「震災を乗り越え、北海道〜九州の全国随一のネットワークを構築」(後)
2026-03-29 08:51

「震災を乗り越え、北海道〜九州の全国随一のネットワークを構築」(後)

OA日時:2026年3月29日

出演:十亀 明宏さん(株式会社七十七銀行 福岡法人営業所 所長)

聞き手 田中 みずき(RKB)

2025年12月に、福岡市に法人営業拠点を開設された、宮城県仙台市に本店を構える七十七銀行。北海道から九州まで、地銀最大規模の営業網を整備されました。九州での基盤づくりに奮闘される営業所長の十亀(そがめ)さんに、アジアの玄関口としての福岡のポテンシャルと、東日本大震災とその復興について、お話を伺います。

https://www.77bank.co.jp/

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サンデー・チェンジメーカーズ。これまでの常識を超えて、新しい時代を開くチェンジメーカーたち。 社会や地域を支えるスターたちの思いを届けます。
この番組はスタービル博多祇園の提供でお送りします。 こんにちは、田中美月です。
この番組は、RKBスタービル博多祇園スタジオからお送りします。 今日のチェンジメーカーは株式会社77銀行福岡法人営業所所長でいらっしゃいます、
曽我目昭弘さんです。 曽我目さん、よろしくお願いいたします。 よろしくお願いいたします。
さて、今月3月ということで、東日本大震災、3月11日に発生しましたけれども、もう15年が経ちましたね。
震災の時っていうのは、曽我目さんはどういう状況でいらっしゃったんですか。 当時思い出すと、まだ入校3年目とか4年目だったので、
当時は法人向けの有志係なんかを担当しておったんですが、かつてないぐらい本当に大変だった時期だったと思います。
その時はもうもちろんお仕事されてて、被災されたわけですよね。 はい、おっしゃる通りです。自分自身もやっぱり被災してしまっていたので、
一番今考えると、買い物が大変だったのを覚えています。 当時は物流も止まっていましたし、買い物するところがない。
目の前に大型のスーパーがあったんですが、ここだけが動いていたので、朝7時に並んで、10時に開店だったと思うんですが、
7時から並んで。 購入できるのがですね、夕方前の3時くらいというのが、数週間実は続いていました。
ただの買い物で7時間、8時間かかるというところ。あとは気温も3月だったので、5度ぐらいしかなくてですね。
やっぱりこういった経験をするとですね、非常食とか、あとは特に水なんかはですね、一人暮らしでもとても備えが大事なんじゃないかなというふうに思います。
そうですよね。そんな状況の中、77銀行としても、もちろん地域の方々への営業サービスは止めずということで、大変な中ずっと支援されてこられたんですよね。
その当時のことも聞かせてもらえますか。
被災を受けた企業っていうのは段階があるのかなというふうに思います。
当然売上が全く立たない時期というのがあるんですね。
そんな中でも企業は、従業員の給料は支払わなければならない。あとは固定費も支払わなければならないと。
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企業の資金繰りというものの支援をするというのが、我々有志がかりだったんですけれども、最初の仕事だったのを覚えています。
これは当時補助金とかいろんな制度も出ましたので、情報を集めながら毎日遅くまで仕事をしていたのを覚えています。
銀行自体も、七十四銀行自体も大変だったけれども、その地域の個人のお客様だったり企業だったり、そこを支えていかなきゃいけないというのは、今振り返っても本当に大変だったことで。
当時は沿岸側の支店では相当数の小口の現金払いという受付があったようでございます。
小口の現金払いって、いわゆる1日10万円まで引き出せる有志の特殊な手続のようなものなんですけれども、震災直後って通帳とか身分証明書とか、
印鑑も全部津波に流されてしまったお客様がたくさんいらっしゃったんですね。
そんな中で、我々もシステムが当然止まったときに、この小口の現金払い、全部で確か3万9千件くらい、金額でいうと大体30億円くらいの小口の現金払いを行ったというふうに聞いています。
30億円を身分証明書もない、印鑑もない方々に支払っていたというのは結構怖いんじゃないかなとは思うんですが、
例えばなんですけど、どれくらい回収できたと思います?
3万9千件と30億円を支払って。
どのくらいなんでしょうね。ちょっと待って、半分。
実は相当数の未回収っていうのも覚悟したそうなんですが、返ってこなかったのは2件の19万5千円だけっていうふうに聞いております。
ちょっと今、すごいなんか。
やっぱりそのエピソードを聞いたときに、本当に素晴らしいお客様に囲まれているんじゃないかなというふうに思っているところでございました。
本当にすごい、それはもうなんていうか、今ちょっと言葉を失ってしまいましたけれど。
本当に皆さん、素晴らしいお客様に囲まれているというのが東北の一つの特徴なのかなというところ。
あとは、実は私たちは来て4ヶ月くらい経つんですけれども、福岡のお客様を回らせていただいていても、
当時震災で、2011年の5月にはボランティアチームを作って、実は瓦礫の処理を行ったりとか支援物資を送ったことがあるんだよっていうお客様がたくさん福岡に実はいらっしゃってですね。
たくさんのご支援というものを福岡県とか、もしくは九州の方々にしていただいたというふうに分かりまして、改めても御礼したいなというふうに思っているところでございます。
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そういうお話を聞きますとね、今回そうやって福岡法人を設立されて、より関係性が密になっていくということが、すごく期待、楽しみですよね。
もっともっと福岡と仙台がつながっていけると思うと。
距離的な問題はあるんですけれども、今飛行機だと7、8便ぐらい直通便が出ていますので、いつでも来れますし、日帰りだってうまくいけばできるぐらいの近さにありますので、こういった地方と地方を活性化するようなことを我々はどんどんしていきたいなというふうに思っているところです。
ですね。被災された金融機関だからこそ伝えたいということを改めて最後に聞かせていただいてもいいですか。
やっぱりお客様のためになることを常に愚直にすることが被災だろうと被災してなかろうとも必要なことなんじゃないかなというふうに思っていますので、これからも我々はせっかく福岡に進出したというところもありますので、ぜひ皆さんの、九州の皆さんとか福岡の皆さんのためになるようなことを積極的にしていきたいなというふうに思います。
そして今曽我夢さんが一番大切にしているという言葉を教えてください。
月並みなんですけれども、チャレンジという言葉を大事にしています。
七十四銀行はですね、宮城県仙台市を基盤にする地方銀行です。銀行としては歴史としても150年弱ぐらいあるんですけれども、今回福岡への拠点の出店、設置というのは当行としても初めての取り組みですし、地方銀行としてもあまりないような取り組みをしています。
そんな中で東北と九州をつなぐ架け橋になるために、あらゆることにチャレンジしていきたいと。東北と九州のお客様になるためのことを最優先にこれからも業務に邁進していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
まさにチャレンジの日々がこれからも続きますね。頑張ってください。
ありがとうございます。頑張りたいと思います。
今日は株式会社77銀行福岡法人営業所所長の曽我名昭博さんにお話を伺いました。2週にわたってありがとうございました。
ありがとうございました。
お相手は田中瑞樹でした。
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サンデー・チェンジメーカーズ。この番組はスタービル博多ギオンの提供でお送りしました。
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