#2-67【哲学のモノサシ 1/3】自分の物差しを点検し、修理する。『哲学のモノサシ』から見えたフラコミとのつながり
2026-08-03 35:37

#2-67【哲学のモノサシ 1/3】自分の物差しを点検し、修理する。『哲学のモノサシ』から見えたフラコミとのつながり

【今回のエピソードについて】

哲学者・西研さんの著書『哲学のモノサシ』を取り上げ全3回でお届けします。

第1回となる今回は、本の内容をたどりながら、私たちが物事や人、自分自身をどのような基準で見ているのかを語り合っております。

自分のモノサシを点検し、修理しながら、自分にとって価値ある生き方をつくっていく。そのプロセスと、COCOAで大切にしているフラットコミュニケーションやコミュニティでの対話には、どんなつながりがあるのでしょうか、そんなことを探求しています。

続く第2回・第3回では、『哲学のモノサシ』を読んだココメイトを迎え、それぞれの物差しや感じたことを分かち合いながら、さらに対話を深めていきます。


【今回の本編ハイライト】

  • 人間とはモノサシである。好き嫌いや善悪を判断する自分なりの基準
  • 哲学は異文化交流から生まれた、立場や権威を越えて理屈で考える営み
  • 正解を外から与えられにくい時代に、自分にとって価値ある生き方をどう見つけるか
  • 自分を広げる快と、誰かに委ねる快。行動の奥にある欲求を知るヒント
  • 他者との違いや受容を通して、自分の感受性と物差しを育てていくコミュニティの力


【COCOAトピックス】

  • 🍽️ 8月のシェアリングディナーをオンラインで開催します!8月11日(火)から、涼しい場所でご飯を食べながら参加できるオンライン開催を予定しています。プチあそびのシェア活やコミュニティトークなど、いくつかの企画を組み合わせながら、みんなでゆるやかに交流する時間です。
  • 🔬 8月6日のCOCOAのシェア活では、フラコミラボについてお話しします!日常や仕事、家庭で感じたモヤモヤを持ち寄り、フラットコミュニケーションを実践していくフラコミラボ。どんなことを行い、どんな体験ができる場所にしていきたいのかを、みんなでシェアしながら考えていきます。


🎙️ COCOAトークエピソード配信:毎週月曜 朝

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感想

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サマリー

今回のエピソードでは、西研氏の著書『哲学のモノサシ』を紐解き、私たちが物事を判断する際の「モノサシ」について考察します。哲学が異文化交流から生まれ、立場や権威を超えて理屈で考える営みであること、そして正解が与えられにくい現代において、自分自身のモノサシを点検・修理し、価値ある生き方を見つけるプロセスを探求します。また、自分を広げる快と他者に委ねる快という人間の欲求や、コミュニティでの他者との関わりが自己の感受性やモノサシを育む力についても語り合います。

