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たきび丸のスキ研究ラジオ
どうもこんにちは、たきび丸のかべちゃんです。 がんちゃんです。
たきび丸のスキ研究ラジオとは、好きとは何か、なぜ人は好きになるのか、そして好きが人生にもたらす影響などを探究していきます。
日常にあふれる好きや、人から学びを得たり、好きについて考えながら、いろんな好きの世界に触れていく番組です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
では、今日なんですけれども。
前回原田さん回、ゲスト回、その前に命が宿る感覚パート1ということでやっていただいたと思うんですけど、
今日はゲスト回を挟んでのパート2ですね。
命が宿る感覚パート2ということで話していければと思いますが、よろしいですか?
はい。ちなみにあの回、なんと聞いてくれた方がいてですね。
え?
で、感想を送ってきてくれた方がいます。
あの回って原田さん?
命が宿る。
おお、マジ?
うん。どんな感想だったと思いますか?
え、わかんない。何?いい感想であることを願うんだけど。
まあ、良くも悪くもないけど、もうカベちゃんのスピリチュアルについていけないという。
うそ、マジで?
前回すぎて面白いみたいな感じで言われてましたね。
ああ、確かね。私のサブパーソナリティたちがなんか大合唱してる話をしたもんね。
そうそうそう。心臓の上にチョンと鳴ってたり、脅威があったりした。耳がピンって吐いてきたりとか。
もうよくわかんないことを言いまくっていたから。
確かに。
それは良いんだね。でも、そういう意味のわからないカベちゃんを世の中に少しずつ出していけば良いんじゃないでしょうか。
え、そうなんだ。見てくれて、聞いてくれて嬉しいな。
まあでも、今日ね。今日本当に話したかったことだもんね。
主に話していこうと思いますけれども。
万物に命が宿るよねっていう話で、文脈でパート1から言ったと思うけど。
自分たちが作ったもの、一つ一つにも命って宿るよねっていう風に思ってて。
それで言うと、ロゴもそうだし、今カルチャーデックっていう企業の価値観とか文化とか守るべきものをまとめた資料じゃなくて、
カルチャーをまとめた経典みたいなものを作るお仕事もあるんだけど、
それを作っている時も一文字一文字、一ページ一ページにDNA、命を刻んでいってる感覚があって、
その話をしたいなと思ってる。
ここまででどうですか?
本当は前回そういう話したかったんだけど、手前の話でいろいろ長くなっちゃったね。
03:03
そう、長くなっちゃった。
前回はどういう話をしたの?
前回は自分という個体、一つの人間の中にも実はたくさんの命が宿ってるんじゃないかっていう話で、
命を人格というサブの人格、サブパーソナリティっていう風に捉えて、
それが自分の中にたくさんいろんなのがいるよねみたいな話をした。
前回はそういう意味では、命を吹き込むっていうことを話そうとしたら、そもそも自分の命って確率的なものじゃないよねっていうところから、
いろんな角度があって、いろんな人格がいて、その存在を実は私はこんなに解像度高く認知してるんだみたいなところから、
そこをちゃんと理解した上で、そのうちのどういうパーソナリティが自分の制作物とかアウトプットに宿っていってるのかみたいなところを今日話して聞けるって感じ?
そうでもないというかね。
どのパーソナリティが制作物に影響するのかっていう話はあんま関係ないかもしれない。
その手前までの整理はもうさすがですがんちゃん完璧です。
なるほどね。
じゃあ前回のパーソナリティたくさんあるよねっていう話と、今日の話はどうリンクするの?
リンクか、どっちも万物に命が宿るよねっていう話でくくれる。
前回のは万物に命が宿るよねって話なの?
