#115_ 「私がいなくても大丈夫」が、実は私の見たくないものだった…?
2026-10-28 14:10

#115_ 「私がいなくても大丈夫」が、実は私の見たくないものだった…?

「私がいないと大変だよね?」と心配していたら、
夫と子どもたちは、ゴルフとお寿司を楽しんでいました!

3年前は、ひとりで気軽にカフェに行くことさえできなかった私。
今回は家族に送り出してもらい、会いたい人に会う一泊の旅へ。

留守中の話をうれしく聞いたあと、
「3年前の私は、この話を同じように聞けたのかな?」
という問いがふと浮かびました。

『鏡の中のぼく』の言葉と、旅の経験が重なって、
自分の中の
「見たくなかった」
かもしれない気持ちに触れたお話です。

気づいてスッキリ!というよりは、
その後も「私は何をそんなに守りたかったんだろう…」と考えています。

「母親」「妻」という役割を、少し傍らに置いても、
家族は「私」を受け入れてくれるのだろうか…

頼りたいのに、頼れなかった。
その気持ちの奥にあったものを、
整理しきる前に話してみました。

家族に任せてホッとしたけれど、少し寂しかった。
子どもの「自分でできる!」に、うれしいのに戸惑った。

そんな経験はありますか?
話せる範囲で、コメントやレターで聞かせてください✉️

#子育て #夫婦 #ひとり時間 #ひとり旅 #自己理解 #コーチング #鏡の中のぼく #マザーズコーチング
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/691b98954e2735f3fe5a42df

