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Giftⁿのスキ研究ラジオ。この番組は、スキと好奇心について2年以上研究してたら起業しちゃった夫婦の朝の会議を垂れ流しちゃう番組です。
感覚派の妻と、ロジック派の夫が、ぼちぼち仕事モードに入っていきながら、あれこれ話していきます。
おはようございます。かべちゃんです。
がんちゃんです。おはようございます。
どうもー。はい。じゃあ、今日のテーマも早速言っちゃいますよ。
今日は、心が動く瞬間について考えてみよう。
なんかシンプルめな、シンプルに見えるけど、でも奥が深そうなテーマを持ってきたんですけれども。
これはさ、元々がんちゃんがこれについてちょっと深掘ってみたいなっていうのをLINEで共有してくれて、確かにいいねってなって、今日持ってきたっていう経緯があるから、
ちょっとさ、がんちゃんの経緯というか背景みたいなものをまず聞きたいな。
心出しということに最近向き合ってるわけじゃないですか。
そうですね。
で、心出しの定義は何か心が行くことであるっていう。で、その心が行くことの心ってじゃあ何?って。
で、心の行くことの原動力って何?っていう。
その動く瞬間って何だろう?っていうところからスタートして。
いいですね。
ちなみに心が動く瞬間とかそのきっかけとかそのターニングポイントみたいなものって何か思い浮かびますか?
動く瞬間?
どんなアルゴリズムで。
アルゴリズムで?
どんなきっかけで。
それ設計されてるじゃん。設計されてる動くやつやん。
でもやっぱりさ、自分がワクワクすること、つまり好きに触れたときにやっぱり心が動くのかなと思うし。
好き研究ラジオと言ってるぐらいだからね。そこはそうだなと思う。
そうか。心が動くって考えると別にポジティブじゃなくてネガティブな方もあるか。
怒りとか、ネガティブってくくっていいのかわかんないけど、何かに対して違和感とか、こんなの嫌だって思う瞬間とかそういうときかな。
そういうネガティブもポジティブも含めていろんな感情が動くよねっていうタイミングはどうやってできてるのかっていう。
どうやってできてるか?そのタイミング?
なんだろう?何か出来事が起こるわけだよね?起こってそれを見て聞いて心が揺さぶられる。
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そうなんだよ。何かしら自分が五感のどこかしら、まあ第六感でもいいけど、外的な何かしらのインプットがあったときにそれに作用する形で心が動く。
インプットして、そのアウトプットとして。
何かしらの刺激があったことに対してっていう感じでしょ?
確かに確かに言われてみれば。
それは自分の中で思考するタイミングでも起こり得ることかもしれないけれど、その自分の思考が何から始まってるかって言ったら、外部からの何かしらの刺激に応じて誰からの言葉とか。
自分から湧き出てきた言葉と対話してますみたいなものは悟りの領域に近いね。
まあ確かにな。
悟りが何なのか分かってないけど、やばいじゃんそれ。
まあ確かにな。
あっ、うちからなんか怒り湧き出てきた。ちょっとこれと対話しようみたいな。なんかないじゃん。
自己完結しているのはなかなか悟りの領域ですね。
それは結構ないじゃん。
ないね。
何かしらの出来事とか、下界との。
下界って言うな。
下界との何かしらの接触によって。
下界ってそういう意味か。ごめん下の界かと思ったわ。すいませんちょっと心が穢れていました。
心穢れてる。
ごめんね。はいどうぞ。どうぞどうぞ。続きを。
なんで、そういう意味で何かしらの刺激に対して心って動いていくよね。
確かに。
じゃあその刺激がポジティブなものとかネガティブなものとかそのあたりどういう刺激だったら心がより動くのかみたいな。
どういう刺激だったらね。
だって日常的に生きてるだけで刺激だらけなわけじゃん。
まあ確かに常にインプットしていると言われればインプットしてるよな。
暑い寒いから始まり眠い眠い眠くないはあるか。でも足ぶつけてさ怪我するとかさ。
痛えとかなんか今で言うと観葉植物が目に入ってきたとかね私の場合ね。
そういうのって溢れてるけど全部に心動いてるわけじゃないじゃん。
確かに言われてみれば。
それって何なんだろうねみたいな。
いい問いですね。
そこを考えるともう少しその先の志が見えてくるんじゃないか。
確かにね。
あのさ確かにその志は心がいくことっていう風に定義してて。
で、なんか分かってるようで分かってなかったこととして志と心の関係ってどういう関係なんだろうっていうのはまだまだ深掘れてなかったなって思うから。
心が動くどうやったらその心が動くのかっていうのは深掘ったらより解像度が上がりそうな気がします。
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どんなインプットだったらどうでしょう。
で、まあじゃあ心が動いた出来事最近何?