うん、じゃないの。自分の中の一個一個の人格にも命が宿ってるっていう話。
っていう意味で万物に命が宿るっていう。
だから一個一個のいろんな性格って言った方がいいかもしれないけど、自分の中のいろんな性格があって、それ一個一個にも実は命が宿ってて、それぞれ意思を持ってるって捉えたら結構面白いし、
いろんな捉え方ができるんじゃないって話をしたかった。
じゃあ万物っていうのは抽象的な性格とかそういうものにも宿るって命が宿るってことね。
そういうことね。
じゃあ抽象的に目に見えないものでも命が全部に宿るよねっていう話の一環で、自分のサブパーソナリティの話をして、
じゃあ極端な話、社会とかそういう抽象概念で民主主義とかそういうものにも全部命が宿るんじゃないかみたいなところってことだね。
そうですね。
面白いね。
で、その社会自体にも命が宿るんじゃないかみたいなところってすごいわかりにくいじゃん。
06:05
で、私も本当なのかなみたいな思ったりもしたんだけど、今年大阪万博あるじゃん。
そのメインのデザイン、クリエイティブのイメージって見たことあるかな。
青と赤と灰色とで、すごいアメーバみたいになってるやつ。
あれを作ったヒキチさんという方がコンセプトで似たようなことを言ってるんですよ、実は。
で、ちょっとですね、その社会にも命が宿るみたいな感覚のことを話している、
その万博の公式サイトのコンセプトの説明のところの一部を読むんですけど、
まずコンセプトはサーキュレーションオブライブスで命の循環って言ったけど、
日本では古来よりあらゆるものに命が宿ると考えられてきました。
人間や動物はもちろん、昆虫や石ころ、米粒、河原に落ちる一枚の浜でこの世界観を現代に拡張するならば、
AIやバイオ技術などテクノロジーによって生み出される存在もまた新しい命として捉えることができます。
私たちは今、膨大な命に囲まれた世界の中で、個人としても社会の一部としても存在しています。
一つであると同時に全てでもある。
こうした考え方を表現するため、うんちゃらかんちゃらかんちゃらのデザインシステムを採択しました。
なるほどね。
はい、みたいなことを言ってて、ああ、なるほどって。
なるほど。
言ってるから、じゃあ同じようなことを考えてるんだなって思って、
で、この人のXはめっちゃ追ってるんだけど。
なるほどね。そういうことか。
今の万博のやつめちゃくちゃわかりやすいね。
で、わかりやすいのもそうだし、
全てのものに命が宿ってるっていうことに、これまでは矢をよろずの神みたいな感じで、
石ころを一つにとってもみたいな考えだったけど、
目に見えない抽象概念みたいなものにも宿ってるよねみたいなところだよね。
うん。
なるほど。で、ちょっとそこと質感が違うなって思ってるのは、
自分が作ったものにも命が宿るみたいなものって、
抽象概念とかは存在するものじゃん。
でも作り出すものにも命を吹き込んでるっていう感覚だと思ってて、
その万博のロゴにも、その万博のロゴは、
世の中のこういうふうに循環してるよねみたいなものを表現してるもの。
形にしたものみたいな。
そこにももちろんものになってて宿るんだろうけど、
なんかクリエイトしてる感じがあるよねっていう。
なるほどね。
全然あるものに命あるよねっていうふうに認知するのと、
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ないところから作り出して、それに命が吹き込まれていくよねっていう話は、
ちょっと俺は質感が違うと思ってて、
俺は後者の話をしたいんだろうなって思っていたけど、
前者の話だったんだね、前回は。
だからそのパーソナリティっていうものが存在していて、
そこにはもう人格ってあるよねっていう話をしたくて。
そうね、認知するって話だったね、確かに。
なるほどね。
で、がんちゃんの言うように今回は後者なんだけど、一部前者っぽい感じもあって、
なぜかっていうと命を新たに吹き込むっていうのは一部あってんだけど、
もう既に実はあったものを何か可視化するっていうイメージ。
でもさっきバンボケのロゴもそうじゃん。
命って循環してるっていうものを垣根落とすとこうなるよねっていうことだよね。
で、なんか認識するみたいな、みんなが形で認識する。
で、その形で認識したものにもいつの間にか命というか宿っちゃったよねみたいなところだよね。
その宿っちゃうっていうところが前回の話で、今回は形にするみたいな。
そのプロセスで命も宿っちゃう何かを作り出しちゃうみたいな。
ってことだよね。それはデザイナー観点で面白いよね。
面白いね。
俺資料作ってても全然そんな感覚ないよね。
そうね。デザイナー感覚なのかもしれないね。
デザイナー感覚って言わない方がいいね。カベちゃん感覚だね。
カベちゃん感覚。暴走しないようにちょっと気を付けますが。
いやいや暴走してる。ガンガン暴走してくださいいつも通り。
暴走していいタイミングと悪い時はちゃんと分けます。
もう分けれないと思うから大丈夫。
まず資料に関してなんだけど、今めっちゃ私資料作りすごい楽しいと思ってて。
全部任せたい。
全部任せたいにちょっと質問で返すと、世の中にはいろんな資料があります。
ガンちゃんが普段作ってる資料ってどんな資料ですか?
