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サンデー・チェンジメーカー。これまでの常識を超えて、新しい時代を開くチェンジメーカーたち。 社会や地域を支えるスターたちの思いを届けます。
この番組は、スタービル博多祇園の提供でお送りします。 こんにちは、田中瑞希です。
RKBスタービル博多祇園スタジオからお送りするサンデー・チェンジメーカーズ。 今日のチェンジメーカーは、株式会社オルターブース代表取締役の小島敦史さんです。
よろしくお願いいたします。 まず、この株式会社オルターブースっていうのは何をする会社なんですか?
うちは福岡に拠点があるITの支援する会社ですね。 だから最近で言うとDXとか言われている分野に対して、僕らが
それってどういうふうにやるの?っていうところに思いっきり入っていって、いろいろサポートしていくと。エンジニアとして?
技術的なサポートですね。 その技術もどんどん進んでいくので、ニーズは非常に多いというか高いんじゃないですか?
もうほとんど僕らの独占みたいなところがあるんですよ。 それってどういう技術かというと、クラウドって言われてるんですね。
すごくわかりづらいんですけど、 皆さんがよく携帯とかでですね、iPhoneとかicloudとか、あれもクラウドですね。
Gmailもクラウド。 こういったクラウドの仕組みって誰かが作らなきゃ提供されないわけです。
その作るっていう作り手のことをエンジニアって言うわけなんですけど、 このエンジニアの人も作ったものをどこかに公開しないと手に入らないわけですよね。
その公開するというところがクラウドという場所なんですよ。 そのクラウドというものを我々がコンサルティングして、そのお客様に一番いい形になるようにご提供していると。
もともとそういうITとかパソコンに強くて興味があって、このお仕事を始められたんですか?
いや、全然そういうわけじゃなくて、もともとは僕はミュージシャン。 高校1年生ぐらいからバンド活動みたいなのをしていて、高校2年生の最後にデビューしちゃって。
なので結構いわゆるインディーズって言われてるんですね。 アンダーグラウンドな世界で結構ずっとやってたんですよ。
僕はそのバンド活動がすごく好きで、それなりに頑張りました。
そのように頑張って、ある程度人気も出てきたんですけど、一番ちょうど21歳ぐらいの時に解散するんですね。
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それはもうやり尽くしたっていうのもある。 達成感? 達成感。 満足して辞めたんですか?
もう大体できること全部やっちゃったんで。 それでプロになってデビューしようっていう気持ちは?
僕らがやってる音楽がかなりマニアックな音楽。 今で言うと当たり前かもしれないけど、ロックでも激しいロックでハードカーパンクってやつだったんですね。
だから当時はコメコメクラブとかそんなに人気あった時代なんで、誰も見向きもしないわけですよ。
でもそんな中でもアンダーグラウンドの中でもめちゃくちゃ人気があって、伝説なんて言われたんですよ。
ちなみにバンド名は? バンド名はヌンチャクっていうバンドです。
これ今聴いてる方が、えーあのヌンチャクって。 多分知ってる人だと思う。普通に知ってます。
じゃあヌンチャクの小島さんが今やシステムエンジニアやってるんだって今驚いてる方がね。
で、このITの業界に入って、でもITもどんどん進化していくので、なかなかそう簡単に会社を大きくしていくとか、そことは難しかったんじゃないですか?
もちろんです。ITの進化めちゃくちゃ早いです。だから僕らが、僕がIT業界に入った時なんて、そもそもITっていう業界が底辺だったんですね。
底辺? 底辺中の底辺です。1995年とか6年とかそのぐらいですよ。
当時を知ってる方で言うと、もうほんとITバブル弾けた頂上。だから日本ってものすごい沈んでる時代で、もう就職氷河期って言われていた時代です。
もう過去にないぐらいの就職氷河期ですね。その中で僕はちょうど成人したわけです。
だから就職できるところってもうないんですよ。だからIT業界に入るしかなかった。
ちょうど1900? 96年とか7年とかね、それぐらいですね。
だから僕らの世代っていうのはやっぱり起業家も多いんですよ。就職できないから起業するしかない。
就職するんで起業した方がいいって。やっぱり僕らの世代はやっぱり起業家がめちゃくちゃ多いです。
でも長く続けられずにその起業した会社もためになってしまった仲間というか周りのお客さんはいたじゃないですか。
もう山ほどいます。山ほどいるし。今も昔もやっぱり会社を存続させるのは難しいですからね。
会社を作ったのは?
会社を作ったのは最近で2015年3月ですね。2015年3月に福岡でオルタブースという会社を創業しました。
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福岡で会社を作ろうと思ったのはなぜだったんですか?
これ別に特に理由なくて、もともと僕は出身が東京、千葉県柏市が実家で住めたのは東京だったんですけど、東京でずっと仕事もしていたんですけど
ちょうど天気というかですね、東日本大震災がありましたね。2011年の3月に大きい地震があったわけです。
僕ら東京にいたんで別に直接被災したわけじゃなかったんですけど、やっぱりあれで結構考え方変わったんですよね。
正直言うとあの時にもうIT業界辞めようと思ったんです。もうIT業界辞めようと思って、人助けというかですね、医療の道に行きたいって思ったんですよね。
当時の会社を辞めて、ただ医療と言ってもいきなりお医者さんになれるわけじゃないし、とにかく医療従事者として何か貢献できるものないかなって色々探していった時に出てきたのが柔道制服師という資格。
精骨院の先生。それを取れば弱った人たちを何か助けることができるんじゃないかなと思って、その資格を取ろうと思ったんです。その時にその資格を取るための学校とか探した時に九州、福岡にすごい有名な学校があって、そこに行こうかなと。柔道制服師を目指すためにその学校に行き始めた。
へー、ここまでお話を伺ってて、キャリアが本当に予想がつかないと言いますか、この後柔道制服師を目指して九州にやってきた小島さんの人生がどうなっていくのかっていうのをまた来週伺いたいと思います。
今日のチェンジメーカーは株式会社オルターブース代表取締役の小島篤さんでした。来週もぜひお楽しみに。ここまでのお相手は田中瑞樹でした。
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サンデー、チェンジメーカーズ。この番組はスタービル博多擬音の提供でお送りしました。