心が動いた出来事?
えー。
あ、やばい待ってすぐ出てこない。
やばいやばいやばい。
ちょっと待ってね。
何もないね。
いや絶対あるんだよ。
絶対あるんだけど。
あ、あります。
ちょうど昨日とある社長さんのインタビューをさせてもらったんですけれども。
そこで社長さんのいろんな、なぜ今こういう仕事をしていてこれからどういう未来を作っていきたいのかっていうのを人生ストーリーを聞いた時にそれがすごい素晴らしくて感動した。
で、心が動いた。
あ、いいね。
今のまさにストーリーに感動したっていう心の動き方だよね。
うんうん。
ストーリーとかそういう物語にも感動っていうのは心の動きだよね。
ポジティブな瞬間的な心の動きだよね。
確かにね。
っていうのがめっちゃいい事例だと思う。
ストーリーには心が動きやすい。
っていうかまあそういう事例があるよね。
事例があるよねと。
じゃあ今の心が動いたっていうものを別の言葉で言い換えてたのが感動だったのよ。
うん。
お、ほんとだ。感じて動くで感動。
心が動く感動。
おーおーおーおーなんか見えてきた気がするよ。
じゃあ感動以外にそういう心が動く系のキーワードってなんかありますか。
衝動。
衝動的に動く。
衝動は違うか。
衝動はなんか心を介さずにもうなんかシナプスの反応で動いてる感じ。
感動。
あと何だろうね。
心が動く系の。
うん。
ちょっと違うかもしれないけど原動力もまあそのどうっていうので考えて。
原動力も力。
力だからまあ違うか。
例えば感慨深いとか。
あーあーあー。
感慨とかは心があーしみじみとみたいな。今のしみじみととかも心が動いてるよね。
あとはもう心を打たれるとか。
あーあーなるほどねそう心を動く系の言葉ってことか。
心が打たれる。えーちょっとボキャブラリーが少ない。
あと何があるんだろう。
あと趣深いとかもさ自分の趣が向いてる心が動いてる。
あー趣ね。
ちょっと奥ゆかしさみたいなのがあるよ。
確かに確かに。
うん。
あとは胸にしみるとかさ。
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あー。
心が動いてるよね。
うんうんうんうんうん。なるほどなるほど。
うん。
いろんなが言葉があるんですね。
そう。
心が動く系の言葉いいですね。
そうそんな心の動きにさ源流があるわけですよ。
何なんか調べてきたやつがあるの?
壁ちゃんが話したくてしょうがないって言ってた内容。
源流ですか。
はいそれは何ですか。
何源流って。
自分で言ってたじゃん。知らないふりしてさ。
いやいやそれはさ持ってきたのはがんちゃんですから。
そこに繋がるんだねって思いながら話聞いてたけど。
早く話したくてしょうがないなーって思ったわけでしょ。
いやなんか言葉がすごいいいなと思って。
その源流は哀れという言葉だと。
待ってでもここまでしか私話せないよ。
私話せること無限にあるって言ってたじゃん。
違う違う。
それはその一通りがんちゃんが何でこの哀れっていう言葉にたどり着いたのかっていう背景を聞いた上で
私がこの何の前提情報もなくこの哀れっていう言葉の概念を聞いた時に
こういうことを考えたよって話を無限にできるっていうことになっただけで
だからその哀れ自身について事態についてがんちゃんの調べてきたことを深掘ってみたいです。
どうですか。
哀れっていう言葉は定義わかりますか。
定義?
定義っていうとあれだけどどういう意味かわかりますか。
でも趣とかそんな感じが。
古典で哀れなりっていうやつがあって哀れなりが趣深いみたいな意味だった気がして
意図哀れなりみたいなね。
心が思わず動くようなことのことを哀れって言うんじゃないかなっていう風に思って。
心が思わず動くことなんだね。面白いね。
物事に触れてしみじみと心を動かされるみたいなことがあるんですよ。
意図哀れなりとかいろいろ哀れっていうものは有名な古典語あるけど
一番有名なのが物の哀れって源氏物語に出てくるもとおり織永が重要視した言葉っていう風に言われてる。
源氏物語ともとおり織永、時代が違う気もするけど。
元おり織永が源氏物語を論じる際に重要視した言葉。
そういうこと?