いろいろあるけど社内向け資料社外向け資料両方ともあるし、いろいろあるね。
例えばそういうとおり営業資料とかマニュアルとか、さっき私が言ったようにカルチャーでくっていう自分たちで共通認識を持って
これが大事だよねってのを持って組織運営しやすくなるとか、普段の業務になりやすいかなみたいなやつもあると思ってて。
命が全部に宿れるんだけど、よりそれを意識しやすいのが思想とかそういうものを落とし込んでいける。
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主にカルチャーでくだと今私は思っていて。
一方で営業資料とかもさ、コーポレートカラーを例えばヘッダーに使って
この企業の営業資料だって認知しやすくさせるのはもちろん、そこのカラー自体にも思想は入ってるわけじゃん。
なんでこのカラーを選んだのかとか。
っていう意味で、多かれ少なかれそういった思想というものが入っているなと思ったときにすごい面白いなって思ったんだよね。
何が話したかったんだ私は。
それで言うとさ、営業資料とかカルチャーデッキもそうだけど、思想を聞いてそれをグッキングするっていうことを社外からやってるわけじゃん。
その場合は代行してるから、そこに壁ちゃんの命というか思想とかが介在しているのか。
それともそこは完全に排除できてて、創業者とか会社のカルチャーとかがモロ反映できてるのかみたいに言うと、どんな感じなの?
いい質問だね。理想はモロ反映、会社のモロ反映なんだけど、どうしても制作っていうのを挟むことでちょっと自分の癖みたいなのがどうしても入っちゃうみたいなので、
1,2割くらいはちょっと自分のらしさみたいなのが入っちゃうみたいなのはあるけど。
別にそれはさ、悪いことじゃないと思ってて。
だってさっきの万博のデザイナーとかもさ、この人にだから任せるみたいなところがあるわけで。
別に1,2割くらい入ってる。むしろ何が入るの?っていうことが気になると思う。
何が入る?
壁さんらしさって何?みたいな。
佐藤柏さんだったらこういうことまで考えてやってくれそうだよね、みたいな。
っていうのがあるから人が介在してると思うんだよ。
そうじゃなかったら、自社で頑張ってデザイナー育ててさ、やるしかないってなるわけじゃん。
もしも本当にそこを大事にする人だったらね。
基本的にはリソースが足りないから外注するんだけど、そうじゃなくて本当にカルチャーを体験したいって本気で思う人がいたら、
しかも自社のやつが100%反映させたいってなったらさ、自社で育てるしかないじゃん。
でもそうじゃないだろうなっていうふうには思っていて。
そこは社外の人だろうと自分の会社のカルチャーを理解してくれて、そこに色を付け加えてくれてもいいじゃん。
そこにちょっと色が混ざったとしても、その人の作ったものでいきたいって思わせれればいいわけじゃん。
そうね。本当に言う通りで、できれば自社で全部やるのが理想なんだろうけど。
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でも一個思ってるのは客観的に見れるっていうのが結構でかいと思ってて。
いろいろ打ち合わせしていく中で、これ当たり前にやってたと思ってたんですけど私たちみたいな。
そこ強みですよ。明らかにみたいなことを言うと、あ、そうなんだみたいな。
っていうのが自社でできない、外部だからこそできる価値なんだと思う。
そうね。というところかな。
社外だからこそ第三者目線で、より自社の輪郭をくっきりと捉えることができるっていうことはあるよね。
もちろん構造的に社外の人がやる方がいいよねっていうところもそうだけど、
さっきの命が宿るみたいなことに対して、自分のサブパーソナリティとかとの共鳴と、
そういうものがどういうバランスであるのかなみたいな。
自分のクリエイティビティとのハーモニーはどうなってるの?っていうことを、
自然と入っちゃうんだよねみたいな感じなのか、意図的に入れ込んでるのかみたいなのが全然違うと思ってて。
それ話せると思う。
それ私の場合の話でいい?
