はじめに:番組と今回のテーマ紹介
デジタル時代の国語教育を語ろうにようこそ、パーソナリティーのKasaharaです。 この番組では、Google for Education認定トレーナーと認定コーチの資格を持つ私、Kasaharaが、教育にまつわる様々な話を配信していきます。
この放送の配信日は、2026年5月4日月曜日、緑の日ですね。 ゴールデンウィークの後半戦のスタートになる配信ですね。
リスナーのあなたはどのような連休を過ごされているでしょうか? 自分は4月の年度初めの怒涛のドタバタがやっと一段落して、この連休でようやく息を整えているところです。
担任をしていると、1学期の最初の1ヶ月は本当にあっという間に過ぎるんですよね。 ちなみに今日5月4日は祝日法の改正で扱いがちょっとややこしくなった祝日なんですけど、
まあ、緑というキーワードに引っ張られて、新緑の季節を感じながら過ごす日にしようかななんてことを思っています。
連休の後半は少し机に向かって原稿を進める時間も取れたらいいなぁなんてことを思っています。
明日からは渋谷のGoogleでイノベーターアカデミーに参加してくるので、それはそれで全て英語なんで心配なんですよね。
まあ、なんとかなるでしょう。 さて今日の放送なんですが、
今回と次回の2回ぐらいで高校の国語の教科書というテーマで話そうと思っています。 これ多分、国語科の教員のリスナーの方以外はほとんど見えてこない世界の話なんじゃないかなと思っています。
同じ科目の教科書がどれくらいあって、それぞれどんな特徴があるのか、 今週の配信では中身に入る前にまず制度的な部分を整理しておきたいというふうに思います。
中身の話は次回しようと思っていますので、今日はその前段としてお聞きいただければと思います。
それでは本編をお聞きください。 さてここからが本題です。
ポイント1:高校国語教科書の種類の多さ
今回は4つのポイントでお話をしようかなというふうに思っています。 1つ目が高校の国語の教科書はそもそも何者何種類あるのかというお話をお伝えします。
想像しておいてみてください。 2つ目がなぜそんなにラインナップがあるのか、その意味についてお話しようかなと思います。
3つ目が現場での採択の現実の話ですね。 4つ目がその採択を規定している先生方の事情というような、そういう観点でお話をしていこうというふうに思っています。
1つ目のポイントなんですが、そもそも高校の国語の教科書って何種類ぐらいあるのかというようなお話です。
いかがですかね?リスナーのあなたは何種類ぐらいあると思いますか? これおそらく中学校や小学校までの間隔だと教科書ってまあ何種類かあるんでしょうくらいに思うんですよ。
リスナーのあなたも自分が高校生の時に使っていた教科書のことをそんなに意識して覚えていないと思うんですね。
でも実は高校の教科書って教科書会社だけでも結構な数があるんですよ。 しかもその教科書会社の中でも同じ科目で2冊とか3冊とか種類が分かれていたりするんです。
ちょうどタイミングが良くて具体的な数字を出して紹介しやすい時期なんです。今、実は今年の春、つまり2026年の4月から高校の国語の教科書は新しい学習指導要領の下で指導要領を一巡したこともあって
改定版に切り替わったタイミングなんですね。 新しくなった教科書を例に今回は紹介します。
まずは高校1年生が履修する現代の国語という科目。 これが令和7年の検定に合格して新しく入ってきた教科書だけでなんと合計8冊18点あります。
会社ごとの内訳で言うと一番多いのが数研出版の4点。 続いて東京書籍と第一学習者がそれぞれ3点。
三聖堂大習館書店筑波書房がそれぞれ2点。 明治書院と桐原書店がそれぞれ1点という構成ですね。
でもう1科目、同じ1年生の筆履修科目になるのが言語文化という科目もあるんですけど、こちらは合計8冊15点という風になってます。
教科書を出している8冊の顔ぶれは現代の国語と全く同じなんですが点数の出し方が少し違うんですよ。
数研出版が3点、東京書籍三聖堂大習館書店筑波書房第一学習者がそれぞれ2点、明治書院桐原書店がそれぞれ1点という形になっています。
たった一つの科目でも現場の先生はその15点とか18点の中から自分の学校で使う1冊を選ぶことになるんです。
8冊あってそれぞれが複数のラインナップを基本的には並べてくる。結構多いなーって改めて数字を見ると感じませんか?
