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おはようございます。そらめぐの「明日はきっと晴れ。」 コーヒーとチョコレート、そして歌が大好きなそらめぐこと、ライフデザインコーチの砂川めぐみがお送りします。
今日の言葉は、無、です。
ことばの地図シリーズでは、ご縁のある人たちから寄せてもらったそれぞれの大切な言葉を、人生の地図に残る言葉としてご紹介しながら、その言葉から私が思い浮かべた景色や感じたことをお話ししています。
あなたの言葉に景色を添えて。
それでは、今日の言葉の地図を開いてみたいと思います。
今日ご紹介するのは、無、です。
今回はいつものような、大切にしている言葉とは少し違うかもしれません。
この言葉を届けてくれたのは、私の大切な友人の一人です。
今回、大切にしている言葉を教えてほしいとお願いしたとき、今、何やろうな、人によって違うから、これというのはすぐに浮かばない、と返事をくれました。
それを聞いたとき、私は以前彼女が話していたことを思い出しました。
無になるということ、何も考えないようにする、そんなふうに話していたことがあったんです。
それを思い出して、無でもいいんじゃないかな、と伝えてみました。
すると、無でよかったのね、と返ってきました。
そして、なかなか無にはなれないけど目指すところですと、
私はこの言葉を読んで、無というのは最初から何にも揺れない状態ではなくて、揺れながらもそこへ戻っていこうとする感覚なのかもしれないなと思いました。
そして、彼女が最後に送ってくれた言葉がとても印象に残っています。
何者でもなく、空気のような、風のような、そんな存在でいたいと思っています。
この風のようなという言葉を読んで、私は4年前のことを思い出しました。
6月の終わりに、彼女と2人で伊勢の月読みの宮を訪れたことがあります。
その時、大きな木のそばで、いつか空へ帰った時、ここで会おうね、なんていうことを話したことがありました。
風になって、またこの場所に戻ってくる。
そんなふうに思うと、不思議と怖さよりも、心の奥にすっと心地よい風が吹いたような感覚がありました。
そして、少しだけ強くなれたような気もしました。
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今回、彼女が空気のような、風のような存在でいたいと書いてくれたことで、
あの日の記憶と今回の言葉が一つにつながったように感じました。
そして、私の中の無という言葉に、新しい景色が開いたようにも感じました。
その後、もう少し彼女の無について聞いてみました。
彼女が無に近づけると感じるのは、花や木々、星や月、空を眺めている時、
子どもたちの音楽を聴いている時、そして写真を撮っている時なのだそうです。
写真を撮る時は、無のものにスポットを当てるから、自分もその無のお裾分けをもらえるような感じがする。
そんなふうに話してくれました。
私はこの無のお裾分けという感覚が、なんだかとっても素敵だなと思いました。
無になるために、必死に頭の中を空っぽにしようとするのではなくて、
花や木々を見る、星や月を眺める、空を見る、音楽を聴く、写真を撮る。
そうやって自分の外にある静かなものに目を向けているうちに、
自分の中で忙しく動いていたものが少しずつ静まっていく。
無は自分で無理に作るものではなくて、自然や音楽や景色からそっと分けてもらうものでもあるのかもしれません。
そんなふうに感じました。
無というと、何もないこと、空っぽであること、そういう意味にも聞こえます。
でも、彼女の言う無は、何もないというより、何かになろうとしすぎないことなのかもしれないなと私は思いました。
誰かに認められるための自分、ちゃんとして見える自分、役に立つ自分、期待に応えようとする自分、
そんな何者かであろうとする力を少し緩めてみる。
すると、ただそこにいる自分が残る。
そんな感覚なのかもしれません。
もちろん私たちは日々いろんな役割を持っています。
仕事をする自分、家族の中の自分、誰かを支える自分、誰かに頼る自分、そのどれも本当の自分です。
でも、役割を一つずつ外していった先に、肩書きも立場も評価もなく、
ただ呼吸をして、ただそこにいる自分がいる、彼女の言葉を聞いて私はそんなことを思いました。
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そして、空気のような、風のようなという表現も、とても彼女らしいなと思いました。
空気はそこにあるけれど主張しません。
風も形はないけれど確かに感じることができます。
強く吹く日もあればほとんど感じないくらい穏やかな日もある。
でも、なくてはならないものです。
私は何者でもなく空気のような、風のような存在でいたいという言葉の中に、
目立たなくてもいい、大きく見せなくてもいい、ただその場に自然にいられたらいい、そんな願いがあるように感じました。
この言葉から私が思い浮かべたのは、大きな木のそばを風が静かに通り抜けていく景色です。
葉が少し揺れて、木漏れ日が動いて、風がそこを通ったことだけがわかる。
風そのものには形がないのに、葉の揺れや空気の変化でそこにいたことがわかる。
そんな景色です。
そして、もう一つ思い浮かべたのは、広い草原の景色です。
空が大きく広がっていて、草が風に揺れています。
誰かが何かをしているわけでもない、目立つ建物もない、ただ風が通っていく。
草が揺れる、雲が流れる。
その景色の中にいると、何かをしなくてはという力が少しずつ抜けていくような気がします。
そして、窓を開けた部屋に柔らかな風が入ってくる景色も浮かびました。
カーテンがふわっと揺れて、空気が少し入れ替わる。
何か劇的なことが起きるわけではありません。
でも、そこに新しい風が通ることで、少し呼吸がしやすくなる。
そんな景色です。
私は、無というのは感情をなくすことではないのだと思います。
イライラしてもいい、落ち込んでもいい、考えすぎる日があってもいい。
その自分を責めるのではなく、少しずつ余分な力を手放して、元の自分に戻っていく。
そんな感覚なのかもしれません。
今回の言葉が、指し示している方向を私なりに表現するなら、
何者かになろうとする力を少し緩めて、ただ自分としてそこにいるということなのかもしれません。
何かを成し遂げたから価値があるのではなく、誰かの期待に応えたからここにいてもいいのでもなく、
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ただここにいる。呼吸をしている。風を感じている。
それだけの自分に一度戻ってみる。
それもまた、自分を整える一つの方法なのかもしれません。
完璧な無にならなくてもいい。
ああ、ちょっと今力が入っているなと気づいたときに、花を見る。空を見る。
音楽を聴く。写真を撮る。少し風を通すように自分を緩めてみる。
それぐらいでいいのかもしれません。
それでは最後にあなたに問いを。
今のあなたはどんな何者かになろうとして少し力が入っているのでしょうか。
その役割や肩書きをほんの少しだけ脇に置いたとしたら、そこにはどんなあなたが残りますか。
そして今日、あなたの心に少し風を通すとしたら、何を眺めてみたいでしょうか。
今日ご紹介した言葉は無でした。
あなたの言葉に私が景色を添えていきます。
聞いているあなたには違った景色が見えたり、違った音が聞こえてくるかもしれません。
この放送を聞いて感じたことや、ふと浮かんだ気づき、あなたの中に見えた景色や音や音楽があれば、コメントやレターで届けてくださるとうれしいです。
コーヒーでも飲みながらゆっくり聞いていただけますように。
それでは今日はこのへんで、明日はきっと晴れ、そらめぐでした。
また次回お会いしましょう。
空はどこまでも自由。晴れの日も曇りの日も雨の日もあります。
でも心のどこかで、明日はきっと晴れ、そう思えたなら、また一歩を踏み出せる気がします。
この番組では、日常の中にある小さな幸せや、心が少し軽くなる言葉、人生を豊かにする気づきの種をお届けしています。