いいよ。
作っていく、なんだろうな、結構、制作のフェーズによって活躍してくれるサブパーソナリティが変わっていってて、
イノシシいるって言ったじゃん。
イノシシがめっちゃ出るときは初期の段階から中期の段階の、
なんとなく形は見えてきてるんだけど、なんかまだいろいろ参考を集めてるけど固まってきてなくてどうしようみたいなときに、
でも意地でも形にしてやるぜみたいな、うわーみたいな絶対いいものを作るぜみたいな感じで、
ぐわーってなる。ぐわーっとなって。
なんで笑うの?
いいじゃん。ぐわーっとなって。
ぐわーっとなって。
ぎゃーってなって、ぶーってなって、いやーってなるでしょ?
ぶーはなんないけど、いやいやはなるかも。
何の話してんの?
なって、ある程度形が見えてきたら、わーって。
うわーってなって、ぴーってなって、ふえーってなって。
そう、そうなる。
それが形のところだね。
で、一方で、イノシシよりも前に来てるやついるわ。
ブラック企業社長が、結構冷静に論理的に理論立ててみたいな性格だと思うんだけど、
18:03
そもそもデザインの前に構成大丈夫ですか?
言葉の伝え方あってますか?みたいな。
情報設計のところは、結構ブラック企業社長パーソナリティーが出てってるかもしれない。
それでフェーズによってどんどん変わっていくっていうことだよね。
で、それが出来上がったものにちょっとずつ影響しているし、
私が制作するとそういうパーソナリティーがちょっとずつ制作の過程で関わって、
壁イズムが若干反映されるってことだね。
若干ね。
なるほどね。
で、壁イズムがあるのと同じ原理で、チームで制作した場合、
AさんBさん壁って言うとしたら、Aさんイズム、Bさんイズムっていうのももちろん出てきてて、
作る過程で出てくる。
で、それをね、今回3人で取り組ませてもらってるんだけど、
その3パターンで出すのがすごい意味があると思っている。
ちなみにその3人でやるっていうところももちろん気になるんだけど、
3パターン、3人のやつがイズムが注入されるとさ、
なんとなくその会社のカルチャーについては若干薄まってるんじゃないかっていう気がしてて、
その割合みたいなのを言うと、社会的だからこそ見える輪郭があって、
その会社のカルチャーの。
そこの反映が8割で、残りの2割ぐらいがデザイナーの魂みたいなのが入ってるバランスがいいんじゃないかとか、
そういうのってあるの?
それで言うと、2割ずつ足して6割になるっていうよりも、
3パターンそれぞれ思うものを出して、刺さったものをこっちで展開していくみたいな感じだから。
じゃあ8対2ぐらいは変わらないね。
変わらない。
で、残りの2割のグラデーションの割合が変わるってことね。
そうそう。
なるほどね。
どのイズムが一番先方にとって神話性があるかってのは変わるわけじゃん。
それだけ聞くと、三人体制でやったほうがいいってなる気がするけどね。
実写にあった色のアウトプットを見極めて、それに寄せてくれるみたいな感じだと、
一人でやるともう壁イズムに従うしかないけど、
3人だと3人のイズムの中から選べるとかグラデーションできるとかそっちに見えるからそっちの方がいいみたいに客観的に見ると思うけど。
そうだと思っている。
理想はそう。予算がもしあればそれやれることが理想で、
これどうしても体感値の問題になっちゃうんだけど、
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やっぱり複数の視点でデザイン見ると明らかこうデザインのブラッシュアップができるみたいだよね。
それはロゴデザインだと、私会社でチームでやってるわけじゃないから一人のオーナーさんと一対一で話すことが多いんだけど、
オーナーさんのフィードバックだけでもめっちゃ跳ね上がるのよ。
それがちょっと関係者が多くなったがゆえの大変さはいろいろあるんだけど、
作る側の時点でフィードバック出し合ってブラッシュアップして出すものの方がやっぱり良くなる。
多くなりすぎると結構今度は共通認識を取っていくのが大変になるからそこのバランスはすごい大事になってくる。
10人とかになると語彙形成難しいよねってのはめちゃくちゃわかるけど、極端な話、万博のロゴとかも何十社もロゴコンペで出してきたわけじゃん。
あれと似たような構図だよね。時間と規模さえあればっていろいろそういう話だと思って。
一人でやるよりもね。
でも逆に言うと万博のやつとかはコンセプトはざっくり決まっててそれに対して個性を6,4ぐらいで出してるのか。
でもそれも8,2ぐらいでちゃんとコンセプトにのっとってるのか。
8,2どころか今回の場合9,1ぐらいだと思う。
なぜかっていうとロゴがもうバチッと決まってたのよ。
ミャクミャクっていうさ赤い赤の目玉がわーっと丸くなってそこに青い体が生えてるみたいなやつなんだけど。
私あれあんまり好きじゃない。
あれの話じゃないの?ロゴって最初話したのは何の話なの?
