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おはようございます。 エピソード126番外編 汝、星のごとくを読んだ感想をお話ししたいと思います。
あのですね、こうすごいいきなりギブス、巨人の星、星。
タイトル、タイトルがそういう感じか。そっか、なるほどね。巨人の星だからね。
全然内容は違うんだけれども、この小説自体は、
えっと、なぎらゆうさんっていう方が書いておりまして、
えっと、書いておりましてね、ちょっとこう、一人の男女、あ、カップルか。
カップルの17歳ぐらいから、思春期から35歳ぐらいまでを、結構時系列で持っていって、
恋人の状態から、えっと、別れて他の人とくっついて、またどうのこうのみたいな感じで、
10年以上追っているわけ、その2人の関係性を。
2人の関係性を10年以上追っていて、なおかつ小説の切り取り方とすると、
主人公の女性が秋美さんって方で、彼氏がカイ君っていう、
秋美さん側とカイ君側で、それぞれ同じ事象に対しても、
その時自分はこうだったとか、ああだったとかっていうのが、交互に織りなされていくんだよね。
ストーリーとして。
だから、それを追っていくだけでも、物事って事実と解釈っていうのが非常に分かるストーリーだし、
あと人間は環境の動物っていうのが、2人ともそもそも惹かれ合ったきっかけが、
どこ親みたいな感じで、母親が男にだらしがないとか、
自分で自立できてない母親であるんだけれども、
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カイ君のお母さんはいつもスナックのママかなんかやってて、
いつも男をとっかえひっかえみたいな感じで、
次こそ私はこの人で幸せになれるかなっていう、夢見る夢子ちゃんみたいな現実を
ずっと見ない、現実逃避をしながらずっと生き続けている。
次のこの人だったら私を幸せにしてくれるんじゃないか、
次のこの人だったら、みたいなことをずっとしている中で、
もう10代の時からその母親を支えて大人ってっていうことを見ながら来てるカイ君ね。
で、あきみちゃんの方はあきみちゃんの方で、お父さんが不倫をしていると。
不倫をしていて、それが不倫もしかも、母親も相手を知っていて、
週の半分以上家に帰ってこない父親みたいのを10代の時に経験してるみたいな。
それでその夫婦関係ってみたいな。
あきみちゃんのお母さんも、お父さんがこうだから私が幸せになれないとか、
そこでじゃあ、そんなことされてまで夫婦の関係性をなぜに保っていくのかっていうところでさ。
でも子供、自分の存在がこの破綻している夫婦関係を取り持っているっていうのが、
もう自覚症状があるわけだよね。
で、その彼女自体も、そのお母さんの精神がどんどん崩壊していくのを見ていて、
いわゆるヤングケアラーっていう形で、
母親の介護っていうかさ、ずっと10代の時から自分の人生を生きたいけれども、
母親が大きくのしかかっていて、自分の人生をなかなか生きられないみたいなことをずっともがき続けてるみたいな。
あ、映画があるんだこれ。
え、これっていつ映画?これから映画?
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これこれ開いちゃったら音鳴っちゃったりするかな。
これから映画なのかな。
で、その物語の中ではさ、ちょうど一緒にかいくんがお仕事するパートナーがトランスジェンダーだったりとか、
なんか結構いろんな立場の人たちがいろいろ工作をしていて、
え、今年の秋公開なんだ、なんと、なるほど、だからあれだったのか。
オーディブルでも結構ね、注目みたいな感じになってたんだよね。
でも確かに、このストーリーでその2人の人生を追っていくことによって、
正しさとは何ぞやとか、2人が出会った町っていうのがすごく田舎町でさ、
その田舎町だと、誰と誰が付き合ってとか、誰と誰が不倫しててとかっていうのが、
ネタがないから、それがワイドショーじゃないけれどもさ、
みんなが知ってるみたいな、すごく人間関係が近しい分、すごく行きづらいというか、外野がうるさいみたいな。
それがその温度感、距離感が好きっていう人もいるかもしれないけれども、
その町の常識みたいな、村の常識みたいなところがすごく圧力があって、
その中ですごく生きるのが苦しい。その枠から外れたい。枠から外れたい。
もしこの親じゃなかったら、この環境じゃなかったら、私はどんなふうに…とかっていうのが、
その葛藤の、それぞれのカイ君と脇美ちゃんの葛藤の様子を10年以上追ってるストーリーだったわけですよ。
で、何だろうなぁ、普通に読んでもらうと分かるんだけどさ、
なんかね、器用じゃないんだよね、二人とも。
二人ともなんかめっちゃ不器用だなぁ、みたいな。でも優しいのよ。
