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FMヨコハマ
podcast
コミックアトラス
皆さんには耳なじみがない言葉じゃろう。
これは様々な漫画家先生の巡ってきた道のりをお聞きし、
現在までの地図をノルオブとあなたが、ほんのちょっとだけ覗き見させてもらう番組じゃ。
彼らが紡ぐ物語のように、辿ってきた道のりの面白がり方を知れば、
あなたの世界の見方が変わるかもしれんぞ。
ノルオブと共に様々な世界の地図を収集し、自分だけの地図帳、アトラスを作るのじゃ。
今回のゲストは、さよなら絶望先生、隠し言、渋谷ニアファミリーの著者、
久米田康二先生。
彼らの地図をのどきにする旅へ、さあ行くのじゃ。
ちょっとなんかめちゃくちゃ固くなっちゃったすいません、ほんとに。
あ、いえいえ全然。
僕もね、人類には等しく緊張するんで。
今日もそれなりに緊張はしています。
全人類に対して、フラットに。
見たままだったのであった瞬間に、わっ、ほんとにそのままだみたいな。
僕がですか。
ほんとにそのままだみたいな、謎の気持ちになりながら。
昔から知ってる人は服着てるんだみたいなツッコミを必ず入れますけどね。
いやでも、もうだいぶ着てますよね、ずっと。
もうだいぶ着てますよ。
ですよね。
20年以上は着てます。
着てない時って相当若い時ですもんね。
20代ですよね。
うん。確かに。
僕がちゃんと知ったっていうのが、もう服を着てる時代なので。
ありがたいことですよね。
逆に混乱をしましたよね、その服がないことに対して。
昔ね、インターネットなんてなかったんで。
まさかね、自分の裸がネットに流れていってなんていうのは思ってもみなかったんで。
多種多様な裸が。
デジタルタトゥーですよね、いわゆる。
後発的なやつですよね、時間を。
あんな多くの種類の裸ってなかなかないですもんね。
手札として。
手札の種類はなかったと思うんですけどね。
いろんな、いろんなもう、この緩末。
そうですね。すごい、だからあそこ力入れてたんですけど。
ある時、編集さんになんかそんなに面白くないよって言われて、確かにそれもそうだなって思って。
それはダメですよね。
いや、まあでも。
こっち抜いてるんだからってなっちゃうよね。
そうなんですよね。
だからね、逆にね、そんなネットなんてないからできたんでしょうね、ああいうバカなことを。
確かに確かに。
今の人は大変ですよね、その。
なんでもこう、なんか。
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残りますね。
残ったりとか。
ちょっと失敗が取り返しにくいとか。
ちょっと可哀想だなって。
結構その日々ですね、自分とかは考えちゃいます、すごい。
あげる時とか。
ああ、叩かれるって。
これに怒る人もいるんだろうなみたいな。
何もできなくなっちゃいますよね、気にしてたら。
ついさっき、その怒られるとか嫌われるってことを、もう怖がらない方がいいんすかねっていう、
すごくリアルな相談をしてました。
まあでも怖いですよね、なんか。
でも、なんだろうな。
僕がずっと長居屋でやってきて、
これ怒られるかなって思ったところに意外と抗議こなくて。
そこかよっていう、なんかもうあさっての方から抗議って飛んでくるから。
気にしてもまあ無駄ですよ。
無駄。
無駄。
怒る人は何で怒るか分かんないから。
なるほど。
どこがスイッチか分かんないってことですね。
分かんないですね。
そっか。
でも怒られそうなことしか書いてないですもんね、ずっと。
僕の印象ですけど、
いつもこれって誰も怒んないのかな、確かに怒ること読んでる方は全然側じゃないんで、
にえにえ楽しく見てはいるんですけど。
影響力が少ないってことですよ。
何をおっしゃってるんですか。
もう誰も読んでないんじゃないかなっていう。
それで言うと、僕のその今ポストするとかインスタ上げるで怖がってるとこ一番恥ずかしいですよ。
本当に誰にも届いてないのに。
全世界ですからね、昔と違って。
昔はね、一応本を買ってくれた人の中でちょっと気に入らないとか、
そういうすごい狭い世界でのあれですけどね。
だってもうみんな気に入らないこと探してますもん。
ですよね。
恐ろしくて、あれ見てるとちょっとやっぱビビっちゃうんですよね。
でもビビってもしょうがないかとか。
そうですね、もう見ないのが一番いいですね。
そうですね、間違いない。
見ないのが一番いいんだよな。
この流れで始めちゃいます。
ということで本日はよろしくお願いします。
久美田先生に来ていただきました。
はい、よろしくお願いします。
まだやってます。
そんな一言から始められるとこっちはこう。
まさか50過ぎて漫画家やってるとは思ってなかったですからね。
それっていまだに何て言うんですか、自分でもこれ何なんだろうって思います?
