季節の移り変わりと日々のルーティン
おはようございます。今日も聞くとホッとリラックスするラジオを聞きに来てくださってありがとうございます。心理セラピストの松川ちえです。
いやーだいぶ、もう4月の今日は20日ですよね、これが配信されるときは。もうだいぶあったわくなってきて、
あの私ね、朝毎朝ベランダに出て1分ぐらいの短い動画を撮って、
SNSに配信してるんですけれどもね、XとFacebookに動画を配信してるんですけど、
ベランダに出て1分喋ってるだけで、暑いっていう感じになってきて、
でもですね、まだやっぱり4月ということで、寒い日は肌寒いんですよね。
でも寒いと言っても10℃以上は絶対あるから、もう15、6℃ぐらいは絶対あるから、
そうですね、涼しい曇りだなぁぐらいの日がすごく快適なんですけど、
朝から18℃とか19℃とかあって、カンカンデリで23、4℃ぐらいまで最高気温上がりますみたいな日はですね、
もうめちゃくちゃ暑くて、辛くてですね、もうどうしようかなっていう感じです。
今日はどんなんだろうな、ベランダに出て動画を撮るような気候なのか、
それとも日差しが暑かったらくじけて中で撮ろうかなと思いますが、
混乱は悪いものではない
ということで今日の本題はですね、混乱は悪いことじゃないというテーマでお話ししていきます。
生きてると気持ちが揺れることとか、怖いとか不安とか、分かんないとかパニックとか、
そういったね、いろんなことが起きてカオスになるというかね、心の中がカオスになったり混乱したりぐちゃぐちゃになったりっていうことが起きたりしますよね。
これを聞いてくださっている皆さんももしかしてね、人生のある一定の時期そういった混乱のシーズンというか、
恐怖と不安のシーズンというか、そういった時期ってね、あるんじゃないでしょうか、ご経験がね。
もしかしたら今混乱してますっていう方もいるかもしれないです。
そういった時に私たちってどうしても落ち着きたいじゃないですか、安心したいじゃないですか。
不安なの嫌だし、怖いの嫌だし、混乱していろんなものが定義付けられないっていうこの状態がすごく収まりが悪いというかね、落ち着かないんですよね。
というのが、人間の持つ思考の癖というかなんですけど、思考っていつもね、白黒つけたがるものなんですよ。
あ、これってこういうことだよね。あ、この出来事って私はこれを学んだんだな。
こういった新しい情報が入ってきた。あ、これはこういう意味なんだなっていう感じで、いろんなものをね、入ってきたものを整理整頓して落ち着きたいっていう欲望がね、すごくあるんですよね。
ただ、時にね、人生っていうのは、私たちの今までの人生経験ではうまく定義付けられない何か未知の出来事が起こったりとか、経験のないすごく思考で考えたすごく不安なこととか、落ち着かないこととか、混乱してしまうようなことが起きたりとか、
そういう時期ってね、あると思うんですよね。私は思うのは、その時にね、思考の今までの癖とか、思考の求めるこの白黒つけたい、定義付けて一旦落ち着きたいっていうこの欲望に屈してしまうんじゃなくって、あるがままにちょっと不安なら不安、怖いなら怖い、分かんないなら分かんない。
結論が出せない、定義付けられない、今までの自分の人生経験ではどうジャッジしていいか分からないっていう、分からないっていうところの中にね、安心してそこにそのままいてみるっていうね、第三の選択肢というか、そういったものを持ってほしいなとすごく思うんです。
未来への不確実性と意味付け
だって、分かんないことだらけじゃないです。世の中とかね、未来とかね、自分の人生、この先とかね、日本経済とかね、世界の経済とかね、もうそういった状況とか、社会情勢とか、そういったことも含めて、そして自分の家族にどんな出来事が起きるかとか、あるいは自分自身にどんな出来事が起きるかとかね、
