00:05
おはようございます。聞くとホッとリラックスするラジオを聞きに来てくださってありがとうございます。心理セラピストの松川ちえです。
今日から5月ですね。そして、今日まで平日がまたあったので、明日からゴールデンウィークという方もいらっしゃるのかな。
皆さん、どんな5月1日、金曜日の朝を迎えていらっしゃるのでしょうか。
私はですね、予定通り、計画通り、めいっこちゃん、おいっこちゃんのお世話に明け暮れて、おばばカディをね、満喫しております。
はい、疲れるけどね、かわいいんですよね。
今日のテーマはですね、赤ちゃんや小さい子どもに対してあなたはどう感じますかっていう話をちょっとしようかなと思います。
私はですね、昔は、昔はっていうか、例えば20代の頃とかね、っていうのは、ちっちゃい子すごく苦手だったんですよね。
自分の妹とかはね、好きだったんですけど、私11歳年下にも妹がいるので、2歳下とね、11歳下に2人妹がいるんですけど、
11歳下の方の妹に関しては、もう本当にかわいくてかわいくて、もう大好きだったんですけど、
自分の妹はね、すごいかわいいと思ってたけど、他のよそのお子さんとか、ちっちゃい子っていうのは、ものすごく苦手だったんですよ。
もちろん赤ちゃんとかね、見れば、赤ちゃんだな、かわいいなぐらいは思うんですけど、
3歳、4歳、5歳、6歳、7歳、8歳とかね、になってきて、ばっちり自我が芽生えて、会話もできる、何かしらその子の個性もあるっていう状態になると、
もう、もう、なんかどうしたらいいかわかんなくて、若かりし頃ね。
ちっちゃい子にたまに話しかけられたりするとですね、もう本当にビクッてして、
えっ、あっ、はっ、あっ、はい、みたいななんか、もう挙動不振になってたなーっていうのをね、すごく強く覚えております。
20代、半ば頃かな、まだ会社員バリバリやってた頃に、マクドナルドのトイレで、
まあ多分マクドナルドでご飯食べたんでしょうね、ランチなのかディナーなのか忘れちゃいましたけど、
まあご飯、子供がいたから昼間かな、わかんないけど、
マクドナルドのトイレで、たぶんね、6、7歳ぐらいの女の子に声かけられたことを覚えてるんですよ。
かわいいね、って言われたんですよね。
03:03
まあその子たぶん、どういうつもりだったのかな、まあ無垢だったんでしょうね。
私もその頃まだ若かりし頃だったので、なんか年上のかわいいお姉さんだなってきっと思ってくれたのかどうかわからないんですけど、
かわいいねって話しかけられたんですよね。
もうどうしていいかわかんなくて、めっちゃ戸惑ったこと覚えてます。
たぶん、あ、あ、え、あ、あ、あり、ありがとうみたいなことをたぶん言ったと思うんですけど、
ちょっと記憶は定かじゃないんですけどね。
まあそんな感じで、自分の身内以外の小さい子供っていうのがもうとにかく全員苦手。
身内って言っても本当にね、自分の本当に近しい身内以外ダメなんですよ。
いとことかもダメ。
いとことか、田舎とかに遊びに行った時とか、あるいは向こうがうちの方に遊びに来た時とかに、
同じぐらいの年のいとことか、あるいはちょっと上、ちょっと下みたいなね、いとこがいたりするじゃないですか。
子供同士のネットワークがね、そこで親戚の中でね、あるんですけど、そういうのもすごく苦手でしたね。
まあとにかく人間関係全部、全般超苦手。
で、特に自分が大人になってから、20歳とかね、大人になってから対面する4,5歳とか5,6歳とかの子っていうのはもう本当にどうしたらいいかわからなかったんですよね。
これはまあいろんな人がいると思うんです。
私みたいな理由がね、全員とは限らないんですけど、私の場合はね、私の場合はもうとにかく自分自身がちゃんと子供時代を子供として過ごしてきてなかったっていう、それに尽きるんですよね。
だから身も心も子供として過ごしているありのままの5,6歳の子のね、その無邪気さとか奔放さとか子供らしさにふわって触れたときに、もうどうしていいかわかんないわけですよ。
