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歴史の面白さを伝え、裾野を広げるべく、毎朝6時に配信しています。
本日は3月18日土曜日です。いかがお過ごしでしょうか。 本日お届けする話題は、
【現在から過去にさかのぼる英語史】です。 どうぞよろしくお願いいたします。
今日は、英語史の名著を一冊紹介しながらですね、
歴史記述って何なんだろうかということを考えたいと思うんですね。 ですので、英語史研究に関心がある方はですね、これ名著ですので絶対に読んでほしいという、
まずですね、この本をレビューして推薦するという趣旨が一つあります。 もう一つは、特に英語史研究するわけではないという多くの方にとってですね、歴史を記述するってどういうことなのかということについて一行していただければと、そういう趣旨でお届けする回です。
まずですね、この本なんですが、何かと言いますと、バーバラ・ストライアングという人の書いた、【AHistory of English】という本です。
まさにズバリのタイトルですので、これ自体は全くですね、ストレートですよね。
英語の歴史、【A History of English】ということで、一歴史に過ぎませんというような、【a】ですね、この「the」ではないっていうところが少し一歩引いた感じでいい感じなわけなんですけれども、これ1970年に出された本です。
英語史の通しっていうのは、実はですね、非常に多くこれまで表されてきています。たぶんですね、数え上げれば100以上あると思います。
大書含めてですね、その中でも名著というものがいくつかあるわけなんですけれども、この1970年ですね、この年に出されたということなんですが、20世紀の後半ですよね、この辺りに書かれたもの、やはりいくつかありますけれども、これ一つの名著といって間違いないと思います。
最近はですね、それほど読まれていないんじゃないかなっていう感じがしているんですけれども、私は断るごとにですね、これは本当にいい本だということで、よくですね、学生にも勧めることはあるんですけれども、そんなに読まれていないかもしれません。
一つは、確かにですね、内容的には時代がかっているんですね。言語学史的には構造言語学バリバリという感じで書かれている英語史書なんです。その後、様々な考え方、言語学の立場が現れて、そしてそれぞれの立場から英語史の通しが書かれてきて、
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そういったものがですね、いわば新しい英語史としてよく読まれるようになってきているという側面があるので、その中では一時代前の言語学の考え方といわれる構造言語学で、その立場から書かれた英語史ということでですね、やはり時代の流れであるとか流行りみたいのもありますので、そんなに読まれなくなってきているのかなという感じはするんですけれども、
私は非常にお勧めしてるんですね。手元にこの古本、私も古本で手に入れたんですけれども、あって、表紙を開けるとですね、右上に1000ってあるんですね。これ1000円で、神田の古本屋か何かで多分手に入れたんだと思うんですよ。覚えてないんですけど、1000円。安い買い物だなというふうに、この1000という鉛筆で書かれた値段を見て思うんですけれども、
このバーバラストラングさんが書いた英語史っていうのは、ある点で非常にユニークなんですね。何かと言いますと、初級的記述という方法を採用しているんです。
簡単に言うとですね、歴史って普通ですね、皆さん日本史、世界史なんかの教科書を思い浮かべていただければ分かると思うんですが、古い時代から始まります。だいたい人類の歴史っていうところから始まって、だんだんと文明が芽生えてきてというふうに、つまり時系列で太古の昔から始めて、どんどん現代に近寄っていく。
そして現代史で終わるという、つまり我々にとって当たり前の時系列の流れっていうことです。これ、歴史を記述する、あるいは読者として読むっていう場合に、この流れって非常に自然ですよね。なので、この方法しかないんじゃないかと思っているかもしれませんが、初級的記述っていうのをこのバーバラストラングは採用してるんです。
これは、現代からスタートして過去に遡っていくっていう歴史記述の方法です。自然ではありませんね。実際にちょっと無理があるという部分は確かにあるんですね。
ですが、一つの実験として行ってみたところ、なかなか面白い効果が現れているっていうのが、この英語史書の魅力であり、本当にユニークな点なんですね。
いろいろと無理はあるんです。例えば、具体的にどうやって遡るのかといったときに、200年刻みでピリオド作るんですね。
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例えば、これ書かれると1970年なので、1970年を出発して、チャプター1は1970年から1770年ということで、200年刻みで遡ることになってるんですね。