事故に遭うとか病気になるとか、そういったことが起きる時もありますし、そういったことって、何だろうな、絶対ないとは言い切れないじゃないですか、生きていく中で。
で、その時に本当にね、これね、本当によくあるんですけど、意味付けをするんですよね、私たちって。何か嫌なこととか、パニックになるようなこととか、よく分かんないこととか、起きた時に、これはこういう学びなんだろうとかね、これはこういうことを私に教えてくれてるんだとかね、
そういった形で無理やり、そうだな、ポジティブな意味付けをしようとする人っていうのも結構多いかもしれないです。
で、この起きた出来事とか、今ここにある不安や恐れとか混乱とか不安定さっていうものに対して、無理やりポジティブな意味付けをすることで何とか落ち着こうとするっていうね、そういった動きが心の中で起きますよね。
で、これって別に悪いことじゃないので、別にそれやってもいいんですよ。これは、例えば、この時転んで怪我をしちゃったけど、このぐらいで済んでよかったんだ、なぜなら私は疲れてたから、あそこで泊まることでこんな意味があったんだとかね、そういったふうに意味付けしたって別に全然いいんですよ。
感情の消化と観察
でも、無理やりポジティブな意味付けする前に、まずは転んじゃったショックとか痛みとか、そういった傷つき体験みたいなものをしっかりと味わって、ホールドしてあげてほしいんですよね。
ホールドっていうのは、自分の中にきちんと消化するというか、自分の中できちんと抱きかかえてあげるというか、そういう感じです。
ちゃちゃちゃって分類して、これはこういう学びだ、これはこういう学びだ、これはこういう意味があったっていうふうに、自分の今までの価値観の分類箱の中にスポンスポンって入れちゃって、これで分類しました、落ち着きましたっていうふうにしてしまうんじゃなくて、
この出来事によって私はこのようなショックを受けてるなとか、こんな風な傷つき感情があるなとか、こんな例えばマイナスの思考回路が出てきたなとかね、そういったことも含めて全部をね、ただ観察してあげてほしいんです。
だってそれがありのままそこにある生まれてきた者たちだからです。
生まれてきた思いや感情やそれがネガティブな感情であったとしても、圧倒されて混乱してパニックになったっていうそのパニック状態っていう良くない感覚だったとしても、自分がどれくらいパニックになってたのか、どれくらい慌ててたのか、どれくらい混乱のさなかにいたのかをきちんと自分自身で見てあげてほしいんですね。
そうやって俯瞰してね、見れるようになっていくといろんなことをね、消化できるように心の器が大きくなっていくかなというふうに思います。
混乱を受け入れる心の在り方
はい、ということで今日ちょっと短いですけれども、タイトル何だっけ?混乱する時だったっけ?そんな感じのねテーマでお話、混乱は悪いものじゃないだったかな、そんなテーマでお話してみました。
心の癒しとかセッションとかをしていると、いつも心が平和で、いつも愛に満ちていて、全く不安とか恐れとかがなくてっていうようなところをね、ついついゴールにしてしまいがちというか、そういった幻のゴールに向かって走ってしまいがちなのがね、人間の差がですけれども。
でも、完璧にピカピカの思考回路になるっていうことは、私はね、おそらくないかなと、自分のこと、そんなピカピカになることは多分ないなと思ってますし、やっぱりね、体を携えて今までの人生とか家族の歴史とかを背負っている私がね、
何も、この先何があっても悲しみや怒りや孤独を全く感じないっていうのも、すごく嘘っぽいなというかね、それもまず不可能だろうなというふうに思ってます。
なので、自分が処理しきれないような混乱や不安や恐怖やわけわかんなさとかパニックとかっていうのは、これからもあるかもしれないし、そしてそれで別にいいんだなっていうふうに私は今思っているっていうことです。
はい。ということで、今日もね、最後まで聞いていただきましてありがとうございました。じゃ、またねー。