オープニングと番組紹介
COCOAトーク! 私やかつで活力をみなぎる人生と社会をつくろう! この番組では、人生・社会という畑を実り豊かにするために、理想の相棒関係を共に探究していきます。
こんにちは、パーソナリティを務めます、私やかつコミュニティCOCOA主催のナーミンです。 同じく、パーソナリティを務めます旦那のふくみんです。
COCOAトーク第67回目始めていきます。
はい、よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
これ収録の時点では8月に入ってるんですけど、夏も本番ということです。
本番すぎるよね。
もう7月からね、だいぶ梅雨明けして、もう毎日暑い暑いっていう感じですが、そんな夏にぴったりの…
いや、マジでぴったりだよね。
なんかやっぱ…
いや、乗ってくんだし。
乗ってくんだし。
夏だからこれ、みたいなさ、冷やし中華始めましたみたいなぐらい夏のテーマだなって。
全然そんなことないっていうことを突っ込んで欲しくて言ったんですけど、今なんか乗っかってきたから、ちょっとこっち突っ込み回らなあかんくなった。
ついついドリが違うんだね。
「哲学のモノサシ」の基本コンセプト
はい、ということで今日は別に夏とかあんま関係ない、「哲学のものさし」という本があって、この本をちょっと取り上げながらシリーズ編をお届けしていきたいなと思っています。
今回のこの哲学のものさしシリーズ、どんな人に聞いてほしいかっていうと、
まずはその哲学っていう言葉、なんか興味はあるんだけど、なんかちょっと難しいし固いし、なんか私にはちょっとハズル高いなっていうふうに感じている人だったり、
あとは人間関係であったり、自分自身の生き方に対する考えのヒント、考えるヒントが欲しいなという人であったり、
あとはココア、これはココメントに向けてにはなるんですけど、フラットコミュニケーションっていう言葉を最近ココアの中で使っていて、これに結構興味を持ってくれている人にはぜひいろんなヒントというか示唆があるんじゃないかなと思うので、ぜひ聞いてほしいなと思っています。
今回はこのエピソードでは本の紹介をまずさせていただいて、次回、次々回68かな、68、69のエピソードではまたココメントとシェア活という形で、今回2回目になるんですけれども、やっていきたいなと思っています。
なのでまずその前段として本の内容を紹介していきたいと思うんですけど、哲学のものさしっていうのは西健さんでいいのかな、という哲学者の方が書かれた本になっていて、結構昔に書かれた本なんですけど、これ初心者向けの哲学入門書っていう位置づけになっています。
基本コンセプトとしては人間とはものさしであるっていう言葉から最初この本は始まるんですけど、私たち生きている中でも例えば好きな食べ物もあれば嫌いな食べ物もあったり、それって人に対してもあったりとか、あとはこれをやったらいいとか、これをやっちゃダメとか、例えば信号を無視しちゃいけないとか、テストでいい点を取ると良いとか、こういうことをすると役に立つとか役に立たないとか、
いろんな自分なりのものさしをみんな似てるものもあれば、それぞれ特有のものもあったりするよねっていうことをものさしというふうに呼んでいて、それを使って物事に対しだったり人に対して、そして自分に対して押し量っているよねということをこの哲学っていう切り口からいろいろ旅をしていくというか眺めていくような本になっていて、
結構その生き方みたいなところのヒントにいいですよって話をしたんですけど、やっぱりそのものさしをどんなものを持っているのかとか、そのものさしをどう捉えるのかみたいなところって、まさに自分自身が何を良しと思って何を良しと思わないかみたいな自分の判断基準だったりとか、価値観考え方みたいなところにすごく影響がある部分で、
それをただ自分の価値観を見ましょうっていう話じゃなくて、いろんな過去の哲学的な系譜というか、こういうふうに哲学が立ち上がって、こういうことを私たちは考えて、今こういう時代でもあってみたいなところを結構壮大なんだけどめちゃくちゃコンパクトに文庫本みたいなサイズでめっちゃ薄いのね。
確かにめちゃくちゃ読みやすそうだもんね。
そうそうそう。画像があれだけど調べてもらうと、
ラノベみたいなサイズだよね。
ラノベが知ってる人はラノベのサイズ。
確かに。
なんですけど、すごい文字もすごく大きくて、あとひらがなも結構多くて、本当にその哲学って聞くと、ちょっと博張ってる感じ?