チャプター2は1770年から1570年、そしてチャプター3は1570年から1370年ということで、200年区切りでおよそ遡っていくっていうことなんです。
ただ、その各チャプター内部では、やはり訴求的ではなく、通常の時系列で書かれているんです。
ですので、時間の自然な流れに対して、逆撫でするような形で遡っていくっていうのは、確かに自然でない側面はあります。
おそらく最大の矛盾は、歴史って因果関係というのが非常に大事で、因果関係っていうのは原因と結果ですね。原因っていうのは必ず時間的に先立ちます。
結果というのは時間的に後に来ます。つまり原因が先で結果が後という論理的時間的関係があって、これこういう原因だからこういう結果が起こったっていうのは時系列なんですよね。
この順で捉えないと理由がわからないっていうことで、歴史記述としては、特に歴史の記述というよりは説明ですね。
なぜこれが起こったのか。それはその10年前にこんな事件が起こったからだみたいな形で時系列に説明していくっていうのがセオリーなわけです。
それが訴求的、遡る方法の記述だとこれが使えないってことになるんですね。
そうすると歴史の最も重要なある意味、支点である因果関係を無視するっていうことになります。
これはさすがに痛いっていうことで、このバーバラ・ストラングさんも200年刻みの内部では時系列に、つまり因果関係をですね、はっきりさせるために時間の前後というこの概念はやはり取っておきたいっていうことなんです。
ただ全体としては遡っていく形式にしたいっていうことなので、この200年刻み内部では通常の古いところから新しいところへという順序を採用しているっていうことで、ある意味でダブルスタンダードっていうことですね。
これはやっぱりクロート向けで、最初にこの英語史の本を読むっていうことは私は勧めてないんですね。
やはり順列に普通の順序で基本的な教科書的な事項をマスターして流れを追った上で、それを反転させたこのバーバラ・ストラングのものをその後で読むとすごく味わい深いよっていうような、そういう進め方なんですけれどもね。
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ということでここまではですね、通常の順番、古いものから新しいものに慣れている私たちにとっては、このバーバラ・ストラングの初級的技術っていうのは非常に自然な流れ、魚でするかのようであり、しかもクロート好みであるというような形でですね、ここまでのところはネガティブに評価してきたんですけれども、
これがですね、恐るべき効果を持っているんです。そして、ストラングとしても著者としても狙いがあって、その点ははっきりしているんです。
そしてこれがですね、とっても面白い。いろいろなものに応用できるのではないかと思いますので、このバーバラ・ストラングがどうしてこんな魚でするような順序で、初級的に技術する英語詞通しみたいなものを書こうと思い立ったのか、ここを次のチャプターで説明したいと思います。
初級的技術の英語詞を書いたバーバラ・ストラングのA History of English、1970年に書かれたものなんですけれども、どうして著者は現在から過去に遡るといったようなユニークな書き方で英語詞の通しを書いたのか。
これはですね、第1章、いわばイントロですよね。イントロの最後の方で詳しく論じています。これがですね、なかなか考えさせる良い論題になってるんですね。皆さんと一緒に考えていきたいと思うんですけれども、著者自身はだいたい3点挙げています。
なぜこういう初級的技術を採用するに至ったのかということですね。まず1つはですね、英語、これ技術の対象である英語という言語ですが、これに始まりはないんだという事実を強調することができる書き方であるということなんですね。
通常の古いところから新しいところへという技術の仕方だと、どうしてもですね、スタートラインを決めなければいけませんね。典型的には449年のアングロサクソン人がブリテン島に侵入した時ということをもってスタートとして、通常の英語詞の本というのは書き始められるんですね。
ところが、この449年はあくまで象徴的な年代で、その1年前、アングロサクソン人が大陸にいた時にも結局同じ言葉を話していたんですよ。ほとんど違いないわけです。1年で変わりませんから、言葉っていうのはね。
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なので、人為的にあるところでここだということでええやと決めるのがビギニングある歴史の始まりということなんですね。言葉については特にそうです。ですので、ここをスタートせざるを得ないってことです。普通の書き方だとどっかをスタートに置かないといけないんで書き始められないんで、そうせざるを得ない。
ですが、これ自体が実は虚構なんだっていうことです。
