雑談から本編へ
【歌】
前回からの続き
はい、ということでヤンヤンさん
【笑い】 古代のラジオ始まるよ
えーと前回ね、アリスとテレスの第2巻を
喋っていくつもりが、ちょっと下手すぎて
雑談だけで終わってしまったんで
えっと反省を込めて
雑談をしましょう
反省の雑談を
軽い雑談をして
反省かい?
反省の雑談
そうね雑談をどうやったら短くできるか
またそのなんかちょっと
違うって違うって
深いところに行きそうになる
下手下手下手
下手すぎる下手すぎる
雑談とは何かっていう話
あーそうやななんかあれじゃない
人類にとっての
情報の重なりが深かったら
ちょっとそこを深掘っちゃうから
広いところでベンズが重なればいいんじゃない
なるほどね
好きな食事は絶対するから
食事の話とかはさ
まぁまぁそうやん
その思想的なところで重なってしまうと
深まってちょっと待って
これ危ないよこの流れ
もっとフランクに行かないと
いやでもまぁそういうことだよね
じゃあ俺がさバイト被った時に
そのバイト仲間とかに対してさ
被った人に対して
やってるような雑談をすればいいってことね
その暇な日に
そうやね
えータイキさんってあれだっけ
あの下手やな
えーとあの下手や
あれ何?
何?電車で来てるんだっけ
どうやって移動
興味ない
しかも興味ないやろ
移動どうやって
基本
いや基本車かな
あ車か
うーんなんか
下手すぎる下手すぎる
なんか結構
しんどいしんどいしんどい
運転とかあれかできる系か
そうね運転
まぁ限りなく下手やね
限りなく下手
んーまぁまぁまぁでもうん
あちょっとお客さん呼んでるわ
逃げてる逃げてる
雑談あれやろ
なんやろな
あそうなんだ
わははーで追われればいいんじゃない
でも別になんかその
そうやなその
ゴールないけど
どこででも追われるけど
どこまででも引き伸ばせるみたいなのが
ベストやな雑談って
ここで終わってもいいし
この先も別にいけるけど
まぁいかんくっても満足できますみたいな
うーん
結論がないのが雑談か
そうやな
何か特定の特定のじゃなくてもいいけど
何か伝えたいこととかがない方がいいよね
確かに
だから俺
ハンドクリームをさ毎年
この時期は手がカサカサやから買うんやけどさ
毎年買うから
ちょっとだけ余ってるのが毎年溜まっていくよね
そのちょっと残ってる分がどんどん蓄積していくってこと?
そう
使い切ってから次新しいのやるやん
ほんまに
いやでもさ
それができればベストなんやけどさ
それせえへん人おるん?この世に
届いた瞬間開けちゃう人?
それは俺が
ハンドクリーム以外やったらそうしてるんやけど
うちの会社で毎年この時期に新しいハンドクリームが出るから
それを買ってるね
なるほどね
で2本セットやんか
いつもさシトラスト無効量とか
今回はシトラスト無効量やったけど2本セットで買うやん
知らんけど
そのハンドクリーム界の常識知らんけど
2本買うやんみたいな
今年は2本セットで買うやん俺って
知らんよ
俺って2本セットで買うやん
知らんって
そうやったん?
あら
余るよね
カバンに1本
職場に1本
自宅に何本ってなる
え2本じゃ足りてないやんじゃあ
違う違う
まあ確かに
蓄積した分ってこと?
結果として
そうそう蓄積した分
リップクリームみたいな感じかな
リップクリームもさカバンごとに欲しいやん
でかあれって何?
最後まで使い切れる人いる?
いない
絶対無くすくない?
リップクリームと
ミニ薬とリップクリームの中にあるよな
マジでそう
で俺その
無くしたはずの目薬が見つかって
俺今ここに半分ぐらいの目薬が3本あんねんな
テーブルに並んでるわ
俺は
俺もや3本あるわ
ちょうど3本や一緒や
目薬ってだるいよな
目薬ってだるい
これどうせ浮いんやろ
第2巻の構成と習慣による徳
はいというわけで今回は
ニコマスコース倫理学の
俺らうま
第2回
どう?今5分ぐらい
5分ぐらいちゃう?
ほらちょうどじゃない?
ちょうどいいやん
だいぶグワーって切ったけど
時間だけちょうどよかったのに時間だけ
何にもスムーズじゃなかった
いきますかじゃあ本編
でどういう風に話していく?
いやもうどうでしょう
なんか学んだこととかある?
確かになみたいな
シンプルに
めっちゃあるよ
はいこちらこそ
めっちゃある
えっとね何やろうね
どうすればいい?
一言ずつ言ってく?
第1章か
いやもうめんどくさいな
第1章
第1章に何が書いてあったっけ
いやいや
結構これ第2巻って
ずっとこれのこと言ってない?
この習慣によって身につくんだよ
っていうことをずっと言ってるよね
うんなんか人格についてよね
人格とか人柄
人柄のあれて
そもそもその前提に
幸福
どうやったら幸福になれるかっていうのがあって
特にもとづく
あれてに基づく
魂の活動
っていうのがあって
で
1巻でね
そう1巻で
でその魂の
あれての
魂に基づくあれての活動やったっけ
あれてに基づく魂の活動
でそのあれてにまず2種類ある
2種類に分けられる
幸福の中でのあれて
それが
知的な徳と人徳の
人柄の徳
でこの
人柄の方が
今ここで話されてたことかな
第2巻で
知的な方は
誰かに教えてもらうことによって伸びる
学ぶことで
じゃあ人柄はどうやって身につけるんだ
良い人柄とか
どうやって身につけるんですか
エスコートレス先生って感じで教えてもらいました
うん
そうね
でそれは
良いことを繰り返すだよね
だから
これ第1章だけじゃないけど
良いことを繰り返そうねってずっと言ってて
そのなんで良いことを繰り返さないといけないかとか
何が良いことかみたいなとか
どうやって繰り返したらなんで
荒れて
倫理的な荒れてが備わっていくのかっていうのが書いてるのが第2巻かな
いや確かに
こうやって
俯瞰してみたら
いろんなこと言ってたな
どうやって俯瞰した今
いや俺その
最後らへんの結論のさ
中間
中間が大事みたいな
言った中立的中庸って言ってたけど
極端でも極端に
超過してる
やりすぎっていうのもダメだし
やらなさすぎっていうのもダメ
だからその中間の中に良いバランスのものがあるよみたいな
そのバランスよくやれよみたいなこと言ってたけど
それが俺のその学びの核やったけど
うんうん
この第1巻との繋がりとかから見てみると
めちゃくちゃいろんなこと言ってたな
そういえばって思った
あーそういうことか
そういう俯瞰作
えっと
どう
なんかブロックまた俺は1巻と一緒で
2巻をブロックごとに読んだんやけど
どうやって読んだ?
俺はもう一連の流れかな
うーん
どういうブロック?