私はこんなふう、それは気づいてなかったですよ。自覚はしてなかったんだけど、私はこんなふうじゃなかったわけですよ。
5,6歳の時とかね、すごくすごく閉じて生きてたので、感情もすごく押し込めていたし、いろんなことをね、繊細な子供だったんですけど、今も繊細な大人ですけど、繊細な子供だったんですけど、いろんなことがつらかったり嫌だったり怖かったり不安だったりしたけど、それを表現することは一切なかったんですね。
なので、おとなしい子、いい子、手のかからない子というふうに親からは思われていました。
だけど、私の本当はね、たぶんちゃんと子供っぽかったりとかわがままだったりとか、理不尽なことを言いたかったりとか、なんか時には泣き叫びたかったりとかしたはずなんですよ。
06:03
でもそれを全部抑圧、我慢なかったことにしてたので、私には子供らしい子供時代というのがね、その当時はなかったんですよね。
今はだいぶ巻き戻して、癒して、回復させて、慈しんできて、今があるので、今はもうだいぶ、本当にだいぶOKなんですけれども、
そうなってみてね、わかるのが、昔より本当にね、子供とか赤ちゃんとか見るときに、本当に心から愛しいなとか可愛いなとか、もう愛すべき存在だなという気持ちが自然に湧いてくる自分になれたんです。
昔はね、20代の頃は全然全然無理でしたね。
もちろん今でも身内の方が可愛いとかはありますよ。
私のね、出来合いするめいっこちゃん、そして弟くんおいっこちゃんですね。
この2人はやっぱり特別可愛いですし、あと真ん中の妹の娘ちゃんの15歳のめいっこちゃんももちろん可愛いです。
全然関係ないその辺、全く他人の15歳の女の子よりも、私のめいっこちゃんの15歳の女の子の方が私にとっては可愛いっていうのはね、あるんですけど。
とはいえ、そういう身内と身内以外にちょっと区別はあるとはいえ、
でもね、今の私は子供に対して赤ちゃんに対して小さい子に対して割と無条件に近い愛を感じられるんですよね。
これってどういうことかっていうと、自分の中の子供の部分、自分の中の幼い部分、自分の中の未熟な部分、自分の中の何も知らない部分、
昔の自分、赤ちゃんの自分、子供の自分っていうものを許してるし、愛してるし、受け入れてるからそれができるんですよね。
わかるかな、なんかよく聞くのが、子供時代ね、とっても親とかがちょっと厳しかったりとか、あるいは男女の区別があってお兄ちゃんと全然違う扱いだったとかね、
なんかいろいろあるじゃないですか、昭和の子育てって。これを聞いてるのが昭和生まれなのか平成生まれなのかわからないんですけれども、
私は昭和55年生まれなので、やっぱり周りにはそういう男女の区別がすごく多くあったりとか、
第一史、第二史の区別がすごく多くあったりとか、私に関してはお姉ちゃんなんだから我慢しなさいみたいな教育を一心に受けてきたわけなので、
そうすると我慢ってあんまり良くないんですよね。もちろん我慢を学ぶ時期っていうのも必要だと思うんですけど、
09:02
とにかくずっと我慢するっていうのは良くないんですよ。本当の気持ち、素直な気持ちがわかんなくなっちゃうぐらい我慢してしまうっていうのはやっぱり不健康だなって思うし、
あとね、その時は、その瞬間はもしかしたら親は楽かもしれない。わがままを封印することができて、
だけど大人になってからその子はね結構こじらせて、なかなか生きづらさを抱え込んだりする私みたいにね、過去の私みたいにそういう風になる可能性全然めっちゃあるなと思うんです。
あ、なんか話ずれたかな。
まあとにかくね、その自分の中の子供の自分、子供時代の自分が生き生きと子供らしくありのままをね、無条件に愛されて許されてたっていう感覚が育ってれば育っているほど目の前にいる赤ちゃんや小さい子供に対して同じようにしてあげることができるんですよね。
で、自分に対してオッケーなことじゃないとやっぱ他人に対してもオッケー出せないんですよ。
なんか、そうだなあ。
なんかなかなかね、こういう時にパッていい例えが思い浮かばないんですけど、
まあ絶対、例えば、私は絶対寝坊しちゃダメって思っているとするじゃないですか。
