいろんな時間軸でできるようになっているなというふうに思っていて、場所という意味では先ほど言ったオンラインでできることがありますし、
時間という意味では、例えば空いてる時間とか暇な時間というところを通して子供に何かできることがあるのかみたいなところで言うと、そういう時間に融通が利く仕事というものも増えてきていて、その余った時間でボランティアをするであったりだとか、そういうこともしやすくなってきていて、
そういう時間とか場所の制約がだいぶなくなってきているというのが、小さく自分の周りで見ているときに起こっていることだなと思っています。
なので、もちろん自分の生きているだけですごく辛いとか、精一杯詰まっているとか、そういうことはある人はいると思います。
そういう人に言うことではないというのは重々承知なので、そこは置いといてではあるんですが、ちょっとでも時間があるなというふうに思う人に関しては、
例えば自分の休日の1時間だけでも何か将来への投資につながるようなことをやるとか、月1回とかでもいいと思います。
そういう軸で未来を育むような仲間はどんどん増やしていきたいなというふうに思っていて、それは僕が子供が好きだから。
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僕の周りに集まる人も、この指たまれって言って集まってきてくれる人も子供が好きな人であるという前提のもとなんですけど、
なので全ての人にたまらうとは思っていないです。
その上で好きな人にそういうことを少しずつ広めていけたらなというふうに思っている次第です。
なので子供が歴史的にも多分すごく片身狭い思いをしているんじゃないかなというのは、
子供は相対的に100年前と比べることなんてできないとは思うんですが、
私たちは小学校だったのがもう20年近く前になるので、20年前と今を比べることは簡単にできるということもあり、
そういう意味で相対的に片身の狭い思いをしているんじゃないかなというのが思っているところです。
もちろん彼らは彼らなりに自由にのみのみと生きているし、
彼らなりの環境の中で生まれてくる発想であったりとか思想感みたいなものもめちゃくちゃ楽しみだなと思っているので、
僕目線からそういうふうに見えているものの、それは無駄だという可能性も全然あるなというふうに思っている中で、
最後の最後にはなるんですが、子供のことが好きですと言えること、
子供が相対的に苦しそうに見えるというのが私の感想です。
それプラス、なので少しでも1ヶ月に1回でもそういう時間に子供たちに触れ合うような時間にしてみてはどうでしょうかというのが私の提案ではあります。
はい、なのでそういうことはちょっとさっき話そうとしたこと忘れちゃったんであれなんですけども、
子供っていうことについては社会でも少しずつ認知されていって育っていく、
可愛がらなくても支えるみたいなことができるといいなというふうに思っています。
はい、ということで僕自身はね結構そういう感情面が強いところではあるんですが、
一方でロジクルな人とかは仕事でどんどんどんどん産業を作り出すみたいなことも将来のことにつながりますし、
こんなことを言うとナショナリストに思えるかもしれないですけど、
会社であったりとか産業を強くすること自体が国力が上がって、国力が上がるとその国の子供に対して投資が行われるということもあるので、
今目の前の仕事を一生懸命やるということ自体が皆さんの子供への貢献になっているんだろうというのも思っているところではあります。
ということでちょっと取り求めもなく話しましたが、
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固くなっちゃうなこれ一人で話すと。
普段考えてることが堅苦しいので僕はこういう話になっちゃうんですが、
大前提ね、やってることとしては子供とスプラトゥーンやってるだけなんで、
そんな堅苦しいことは何もやってないんですが、
少しでもこうやって自分の私の好きが子供であるというところから学びが広がっていっていただけるのであればそれは嬉しいなというふうに思います。
ということで今日は一人会初めてやってみましたが、最後に一つだけ感想を言って終わります。
喉が渇く。ありがとうございました。