しかも同じ現代の国語という看板を掲げていても教科書ごとに中身はかなり違うんです。
なんでこんなにバリエーションがあるのか、そこが2つ目のポイントにつながっていきますね。
ポイント2:多様なラインナップの意図と教科書会社の狙い
2つ目のポイントは、なぜ同じ科目で複数の教科書を出しているのか、そのバリエーションの意味についてのお話です。
ここで大事なところなんですが、複数あるからといって教科書同士が対立しているだとか、価値観がぶつかっているとか、そういう話ではないんですよ。
まあ教科書検定ありますからね。
むしろ教科書会社が想定している生徒像、授業像、学校像が教科書ごとに少しずつ違っていて、
現場の先生が自分の学校の生徒に合うものを選べるようにいろいろなバリエーションを用意してくれているというふうに見た方が正確だろうと自分は思っています。
例えばある教科書は大学入試をしっかりと意識して、これまでも国語の定番だった重厚な評論や小説をきっちりと配列していますね。
あとは入試問題で出た文章を掲載しているような教科書もあります。
別の教科書は新しい学習指導要領で打ち出された探究的な学びの理念に本気で実践しようとして実用的な文章を多く扱ったり、
生徒同士で考える構成をかなりたくさん取り入れたりしています。
さらに別の教科書では入り口の難易度を下げて生徒に馴染みが深い文章であるとか、
学習材だとかそういうような新しいものをどんどんと使っていこうとしている、そういうような教科書の工夫があったりもします。
要するに同じ現代の国語、言語文化という科目でも、教科書ごとにどういう生徒にどういう授業で使ってほしいかがはっきりと違うというイメージがあります。
これを対立概念として捉えてしまうと、多分教科書を見る目を誤る気がします。
教科の本質としても、そこは対立ではなくて、生徒の実態に応じた選択肢として並んでいるんだというふうに捉えたほうがいいと思いますね。
個人的な好みを言ってしまうと、自分は新しい学習指導要領の理念を本気で実践しようとしている、なかなか挑戦的な教科書のほうが、
構成としては好みですね。読んでいてシンプルに刺激されますし、これからの工夫を向かおうとしている方向とちゃんと向き合って授業を考えなければいけないと感じますからね。
ここで一つだけ誤解をされやすいので補足しておきたいことがありますが、
大学入試を意識しない新しいことにチャレンジしている教科書の方が、簡単な文章ばかり並んでレベルが低いみたいな言い方だとか見方をする方いらっしゃるんですけど、
多分それは誤りですね。話はむしろ逆で、大学入試を強く意識した新学校向けの教科書の方が、
むやみやたらに難易度の高い文章が並んでしまっているなぁというのが個人的な感想です。
高校生が手堅く現実感を持ってちゃんと勉強していこうと思うのであれば、いわゆる難易度が優しく見える教科書の方が、実は生徒の実態に合っているということが多いような気がしています。
教科書の入り口のハードルを下げておいて、そこからどこまで応用的な学びを広げていけるかというのは、結局は事業者の腕、事業の工夫でどうにかなる部分だと思います。
だから入り口の難易度だけを見て、挑戦的な教科書は簡単な文章ばかり、物足りない、子供っぽいみたいに決めつけてしまうのはちょっと違うかなぁなんてことは思っています。
ただ、そう考える先生ばかりじゃないですし、現場の在宅にはまた別の力学が働くということを次のところで話していこうと思います。
ポイント3:現場での教科書採択の現実
3つ目のポイントなんですが、じゃあ現場でどんな教科書が選ばれているのかみたいな話をしようと思います。
ただ一つだけ最初に断っておきたいんですけど、教科書在宅の話って結構実は機微な情報というか、扱い方間違えると結構大事になっちゃう話なんですよ。
どの会社のどの教科書をどういう理由で選んだかみたいなそういう話って、軽々しく名前を出して詳細に公開するような話ではない。話したらちょっとまずい部分もあるんじゃないかなという感触なんですね。