初級的記述であればこの問題は発生しません。スタートが現在だからです。現在からどんどん過去に遡って、そして太古の昔へとぼやーっと消えていくということで、時間的に本当に最初、ビギニングというものをですね、明示的に述べる必要がないんです。
本の終わりあたりでどんどん古代に遡ってぼやーっと消えていきますと言っておけばいいので、スタートラインを定めなくて良いという大きなメリットがあります。
というのは本当のところ、真実はスタートラインないわけですから。ということで、この問題を回避できるっていうことなんですね。これ一つアイディアだと思うんですね。改めて言いますと、1点目、英語に始まりがないという事実を強調することができる記述の方法だということなんです。
2つ目、英語に終わりがないという事実を強調することもできるんです。どういうことかと言いますと、初級的記述の場合、現在が終わりっていうことじゃなかったんですけど、ということは記述のスタートということですね。逆の意味で。
時間的な終わりっていうのが現在であって、そして英語で記述の始まりがここになるわけですよ。初級的記述の場合。という意味で、ちゃんと終わりあるじゃないかと。つまり今のことですよっていうことなんですが、これは違うっていう言い方をストラングはするんですね。
現在は時間的には最末端、終わりに見える。そしてこの本に関してはスタートラインのように見えるけれども、もう次の瞬間には現在っていうのが未来方向に向かって動いてるわけですよ。
なので、やっぱり現在っていうのもズバッとここだっていう一点を指すことができない。指した瞬間にもう次の時点に現在が動いてしまっているから、ということも思い起こさせてくれるんだということです。
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これは通常の古いところから新しいところへの歴史記述でも、こういうものの見方を意識していれば、同じように現在っていうのはもう次の瞬間には現在じゃなくなってる過去になってるんだみたいな発想はもちろん言われれば理解することはできるんですけれども。
第1点目として挙げた英語に始まりはないんだということを強調した後ですと、この2点目、英語に終わりもないんだというような考え方っていうのはですね、一層の説得力を持つとこういうことはあるのかなと思いますね。
要するに1点目、2点目は、英語、これから記述しようとしているこの現象は始まりっていうのも明確なものはないし、そして終わりっていうものも明確にないんだということを改めて考え直させてくれる。
見直させてくれるという効果が、このあえて訴求的な不自然な順序をですね採用することによって、この両方の点に読者の注意を向けさせることができると、そういう効果があるんだという、そういうことだと私は解釈しています。
最後に3点目なんですけれども、同じ質問を各時代の記述において繰り返すことを余儀なくさせ、現在の時点における我々の限界、無知を思い起こさせてくれるということです。
ちょっと難しいことを言っているように思われますが、例を挙げてみたいと思うんですね。
例えば、このヘルディオでも素朴な疑問っていうのを多く取り上げています。
例えば、なんで動詞の3単元にはsがつくの?というような素朴な疑問ありますよね。
現代の標準英語ではつくってことになっています。
この答え方あるいは考え方には2通りあって、通常の古いところから新しいところへという時間の流れに素直に沿った答え方と、素急的な答え方ってあると思うんですね。
時間に沿った一見すると自然な流れで説明しようとするとどうなるかというと、
まず引用素語の動詞の屈折、活用から始めるんですね。
そしてゲルマン素語ではこうだったよ。
さらに次の時代の古英語ではこうだったよ。
中英語、近代英語では3単元にこんな語尾を取っていて、ついに標準英語ではこうなったんですよという説明の仕方です。
これは極めて自然に見えますよね。
ですが一つトリックがあって、何かというと、現代がエンドになっているんです。
エンドっていうのは終わりという意味と目的、目標っていう意味がありますけれども、
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現代を目標として過去から追っかけて、現代に至るように説明するっていうことです。
つまり答えがわかっていて、これ現代の状況ですけれどもね、答え、ゴールがわかっていて、それにたどり着くように説明を紡いでいくってやり方です。
これ解説を聞いている側はですね、現代にどんどん近づいていく、ゴールに近づいていくっていう感じがするんで、
ワクワクしながらなるほどって聞いて現代に達することができるんですね。
これが一つ魅力なのかもしれませんが、よく考えてみてください。
ゴールが決まっていて、そこにうまく適合するような説明を紡いでいるに過ぎないという穿った解釈も可能なんですね。
むしろもう一つの説明の方法、時間を訴求するというやり方、これを考えてみましょう。
3単元のSは1個前の近代英語ではどうだったんですか?という問いになる。
さらに、それは中英語ではどういう語尾だったんですか?
