先生とひとやすみ。このラジオは、私学の先生方をゲストにお迎えし、子育ての悩みを一緒に考えていく番組です。
こんばんは。私学妙案研究所の清水陽子です。
こんばんは。インタビュアーの早川陽平です。
今日もリラックスしてお聞きください。
ということで、今週もラジオ先生とひとやすみの時間がやってまいりました。清水さん、よろしくお願いします。
早川さん、今日もよろしくお願いします。
はい、さあ、ということで、今日はもう8月に入っているということで。
僕ら収録なんでね、ちょっとタイムラグがあるんですけども、8月6日夜にこれを配信されている予定ということで。
8月6日って言った時に清水さん、なんかパッと思い浮かんだりします?いきなりムチ破り。
今年浮かぶのはですね、自由研究フェスタのIN TOKYOが8月6日なので、これで全ての回が終わってホッとできているといいなと。
なるほど、さすがハードワーカーの清水さんですけども。
でもそれは大事ですよね。
そうですね。
僕はね、やっぱり8月6日といえばですね、広島の原爆が投下された日なんですよね。
で、僕、最初就職してすぐ、卒業して就職した時に新聞社が広島の中央新聞で記者をやらせてもらってたので。
やっぱりね、当然僕はこちらの横浜の人間ではあったんですけど、その広島の原爆っていうのは知ってました。
九中長崎ですけど、やっぱり言って驚いたというか、やっぱり正直、これ全ての人じゃないですけど、この横浜東京というか広島以外の人に8月3日って聞いた時にすぐ出てくる人がいるかっていうと正直、人によると思うんですけど。
やっぱり広島だとですね、少なくとも僕がいた20数年前はですね、奥さんも広島の人なんですけど。
そうなんですね。
学生の時とかも8月6日は夏休みだけど、ちょっと登校する日だったらしいんですよ。
そうなんですか。
で、多分木刀とかしたりとかしたりとか。
で、当然、あれですかね、全国ネットでもやってるかもしれないですけど、NHKでいつも8月6日の原爆の投下の時間の時は式典もあるじゃないですか。
ありますね。
だからそういうのをやっていて、本当にそれをいつも考えさせられる。
やっぱり同時にね、8月6日9日ももちろん終戦記念日の15日もですけど、もう1年中それを考えてるっていうのは違うと思うんですけど。
やっぱりどうしてもその時だけ、やっぱりもう戦争はいけないとかいろいろ思いつつ、また8月6日のあと15日以降はやっぱりいろいろ日常を戻っていく中で、当然それでいいと思うんですけど。
今ね、世界がこういろんな紛争、戦争がまたある中で、やっぱりね、日々こうやってね、ここでこうやって話できることに感謝しつつっていうのを、こういう機会をいただいてっていうのがやっぱりちょっと8月6日個人的に思っちゃいますね。
確かにそうですね。私も実際に近づいてくると意識をしますが、なかなか。
ちょっとこの収録のタイミングは少し前なので、完全に8月6日といってすぐに思い出せなかったですね。はい、でも本当に大切な日ですね。
だからやっぱりね、それをまた思って、また次の日からまたね、できることをしてっていうところだと思いますけど。はい、ちょっとね、そんなことも思いつつな8月6日、今日ですが。
さあ、今月はですね、ゲストに柴学園中学校高等学校校長、武藤光郎先生をですね、お迎えして4回にわたってお話を伺いたいと思います。
今回第1回になりますので、ぜひお聞きください。それではどうぞ。
さあ、ということでね、どこから伺いかなっていうくらい迷うんですけど、しみさんどうしましょうか?
まずですね、母親にとってというところから伺えたらなと思うんですけれども、やはり子育てにおいて、自分とは違う性の男の子を育てるっていうので、難しく感じられる方が多いんじゃないかなと思います。
私も上の子が男の子で、すごく違いを感じました。
接し方ですとか、年齢によってどんどん変わってくるものなのかなと思うんですけれども、男の子への関わり方って、どのようなところに気をつけるとよろしいんでしょうか?