最初の話はビジュアルアイデンティティみたいなこういうやつ今ネットで見せてるんだけど。
ビジュアルアイデンティティのなんかコンセプトアートみたいなことってこと?
ロゴデザインの世界観を拡張するために作ったデザインシステムみたいな。
俺かなりロゴデザインだと思ってたわ。
それは分からんな。
それ見たことある人ほとんどいないと思う。
分かんない。俺は知らなかった。初めて見たけど。
俺のイメージはロゴデザインのコンペって別にあれになる前にめちゃくちゃ多分いろんな人が関わってさ。
あれ作った人の思想ってどんぐらい入ってんだろうなっていう。
それが8,2ぐらいなんだかんだで8,2ぐらいなんだろうなってちょっとなんとなく思って。
8がどっち?
え?あのコンセプト。
でもなんか俺が今ずっと考えてるのは
さまよいさんって自分で0,10なんじゃないかっていう。
24:04
あのかぼちゃは別に誰かに支持されたわけじゃないじゃんっていう。
っていうのが気になっていて。
そこの境界線とか何が違うんだろうなって思った時に
ビジネス世界だとやっぱり概然性とか説明可能性とかそういうものがあるから
その説明をするために8,2の8の部分を入れるみたいな感じなのかなと思ってて。
そうだと思ってる私も。
でもなんか人がいいと思うものって
説明が可能かどうかっていうのとどう関係があるんだろうなっていうのが
万博のロゴも含めて思ってるところで
万博のロゴ、カベちゃんがあんまりなんだよねっていう風に言うのも
それは逆に言うと社会っていう
コンセプト考えたのが誰なのかによると思うけど
万博のプロデューサーが
あれって国が主導なのかな
国と電通さんが一緒に考えて作ったコンセプトを
ロゴコンペアに落としてみたいな感じなのかわかんないけど
多分そこまではめちゃくちゃ概然性があると思う
もう2025年に万博を日本でやるなら
こういうコンセプトにして世界にこういうメッセージを届けたいみたいな
外交の意味も含めていろいろ考えた上でコンセプトやって
その後募集をしてみたいな感じだと思うんだよね
ってなった時に
そこまでは多分めちゃくちゃ
社会構造の中の概然性があるものを作ってると思うんだけど
最後に作り出したものは
いやもうこの気持ち悪い
よくわかんない形でいくぜみたいなのって
説明はできるけど
どちらかというと結構思想入ってるんじゃないかなみたいな
メッセージ性っていうのを
逆に言うとそういうコンセプトとか抽象的なものを
尖らせまくるとそういう風になるのかな
なんかその辺が面白いなと思って聞いていた
そうだね
なんだろうね
尖らせまくるとこうなるのかな
ごめんあとね
ちょっと一個訂正するわ
ロゴが気持ち悪い
気持ち悪いって言っちゃった
気持ち悪いと思ってるんじゃなくて
ロゴから生まれたキャラクターが
私どうしてもワオって思って
それが一番バズってたじゃん
バズっててやばくないみたいなさ
呪術回戦の世界だよ
ロゴだけは見たら全然コンセプト伝わるしすごい
逆に言うとロゴだけって丸いやつでしょ
目の
あれだけ見たら何かわからなかったけど
キャラクターになった瞬間に
あれがそういう意味だったんだって
ちょっとわかる気がするけどね
わかる気がしたけど
こうくるんだと思って
それをうまいこと
デザインシステムに拡張して
きれいと思える形で
アウトプットしてくれたのが
ヒッチーさんのあれだと思うんだよね
さっき見せたやつ
27:01
コンセプトアートでしょ
コンセプトアート
それって面白いなと思ってるのは
届くか届かないかっていうのがあると思ってて
キャラクターにしたことによって
少なくともたぶん
1億2千万人中の
たぶん8千万人くらい届いたと思うんだよ
逆に話題になってってこと?
