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おはようございます。エピソード、エピソードいくつ? エピソード249、何もない誕生日、いや違う、なんでもある誕生日。
ということで、今朝はお話をしたいと思います。 皆さん、理想の誕生日ってどういう誕生日ですか?
理想の誕生日とかありますか?
あのー、基本ねー、
あんまり私、誕生日に関してめちゃくちゃすごく
誕生日さ、すごい思い出深い誕生日って
あんまりないかな。 今一生懸命思い出してる。
結婚して、 結婚してからは
子供ができてからとかは、結構誕生日は子供たちがお祝いしてくれるとかっていうのは
あるけど、 なんか誕生日に何かを、よく最近ね、企業家さん界隈とかだとさ、
誕生日だとさ、生誕祭みたいにあったりする人とかいるじゃん。
ねー、 あのー、
キミミョン、キミミョンは生誕祭してたね。 そうそうそうそう。
20代ワクワクしてやりたいこともたくさんあったけど、 社会に出て人間関係に悩み始めた。
女性の多い社会は面倒。 元看護師、そっかそっか。
デコちゃんは看護師さんだったんだねー。 生誕祭やったね。あ、マリモちゃんも生誕祭やったんだ。
そうなんだ。 えー。
いやお誕生日会とかみんな来てみたいなことっていうのは、 それこそ前ここでも話したことがあるけれども、なんかドイツは
自分で誕生日をこう、みんなに振る舞うみたいな。 誕生日プレゼントをいただくっていうか、誕生日プレゼント、
誕生日の日にみんなにプレゼントするみたいなのがあって、 あの私の憧れのお姉さんは、
50歳の誕生日の時に、そういうことをしてて、 私は招待されたんだけど、もうすごい
美味しい料理ともてなしを、 誕生日にしていただくことがあったんだけどさ、
あのー、 そう私もそういうことができる
50歳になりたいっていう風に、 あの40、
あの時40代違う、30代かな。 10歳以上離れてるもんね。
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そうだね、30代の私はそうやって思ってたんだよね。 そうだ、思ってたんだ。
思ってたんだけど、 まだその
夢みたいのは成仏されてない。 だからこれからだね。
まだそのタイミングは、まだ我には来てない。 だけど、
でも、にじり寄ってはいるの、ジリジリと私。
ジリジリと誕生日に自分の人生に関して、 誕生日とかさ、あのー、
新年とかさ、そういう時って、こう、振り返りやすいよね。 振り返るのにとてもいい、
いいタイミングだなって私は思っていて、 で、
まあ、あの、
誕生日、 いろんな誕生日があってさ、
誕生日だからこう、 御主義的な感じで、あのこう、
こういうことをしてくれみたいなことを、 毎回毎回、あの、
SNSとかで言う人もいたりとか、ね?
そう、そういうのを見て、2年前の私は、
もう絶賛なんかこう、ちょっともう、 もう、うつうつうつじゃないけど、
この先どうするよ、みたいな状態になってて、
夫婦間とかね、家族とかね、 そう、一回そこをもう一回崩壊させるってことをやってたから、
で、その時に、いやもう本当に自己肯定感が、 もうダダ下がりしてて、誕生日の時に、50歳の誕生日は、
なんかそういう憧れのお姉さんとかがあったから、 晴れ晴れしく50代を迎えるジャジャーン!みたいなことをやりたかったんだけど、
全然50歳の誕生日そんな気持ちになってないですよ、 私、みたいな。シナリオ通り言ってないですよ、みたいな。
だからそれを、でも正直に、 いや私こんな50歳、50歳になったんだけども、
もうなんか、 私自分のいいところが全然わかりません、みたいな。
私のいいところ教えて!みたいなことをね、 あのね、
フェイスブックで教えてもらった記憶があるんですよ、そう。
ね。 私もこだかに誕生日って苦手なので、その日あさかつ参加しなかった。
みほみほちゃん。 わかるわー、わかるわー、そうねー。
そうなんだよね。 なんかさ、
その、 誕生日もさ、
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いろいろ、 いろいろっていうか、
おめでとうじゃん。おめでとうだし、 この世に生を与えてくれてありがとうっていう時じゃん。
自分が親になってさ、ほんと思うけど、 子供の時、子供を産んだ瞬間みたいなっていうのはもう、
ハイライトなわけよ、人生にとっての。 こんなことがあるんだって。
初めて長女を産んだ時はさ、 産んだ後さ、何回も、
女参院だったからさ、双子の時と違ってすぐ取り上げられて、 NICUに連れて行かれるとかじゃなくてさ、
産まれた後、すぐもうずっと隣に、 置いてくれてるわけよね。
手帳の保育器みたいなとこに入ってないで、隣に長女はさ、 産まれた瞬間から隣にいて、
で、私はさ、自分のDNAを受け継いだ、 ついさっきまでお腹の中にいた子が、
出てきた!みたいな事実に対して、もう本気で信じられなくって、 信じられないってすごい一生懸命5時間くらいかけてさ、
苦しい思いして産んでるんだよ。 産んでんだけどさ、でも隣にあの小っちゃい子がいるんですけど、
赤ちゃんいるんですけど、本当に出てきましたね、みたいな。 何回も振り返ってじゃなくて、何回も横を見て、
本当にいる! 本当に赤ちゃんがいる!みたいな。
あの、確認した記憶は、
あの、いや忘れられないっていうかさ、なんか信じられないみたいな。 信じ難い現実ですね、みたいな。
そんな記憶ありません? 母の皆様。母の皆様はそんな記憶ないですか?