なので今回ここではあくまで概略として話を聞いてもらえればと思います。ある程度ぼかしながら話をしていきますので、そういうつもりでお聞きくださると助かります。
その上での話ですが、身も蓋もない話なんですけど、新学校になればなるほどニュース志向の手堅い定番教材が並んでいる教科書の方が選ばれやすいんですよ。
まあ当然ですよね。大学ニュースが前提になる学校だと定番の評論や小説が並んでいる教科書の方が授業設計の見通し持ちやすいですからね。
結果として高校全体のシェアを見ても、挑戦的な教科書よりも手堅い教科書の方がずっとシェアとしては大きくなってます。
まあ個人的にはなかなか残念だなという感じはあります。 この話に関しては、現代の国語という3年前から始まった新しい科目をめぐっても象徴的な出来事があったんですね。
現代の国語という科目、本来は学習指導要領の立て付けとしては、文学的な文章ではなくて、論理的な文章や実用的な文章を扱う科目として設計されているんです。
文学の方は言語文化の方で扱うという、そういうような科目の切り分けがあったんです。
ところがですね、前回の検定の際に第一学習者の現代の国語の教科書に、これまでの教科書の定番であったような小説教材が掲載されていて、しかもそれが教科書検定通っちゃったんですね。
なのでこれが結構な議論を読んだんですね。 学習指導要領の意図と現場のこれまで通りの授業ややりたいというニーズの間の綱引きみたいな話として、
当時は随分と論争になりましたし、その結果、令和7年の改定、令和8年の改定の際にも、
現代の国語や論理国語の方に小説が入ってくるみたいな事態を引き起こしてしまって、ある意味で学習指導要領の内容を一つ前に巻き戻すみたいな形になってしまっているのは個人的にどうかなというふうに思っています。
まあ話が逸れましたが、その結果、小説を載せた教科書というのがシェアの上ではもう大きく1位を獲得してしまったんですね。
これまでと同じスタイルで授業をしたいとか、受験指導のために使いやすいのを使いたいみたいな力学が現場には結構強く働いてるんだなぁということが透けて見える出来事だったように自分は思っています。
まあこれは高校だけの話ではなくて、中学校や小学校にも似たような構造があったりします。
まあ中学校、小学校だとそれほど入試の話題は出てこないですけれども、ただ記憶ベースの話ではありますし、ちょっと名前を出すのは防いますけれども、
たしか15年くらい前に、それこそ前の前の学習指導要領のタイミングだったと思いますが、ある教科書会社が言語活動の充実ということでかなり尖った教科書を作った時期があったんですね。
その頃の学会などでの話題だと、あの教科書はすごくよく考えられてるよねとか、これ使ったらすごい面白いよねみたいな話を結構耳にして、その学会に出てきている人たちの間だと評価が良かったりする話をたくさん聞いてたんですよ。
意識の高い実践者や研究者の間では結構良い評価だったなというそんなわけです。
でも蓋を開けてみると、現場での採択はやっぱりなかなか難しかったりするところがありましたね。
結局のところ、理念として評価される教科書と現場で選ばれる教科書というものがずれてしまっているわけです。
まあ、これって結構根深い問題だなあなんて思ったりもするわけですね。
ポイント4:採択を規定する教員の働き方の問題
で、その上で4つ目のポイントとして、じゃあなんでこのずれが起こるのかという話です。
これは結局のところ先生方の働き方の問題にも行き着くんじゃないかなと自分は思っています。
朝鮮的な教科書って新しい教材が並んでいることが多いんですね。
新しい教材ということは過去の授業準備の蓄積がそのままは使えないということになります。
授業の度にその教材を一から研究し直してどう扱うかを考えなければいけないわけです。