そうそうそう
そういうことね
延長奏法じゃないけど
でもそういう面もあると思ってて
なるほどね
それって別にプロセスは
あのさっき見せてくれたアートは
たぶんね
2千万人くらいが
これねっていうふうに
万博のやつねっていうふうに
認知できるかなっていう気がする
なるほどね
それから
綺麗に表してることと
それこそさっきのさ
もともとの
マジかみたいな
命を吹き込むみたいなところで言うと
なんかより濃く命があるのは
あのキャラクターの気がするね
なんかそう思えてきたら
なんか愛おしく見えてきたわ
全部もうデンツーさんと
もう国の手のひならの上なのかもしれない
デンツーかどうかわかんないけどね
わかんないけど
たぶんデンツーだろうっていう
確かにさ
思い返してみればさ
日本にも妖怪っていう考え方があったり
なんかわかんないけど
シャワーしてたら後ろになんか
気配を感じるみたいなさ
みたいな
その感覚とかも
何かわからないものに対する
形になってもないものに対する
恐怖でもあり恐れでもあり
なんかこう
なんていうの
異形の念っていうの
みたいなのを
なんかうまく表現してるのかもしれないね
ちょっとよくわからない形みたいな
この前さ
ルームシェアのメンバーと話したけどさ
デジタルネイチャーっていう
考え方もできててみたいな話
あれもいろんなものに命が宿るって話と
ちょっと近しいところは
確かにね
これまでできなかったことが
当たり前のようにできるようになって
考えずに自然とあるみたいなことが
そこにも命宿るよねみたいな
そういう世界観も万博ではあるわけじゃん
だってこれまでなかった最新テクノロジーがさ
新しい生活形態を作るし
価値観を作るしみたいな
そこに全部命がまた宿るよねみたいな
それで輪廻してるよねとかさ
そういう循環があるよねみたいな
ものを表そうとして
ああいう風になったっていうのは
ちょっとしっくりくる感もあって
なるほど
だってこれまで見えなかったもの
AIを使うからこそ
ホワイトカラーの人が絶滅して
めっちゃ楽しく遊んでるばっかりでも
世の中が成り立っていくみたいな
多分半世紀前の人だと
気持ち悪くなるかもしれないけど
確かにね
それが現実化していくみたいな
ホワイトカラーが逆に敗北するみたいな
わかんない
極端だけど
もっといろいろあると思うんだけど
遊ぶように働くとかもさ
30:01
今パッと思いつくのはそういう具体的なことだけど
なんかもうちょっと
多分あると思うんだよね
コミュニケーションの形態とかも変わるとかさ
なんだろうな
それこそね
トランスジェンダーとか
セクシュアリティにもさ
いろいろ反映が
テクノロジーの影響もあるのかもわかんないし
価値観が広がるっていうところも
価値観の移り変わりが早くなるっていうところとかも
いろいろ
命がバンバン生まれまくる
土壌が整ってきていて
これまで妖怪みたいな
何かに宿って
それが形変化したものみたいなものが
より
身近になってく可能性はあるよね
AIも妖怪なのかもしれない
そっかね
これまでは
風の音とかさ
そういうものが身近だったけど
今は
AIで自動に生成されたものと
人工物の競争みたいなものが
そこが楽しいよねみたいな
アートが生まれる可能性もあるし
確かにね
いろんなものに命が宿っていく
これまで当たり前だったものが
全然当たり前じゃなくなっていく
そこに新たな命って生まれてるよねみたいな
そうやって循環してるよね
あのバンパー家のロゴも面白いなっていう
確かにね
完全にそれをこっちの押し付けだけど
こうやって解釈してできるっていうのは
すごいいいよね
普通に考えたら気持ち悪いもんね
気持ち悪いっていうのも
意図されてるとしたら素晴らしいなって
絶対意図されてる
意図はしてるんだけど
言語化しきれないさ
妖怪の例えがすっごいわかりやすいと思って
気持ち悪いっていうだけじゃないじゃん