そうね
まあ1章はこういうことが書いてますみたいな
こういうふうにしていきますみたいな感じで
2章と過剰と不足のやつと苦痛と快楽
だから2章から6章ぐらいが
多分そのどうやって中長下小
2章から6章ぐらいが得を形成していくのと
その中幼とは何かみたいな説明
で7、8、9が
中幼の一個一個の具体例みたいな感じじゃない?
中間がなぜいいかとか中間とは何かとか
具体的にどういうものかみたいなのが後半
だったね
そうそうそうそう
中幼と中幼
第2巻は1章と
俺の分け方は1章と2、4、5、6と7、8、9章で分けたかな
じゃあ前半は人柄の荒れて
でどういうもので
どういうものでっていうのが
後半のバランスが大事っていうのにつながってくるんやけど
何を思ったかな俺は
メモしてないな前半全然
なんか習慣に
どうやって言おう
習慣になってることとかある?
良きことで
行為を繰り返して習慣になっていること
あるななんかめっちゃわかるなって思ったな
俺は何やろうな
例えばさ
これを良い行動って
バンって断言するのはまた危険やと思うけど
例えば俺は
なんかイラつくことがあったとするやん人に対して
何こいつって思った瞬間に
それをキャンセルするようになってる
自分が見えていないもの相手の背景とか
もしくは何か勘違いとかそういう
自分に見えてないものがあるんじゃないかっていう想像を
することによって
今もう
大体人を恨まずに憎まずに生きていけてる
んやけど
それはマジで習慣によって身についたなっていう感覚がある
そうね
最初それがそういうことができるっていうのを理性で学んだ上で
意識的な実践を繰り返したら
もう今習慣的に自分のその人への
憎い感情をパーンって
キャンセルできてるかわからんけど
判断停止
それは確かに習慣化
アリステレスの言う良き行為かどうかっていうのとは別として
それはシンプルに習慣で慣れていく
できるようになっていくことやもんな
これと同じような原理で
習慣によって
何?
人の行動というか
人柄っていうものが形成されていくから
うんうんうんうん
そこの説明は結構腑に落ちたかな俺は
そうやね
うんうんうんうん
てか全部結構腑に落ちた
感情・能力・状態の関係
アリストテレス的に言うと
それは重要ではないよねでも
それってキャンセルするのって
うん
そのリュミナスがないやん
何リュミナスって
リュミナスって何やったっけな
その瞬間の感情を受け取る力みたいな
その瞬間の感情
怒りとか恐怖とかを感じる能力
適切に感じる能力
それ二感?
二感やな
二感じゃなかったっけ
知らん
何か知らんでもリュミナスっていう
うん
うん五章か
リュミナスって言葉知らんみんな
何て書いてたっけこっちで
えーと俺の名簿にはリュミナスって書いてるけど
こっちには
成功かな
かな
状態
リュミナスって書いてない
公文社
書いてる書いてる能力やわ
能力の言語は
デューナ
デューニャ
デューニャミス
デューニャミス
お前デューナミスか
俺リュミナスってずっと呼んでた
デューニャミス
能力
ごめんで
デューニャミスが
デューニャミスも正しいかわからんけどなこれ
あそうなどこに書いてある
125ページの説明の2
これか
2の語源デューナミス
能力
能力
まあ能力やな
感情をコントロールする能力は備わってるやん
今そのライターって今
でも感情をコントロールする能力ではないやん
デューナミスって
この瞬間のこの時の能力って
その感情を適切に受け取る感じる能力やから
まあ受け取った後にコントロールしてると言えばそうかもしれんか
そうなんやけど
アリストテレス的にはちゃんと素直に受け取れよみたいな
受け取れよとも言ってないか
受け取ることができるのがデューナミスって言ってるんやな
なんかここはもうめっちゃ中立的というかさ
その能力に関してはあんまり何も言ってなかったイメージがあるんやけど
誰にでもあるよねっていう立場じゃない
感情はあるし
感情発露させるための能力も誰にでもある
でその中でどういう風に感情が出るかっていう成功が人によって違う
成功ってどれ?ヘクシス?
それそれ
これは状態って書いてあったで
そうやね
そう思う
だから恋を繰り返した習慣になったおかげで
良きヘクシスになるやん
安定したヘクシスが形成されるやん
だからこれ何て書いてあったんやこっちで
感情なんかちょっと
パトスが感情だからこっちの翻訳では
デュミナスとパトスとヘクシスの関係で書かれてて
だから感情とのデュミナスが能力ね
そういう感情
デュナミス
怒りとか喜びとか恐れとかを感じて
それをどう常年と常パトスとして表出させるか
のパトスの部分がライターが意識してるのは
どういう意味意識って
要は特定の個人とか特定の現象には表させてるかもしれない
その現象をはずらさせてる特定の個人に対して
強い怒りの感情を抱かないようにしてるんやろ
なんか確かに
アリストテレスの文脈とはずれているのは
俺は結構感情コントロールというかさ
自分の感じ方を変えられてるけど
そういう話は出てきてないよね
いや出てきてるな
感じ方も出てきてるけど
その感じ方によってどう行動を変えるかみたいな話は出てきてないね
感情ってむずいよな
だって怒ったら何が怒りかってちょっとわからんやな
だからライターのさっきのは
パトスもでも感情やったもんな
パトスって感情やろこっちで言うと感情やもんな
常年じゃあこの間のところやねライターが意識してるのは
パトスとヘクシスの間のところ
その瞬間のパトスも感情も操作できてる?
感情も操作できてる
じゃあもう怒りが芽生えない
キャンセルしてるって感じかな
じゃあこのパトスすらないから
デュミナスのところがやっぱり意識してるのか
なんかここで言われてるような意味とちょっと違う気がするな
誰?何と何が?
