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#016|音楽にハマった少年が余った履歴書で編集者になった話
2026-09-09 34:58

#016|音楽にハマった少年が余った履歴書で編集者になった話

今回は、前回に引き続きメンバーのルーツを深掘り。編集者Oが「マガジントップ」に辿り着くまでの物語をお届けします。


実は小学校時代、入学式で新入生代表の挨拶を任されそうになるほどの「秀才」だったO。小1の時に書いた読書感想文が先生の目に留まり、放課後に二人三脚で何度も書き直しをさせられたというエピソードは、まさに「編集者と作家」の原体験のよう。


中学・高校時代は、一転して音楽の世界へ。愛読書は『YOUNG GUITAR』で、発売日には学校をサボってまで楽器店へ通い、穴が開くほど読み耽る日々。しかし、高3の時に起きた「蚊を叩こうとして突き指をし、薬指と小指がうまく動かなくなる」という衝撃の事故が、その後の音楽スタイルをガラリと変えることに。テクニカルな演奏から「ノイズ・ミュージック」への転向、そして現在の仕事にも通じる表現へのこだわりが語られます。


後半は、モラトリアムな大学時代と、メディア業界の熱量に触れたアルバイト生活について。

バリ島旅行で雑誌のロケ風景を偶然目にしたり、TBSの報道局では「ニュース開始5分前」の原稿を手に局内を猛ダッシュしたり。24時間体制で動くメディアの現場、折りたたみベッドが並ぶ報道局の裏側など、スリリングな現場経験を振り返ります。


そして、第一志望だった音楽関連の会社ではなく、たまたま「履歴書が2枚余っていたから」という驚きの理由で応募したマガジントップ。会社の会議室で、同じく採用試験を受けていた編集者Tと初めて出会った日の記憶とは?社長から読むように言われたものの読まなかった新田次郎『孤高の人』にまつわる共通の思い出も。


音楽雑誌を読み耽っていた少年が、いかにして「作る側」へと回ったのか。偶然と必然が重なり合った、編集者への道をお楽しみください。


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サマリー

今回のエピソードでは、編集者の大塚氏が「マガジントップ」の編集者になるまでの道のりが語られました。小学校時代は「秀才」と呼ばれ、読書感想文の指導を受けた経験が編集者としての原体験となったようです。中学・高校時代は一転して音楽に没頭し、特にギター雑誌「ヤングギター」を熱心に読み漁りました。しかし、高校3年生の時に突き指をしたことがきっかけで、テクニカルな演奏からノイズミュージックへと音楽の方向性を変えることになります。大学時代はモラトリアムな日々を送り、バックパッカーをしながらアルバイトで生計を立てていました。その中で、バリ島での雑誌取材風景を目の当たりにし、メディアの現場に興味を持つきっかけを得ます。また、TBS報道局でのアルバイトでは、ニュース開始直前の緊迫した現場を経験し、メディアの熱量を肌で感じました。最終的に、第一志望ではなかったものの、余った履歴書をきっかけに「マガジントップ」に応募し、採用されたという意外な経緯が明かされました。偶然と必然が重なり合った、音楽少年が編集者へと至るユニークな人生が描かれています。