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:06
こんにちは、こはるです。 今日も聞きに来てくださってありがとうございます。
私ばっかり頑張ってる。たまには一人にしてほしい。 そう思っているのに、いざ出かけるとなると、
ご飯は大丈夫?子どもたちはどうする? やっぱり私がした方が、私がいた方がいいんじゃない?
…て、気になってしまう。 私、3年前は、子どもたちを置いて一人で、フラッとカフェに行くことさえ、なかなかできませんでした。
そんな私が今回、一泊で旅行、旅行というか、うん、出かけてきたんです。
留守中、大丈夫かな?と思っていたら、夫と子どもたちは、なんと3人でゴルフの打ちっぱなしとお寿司を楽しんでいました。
楽しそうじゃん。 でも、この話を振り返っていたら、思いがけない自分の気持ちに触れてしまいました。
今日は、ちょっと苦くて切なくて、まだまだ気持ちが消化できていないお話です。
この番組は、これまで大学受験の進路伴奏を200名以上、今は中高生向けの講座やコンテンツの企画に携わる小春が、
学ぶ、遊ぶ、選ぶ、をテーマにお届けするチャンネルです。 日々の対話から生まれる違和感や、これってなんでだろう?
を拾いながら、新しい問いや視点を一緒に考えていきます。 こうするべき以外の選択肢が、ちょっと見つかる。
そんな立ち止まって考える時間をお届けしています。 はい。
先日ね、この話ちょっと続いてるんですけど、最近。 鏡の中の僕という物語の講演会に参加するために、兵庫県に行ってきました。
そう、私は普段関東に住んでいるので、まあまあの長旅だったんですよね。片道4時間ぐらいかけて行きました。
で、その後は大学時代を過ごしていた、京都に泊まる、一泊の一人旅となりました。
今回の目的は、会いたい人に会うということ。 講演会に参加して、その場に集まる方たちとお話をしたい。
私の所属するコーチングスクールの代表のババさんともお話がしたい。
あとは、大学時代にお世話になった恩師だったり、友人だったり、なかなか会えていない人たちに会いたいな、そんな思いで出かけていきました。
でも実は、私3年前にトラストコーチングを初めて受けた時に、
テキストに、今自分の実現したいこと、みたいなものを書いてあったんですけど、
一人になりたい、一人旅に出たい、って書いてあったんです。 当時は娘がまだ0歳で、今とは状況も違いました。
03:09
家族は大好き、そのために毎日毎日一生懸命頑張っている。 子供の命を守っている。
でも、誰にも呼ばれずに温かいご飯を食べたい。 自分のペースで過ごしたい。
洗いかけの食器の手を止めずに、それを全部最後までやり遂げたい。
時々子供から離れたい。 そう思う自分に、
私って冷たいのかなぁ、と感じることもありました。 一人になりたい、でも出かけられない。
それでいて、家のことや子育てを自分一人で背負っているようなね、孤独も当時は感じていました。
今回も最初から迷いなく泊まると決められたかって言うと、そうではありません。
ホテルはね、6月とかにとってたんですけど、直前まで迷っていたんですよ。 もうね、私らしいといえば私らしいんですけど。
でね、あのホテルのキャンセル期限が迫ってきて、ホットにね、 泊まったら大変だよね、って聞いたんです。
もうね、質問の中に私の予想が入っているじゃないですか。 私がいなかったら大変っていうね、前提がね。
そしたら、え、いいよ、泊まってきたら、せっかくだから、ってあっさり言われちゃったんです。
で、息子にも相談したら、うーん、ちょっと嫌だけど、まあいいよ、って言ってくれました。
ちょっと嫌な気持ちも、ちゃんと言ってくれたんですよね。 その上で、いってらっしゃい、って送り出してくれました。
以前の私は、断られることや、嫌な顔をされることを先にこう想像して、そもそも伝えられていなかったんですよね。
一人になりたいとか、ちょっと一人でお茶していきたいとか、そんなことすら言えていなかった。
今回は聞いてみて、出かけることができました。 そんな小さなこと?って思うかもしれないけども、なかなかそんな小さなことも難しかった時期があります。
そしてね、留守中、3人は、なんと3歳の娘も連れて打ちっぱなし、ゴルフの打ちっぱなしに行って、その後にお寿司を食べていた。
っていうことをね、息子から聞いたんです。
で、息子からは、お母さんがいないから、夕飯の買い物に行かなきゃいけなかったんだよ。
06:04
お母さんがいないから、お父さん料理作れないし、ご飯を買わなきゃいけない。
お金もかかったんだよ。って言われちゃいました。
なんちゅう報告だっていう感じですよね。
でも、普段はね、私がしていることを、私がいない間は、自分たちでちゃんとやっていってくれたんですよね。
そうそう、私の夫はね、料理ができないので、やっぱり私はね、ご飯の心配が一番だったんです。
で、私がいない時間には、3人のね、3人なりの過ごし方があった。
その話は本当に嬉しかったんです。
楽しく過ごせてよかったなぁ、とか、今回の一人旅は家族の支えがあっていけたなぁ、ありがたかったなぁ、ってね。
その後、ふと思いました。
3年前の私は、この話を同じように聞けたのかな。
ここで、鏡の中の僕の言葉が自分に帰ってきたんですよね。
見たいものしか見えない世界が一番怖い。
そして、私たちは見たくないものをなくすために生まれてきた。
といったフレーズが出てきます。
この言葉を私が読んだ時に、私はこの悲しみや孤独のようなものを思い浮かべていたんですよね。
その見たくないものっていうものが、そんな孤独のようなものをイメージしていました。
でも、自分に聞いてみたら、もしかしたらそれだけじゃないかも、って思ったんですよね。
本来であれば、もしかしたら私が見たかったものは、いいとされるものなのかもしれないな、っていうことなんです。
私がいなくても、笑顔で楽しく過ごせる家族を、私は見たくなかったのかもしれない。
そう思ったんですよね。
私がいないと困るでしょ。
私がいないとこの家は回らないでしょ。
その言葉の中には、心配も責任感ももちろんあったと思います。
でも実は、それだけじゃなくって、必要とされていることで、安心していた私もいたんじゃないか。
ちゃんと母親をやっている。
ちゃんと妻をやっている。
だから、私はここにいていい。
09:00
家族のために一生懸命やることが、自分自身も支えていたのかもしれません。
だから、私ばっかりと思うほどしんどい。
じゃあ、手放して、夫に任せて、害虫して、ってやればいい。
でも、その役割を手放すのも怖い。
それは、私が役割を果たすことで、私が認められているから。
家族の中で孤立しないでいられるから。
私はそんな不安と繋がっていたのかなって思ったんですよね。
母親としてちゃんとやることで、認められたい自分がいた。
もちろん当時の気持ちが全部それだったとは思っていなくて、
子供も小さかったし、実際に必要なお世話も小さい時ってありますよね。
ただね、家族のために手放せないって思っていたものの中に、
自分の安心のために手放せなかったものもあったのかもしれない。
そこに気づいたら、ちょっと苦しくなりましたね。
喉に石が詰まったような感じなんです。
夫を子育ての仲間として頼りたいと思いながらも、
私はどこかで任せきれていなかった。
そして子供に対しても、何度言ったらわかるの?何度言ったらできるの?と言いながらも、
私がいなくてもできることをどれぐらいちゃんと見ていたんだろうか。
できるようになってほしい気持ちは本当です。
早く朝支度をしてくれないっていうのも本当に困る。
でもね、自分でできるようになったら、
私が言わなくても全部自分でやれるようになってくれたら、
それって私の出番が減っていくっていうことなんですよね。母親としての。
それを寂しく感じたり、怖く感じたりする私もいるのかもしれないなって思ったんです。
これは任せられない人はみんなそうっていう話ではなくて、
私が自分に問いを向けたらそんな気持ちもあったかもしれないと感じたんです。
だからこれはあくまでも私自身の話として聞いてください。
見たくないもの。見たくないものって、
必ずしも誰が見ても嫌なものとは限らないかもしれない。
12:06
家族が自分がいなくても笑っている。子供が自分の手を借りずに生きるようになる。
喜ばしいはずの姿でも自分を支えてきた役割が揺らぐなら、見るのが怖いこともあるのかもしれない。
物語の言葉を私はわかったつもりで読んでいたけれど、
今回自分の暮らしに帰ってきて少し違う重さを持つことができました。
家族が楽しんでいてとてもうれしかった。
でも3年前の私を振り返ってみて、
以前はその姿を見たくなかったのかもしれないなって思うと、
母親として妻として自分を支えてきたものがグラッとするような感じもある。
だから私はもっと家族を信じて任せましょうとはまだまだまとめられないんですよね。
一人旅でリフレッシュしました、という話になるはずだったんですけど、
ずいぶん深いところまで潜ってきてしまいました。
今はまだこの気持ちをどう受け取ったらいいのかちょっと考えているところです。
皆さんにも家族に任せられてほっとしたけども少し寂しかったこと、
子供に自分でできると言われて嬉しいのに出番がなくなって戸惑ったことありますか?
もし話せることがあればコメントやレターで聞かせてもらえたらとっても嬉しいです。
今日も最後まで聞いてくださってありがとうございました。
また次の配信でお会いしましょう。
小春でした。
14:10

コメント

スクロール