あ、お母さんがってことですよね。
はい、お母様がっていう形ですね。
僕はあんまり違いはないと思っていて、大人か子供かっていうところで、だから子育ての段階で男の子が女の子がっていう、成長のリズムが違うので、自分がかけてもらった言葉が先に来るか後に来るかはあったとしても、子育てをする上で男の子だから女の子だからってかける言葉は違わないじゃないですか。
そんなに身構えすぎなくてもいいということでしょうかね。
全然大丈夫だと思います。
うちの子たち見てても、大好きなお母さん大好きな子もいれば、お母さん大っ嫌いな子もいるので、大っ嫌いな子については、言うのは地方の国立大学に行って一人暮らしすれば、飯はコンビニに買えるけどパンツ自分で洗わなきゃいけないんだから、そしたら母のありがたさがわかるよって言うんですけど、
現役に言ってもわからないじゃないですか、そういうのは。
でもそれは、大学に行くときに、地方の大学に行く子なんかに行って、学校に戻ってきたときに、「お、パンツ洗ってくか?」って言って、「いや、洗っててください。」、「めんどくせーんだよなー。」作戦は2つだって。
自分でやるか、洗ってくれる人を探すかと。
今度ね、そんな、もう卒業したんでね、言うんですけど。
そういうので、母のありがたさっていうのはわかる。
一人暮らししてわかることって、母だけじゃなくて父のありがたさもわかることもあるので、家族関係って絶対途切れないものだし、こじれちゃいけないものじゃないですか。
だとするんだったら、長丁場で考えるのがいいんじゃないかなと思うんですけどね。
その中で、今もご子息がもった大学に…
大学2年生になりました。
今もね、子育て中とはいえ、小中学校の時にそういう違いを感じた前提もあって、今の逆にご質問だと思うんですけど、今の先生のお答えも踏まえてでも、それでも感じた部分とかはあった?
そうですね。単純に私と違うなと思ったのは、物事の興味とその説明の仕方みたいなところは違いました。
でも先生のお話があって、それはもう本当にケースによるのかなと思うんですけれども、うちの場合は、学校で何があったのって聞いても楽しかったみたいな感じなんですね。
ただ、すごく話しかけてくれる時期はやっぱり小学校低学年の頃まではあって、その時はアニメのキャラクターがね、とかゲームでこうなったみたいなことをすごく説明してくれるんですよ。
いろいろ話を聞いてるんですけれども、学校のこととかお友達関係のことは一向に入ってこないみたいなところがすごく自分と違うなと思いました。
私は家では学校であったこととかお友達のことを全部母親に話してたんで、そのあたりに違いがあるんじゃないかってちょっと感じたことがありました。
男の子なんで、もしかするとお母さんとお父さんだったらちょっと違うかもしれないじゃないですか。
お嬢さんがお母さんに話すのと、僕がお母さんに話すのだとちょっと違って。
仲間同士のいろんなことがあったりするようなことって、ちょっと男の子の探検基地みたいな感じじゃないんだけど、ちょっとシークレットな部分も持ってくるっていうかな。
それも成長の一つだと思うんですよね。
だからいるんですよ。ベラベラベラベラベラベラしゃべって、今日校長つまんない話したんだよーなんて。
先生つまんない話したんだってとかって親が会った時に言ってくるんです。
こういうお母さんだとこの子こうやってベラベラしゃべるんだなって。
そんなことを言ったとしても、子供から聞いたとしても、お母さんが校長に向かって先生つまんない話したらしいじゃないのなんて言わないじゃないですか。
そういうタイプのお母さんの子供ってそうだったりするんですよ。
だからある意味いろんなところがあって、そういういっぱいしゃべってくれるお母さんの、今度はお仲間のところでそのお母さんが情報源になっていろんなことが話がつながったりするから、
今度はまあまともじゃないけれども、ママのところはママのところで楽しかったりする。
そうしたら子供たちがそうやってるところは、子供たちのところでわかってるけど知らんぷりみたいな風にしてあげてほしいなーなんて中学の時は思いますよね。
あんまり聞き出そうとしないほうがいいんですかね。やっぱり子供は子供のお友達関係とか、そこでの世界があるわけですね。
たぶんそれがあって、だからうちもお弁当じゃないですか。だから言えることは何かって言ったら美味しいお弁当作ってもらって、大好きなもの、毎日唐揚げでいいんですけど入れといて、
それが空になって帰ってきたら今日も元気で学校行って、なんかいろいろあっただろうけど楽しかったんだろうなって。
その大好きな唐揚げが残して帰ってきた時はピンチなんで、そういう時にはちょっと座りなよっていう話のことの方がいいのかなと思いますけどね。
男の子同士の中で、子供同士の中での秘密っていうのかな。
だから我々男だからわかると思うんですけど、母に暴かれたくないことってあったじゃないですか。
でもね、暴かれるんですよね。
でもそれを言う親と言わないでわかってるけど言わない親とっていうのもあるかもしれないですね。
先ほど言っていただいた私のブログのとこに採算出てくるんですけど、子供が13歳だったら親も13歳っていうことを言うんですけど、
親は自分の年齢で責めてくるんで、それはちょっと子供にとっては負荷じゃないかなとは思いますよね。
先生がおっしゃる親が14歳だったら、子供が14歳だったら親も14歳っていうのは、