妖怪って
ゲゲゲの鬼太郎とかもさ
ちょっと可愛らしいとか親しい感じもあったりさ
でも基本ちょっと関わるとやばいみたいな
この絶妙なバランスみたいな
心の揺れ動きみたいなのを
落とし込んでいる感覚
この感覚がすごい日本的だなっていう風に思って
マンガとかのお母ちゃんも日本から生まれて
っていうのもあるからね
ジブリとかも意味わかんないじゃん
物の毛姫でさ
いきなりマクロクロスケとかさ
ポニョとか色々あるけど意味わかんないじゃん
いきなり形変えたりさ
よくわかんなくて
でも子供の時は可愛いみたいになってるけど
ちょっと大人になってさ
高校大学ぐらいで見ると
どういうこと?みたいなタイミングとかあったり
33:01
このハテナンのよくわからない謎な感じを
さえも受け入れさせるこの感じが
ムチのちと言っていいのかわかんないけど
全部がわかりきれないことを受け入れる
感性感覚みたいなのを
すごい刺激している気がしている
アニメとか漫画とかはさ
ある程度可愛さっていうのを求めて
デザインしてるわけじゃん
今回のはさ
可愛さとかは度外視してるわけじゃん
万博のね
万博のロゴ
全然可愛さは度外視してるじゃん
それは消費されるものかっていう
どちらかというとアート寄りなのかとか
そういうのもあるのかなって思っていて
わかりやすいのだとさ
妖怪もさ
昔の日本に出てきたやつは
禍々しく墨で描いてあるよね
気持ち悪いやつだけど
例えばさ
わかりやすいのだと赤鯖とかめっちゃ人気じゃん
赤鯖かっこいいし可愛いよね
かっこいいし可愛いし
でも人殺しまくってんじゃん
でもあれはそういうデザインにしてるわけじゃん
ポニョとかもさ
マクロクロスケとかトトロとかもさ
表現したいものはあるけど
それを可愛い感じに表現してるわけじゃん
っていうのはちょっと
商業デザインっぽい部分も
漫画には入っててちょうど面白いよね
確かにね
全部細かく分類すると
めちゃくちゃいろんな段階がある気がしてるんだけど
さっきの万博のやつとかは
そのバランス
自分の命とコンセプトというか
もっともっと与えられたものと
バランスって絶妙で面白いよねっていうのと
あとはさっきのカルチャーデッグの話とかに戻ると
そのバランスって
カルチャーデッグだから納品するもの
だからお客さんに寄り添ったというかね
お客さんの発言から作り上げていくのが
一番最も外人性があって説明性ができるよねっていう
気はしてて
じゃあロゴってどうなの?みたいな
若干その割合がどんどん変わってると思う
アウトプット物に名刺はどうなの?っていう
っていうところで
逆に言うとビジネス世界のデザインにも
自分を出しやすいものと
そうじゃないものが結構あるんじゃないっていうのは
なんか思うところだね
いやまさにそうだね
本当にビジネスっていう
それこそ売り上げを立てていかないといけないっていう
目標の中で
その手段としてデザインがあるっていう
その手段に自分たちらしさみたいなのを
ふんだんに入れ込んだ方が
会社にとっていいビジネスだっていいっていう
36:00
制作物の場合はそれが出るし
別にそれが大していらないもしくは
排除されるべきシーンの時に
それをエゴとしてデザイナー側が作っちゃったり
提案しちゃったりするとそれはなんか違うよねっていう
ガンチャーの言った通り
物によってグラデーションで割合が変わるみたいな
のはめちゃめちゃそう
もっと先の話で俺が一番今ずっと気になってるのは
じゃあそこの境界線ってどこなんだろうっていうのが
そこっていうのは
現代アートとかさ
現代アートもバイバイされたりとか
非常に活発にできてるけど
そんなのって自分が作りたいものを作ってるもの
のわけじゃん
でもめちゃくちゃ評価されていたりだとか
それも別にバイバイされることを
買ってもらうこととかを目的にするわけじゃん
エクサマヤさんとかの
斎藤芸も今年2025年にあるけどさ
