「100年の伝統は、3代にわたるチャレンジがつくる」(前)
2026-02-08 08:45

「100年の伝統は、3代にわたるチャレンジがつくる」(前)

OA日時:2026年2月8日

出演:三田 兼司さん(株式会社みかく 代表取締役)

聞き手 田中 みずき(RKB)

「祇園みかく」は1929(昭和4)年創業、創業96年、前身の牛鍋屋・栄福亭が1887(明治20)年から数えると、約140年も続く、京都を代表する肉料理専門店です。雌牛のヒレ肉が安くて柔らかいことに注目した初代・三田進太郎氏が発案した「オイル焼」。国際文化都市・京都を代表する肉料理店である「みかく」が、1世紀にわたり、時代に合わせて業態を変えながら、多くの文化人・経営者や、海外の方々にも愛されてきました。また近年は3代目が新たに低温調理技術を駆使した冷凍食品として、ローストビーフやハンバーグを製造販売され、通販で人気となっています。この3代にわたるチャレンジについて詳しく伺います。

https://mikaku.co.jp/

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サンデー・チェンジメーカーズ これまでの常識を超えて新しい時代を開くチェンジメーカーたち。
社会や地域を支えるスターたちの思いを届けます。 この番組はスタービル博多祇園の提供でお送りします。
こんにちは、田中美月です。 RKBスタービル博多祇園スタジオからお送りします。
今日のチェンジメーカーは、株式会社ミカク代表取締役の三田健次さんです。 リモートでお話をお伺いします。
三田さん、よろしくお願いいたします。 よろしくお願いいたします。ミカクの三田健次でございます。
偽音ミカク、これは京都では老舗中の老舗のお肉専門店だそうですね。 どのくらいの歴史があるんですか?
明治の20年に福帝という名前でスタートいたしまして、一回潰れてるんですけど、それを僕の祖父が二代目かな。偽音のミカクは初代なんですけど、
僕のおじいちゃんが昭和4年に再建いたしまして、ミカクっていう名前で。 ただのミカクではしょうもないんで、健次さんの
駅主さんという総省がいはって、坊さんにちょっと何かいい名前ないか言って聞いたら、大老という太い老屋の老で、柵の中にいてる大きい動物、牛屋。
牛屋のミカクを言うよりも大老ミカクを言った方がかっこいいやろうと言って、大老ミカクを言って始めさせてもらったのが1929年です。
もうちょっとで、聞く年に初めて。
肉屋だけにですね。
2002年で100周年にやっとミカクとしてはなるんですけども、京都はたくさん老舗が良さがあるんで、やっと100年経ったらやっと覚えてもらえたかなぐらいの印象ではあるんですけども、頑張ります。
たくさん老舗がある中でも、やっぱり100年近く続いているっていうのは、一二を争うんじゃないですか。
肉屋としてはそうですね。
そうですか。
まずその初代が始められた時、どういったお料理を看板メニューにしていたんでしょうか。
大量オイル焼き、油焼きっていう料理で大きくしてもらったんですけども、もともと今はフィレ肉、テンダーロインとか、いわはってものすごく高級肉になりましたけども、
フィレ肉ってね、肋骨の内側にある筋肉なんで、もともと内臓肉扱いで掘るもんやったんです。
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それを柔らかいし、ということで集めさせていただいて、昔のフィレって今のフィレに比べたらもうちょっと味が薄かったみたいで、
ちょっと割り下等、お砂糖で下味付けてお鍋で焼く料理を始めさせていただいて、フィレ肉のスペシャリストとして大きくしてもらったんです。
その当時は、まずフィレ肉を使うということも珍しかったでしょうし、オイル焼きっていう調理法も斬新だったんじゃないでしょうか。
そうだと思います。非常にオイル焼きっていうもの自体もうちのおじいちゃんが作った料理なんで、それで大きくしていただけたっていうのは大きかったと思います。
今の業態にお鍋物屋は一旦クローズさせていただいて、鉄板焼きのステーキのお店を一本にさせていただいたんですけれども、鉄板焼きを始めたのも昭和20年に1945年に日本が戦争に負けて、
京都にもGHQが来て、その商工が京都ホテルを接種して住んどって、日本で遊ぶ前にお鍋物屋で肉があんやったらステーキ焼いてくれって言われて、ステーキも始めたんやって言ってましたから。
鉄板で焼くステーキも最初だったかもしれないというか、割と早い時期から。
京都ではかなり早いっていうか、一番初めだったんやと思います。
本当に常に新しいことにチャレンジされてきたんですね。
そうですね。変化を恐れないようにはしてまいりました。
どうやったら、そのじいさんがずっと言ってたことで、一頭ずつ全部使えるかはずっと考えてくれって言ってたんで、それに近づくように今でもやり続けてる。
一頭、無駄にせずということですね。
でも本当に100年続けるには、そのオリジナリティと新しいことへのチャレンジ、そういったものがやっぱり欠かせなかったんでしょうね。これまでの歴史を振り返ると、初代と。
それはそうやと思います。
いろいろとそれを受け継ぐ3代目としては、充積も感じられてるんじゃないですか。
おじいちゃんがおって、先代の僕の親父がおって、僕もそこに大学に出てからちょっと修行行って入らせてもらって、3人ともが揃ってる時期が結構長かった。
いろんな人が仕事の仕方を見せてきてもらったんで、やったらあかんって言われたことがあんまりないです。
これは伝統的にこういうもんなんだ、だからこうしろっていうわけじゃなかったんですね。
それはないです。
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変化してなんぼやみたいな言い方をずっとしてたんで、それはありがたいことだと思ってます。
そうなんですね。ちょっと老舗のイメージは、昔ながらのことを守り抜くっていうイメージがあるんですけれど、そのあたりがちょっと違って、むしろ革新的であれっていう教えだったんでしょうね。
そうなんだと思います。何でもいいわけじゃないんやろうけど、やったらあかんこと言うたら、誰々気張ったんやんってよそで言うぐらいですね、怒られるのは。
なるほど。これだけの有名なお店になりますと、著名な方もいらっしゃるでしょうからね。
だって有名な方がプライベートで使われるうちの店が、自分でおっしゃって味覚おいしいから行ったてやって言ってくれるのは嬉しいですけども、味覚側から誰々さん来てありますねって言って、
ファンの人でいっぱいのとこへ、その有名な方、飯食いに来てくれますか?
ちょっと居心地が悪くなっちゃいますよね。
特に今、祇園なんていう花町の中でやらして持てる店なんで、内緒ごとが多いというか、プライバシーは守っていくっていうのが伝統的に、それはもう圧倒的に絶対の決まりごとなんで。
だからそれだけお客様に居心地のいい空間とおいしいお料理を提供するっていうところも徹底されてるんですね。
結局はトータルの満足をご提供してるので、メインがミンニク料理であろうと、お魚料理であろうと関係ないです。
これまでの100年続いてきた歴史について伺いましたけれども、次回はですね、いろんな新しいことにもチャレンジしていらっしゃるということでしたので、その辺りをもう少し深掘りしてお話を伺いたいと思います。
ありがとうございました。
今日のチェンジメーカーは株式会社みかく代表取締役の三田健二さんでした。リモートでお話を伺いました。ここまでのお相手は田中瑞樹でした。
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サンデー・チェンジメーカーズ。この番組はスタービル博多ギオンの提供でお送りしました。
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