優しいから、大人がさ、自分の親がやってるしょうもないこととかも、
自分の実の親がさ、年中子供にお金貸してくれって言ったりとかさ、
必死で自分の親を支えるために、少ない給料の中積み立ててきてたお金をさ、
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信仰宗教に使っちゃうとかさ、変なものを買って、それでお祈りしてるから許してとかさ、
なんかもうさ、はぁー、みたいな。そんな親捨てちまえ、みたいな。
そんな親になんでそんなにがんじがらめになって、そんな縛られてる。
そんなの、もうさ、とっとと自分の人生生きろよ、みたいな。
あのー、なんだろうな、もうね、見てて歯がゆいっていうか、
え、なんでそこでそこでじっとその大事な若い20代、そこで時間使う?とか、
え、なんでそこでそのまま叫びたりになる?とか、なんか、あのー、
もう、え、なんだろうな、もう、ここで軌道修正ってか、ここであれしたらこんななんかこう、
あのー、地獄みたいな時間、もっと短い時間にできたよね、とか、
私が今、いぶしぎんの年齢だからかもしれないけど、皆さんがそれを読んでどういうふうに思うかわからないけど、
でも結局、ガイアがこう、もっと器用に生きればいいのにとかじゃないけど、
もっとこういうふうに生きたらもっと楽になるのにとか、もっと自由になれるのにとか、
あのー、ね、なんかテーマとするとさ、自立っていうところがすごく流れているなと思ってて、
自立と依存?
そう、で、そのさ、依存と自立って自分の中で距離感みたいなものをしっかり持ってないと、
自分で自分の人生の舵取りができなくなっちゃうんだなーっていうのが、
あのー、複数人の人生が交わっているのをこの小説の中でね、追ってるのを見て、
めちゃくちゃよくわかる。
で、これが絡み合いすぎちゃうと、
なんか、もうここ、私はこれしかないっていう閉塞感っていうか、
特にこの田舎のさ、地方都市とかだとさ、
もうあなたはこういう人でしょってレッテルを張られると、そこから抜け出すのっていうのが非常に重たいんだよね。
もうそこからそういうふうに見られちゃってるから、そういうふうに生きたほうが楽じゃないけど、
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私の内側はそうじゃないんだけど、外側でそうやって楽園みたいなのをされちゃってる中を反発して生きるっていうのは、
非常に居心地が悪いんだけど、居心地が悪い中でも、そこでゼとして生きてしまうと、
あたかも中身の自分はそうじゃん、本来はそうじゃないんだけど、私はこうなんだっていう思い込みが発生する。
で、思い込みが発生しちゃって、なんかそこから別に全然そうじゃなかった。本来そうじゃなかった。
本来あなたってそういうキャラじゃないですよねっていうのは自分はわかってる。でも周りはわかってないっていうところで、
どんどん本来の自分から遠い自分の人生、それが母親っていうところだったりとか、
母親がこうだから私はこういう道でしか生きられない。私はこうしかないんだ。
母親を選べたらとか、父親はこうじゃなかったらとか、そういうのがめちゃくちゃ渦巻かれてるんですよ。
思い起こす小説とか、ここ何年も読んだことないかもしれない。20代まで読んでた。
ツッコミどころ満載。ツッコミどころ満載すぎる感じなんだけど、
でもこれっていうのは小説でそれぞれの立場の中身を開示してる感じで書いてるからツッコミどころ満載なんだけれども、
でも実際の現実問題とすると、私たちって常にこういうことを日常でいっぱいやってるんだよ。
いっぱいやってる。それを出してないだけで。
今の知恵を持って20代とか戻ったらどうなるかなって妄想します。
いなかって40歳になっても小学校でお漏らししたAちゃんって言われ続けるみたいな世界線ですよね。
本当にね、それもそれで平和だなと思うんだけど、
そこでここの本のテーマとすると、自立と依存っていうのと、
あと愛の形みたいな、結婚の形とか、人の情みたいなところが形状を恋人とか別れたとかっていう風になってて、
ずっと主人公のあきみちゃんとかいくんの間に2人は常に17歳の時からずっとお互いの存在を意識して、
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お互いの存在がずっと常に頭のどこかにありながらずっと生き続けているんだよね。
その状態のまま他の人と結婚したりとか、他の関係性があるっていうのも、
その相手側の方もその頭の中までコントロールすることってできないじゃん。
それがあるっていうのも口に出さなかったとしても、
誰かが誰かを思う時に自分以外の人ですごく大切にしているものがあるなとか、
そういうのは言わなくても人ってわかるじゃない。