古英語ではどうだったんですか?
ゲルマン語では?
インヨーソ語では?というふうに、同じ問題を各時代について問いながら遡っていく。
そして古ければ古いほど情報がやはり現代まで残っていないのでわかんなくなってくるわけですね。
つまり、太古の昔にどんどん遡りにつれて情報がぼやけてきて、はっきりしたことがわからなくなる。
これはこれでものすごく自然な知識のあり方、探求のあり方ではないでしょうか。
昨日の夕飯ぐらいのメニューを覚えてますね。
ですが、一昨日ちょっと忘れてます。
1週間前ほとんど忘れてます。
1ヶ月1年前すっかり忘れています。
思い出せません。
というようなことと実は似ている。
同じぐらいこれと自然なことなんではないか。
私たちは古代に関心があるというよりは、現代に一番近い近代にまず関心を持ちます。
その次に中世です。最後に古代です。
というふうに遡って関心を持つ方が普通なんではないかということなんですね。
エンディングです。
今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
今日はですね、一つの英語史の名著を紹介しましたが、
それにとどまらずその名著の中で展開されている歴史の初級的記述ということのメリット、デメリットについていろいろ考えてみました。
一見すると、特に初心者にとってやはりですね、自然に逆撫でするような順序だとは思うですね。
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ですが、よく考えてみると、著者のバーバラ・ストラングが述べているようなメリット、少なくとも実験的な意義っていうのはあったかなというふうに思うんですね。
さすがにですね、この初級的記述でですね、私1年間英語史の外説という授業を大学で持ったりするわけなんですが、
これを初級的でやろうという気にはならないんです。
やはりちょっとクロート語のみすぎる、難しすぎるということなんです。
ただ、1年終えてみるとですね、最後の方になって、例えば近代英語とかアメリカ英語とか、我々にとって時代的にはもちろん短いので、古代より近いので、関心が湧きやすい話題っていうのが年度の終わりの方に来るんですよ。
そうするとですね、最後の授業で1年間授業どうでしたかっていうリアクションを求めると、最後の方アメリカ英語とか出てきて急に面白くなったので、ちょっともったいなかったですみたいなコメントがあってガクンとしたりするんですよね。
そういった意味では、現代とか近代アメリカ英語のような近いところ、時代的に近いところからスタートして遡っていくっていうのは、やはり一つの意義を持っているんだとは思うんですね。
ただ、これは本当にクロートですし、それを記述する側のものすごいテクニックが求められるということで、なかなか簡単には手を出せる領域ではないということなんですけれども、今回は一つの試行実験として、そして初級的記述の意外なメリットということを話題に取り上げました。
これを実践したのがバーバラストラングということで、この記述の方法自体はCentrallyHistoricalというふうに言い切っているんです。
この部分、本書の21ページのある一段落なんですが、印象的なんで読み上げておきたいと思いますね。
一つの歴史観に基づいた英語史書として強くお勧めしたい一冊です。英語史、これから本格的に勉強したいという方はですね、ぜひ読んでください。お勧めです。
さて、少し難しい話になってしまったかと思いますが、英語史に限らず歴史記述をするときに、時間に沿って順序よくがいいのか、それとも皆さん思いもよらなかったかもしれませんが、今日のストラングの紹介でですね、逆もあるんだ、初級的記述があるんだということをお話ししたんですが、
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これについて一般的にですね、英語史とは限らず、とにかく歴史記述一般として、皆さん、この方向、現在から遡る〇〇史という、こういう記述の仕方についてどう思いますか。
一般論として、皆さんの意見、コメントを募りたいと思います。皆さんからの自由なコメント、そしてできればですね、議論が盛り上がれば面白いなと思ってるんですけれども、ボイシのコメント機能を通じてお寄せください。
対象は英語史に限りません。改めて言いますが、例えば日本史とか世界史とか〇〇史、何でもいいんですけれども、現在から遡っていくというやり方のメリット・デメリット、この辺りについて面白い議論になっていくといいなというふうに思います。
どしどしコメントをお寄せください。
それでは、今日も皆さんにとって良い1日になりますように、ほったりういちがお届けしました。
また明日。