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『ほんとうのことを書く練習』|もっと自由に書いていい
2026-04-10 10:32

『ほんとうのことを書く練習』|もっと自由に書いていい

最近読んだ本について思ったこと。
ジャーナリングっぽいな…と思って読んでいました。
ほんとうのことって?と思われた方、ぜひお手に取って欲しい一冊です。
書く練習をしていると自分の「芯」みたいなのが出てきて、そこは大きくぶれずにかければいいのかなーと思いました(補足)

📖『本当のことを書く練習』土門蘭 著
https://amzn.asia/d/0cp2H2bN
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00:05
おはようございます。4月10日金曜日です。こちらは、アウトプット雑談プログラムとして、書くことで穏やかに暮らしたい私が、ジャーナリングのように雑談をするラジオです。
えーとですね、声がカサカサです。いつもよりも。すいません。
えーと、今日は、最近読んだ本で、いいなと思った本があるので、感想をね、自分なりに思ったことをお話ししておこうと思います。
ドモン・ランさんの本当のことを書く練習という本を読んでいました。
うーん、あのー、そうですね。なんだろう。よかったなと思います。読めて。
単純に言ってしまうと。なんか、私、読書感想文とかとても苦手なので、本の良さがね、伝わるかどうかわからないんですけど、私が今思っていることを話します。
はい、えー、この本は、そうですね。なんだろう。
ドモン・ランさんが自分の言葉で絵馬で描いてきたこと、どうやって描いてきたか、みたいなのが書いてあるんですけれども、
本当のことっていうのが、じゃあどういうことなのかっていうと、うーん、なんかこれは、嘘偽りなく何でも晒し出せみたいな話じゃなくて、
あとセキュララに何かを晒せみたいな話ではなくて、それだけではないって感じかな。
ただでも自由に描いてはいいよっていうことは書いてある気がします。
なんかいろいろ、なんだろうな、こういうSNSとかもそうですけど、発信する媒体がものすごい増えてるじゃないですか。
昔だったら本を書くだけとか、例えば新聞を読むとか、そういうことで書くことってあったと思うんですけど、それ以外に書く場所がものすごい増えてるなと思います。
で、そうすると、なんだろう、反応のいい文章を書こうと思ったりとか、受けがいい文章とか、
変な話、いいねがもらえる文章とか、いろいろあると思うんですけど、そういうところに意識が行きがちだと思うんですけど、
そういうことは一旦置いておいて、自分の書きたいことを書いたらいいんじゃないか、みたいなのかなというふうに私は前編読んで思いました。
書くことからもっと自由になっていいよっていうのがメッセージとしてあるのかなと思ったんですよね。
この本の装堤っていうんですか、帯のところに、後ろ側の帯に、私たちはもっと自由になっていいって書いてあるんですね。
それはつまりそういうことなのかなと思って。
何かに、がんじがらめってわけじゃないんですけど、狙った文章を書かなければいけないとか、
あとはいい文章、どういう文章がいい文章かわからないんですけど、いい文章を書かなくてはいけないって思ってしまっているようなところがあると思うんですけどね。
03:10
そういうんじゃなくて、自分の書きたいことを書いたらいいんだよって言われているような気がしました。
なんか響く文章ってあると思うんですよね。
私が読んでても、この文章いいなとか、スッと入ってくるなとか、こういうのもっと読みたいなと思う文章がある一方で、これはもういいかなっていうのもあるし、
先日ちょっと思ったのは、入学式とか卒業式で話す来賓の言葉とかは、
変なんですよ、嘘くさいなって思っちゃうとか、この人の心はここにこもってなさそうだなって思ったりとかしちゃうときもある。
文章でいうとそういうことがあるのかもなって、今回は話し言葉ですけど、
そうじゃなかったとしても、なんか響く文章ってあるよなって、響く言葉ってあるよなっていうふうに感じましたね。
私としてはそういうのが比較対象になったなと思っただけなんですけど、
あとは何だろう。
帯のところにも書いてあるんですけど、まず誰にも見せない文をノートにって書いてあるんですね。