確かにね。ちょっと難しそうって思う人多いかもしれないね、哲学は。
でもこの本はそういう人にこそ、でも気になってるっていう人にとっては、そもそも哲学って何?みたいなところから、いろいろ哲学の世界を見れるような本になっていて、
それはつながっている先としては、一人一人が自分自身のものさしっていうものを、この言葉好きなんだけど、点検し修理する力を鍛えていくことを目指しているっていうところを元に書かれた本だよ。
そうなるよね、自分のものさしってことね。
なのでそれを点検していく、修理していくみたいなところが、自分自身の生き方を考えていく上ではすごく必要な力だよねっていうふうに置かれていて、っていうようなそんな本になっています。
哲学の起源と異文化交流
うんうん、確かに。なんかさ、人間とはものさしであるってすごい面白いなと思ってさ、なんかやっぱり結構ものさしってさ、いろんなものを測るためにあったりとかさ、その基準みたいな形の考え方だったりするじゃん。
で、ちょっと記憶がおぼろげなんだけどさ、なんかものさしってさ、まっすぐなイメージあるじゃん。
だからまっすぐなものを測るみたいなものに使うものなのかなと思ったけど、子供の頃さ、うちにひん曲がったものさしがあったの。
へー。
斜めになってるみたいな。
それはなんか、もともとそういう形状ってこと?
そう、もともとそういう形状だったんだけど、でも俺の中のものさしはさ、まっすぐなものってイメージがあったから、これ何に使うんだろうなみたいなのをずっと思ってたのよ。
で、なんかうちの母親が服を作るのが結構好きだから、なんかその服のパターン作りみたいなものにどうやら使うものさしだったと思って、
ちゃんとそのものさしにはそのものさしの使い方みたいのがあるみたいなのを知ったのを今の話を聞いてちょっと思い出した。
なんかそういうのを、人それぞれの自分のものさしっていうのを時にこういう風に曲げたりとか伸ばしたりとか、なんかそういう感じで点検したりとか修理するみたいな、そういうことなんだろうなーっていうのをちょっと感じました。
そうだと思います。
っていう感じで、そういうことを意図した本でもある中で、中身としてはその哲学ってどういうところから始まったんだったっけみたいなことからまず本としては書かれていて、そこから哲学とは揺らぎであるみたいなね、章が前半に出てくる。
哲学っぽいね。
今んとこ分かんない、何もどういうことみたいな感じなんだけど、でもなんかこのあたり最初の方で哲学についていろいろ話をしている中では、結構私として印象的だったのは、なんか結構その哲学って異文化交流の中で立ち上がってきたものだよみたいな話があるんだけど、
なんかその中でやっぱ異文化の人たちが集まっていると、それこそ物差しも文化ごとにあるからこそ全てが唯一絶対ではないっていう環境があると。
ってなった時に結構元々例えば神話とか宗教とか、なんかあの山にはこういう神様がいてねみたいな、この村はあの神様に守られてるんだよみたいなことを言われてずっとそれが世界だっていうふうに信じていたけど、どうやらその他の文化では海の神様がいるらしいとか、
うちの村ではこういう魔物がいるらしいとか、それぞれのその文化の中で、そもそもそういった言い伝えられていることが違うからこそみんなカルチャーショックが起きて、じゃあ本当ってどうなんだろうねみたいな、本当の男はどうなんだろうかみたいなことが立ち上がってきた中で、ある種その理屈で勝負するゲームだよっていうふうに言っていて、
例えば宗教とかだったら、もうこれが世界はこうなってるんですよっていう説明をもうその宗教がしてくれてるものをそうなんだ、それを信じるっていうことが大事だったりとか、あとはなんか権威とか権力とかが強いなんか世界観、王族の世界観とかだとその王様が言っていることが正解であって、それにどれだけ従うかっていうのが大事だったりする中で、
哲学っていうのはそういうものを全部横に置いて理屈だけで勝負するっていうことを哲学だっていうふうに言っていて、なのである意味どんな立場の人にもどんな人にも開かれているものが哲学だよっていうのをこの最初の章では言っていて、なんかそれがすごく印象的だったなっていう
ロジックってことね
そうそうそうそう、だからロジックが通っていてなるほどねってなればその理屈はなんか評価される
なんかそれが異文化交流であってもみんながなるほどねってなるものが哲学だよって