感情とか能力って別に意識とかコントロールとかそういう話じゃなくて
多分基盤にあるというかさただあるだけ
そうそうだから感情をコントロールするっていう文脈では言ってないね
アリストテレスは
だからそういう行動って捉えたり
アリストテレスの言った行為
いわゆる行為とはまた別やね
今のライターが習慣になった例っていうのは
確かに
じゃあ俺の例が悪かったせいでロスタイム
例は悪くないんだよ
ややこしいことになったな
まあでも行為って言っていいと思うな
俺は自分のこれを
自分の感情のところをね
行為というかそういう成功
成功っていう
俺の行為の傾向
ヘクシスかヘクシスね
これメモの一括変換しとこう後で
はい
中庸と過剰・不足の具体例
まあちょっと1章6まで飛ばすか
1章から6章までズバッといくか
俺はもうないであんまりもう言いたいことはない
じゃあまあこういうことが書かれてましたよっていう感じですね
だから良い行為を繰り返すことによって
習慣づいて人格が形成されて
まあでも書いてたよな
苦痛とか快楽の感じ方も
適切に整っていく
だから良い行為を
その良い行為をした瞬間の快楽とかも安定する
どういうふうに
何が良い行為か知って
その良い状態を知っているから安定して
ヘクシス
ヘクシスは成功
その辺の成功になっていくから
得として積み上がっていく
でその状態を中葉論として書いてて
6章まで出て
7、8、9でその中葉の具体例を見ていきましょう
っていう感じだったと思う
具体例が出てきたのは9章だけかな
そうやったっけ
8章か9章か
あ、説明か
中葉が出てきた中間がそもそも
何っていうのとなぜ良いのかとか
どういうものかみたいなのが多かったかな
6、7章でもそうね
そういう感じかね
ここら辺のブロックで楽しかったのは
うーん
これは面白かったな
ちょっと待ってここら辺でさ
意味わからん言葉あってんな
でもこっちには書いてないわ
ネイジンとかさ
まあそんぐらいか
いっぱいあったと思ったけどネイジンぐらいか
人に気に入られる度に媚びへつらう人
みたいな意味
こっちで何て書いてある
なんかここら辺は
へつらう人って書いてあるな
いろんな人
ここも結構具体例書いてあったけど
いろんなところで
超過と不足ってこっちに書いてるね
過剰と不足
説明している
こういう時はこの状態にこういう時は不足です
勇気が一番重要だとして
無謀なのは過剰やし
恐怖
何だったっけ
こっちで何て書いてある
ふぬけ性
ふぬけ性ではないか
勇気の時は
向こうみずか
向こうみず
向こうみず
地震の大きさどう越すのよ向こうみず
臆病と
臆病と向こうみずを不足と過剰で説明していたり
節制は崩落と快楽で
快楽と崩落で説明してたりみたいな感じで
いろんなところで何が重要で何が重要でないかっていうのを
七章では言ってるね
まあ
なんか現代でも別に言われてることやん
バランスが
特に
特に新しいことではなくて新しいことっていうか
これが染み付いた現代やから新しいことではないとして
いろんなところでバランスが大事だねって言ってるぐらいかな七章は
何が俺にとっての発見だったかな
バランスが大事っていうのはよく言われるし
現代でもさ
評価する位置によって変わる人物像
人柄に対してこういう人物になれみたいな
その目指すべきゴールみたいな感じで
があるとして語られることが多いけどさ
例えば勇気のある人になりなさいとかなろうとか
気前のいい人はいいしかっこいいよねみたいな感じで
そういう方向へ行こうと
目指す人がいたりそれを進める人がいたり
してで大体同じような人物像が
いい人として共有されてるけど
同じっていうのは
このアリストテレスが言ったものと
現代で共通認識のあるいい人って
同じような人やけど
なんかここでアリストテレスが言ってたのは
その勇気のある人とか気前のある人みたい
気前のいい人みたいなのが
どういうあり方をしてるのかっていうのを言ってくれてて
それが2つの曲の中間としてありますよっていう
バランスによって
両極端の中間
によって成り立ってますよっていうさ
価値ある価値あるというか
目指すべき理想像がどういうあり方をしてるのかっていうのを
それを考えると
それを目指すっていうことの意味合いが
変わってくるなっていうのを俺が思ったかな
つまり
一方向にこう
勇気のある人になりたいっつって
バッって突っ走ることが
それをなんかゴールやと思って
突っ走るのは
果たしていいことなのかっていうと
それはバランスの取れたことじゃないから
今自分がどっちの側に振られてて
っていうのは
臆病の方向か
もう
なんだっけ
向こう見ずの方がどっちにいるのかっていうのが分かった上で
どちらの方向に進むのが
よりバランスの取れた勇気のある人に近づくのかっていうようなさ
そういう考え方をすると
いいんじゃないのっていうのは
確かにって思った
そういう
人物像が目指すべきゴールっていうわけじゃなくて
目安というかさ
バランスの取れた存在に名前を付けただけっていうのが
確かにいいって思った
だから
やっぱそれも勇気ある人とか気前のいい人とか
節制の人とか
いい人像が別に実態としてあるわけじゃなくて
これアリストテレスも言ってたけど
人によって違うし見え方が
例えば勇気のある人
勇気のある人じゃないな
無謀
無謀な人から見たら勇気のある人は臆病な人に見えるし
臆病な人から見たら勇気のある人は無謀にも見えるし
そう
だからなんか
結構いろんなものに対して実態師
実態師っていう表現合ってるか分からないけど
実存しているアリストテレスが
めっちゃ柔軟というか
人によって違うよねみたいなのを言ってるのが面白いと思って
マジでそうやなって思った
人によっても違うし
何についてかも
その目的とか何のためにかにも違うよね
違うって言ってるよね
同じ人でも別の事柄やったら
勇気のある人にもなるし
無謀な人にもなる
これはマジで現代でも
結構みんなちゃんとインストールしておいた方がいい
視点やんな
確かにそれはマジで思った
自分が中央中間的な態度立場にいるっていうのもそうやけど
人に対しての評価もさ
そうそう
超臆病な人は
勇気のある人を見たとしても
無謀だなって思ってしまうから
これは勇気がテーマじゃなくても
いいんやけど
他に何あった?
健康でもそうですし
分かりやすいのは政治的な立場もさ
めっちゃ右の人から見たら
左の人は左にももちろん見えるし
中央、中道にいる人は
左に見える
逆もしっかり
だから他者への評価も変わってしまうから
自分の位置が
自分の視点がどこにあるかによって
他者をどう評価するかが変わっちゃうから
自分が左にいたら
真ん中にいる人も右って見えてるんやったら
自分が真ん中にいれば
その人は何にも変わってないのに
真ん中って見える
中央って見えるから
人の意識は
人の評価も
人が何にも変わってなくても
自分だけが変われば変わるよねっていう
いろんなことに言えますね
それがアリストテルスのポイントかどうかは分からへんけど
俺はマジそれを思ったな
ということは
このここまでの話を踏まえて
ということは
自分の見てる世界というか見え方みたいなものも
自分の位置によって規定されるから
自分の偏り方によって規定されるから
簡単に判断できないなというか
することの危険性みたいなものがやっぱあるなっていうのを
思いましたね
まさにそうですね
でもアリストテルスなんか最後
だから感覚が大事みたいなの言ってたんだっけ
近くによって判定は近くのうちにあるみたいな
どの程度までこれは何の話だったっけ
これも言葉で決めるんじゃなくて
要は言葉では決めれないから
その瞬間のその瞬間の個別的な感覚で決めるしかないよねって書いてあるね
今俺らは自分の感覚の方を疑ってたから
ちょっと矛盾するのかな
俺まだ3巻を全然読めてないから
多分この近くって3巻で話しますみたいな感じじゃなかったかな
3巻じゃないわ
今度話しますみたいな感じで
でも3巻に近くってあんまりそんなに
ここで書いてるのは今思い出したぐらいやから
そんなに書いてなかったような気がするけど
どっかで書いてるのかな
どう展開するか楽しみです
そうね
近くってとこで書いてるのかな楽しみですね
3巻には今日行けないからここで行くとして
行為の名前と価値判断をめぐる議論
だから中央は選ぶのはめっちゃむずいけど
何?
