今回が記念すべき10回目になります。
あの、我々のポッドキャスト、素人が2ヶ月ぐらい前に始めて、もう10回目になってしまって、
ちょっと自分としては感慨深いものがあるんだけど、どうですかね?話すの慣れてきました?
いや。
慣れたような、慣れてないような感じですかね。
何とお前の慣れないような。 精進しますよ。
うーん。なかなかね、この辺難しいなと思うんだけど、でも第1回よりは我々上手くはなってるだろうし、
音質も良くはなってるはずだし、編集も多分上手くなってると思うので、
あのね、聞いてる方々は、第1回とかはお聞き苦しいかもしれないですけど、だんだん良くなってきてるんじゃないかなと思うし、今後も良くなるはずなので続けて聞いていただければなと思ったりしております。
どうもみなさんお疲れ様です。とみぬです。 のぐちです。 水嶋です。
今日も帰れない気がする。この番組は2000年代から編集者として活動してきた4人が、
過去の編集の仕事や出来事を振り返りつつ、最近気になっていることなどを毎週冬曜日朝4時から語っていく番組です。
はい、ということで今回のお企画はお休みで、3人でお送りしていきたいと思います。
前回と前々回は編集者の趣味ということで、とみえの趣味とのぐちくんの趣味について話していきました。
今回は水嶋さんの趣味について聞いていきたいと思うんですけども、
どんな趣味がありますか?
そうですね、私の生活の一部になっているのが、バイクとバトミントンとヨガになります。
バトミントンは学生時代にやってて、その後社会人になって10年ぐらいやらない期間があって、
ずっとやりたいなと思ってたところ、とみえさんの某イベントで出会いがありまして、
とみえさんの高校時代の後輩の方とご縁があって、
その方のサークルの方に、バトミントンサークルの方に連れて行ってもらって、
そこからもう20年近くバトミントン続けてます。
そうだよね、バドミントンは俺も高校時代にやってたので、すごい自分もやりたいなと思って、
そのサークルに初回だけ行ったんだよな、たぶん。
初回行ったよね。
あ、そうそうそう。
だから一緒にバドミントンやったはずなんだけど、
そう、一回やった。
あんまりちゃんと覚えてなくて、
そこから自分はね、あまり行ってないかな、だから全然できてないんだけど。
そう、だけど、とみえさんの高校時代の後輩、バドミントンの後輩の人とは、
私はずっと仲良くさせてもらってて、一緒にバドミントンやったりとか、
旅行なんかも一緒に行かせてもらってるっていう。
とみえさんのおかげですね。
そうですね。
縁ですね。
で、それとは別に私の好きなものってなると、温泉、特にヒトウですね、源泉掛け流しのヒトウが大好き。
なのと、私ご当地を感じられるっていうものがすごい好きで、
で、全国各地の日本酒を飲んだりとか、
あとその土地の郷土料理だったり、
あと道の駅始め、三直市場に行くのが好き。
なのと、私神戸出身なんで、パンが大好きで、
いろんな天然工房とかのパンとか、パン屋さん巡りなんかをしています。
神戸って、なんかパン有名なの?
うん、パン有名だよ。
パンと洋菓子と、粉物文化なんだよ、お好み焼きとか、そば飯とかもそうなんですけど、
パンは、パンと洋菓子はめちゃくちゃ神戸はレベルが高いです。
なんかオシャレな感じはあるもんね、神戸。
そうね。
まあ、いる人間は意外と庶民的だったりもするんだけど、
なんか関西だと神戸で、関東だと横浜みたいな感じはあるよね。
そうね。
そうそうそう、あの兵庫県と言わずに神戸っていうあたりとかもね、
神奈川と言わずに横浜というみたいなね。
はいはいはい。
あとなんかあれかな、港町だからかもしれないね、そのパンとか洋菓子とかのレベルが上がったのも。
確かにね、中華街とかもなんか共通点がね、なんかありますよね。
そうそう。ただね、神戸の中華街はもう商店街1本って感じで、横浜の規模とはまるで違うんですけど、
小じんまりとした中華街もありますね。
はい。
そんな感じなんですけど、
趣味って言えるのはやっぱバイクなの?
