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はい、始まりました、care-radioです。ということで、今日も配信していきたいと思いますが、今日は5月8日ですね、金曜日になります。
はい、ゴールデンウィーク明けて、仕事にね、戻っている方もいるんじゃないかなと思うんですけども、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
はい。 私はですね、ゴールデンウィークは、前半戦はあれですね、
奥さんがね、うちは両方
福祉職ではあるんですけど、僕の方はもうカレンダー通りなので、奥さんは介護なので、
まあ あんま関係ないと
土日職もまあ 仕事のことがあるので
前半戦奥さんは普通に仕事やったんで、 僕は普通、普通にというかね
休みではあったけど、子供たちもいたりするんで、ご飯作ったりとか、なんだかんだしてると
うん 休みっていう感じではなく
まあこれがだから子供がね、いる家庭の難しいとこですよね 思いつつ
はい まあまあなんかいつもの土日ぐらいの感じで前半戦を過ごし
そして まあ5月5日と6日はね久しぶりの
この寺岳の旅行に
えー 行ったと
いう感じでね、多分ね去年旅行行ってないんちゃうかな、なんか
うん まあ直白するっていう、どっか泊まるみたいのは多分2年ぶりで
えっとね2年前はそれこそ
東吉野村に行って
で オフィスキャンプ
で坂本さんと 青木さんとトークイベントをして、リーベさんに泊まるみたいなね
カノンさんの っていうイベントが
あって でなんかねやっぱりならいいよなぁみたいな
で、急遽
やどとって、まあ急遽とか忘れたけど
黒滝村やったかな うん、この時はまあどっか観光するってよりかは
あのまあもう宿メインみたいな ちょっと川とかね自然に若干
触れつつ まあ泊まってね温泉入ったりっていうのを主として行ったんですけど
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うん っていうのは2年前なんですよね
なんかちょこちょこ出かけたりはしてるけど 旅行に行くっていうのはかなり久しぶりで
で今回は5月5日、5・6と
島根県の方に行ってきたんですよ
ちなみに今アイロンかけながら
収録しておるわけですが
はい なのちょっと入らないかもしれないですけど
なんとなく違和感があるかもしれないですけど はい
であの 僕の本籍地が島根なんですよね実は
であの住んだことは実はなくって あの僕自身は生まれも育ちも大阪なんです
あの 最初生まれたのは大阪の川崎長野市ところで
まあ 舎宅に住んでたらしいんですよね
今あんまりね舎宅って聞かないですけど
まあ 僕の父はその当時は造船業っていうかね
の仕事をしてて 船底に
入って まあなんか溶接とかしてたんですかね
わかんないですけど
でまあ寮があって
その社員寮みたいなところに住んでて で僕の
誕生期に舎宅を出て いわゆるまあ僕の実家と言っていいのか
あれですけど大阪狭山市に越して でマンション住んでいたという感じですね
はい なので僕自身はその大阪川崎長野市生まれ
大阪狭山市育ちみたいな感じで まあゴリッとあの南川地で育ってきたわけ
なんですけど まあねあの
トークイベントとかでも じゃあほら話したんですけどまあ断じりがねあるような地域で
まあ 大阪狭山市って言ってもあんまピンと来ない方多いんですけど
まあ堺とねあの辺ですと言うと 堺っていう名前はあーみたいな
まあ市まではねわかんないでしょうけど はい
まあそういうところで育ったんですけど実は 実はというか
ルーツが島根ということで両親ともにねあの島根県出身で
の2人とも増田氏っていうところの
出身なんですけど 方やね父親の方は
なんだおじいちゃんがの漁師なんですけど 漁師の息子っていうか産卵坊で
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今思うとね 父親はもう今
えっと
あの クマ真っ赤出血でちょっと倒れてもうねでも
何年経つんやろう 長女がね多分23歳あったねもう多分10年
ぐらいになるかな