小学校時代の「秀才」と編集の原体験
毎回、オープニングのトークをどうするか迷うんだけど、
ちょっと前回の振り返りじゃないですけど、前回は富江がマガジントップに入るまでどういうことをしてきたか、みたいなことを話しました。
本ばっかりずっと好きで読んでたんだけど、結局は大学入っても何もやる気なくて勉強もせず、就職活動もせず、
ここ一でアルバイトしながらバックパッカーやってっていうような風な流れで、
ろくでもない生活をしてたんだけど、そろそろ就職しなきゃっていうところでアルバイトニュース、
そういう情報紙を見てマガジントップが募集してたので、ちょっと応募してみようということで応募したら採用されたっていうような流れだったんですよね。
で、マガジントップに入ってみたら同期入社がいるということで、現れたのが大塚くんという感じなんだよね。
大塚くんと同期入社で同じように編集経験を積んでったわけだけど、マガジントップに至るまでってだいぶ違うんだろうなと思っているので、
どういう風に違ってて、どういう風な流れでマガジントップにたどり着いたのかっていうところを今日聞いていきたいなと思っています。
どうもみなさんお疲れ様です。
富江です。
大塚です。
野口です。
水嶋です。
今日も帰れない気がする。
この番組は2000年代から編集者として活動してきた4人が、過去の編集の仕事や出来事を振り返りつつ、最近気になっていることなどを毎週水曜日朝7時から語っていく番組です。
はい、今回ちゃんと言えましたね。素晴らしい。
はい、ということで、大塚くんがどうやってマガジントップにたどり着いたのかっていうところを聞いていきたいんだけど、
富江が子供の頃どうだったのかみたいな話をしたんで、大塚くんも子供の頃どうだったのかみたいなとこから聞かせてほしいんだけど、どうなんでしょう。
富江くんのマガジントップにたどり着くまでの道のりがあまりにも美しくて、何箇所かでこけてたけど、
いや結構こけてたよ。
なんかこっぱずかしいなと思いつつ、ひとまず自分の人生の中で編集に近づいた出来事をちょっと自分の中で思い出して話してみようかなと思ってます。
とにかく俺、勉強はできなかったんだけど、実は小学校の頃って結構できたのよ。結構賢かったのよ。結構優等生な部類だったの。
なんかね、話によると、小学校の入学式ってあるじゃない?あそこで全校生徒の前で代表でお話しするじゃない?入学生代表として。
なんかね、本当は俺がする予定だったんだって。たまたまその電話をお袋が取れなくて、他の子に移っちゃったんだけど、どのくらいの規模の小学校だったかなんて覚えてないけど、
いずれにせよ、できない子じゃなかったみたいで、まあまあ賢かったみたいなの。小1の時に授業で読書感想文を書けっていう授業があって、その読書感想文が先生の目に止まっちゃって。
なんか多分、詩のコンクールとかにクラスの中から一人で選んで出さなきゃいけなかったんだと思うんだけど、それのためにもうちょっと書き足して、もうちょっとよくしようって言われて。
で、帰り、居残りさせられて。先生と2人きりで、ちょっと俺が書いたら先生が直してくれて、こここうした方がいい。で、俺がまた本読んで書いてっていう。なんかちょっとした繰り返しをして作文を完成させたっていう思い出がある。
なんかそれあれだね。先生が編集者で大塚くんが作家先生みたいな感じかな。
そうそうそうそう。で、まあその頃は多分本を読んでたんだと思うんだ。本を読むこと自体楽しかったし、書くことも楽しくって、なんかこっちもなんかエンジンかかっちゃって、なんか結構長い作文を書いたような記憶は残ってる。
だけどその作文がコンクール的なものに出されてどこまで行ったかは全然知らないので。
まあまあちょっとした思い出が残っていると。
まああんまり俺本を読んだ記憶は俺自身はないんだけれども、お袋曰くよく読んでたって言ってるから、まあそれがどの程度かわからないけど弟と比べて読んでいただけの話のような気もするんだけれども、全く読まない子ではなかったみたい。
少なくとも小学校まではまあ賢い部類だったから、それなりに読んでたんじゃないかな。でもまあ何を読んでたかまではなんか記憶にないっていうぐらいの感じですかね。
図書館で本借りたりとかそういうのもなかった?
いや、図書館の記憶は残ってる。
ただ借りたくってたっていう記憶は残ってないから。
まあ普通の生徒だったんじゃないのかね。
すごいこれが好きとかそういうのが特になかったって感じかな。