むずいけど
右と左のちょうど真ん中っていう意味でもないってことね
でもないよね
その瞬間瞬間に応じて過剰と不足がない状態やから
めっちゃ人がムカつくことをして
その感情に対して瞬時に反発してぶん殴るのも
何も言わずめっちゃ我慢するのも過剰でもあり不足でもあるから
その場の適切な関係と適切な程度と適切な
何?
言い方と適切なタイミングで伝えることが中央やし
いろんなことに対してそう言えるよね
これを読んでなんかめっちゃ役立ったこととかある?
今後こうしようって明確にできることとかある?
結構あるかもな
あるななんかその
まずバランスが大事ってさ
めっちゃ中小化したらバランスが大事って言ってるけどさ
言ってると思うけど
その突き進むべき方向性があるわけじゃなくて
行き過ぎてもダメだしもちろん行ってなさすぎるのもダメ
でちょうどいいところがあるんだよっていうのが
まずいろんなところで言えるやん現代社会見ててもさ
ちょっとあんまり具体例出てけへんけど
だから環境不可違反
そうそうこれがいいんだみたいな方向性に行きがちやん
二項対立を作ってさ
どっちがいいのかどっちが正しいのかどっちが間違えてるのかみたいな議論を
簡単にしがちやけど
その二項対立じゃなくてそのバランスがもしかして
バランスどっちにもどっちにその両方の立場での価値があって
その価値のいいとこどおり
両方の良さを発露できるもしくは両方の悪さを抑えれる
いいバランスを見つけ出そうっていう方向性に議論を進めることも大事なんじゃないかなって思ったかな
なんか全部においてバランスが大事ってアリストテレスも言ってなかったからさ
全てには適応できないと思うけど
例えば人を殴ることのバランスを取るみたいなのは
いやそれはもう殴った時点でダメなんですみたいな感じのことを
だからレイプとか泥棒とかはその行為自体が悪しきことやから
中庸とかないよって言ってたね
けどまあ往々にして今の定義上さ悪いものとして扱われてるけど
レイプとかもさ危険な例えになるから
殴る人を殴ったとかさっきので言うといじめたみたいなのをさ
いじめたっていう言葉にしたら絶対に悪いからどんぐらいいじめたかによって
それってちょうどいいいじめだよねみたいなのは成立しないけど
その人の行動だけ見たら中立に判断したら
いじめたかどうかっていう観点じゃなくていろんな観点でその行動って見れるやん
その中でそれがどうバランスが崩れて極端な方にもしくは
超過した方に触れてたか不足した方に触れてたかみたいな見方をして
どうしていたらバランスが保たれてたのかみたいな風に考えることもできるから
なるほどそんなこと書いてあったっけ
いや俺が思ったってことね
なるほどね
どこやったっけななんか悪徳なところはもう決めてたけどどこで決めてたんやったっけ
8章か9章やった気がするな
5章かな
まあでも確かにそうだね今何を考えているかっていうと
そのいじめてたっていう言葉の定義にしてしまったら重要はないけど
どのような観点でどのような行為として重要さがあったかって
自分の行為
どういう意味や
いやそれは重要さがあったかじゃなくて
その持ち出す観点によって何が超過していたかとか何が不足していたかみたいなのが変わるやん
そのいじめの行動は多分良くない
いやそうじゃなくない
良くない行動やから
いやそうやと思うで
あの言葉でずっと考えてるから
でアリステルさん理念的なさ何ていうの数学的な思考で
うん
抽象的に組み立ててるから
うん
多分俺の話とあんま今言ってたのと接続しづらいけど
うん今言ったのって
何をどのような観点で見るかによって重要が変わるっていうことやんか
それは確かにそうやと思うよ
重要が変わる
何が重要かは変わるやん
うん
どのような行為が重要かは
ずっと同じ行為をしてたらずっと重要
その瞬間過去にその行為が重要な行為
重要な立場やったとしてもずっと同じことをしてたら
周りが変わったら重要ではないやん
がどの観点かで言うと
どの観点で切り取る
どの観点を大事にするかによって
重要だったものが重要じゃなくなったり
重要じゃないものが重要になったりっていうのはありえるんやけど
俺はいじめをさ重要だと思えるよねって話は別にしてないで
いじめっていうか何をいじめって今回言ってないからあれやけど
殴ったっていうその行為もさ
重要になりえなくない
いやどういうことやろ
なりえるけど別にならへんでいいと思う
だから観点によるけど
それって重要だよね
別に悪くないよねっていうことが言いたいわけじゃない俺は全く
もちろん
それは分かる
どうやったら重要に
どういうパターンでそれが重要になるんやろ
どの観点を持ち出したらってこと?
具体例があったら嬉しいけど
別に言えるくらい
具体例は
さっきのやつで俺の大事な鉛筆をライターが取ったから俺が殴った
として
俺の行為
特に即した行為ではないやん
だから重要になりえなくない
それもねなんかあったよ
なんて言ってたか忘れたけど
勇敢だみたいな
風に言える
悪に対して抗ったという意味で勇敢だ重要だっていう風に
言える
そういうとこで言ってたっけ
なんかそのような言葉
使いを耳にした感じがあるけど
ここで言う悪は自分に対して危害を加える人ってこと?
そうそうそう
自分
うんそう
臆病
いやいやどこやろうなちょっとわからんけど
実際の勇気のある人は違うな
なんか別に重要と言えなくないっていう
重要ってさ
うん
言えない観点があるのは絶対に事実やん少なくとも
うんうん
そこが大事だと思うね
この観点で殴ったとかいじめたってことに対して
こういう観点で見たら確かにバランスが取れてることかもしれないけど
こういう観点で見たらそれはやっぱり極端な方に触れちゃってるから
それは良い行動じゃないよね得のある行動じゃないよねっていうのが
妥当な批判じゃないかなって思う
一般的に
あらゆる観点でその行動を極端だって否定する必要なくてさ
うん
この観点において触れてるから
それは
重要じゃないよねっていうのでいいんじゃない?
うんそれはそうなんやけど
なんかボーダー決めてたやんかアリストテレスどこで決めてたっけ?
何のボーダー?
こういうこととこういうこととこういうことは
えっと
あらゆる観点で見たらあらゆることが重要になり得るんやけど
こういうこととこういうこととこういうことは
そもそも
良くないから重要にはなり得ないよって言ってた
のに当てはまると思うけど
殴るっていう行為がね
なんかそれは定義上そりゃそうやろっていう感じ
理念としてあったねその話
どっかにメモしちゃったね
悪意
悪意これ何て読む?
今どこ?