でもずっとこうなんだろうな 石疎通はもうできないんですよね父とは
で まずっと病院でお世話になってるみたいな
状態でまあ最近ね会いに行けてないから 行かないといけないなと思うんですけど
で母をねちょっともう亡くなってるんですけど まあその母親も
はえっと農家の娘なんですよね ああああああああ
まあおじいちゃんが母方のおじいちゃんは7人兄弟ね 7人兄弟の一番上で
でその娘っていう感じで まあまあ農家の娘のわけです
はいでまあ島根ますだってほんまに 何もなくってまあ農家が多いんだろうな
とかいう地域で
毎年ねあのお盆時期には必ず帰ってて多分 帰らなかったっていうのはないんじゃない
かな小学生 幼稚園小学生ぐらいは本当に毎年毎年帰って
でまあ3泊ぐらい3泊4泊ぐらいしてで帰る みたいな毎年やってて
からちょっとね記憶がだいぶねもちろん 擦れてきたんですけどなんか僕の現体験と
してはすごく
ある で
まあだから 帰ったらねとりあえず父方の方にまず
行ってで釣りとか行くわけですよ父親とね あの海に行ってもう海の本当道路またいで
すぐそばにあるよ 家だったんで
すぐ海で方やね母方の方に行くと山ん中で すごい自然が
あるっていうかねまあ糸こと虫取りに行ったり 海もね海水浴行って毎年でなんだ
あの なんかスモグリみたいなことやったりね
今思うともうめっちゃ危険だと思うんです けど
ビニールボートみたいな膨らましそれで ちょっと沖まで出て
で でっかい岩みたい
ところにとりあえずボートを止め
今やったら禁止されてるようなこととかね いろんな悪いことをいとこたちに教えてもらっ
てね そんなことをやったりとか
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まあだから やっぱりなんか
ルーツ感があるんですよね僕にとってはらしい そういう自然の中で
1週間ぐらいね過ごすっていうのすごい今 考えると豊かだなんてなんですけど
まあそういうルーツ でもあり
なのでなんか島根 行きたいなーってずっと思ってたんで
なんかこう 1年発揮して
行こうかということでもう勢いのまま予感を取り で色々調べたんですけど
出雲とかも行きたいわけじゃないですか 出雲大社とかねでも
だいぶますだから遠くて
どうしようといつも行ってますだは行っては ちょっと1泊2日では難しいと
なってまぁまぁちょっと今回ルーツをめぐる 旅なんで
めぐるつってもねあの増田はほんまに何も ないしもうねおばあちゃんもいないし
なのでまぁえっと浜田浜田市ってところに 行ったんですけどねとか後高5冊しか
はいっていうところに行っていうのもあの 前に青木さんとやった合気道的体づくり
ワークショップに来てもらった方が島根 県にもともと住まれててその方に何か
ここいいですよみたいな 教えてもらってた風の縁側さんっていうね
ところがあってここもなんか行きたいなぁ とかなって
そう まあちょっとその辺を回ろうということにして
うん でまぁ水族館もあるらしいよみたいなことを
色々調べてじゃあ水族館行こうってなって
はいでもその新幹線で行って で電車でってなると
むちゃくちゃ時間かかるんで どうしようと思って広島まで新幹線で行って
でレンタカーであの北上するちょっと計画を 立て
うん って言ったっていう感じですねうん
まあでも僕結構ねあの車の運転はあのそんな 嫌いじゃなくって昔からで
まあ高齢者介護の時はデイサービスでね 働いてたほんと毎日毎日車乗って
草芸行くって感じだったんですけど 大阪帰った時はたまにこう実家の車乗って
たんですけど まあ実家の車を破棄して
そう あそこそこ帰ってきた時は車買ったんです
よね 当時は se であのお給料もちゃんともらって
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たんで でもそれもちょっと福祉職に転職して
まあ国節であんま車なくても困らないんで 待てばなしたんですけど
そしたらやっぱり全然乗らないもんで 本間に3年ぐらいは全く乗ってなくて
まあでも今回はちょっとレンタカーでやらな しゃーないっていう感じで a
まあ久々の 運転もしつつっていう感じでねあの