思いますね。
30歳とかの時に改造って言うんですよね。
そうですね。
その時でインタビューとか読ませてもらってたら、
その時でこれから漫画家続けていくのかみたいなことを考えてたっておっしゃってて。
でも僕はそのインタビュー見ながら未来人として、
いやもうそのめちゃくちゃ跡もずっと描いてるぞって思ってたんですけど、
いまだにそう思われるんですか?
そうですね。
そうこうしてるうちに、もうそろそろ漫画家の平均寿命を超えてるっていう。
え〜。
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命的にね。
寿命的な?
寿命的に早寿命ですからね。
何歳ぐらいなんですか?
53とか言われてますね。
マジですか?
でももう超えてます?
超えてますよ。
ですよね。
じゃあ生き残ったって言い方も変ですけど。
そうですね。だからあとはもうどうでもいいやって感じではある。
例えば今回ポッドキャスト出てもらえますか?みたいなことをお願いしたときに、
出てもらえない可能性のが高いなって勝手に思ってて。
今回OKしてもらえたのって、ある意味その平均寿命を超えたからって思われますか?
そうですね。まあ思い出作りっていうか、
なんかいろんな人と縁を持っていこうかなっていうのは。
それはどのタイミングでその心境変化が起こったんですか?
タイミングってのはないんですけど、徐々にですかね。
逆にそうじゃない時期というか、誰とも会いたくないなって時期、明確にあったんですか?
明確にはないですけど、
まあなんか単純に忙しかったりとか、話がなかったっていう。
例えばその友人とか出かけるみたいな、そういうレベルのことは普通にあるんですか?
あったんですか?これまで。
でもね、なんかやっぱり友達とかもあんまりいないんで、
もうなんかスタッフと飯行ったりとか、その程度で次の仕事始まっちゃうみたいな、
週刊連載とかだとね。
なんですかね、コミックスとかそういうところで、人と会いたくないみたいなこうコラーというか。
別に会いたくないんじゃないですよ。
自分のタイミングで会いたいんですよ。
あーなるほど。
誘われると向こうのタイミングじゃないですか。
そういうことですね。
あっちへ呼んできたから、今その気分じゃないなみたいな。
それ昔からですか?ちっちゃい頃からとかですか?
まあそうですね、昔から。
小学生の時、レベルからですか?
そうですね。
物心ついた頃には、できれば自分のリズムで。
でもあんまり主導権を取りたくないんで、
自分から誘わないからどんどんどんどん孤立してっちゃうっていう。
あーなるほど。
遊びたいとか会いたいなって気持ちはあれど、
自分からこの遊びしようぜみたいな気持ちはならない?
そうですね、責任取りたくないなっていうのはありますね。
つまんなかったら嫌だなっていうか。
最後の記憶で言うと、
おいくつぐらいの時に、
今は自分の感じになったなっていうイメージはあるんですかね。
でもやっぱ小学生の中ぐらいからはそんな感じでしたね。
4,5年生とか。
そうですね、あんまり自分が前に前にっていうタイプではなくて。
その時にはもう絵とかも描いていらっしゃったんですか?
そうですね、一番最初に打ち切りになったのが、
壁新聞の4コマ漫画だったんですよ、小学校の。
打ち切りの最初の体験が?
これはひどいからやめなさいって、担任の先生に。
内容がですか?
内容が。
ちなみにどの内容だったんですか?
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友達の話とかそういうのが。
なるほど、友達のネタにした。
ネタにした4コマだったんですね。
もう今のスタイルにちゃんとこう紐づいてるんですね。
そうですね。
これはあまりにひどすぎるから、
くめたくんのこれは打ち切りですみたいな。
やめてくださいって。
早すぎる。
一番最初の打ち切りだと思った。
その頃には自然と漫画を描くというか、
4コマとか絵とかで自分の表現というかコミュニケーションなんですかね。
でやってたんですかね、当時って。
そうですね、描くのは多分好きだったんだと思うんですよ。
絵画とかじゃなくて、4コマ漫画に行ったのは漫画が好きだったからですか?