そうそうそうそう
だからなんかこの文化だとそうだけどこっちはそうじゃないよねっていうものは文化特有のものであって、でもみんなに共通することの真理としては何なんだろうかみたいなことを問うようなことができるのがその哲学でもあるし
でも同時にその絶対的な正解がある、その真理があるっていうふうに考える人もいれば
全ては相対的だよねっていうふうに考える、みんな人それぞれだよねって考える人たちもいたり、そういうのも哲学の歴史の中でいろんな考えとか思想が立ち上がってきて
その中でいろんな自然科学の方に行ったりだとか文化人類学の方に行ったりとかいろんな方向性に探求というか研究が進んでいっている中で
でももともとはそういうみんなに開かれている理屈で勝負するゲームなんだよっていうふうに最初導入があるような感じです
めっちゃおもろい導入だね
おもしろい?
なるほどなーってすごい引き込まれる感じがして、でもその中で同時に本当にそうなんだろうかみたいなちょっとした問いみたいのも生まれるみたいなそんな気分です
哲学史における問いと人間の思考
いいですね、本当に歴史上いろんな人たちがそれって本当にそうなのっていうことを言い続けて積み重ねてきた歴史が苦悶の歴史なのかなって私は感じていて
そう思うと例えば今本の中で全て紹介できないからどういう問いだったりテーマが主にヨーロッパの哲学史の中で出てきたのかみたいなことを結構本の中盤では紹介されているんだけれども
例えば科学ってどういうものなんだろうかみたいな問いだったりとか、絶対に正しい知識ってあるんだろうかとか、あとは科学によって世界のことを説明できるか
例えば宇宙の始まりってなんだったのかみたいなものって、例えばビッグバンみたいなのかみんなのなんとなくね、なんかこうギュッてしてバンってして始まったみたいな
なんかそういう感じあるじゃん、すっげー雑だけど。もうじゃあそのビッグバンを起こったのは何なんだっけみたいなことをやるともう永遠に問えちゃうよね
永遠に行けちゃう
そうすると次究極の問いってどういうとこに行き着くんだろうかみたいな、その究極の問いって始まりの始まりの始まりの始まりのってなるから
もう永遠に果てしなく行っちゃうっていうのが、なんか人間の思考としてあるよねっていう
確かにね
なんかこう問うてみたりとか、なんかそういうふうに考えていく中で、なんか例えばそのこういうことを考えちゃう人間について考えた人とかもいて
なんか人間に自由な意思ってあるんだろうか、いや存在しないんじゃないかみたいなことを問うた人もいるし
あとはなんかこう人それぞれだよねみたいな、なんかこの相対的な観念に行き着いた時に
なんかこの主観は客観に到達できないみたいな、ちょっと哲学っぽい難しいことでもあるけど
なんか主観って結局自分の認知から外に出れないから、なんか客観視って本当の意味ではできないんじゃないかとか
そういうことだったりとか、あとはなんか物と心どちらが根本か、何が大元なんだっけみたいな、根本にあるんだっけみたいな問いだったり
あとはなんか夢と現実は違うって、これもすごい面白い問いだったんだけどさ、なんかどこまでが夢で、どこまでが現実で、なんか夢の条件と現実の条件って何なんだろうかみたいなことを考える人がいたりとか
みたいな感じで、なんかさ、今聞いた中でもさ、絶対これだよねみたいな、なんか1たす1、絶対2だよねみたいなものってなんか問いとしてあんまりないと思うよね
だからこそ、なんかそれを説明するためにいろんな大人たちが一生懸命詞を振り絞って、これはこうだからこうなんですっていうのを積み重ねた歴史がその哲学史だよっていう
いやなんかそれめっちゃおもろいよね、なんかさ、ぶっちゃけさ、こんな言い方するのもあれだけどどうでもいいなって思うから、今言って書いたこととかさ、なんか生きるにあたって何が必要なのかって思うと正直どうでもいいなとは思うんだけど
でもなんかそういうテーマに対してめちゃくちゃ本気でさ、1人の人が人生かけてさ、勉強してたりするわけじゃない、なんかめちゃくちゃおもろいなって思う
本当にね、なんかやっぱさっきの異文化交流の中で立ち上がってきたっていうところと、やっぱりその哲学がその没効したりとか反映するのってやっぱりある程度その生きるのに困らない時代だったりとか
明日食べるものを考えなくていい時代、やっぱ戦争とかすごく情勢が不安定な時って、不安定というかそのとにかく生きるために必死だっていう時代においてはやっぱ哲学ってそんなことよりさ、今日の飯みたいな