でもほんまに恐怖 恐怖というかあの
a まあ広島から
8島根の間と本前も山なんですよね 山を超えっていう感じで山を超え川を超え
という感じでね はいあの
むちゃくちゃ怖かったんですけどペーパードライバー 殺しに道を行きましてですね
まあ安全運転でって感じで いってまあまあでもねあの
そう なんかこれ広島にお住まいの方はご存知かも知れない
ですけど あの
まあレンタカー乗ってああなんか やっぱ感覚ってね手続き記憶と覚えてるもん
で全然乗れるはいけるわーみたいな感じで 調子乗ってたんですけど
したらあの なんでしょう
広島駅でって えっと大田川っていうんですかね
大田川だと思うんですけど そこの音脇を通っていくんですけど
それがねー あの剣道の
だからもう調べたんですよ事後的にね怖く怖かったん なんやこの道ってなんてさ剣道の271号線とこがあって
なんかこう まあ岡みたいな道なんですよ
で えっと
まあ左右にガードレールがなく今ね当然対抗も来るすれ違うんですがその間にも ガードレールなく
言ったらこうちょっとでもハンドル操作左に食って切るともう 崖ですみたい
でしかもこうロードバイクみたい自転車も走ってるし っていうのがすごく序盤に来てしまってまだ運転
慣れ切ってないとっ
っていうちょっと恐怖体験をしながらですけど でまぁ当然山でこうくねくね道が続いてこれはもうレンタカー
作失敗したとかないし思いながらもう子供も乗せてるし ね奥さんも車乗るんですけど
あのもうさあもう無理やって言ってあの はそもそもねあの運転してもらう気がなかったんでいいんですけど
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まあそんなこんなでねあのただ完璧にペーパードライバーをそういう意味で克服したので こっちでもねまたレンタカー借りて
これは乗ってねいろんなとこ子供を連れていけるなという そういう意味でもいい機会になったのとあとはあの
風の縁側さん良かったですね あのちょっとなんかすごい厨房がバタバタしててあの
大丈夫かなと思った全然もうゆっくりでっていう感じで まあ自然の中にポツンとあるような
なんかねもっと 痛いなぁと思えるの空間でいろんな
哲学っていうか思想のもとにこのバッテ開かれてるんだろうなぁって思ったんで いろんな話とか聞いたりとかねあの
したかったなぁと思うような場所で はい
よかったですあの ありがとうございました教えていただいてね
でご飯も食事もねすごく美味しくて 子供たちもなんかすごく喜んでて
よかったなぁという感じですね はい
んでまぁあの岩見 海岸っていうんですか
に海を見に行って なんかね子供たち2人ともすごく海を喜んでくれたんでそれもよかったなぁって
思いますね僕も久々にこう日本海を見たというか ああこんな感じやったなっていうすごい記憶がいろいろ蘇って
とってもえっと行ってよかったなぁというかね
で帰りは えっと2日目は
そのアクアスという 水族館があるんですけど
そこに行って割とね展示も多くて すごいなんか思考凝らした演じであの
まあいろんなお魚を見たりねで白イルカが有名なんですけどあの なんかウイルスにかかったみたいでご賞みたいななかったんですけどまぁまぁそれは
いいかということで はい
でもね僕はあのちっちゃいそんなに大きくないのイメージしてたんですけど 大人になる3メートルぐらいみたいですごく
あのそういうギャップとかもなんか楽しくって でまた最後海行きたいっていうので
海に行ってなんかね たくさん貝殻を
たりして拾ってましたけど
大人のね我々はただただ海を流れる見眺めるみたいな 時間を過ごし
うーん やっぱり日本海はすごい波があるので
その感覚とかねあの入ってこう波に飲まれ そうになったりしながら遊んでた記憶とかも蘇ったりして
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あとねなんか排水の音塩の香りみたい すごく高記憶を
早期するっていうかなんか ああこの感覚みたいな
これにね海入ってのあの疲れ感とかベトベト感加わるとね よりまた何かいろんな記憶蘇るんだろうなぁと思いつつ
非常にいい旅でした でへ