そうなんですよ。
それは桜がこんなに美しいみたいな直接的な表現じゃなくて
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桜が綺麗だなみたいなことを言うことによって散っていく様が美しいみたいなものを表現することを物の哀れみたいな言葉で表現してるのが
奥行かしさというか意図おかしだよねっていうことを論じるときに元おり織永が使ったって言葉なんだろうね。
なぜ物の哀れとかそういうものの話をしたかというと
本当そういう奇妙なものから心が動かされるみたいなことに対して結構敏感というか
元々はそういうところに対して感度の高かった民族だったんだろうなと。
いいね。すごい面白い。
歌とかを読んで散りゆく様とかを物の哀れみたいなものに閉じ込めて
そこに前後にあるニュアンスを説明しきるんじゃなくてみたいなものは面白い文化だったんだなっていうのと
哀れっていう自然とそう思っちゃうみたいなニュアンスのものって大事にされてきたんだろうなみたいなものがありましたね。
なるほどね。
っていうのが面白いなと思って。
それ聞いてさ、一つ違和感を覚えたこともあって
我々さ、事業運営していくにあたって志を身近に掲げる上で
日本の現状を色々調べたわけじゃん。
学力も健康もあるのに心だけが貧しいということがデータからも分かったっていうのと
今の日本人は心が貧しくなってるんじゃないかっていうものと
元々の民族性になんでこんなギャップが生まれちゃってるんだろうっていう風に思った。
まあそれは色んな観点があって
そもそも民族性なのかっていうところ?
民族性、その哀れっていうのが?
単純に昔、現状物語っていつ頃?
平安。
平安時代はそういう時代だったっていう。
江戸時代にも同じようなことがあったかって言ったら分からないよね。
まあそうか。
単純に時代の違いの可能性もあるっていうのが
民族性ほどまでないけど、そういう時期もあったよねみたいな。
そういう風に理解すればいいのか。
俺は思っているけど、そういう面があるのと
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あとはこれは時代っていう風に一国にするんじゃなくて
時代がどう構成されているのかっていうことを考えた時に
そもそも今、心の豊かさみたいなものとかを測る指標は
一応EQであったりだとか、いろんな指標でできてるけど
それよりも今、人を測る指標として
能力であったりだとか、稼ぎであったりだとか
経済性ってところ?
経済性が目立ちやすいという風になった時に
そこに対しての感度
例えば3億円持って回すって言われた時に心動いちゃうだけ
すごいですねーみたいな
すごいですねーなのか、もやもやなのか
その指標に対してはみんなビビッとなんだけど
当時はどちらかというと歌を読んで
それが美しいかどうかとかが評価の基準だったから
確かにね
それって機微な情報とかに
どこまで心を驚かされるかみたいなところが
同じ基準として見られていたから
なんじゃないかなっていうのは
例えば江戸時代の前の戦国時代とかだったら
一人だけ何本折れるかみたいなものが
戦闘力みたいなものが
社会的に重要視されてた可能性があるよね
面白い
何がその時代によって強いという
みんなが意識している指標があるんじゃないかなとは
思いますね
たしかに
それで言うとさ
ちょうど今国際指標が変わる節目にあるっていう流れあるなと思ってて
今まではSDGsって言われてたけど
これが2030年にSWGsっていうのに変わる
サステナブルウェルビングGってなんだっけな
忘れちゃった
経済じゃなくてウェルビング
豊かに生きるにはっていう
どれくらい豊かに一人一人が生きれるかっていうところが
国際的な指標になるっていうのを
ちょっと私も勉強したんだけど
っていう意味では
心の機微な動きがマクロレベルでそうなってるってことは
一人一人についても心の機微な動きっていうのが
より重要視されていく時代になっていくんじゃないかなって
そうだね
そもそもSDGsっていう指標が世界的にちゃんと広まったかみたいなところは
俺はクエスチョンだと思ってるんだけど
日本では盛んに言われるようになったよね
企業もよくコーポレスサイトに載せて
何番と何番やってますってね
俺の知る限りだと
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いわゆるウェルエディケイティブな人たちだけが