私がもう、ちょっと人生を変えたぐらいの趣味がバイクになります。
ほうほうほうほう。
で、私23歳で、ちょっと仕事の関係で、やっぱり旅系の、その頃ちょっとテレビの仕事をしてて、
で、旅番組で、二輪で旅をするみたいな番組があって、
で、なんか上司から同期のみんなに、お前らの誰かが免許取りに行けって言われて、
で、取りに行ったんですけど、
で、取ったら取ったで、なんか、お前じゃないんだよみたいな感じになって、
どういうことなんですかね。
番組的に、やっぱ男性がよかったみたいな、その力仕事とかも結構、バイク運んだりとかもあるから、
まあ、ADやってたんですけど。
で、まあ、免許だけが残ったと。
で、その後は上京して、
で、お友達が全然いないし、せっかく免許あるし、
ということで、ツーリングクラブに入ったんですよね。
雑誌のメンバー募集みたいなのに応募して、
で、ツーリングクラブに行って、
で、もうほんとに毎週のように、いろんなところにみんなで走りに行って、
それで思ったのが、ただこう、排気ガスを垂れ流すという、
何も生み出さない、ただ自分の快楽だけのために走るっていうことが、
あっていいんだっていう、分かります?何か言ってる意味。
うんうんうん。
分かる?
そう、なんかこの何も生み出さない、誰のためにもならないっていう、
ただただ自分が楽しいっていう、
っていうのが趣味なんだっていうことに気づきました。
うんうんうんうん。
そう、そして、
そうだよね。
私はなんかやっぱり気ままに、やっぱり思いつきでどっかに行ったりとか、
あとバイクって駐車場がいらないから、景色いいなと思ったらその辺でスルッと止めて、
まあ写真撮ったりとか、そういうなんかこう制限されない感じが、
すごいなんか自分に合うなって思ったんですよね。
はいはいはい。
そうなんです。
僕なんか一個ちょっと聞きたいのが、
なんかその水嶋作バイクに乗るのは、
ちょっと遅れてきた反抗期的な何かところはあったのかなっていうのが、
そこをちょっと聞きたいというか、
なんかこう、なんていうの、親への反抗だったりとか、
なんかそういうものがあるのかなっていうのをちょっと感じてたんですけど、
どうなんですかその辺は。
なんか前野口くんに頼まれて執筆したやつに、
私と親との関係をちょっとだけ書いたことがあったと思うんですけど、
まあ私の親はすごい、結果を出さないともう満足しないっていうことがあって、
うちの姉のエピソードとして、テストで98点を取って怒られる。
なぜ100点じゃないなって怒られる。
厳しいね、それは厳しいな。
まあそういう親のことで育ってきたので、
その後ですね、マガジントップを辞めて、
無期限放浪の旅に出るんですけれども、
その時に初めて親に感謝したのは、
私をほったらかしてくれた。
もう本当に捜索願いいたしてもおかしくないぐらい行方不明になっていたのに、
それを放置してくれたのが一番実は感謝してまして、
で、マガジントップ辞めた後に、
もう今しかないと思って、
で、全国放浪、バイクで放浪した人の本を読んで、
すごい影響されて、
私もこれやりたいなって思って、
で、その時住んでた部屋を引き払って、
6月ぐらいだったと思うんですけど、
最初青森のネブタ祭りを目指して、
1週間の塾の旅を始めたんですよね。
これさ、
親には会社を辞めたりとか、
航路の旅に出るとかって話は知ってない?
引き払ったのは知ってる。
だけど、そこから野宿のために出ることは知らない。
言わなかったですね、そこはね。
言わなかったし、
親としても特に詮索することもなく、
そのまま話しがいにしてくれたみたいな。
そう。親はその時に、
営業の仕事を、それまで専業主婦だったけど、
営業の仕事を始めて、
自分の営業成績を追う方に全神経が向いてたから、
もはや私には干渉しなくなった。
娘に結果を求めるのはやめて、
自分が結果を追い求めるようになって。
娘もまあまあでも、当然成人してるわけだし。
まあまあそうそうそうそう。
心配はしてたみたいでも。
あの子はどこで何をやってるんだろうというふうに思ってたらしいんだけれども。
うんうんうん。
そうなんです。
で、東に向かっていくわけです。
青森の根太を目指して。
1日目にたどり着いたのが、
たぶん群馬で、
なんかもともと海耕を飼っていたような。
そういうところの、
なんかその海耕を育てていたところのお部屋に、
泊めてもらった。おばあちゃんの一人暮らしで。
群馬はあれですよね。富岡製糸場とかあったり、
そういうのが昔から監だったかもしれないですね。
そう。お海耕さんのお部屋に泊めてもらうっていう。
1日目からいきなり知らない人が泊めてくれる。
ということがあり、その後も、
もう東北の人ってめちゃくちゃ優しくて、
群馬は東北なのかっていうのはちょっと微妙な。
怒られますけどね。
意識としてはそういう感じもあるけど、
群馬の人はたぶん俺らは東北じゃないぞと思っているとは思いますけどね。
確かに確かに。
野口くん群馬だもんね。
あいつがたっけ?