まあこれ想像していただければわかると思いますがめっちゃ時間かかるんですよ。
一方で定番教材が並んでいる手堅い教科書ならこれまでに蓄積した授業準備がそのまま生かせるわけです。
過去の授業の指導案も充実してますし、先行研究もたくさんありますし、先輩の先生に話を聞けばノウハウも出てくるわけです。
まああとは定期講座だとかに関しても昔の問題を使えるわけですよ。
当然そっちの方が選ばれやすくなるわけですね。
つまり研究したい教科書と現場が選ぶ教科書の間には先生の時間という変数が挟まっているんです。
学校現場に新しい教材を研究する時間的な余裕があればおそらくもっと朝鮮的な教科書も選ばれているはず。
まあそのくらいの良心は現場にあると信じたいところです。
これを先生の意識が低いとか保守的だみたいな形で先生の問題として片付けてしまうのは多分違うかなとは思います。
多くの先生は研究したい気持ちはちゃんとあるとは思います。
多分。ただその時間が物理的に取れないというだけなんですよ。
多分。だから教科書の採択の話というのは教育館の話であるのと同時に先生方の働き方の問題にもなりやすいです。
そういう面はちょっと考えてみていただけるといいのかなと思いますし、そういうことにしておいていただけるといいかななんて思います。
含みのある言い方をしている理由はいろいろお察しいただければというふうに思います。
まとめと次回予告
話をそろそろまとめていきますが、どの教科書が売れているのかというのは現場の先生方の意識をかなり正直に反映している指標だと個人的には思っています。
朝鮮的な教科書のシェアが伸びないというのはある意味で学校現場の現実的な厳しさや教員の意識の象徴かなとは思っています。
ということで今日は制度面の話をざっくりとお話しました。
次回は内容の話、つまり教科書の中身はこの10年でこんなに進化してるんですよみたいな話をしていこうかななんてことを思っています。
今回の配信はいかがだったでしょうか。
今日は中身の話の前にまず制度の話だけで1本やってしまいました。
教科書って同じ科目に何種類もあるんですよとか、しかも内容に結構な差があって現場では手堅いものが選ばれがちなんですよという話は多分多くのリスナーには初めて聞く世界の話だったんじゃないかなと思います。
これって自分の中では国語の話だけというよりも学校現場の働き方の話にも近いかなとは感じてるんですよね。
挑戦的な教科書のシェアが伸びないというのは現場の先生たちの意識の問題だけではなくて、新しい教材を一から研究する時間が物理的に取れないという構造の問題なんだなぁと思うところはあります。
教科書採択というレンズを通すと現場の余白のなさが結構はっきりと見える気もします。
と、まあそういうことにしておいてください。
言いたいことは実はいっぱいありますけど。
また特に他校種、例えば中学校や小学校の先生、あるいは国語の先生以外の教科の先生で、
うちはこういう感じで採択されてますよみたいな情報があればこっそり教えていただけると嬉しいです。
教科や学校段階で多分事情がだいぶ違うはずなので、そのあたりも含めて感想をいただけたら次回の配信のヒントとなるのでだいぶ助かります。
そして次回はいよいよ教科書の中身を紹介していきます。
今日の話を踏まえると、シェアは手堅い方が大きいわけですが、
じゃあその手堅い教科書も含めて中身自体はこの10年でどう変わってきているのか、
意外とがっつり進化してるんですよということについてお話したいと思っています。
本日のポッドキャストの裏話は私のボイシーで朝6時半に配信しています。
ボイシーでは毎日の教育実践の話やちょっとした雑談もしていますので、ぜひそちらもお聞きください。
ここまでお聞きくださりありがとうございました。
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この番組は毎週月曜日に1回配信されます。
次回の配信もお楽しみに。ではまた。