そこにつけて
しかもそれに対して納得するしないが分岐する
国際的な潮流はヨーロッパ主導で作れたところはあると思うけど
浸透って意味では結構厳しかったんじゃないかなっていうのが
それをWにしたからって言って
どこまで行くのかなみたいなのはあった
これは完全に僕視点ではどうだろうなって思っていて
さっきの時代の話に戻ると
やっぱり人間が重要視される人とか権力とか
あとは力を持つものに
やっぱりみんな指標を置きたがってしまうっていうのが
あるのかなっていうふうには思っていて
戦後時代だったら将軍とかの人たちに
必要なものは財力であったりだとか戦闘力であったりだとか
兵力みたいな
いろんなものが複合してみたいなものとか
そういうのはあったはずだったよね
貴族の中で安定している場合は
その中でも豊かな黒を読むみたいなことがあるはずだよね
その時の重要視されていることは
結構その権力とか
わかりやすい自分の生存的なものに
左右されるんだろうなっていうのはある中で
なのでSWGsが言われたからとかじゃなく
逆に言うと平安貴族みたいな生活が
今一般市民の我々にもでききえつつあるのよ
もちろん身をこにして働いて
集合で働いて8時間も働いてるって言うかもしれないけど
生存本能に晒されてるみたいなことはなかなかないと思う
まあ確かにな
そういう意味で心の動きが豊かな方が
いいよねっていうふうに思われるようになる可能性はあるよねとは思う
SWGsは言ってることは多分いいと思うし
時代の調理を組んでると思うけど
SDGsの進化系ですみたいな感じになってる時点で
ちょっと浸透本当にするかなっていう心配は
なるほどね
国際的にはそういうふうに言われてはいるけれども
それは一つの時代を映す一個の鏡ぐらいに思って
それはそれこれはこれで別で考えた方がいいのかもしれないね
そうですね
ただ平安時代とある種似ていると似てきつつあるというふうに思う反面
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違う部分もあるかな状況として違う部分はもちろん
こんなにネットも発達してSNSですぐに世界中の人の生活が
見れて自分と比較できやすい環境にいると
一方AIも台頭してきてもしかしたら
週にしか働かなくていい世界が来るかもしれない
人間はすごい暇になるかもしれないってなった時に
それが二つあるこの状況の中で
心の動きに機微になっていくにはどうすればいいんだろうって
だから安定してる時に人間がどうしてきたのかっていうのが
哀れにあわれてるんじゃないかなっていう
平安時代は安定してたって言われてるもんね
江戸とかもね
確かにね
結局でも江戸の時に醸成された文化とか歌舞伎とかが
今も大事にされたりするのはそういうことなのかなとかは
思ったりもしますね
もちろん経済格差があったりとか苦しいところはまだまだあるし
解決しなきゃいけない問題もあるんだけど
日本社会っていうのはかなり安定して作られている
社会だと思っているし
なんならね我々はこうやってポッドキャストで
俳句読んでるみたいなもんじゃん
週末は羽子板みたいなのやってさ
言い過ぎや
羽子板フリスコボールな
やってるわけじゃん
平安時代の人からすると
おぬしらもおもろいよなみたいな感じなわけ
羨ましがられるかもしれない
そんなおいしいもの食べてみたいな感じになるわけや
なんだこの機材は
機材っていうのが何て言うんだろう
なんだこの黒い音が出る物体はって
マイクのこと言うかもしれない
そうね音は入力する方だけどね
まあいいや
そんな時代になったけど
いろんなノイズもあったりとか
そうね
その中で哀れから学びたいことっていう意味では
さっきの物の哀れに戻るけど
そこに存在するだけで
そこからいろんなものを読み取れるみたいな
ところが結構重要なのかなっていう風に思っていて
ただ一つ目の前にある自動販売機を見るだけでも
それを見ていろんなことを感じれるわけ
確かにね
それっていろんな観点があってよくて
サンプル新しい自動販売機のデザイン出したみたいな
あれこれ商品ラインナップ昨日と変わってないみたいな
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のもいいし
なるほどね
違う目線だと
あれこの基礎って他のところ違くないみたいな
基礎?