無知
恥を恥とも思わないこと
無知
今どこかなこれは
えっとね
六章のコラーの中のメモ
悪意、無知、妬み
行為では貫通、窃盗、殺人
これらは名前そのものが悪さを含んでいる
だからちょうどよく貫通する
然るべき的に殺人するは成り立たない
これのことよね
そうそうそうそう
全ての行為に重要があるわけじゃなくて
重要はあらゆる行為を適量やれば良くなるっていう原理でもないから
あらゆる行為が適切な量だったら行い
適切な量を行えば良くなるっていう意味じゃないよ
このさ殺人とか窃盗とか貫通にはさ
もうその観点が含まれちゃってるやん
だからそれは中間とかないけど
実際にじゃあ人を殴ったっていう殺人に関しても
殺人って言葉自体にもそれが悪いっていう価値判断が入っちゃってるけど
名前を付けずにそのただ現象だけを見た時に
それは別にあらゆる観点でその現象とか行為を解釈できるよねっていう話
ちょっと言語で考えるのやめてほしいっていう
ありのままをバンって受け入れた時に
そこに起きてることはいろんな言い方ができるやん
俺がライターを殴った
って言えるけど
殴ったとも言えるけど
じゃあお兄ちゃんが俺を殺したとするやん
殺人をしたっていう観点でそれは絶対に悪いって言える
もう殺人っていう名前そのものに悪さが入ってるから
だからその因果関係で見た時に因とかが同時に成立してるの分かる?
因っていうのはお兄ちゃんが俺を殺した結果として俺が死んだっていう
この因果で完結してるから
もうその価値判断が成り立ってる
その悪いっていう価値判断がそこに付随しやすいけど
うん
もっといろんな捉え方ができるやん
別に思い浮かば変けど
今んとこ全然できひんなそれが
もっと具体的な瞬間で立ち会ったら多分いろんな解釈ができるやん
全ての瞬間に
さっきのでようやクラスでさ鉛筆を盗まれたから
ぶん殴るっていうことにしたら?
さっきのもそれってストーリーにしちゃってるから因果として成り立っちゃってるやん
もっと世界ってカオスやし
もっといろんな因果関係が複雑に工作してるから
俺たちが具体例
具体例ってここで例えを出したらうまく噛み合わへん気がする
じゃあなり得なくない?やっぱり
どうやっても中庸にならんくない?
だってあらゆることはストーリーで説明でき
てか説明したらストーリーになるやん
その殺人を別の観点で別のストーリーで説明したとしても
同じこと言っちゃうな
ずっと殺人の観点で見てるからそれは中庸になりへんって思ってるだけ
じゃないって俺は思う
お兄ちゃんに対して
殺…えっと
なんか感覚的にそう思ってるってこと?ライターが
感覚的にどう思ってる?
いろんなことに中庸って言えるから
殺人も他の観点から見たら中庸になり得るって
感覚的に思ってるってこと?
中庸になり得るというか中庸だと言える観点が存在してもおかしくないよねっていう
想像してみたいな
もちろん立場として殺人を肯定はしてないやんお互いに
殺人として捉えてない多分その時
その行動殺人として捉えた時点でもう絶対に中庸にはなり得ないから
中庸にはなり得ないというか
それはもう悪として判断できるけど
その行動を殺人とも捉えなければ
えっとじゃあ
自国防衛のために爆弾を投下するとかは?
なんかそのレベルになるとさ多分議論が分かりづらいから
もっとさなんか身近な例で言う時にさ
じゃあ
えっとヴィーガンがいるやんベジタリアンとかが
肉を食べるという行為に対して
その肉食ってとんでもなく悪いことだって思えるやん
思えるとんでもなく別にどっちでもいいけど
まあ良くない行動だと思える
彼らの観点から言えば肉を食べるっていうのが
殺人と同じようにもうその悪さが含まれてるやん
けど観点が変われば肉はただ美味しいものとして
肉を食べるのは羨ましいものっていう風に捉えられるし
ここではもう何同じ現象やけど
全く名前とかそれに対する見方そのものが
ガラッと入れ替わってるやん
うん
こういう感じ
えっと同じ現象やけど
持ってる前提によって
それは確かにそうやね
待って
いや俺理解できたんやけど今のは何の違和感もなく
理解できたけど理解の仕方が違う可能性があって
同じ現象やけど持ってる情報によって
受け取り方が違うっていう話やんか
いや違うかな
まあそう言えるけど
俺が強調したかったのは
俺はそう受け取っちゃったけど
多分受け取り方が違うとしてどうやって受け取れば良かった?
持ってる観点っていうか前提によって変わるというより
もっと変えれるものとして観点を
そういう観点が存在するよねっていう話
こういう観点の人はこういう風に見るよねみたいな固定化されたものじゃなくて
観点が変われば捉え方が変わるっていうのだけ言いたかった
肉食っていうものに対する観点が変われば捉え方
判断とか価値判断が変わる
これが全ての現象に対して言えるんじゃないかっていう感覚
全ての行為でいいじゃん
そう全ての行為でいいよ
全ての行為に対して中庸が成り立つっていうこと?
いやなんかね違う
全ての行為に対して
中庸が成り立つと言えそうな観点が存在するかもしれないというか
その存在を否定できないっていう話
いや言いたいことは分かったけど
それなんでそうしたいの?
全然アリストテレスと言ってることは違うやん
どういう意味?
アリストテレスは全ての行為に中庸があるわけじゃないって言ってるやん
別に矛盾してないで
だから矛盾してないとしてなんでそうしたいんやったっけ
俺がそう思ってるって話
そうしたいとかじゃなくて
さっきの加害者を加害者と確定させないみたいなのと多分つながってる
んー
待って分からん分からん
なんでそうしたいんやろうって思っちゃう
そう思いたいから思ってるんやろうけど
なんでそう思ってるんやろ
たぶんお兄ちゃんは殺人とかを肯定してほしくないって思ってる
肯定する合理ってか道理があっていいのかっていう感じで
これは全く肯定じゃなくて
殺人とかで考えるから確かに受け入れ難いと思うけど
現象に対しては現象に悪い良いっていうのは入っていないっていうのが俺の見方
具体的な現象ね行為とか具体的な行為とか
抽象化した時に殺人って呼べばそれはもう
名前そのものに価値判断が入って価値判断が入ってるから
悪いものとして扱えるけど
それは名前をつけているからであって具体的な行為とか現象には
そういうのないでしょっていうないというか
味方によるでしょっていう
それをどう聞けばいいなんでそう思いたい
その先に何を想像してるんかなっていう感じ
差別のない世界
それはアリストテレース的に言うと
さっき言った暴力とかは得になり得ない悪徳だよねって言葉から
そもそもそれが悪徳とされてるよねって言ってるやん
アリストテレースですかね
なんでそうなのかっていうと
じゃあ仮にそうじゃないと考えるとしたら
いろんなとこに中間性が取れると考えているとしたら
超過の中間性とか不足の中間性とか
超過の超過とか不足の不足とかにもなり得るから
極端なものにさえ中間性を持たせてしまう論理になる
からそういったものにいずれにも中間とか不足とかはなく
そのことをなすなら即座に誤りということになる
って言ってるやん
ここと別にそうならないよっていうこと
アリストテレースに言ってるようにはならないよっていうことなのか
全然指摘が別のことに
別のレイヤー
別のレイヤーやね
その成り立つっていう成り立たないって言ったのかアリストテレースは
ちょうどよく殺人するとか叱るべき時に
なんとかするみたいなのは成り立たないよねっていうのは
そう言えるよねって思う
そう言えるそう言えますしそうだと思いますけど
その行為に対してどう判断するかによって
それって変わるよねっていう立場俺は
うんうん
それがだから聴覚の中間性とかになるやん
違うと思うな
観点自体がまず違うから
じゃあその観点が多くの人に誤解されずに考えることができたら
ライターの誤解されずに考えることができたら
多くの人がね全員と言うやんけど多くの人が
誤解されずに受け入れることができたら
差別とかがなくなるっていう思い?