あそこに出されるものとかもさ
結局自分の命を吹き込みまくったものが
パンパン出てるわけじゃん
でもバイバイもされるし
市場性もあるものだけど
そこと説明可能なデザインと
どのグラデーションの間にあるものって
何なんだろうなっていう
いやー難しい
それはなぜかっていうと
強烈なこのなんか
現体験が
現体験とかストーリーとか
価値観考え方が
もうめちゃめちゃ
大衆に刺さる場合もあるから
そういう風に
現体験が原因なんだ
現体験っていうのが
強烈な一人の
現体験って何て言えばいいのかな
感覚、感性、センス
センスとか感性だよね
そういうものが
世の中にマッチしたときに評価されるっていうだけで
そうかもね
現体験は感覚、センス
才能だよね
才能
才能が認められたらそういうのが脚光を浴びるけど
そこが認められるのが
死んでからの可能性もあるもんねそういう世界は
っていうところなのかもね
ゴホとかもそうだよね
デザイン、命を吹き込む
吹き込まれちゃうみたいなところに
どういう割合で命が吹き込まれちゃうのかみたいなところと
吹き込むものを意図するべきものとそうじゃないものと
でも意図しなくてもやってるものと
あと意図しない反応をたくさん呼べるみたいな
万博のロゴみたいなものも
いろいろ多分
意図しないものをデザインしてるみたいな可能性が高いと思うんだよねあれは
意図しない反応を呼び起こすみたいな
その余白を持たせるみたいな
39:00
こととかもなんか
テクニック論としてはあるのかなみたいな
確かにね
そう思うとデザインの
魂の込め方とか
こもり方とか
そういうのはなんか面白いよね
そうですね
いやーちょっと自分はまだまだだと思っているので
そうなの?
そうだよなんかもう余白というものを
感じさせない
もうなんかもう完全無欠体のデザインを
作ろうとしちゃうから面白みがなくなる
癖があって
まあでもそれは逆に
言うと
今の段階だからこそ作れるデザイン
だと思うんだよね
今後しはりの派みたいなことが
できるようになってきて
そういうデザインを作れた時に
あのーわかんないけど
今の時点でも
それはあなたしか作れない
デザインだし
それはそれでも
今の全力で
出し切ってるし最高のものだと
思ってるわけでしょ
それでいいと思うけど
将来どういう風に
変わっていくのかみたいなのは
そこも含めてさ
デザイナーとして生きるっていうのは
楽しんでもらえるとさらにいいかもね
まあ楽しいね
大前提楽しい
自分自身が楽しむのはもちろんそうなんだけど
うんみんな
クライアントが
クライアントが
2024年のカフェの作品を
買ってくださいっていう
そういう感覚も
面白いかもねっていう
なるほど
将来は私はもうすごいデザイナーになるかもしれないし
この時はこういう風に作りましたけど
今は成長して
後完成が変わって
あなたの会社はもうちょっとこういう風に
見せた方がいいかもしれませんねみたいな
ことを言えるぐらいの
厚かましさというか
命を吹き込む
ザ・クリエイターとして
そういうのもいいんじゃないかな
って思うけどね
わかりました
わかりました
いいねって思って
いいねって
だんだん集中力が切れてきた
はい
ということで
壁ちゃんの活動限界が
やってきたので
ウルトラマンみたいなもんだよね
地球上での活動限界が
切れてきたので
3分よりは長いと思うけど
ということで
ではまた
今日は命を吹き込むという話を
万物に命が宿るって話か
命が宿る感覚パート2
ということで万博の
話を
ふんだんに
やりながら
作っていく
デザイナーとして作っていくもの
一つ一つにも命が宿るよねって話とか
それも場合によって
42:01
求められる
割合が変わったりとか
チームでやる場合一人でやる場合
フェーズによってどう変わるのかとか
っていう話をモーラ的に
できたと思っております
はいありがとうございました
ありがとうございました