ああ楽しかったねとまあ夜はね宿泊は何か えっと金太の里っていうとこ行ったんですけど
まあ近く探して はいなんか金太郎が
あのイメージキャラクターみたいなねはい まあ温泉入りたいなということで金太の里に行って
あんなんなんでしょうねあの何の戦略ないか なんか伝統なんかわかんないんですけど旅館って青ほどご飯出てくるんで
全然ギリギリ 僕は食べきったんですけどこれ子供とか
食べきれずにはい あれは何なんだろうっていつも思うんですけど
はい まあまあその旅館も
楽しみ
よかったですねいろいろ でも帰りはマトスの山道をね僕は必死で運転して
だいぶね慣れましたね本当に はいっていうのとなんかやっぱ新しめの車に乗ると
あっ あの知識としてはしてたんですけどあの
動きで回すタイプ あれエンジンのパンスのボタンになってたね
あれなんか多分 セーフティーなんとかみたいなあるんでしょうねこう
まあ車通り少ない あの道も多かったんでカーブとかこうね曲がるときに
あの もう中央線超えてショートカットしながら走ってたんですけど
こっち予選とかを超えるとなんかクックってこうハンドルが多分動いてたんだよ なんかこれ
なんかそういうシステムがあるんだなぁと思いながら運転はしてたんですけどね
そうなんかテスラとかも もさせてもらったことが運転はしてないですけど
やっぱあのなんだろう こう
進んでるんだなという感じがして こういう技術もね
あの触れとかなあかんなぁとかちょっと思いつつ
まあ ねどうしてもこう島根とかって車社会なんでね
まあこういう 車だったりねどう移動ってすごく大事だと改めて思ったというか
移動することで いろいろ得られる感覚だったりとか経験というものもあるなぁと思って
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久々のね長寿とかは車の久しぶりやみたいな感じでいろいろね あのちょっとインスタとかフェイスブックとかで僕がパッと編集した
あの動画流してますけどあれはほとんど長寿が撮影してくれた はいあのオズモポケットってねあの
なんかスティック状の a カメラがあるんですけどそれを渡して長寿がね車の中でずっと撮ってくれて
たんですけど はい
まあそんなこんなで いい旅でしたし
はいまあ思い切ってね行ってよかったなぁっていう 奥さんね実は誕生日5月5日が誕生日なので
ね記念すべき40歳であるということでいよいよ僕たちもね 膨大に乗りました
持っていくということで はい
まあ40代は なんかいろんなとこ行ったりとかねこういう経験を本当に家族で
積み重ねていきたいなぁという気がしましたね やっぱり僕の中にもすごく残っているものがこうわーって出てきたりね
したし その自然の中で培われた
なんかもの だったり
僕はいいとこの中で一番年下だったんで すごいいとこに変えらってもらったりとかおじいちゃんばーちゃんね
一番末の孫なんでどっちからしてみても うんそういう意味でなんか僕の
コアな えー
ところなんか変にマイペースのところね あの
はい なんかそういう経験ももしかしたら影響しているかもしれないですけど
私やっぱ自然の中での体験すごく 自分の中に残っているんだろうなぁって常にこう
うーん 脳の音頭の表の方にいるわけじゃないんですけどと記憶としては残っていて自分を
支えてくれてるんだろうと思うとやっぱりね子供たちにたくさんそういう経験を してほしいなぁと改めて
思ったというところでございますはい まあちょっとね
これもあの何度いろんなお仕事 を
しているからこそあの行けたと いうところもねちょっと切ないところもあるんですけど
まあそういう意味でやっぱお金を稼ぐということもやっぱり40代のテーマでこういう 経験するにはねどうしてもお金がいるので
はいでもそこは なんだろういろんな工夫をしながら
お金もうまく稼ぎつつ やっていきたいなと
自分を損なわず
うん 豊かな体験をしていかにこうね生きていくかということを
引き続きね 実践していきたいとおもいますということで
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今日はこんなところで終わります