人にこうしてほしいみたいなのは別にないかもな
自分がどう物事を捉えるかっていう時に
その名前そのもので決めたくないやん
行為に対する名前そのもので判断したくないってこと
何をしたかその人が何をしたかっていうのでさ
殺人をしたって言った瞬間に
その殺人っていう名前そのものに悪さが含まれてるから
あの人は殺人をしたんだっていうので価値判断が入っちゃうけど
そこで見たくないなっていう話
そこで見たくないっていうのは
そこだけでってことね
そこだけで判断したくない
そう言えばそうなるし
その観点で見ればもちろん殺人は悪いこと
やけどそれは別に結論じゃないよねっていう
アレストラルテレスの言ったこと自体は全く間違いじゃないし
それを受けてみんなが殺人に中観なんてないんだから
しないようにするっていうのは
めちゃくちゃ正しいしそうしてほしいぜひ
ちょうどいい殺人なんてないよっていう立場で
毅然として生活してほしいけど
実際に起きた殺人に対しての捉え方
自分自身のね
俺自身の捉え方は
それを名前そのものでカテゴライズして
捉えるってことだけで終わりたくないなっていうこと
殺人って判断
ジャッジメントする立場やとしてさ
何が殺人って決まってへんやん裁判でも
だって意思があるかどうかとかでさ
過失致死なのか
運転中殺す気がなくて
引いてしまったみたいなって殺人じゃないやん
そういうことね
みたいなそういう感じ
解釈がいかよりいかできるってことね
そういう感じ
それは分かる
行為とかさ
なんでそうしたいかがよう分からん
行為とか現象に対して
名前ってついてなくて
それを後から呼んでるだけやん
後から呼んでその行為がその行為だって言うやん
その呼ぶ前のありのままを見たいっていう話
俺が
これはちょっとあれやな
別でめっちゃ気になる
なんでそうなんか分からん
なんでそれが否定されてる否定というか
分からんかが分からんかも
ちょっと一旦本の話行こうか
いいよ
でももう
2巻終わったか
そう
2巻終わった?
そうね
俺これ以外やったらなんかあるかな
ゴミ拾いをめぐる良い行為の難しさ
ゴミ拾いとかよくしてるやろ
うん
ここに中傭ってどうやって考えれる?
むずいね
俺これはゴミ拾いしながら読んでたんやけど
こういうのもあるよ
歩きながら読んでたんやけど
ゴミ袋がない状態でゴミ拾いしながらは嘘
ゴミも拾ったっていうだけでゴミ拾いが目的じゃないよ
まあまあいいや
拾えるゴミに限りがあるやん
別に読書してるからに限らず
何を拾うかによっても変わるしさ
俺結論ないで
同じむずいねになるから
一緒にむずいねって言い合いたいんやけど
危険物質が落ちてたら
それを拾うことが重要ではないけど
明らかに拾えるものを無視するのも重要じゃないやん
あと
ちょっと待って
具体例を出すと
その人を悪者にしてしまうけど
まあいいか
誰か言わんとけばいいか
言ってもいいか
俺うちに
俺ってお母さんっていう存在がいるんやけどさ
俺と同じお母さん?
そう一緒に
そう同じお母さん
その人と一緒に歩いてる時に
俺がゴミ拾いをしようとすると
そんな汚いもの触らなくていいっていう
彼女の重要ではない
重要っていうか
彼女の気持ち良さを保たれへんねん
俺がゴミ拾いをすることによって
手も汚れるし
っていう思いね
でも俺の思い
気持ち良さとしてはそこじゃないやん
やっぱ拾えるんやったら拾いたいし
積極的にゴミがない方がいいから
ないと思ってるから
ムズイなっていう
ただムズイねっていうのを共有したい
あーなるほど
今思ったのは
重要ってその行為によって決まるわけじゃなくて
アリストテレスも言ってたけど
人の行為によって決まる派か
アリストテレスは
アリストテレスはその行為が重要かどうか
けど人によって見え方が変わるってのは言ってたやん
人によってとか
その瞬間とか
ここってどういう風にまとまるんやろ
俺が今思ったのは
あーごめん
その
お兄ちゃんの行動に対して
別にどっちとも言えるよなっていう
やりすぎだろっていう
やりすぎっていうのは
それってバランス取れた行動じゃないよねっていうのも言えるし
それってバランスの
なんかすごい得のある行動だっていう風に
もちろん言える
ってだけじゃない
でもアリストテレスの言う重要はさ
やっぱりさ
重要感違うくない?
ライターとアリストテレス
いやこの
アリストテレスは多分ずっとさ
抽象的な話をしてるやん
人の生きる指針みたいなさ
話やん
具体的なその瞬間の行動
の判断に使うというよりは
こういう風に考えて
あなたの行動を考えてみてください
みたいなパスやと思うの俺は
だから別に
お兄ちゃんのその行動に対する解釈は
いろんな解釈の仕方ができると思うし
ただどう生きるかとか
どういう方向に人生を歩ませるかっていう話においては
アリストテレスの考え方が
すごい生きるんじゃないかなって思う
うん矛盾なく受け取った
アリストテレスってさ
例えば俺が重要な立場で
重要な行為をするとするやん
自分でそう感じるね
他の人から見たら
それが重要じゃないって行為を
過剰だとか不足だっていう行為に
感じさせた時って
俺にとっての重要さが変わらへんけど
その人にとって重要じゃないって
いうこともあり得るっていう立場やったっけ
アリストテレスは違うな
アリストテレスは誰がどう見ても
それが重要みたいな感じやん
いやそこまででもなんか
具体例を言ってないから
具体例を言ってないから
なんていうの
重要は重要そのものみたいな感じやったやん
そうそうそうそう
誰にとってみたいな話じゃなかったね
視点が変われば重要じゃなくなるって
言ってたっけ
アリストテレスが
人によってっていう話はしてた
あの人によって
何が中間かっていうのは変わるって
えっと
そうだね
人によって変わるよね
だから人によっても
俺がゴミを拾うのも
常に拾うのも常に拾わないのも
重要じゃないけど
俺にとって
人によってっていうか
俺によっても人によっても
その瞬間重要が何かは変わるやん
変わるのはまず変わるんやけど
俺にとってその瞬間重要なことって
他者にとって重要じゃないって言える?
別に言葉の重要の理解として
他者からの視点は関係ない?