それを許せないっていう風になったら付き合えないし、
そういうのも全部ひっくるめてあなたを受け止めますよっていう人とかもこの物語の中では出てくるわけよ。
みんなデコボコしててさ、みんないびつの中でお互い支え合うみたいな。
いびつさすらも最終的には愛おしいっていうところまで消化させていくのね、このストーリーがね。
だからこのストーリーが映画化されるっていうのは誰が話すのかわからないけど、
なんかねすごく人間らしいというか、不器用なんだけれども一生懸命自分の中の光というか、
もう私ってしょうがないこんな状況でもやっていくしかないのね、なんでここでこんなことが起こって、
なんで私がこんなに借金だったりお母さんの介護だったりとか、
なんで全部引き受けなきゃいけないんだよって思いながらも全部を受けて、
それをよしとしながらも、でもやっぱりちょっとどこか違うところに希望があってさ、
希望がどこかあってね。
だから多分このタイトルがさ、暗闇の中で真っ暗な中だけど光、星っていうのは何だったのかみたいなのをずっと求める人生を表して、
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なんじ星のごとくってタイトルにしたのかなっていうふうにね思うんだけど、
最初のシーンと物語の最初のシーンと最後のシーンが現実とすると同じようなシチュエーションなんだけど、
見え方が全然物語を読んでた人が、表面は全く同じような現実なんだけど、見え方が全く違うんだなってわかるストーリーになってるのよ。
ちょっと私のこの言葉だけじゃ全然伝わらないかもしれないけど、
お時間があって久しぶりに小説でもとかって、こういうストーリー読んでみたいなっていう方は一回ちょっと読んでほしいかも。
最後に、人間ってこういうことを味わえたりするから生きててよかったとか、こういうふうに自分が光を捨てなかったら成長できる。
レベルアップ、バージョンアップって確実にしていくから確実にバージョンアップはしてって遅くてもね。
不器用でもね。自分がその希望を捨てなければ、投げ捨てなかったらバージョンアップは確実にじりじりとでもしていって、
でもそれが積み重なると10年とか10何年とかで、全く違う心持ちであんなにガサガサしてた10代の内側が、
こんなに薙ぎの状態というか、静かにこれが私の幸せですっていう自分の中の納得感みたいな、
自分で選べてないところから選べるようになった後の清々しさみたいなのが、
よく頑張ったねっていう感じのストーリーで、何とも言えない温かい感情に最後聞き終わってなったんですよね。
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でももうちょっと、もうちょっと器用にというか、もうちょっと、
まあでも彼女はこの生き方しかできなかったのかな、このタイミングだったのかなっていう気はするけど、
でもそうはいえこの物語の最後とかっていうのは30何歳、まだ全然若いからね。
全然若いから、全然これから先の人生っていう感じだと思うんだけどさ。
でもなんかちょっと切なさと、やっぱりなんかこの選んだ道を正解に、
淡々とやっていく主人公の強さと真の強さみたいなものにはすごく共感できるところもあったし、
これを娘が読んだんだっていうのもちょっと、
で、良かったからママもっていうのも、
感慨深いというか、何とも言えない気持ちになりましたね。
日常可視化したのは自分も突っ込みどころ満載すぎると思います。
そうなんだよ、みんなそれぞれのストーリーがやっぱり人生ってあるからさ、
やっぱりこういうの久しぶりにちょっと、結構ビジネスショーを聞いたりすることが多いんだけど、
久しぶりに小説を聞いて、
なんかちょっとじわーっときてしまって、
同じ彼女の本を他のも聞いてみようかなーっていう気持ちになりました。
ということで今朝はちょっと番外編。
番外編、何時星のごとくを聞いてのちょっと率直な感想をお話をさせていただきました。
ちょっとね私の腕の手首の状態も、
もう今週はまだ一回も病院に行ってないの。
もう病院行ってる場合じゃねーって。
もうとりあえず固定されちゃうと手首が動かせないっていうので、
ひたすらやってるうちにどっか麻痺ってきてて、
ちょっと手首が動かせるようになった気がするっていう状態でございます。
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のでちょっと今日もこの勢いで作っちゃおうと思ってあります。
今朝もご視聴いただきましてありがとうございました。
金曜日はノートを公開する日ということで、
今日は自分の物語を書いて、
今日はノートをまた公開したいと思います。
今朝もご視聴いただきましてありがとうございました。