そうですね、でもそこまでいろんな表現手段があったわけじゃないんで当時は。
振り返ってみると自然と描いてたみたいな。
そうですね、でもそんなに絵を一生懸命描いてた記憶もないんで。
なんか頑張ろうとしてやってなかったって感じなんですか?
そうですね、頑張ってはいなかったと思いますね。
他にその時頑張ったものとかあるんですか、その絵以外で。
なんかでもまあ頑張ってはないですけど、
なんか惰性で少年野球とかはやってましたけど。
地域の。
はい。
それはもう単純に友達やってるからみたいな。
そうですね。
野球やるかーっつってやってて。
で、小学校の時はまあその最初の打ち切りがあって、
中学校とかがあるじゃないですか。
その時は絵とかじゃなくて、またスポーツ。
そうですね、テニス部でしたね。
テニス部。
引き続き絵も描いてるってことですか?
そうですね、でもそこまでは。
今日中学生の時は漫画とかアニメとかにもあんま触れてなかったんですか?
でも読むのが好きでした。
ちょうどあのうるせえ奴らとかタッチとかあったんで。
それ読んでて。
そうですね。
今こうなってんのがかなり不思議なことではあるんですかね。
ちっちゃい頃から考えると。
そうですね、ほんとノープランで生きてきたんで。
だからなりたいものって言っても、もちろん漫画家ってのも一回あったんですけど、
いろいろプロゴルファーだったりとか、いろいろまあ毎年違うっていうか。
プロゴルファーとかいいなと思ったのは、かっけーみたいな。
あ、なんか庭でボール転がすの好きだったんで、なんか割と。
あ、自宅のすか?
そうです自宅。まあ狭いんですけどね。
あ、じゃあパターゴルフ的な。
そうですそうですパターゴルフで。
あ、これプロゴルファーとかいいなと。
そうですそうです。
じゃあ毎年毎年なりてえなってものはこう更新されていったとって感じなんですか?
そうですね。
まあ今もね毎年なんかやりたいこと変わりますけど。
え、ちなみに今なんすか?
いや今ないですけどね。
そっか。
高校3年生とかになると、突然本当に選ばなきゃいけないタイミングになるじゃないですか。
その時はどういう。
その時は本当にもうなんかとりあえず延命というか、とりあえず大学行ってコラトリアの考えようっていう。
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そっか。
その時の大学選びは合うとことか探してみたんですか?
一応なんか美術系だったんですけど、なんか楽に結構推薦で入れるとかあって、
まあ別にそんなあのがっつり美術っていうんじゃない感じのところにシュッて入る。
流れのままにこう行ってたんですか?
流れがあるかどうかは知らないですけど、プランはなかったですね。
特にこう20代までにこうなって30代までにこうなってみたいのは全くない。
全くなく。
その時楽しかったもんとかは覚えてるんですか?
その10代ぐらいの中で。
楽しかったことですか。
なんかでも何も考えずにやっぱ友達とボーッとしてるのが一番楽しかったって言えば楽しかったですよね。
どういうとこでボーッとしてたんですか?
高校の時だとやっぱ近くに海あったんで、海とか行ってボーッとしてたりとか。
ちなみにどこの海ですか?
高校が津久井浜高校っていうすごい田舎のギリギリ横須賀の高校で、まあちょっと歩けば海がある。
そうでみんなでこう帰りというか、たもろって。
そうですね。なんか絵面的には青春なんですけどね。
話してる内容はちなみに。
話せないようが別にもう全然。
無言っていうか。
なんか面白いことないかなってずっと言ってる。
なるほど。そんな共通の愛とかも。
ないですね。
どんな仲間なんですか?染まってくると。友達たちは。
まあクラスの人とかですね。その時。
気に合うやつら。
まあそうですね。気が合わなかったら多分。
一緒にいないですもんね。
気になってくる。どんな人なんだろう?
まあ普通の。
だからそのなんていうんですかね。ストレスあんま感じずにいられる人達って感じですか?
そうですね。
さっきも言ったように人類には平等に緊張するんで。
まあそのそれぐらいな感じ。
なるほど。
誰だかと変わってない?
変わってないです。
変わらなくて、ただ一緒に浜を過ごしてくれるやつらって感じだったんですか?