そうそうそうそう。ごめんねなんか富江君と全然もう小学校の時点でだいぶ離れてるんだけれども。
日誌に書き殴ることもなかったし。
思いの丈をね。
そうそうそうそう。
漫画とかは?
あんまり集中して読んだ記憶ないね。あのキャプテン翼ぐらいは読んだけれども。
そうだよね。
なんか割と弟の方がそういうものが好きで。
なんか弟が好きだとなんか俺はその辺触っちゃいけないかな的な雰囲気があったというかなんかそんなことを感じて。
あんまり漫画も読んでなかったね。
ジャンプを読みたかったんだけれどもなんかあんまり買ってもらえなくて。
当時のジャンプってすごかったんだけど。
そうだね。
小学校の時にね、駅のゴミ箱からジャンプを挟んだことがある。
ありますね。
あるでしょ。その日にその発売日のなんか夕方のゴミ箱にもうジャンジャン捨ててあったじゃないな。
あれを拾って読んだことがあるけど。
そのくらいだね。
あんまりそんなに文字に触れる生活じゃなかったと思います。
音楽への没頭と突然の事故
で、中学校は中学校で部活やったりなんなりで、泣かず飛ばずで。
で、高校に入って音楽に目覚めちゃったからもうそこからそれどころじゃなくなっちゃったわけよ。
ちなみに音楽はどういうジャンルをやってたの?
エレキギターが好きになっちゃったから。
エレキギターが激しくなってる音楽だよね。
最初はボーイから入って。
でも当然のことながらもう海外のアーティストに行っちゃって、ロックに行っちゃって。
で、そうね、バンドを組んだりしつつ。
で、ヤングギターっていうギター雑誌があるから。
それはよく読んでたね。
発売日にどうしても読みたくて、
学校行かずに、これ高校の話ね。
学校に行かずに楽器屋に行って、ヤングギターを読んでおりました。
ヤングギターってどういう雑誌なの?
俺音楽全然わかんないから、その辺全く知らないんだけど。
まあまあロックギター。
ロックギターでもスター的な人がよく出る雑誌だよね。今もあるんだけれども。
当時からヤングギターとギターマガジンが2大ギター雑誌みたいな感じだったんだけれども。
俺はヤングギター派だったんだけれども。
コロコロとボンボンどっちみたいな感じ?
そうそうそうそう。
ちょっと毛色が違っていて。
ヤングギターの方が少し激しい人たちが出るというか。
ギターマガジンの方はもっとジャジーブルースっぽい人たちが出るというか。
高校生だからね。やっぱりわかりやすい人たちが好きで、
ヤングギターに行っちゃってたよね。
だからそうそう、その時に学校休んでまで読み込んだ雑誌だよね、ヤングギターは。
だから今俺月刊誌を作ってるけれども、その月刊誌を待ちわびる人の気持ちというのは、なんかよくわかるなと。
なるほどね。
とにかくよく読んだよ。本当に文字通り穴が開くまで読み込みましたわ。
で、まあ高校はそんな感じで、もう音楽付けになっちゃって。
スッポ勉強もせずに何とかギリギリ受かった大学に進んで、
進みはしたけれども、もうそこからやったぜ、音楽ができるって思っちゃって。
本当に富江君と同じく無駄な4年間を過ごしちゃったんだけど。
そうなりだね。
でも、なんか打ち込んでるのあるんだったら無駄じゃないよ、それは。
そうかもね。
そうは言っても、アルバイトはしなきゃいけないので、アルバイトしつつ、
どこかの時点で、俺もバックパッカーになっちゃって。
アルバイト代がたまったら旅行に行く、旅行ですっから勘になったらまた日本に帰ってきてアルバイト行くみたいな。
そんなに細かいスパンじゃないんだけれども、大中に見るとそんな生活をしてたような気がするね。
なんかミュージシャンになりたいとかそっちは思わなかったの?
思った思った。思ったけど、なんか世間知らずだから無謀にもそんなこと思ってたっていう感じだよね。
とにかく世間知らずでさ、なんだっけ、この話の12回の時に里山散歩の話をしたじゃない?
で、俺川津に行ってさ、里山がないよって思ったけどさ、そもそも俺の頭の中にトトロの絵が浮かんでるぐらいじゃない?
もうその時点で世間知らずすぎない?
でも待ち食ってはないかもしれない、トトロのイメージは。人がいて自然と融合してるとこだからね。
そもそもファンタジーの世界だし、そもそも時代設定が違うじゃない。
あれ多分戦後間もなくの景色を描いてるよね、あの絵が。
多分ね。
まあそのくらい俺なんか世間知らずだったのよね。だから高校卒業する時もミュージシャンになりたくて、
進路相談の時に先生に俺音楽大学に行きたいっすって言ったのね。
お前ピアノ弾けるのかって言われたら、いや弾けないっすって話が終わっちゃって。
