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サマリー
「Dear LekTik!」の再開にあたり、最初のテーマは「ガリレオ回帰」です。ニュートン以降の近代科学は万有引力を数式化したことで、それ以前の自然哲学的な視点を見失いました。ガリレオの自由落下という概念は、宇宙を「支えなき宇宙」として捉え、引力を原因ではなく結果と見なすことで、近代科学の出発点を見直すきっかけとなります。AI革命の時代において、自然哲学への回帰を通じて、現代文明全体を相対化し、ガリレオの原点に立ち返ることの重要性を説いています。
番組再開とガリレオ回帰の提唱
Dear LekTik!という番組で、だいぶ前に作ったんですけれども、 活動を停止していたDearLekTik! ちょっと再開しようと思ってまして、
それで、少しこう、論点になりそうなことをいくつか取り上げていこうかなと思って、 第1回はガリレオ回帰ですね。ガリレオ回帰。
近代科学の盲点とガリレオの重要性
実はニュートンの万有引力の発見以降、アインシュタイン含めて、 やっぱり近代科学思想の枠組みの中で考えるようになっちゃったもんだから、
逆に見えなくなったことがたくさんあるということなんですね。 近代思想は便利だったんですが、万有引力の法則も便利だったんですが、全部数式になっちゃって、
数式以前が見えなくなっちゃった。 そのあたりで実は面白いのがガリレオガリレイなんですね。
ガリレオガリレイの自由落下という考え方も含めて、他にもいろいろあるんですけど、 ガリレイは近代のちょっと前ですけど、
あの頃面白いですね、やっぱりね。 ということで、ニュートン以前に戻ろうと。 ガリレイ回帰っていうのが数ヶ月前にそこに至りまして、
ガリレオ回帰の再認識と自然哲学への回帰
何本か書いてるんですけども、それはさておき、 この間ある大学の先輩と喋ってたら、
結構有名な方なんですが、豊田利幸さんという 物理学者ですけどね。
その方が教養部時代の物理の講義で最初ガリレオガリレイから始まってたんですね。 それを思い出しまして、会話の中でね。
あ、そうだったか。やっぱガリレイなんだなぁというね。 ニュートン以前、アインシュタイン以前、ガリレオ回帰ということで、ガリレオから再び
科学は出発するというよりも、近代科学が見直されるというか、 自然哲学へ回帰するというかね。
AI革命と文明の相対化
そんな中で実は、ダーウィンの話はまた今度しますけども、 いろいろ面白いことが見えてきましたね。
特にAI革命が始まったことで、近代産業革命って何だったんだろう? っていうことが改めて相対化できる時代に入ってきたということで、
近代あるいは産業社会は何だったのかということを丸ごとちょっと相対化する。 もっと言うと、ホモサピエンス文明って何だったんだろう?
ってことが丸ごと相対化できるような時代に入ってきたなと思って。 その時にやっぱり
ガリレオの原点とニュートンとの違い
自然哲学への回帰ということで、自然を観察してそこに何かを発見するっていう、 これがまさにガリレオ・ガリレイの原点ですね。
そんなこと言ったらニュートンだってリンゴ落ちて発見したじゃないかと思うかもしれないけど、 それを数式にしちゃったから全てが見えなくなってしまったっていうね。
そこから間違いは始まった。間違いっていうか、そこから進歩は始まった。 近代科学文明の進歩はそこから始まるんですが、
ニュートンだけじゃないんですけど、一つの象徴ですよね。 そこから始まるんですが、それ自体が丸ごとやっぱり何かを見えなくしていたっていうね。
そのことによって見えたものが見えすぎたことで見えなくなっちゃったって、背景化って言うんですけど、 バックグラウンドになって見えなくなっちゃったって。何が見えなくなったかっていうと、
支えなき宇宙と引力の再解釈
結局ガリレオ・ガリレイの落下宇宙って自由落下、フリーフォールですけども、 支えなき宇宙なんですね。
支えがないのが宇宙だっていう。だから地球と月が軌道を持ってぐるぐるずれながら回ってるのも、これ支えがないからそうなっているということなんですけども、
それは引力じゃないんだね、実はね。 むしろガリレオ的な自由落下の中での
宇宙の中で軌道を保ってるっていうふうに見た方が良くて、引力なんていうのは実は働いてないというね。
働いてないってか働いてないこともないんだけども、引力はある意味結果であって全然原因ではないということなんですが、ニュートンの場合には引力を原因にしちゃったっていうね、ここがやっぱり全ての
掛け違いの始まりかなという気がして、で、近代科学はだいたい宇宙物理含めてそれに囚われてきちゃったっていうね、出発点が転倒しちゃったという
自然哲学への回帰と今後の展望
そんな話なんですが、そういう意味では自然哲学ガリレイに戻れということで、最近いろいろ考えてるんですが、これがなかなか面白いというね
ことで、何なんだかわからないかもしれませんが、ディアレクティック、ガリレイ回帰ということで言えば結構興味持ってる人はいるはずなんですよね。
いるはずなのに、ガリレオガリレイ。さらにはデカルトね。デカルトは近代的な主体を前提にしちゃった。我を思うゆえに我ありにしちゃったところから実はニュートン的な
倒錯が始まっちゃったんですけど、それはまたさておき。とりあえずガリレイ回帰ということで、最初に書いた論文のリンクだけ貼っておきますので、ディアレクティック、興味ある方はコメントしてください。ではまた。
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