親としてまだ経験が浅いよというつもりで子供と接した方がいいよっていうことですね。
親歴14年ですみたいな。
実際そうですね。その子供との関係性においても親になって14年ですもんね。
その前に20年なり30年なりあったのは親でいたわけじゃないので、
それもプラスして自分の経験則で詰めるんで子供のことを。
そしたら14歳なり13歳の子の気持ちがわからない。
わからないだろうなって僕は逆に思ってしまう。
そこは私も足りないけどさとか、私もまだママやって14だもんねとかっていう話から、
でもさ気になるんだとかっていう話の仕方だったら少し話し方が違うかなとは思ったりするんですけどね。
じゃあ僕のブログ、子供が14だったら親も14歳っていうのは、
お前の精神年齢は14だみたいな。
いやそんなそうじゃない。でも親父14年やってるということだと思うんですよね。
先生、僕は父親でちょうど中1の息子がいるんで伺いたいんですけど、
父親なんでやっぱり同じ言語でとか少しわかるところあるのかなと思いつつ、
逆にうちの奥さんが女兄弟で育ったんで、最初の男の子できて今もですけど、
やっぱりちょっとわからないっていう、今の清水さんがおっしゃってるところと同じかわかりませんけど、
今そういう最中でちょっとこうよく言ってるのがやっぱり男の子も大人もですけど、
プライドがあるから、例えばみんなの前で他の兄弟もいる前で、
女の子もそうかもしれないですけど、なんか注意しすぎないとか、
あとやっぱりなんとなくそれは僕も思うんですけど、
競争みたいな、競うみたいな、DNAちょっと入ってるのかわかんないですけどとか、
その一方で当然なんだろう、褒めてほしい、甘えたいみたいな、
その辺っていうのはやっぱりうちの奥さんは今も試行錯誤で、
僕はパパはわかっていいよねみたいに言われる子だって僕もわかってるつもりなんですけど、
でも今の先生の話でいくと、やっぱりそれあんまり精査はないんですかね。
僕はないと思ってて、子供からするとパパの方が、
パパもママも似てるかもしれないし、相反するかもしれないじゃないですか。
ご夫婦ってそうじゃないですか、お互い背中を合わせて違う方向を見て、
違う分野の本を見て読むっていう夫婦もいれば、
同じ方向を向いて進んでいくっていう夫婦の形もあったりとかするので、
それで子供さんなんで、だから逆にお父さんとかお母さんの中で、
子供もこのことは選んではいないんだろうけど本能的に、
これパパには話せるけどこれはパパに話せないとか、
このことはママに話したほうがいいとか、
だからママパパに言っといてよみたいなことをママに言う、
自分で言いなさいよみたいな、そうするとママはパパに何かって嫌われてるよ。
そうすると今度はパパのパターンを言うと、
パパの方は今度は逆に本人に向かって、
お前なに俺嫌ってるらしいじゃないかって直接ストレートに行くお父さんもいれば、
そうなんだ、じゃあ俺少しママに任せるよって言って、
少し距離を置くたりする。
いろんなやり方とかがあるとは思うんですけども、
常にお父さんお母さんで話をしながら、
じゃあちょっと俺一歩踏み込んでみるけどとか、
っていうようなことをやると、
大人の感覚で子供をやってしまうと、
自分の経験則で話してるだけなので、
その自分のメガネだよね。
自分の経験則で話すって話を一つすると、
すごく厳しい家で勉強勉強とか言われて育った中1の子を持つお父さんと、
あんまり勉強のこと言われなくて育った中1のお父さん。
これ両方のパターンがそこにあって、
その後、自分はそう言われてこなかったから、
大変だったから勉強しろよって。
やってこなかった人は勉強しろよっていうパターンと、
それが楽だったから、勉強よりも大事なことがあるから、
ちゃんと考えてやるんだよって言って任せるパターン。
片方の場合は、自分はガチャガチャやられてきたから嫌だったから、
勉強のことは一切言わなかったパターンと、
やってきてよかったと思ってガチッと言うパターンと、
ここでまた4パターンに分かれるんですけど、
それはどっちがいいかっていう話なんです。
でもこういう話をしたのが、
実はね、カマイタチって浜家と山内がそういう話をしててね。
それでうちの子なんかも自分があんまり勉強しなかったから、
ガチャガチャガチャガチャ言ったんだけれども、
それで今大変な音になってるんだよって浜家がこう言ったら、
山内が今度は山口君の方がなんて言ったかって、
僕はちゃんとしっかり勉強してきたんで、
ほっといたら今大変なことになってますって言って、
ドーンと笑いを取るような。
でもそれって冷静にただの笑い話じゃなくて、
本当にそういうパターンがあるとすれば、
自分の経験則がプラスになっちゃうっていうのは、
さっきの14歳のその下の20、30の自分の経験則足して、
その立場の45とかそこいらで話をしてることになるから、
そうすると子供の14歳の気持ちってなかなか難しいかもしれない。
だからどっちに進んだとしても、
最後そういう言い方するともうおじいちゃんの言い方で申し訳ないんですけど、
自分の息子だから、自分の男の可愛い息子だから、
最後はこの子の面倒は私が見るんだと、
俺が見るんだっていうのと、
最後に子供に一つだけ教えてあげた方がいいのは何かって言ったら、
最後はお前が俺の下の世話をするんだよってことを教えるっていうことが大事かなって。
ありがとうございました。