言えると思う
アリストテレスが想定してたかどうかわからへんけど
言えるとは思う
その行為に対する
行為に関わる登場人物を
どこまで自分が認識する
含めるかによって変わるやん
だから変わる
アリストテレスの想定通りかどうかわからんけど
言えばする
人によって変わるとかさ
同じ行為に対して
重要が変わるみたいなのは
言えると思う
言ってほしくないかもしれへんけど
アリストテレスは
じゃあむずいな
俺はお母さんに不快な感情を抱かせたくないからさ
でも安定した状態
俺がヘクシスを保つには
習慣化して
同じことを
良い行動を習慣化せなあかんやん
だから目の前にある
拾えるゴミを拾わないっていうのは
俺にとって重要的な行為じゃないやん
だからむずいねっていうことなんやけどさ
完璧な重要ってむずいねっていう
ちょっと話かぶるようで
かぶらんかもしれんけどさ
俺が前友達の前でゴミを拾ったんやね
普通に
別にいつも通りというか
俺近くにゴミ箱があったら絶対に拾う
なかったら拾わへんっていうのをやってたけどさ
ゴミ箱見つけたから拾ってんやんゴミを
で
そいつに
その日の後
言ってた話じゃないけど
ライターに感化されて
ゴミを拾おうと思ったけど
うん
その
いいことやと思ったから
うん
で
けどそれを
なんか
自分の中のルールになるような気がしてやめたって言って
うんうんうんうんうん
一回拾ったらゴミ拾わなあかんくなるからっていう
ってその人が思ったってことね
そういう感じのこと
だから俺がその時思ったのは
自分がいいことをしたつもり
俺は別に悪いことと思ってないからさ
ゴミを拾うってことに対して
いいことと思って信じてやってるけど
それが人にどういう影響を与えるのかっていうのはまた別の話でさ
うん
ある人にとってはそれがゴミは拾わなくてはいけないみたいなプレッシャーを与えるものになってしまう
し
うん
それを
自己犠牲を
なんかちょっときつい言い方をすると
自己犠牲をこの強いるような構造
心理的な抑圧を生み出しかねないやん
俺がゴミを拾うっていうのが
俺がその人の前でゴミを拾うっていうのが
うんうんうん
だからこれは
もう何見方によって全然違くない
違うね
だからやっぱり
また帰ってくるんですけど
難しいよね
難しいね
うん
そのストーリーにどこまで多さ含めるかっていうので
重要がやっぱ全然変わってくる
うんうんうん
含めるかってこと
やっぱ拾う人がさポジティブに
拾う
なんていうの率先して拾うのがいいわけでもないやん
えー待ってむずいな
これまた具体例を言うから
そっから俺がさっき言ったことを組み立ってほしいんやけど
俺はさっき言ったようによく
拾いたいと思ってるね積極的に
だから近くにゴミ箱があるったらもちろん拾うし
ママが拾うねゴミを
それを見てる子供たちも拾うね
で子供が拾ったゴミを俺に渡すね
ありがとうって拾ってくれてありがとうって
偉いねってやるんやけど
子供がどのモチベーションで拾ってるかは
分からん正直
ゴミがあったら拾ってるし
タバコあるよって言ったら俺が拾うんやけど
半分ネガティブではないけど義務みたいにはなってんね
ゴミが見つけたら拾おうみたいな
だからさっきの彼と
心持ちは違うかもしれんけど
フックとして俺が拾ったせいでその人も
複雑やけど
その状態となってる
俺じゃない人といる時
具体的に言うと
妻とか母祖母か
俺からしたら母子供からしたら祖母
といる時も拾ってゴミを管理者に渡すから
保護者に渡すから
迷惑してんね俺のお母さんからしたら
ゴミを大量に渡されることが
だから俺が良き行為やと思ってして
良き行為が伝播したとしても
その先では不快に感じてる人も
いるよなっては思う
思うっていうか
思うねだから思うっていうか思う
だからといって
行為を劇的に変える
って言うほどではない
むずっ
むずいね
何の役にも立たへんってことか
アリストテレスの言ってることなんて
え?
そゆことか
そりゃそうやろ
こんな古い
こんなな
何千年前の話やねんて
偉そうに言いやがって
答えてから言えよまずそのゴミ拾い
ゴミ拾いの時にどうこういうのさ
俺の一瞬乗ってしまったせいで
ブチ切れてしまって
だから嫌いやねん
哲学者って全員
嫌いやったんや
哲学者全員マジで
かわいそう
他の哲学者も
喰らってる
それちょっとあれやで過剰やで
中傭じゃない
学問が全部バカかもうこれ結局
学問って
抽象的なことばっか考えて
ね
良き人であることと加害性
じゃあちょっと話を戻して
アリステレス
俺に直接刺さったことで言うとさ
なんていうの
まず良き人でありたいねん俺は
で
どうやって説明
どんな行為が良き人かっていう
考え方じゃなくて
アリステレスはどんな人が良き人か
っていう風に考えてるやん
俺は
それで考えることもあるけど
私のどんなところが悪いところなのか
みたいな
考え方をよくしちゃうねん
癖として
分かる分かる
自分のどういう部分が
人を傷つけるかとか
加害性を帯びてるかみたいな
そう
自分だけじゃなくて
その現象に対して
苦しみがあったら
その原因みたいなところが
あるやんか
それを自分に当てはめて
今地球温暖化が進んでいるんだとしたら
その因果の果があったら
俺の視点から言う因は
何かみたいな風に考えちゃうやんか
だから考え方としてさ
俺の加害的な側面
欠点みたいなのがバーってリストアップされるねん
俺のっていうか
人の
俺のもね
私の悪いところは何かみたいな
この悪いことをしないために
こういうことをしようみたいな
チェックリストみたいな感じになるんやけど
そういう風に考えなくていいって言ってるなって
アレステルスはね
って思った
だから自分の欠点一覧表なんか
作ってんじゃねえよっていうほどは
言ってないけど
そういう意味じゃないよね
良き人って
っていうのは
言ってくれたから
すぐに直せるかは分からんけど
その俺の欠点リストみたいな
物理的なリストがあるわけじゃない
俺の考え方としてそういう考え方って
どっちかっていうと
アレステルスの中央から外れやすいよなって思った
確かに
でも
アレステルスの考え方の方が優れてると
まだ思わへんかな
アレステルスも言ってたけど
大抵のことに当てはまるみたいな
大枠みたいなのを提示してくれたのが
でかいと思うね
で
その上で
具体的に俺らが生きていく上では
取り入れる部分もあるけど
こんな
分かりやすい答えがパンって出へんっていうのは
ちゃんと飲み込むというか受け入れつつ
迷い続けるというか悩み続けるみたいなのが
一番バランスの取れた態度かなって思うな
うんそうやな
で
俺は
結構
自分が人にとって
自分以外の人にとってどういう存在かっていうのが
大事かも
もちろん自分の美学みたいなのもあるけど
その上で
例えば一般的に
一般的に見て俺
その良くない行動っていうの
だとしても
その行動を俺がすることによって
誰も苦しまない悲しまないのであればいいと思うし
ただそれ
一般的に良くない行動
嘘をつくとかさ
誰も悲しまないやったらいいと思うけど
それで悲しんでるか悲しんでないかとかは認知できないから
基本やらんほうがいいんやろけど
だからどういう捉え方をされるかっていうのが結構一番俺にとって
というより傷つけていないかとかさ
そっちかどっちかっていうと
自分が加害者として
その人の中で立ち現れていないか
自分以外の中で立ち現れていないかっていうのが
俺の生き方に
とってもかかっている気がする
分かる
似てるね
似てると思う
その人の捉えられた
自分の主体性じゃなくて
他者からの評価としての加害者に
いかにしてならないか
でもお兄ちゃんはもっと美学がある気がするな
俺はそうやね
自分が加害者に
自分の加害性をどう発揮しないか
持ってるやん加害性を
加害者になり得るやん
それをどういうふうにしたら
それがその通りの加害にならないかっていう
思いかな
現れとして
別のものに
全く別にはならなそうやね
近い感じにはなりそうやけど
近いけど全然違う部分もあるな
ちょっと言語化できんけど
例えば
さっきのゴミの話で言うとさ
お兄ちゃんの中の
その
自分の加害者像みたいなものを避ける
お兄ちゃんは多分ゴミ用品
見捨てるとかさ見逃すことによる
自分の加害者像みたいなものに対して
それを避けようとする
これはどっちかっていうと美学やなって思うけど俺は
だから
真の通った人間やなって思うけど
俺は
そういう美学って言えばそういう美学なんやけど
俺がゴミはゴミ箱があるところでしか拾えませんっていうのはさ
俺の行動を見た人に対して
いや俺そんなプレッシャーないですよっていう
アピールやと思うよ多分
どういうこと?