この自動販売機置いてある基礎
ここに空洞あったっけみたいな
のとかも見てないわけじゃん
確かにね
俺らは
見てない
あれこれ
あの50メートル先にもあるけど
なんでここに置いてんのみたいな
いろんな観点であれですね
建築、マーケティング、デザイン
いろんな観点でビジネス
あとは物流とかね
どんぐらい売れてんだろうとかね
物流もいいね
ここにこれいつ補充されてんだ
どういう人が関わってるんだろうとかね
今自動販売機適当に出したけど
それだけでも
こんだけいろんな見え方ができるわけ
で哀れのいいところは
まさにそこだと思ってて
外の世界に対しての違和感であったりだとか
感情を大事に扱っている言葉だなと思ったわけです
めっちゃいいね
めっちゃいいね
だからその違和感とか
その喜びとか悲しみとか
嬉しみとか興味
関心みたいな
ここにいかに哀れだと思えるか
どうかっていうのは結構重要かなっていう風に
思っていて
いい概念だな
でそこの出た何かしらの物事や出来事や
物事に対して
そうやって心を動かしていくことは
すごい面白いことだよねっていう風に思うのと
その次に
なんで自分がこんなにここに心が動いたのかみたいな
そうだよね
思わず動いたことっていう定義だったよね確かね
そう
なのでそこに
なぜ心が動いたんだろうみたいなことで
自分のことがちょっとずつ分かってくる
確かにね
自己理解につながると
哀れが
そう哀れがそうやって
つながっていって
その中でも傾向があるわけよ
そうね
だってかべちゃんは
ベンディングマシーンに対して
奇想のこととかも一切考えたことなかったわけじゃん
ない
なに奇想って
でもデザインについては
めっちゃビビってくる
でしょ
ここに自分の大切にしたいものとかが見えてくる
わけですよ
分かりますか
すごい分かる
人によってその大切にしたいものとか
心の動きとかセンサーみたいなのが違って
センサー
それが分かるきっかけが
哀れですよねっていうのと
その大切なものが分かってくると
じゃあこれをもっと大切にしたいって思ったりとか
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確かに
この大切をシェアしたいとか
そういう風になってくる
わけですよ
それがいわゆる
志になってるんじゃないかな
みたいなところがあって
志というか心の動きになってくるところかなっていう
それが行動に伴ってくるとなると
志になってくるかな
確かにね
心が行くことだからね
なので心の方向性と行動が伴ったときに
志になってくるよねっていう
ことを考えて
確かに
この話をちょっとしてみたいなと思った
めっちゃいい
哀れセンサー大事だね
哀れセンサーを日頃どれぐらい持てるか
それのセンサーについて考え続けた先に
自然と立ち上がってくる
自分の心の方向性が見えてくると
それが志なんじゃないかと
そういうことですね
すごいなんかめっちゃ志に
志短いなったわ
概念が
志を身近にという風に言ってる
超わかりやすいわ
そうなんですよ
哀れセンサー大事や
月研究ラジオでやってるからさ
月研究ラジオも
哀れ研究ラジオみたいなもんなんですよ
確かにそうだよね
いろんなことに対して
研究してみようぜって言ってるのは
はいはいはい
哀れラジオなんですよこれは
哀れラジオそうだよね
みんなの哀れを聞いてさ
なんでそこにビビッときたの?
っていうのを深掘って研究していく
っていうことですからね
そう哀れは何?って言って
おーいとおかしいとおかしい
って言ってるだけのラジオ
わかりますか?
うんうんうんわかるよ
そしたら心たちが近づいてきたっていう
おーいいねー
そんな感じですね
いいラジオですねこのラジオ
自画自賛ラジオですね
自画自賛ラジオになってしまいました
なんでまぁ志っていうと
もうちょっとなんか高くて
誇り高きものみたいなイメージがあるから
それを身近にしていきたいっていうのが
まさにそういうところで
哀れから始まっていいんだよっていう
うんもうほんと一人一人のね
誰でもこう感じれるもの
でその違和感とかのセンサーが
鋭くなればなるほど
高度に勝手に繋がっていくっていう
あー確かにね
ところがあるから
そのセンサーを大事に
哀れを大事にしていくことは
結構大事なのかなっていう風に
思っていますって感じですね
ちょっとじゃあ
次回のラジオはさ
哀れセンサーが
鈍くなるときってどんなとき
っていうのを話したいですね
哀れセンサーのことについて話しますか
うん話したい話したい
そんな感じですかね
はい
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いやーいい議論ができましたと
では次回もよろしくお願いしますと
はーい
じゃあちょっと待ってね
はいではエンディングいきます
朝の会議ネタ研究してほしいスキーは
概要欄のフォームから募集中です
LINEオープンチャットもやってます
一緒にスキーを深掘りしたい方
雑談したい方はぜひぜひご参加ください
ではまた次回またね