確かにね、戦争しながら夢と現実みたいなさ、考えないもんね
考えない考えない、だからこそ哲学ができるっていうのはある種すごく豊かであるっていう証拠でもあるのかなとも思う中で、そういうことを考えちゃうのが人間なんだなっていう
そうね、でもアリストテレスの時代から哲学みたいなところの概念って生まれたのかなって勝手に思ってて、あの時代はすごく平和だったじゃない、やることないからみんな哲学士らしくみたいなそういうイメージがあって、逆に言うと今とかもそういう時代に差し掛かってるのかなって思うんだよね
なんかちょこちょこその紛争地域みたいなところもあったり、戦争してるところとかもあったりはするけどさ、なんかそれこそ今こう物にはあふれかえっててさ、生きるのにはそんな困ってる人もいるかもしれないけど、全体的に見るとやっぱり困ってる人の方が少ないのかなって思うと、なんかこういう哲学みたいなところのこの土壌がふかふかしやすい環境なのかなみたいな、そんな感じはするよね
なんかまあその観点で言うと、その何だろうな、その豊かになってきているっていうところと同じくらい不安定であるっていうのも今の時代の特徴だなっていうのはすごい思っていて、そう思わない、だってなんかさAIでさ、どうなるか分からない、なんか来年自分の仕事があるか本当に分かんないじゃん
だったりとかさ、二次関数的にAIが発達しすぎてとか、で本当にそのいつ戦争起こるかも分かんないじゃん正直、とかあと地震もさ、常に起きる起きるって言われてたりさ、なんかその自然災害もそうだし、戦争とかもそうだし、その技術の発達とか、そもそもその環境的にさ、なんかその地球って持つんだっけみたいなさ、なんかそういう観点もあったりするじゃない
安定はしてないよね、そう言われると
価値ある生き方と自己理解
そういう中で、この本の後半の方でも、今の時代って、価値のある生き方、こういうふうに生きるととても良いですよっていう生き方が、外から与えられなくなった傾向があるよねっていうので
例えば、元々キリスト教とか宗教の世界観が信じられてた、それが世界だって思われてた時代って、勤勉に働いて節制して臨時に優しくするみたいなことが良い生き方っていうふうにされていたから、それに習って生きていくっていうことこそが正義なんだっていうふうに思われていたりとか
また日本のバブルの成長経済の中だったら、良い学歴を持って、良い大学に行って、良い就職先について、前方向かって結婚して子供作ってみたいな、そういうことこそが良い生き方っていうふうにある種、外からそういう指標みたいなものを与えられていた時代とか時期っていうものがある一方で
今そういうものが、それこそ問われて、それって本当にそうなんだっけっていうふうに問われて、人のその幸せとか価値ある生き方って人の数だけいるんじゃないっていうふうな考え方の方がどっちかっていうと、今の時代においては優勢な感じするんじゃない?
だったりとか、就寝雇用が破綻してから、一つの会社に勤め上げるっていうことだけが人生じゃないかもしれないとか、そういうことを考える人が増えていくと、次じゃあ何に従って生きていったらいいんだっていうことが分かんなくなっちゃう
から、とにかく危険がないようにとかリスクがないようにっていう方向性にやっぱ思考として生きやすいんだけど、それも別に悪いことじゃないんだけど、自分自身がにとって何が価値ある生き方なのかっていうことがはっきりしていて、かつ自分がそこにめがけて生きているっていうふうに感じられている時に人間っていうのは生きてるって感覚が持ちやすいってことを書いてるのね
だからそれがなく生きているとぼやけるみたいなことを言ってて、なんかこう自分自身が薄い、薄味になっていくみたいな
これめっちゃだってそうだったもん。薄味だった。今めっちゃ濃いなって思うもん。濃い醤油味になった
自分自身が何が価値ある生き方なのかっていうものがはっきりしないまま、そこに自分にとって価値ある生き方を体現できているとか、そこに向かって生きてるっていう実感がない時にやっぱりそういうものって起こりやすくて、そうなると少しドヨンとするというかさ
明るい感じではないというかさ。なんか社会に活気があるというよりはどっちかってみんな自分を守っていく方向性だったり、なんか社会の中でみんなで力を合わせて生きていくっていうことは少し難しくなってしまうじゃないかっていうことも
