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はい、始まりました。【ケアラジ】です。
【ケアラジ】は、仕事・家事・育児・勉強など 日々忙しい現代社会のスピードを少し緩め、
ケアの視点から様々な論点を考察する ラジオとなっております。
今回のゲストは、任意団体「あわひ」の 西村征輝さんです。
いつもは日誌と呼んでいるんですが、
日誌がやっている活動は、 社会の間に選択肢を作るということで、
給食中の方とかが過ごせる居場所づくりだったりとか、
居場所づくりがしたいという人が集まる コミュニティみたいなものも運営されています。
で、日誌も大学時代かなに、
心の病じゃないですけども、になった経験があって、
僕自身もそういうパニック障害というものになって、
そこから回復していって、 今があるっていう経過があるんですけど、
日誌と話していて、
人間が回復していくためには何が必要なのかなとか、
そこにはどういう構造があるのかとか、
どういう力学が働いているのかなというところに、
何か僕自身も気づけたような気がしてますので、
まだまだ日誌も若くて、
なんですけど、しっかりやっぱり自分で物事を考えて、
こうして今、自分のやりたい、作りたい世界に向かって、
こうして居場所を作り始めたというところなので、
皆さん、ぜひお話聞いていただいて共感するところがあれば、
日誌の活動も応援していただけたらなと思っております。
では、ぜひお聞きください。
はい、では始まりました。ケアラジです。
今回のゲストは任意団体アワイの西村まさきさんです。
はい、よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
いつも日誌と呼んでいるので、
今日も日誌と呼んでいきたいと思いますが、
はい、なんか今日も畑に行ってましたね、元気に。
そうですね、いきなり行ったなって感じですけど、
今日も昼間、さっきまで昼間畑作業をしてっていうので、
ちょっと体が痛いなと思いながら。
はい、なんかありがとうございます。
その辺なんで畑、ね、やってるかとかも後々聞いていきたいと思うんですが、
簡単に自己紹介していただいてもいいですか、西。
はい、大丈夫です。改めまして西です。
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西村まさきが本名なんですけど、普段西って呼ばれてます。
僕自身は今、属性的なところでいくと、
フリーターとフリーランスの間みたいな形で、
介護のバイトやったり、フリースクールのスタッフとか、
他個人でいただいた仕事とかで、コーチングだったりとかちょっとやったりしつつ、
最初、冒頭で紹介いただいた、今、人員団体アワイというものを立ち上げまして、
社会の間の選択肢を作るというところをミッションに、
メインでは給食中であったりだとか離職中、
ちょっと仕事から離れて休みたいっていう人たちが、
心地よく休めるような場を、今、少しずつ広げていっているというような活動をしていっているところです。
よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
いろんなことをやりながら、アワイの活動をしているって感じですね。
そうですね。
そうなんですよね。社会の間に選択肢を作るっていうのが、
活動理念であり、実際にやっていることであると思うんですけど、
どこから聞いていこうかな。
どこからでも大丈夫です。
今、具体にアワイでやっていることっていうのはどうかな、じゃあ。
そうですね。いくつかやっていることはあるというか、
そもそもアワイ自体は、本当に8月2ヶ月前ぐらいから、
名前をアワイに変えて本格的に活動を始めたっていう形なんですけど、
今やっているのが、先ほど畑作業って言ったんですけど、
住んでいるところが大阪の片野市という、ちょっと田畑が多いような田舎のところで、
近くに畑を借りて、今休む人のための畑プロジェクトというものを始めまして、
給食中とか離職中または休学とか含めて、何らかの形で現在休んでいる人とともに、
月に一度ほど集まって一緒に畑活動をやらないかっていうような、
そういった活動をさせていただいたり、他にもオンラインで場作りをしたりだとか、
もう一つ秋干しっていう名前で、場作りをしたい人たちで集まって、
畑を学ぶようなコミュニティの運営をさせていただいてたりとか、
そういったことをやらせていただいてます。
なるほど、休んでる人、僕も給食していた経験とかあるんですけど、
休学も含めて、そういうちょっと休み期間にある人の活動場所って感じなんですね。
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そうですね、今は一つそういった形でやっているっていうのがあります。
そこがね多分、僕も休んだ経験があるから、
そういう活動あるってすごい助かるなっていうのは感覚的に分かるんですけど、
意外と世間ってあんまりそういう経験ない人多いというか、
そうですよね。
なんかそういう事態に陥らず何とかやられてる人がやっぱ多くて、
その辺の背景というか、
はいはいはい。
もしくは日誌の現体験というか、
ご自身の経験もちょっと関係してるのかなとは思うんですけど、
ちょっと聞かせてもらっていいですか?