僕埼玉。埼玉北部だから、
すごいシンパシーはある。
一緒区間にされるので、埼玉の北と群馬は同じエリアなんで。
埼玉も東北ではないからね、一応。
一応ね。
ごめんね、ほんとに。
どんどん北上していくんですけど、
バイクが火災道具を積んでるから、
やっぱり様子がおかしいんですよ、旗から見てると。
テントとかね、寝袋とか。
すべて積んでるから、
スーパーに駐車場に泊めてると、
家族連れのお父さんがおやおやってなって、
僕も昔バイク乗ってたんだよねみたいな話から、
実は農塾放浪しててみたいな話をしたら、
もうちょい家に泊まればいいじゃない?みたいな感じで、
ほんだかんだで、
青森津久間で農塾したのは、
1週間だったんだけど、
1日ぐらいで、
他全部人の家に泊めてもらったような気がします。
大体他の人から話しかけてくれるって感じじゃん。
うん、それが多かったかな。
一回、道も幸も行かなくなった時があって、
農塾するところもないみたいな時に、
お寺に駆け込んだことがあって、
お寺で寝させてもらったこともある。
お寺のどこで?
普通にお部屋に泊めさせてくれて、
住職さんは庭で寝させればいいみたいに言ってたんだけど、
そこの奥さんが、いやいや、そんな若い娘さんが、みたいな感じになって。
私、旅の目的として、
自分で編集の企画を立ててて、
全国の朝市を巡る旅という企画を立ててて、
朝市の写真を撮って、文章を書いて、っていうのをやってたんだけれども、
雨に降られて、パソコンがお釈迦になり、
そして、青森のパソコンのメーカーの営業所に駆け込んだんですよ。
そしたら、そこの営業マンが、
私と同じバイクを持っているというような話から、
じゃあ、泊まりに来なよと。
だったんですけれども、
そこがですね、男性の一人暮らしのお家。
ちょっと抵抗ありますね、そこはね。
ということで、ちょっとそれはさすがにまずいかなっていうところで、
寝豚祭りのテント村みたいなところで泊まったんですよね。
そしたらなんか、その方わざわざテント村まで来ていただいて、
どうなったんだっけ、それで。
話し続けていい内容なの?大丈夫?
いろんなロマンスとかが発生したりとかするやつかね。
でもなんか、確かに今ちょっとだんだんまずくなってきたなと思って。
でも、今思えばあの人いい人だったなってちょっと思う。
ロマンスが生まれてもよかったなって、今となっては思うような優しい方だったなっていう感じです。
まあロマンス結果生まれなかったんですけれども。
パソコンは治ったんですか?パソコンは。
パソコンはね、無事治りました。
あ、治ってくれた。よかったですね。
で、その後北海道で2ヶ月間ちょっと沈没しまして、私は。
で、北海道に入るともう一人旅の人いっぱいいるから、無事もすごいしやすいんですよね。
で、そのうちの1ヶ月をレブン島というところで過ごします。
で、レブン島ってわかります?どの辺か。
わかりますよね。
輪っか内の上です。輪っか内とサハリンの中間なんですけど。
で、そこでお金が尽きたということで、住み込みでバイトをします。
で、まるで現地の人かのような顔をして、
旅行に来た方にいろいろ情報を提供したりなんかして。
で、北海道で2ヶ月過ごし、
で、ちょっとその頃紅葉が始まってきまして、あれなんか寒いなと思って。
寒いから何かせねばならんのと思って。
駅は太平洋側というか、真ん中の大山脈とかあの辺通ってきたんですけど、
帰りに本海側通っていきまして、
まだ東北なので人は親切で留めてもらえる。
で、長野。
東北に居合いの人はシーシャツじゃないような言い方。
そうなんですよ。
で、長野に入って、長野の人もまだ親切。新潟の人もめちゃめちゃ親切。
あとそっから西に入った途端にですね、急に人が冷たくなり、
何件とは言いませんが、
そして挙句の果てには、不審者として警察に通報されてしまうんですよね。
農塾をしていたところ、警察が来まして、
近所の犬もワンワン吠えてるわけですよ。
不審者が何か泊まろうとしてるこの辺で、通報されまして、
寒いし、ホームレス扱いされるし、
ここらが潮時かなっていうところで、私の旅は5ヶ月間で、
東日本半分で終わってしまう。
西日本はちょっと道半ばで終わったというようなことがあったんですよね。
なるほど。
西日本はまた行きたいなとか、またっていうか、
西日本を回って、結果日本一周いろんなとこ行きましたっていうのをやりたいんじゃない?