そもそも話がずれてるわけ。
まあそのレベルでミュージシャンになりたいって思ってたぐらいだったんだよね。
でもなんかちょっとこれ脱線しちゃうかもしれないですけど、僕大塚さんの作った音楽聞いたことあるんだけど、
基本楽器いらない音楽でしたよね。
2000回の音をいろいろ集めて、それをくっつけてね、
ノイズっていうの、なんて言うんだろう、ジャンルちょっとわかんないけど、ちょっと変わった音楽でしたよね。
そうだね。
脱線ついてね、こっちも話を脱線させるけどさ、そもそも俺ギターが好きだったわけ。
すごい高校生の頃練習してた。俺結構上手かったの。
勉強もせずに練習してたから、それは上手くなるじゃない。
ヤングギター、アナアクマで読んでるんだから。熱いまったし。
だけどさ、高3の頃に部屋の中に蚊が飛んでいてね、パンって叩いたの。叩きつぶしたの。
それがね、壁際でパッて叩いたときに、壁に指を突き指させちゃって。
すごいね。
顔をつぶそうとしたから、まあまあ勢いよく突き指したの。
大事な指がね、ギターを弾くから。
そこからね、俺ね、ギターがね、ギターというか薬指と小指がうまく動かないのよ。これ今でもそうなんだけど。
だからパソコンでさ、メールでありがとうございますってZAって打つじゃない?
ZAが、いまだに俺指が回らないんだけど。
まあとにかくその突き指から、俺ギターがね、なんかいまいちうまく弾けなくなっちゃったの。
薬指と小指が動かないんだもん。
すごいね。
そんな理由があったとは。
いやいや、まあまあそうは言っても弾けるんだけど、そこからなんかテクニカルじゃないものを求めるようになったと思うの。
その流れで野口くんが言ってるような、そういうノイズ的な音楽に出会ってしまって、
うわ、こんな面白い音楽があるんだと思ってハマっちゃったっていう流れは。
なるほどね。そういうきっかけがあったんですね。
そうそうそうそう。
その時にそのノイズの音楽に出会うのも、本当に神がかり的なタイミングで出会うんだけど、
まあまあ人生でそういうもんだったりもするじゃない?
うんうんうん。
そうそうそうそう。
その意味でミュージシャンになりたいという思いはずっと持ってたさ。
持ってたけど、それはまあ無茶だよ。無茶だったよ。
モラトリアムな大学時代とメディア現場への接近
ライブとかもやってたの?
やってたやってた。
この前実家に帰ったら、その頃の音源が出てきましたので。
テープが出てきたので、それは流してもいいんじゃないの?と思ってたんだけど。
これさ、ポッドキャフトのオープニングとかエンディングとかで使えそうな曲だったりすんの?
あー絶対無理。
あー絶対無理なんだ。
なんか長いんだよね、すごく。
そうそうそうそう。
すごく長いのに。
なんか聴いてる人が、え、これもう演奏始まってるの?って言いたくなるような音楽を好んでたので。
え、どういうこと?
え、ボーカルがいきなりとか?
ボーカルとかないですよ。
あ、ボーカルはないんだ。
音だけですよ。音だけなんですよね。
そうなんだ。
ちょっとぜひ聴いてみたいですね。
まあはい、テープを今だったらデジタルデータに変えられるらしいので、ちょっとやろうと思ってるところです。
まあ、一生懸命プロになろうと思って音楽活動してるっていう感じでもなくて、
ほどほどに音楽活動してるっていう状況で、
えっと、だらだらアルバイトしながら生活してたのか。
で、まあその中でそうそう編集で触れたと言ったら、バリ島を旅行したことがあって。
で、バリ島で普通にご飯を食べていたら、なんか日本人の二人がやってきて、
それが旅行雑誌の取材だったんだよね。どこか覚えてないんだけれども。
で、現地の人にインタビューして、料理を出してもらって、料理を撮影して、
っていうことをやっていて、俺そんな取材なんて初めて見たから、うわ、面白そうと思って。
で、その人たちに声をかけて、いろいろ話をさせて、
こうこうこうで今ガイドブックを作ってます、みたいなそんな話をして、
したのよ、そんなことがあったのよ。
で、その料理を出してもらって撮影を終えて、
で、まあ俺にこのご飯食べていいよとか言って、
俺たち次があるからさ、みたいな感じでピャーッと帰っちゃって。
うわ、かっこいいと思ったことがあった。
それを見て編集者になりたいと思ったかっていうと、
一ミリもそんなことはなくて、
最近になってこれお袋にあんたこんなこと言ってたわよって言われて思い出したぐらいの、
その程度の思い出なんだけれどもね。