俺そんなゴミ拾いいいものとして
あなたにプレッシャー与えませんよっていう
別に俺はなんかその本当に
ゴミがあってゴミ箱があるときにしか拾わない
意識低い人間なんで
全然ゴミ拾いも別にね
そうしてもしなくてもいいですからみたいなスタンス
ちょっと待って
それは聞く質問やけど
ライターがゴミ箱の近くにあったゴミを拾ったときに
映る他者からの像って
どう映ってるって思ってるか聞きたいのと
どう映ってほしいの?
どう映ってるかっていうと
ゴミを拾ったいい人やって映ってるなって思うのと
どう映ってほしいかっていうと
なんかいい人やって別にそんな思われたくないかな
この人はゴミ箱の近くだからゴミを拾ってるから
別に日常からゴミを拾えって強要してほしい
強要してくる人ではないんだって思ってほしい?
まあそれを見た人に思うとしてるか
自分の周りにいる人かな
例えば友達とか一緒にいる人
に対して
俺はそれを重視してるって思われたくないかな
それっていうのはゴミを拾うという
ゴミに対するプレッシャーを俺から与えたくない
与えることが怖い
さっきのライターの友達の例を聞いたからかもしれんけど
なんかあんま変わらんくねって思っちゃう
見た行為だけで人って印象を決めちゃうやん
だからどんな時に拾ってないかってさ
映らへんやん
だから
言う俺は別に自分で
そういうことねそこも情報として足すんやん
このゴミは俺今日拾わないっていうってことや
俺はいい人じゃないですよっていうアピールとして
ゴミ箱あるから拾うっていう
ルールにしてるだけですっていう
その瞬間に全員が働いたというより
ゴミ箱があるところではゴミを拾うっていうルールにしてるだけなんで
何もしてないです私は
なるほどね
それがゴミ拾いに限らずいろんな時に
他者
自分の
映り方
他者の目で見た自分の映り方を
被害
加害者として映らないように行動してるってことか
そこまで考えてないと思うその瞬間
その瞬間というかこのゴミ拾いという行動に対して
普通に嫌われたくないとかのほうがでかい
つながってるけどね
まあそうやな確かにな
って感じですかね
ゴミ拾いじゃなくても
消費行動でもそうやなそうか
そうかも
購買行動とか
うんなるほど
だから俺あんまそういうことせえへんのかな
いやごめんちょっとあの絶対にわからへん
自分の中で今なんかファって思ってないけど
言われへんから今度考えておくわ
グロ
今ちょっとあのヒントが浮かんだ頭の中に
でこの不要意に発言して
後からあいや違うなってなるのがもう見えてるから
あの時こう言ったけどいや全然ちゃうなみたいな
なるに違いないなるに違いないから
めっちゃあるよね
今言わんとくわ
第3巻への期待と選択
どうアリストテレスに関しては
えっとねアリストテレスに関して
じゃない話しそうやったからやべやべ
アリストテレスに関してか
俺3巻も読んだから
言うと
3巻超おもろかった
あうそ
いやいいな
超おもろかったよ
俺1巻より2巻のほうがおもろかったよ
あーわかる
ちなみに俺も2巻より3巻のほうがおもろかった
俺もってなに
俺も1巻よりは2巻のほうがおもろかった
うん
で2巻より3巻のほうがおもろかった
いいね楽しみや
でもどうやって話そうっていう感じ
なんかむずい
えっと言ってることはむずくないよ
てか言ってることがむずくないから面白いんやけど
むずかったら面白ってならないからね
わかるそういうことね
確かに確かになるほどってなって面白いんやけど
どうやって話すかわからん
めっちゃ本書くのうまいこの人
いや確かに
なんか反例をさっきもちょっと言ったけど
反例を考えてしまうと読みながら
その次の次の行とか次のページとかで
ちゃんと反論してくるから
俺の心の中の反例に対して反論してくるから
うまって思う
なるほどね
読みすぐますわ
それがしょうごとでもかんごとでもしてきて
どんなことかっていうと2巻で言ってたのは
中容が大事だよっていうことを言ってるやん
何に対しても中容ってあるよっていうことを言ってて
じゃあこの中容って些細なことでもあるんかなって思って
俺がその時考えてたのが読みたい本が多すぎて
読みたい本っていうか
今アリストテレスニコマゴスリン理学読んでるから
これを読み進めたいっていうモチベーションとか
最近読んでなかった小説に触れたいとか
図書館で編曲期限が切れている本とか
人から借りて感想を求められている本とか
映画化が決まったからその映画見に行くから
原作の小説読み返しときたいなみたいなとかって
モチベーションが違うけど読みたい本がいっぱいあるやん
その時に俺が今この瞬間読む本は
何が中容かっていうのってどうやって考えるんやろうって思うやん
てか思ってん俺が
でもこれって一個一個観点が違うから
中容なんてないってなるやん
さっきの話にもつながるけど
で3巻でそれがなるほどねってなる
からその3巻はこれは中容かどうかの論じゃなくて
何言ったっけな
思案と選択
だから別に中容じゃなくて選択の部分で考えたら
俺は今これを選択してこの本読めばいいんだってなったよ
おもしろ
観点が増えた時にどう考えてどう選択するかっていうような感じかな
だから次3巻楽しみ
じゃあ締める?締めに入る?
そうね
そうやな
締めよう
おしまい
はいおしまい
うまおしまうのうま