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おはようございます。今日も、「聞くとホッとリラックスするラジオ」を聞きに来てくださってありがとうございます。心理セラピストの松川ちえです。
今日はですね、あのー、水曜日か。えーとですね、私昨日病院に行ってきまして、今度ね、5月に手術を受けるんですけれども、
胆脳的質の手術を受けるんですけど、胆石があるので、胆脳を切らないといけないんですけど。
昨日病院に行ってきて、胆脳を取る手術の説明を聞いてきて、手術の同意書を書いてきたんですよね。
それを書いてきて、なんか先生から手術の説明を受けてる間ね、なんかやっぱりちょっとドキドキしましたね。
胆脳的質の手術って、病院の先生によればよくある手術で、毎週のようにやってる手術ということでね、そんなに心配することはないよっていう説明だったんですけれども、
何にせよ私、全身マッサージで手術とか受けるのが初めてなので、あーなんかどんなことになるんだろうとかね、思ったり、
私の体大丈夫かなーとか思ったり、ちょっとね、不安とか怖さがやってきたりしましたね、説明。
動画とかね、写真とか、いろんなデータとか見せてもらって説明を受けたんですけど、
今日ね、今日のスタンドFMのテーマは、私は体ではないっていうね、話をしようかなと思います。
まあその、胆脳を取るじゃないですか、私。胆脳を取るんですけど、胆脳が取れたとしても、私は私のままですよね。
それと同じように、まあそういうことにはならないと思うんですけど、
例えば他の臓器がね、何か一つ損傷したとか、亡くなったとか、傷ついたとか、そういうことが起きたとしても、やっぱり私は私だと思うんです。
腕が一本なくなったとしても、私は私だと思うんです。目が見えなくなったとしても、私は私だと思うんですよね。
あなたもそうじゃないですか、あなたの体のどこか一部分が切断されたり、傷ついたり、何かで使えなくなったりっていうことが起きて、
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もしそういうことが起きてしまったとしても、体のどの部分がどうなったとしても、あなたはあなたのままだと思うんですよね。
これってどういうことかっていうのをよく考えたほうがいいと思うんですよ、一度。
だって普段私たち、体というものにものすごく、何て言うかな、ものすごく同化して生きてるって私はよく言葉としては表現するんですけど、
私は体だとぐらいの、そのぐらいの強い思い込みを持って、体こそが私だっていうこの同一化、体と自分を完全にイコールで同一化して、
そう思い込んで、この体こそが私、体イコール私になっちゃってると思うんです、結構な人がね。
だけど、さっき言ったように、そうじゃないんです。体っていうのは私たちととっても近しい存在で、今回の人生一生共にする存在ではあるんですけど、
でも、とはいえ体は私たちの本質そのものではないんです。
このじゃあ本当の私って何なのかっていう話はね、ちょっと今日は置いておきますけれども、とにかく今日言いたいのは、体は私ではない。
体は私ではないっていうのは、本当に事実としてそうなんです。
例えば、私の右腕とかね、私の左腕とか言いますよね、私の右足、私の左足っていう風に言いますよね。
それから、私のパソコンとか、私のバッグとか、私の靴とか、私の洋服とか、そういう風に言いますよね、自分の持ち物について。
同じなんですよ。バッグも腕も足も同じなんですよ。私の〜なんです。私そのものではなくて、私の〜なんです。
わかるかな。これね、すごく考えてほしいんですけど、自分そのものに私のって付けないじゃないですか。
私の腕っていうのは、腕っていうのは私じゃないから、私の腕っていう言い方になるわけですよね。
私の足、私のバッグってことは、バッグは私自身じゃないからこそ、私のバッグっていう言い方になるわけです。
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だから、私とバッグの間には距離があるんです。
私と腕の間にも距離があるんです。
私と足の間にも
バックよりも腕とか足の方がものすごく近しくて
ぴったりくっついているかのように思える存在ではありますけど
この話何人ついてこれるんだろうという気がしてきましたね
癒しオタクの方だったらもしかしてついてきてくれるかもしれないと思ってしゃべります
ちょっとね意味わかんないよっていう人がいたらね
ごめんなさいまたもうちょっともうちょっとわかりやすいテーマの時に聞いてもらえればと思いますが
今日はちょっと体の話ということでね
私は体ではない私たちは体ではないんです
私たちの本質私たちの私たちそのものっていうのは体とイコールではないんです
だからだから何なのかっていうとね
だから何なのかっていうと体はどんな状態になったとしても
本当の私たちは何一つ傷つくことがないです
何一つ損なわれることもないです
体がたとえどんなに傷ついたりどんなに病気になったりどんなに損なわれたり
傷ついたりなんかもうとにかくボロボロになったとしてもね
でも私たちの本質は無傷ですずっと
すごく病気がひどいとか怪我がひどいとかそういった時に
あの私の本質は無傷なんだっていう風に心穏やかでいられるかっていうとね
もちろん難しいと思いますよもちろんかなり難しいと思います
痛みとかねあの症状があったりすると余計にすごくねあの深刻に感じますからね
でもでもどんな私が今日言いたいのは体があなたの体がどんな状態でも
私の体がどんな状態でも本質的に私は無傷だしあなたも無傷だし
絶対に大丈夫っていうことをね言いたいなと今日は思いました
この私は体ではない私の体だから私の体っていうねこのこの関係性なんですよ
なので私そのものではないんですね
これが腑に落ちると今回のね私みたいな体の手術に対する怖さっていうのも落ち着いてくるかなと思います
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だから本当にねあの癒し本質的な癒しをやってて本当に良かったなーって人生の中でね何度も何度も思ってきましたけれども
また今回手術っていうことを控えてね改めて感じますね
これ体と同化してたり体があの無傷なことが自己価値にくっついてたりしたら
私本当に何かこう損なわれたような自分の何かが本当にね価値が落ちるような傷つくようなそういう感覚でいただろうなーって想像するんです
でも私は体ではないので私は体そのものではないので
もちろん体の状態に精神状態ってものすごく左右されちゃいますけどね
未熟なところの多い人間の一人ですから私も
でもでもね分かってるんです体がどんな状態でも私は本当は無傷だし
あなたの体がどんな状態でもあなたは本当は最初から最後まで何一つ傷ついてないっていうことをね私は知ってます
なので安心して安心してね体と一緒にいてあげてください
私もね手術を控えてもちろん不安とか怖さとかね心配とかもちろんありますけど
心のどこかででも体のことだからそれは体のことだから体イコール私ではないから大丈夫という感覚があります
これは別になんか変な宗教とかねあの話ではなくって事実としてね私の体っていう言い方をしますよね
ってことは私は体じゃないわけです
はいということでちょっと今日の話一体何人に分かりますって言ってもらえるのか分かんないんですけど
まあいいやあの配信しちゃいます
今日もね最後まで聞いてくださった方ありがとうございました
じゃあまたねー