ね、一番感謝されるのは、命懸けで産んでくれた母。 いや本当にさ、
本当にそうだと思うわけですよ。 なんか本当に、
なんか、 あんなに大変な思いをしてくれて、産んでくれてありがとうございますっていう、
ね、 ところだなぁっていうふうに思ってて。
で、じゃあ今年に関しては、あのその2年前の私。 私のいいところ全然見つからないから、
あの教えてくださいって泣きついてた2年前と、 じゃあ52チャイになった私なんですけど、
どうなのよ今年!みたいな。 とこです。お気持ち的には。
そう。 1年経ってば毎年誕生日をやってくるわけですよ。
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出生10万人あたりの、
妊産、
妊産婦死亡率、 約3.5から4.6人。
そうなのね。 そんなんなんだ。
そっか、そうだよね。ゼロじゃないもんね。 ありがとう、みもみもちゃん教えてくれて。
はるちゃんはちょこおめでとう生まれてくれてありがとうってわかるわーって横に 寝る息子をしばらく眺めて、
えーっと私はそして何をすればいいんだ?と一人で。 クエスチョンだったのを覚えてる。
いやー、そうだよね。
日本はこれでも世界では少ない方…いや本当にそうだよね。
本当にそうだよね。 いや私はさ、なんか初めての
お産の時に、
女産院で 経験させていただいて、なんかよりさ、
人工的なものを少なくして、よりこう本当にこう、人が人を産むという体験というものはどういうものなのかをめっちゃ体感したいと言う
希望での、 希望での選択肢が女産院だったんだよね。
それでね、娘を産むときにさ、初めてだから全部わかんないわけよ。
全部わかんなくてさ、で、なんだったらさ、そのさ、腎痛すらもわからなかったからさ、
ね。 腎痛がこんなに痛いものなんだっていうのもわからなかったし、
腎痛の痛みをどうやって逃がしたらいいのかっていうさ、
あの、痛みを抑えるものとかも打たないわけじゃん。
女産女だから。もう痛すぎて体を思いっきりよじったりとかさ、なんかこう、
なに、ビーズクッションの上にこううつ伏せになったり、仰向けの方が楽なのか、うつ伏せの方が楽なのか、
斜めの方が楽なのか、立ってる方が楽なのか、何なん、寝てるのが楽なのかみたいな、
あらゆるフォーメーションをしてみてさ、でもどうにも腎痛の痛みがもう逃がせなくて、
声を上げた方がいいのかとかさ、いろんなことをやったよね。
あ、増美ちゃんありがとう。ありがとうございます。
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そう、なんかそんなことをしたりとかして、でも、なんかそのさ、下からさ、娘を生み出さなきゃいけないのに、
生み出さなきゃいけない時に、なんかトイレに行きたくなった体験ありません?みんな。
なんか、あの、やばいぞっていう、私この話って誰にも話してないかも。
こんな話は誰にも話してないかも。
てか、こんなことを誰にも聞いたことはないんだけど、あの、わかります?
あの、出産で子供を産み落とさなきゃいけないのに、えっと、ちょっと、おトイレ、尿医が、みたいな。
結婚したくなってきちゃったんだけど、どうすればいい、え、どっち?
どうするの?みたいな。
私も病院じゃなかったからわかるわ、頭出るまでトイレで生きんでた。
トイレに行きたくなる感覚わかります?出産は痛みの終わりがあるから耐えられた。
大魔王ちゃん神妙になる。
いや、そうだよね。男性はさ、男性と女性とちょっとさ、
神妙にならなくていいんだけど、面白い。
力をどうしたらいいかがわかんなくなって、
で、真剣にね、これは、えっと、トイレを我慢していいのか、
もし、出る場所が違うけど、
えっと、トイレに行って、行った時に、
もしその時に、えっと、赤ちゃんも出てきちゃうみたいなことになったら、
どうしちゃうんだろう?みたいな。
どうしちゃうんだろう?みたいなことを、
はるちゃん思わなかった?思わなかった?
