ゲームと運の関係
今日も改めましてこんにちは。バロンです。
好き語る!好き語れの第4回を始めます。
まず今日は、こんな場面を想像してください。
ボードゲームの最終盤。
相手がダイスを2個振って、2つとも1の目が出なければ勝てるって状況。
その結果は、1が2つ出て負け。
でも、これって負けですか?
確率にして36分の1。
これは極端な例にしても、そう言いたくなる負け方、あるいは勝ち方はありませんか?
はい、というわけで今回のテーマは、ゲームに運って必要、です。
勝つためには、プレイヤーに運があることは必要不可欠なんですけど、
ゲームシステムとして運の要素が欠かせないものなのか、というテーマになっています。
まず、僕の結論から述べていきます。
僕は、すべてのゲームに運の要素が必要だとは思っていません。
でも、運やランダム性という裏切りを持ったゲームタイトルは、絶対に必要だと思っています。
つまり、ゲームは多様性の世界で、ゲームが全部一様になったら、
全部が全部同じ方向を向いてしまったら、マジでつまらない。
運のない実力ゲー、それもあり。
絶妙なバランスで運が絡むゲーム、それもあり。
運でめちゃくちゃになるバカゲー、それもあり。
そうやって、いろんなゲームがあることが大切だと思っています。
僕個人は、面白いゲーム、熱中できるゲームを作るためには、ランダムな揺らぎはとても重要だと思っています。
なぜなら、ランダムな揺らぎはリプレイ性を高めるからです。
リプレイ性という観点から見ると、台数を振るとか、初期配置が違うとかは、すごく機能を持つと思います。
将棋の苦悩と楽しみ
そして、変な言い方になりますけど、中毒性というものもランダムな揺らぎはもたらしてくれます。
もう一回ってさせるゲームは良いゲームで、ランダムな揺らぎはそういうもう一回をもたらしてくれるものだと僕は考えています。
それでは、将棋について語ります。
将棋は、僕にはいわゆる見る章の時期があって、HABさんのタイトル制のネット中継とかをよく見てました。
でも、自分で指すのは苦手です。
これはなぜかというと、僕が将棋をプレイすると最前種から外れていくという感覚に苦しむからです。
将棋を完全情報ゲームの代表にして話しますけど、将棋にはゲームの構造上、厳然と最前種が存在するんですね。
で、僕は未熟だからそれにたどり着けない。そうなっているのに僕にはわからない。
これが苦しい。実力ゲーは負けに言い訳ができないんですよね。
自分に実力がなかったから負けた。これがはっきりしているのがきつい。
こうなると、実力差のある相手と対局することを楽しめなくなる。
実力ゲーは、実力のきっこうしている対戦が楽しく、実力の近い相手を必要とするのは、実力ゲーのマッチングにおける弱点ですね。
それで、ここで見る章、観戦の出番なんですよ。
観戦すると、トップ棋士同士の切磋琢磨、いかに最前種という正解に近づくかを、これまたトップ棋士の解説付きで見れる。
自分が間違えることから解放されて、トップ棋士たちの知的研究、知的探求を共有できる。
対局を一緒に体感して楽しめるんです。
おすすめですね。ぜひ皆さんもそれぞれに合ったやり方で将棋を楽しんでいただきたいです。
麻雀の運と戦略
続いて、麻雀の話に入ります。
一方で麻雀ですが、僕は麻雀を見るのもプレイするのも好きです。
で、将棋を指すのと麻雀を打つことの何が違うかというと、
それは麻雀には運の要素があるから負けた時に運を言い訳にできるとか、そんな単純なものではありません。
まず麻雀には敗敗がありますよね。
一局ごとの初期条件が不平等です。
これは将棋でいうと最初のコマ、最初の戦力が違うってことになります。
今回は最初から龍がいるとか、逆に角がいないじゃんとか、
相手が天宝だったら自分の玉がいきなり積んでいるわけですから、麻雀の敗敗は残酷なまでに不平等です。
これが結構目の前の局面に集中させてくれるんですよね。
ラフにその回の敗敗を見て、どうするかなーって、その目の前の局面に集中することができる。
そして、相手の手配が見えなかったり、次のつも敗もわからないと、
そもそも見えない情報が多すぎて、人間の視点からは最前級が存在するとは思えない。
だからこそ自分が何を信じるか、何を選択するのかがくっきりする。ここが気に入ってます。
だから将棋と麻雀を比較してみると、ちょっと強い言い方になるんですけど、
僕は将棋は神様に近づこうとするゲームなんじゃないかと思っていて、