そうですね。まあなんか一緒にどっちかというとやっぱり自分で誘うよりなんか行こうよみたいな感じの時が多いですね。
海行く?みたいな。
そんな感じじゃないですけどね。
ゴールする?みたいな。
で、大学の時に漫画を描き始めるってことですよね。
そうですね。
それはモラトリアムが終わるぞっていうタイミングで。
そうですね。漫研に一応入ったんですよ。
漫研に?
それはなんで漫研だったんですか?
えっとですね、なんかその居場所っていうか部室等があって。
あーなるほど。
なんか入ればちょっとなんか入れるぞっていう。
あのー一元と三元の間とかに。
そうですね。
部室行ってみたいな。それでもやっぱ漫画だったんですねそこは。
そうですね。漫研となんかあのー無影帯のところが一緒になってるようなところで。
ちょっと全然わかんない。どうなってんすかそれ。
いやなんか同好会だから多分分けて使いみたいな感じだったんですよ。
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じゃあ半分は無影帯の人がいるんですか?
というかまあ入り乱れてしまう。
じゃあいろんな部活の人らも?
意外と格闘技の人ってオタク多いじゃないですか。
多いっすね。
その辺はなんか変な仕切りがない感じで。
へー。
漫研に入ったからなんか描かないといけない。
あーなるほど。
まあ描いてたんですけどその前まで。
でもちゃんとコマ割ってとか一本完成させるっていうのはしてなかったんで。
幼少期からここまでをお話聞かしてもらったんですけど。
こんなにノープランってことが出てくる。
運は良かったんだと思います。
大学の時に完成した作品が編集に持ち込んで。
じゃあ次描いてみなよっていうのがもう連載になったんで。
漢字が悪いですけど僕なんかそういう下積みとかしないでいきなり連載になってしまったんで。
逆にその後なんか色々物を知らないから苦労しましたけどね。
そうですよね。
作ってものすごい大変な作業じゃないですか。
そうですね。
それを今この話聞いてる印象とガッとしなくて。
自分が見させてもらってる作品の描き込みとかそのなんですかね。
あのテンポ感とか含めてどんなエネルギーで描いてんだって思って見てたんで。
わざわざ口に出さないけど没頭する時間もあったってことですか。
基本的にやっぱり締め切りがあるんで。
そこまで描けないといけないっていうのがあるんで。
持ち込む時はじゃあ自分で締め切りは決めてたんですか。
それとも卒業がみたいな話ですか。
決めてないですね。
その時はどんなモチベーションというか考え方だったんですか。
締め切りがない時に最初の。
時間があったんでしょうね。
もし今みたいに楽しいことがネットとかあったら完成してなかったと思います。
なるほど。
ゲームとかネットとか他の。
YouTubeとか。
楽しいことがあったら。
そっちが完成してなかったと。
その時一番楽しかったことというかやるかってなったことが漫画だったってことなんですかね。
そうですね漫画。
その前に僕大学5年行ってるんですけど。
5年になって就職しなきゃってなるじゃないですか。
その時に僕は漫画編集のプロダクションを受けてて。
そこで落ちちゃったんですよ。
漫画編集には成りたかったというよりはどんな感じなんですか?道を選ぶ時の判断基準。
そうですね。
なんか新聞の産業広告見つけて。
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それは銀なんしゃっていう編集プロダクションね。
小学館とか高団舎にも出向してるみたいなところなんですけど。
トマトマ見つけて。
でもどんな作品を作りたいのって言われて無言になるって聞かれて。
当然落ちますよね。
いくら聞いただけで。
でもその後自分では作品を作るんですもんね。
そうですねその後そんなこともあり一本描いてみようかなみたいな。
その時のどんな作品作りたいのって言われたことが残ってたってことですね。
じゃあ描いてみるかみたいな。時間もあるしと。
そうですね。
今ここに行き着いたのはとんでもない奇跡なんじゃないかと。
そうですね。
今ここまでずっと漫画を描き続けてるって思うとすごい流れだなって思うんですよ。
それこそ今自分が32にあって音楽やったりとかこういうことやってて。
果たしてこれっていつまで続くんだろうってぼんやりずっと頭にはあるんですよ。
そうなった時にちょっとこれ頑張んなきゃいけないよなとか考えたりするんですけど。
久美田先生そういう時期もあったんですか。
頑張んなきゃってより何とかしなきゃなっていうのはあったかもしれないですけど。
頑張ってはいなかったかもしれないですね。