私なんかそれ、その前途のさなかにトイレに行きたかった時に、
あの、恥ずかしすぎて、それをね、恥ずかしすぎて、
助産師さんに言えなくて、
トイレはいいのよって、頭半分出てる状態でトイレから部屋に移動。
あとは、布団の上で旦那に捕まり、立ちひし膝で産み落とした。
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すごいね。すごいね。
後輩はトイレで出産になったのよ。
本当?本当?
そっか、そういうこと?
いや、私はそれでなんか、ちょっともうなんか恥ずかしくて、
え、どうしようって。
だってさ、なんか、えっと、
トイレに行ってる時に、赤ちゃんが出てきちゃって、
赤ちゃんが尿まみれで出てくるとか、そんな悪くないことがあるのかな、みたいな。
え、そんなことがあったら、
私、一生娘に恨まれちゃうんじゃないかな、みたいな。
それは私としても、
もしそんなお産になったら絶対に、
いやすぎる、いやすぎるんだけど、
えっと、どっちが先?みたいな。
助産師さんもトイレは産みやすくていいのよって言ってた。
そして、模様してしまうのもすごくわかる。
助産師さんの到着間に合わず、旦那と幼児がカジワの馬鹿児から発揮して連帯してくれたって。
ねえ、そうだよね。そういうのも、
そうだね、あの、あるよね、あるよね。
私もトイレで試した。
あ、増美ちゃんも?増美ちゃんも?
え、そうなんだ、そうなんだ。そっか。
私もだから、そのシチュエーションがどんな風になるのかが全く想像つかなくて。
だって尿道とさ、チッツから出てくるの全然違う。出てくる場所が違うじゃん。
違うけど、でもさ、なんかさ、うーん、
そういうのとか一瞬にして頭がぐるぐるになってパニックになったりとか、
あ、やばいとかって。で、私はもう恥ずかしくて言えなくて、その時。
言えなくて、でももう恥ずかしいとか言ってられないぐらい我慢ができなくなって、
それで、それで助産師さんに打ち明けた記憶がめちゃくちゃある。
あの、で助産師さんが笑いながら、もう大丈夫ですよみたいな。
どっちになっても大丈夫みたいな感じで、あの、言ってくださってね。
そう、言ってくださったんですよ。
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それで安心して、あの、トイレに行けたっていう過去があるんだけど。
何のカミングアウトだっていうね。何のカミングアウトだって感じだけど。
ね、なんか、あの、水中すっさんもね、私もね、検討、検討しましたよ。検討しましたよ。
ね、いや、本当の本当は海で産みたかったの。でも高齢になったから諦めた。
いや私もさ、なんかより自然なお産ってどんなんだろうってなった時に、
えっと、川が出てきて、川で産んでるアメリカ人の女性がいてさ、
でも本当にさ、あの、分かりやすく、なんか、
それこそ私があのベトナムに行った時にメコン川に棒が2本渡ってて、
そこがトイレですよって言われたみたいに子供を産むの?みたいな。
そんな、そんな川でどんぶらこ、その女性はもうちょっと浅いところだったからさ、
メコン川のトイレほど深くはなかったけれどもね。
でも、なんか、あの、ね、そんなこともいろいろ、いろいろ想像したりとか、
やっぱり初めてのことって分かんないからさ、いろいろ調べるし、
なんか自分にとっての、出産とかって何が一番いいんだろうって理想の誕生日。
そういうのって思ってたりとか、私もしたから、親もそういうふうに思ったりしたのかなと思ったりね。
初めて、ういさんはね、とにかく分からないことだらけだもんね。
そう、分からないことだらけだから、人生変わるよね。
いや、私は、私は変わったんだよね。
えっ、こんな、こんな恥ずかしいことを超えてみんな母になってるのね、みたいな。
ふーん、みたいな。ふーん、みたいな。
体が裂けます、みたいな感覚をね。
めちゃくちゃ衝撃の長女だったからさ、ね。
そこから、そこからの。
ね、だから自分の誕生日よりかは、じゃあ子供たちの誕生日の方が、すごく記憶にはやっぱ誕生日ってあるよね。
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だからその、そういう意味では、自分の誕生日に関しては、誕生日はこうしよう。
30歳までにはこうしようとか、40歳までにはこうしようとか。
なんか、うん。
なんかそういうの、なんか十の節目みたいな、なんとなくそういうのはあったかな。
うーん、あって。
なんか、全部その、あのゾロ目の節目は、うーん、理想通りにはあんまりなってない。
あって、なってないね。
うーん、振り返ってみるとね、そう。
で、理想の節目にはなってないけど、私の今までの人生の中の一番の大きな決断とすると、
何回も言ってるけど、30歳のワーキングホリデー、30歳までに申請するっていうので、申請して、