寝坊するなんて絶対に許せない。そんな自分あり得ないみたいにね。
例えばね、そう思っているとしたら、誰かが寝坊しちゃったっていうのを聞いた時も、え、ダメじゃんって思っちゃう可能性が出てくるんですよね。
でも、まあ寝坊しちゃう時もあるよね、時にはみたいな、そういう感覚が自分の中にあれば、誰か他人が寝坊しちゃったんだよねっていう話聞いても、いやーどんまいだねーって心から言えたりする。
まあそういうふうに、全部が全部ね、この法則に当てはまるとも限りないんだけど、でも分かりますよね。
自分に対して許していることは他人にも許すことができる。
自分に対して許せてないものは他人の中にも許すことがなかなかできないんです、私たちって。
なので、赤ちゃんや子供やそういう存在っていうのはね、とても未熟で小さくて弱くて何も知らなかったりします。
で、そういう自分を許せるか、そういう自分を愛することができるかっていうのはね、結構難しかったりもするんですよね、人によっては。
だから子供に対して何かうまく受容的な声かけができないなとか、私は子供時代もっと頑張ってたのにって思っちゃうとか、
私は親からもっと厳しくしつけられて、辛い思いしながら何とか頑張って勉強してきたのに、うちの子全然勉強しない腹が立つとかね、例えばですよ。
12:05
そういうことになったりしがちなんですよ。
なので赤ちゃんや子供に対して、私がね、本当に心からの愛情を感じられるようになって、何が一番嬉しいかって言ったら自分が楽ですよね。
自分がとっても楽だし、赤ちゃんとかちっちゃい子を見てた時に、本当にね、このままで何にも過不足なく間違ってなく、
いろいろできることできないこと、得意なこと苦手なことあるかもしれないけど、全部このままで、全部オッケーなんだなって、本当にね、心から思えるんですよ。
そうやって目の前の小さい子や赤ちゃんにそう思えるってことは、私自身もそういう存在なんだ。
私自身もかつて赤ちゃんだった頃、そういうふうに周りに思われて当然の、そういうふうに周りに愛されて叱るべき、そういう存在だったんだっていうのもね、同時に深く納得しながら感じられるわけなんですよね。
なので、愛することによって自分が愛されてたことをすごく感じられる。
愛するっていうことができるってことは、自分の中に愛があるっていうことに気づくことにもなりますのでね。
なので、小さい子や赤ちゃんや、別にね、小さい子じゃなくてもいいんです。
例えば、ペットが可愛くてすごく愛を感じるとか、あるいは自分のパートナーにすごく愛しさを感じるとかね。
それぞれ自分が愛を感じる対象って、それぞれだと思います。
私は自分のめいこちゃんがね、本当に本当に本当に本当に可愛いですけど、そういう小さい子とかそういうのじゃなくてもいいんですよね。
別に生き物じゃなくてもいいしね、何か花が好きとかね、そういうのでもいいし、花も生き物か、生き物か。
何かお気に入りのお人形があって、それが本当に本当に愛しいっていうのでもね、すごくいいと思うんです。
とにかく何かに対して誰かに対して無条件の慈しみや愛情を感じることができるっていうことは、自分の中にもそれと同じ要素があるんだ。
自分の中にその愛のその素材がね、それだけあるんだっていうことを思い出すっていうことにもなるんですよね。
はい、ということでちょっと着地点見えないまま話し始めて、今もう14分ぐらい経ってるのでそろそろ終わりにしますが、赤ちゃんや小さい子に対してあなたはどう思いますか。
15:09
もし素直に愛しいっていう気持ちになれないなとか、あんまりいい感じの気持ちになれないなっていう人がいたら、
自分の中に密かにいる小さい頃の自分がどんな風にあなたの中に存在しているかをちょっとね、見てあげてほしいなと思います。
そこにもしかしたら癒しが必要なのかもしれません。
はい、ということで今日は赤ちゃん、ちっちゃい子に対してどう思いますかっていうテーマだったはず。
はい、ということでお話ししました。
今日も最後まで聞いてくださってありがとうございました。
またねー。