頑張って言うと意識がなかったってことですか。
そうですね。悩んじゃうともう何にもできなくなる。
何とかしなきゃって思ったのはいつ頃だったんですか明確に。
そうですね。当時バブルで就職楽だったんですけど僕だけ全然決まらなくて。
あれこれなんかおかしいぞって。
どうやら世間じゃなくてこれが間違っているのかって。
普通にいかないぞっていうのがあって何とかしなきゃって。
それで漫画って手段が出てくるんですね。
でもそれ書いてる最中ですかもう。
それだからそこで編集。
に持ち込みなのか。
その前にもともと美術の先生になろうと思ってて教職を取って教育実習とかも行ってるんですけど。
でも神奈川県で美術教師の新しい採用って一人しかいなくて全体で。
神奈川県ですか。
神奈川県全体でその時。
狭きもん。
狭いんですよ。
だから高校の時に美術の先生楽そうだなって思って準備室でなんか好きな自分の絵描いて適当に授業やって。
これは良いと思って。
なりたいとか思って。
一名だったんですね。
一名だったんです。
いよいよこれは無理だなと。
それでプロダクション行くかって思ったけどそっちもそっちでそんなのやってもっていうのがあって漫画に行くんですね。
その時一緒に銀南社って編集プロダクションを受けたのが赤松健さんっていうラブヒナとかが今政治家やってますけど。
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あの人も落ちたって。
そうなんですね。
落ちなきゃ政治家にならなくなる。
僕から何も言えないですけど本当に。
運命っていうのはこういろんな分岐があり。
そう思うと美術の先生が一人だったから、しかもその銀南社落ちたから今こうやって漫画を描いてるという流れでもありますもんね、福田先生はね。
南国の連載が本格的に始まるんですよねその後。
就職みたいな感じで連載が始まってみたいな。
その南国が終わったタイミングで28とかですか。
そうですね。
その時どんな心境だったんですか?
一つなんか走り抜けるしかないじゃないですか連載が始まって。
その一段落したタイミングってどんな気持ちになってました?
そうですね。
当時としては同期に比べてやっぱり売れてないなっていうのがあってもうちょっと売れたいなみたいな欲はありましたけど。
案の定狙いすぎて次の作品こけて打ち切りになるっていう。
これまでの話し切った印象だと福田先生にその売れたいなみたいなある意味欲のトリガーっていうのがずっと感じなかったんですけど。
南国減ってそういうものが生まれてきたって感じなんですか?
いやどうなんですかね欲っていうよりなんかその生存していくには。
自分が生きていくためには。
生きていくためにはもうちょっと売れないと居場所ないぞみたいな。
先に就職みたいなとこでもう自分がまずいのかって思ってて漫画を掴んでるから。
どうやらこの世界で生きていくにはこの漫画ってもので俺は生きていかなきゃいけないらしいって。
その連載を戦って服を脱いで。
常になんかあのね藤田はもっとやってるぞとか言われてたんだよ編集長とかに。
そうか。
そことやる戦うの?みたいな。
そうか。
その巡り合わせもある意味あるってことですよね同年代での。
理解されるには数字を出すしかないっていう部分もあるんで。
ここでもう一個行かないとどうやら自分が生きていけない戦うしかないって。
でもなんかそこで行ったのがレッドオーシャンだったからダメだったわけで。
今まで自分はあの下ネタっていうブルーオーシャンって競合相手がいないところでぬくぬくと育ってたんだなって。
ぬくぬくっていうよりはもうだいぶもうブルーオーシャンの中でかけ回ったような印象ですけど。
ある意味レッドオーシャンに入って違う海を探しに行ったって感じだったね。
そうですね。
どんどんと考えてそっちを選ぼうと思ったんですか?
だからまた戻って別に売れなくていいやって売れようとしないっていうか。
あともう理解されなくていいやって。
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分かんないやつは分かんなくていいやって。
なるほど。
そうやっぱり理解されようと一回したからってことなんですね。
そうですね。
やっぱりその時は相当辛かったですか?無理してんなって思いました?
無理してんなって思いましたね。
ちょうどなんかだからその30前後で潰しきかねえぞっていう時期だったんで。
それで改造に行くってこと?
そうなんで。もうバブルもう終わっちゃってましたからね。
そっか。
もういよいよ。
いよいよ。
それでユーモアを出せるっていうのはどんな精神状況なんですか?