そういう書き方をしてたわけではないんだけども、そういうことも本の中で話されていて、その中でこのフラットコミュニケーションっていうものとのつながりで言うと、人間って何かの対象を通じて何かを獲得しようとしているみたいな話があって
その中に2つ、2つの方向性があって、1つが自分を広げて拡大していくっていう甲斐が人間にはあるっていう。例えばできなかったことができるようになっていくっていうのがすごいスキル獲得みたいなのってさ、嬉しいじゃん。昨日まで逆上がりできなかったのにさ、今日逆上がりできたってなったらさ、嬉しいってなるじゃん
みたいな感じで、できなかったことができるようになるっていうのは自分自身が拡大していくっていう感覚があって、それはある種、何かをマスターするっていうことは別にこれ人っていうことじゃないんだけど、自分の支配下に入っていくようなことでもある。いろんなことを自分がマスターしていくから操れるようになっていくみたいなものが自分を拡大していくっていう甲斐が人間にはあるよねっていう
甲斐っていうのは快感の甲斐みたいな感じのことってこと?
例えばなんか一つ例をとって、英語みたいなのが対象があったとしたら、英語を一生懸命勉強するのって、それを通じて何を得ようとしているのかみたいなことを考えると、一つの方向性としては自分自身を広げていくっていうことを得ようとしているっていうのがあったりとか、でも全く逆で自分を委ねるっていう甲斐もあるよねみたいな。
例えば、疲れたら母親に寄り添って甘えるみたいなことが書かれてたんだけど、自分のことを誰かに委ねるっていうことも人はその甲斐を感じるっていうふうに言ってて、これは安心したりとかほっとするみたいなことを言ってたんだけど、人間はこの二つの方向性にその甲斐を得ようとしていろんなことをやったりしてるんじゃないかっていうことをしてて。
だからここを自分にとって何を通じて何を得ようとしているのかみたいなことを掘り下げていくと、結構深いとこまでいけるのでおすすめですよみたいな、やってみてくださいみたいなことを言ってたんだけど、これってフラットコミュニケーションで言ってることとすごく重なる部分があるなっていうふうに思って。
で、なんか究極これって何かっていうと、自分のことを理解していくっていうことだと思うのよ。
なるほどね。自分はどういった時に甲斐を得られるかみたいな。
何を通じてどういう甲斐を得ようとしてるかとか何を得ようとしてるのかっていうことを自分で理解していくことで自分自身を深く理解できるよねっていう。
それをここでは別に対話とかは書いてなかったんだけど、フラットコミュニケーションってそれを対話を通じてやろうっていうことをやっていこうっていうことを言っているものだなと思うから、すごく通ずるものがあるなっていうふうに感じてたよっていう。
コミュニティと自己の感受性
そっか。できなかったことができるようになるみたいなところってさ、すっごい浅いところで言うとさ、今までメラミしか使えなかったのにメラゾーマが使えるようになりましたみたいなものをイメージした。
ドラクエを知ってる人じゃないと通じないわ。
ドラクエって言ってもらわないと。
ごめんね。
メラに何それみたいな。
なんだろうな。要はレベルアップみたいなものなんだろうなっていうふうなのをちょっと捉えると、確かにここに快感みたいなのを得られるなみたいなところもあるし、委ねてしまう回みたいなところはさ、やっぱりずっと頑張ってるとだいぶしんどくなってっちゃうわけよ。
ずっとレベルアップするために戦ってるとさ、どんどんHPとか削れていくわけよ。
そういうときは宿屋に泊まると回復するわけよ。
そうだね。
俺もゲーム脳だからさ、そういうのを思ったんだけど、確かにこれを繰り返していくことによってすごく得られるものがあるんだろうなみたいなところの感覚はあるかな。
それが自分にとって何かみたいなところは、フラットコミュニケーションとかを通じてさ、そういう自分を知ろうみたいなことをやるから、確かに繋がってるなっていうのを改めて自分ごととして解釈しました。
素晴らしい。そういうフラットコミュニケーションでやっていくプロセスと、この本で取り上げられていることってすごく繋がるなと思う中で、最後この本の構図としては自分の物差しっていうものを自分で作っていこうっていう。
すごくこの本の表現で好きだったのが、自分を作り直す作業だみたいなことを後書きで書いてて、めちゃくちゃ共感するなというかさ、私も大学の時にこの哲学を知って、ここから自分を作り続けてる感覚結構あって。