全然、1回は諦めた海外生活とかを、
1回30歳までの仕事だったり、恋愛関係だったり、1回全部をリセットして住む場所を変えたっていうのが、
たぶんね、やっぱね、一番私は年齢の節目っていうところで考えて、
年齢の節目も背中を押してくれた一つの一番大きなところかな。
うーん、そうだね。
それ以外の年齢の節目とかだと、40歳までにっていうのは、結構ビジネスをスケールさせるとかっていうのが結構、
ここまでっていうのがあったんだよね。
うん、そうだね。
開業届け出したのが、36歳だったか、そんな感じだから。
35歳だっけ?ちょっとそこら辺はちょっとあやふやなんだけど。
35か36。で、開業届け出してて、
で、40歳までにはこういう風にチョコレコをなってたい、みたいなのが確かあったんだよ。
うん、確かあったんだけど、40歳の時に双子を妊娠しちゃったから、全部が崩れたんだよね。
全部が崩れたの。
だからそのゾロめの40歳の時は、なんかそういうことになる。
双子、そっからなんかまた全く予想できない、双子のママになるっていう予想できない人生がまた始まってしまったから、
そう、始まってしまって。
で、50歳の時はね、またそうやってさ、ちょっとなんか、そういうこと。
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少し子育ては落ち着いてきたけど、だから。
人はさ、ちょっとさ、余力が出てくるとさ、余計なことを考えて迷子になるよね。
春ちゃん、楽しくて気持ちよかったんだね。
ね、だからさ、人はさ、なんかこう、いいところだけ覚えているからね。
で、やり始めると、あ、大変だったことあったじゃんって思い出すんだよね。
そう、思い出すんだよ。
でもそれでいいと思う。だから生きていられるわけだしね。
じゃなかったらさ、苦しかったところばっかりいつも思い出しちゃってたりしたらさ、全然人生進んでいかないわけだから。
よりいい方、いい方を見て、記憶をすり替えて。
それこそ春ちゃん、脳みそはなんて言ってましたっけ?
なんて言ってましたっけ?脳みそを勘違いさせるっていう風に。
勘違いじゃなくてなんて言葉で言ってたっけ?西田先生。
えーと、まやかしじゃなくて、なんだったっけ?錯覚だね。錯覚って言葉言ってたね。
錯覚する臓器ですよ。錯覚ですよ。
そう、錯覚。全部錯覚です。
だってどうせ錯覚するんだったらいい錯覚をっていうことなんではないかなっていう風に思っておりまして。
でもね、錯覚が至近ないと、私すごい最近思うんだけど、
同じ人生なのに、すごいこの人何回人生生き直してるんだろうってぐらいいろんな場面展開を起こしてる人とさ、
この人さ、一場面のままずーっと赤ちゃんから60歳まで来ちゃいましたねっていう人っているじゃん。
全然変わらない会社と家の往復だけとかさ、なんかその違いってなんだろうなっていう風に思うと、
あのーなんだろうなっていう、その違いって結局そのこの錯覚する力なんじゃないかなと思うんだよ。
そう、勘違い、勘違いの回数が人は多ければ多いほど、勘違いできるからさ夢見られるわけ。
なんか超リアリストの人はさ、夢すら見られないじゃん。
とはいえって言って。
ね。
ねにしても、双子10歳で余裕が出てきたといい。
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チョコレコちゃんはさすがだ。そうなのかな。
さすがじゃない。全然さすがじゃないけど。
でも3歳までのことを考えるとめっちゃ余裕、あの時に比べればめっちゃ余裕だよね。
だって自分のことこうやってうだうだ考える時間があるんだ。
ね。ね。勘違いの人生で終わる。
そう、だから勘違いをいかにこれからたくさん、もう本気モードで勘違いをし続けるかっていうのが、
場面展開をどんどんやっていく肝なんじゃないかなって今とてもとても思っております。
はい。
おバカな勘違いね。もっと能天気にね。
はい、ということでもうちょっとまたいっぱい喋っちゃったつらつらと、
今年のなんかね、52チャイ2回目、アゲイン。アゲインじゃないけど。
私の中ではアゲインなんです。
52チャイはですね、大いに勘違いの幅を広くして、
えーと、そう、夢見て生きようではないですかっていうところで、
生きていきたいと思います。はい。
足長おじさん、えー今年きっと私は北島マヤだから出会えるでしょう。はい。
紫のバラの人に出会えるはずです。今年。はい。
そして紫のバラの人に出会えてこんなことになりましたって報告してるはずです。はい。
というふうに予言をしておきます。
はい、ということで皆様、
今日という日曜日の朝にまた駆けつけてくださってありがとうございました。
ずっと記念すべきね、52チャイの初日を生き切ろうと私は思います。はい。