いやだからそれはあんま考えてないっていうか。
もう勢いで思い動くままに。
書くのも結構ノープランでざっくりとした。
普通はネーム切る人多いんですけどちゃんとこう書き始めちゃって。
最後のページの一個手前のページがすごいコマが小さいっていう。
そこでまとめないといけないからね。
でもやっていく流れでこの方いいかもみたいなって見つけていったのもあったりするんですかね?
いやそれもないですけどね。
カタっていうかパターンを見つけると楽ではあるんですけど結局それワンパターンになっちゃうんで。
いっつも切り口というか視点。
ちょうどうっすら思ってたこととか頭にちょっとあったようなことが一番頭で手まで出てくるというか。
いろんな人の意見を聞いたりしてじゃあみんなこう思ってんのかなみたいなことじゃなくて。
あんまり関わっていないのに逆にそのなんでがなんとなく思ってるようなことをチョイスできるのかなって思ったんですけど。
それも別に意識はしてないんですけど。
自分が日常生活の中で思ったこと。
そうですね。嫌なことがあったらそれがネタになるかなぐらいな。
それはメモったりしてるんですか?
メモは取らず。
嫌だなってのがずっとあってそれも書いちゃえみたいな。
ある意味発散っていうか。
そう思うとそんな嫌なことあったんですか?ずっと。
毎週のように。
嫌なことにならないぐらいの嫌なことって。怒るほどじゃないけど。
なんか嫌だなって。
ここにもやっとするような。
そういうのは多いですよね。
あと被害妄想なんでかなり。
絶対あいつ俺の悪口言ってるって思うと全部嫌なことになるじゃないですか。
ちょっと待ってくださいよ。それってまた話がグッと戻るかもしれないですけど。
ずっとなんですか?そのちっちゃい頃から。
なんかそんなにいい話じゃないぞっていうか。
疑ってしまうというか。
そうですね。
その原体験とかあったんですか?疑ってしまうような。
ないんじゃないですかね。
もう自然と。
自分ではどんな子供だったなって思うんですか?
そうですね。でもそんなに目立つ子でもなかったと思うんですけどね。
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活発でもないし、おとなしいわけでもないし。
人に聞いたら違うかもしれないですけど。
そうかそうか。確かに。自分から見た世界ですもんね。
そうですね。だから自分の人生でずっと主役じゃなかった感じはありますね。
自分をちょっと視点が遠い感じなんですか?自分に対して。
なんか中に入りきってないというか。
そうですね。いつもなんか斜め上から見てる感じがしますね。自分を。
それで結構自分に突っ込んだりしながらってことですか?
そうです。
それって自分を受け入れるってことでもあるんですかね?ある意味。
俺はこういう人間だなみたいな。
自ギャグっていうのは結局あの自己肯定ですから。本当に嫌なことは言わないじゃないですか。
自分のネガティブなことは。
俺ブサイクだからっていうのはもうそれを受け入れてるから言えるわけで。
なんか作品からすごく受け入れるっていうことを自分は感じてて、最後はこれでいいって言い方がいいのかな?
結局なんか作品で着地しないといけないんでどっかで。最終回があれば。
ずるいですよね。なんか最終回描かないで逃げ切ろうとしてる人たちが多すぎて。
そっか死めずに。
絶対死ぬの待ってますよ。自分が終わらせてから死ねよって思いますけどね。
小倉先生作品はこっちの概念が1個覆されるような最後を迎えているなって。
その中で少しだけちゃんと気持ち悪さを残してくれてるなというか。
そうですね。余韻的なものが。それはなんか割と好きなんで。
オールハッピーじゃなくて、どっかやっぱ歪んでるみたいなのが自分は好きで。
ああいう感覚って先生は受け取ってきたものなんですか?作品とかから。
そうですね。受け取ってきたっていうか、説明しすぎるとあんまりかっこよくないっていうのがあるんで。
それぐらい自分で考えるよっていう部分とか。かといってでも終わりを考えろって言われたら困りますけどね。その読者が。
仕入れはね。それは最後でちょっと残すのはいいんだけど。
全てを最終回とかその放りっぱなしは困るような。
インタビュー前編はここまで。後編は次回更新します。
ぜひチャンネル登録してお待ちください。
感想は、ハッシュタグコミックアトラスCAアットマークFM横浜.jpまでお待ちしています。