でもさ、主催に遭遇しててさ、大塚くんから声かけたわけでしょ、それって。
かけた。
なんか気になったから声かけたんだろうと思うんだけどさ、
で、やっぱりこの編集だってこと分かってないかもしれないけど、
こういう仕事に興味を持って声をかけたんじゃないかなって思ったんだけど、
なんか惹かれるもんあったの?こういう。
うーん、分かんないな。
あったのかもしれないね。
うーん。
そもそもバリトーといえど日本人に会うことが少ないから、
あ、日本人じゃんと思ったのもあるだろうし。
なるほどね。
うーん。
まあなんか、仕事が鮮やかだって早かったよ。ぴょぴょぴょっと取材をしてたので。
うーん。
そんなのは見たことがなかったので、なんかそこには感動しちゃったな。
かっこいいなと思ったのかもしれないね。
うーん。
あとその編集という話で言うと、ちょっと編集違いではあるけれども、
俺はTBSでほんの少しだけアルバイトをしてたことがあって、
TBSの報道局なんだけど。
うーん。
本当に局内をうろうろ畜屍さんが歩いてるようなところでアルバイトしてたんだけど、
まあそのTBSってテレビ局内にカプセルホテルみたいな泊まる場所があったりして、
まあそれはそうだよね、24時間体制でやるんだから泊まる場所は必要だよね。
とか報道局はあれ何時だったんだろう、なんか俺の記憶だったら8時とか9時ぐらいなんだけれども、
ちょっと記憶違いかもしれないけど、いずれにせよ当直の人たちがいて、
8時9時になんかベッドが出てくるのよ、折り畳み式のベッドがあって。
でもその人たちのためにベッドが置かれるの。
だからその時になんか泊まるということを。
もちろん。
仕事が泊まるものだと。
こういう世界があるんだっていうのはそこで多分知ったんだろうね。
なんで報道局のアルバイトをやったの?
それはね、TBSの報道局のバイトって時給がすごい良いから、
紹介しかないのよ、それこそ案に出ることはなくって。
で俺の場合はたまたまバックパッカーの旅行に行った時に知り合いになった人から、
席を譲られるような形で入れた。
何の仕事を?
ん?TBSの?
そこでやってた仕事は?
コピー取り。ただのコピー取り。
原稿チェックとかではないんだ。
ないないない。ニュースが始まる5分ぐらいに大体原稿出てきて、
その5分、ニュースが始まるまでの5分間猛ダッシュで局内を走り回って、
アナウンサー、タイムキーパー、カメラマンに持ってくっていう仕事。
緊張感がすごすぎる。
コピー取りっていうか、走り屋だよね。
でもくれたらやばいもんね。
そうそうそうそう。
だから、俺ら全力で走るよ。本気で走るから、
たぶん机と机の間から人が出てきたらどっちか死ぬみたいな、
そのくらいの勢いで走るけど、
でもそれはTBSの方々はもう分かりきっていて、
それニュースの5分前はそんなこと絶対にしないというか、
俺らが走るのは分かってるから、
なるほどね。
そんなことは絶対ないんだけど。
走れそうだと思われたのか。
大学生しかできないよね、そういうのはね。
ちょっとだけ編集違いだけど、ちょっと今の仕事に近い何かがあったような気はするね。
余った履歴書から編集者へ
俺もそろそろ仕事しなきゃいけないなと思って、
案を読んだのかちょっと覚えてないけれども、
アルバイト情報誌でマガジントップに応募して受かっちゃったっていう流れかな。
なんでマガジントップに応募したの、それは。
それ以外に選択肢はあったんじゃないの?
うん。
音楽を一度は志したものだから、その夢叶わなかったけれども、
音楽に近い仕事をしたいなと思って、
音楽関連の事務所とかの中に就職しようと思ったんじゃないのかな。
それなりに載ってるのよ、あの手の雑誌に。
雑誌というか案とか情報誌にね、募集が載ってて。
履歴書をひとまず書こうかと思って、
だいたい適当に送るじゃない。
5社か10社ぐらいに多分俺、パパパッと履歴書を送ったと思うの。
で、その時に順番から、とにかく先に履歴書を書いて、
パパパッと書いて、その後に送るっていう流れ作業をしたんだけど、
最後に1枚か2枚履歴書が余っちゃって、
もったいないじゃない、履歴書が。
そうなのか、そうなのか。
一応他にないかしらって思ってみたら、
マガジントップの募集があって、
わ、かっこいいな、雑誌編集者かっこいいじゃんとか思って、
応募したんだよね。
音楽関連の仕事も面接を受けてたんだけど、
どうだったんだろうね、受かったかどうかは記憶にないけど。
たぶんマガジントップの面接って早いと思うのよ。