それを自分一人でやっている部分はもちろんあるんだけど、それを人と分かち合いながらやることの楽しさみたいなのもすごいあるなって思っているから、こういうコミュニティとかもやってるなと思うし。
でもコミュニティとかって結構動質化しやすいというかさ、近しい考えを持ってなきゃいけないとか、近しい考えに共感しなきゃいけないとか、そういう風になるとすごく自分がくっきりしなくなるというかさ、ぼやけてくるというかさ。
なんとなくそんな感じみたいな風になると、すごい輪郭がぼやけるからこそ人との違いみたいな、私はそうだけどあなたはそうなんだねみたいな違いみたいなものも対話していくっていうことがすごく私は大事だと思ってて。
それって他者と開催することによってよりできるようになる部分でもあると思うから、そういうものは哲学で物差しで語られていることと、フラットコミュニケーションでよりやっていきたいこととすごい重なるなって思って。
たしかにね。なんかそもそもさ、今聞いてて思ったのはコミュニティって異文化交流じゃん。まさに。いろんな考え方だったりとか経験してきた人たちが集まってさ、でもなんかいいなって思ってるものだったりとか共通のテーマだったりとか気になるテーマは一緒だからそこに異文化交流してるみたいなものを考えると、なんかやっぱりいろんな自分の物差しをさ、さっき言葉でいうとこの修理し直すみたいなさ。
転検したりね。
転検したり修理し直すみたいな場所なんだなって。
そうそうそうそう。だからなんか、でそれが自分がそうやってやってると、なんか他の人にとってもそれがやりやすくなるみたいなものが、なんかそのコミュニティの力だなっていうふうに思うから、でなんかそれで最後その自分の物差しをね、作っていきましょうみたいな話なんだけど、なんかすごい印象的な表現が、なんか自分の感受性をまずは受け入れましょうっていうことを言ってて。
なんだろう、自分自身がどういう感受性を持ってるのか、何をどう感じるのかみたいなことを、なんか受け入れるのがすごく大事なんだけど、でもそれって結構難しいんだよねみたいなことも言ってて、いやこれもめちゃくちゃ共感するなと思って。
まさにまさに。
まさにまさになんだけど、なんかその中で私がねちょっと黒字で書いたところが、他者が自分の存在を受け入れてるという感覚が得られて初めて人は自分の感受性を肯定できるようになるっていうことを書いててさ。
だから感受性を受け入れるところからまずは自分の物差しって作れるんだよ、作っていくんだよっていうことを言っていて、でもそれって結構難しいことでもあるんだよねとも言っていて。
でもじゃあそれを受け入れていくため、自分の感受性を受け入れていくためには何が必要かってなったときに、他者が自分という存在を受け入れてるっていう感覚があると、自分はこういう感覚だったりとかこういうふうな人間として存在してていいんだっていうふうに思えることが自分の感受性を受け入れるために一つのステップになる。
でなんか私がまさにそのコミュニティで体現したいことを書いてると思って。
これはマジでそうだと思う。俺もすごくここは、ここはでももちろん感じるし、自分の生き方もすごい感じるからね。
ちょっと話すとここから20分くらいかかっちゃうからさ。
ちょっと控えていただいて。またねじゃあシェアカッツのとき。
そうだね。でもめちゃくちゃこれはマジでそうだなと思うわ。
なのでそういうところから、ただみんなで共感し合って仲良くしようということだけじゃない、自分自身の物差しを人間は物差しだってなったときに、それを自分で点検したり修理したりしていく力っていうのを育んでいくのに哲学っていうのはすごく役立つ。
それは本当にそうだなっていう風に感じる中で、このフラットコミュニケーションっていうある種の対話技術みたいなもの、対話スタンスみたいなものもすごく役立つんじゃないかなと思っていて、個人的にはすごくフィーリングがあって、この西賢先生と。
エンディングと今後の展望
確かにね。なんかこの本読んだ後一発目出てきたのは、これフラコミやんみたいな。
そうそうそうって思ったし、あとはこの人に私は弟子入りしないといけないって思った。
今でも思ってる。だからちょっと弟子入りを。弟子入りできるのかわかんないんだけど、少なからず会いに行きたいなっていう、まだご存命の方ではあるから。
このポッドキャストをぜひ聞いてもらいたいね。