麻雀は神様に挑むゲームなんじゃないか、そんな風に考えています。
最後にボードゲームについて、軽くになりますがお話しします。
麻雀や将棋とその歴史を比較すると、ボードゲームの歴史はまだまだ浅いです。
麻雀や将棋に関する研究は進んでいて、これらは最適化がなされていっている世界だと言えます。
これに比べて、ボードゲームはよほど有名なタイトルでないと研究は行われません。
最適化はまるで進んでいない。
じゃあ僕がボードゲームの魅力が何であるかと言えば、ボードゲームはゲームメカニクスの最前線だということです。
僕はそう考えます。
なぜならボードゲームは人力で、プレイヤーに処理を任せることで、
ゲームシステムの練馬に、ゲームシステムを磨くことに集中的に取り組んでいるからです。
そこに全力で向き合っている。
ボードゲーム界では日々新たなゲームタイトルが発表されます。
麻雀や将棋界では日々新たな戦略や定石が生まれる。
未来は歴史を作る行為です。
過去の歴史を辿って、それに尊敬の根を抱きながら、
それでも僕らは台数を振る。
今日も試してみる。
試行錯誤を繰り返す。
こんな感じで麻雀、将棋、ボードゲームをテーマに語ってみました。
なかなか面白かったですね、僕は。
またやってみたいと思えるテーマでしたね。
よかった。
では次はコラムに行きます。
はいはいはい。またお会いしましたね。
コラムの時間です。
ここからはおまけという体で、僕が自由に話していきます。
今回のテーマは人間にとっての確実性と不確実性をめぐる問いになります。
基本的に人間は確実性を求めると思います。
例えば身近な例として、天気予報は100%当たってほしいですよね。
明日の天気が分かれば予定も立てやすいし、服装も決められるし、傘がいるかどうかも判断できる。
明日の天気が分かるだけで、人間の幸福度はかなり上がると思います。
これを技術的な、科学的な試みにしたのが、小読みだと思います。
小読みがあることで、毎年の作物がしっかりとれたり、季節の冬の備えとか夏の暑さの対策とかもできる。
おそらく人の動きより天体の動きのほうが確実なので、人間がそれを知ることでそれに合わせることができた。
人間の生活がより確実性のある生活になることができたという試みなのではないかと、そんなふうに考えています。
こう考えると、確実性のほうが大切という結論になると思うんですよ、人間にとって。
不確実性なんて確実じゃないことなんていらないじゃんってなると思うんで、
じゃあ人間にとって不確実性がいるものなのか、いらないものなのかというのを考えたいと思います。
で、僕の考えは現状を続けていく、現状を維持していくなら確実性が万能というか正解だと思います。
でも人間って安定を求めるとともに現状に満足できないのが人間的ものじゃないですか。
だからそういう観点からすると不確実性も必要なのではないかと思っていて、
これが一番出るのがイノベーションが起きるときではないかと考えています。
イノベーションっていうと成功したものを後からあれってイノベーションだったよねみたいになるけど、
これからイノベーションを起こすというふうに捉えると不確実性は大事なのではないかと思っていて、
イノベーションっていうのは不確実なところから不安定な環境から生まれやすいと僕は考えます。
科学的イノベーション、テクノロジーとしてのイノベーションも、個人イノベーション、一人の人生の中でのイノベーションも、
社会的なイノベーション、社会で起こる大きな変化もそうだと思います。
何て言うんですかね、確実性は定数、定まった数だと思うんですよ。
常に同じ結果が出る。安定した結果が出る。
それは良いことではあるんですけど、常に同じ結果を生み出し続けるので変化をもたらさない。
一方、不確実性が何かというと、今回のテーマに沿って言うと大層振る行為に似ているのではないかと思います。
何が出るかさえわからない大層を振って、その目がどういう意味を持つかさえわからないその目を、
その目が何を成すのかという、そういう行為なのではないかと僕は思います。
それでも僕らは大層を振る。
そんな感じですね。これでいいのかな。わからないけど。こんな感じにしておきます。
というわけで、第4回。麻雀、将棋、ボードゲーム。
ゲームに運って必要、それでも僕らは大層を振る。をお届けしました。
聞いていただいてありがとうございました。
よかったらまた次回もお会いしましょうね。