でも、西日本は何らかんらでも、そのあと単発の旅をして、
全都道府県は行ってるは行ってるんで、
もうなんか、やっぱり寝るときには、屋根と壁が私は欲しいなと。
農塾はしたくないし。
結果的にはそこに行き着いたんですね。
そう。
というわけで、今は小型スクーターだし、
そんな遠くに行けるようなマシンを持ってないんで、
バイクは通勤だったり、毎日どこ行くにもバイクを使っていて、
生活には欠かせないものというような位置づけになってますね。
最後、こうやってまとめるような感じの話になってきてるけど、
ちょっと聞きたいことがいくつかあると思う。
はい。
聞きたいことっていうか、何だろう。
婚来衝動を聞いたなっていうのが二つ。
一つは、バイクで東日本を回ってたときなのかどうかわかんないけど、
人?人に所々入ったりしたっていう話で、
どんどん脇ぐらいの、なぜ隠すこともできないようなところで、
一人で人というか、余裕が湧き出てるところに入ったみたいな話を聞いたことあるけど。
うんうん。それね、あった。あれはね、群馬県で。
群馬県女性がよく一人でやる。
すごい。
でも聞いて聞いて、それしりやき温泉の話なんですけど、
川の底から湧き出ているという、しりやき温泉。
で、そこで脱衣所もないところで、水着に着替え、湯に浸かり、
で、その横におじさんのキャンプ軍団がいたんですよね。
で、寝るとき、おじさん軍団の横だったんですよ、私。
テントを置いたのが。
で、そのおじさんの中の一人が、
ちょっと私のテントを開けて侵入しようとしてきたっていうことがありまして。
結構デンジャラスな状況ですね。
で、でも私はちょっとそのファスナーを、テントのファスナーが開くと警報器が鳴るというような仕掛けをしてたので、
それで事なきを得たんですが、そのおじさんは次の日一日中、隙間取ってきまして。
取りないんだ。
そうなんですよね。
で、どっかで巻いて逃げたんですけどね。
だから、この旅をしてて、本当に女性が一人で、
野宿で人を楽しむっていうのは、なかなか難しくて、
すごい苦労して人までたどり着いたのに、
男性の先客がいて、泣く泣く引き返すっていうようなことも結構何回もありますよね。
よくやるなと思ったね、その話を聞いたときは。
ツーリングぐらいだったら全然あれだけど、
人のところに行って、脱衣所もない日のところで一人で入るとか、
すげえなとか思ったけど。
全く落ち着かないよね。お風呂入っててもね、全く落ち着かないから。
いつ人が来るかわかんない。
しかも、撮影もしてるから、自分で風呂入ってるところを写真撮るわけですよ、自動シャッターで。
そのセッティングするのも、もう裸で行ったり来たりするわけだから、
いつどこで人が来るかわからないっていう、このドキドキ感でね、
全く言ったりできないっていう。そんな感じでしたね。
本の企画とかは、何かあれなんですか、本の企画とかって形になったりとか。
それがもう旅だけで大変すぎて、
素材も文章も写真もあるんだけど、結局日の目を見ずに終わってしまいました。
でも実家に現像されてない写真もいっぱいあります。
これはもったいないですね、それね。
写真したらいいんじゃない?