一時面接から合格までが。
だからたぶん他を待たずにマガジントップに入社しちゃったっていう、
そんな流れだったと思うけどな。
あんまりその辺の細かい話は覚えてないけど、
ただ、
マガジントップに入社することになって、
富江君に会った日のことは覚えてる。
え?どんな感じ?覚えたのかな?
会議室に富江君がいたっていう景色は覚えてるよ。
フォー、フォーなんだ。
帰り、原宿駅まで一緒に歩いて帰ったのは覚えてるんだけど、
その前は覚えてないな。
でも坂本さんに何か話を、
坂本さんと一緒に話したんじゃない?
したんだろうね。
どんな話か全然覚えてないんだけど。
あ、フォー。
なんか前の、昔の会で喋ったかどうかわかんないけど、
大塚君と俺が一緒に坂本さん、社長から話を受けて、
少なくともこの本は読んでおかなきゃいけないみたいなことを言われて、
何だっけ?日田二郎の、日田二郎の何だっけ?
神々の何とかじゃなかった?
国王か。
違ったっけ?
文庫本を言われて、
大塚君と原宿駅まで向かうときに、
とりあえずあの本はちゃんとまず先に読まないといけないよねって話した覚えはある。
多分二人とも読んでないんじゃない?それ。
読んでないんかい。
でもそもそも二人、同時面接だったんでしょ?今の話だと。
最終面接は一緒ってことかそれ。
最終面接は一緒だった。
最終も何?
両方とも合格となって、
どっちかが先で、
どっちかが飯食ってこいって言われて、
飯食ってる間にどっちかの面接を片付けて、
で、帰ってきたときに会議室で鉢合わせを、
っていうそんな流れだったと思うけど。
じゃあ飯食ってたのは大塚君なんだろうね、たぶん。
かもしれないね。
なるほど。
いやーちょっとそこはもう覚えてないな。
ちなみになんか日立郎は、
総評神々の岩壁っていう本ですかね。
総評中黒。
国公の人じゃない?
あーそうだ国公の人だ国公の人。
別の本か、じゃあ国公の人か。
国公の人。
そうそうそう。
国公の人ってどういう話だったっけかな。
読んでないんだけど。
ちょっと後で読もう。
上下感ありますね。
ちなみに慎重文庫ですねこれね。
そうね。
たどり着いてない?
これさ、映画になったよね。
たぶん。
そうなんだ。
なってるかもね。
なんか映画を見たような気がするな。
あ、映画を見たんださすがにね。
そう。
まあ、いまだに本は読んでないんで。
いつか読もう。
とりあえず履歴書が2枚余ってたことから人生が変わったって感じかな。
それすごいよね、余った履歴書からっていうのがね。
巡り合わせが。
余ってなくてさ、音楽事務所みたいなところにいっぱい募集出してて、そっちに履歴書送ってたらマガジントップに入ることはなかったわけでしょ。
なかった。
いろんな巡り合わせだねこれがね。
そうだよね。
だいたい普通、1社ずつ履歴書書くと思うけどね。
まず履歴書をざっと書くって、そもそも。
それは初めて聞いた、そのやり方。
履歴書ってめんどくさくてさ。
当時全部手書きだしね。
そうだよね。
そうだったよ。
全部世間知らずだよね、なんかね。
でもなんだかんだでさ、そのヤングギターの精神が今の仕事に情報を与える側として活かされてるっていうのもなんかね、めぐりやすいかなって気がする。
専門誌っていうとこも。
そうかもね、なんか本当に編集者になる前の人生としては褒められたところ一つもないような気がするけれども、
唯一そのヤングギターを長くほど読んだところだけは、今につながってるね。
それがあって、その編集者の人の仕事ぶりを見てっていうのも、実はなんか無意識のところで全部つながってるのかもしれないかなと思って。
そうかもしれない、それは。
そういうのがあって、マガジントップにちょっと引っかかったのかもしれないし。
そうかもね。
そういうのもありだね。
で、富江君と会っちゃったのも、なんかそこが運の月だったと。
運の月って何?
結果オーライで。
そっからね、もうだいぶ何十年?何十年?二十年とか二十何年とかだけど、こうやって一緒にポッドキャップと撮れてるのはありがたいなと思うよね。
履歴書頑張ってたおかげで。
いや本当に。
そうだね。
人生の巡り合わせと現在の活動
今日も帰れない気がするでは、ご感想などのお便りを受け付けております。
概要欄に記載のフォームから感想などをお寄せください。
ということで、また冬曜日にお会いしましょう。お疲れ様でした。
お疲れ様でした。
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