見せることを前提に書く文章を書く前に、見せないことを前提に書くみたいな感じかなと思って。
私がジャーナリングをして、そこで出たことをこうやってスタイフに載せたりっていうのはあるんですけれども、
そのときも全部が全部ジャーナリングで出たことを話しているわけではないなと。
その中から、これは話しておきたい言葉とか、あとはこういうふうに言い換えて話そうかなみたいな話とかも出てくると思うんですけど、
だけどその前に一旦本音としてノートには出している。
そこが一回本当のことを書いた上での脚色とかするわけではないですけれども、ある程度出せるものにして出すっていう感じかな。
そこがあるからまたせるっていうかね。
他人を傷つけていいっていうわけでもないし、誰かに配慮を書いた文章を書けっていうわけでもやっぱりなくて、
06:01
どこかに何かを出すってことは誰かを傷つけてしまう可能性もあるけれども、
それを恐れてたりとかすると全然書けなくなっちゃうから、
だから、配慮はするけど配慮しすぎないみたいな感じだったかな。
やっぱりこうやって対外的に何か出すってことは、
必ずいいと思ってくれる人だけではなくて、それに対して批判というかね、
嫌な思いをする人も出てくるだろうし、それは違うよっていう人も出てくるかもしれないんですけど、
そういうこともあるっていうのも分かっておきながら出す必要もあるよねっていう。
読まれるっていうのはそういうことみたいな話も書いてありましたね。
すごいね、文章としては難しくないことが書いてあるって感じです。
分かりやすく書いてある。
私は読解能力とかもあんまないので、難しいほうが基本的に読めないんですけど、
非常に分かりやすい言葉で書いてあったなっていう印象です。
自分で書いたものはまず自分が読む。読者として。
それでどう思うか。
これもやっぱりね、ジャーナリングっぽいんですよ。
私が読むとそういうふうに全部見えちゃう。
明け助けに全部やっぱり出すわけじゃないじゃないですか。
きっとスタイフでお話しするときも、ある程度マイルドにしてって言うと語弊がありますけれども、
なんかセキュララに語ってるってわけでもないのかなと思って。
聞いてくれる誰かがいることを意識してお話しするのと一緒で、
やっぱり読む人がいることを意識してある程度は書く。
だけど、むやみやたらに傷つける文章を書くっていうわけではなく、
何かを批判するっていうわけでもなくて、
意見として出すことと批判することはちょっとまた変わってきますよね。
自分がこう思うっていう視点で書いていく。
というのが大事なのかなと思っています。
今、頭に浮かんだことをそれこそ話しているので、
なんか全然繋がらなかったら申し訳ないんですけれども、
私はそういうことなのかなと思いました。
本当のことっていうのは、
例えばこうやたら大きく見せようとしたりとか、
やたら脚色とか口調とかが必要ないよって言われているような気がしまして、
素直に書いてみたらいいんだよっていうのを
全編通して言われているような気持ちになりました。
09:02
誰もがこうやって発信したりすることが自由になっているじゃないですか。
文章を出そうと思えば、インスタグラムとかブログもそうだし、
いろんな媒体を通して出すことができるようになったからこそ、
いろんな情報に流されがちにもなるし、
いろんなことを言う人もいるし、
だから流されちゃいけないというか、
それを自分の中で判断基準が確かにしていないと、
変な情報をつかまされたりするなというふうにも感じたし、
だからこそ自分の中で何を自分が思っているのかというのは、
きちんと自分が把握しておく必要があるなと思って。
それが私にとってはジャーナリングなわけなんですけれども、
きっと皆さんにとってもそういうツールがあるのかなというふうに感じました。
ドモン・ランさんの本当のことを書く練習、リンク概要欄に貼っておきますので、
気になった方はぜひ読んでもらいたいなと思います。
ちょっと私の拙い日本語では、この本の良さが伝えられないのはとても残念なんですけれども、
そんなことを思ったので今日は残しておきます。
最後までお聞きくださりましてありがとうございました。
今日も良き一日となりますように。
ではまた。
10:32

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