ねえ、うんうんうん。
そう?
適当にAIに投げたら形にしてくれるんじゃない、それ。
AIに沸かせる編集を。
そうかなあ。まだ朝市続いてるとこいっぱいあると思うしね。
オウストダリアに行ったよ。
ああ、はいはいはい。
オウストダリアは縦断だか横断だか、斜め横断だって。
そうね、オウストダリアの西のほう、だから何にも都市がないほうの砂漠の2千キロだったかな。
1週間、2週間、2千キロだったかな。
本週分ぐらい。
おお、結構ですね、本週分ぐらい。
で、人貨が1軒もない。
それ野宿ですか、それも。
ずっと砂漠なんだけど、なんか昔、なんか動物を引いて何かを運んでた後で、なんか井戸が十字繋ぎ的にある。
へえ。
そう。
で、人貨は1軒もないんだけど、井戸がまあ点々とあって、最後たどり…。
最後たどり…。
飲めるんですか、その井戸は。
あ、ごめんなさい。
水は確保できる。井戸は使えて水は確保できるんですか。
そう、なんかその現地のサポーターみたいな人が食料とか運んでくれたりして、
その人たちがその井戸から水を汲み上げてたっぽいんだけど、
なんかちょっとその井戸の中を一回見て、なんか若干ショックを受けた気がするから、この水を飲んでいたのかっていう。
そっか、じゃあ何かイベント的にそれは企画して、その回に。
あ、そうそうそうそう。
いろんな人が走ってるってことなんですね、バイクで。
あ、そうですそうです。
あ、そっかそっか、なるほど。
すごい体調壊しそうな感じかな。
体調も壊すし、なんかそのイベント何回かやってるそうなんだけど、
まあ、ろっこつを追って、ドクターヘリで運ばれて終わったっていう人も聞くし。
話する人出そうな気がする。
そうなんですか。
そうね。
まあ、でもみんなで行ったその海外ツーリングよりも、やっぱりこの孤独に5ヶ月過ごした方が私の中では強烈な思い出としては残ってるかな。
ああ、そうなんですね。
なるほど。
やっぱりあれか、オーストラリアって、その現地の人との交流みたいなのはないけど、
一人で東北とか北海道回ったときは誰かしらと交流があったり、みたいなところで思い出に残ること多いのかな。
そう、なんか結局、思い出に残ることって、いい景色とかじゃなくて、すごい過酷な経験と人との思い出なんだよね。
でも過酷って言ったらオーストラリアもね、過酷だな。
ああ、そうね。過酷の種類がちょっと違うかなっていう。
なんか、日本の時は寝るとこどうしようとか、暗くなってきたけど今日どこ行こうとか、
あてにしてたキャンプ場に行ったら、クマも暴走族もおばけも出そう、こんな気持ち悪いとこ一人で泊まれない、どうしよう、みたいな、その繰り返しで。
なんだかんだでね、一人でいるのにストレスはたまったっていう。
これだけの旅をすると、終わった後に、次の人生の決断とかにすごく影響を及ぼしそうですよね。
その旅の間も結構いろいろ考えられるじゃないですか、今後どうしていこうかなとか、終わった後の自分の行動とか、なんかすごい興味深いですよ。
思ったのが、なんか私すごい一人が好きだなって思ってたんだけど、やっぱりなんか煩わしくても人といたほうがいいんだなっていうのがあるかな。
人がいるとなんかね、いろいろなんかね、イライラすることとかも、意見が合わないこととかもあるから、一人が気楽だなとか思ってたけど。
っていうのが一つと、あとなんか自由すぎるのはもう難しいなっていう。
なんかやっぱり枠組みの中で生きていくことしかしてこなかったから、本当に自由になっちゃうと、なんかそれはそれでストレスなんだなっていうことを思いましたね。
ある程度枠があったほうがいいっていう。
そう。自分はなんかそこまでの人間じゃなかったというか、自分で起業しようとかさ、そういう人たちとはちょっと違うんだなみたいな。
なんかあれだね、自分探しの旅で自分を見つけられた感じが。
あー。
ちょっと自分がわかったとこもあるかもね。
だから今サラリーマンやってても、まあ私はそこに収まる人間なんだなっていうのは、ちょっと納得しながらやってるところはある。
あー、なるほど。