ちょっと恥ずかしいね。弟子入りとか言ってるの恥ずかしいけど。もしそういう日が来てもいいなと思うけども、一旦はそういう形でこの本を取り上げてみましたというような形になります。
ありがとうございます。
COCOAトピックス
次回からはシェア活という形で、ココメイトにこの本をお勧めして読んできてもらって、3人で話をしていくような形になるので、誰がゲストに来るのかっていうところも含めて楽しみにしてもらえればなと思います。
ということで本編はこんな感じで終わりたいと思います。
ありがとうございました。
今日はココアトピックスの時間です。今週のトピックスは8月のシェアリングディナーを開催します。
シェアリングディナーはいつも基本的にはオフラインでやることが多いんですけど、8月は暑すぎて外に出たくないということで、オンラインで開催しようかなと思ってます。
時間は19時からみたいなところなので、ぜひご飯を食べながら、子供のお寝かしをしながら、耳だけでも参加してもらえたらなと思うんだけど、
例えば、ちょっと内容は企画中なんだけど、いろんなシェア活動を組み合わせていきたいなと思って、プチ遊びのシェア活動とか、プチコミュニティトークとか、そんな集大成?
普通に集まって好きに喋りましょうというよりは、こんなことをしようと思ってるよっていう中にみんなでゲームしたりとか、こういうお題についてみんなで話そうみたいなものがあるよってことだよね。
そういうこと。
集大成じゃないと思います。
そういう企画もいろいろ考えているので、ぜひあの子参加いただけると嬉しいなと思います。
日程はお盆期間になるんですが、8月の11日、これは海の日?
海の日。
土曜日はいつだったっけ?
火曜日だったかな、確か。
火曜日ですね。
大事なところを伝えてなかったね。
一番大事なところなので、ぜひカレンダーを見ていただけたらなと思います。
Zoomで開催する予定なので、お気軽にご参加いただけたらと思っています。
また今週のココアイベントのお知らせです。
8月6日、21時からはココアのシェア活を開催します。
今月はですね、ココアのシェア活はこのポッドキャストのコミュニティバージョンみたいなイメージで、ちょっとお題を決めてゆるゆると話していくような時間で、私たち夫婦とおしゃべりをしていくような時間になりますというところで。
毎月テーマがあるんですけど、今月はフラコミラボについて話していきたいと思います。
フラコミラボ?
初めてだもんね、出すのね。
以前からフラコミ研究所っていうのをスタートしてきますみたいなことを一部の方はご存知かなと思うんですけど、研究所っていうよりはラボだね。
英語で言っただけなんです。
ちょっと肩苦しさをどうやったら取り除けるかと検討した結果、ラボや。みたいな感じになってフラコミラボが爆誕しました。
あとはこのフラコミ研究所のキックオフっていうのを以前7月の後半に開催をした時に、結構その時はまだ内容をどういうことしていこうかっていうのがすごく抽象的だったんですけど、その後いろいろミーティングをする中で、結構具体的にこういうことをやろうっていうところが決まった時に、
これって研究所って感じでもないかもねっていうところもある中で、でもみんなでブラッシュアップしていくっていうところはやりたいから、ちょうどいいかわかんないけどラボがいいんじゃないみたいな。
そんな中身の話からつながってこの名前になったみたいなところもあったりするので、このフラコミラボではフラットコミュニケーションをCocoaでみんなが実践していく上で必要な環境として作っていきたいと思っているので、
ぜひみんなで作っていきたいなと思っている中で、どんなことをやるのかとか、どんなことが逆にと体験できるのかとかそういうことも話していきたいなと思っているので、ぜひ8月6日の21時はCocoaの視野活に参加してもらえたらなと思っています。
よろしくお願いします。
クロージング
はい、ということでこの番組は毎週月曜朝7時に配信しています。番組へのお便り都市都市募集中です。概要欄のお便りフォームから質問・感想を寄せください。
またCocoaがどんなコミュニティなのかを知りたい方はCocoaの公式LINEで友達になっていただき、ワンワン説明会でお話ししましょう。一緒に視野活を楽しんでいきましょう。それじゃあまたねー。
35:37

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