もちろんです。
もともと一応僕自身が、今僕26歳なんですけど、
22で大学卒業した直後にちょっとパニック障害というか、
ちょっとパニック障害になって、
そこからうつの期間を1年半ぐらいかな時間をかけて、
ちょっとうつだった期間があったりするんですけど、
それまでもともと僕そもそも小中高と不登校も経験してて、
途中で学校辞めて通信生に移ったりとか、
そこからどっちかというとNPOとか社会課題解決の分野とかでも活動してたんですけど、
ちょっといろんな無理があったというか、
なんかしんどかった部分もあって、うつになってという期間を過ごして、
そこから回復するのにあたっての経験が、
さっき言った休む人のための畑プロジェクトにはかなりつながってるんですけど、
僕がうつだった時に連絡をくれた知り合いの方が、
ちょっと新しく事業をするっていうので、
ボロボロの空き家をめっちゃかっこ安で買ってきて、
自分でリフォームして人に貸すっていうような、
そういう親業の一種のやり方をやるっていうところで、
もしネッシー今ちょっとしんどくて休んでるんだったら、
ちょっとそれなんか手伝ってくれへんかみたいなのを声かけてくれた方がいてて、
それで本当にリフォームの手伝いに行ってたみたいな経験があるんですよ。
壁紙貼ったりとか、意外と素人でもできるようなことが結構いろいろあるんですけど、
そういうのをしてたりしたのが、
それまで結構人ともほとんど会ってなかったりとか、
うつの期間って、働けてもなかったんでどうしようみたいな状態から、
そのリフォームの手伝いとかをさせてもらうようになって、
その人と割と一緒に会うって行動するようになったというか、
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それが結構自分の中ででかくて、
なんかこうやることがあるっていうことが結構大きかったっていうところもあって、
仕事辞めたりとかした後にちょっとどうしようかなってなってる人たちと一緒に、
そういう畑作業っていう、一人で何もせずに休むのって結構難しいよねっていうところから、
一応ノートっていうブログみたいな記事で告知文みたいなのを書かせていただいてるんですけども、
そこで一人で休むのが難しければみんなで休んじゃえばいいっていうのを書かせていただいてるんですけど、
いいですね、いいですね。
そういうところで今は畑とかもやってるっていうところですね。
なるほどなぁ。
ニッシーもじゃあそういう、結構学生の時からちょっとこう、
しんどかったって言ったらいいのかわかんないですけど、
それはなんか、どういうところから来てたんですかね、不登校になったとか。
そうですね、不登校になったのは、僕もともと小学校から中学校に上がるタイミングで、
中学受験をしていてて、ちょっと地元から離れたところに行ってたんですけど、
不登校になった最初の、もともと多分僕学校とかがあんまり合わないタイプで、
元を言えば保育園も確か脱走しようとしてたり、
ああ、そうなんや。
小学校も小4ぐらいの時に、ちょっと数ヶ月で休んだりとかもあったりして、
中学校では、本当になんて言うんですかね、友達と喋ってたりとかしても、
自分が自分じゃないような感覚というか、すごい周りに合わせて喋ってる感じとか、
本当の自分が後ろにいて、
もう一人の自分を見ているみたいな感覚があって、
なんとなくすごく気持ち悪いなっていう感覚があったりだとかして、
その中でちょっといじめを受けたりとかもあったりして、
いじめが大きく不登校の原因になったというよりかは、
むしろいじめを受けた後に、内心では結構1やられたら10やり返すタイプみたいな、
やられたことはマジで倍返しどころじゃないぐらいで、やり返したいみたいな気持ちが結構あるにもかかわらず、
私立とかできっちりしないといけないとか、やりしなきゃいけないみたいなところで、
内心フツフツと燃えてるのにそれをやり返そうとしない自分にもイライラするみたいな、
もあって、ある日プツンと糸が切れたというか、
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なるほどな。
っていうのがあったりとかっていう、学校でとかはそういう振動差があったなと思いますね。
でもそんなの経て、自分なりにというか、
高校も通信生を選んでいって、
で、大学は行ったんですかね?
大学も行ってましたね。
そういう自分なりに道を作って、
で、卒業しよう、卒業したっていうタイミングで、
ちょっと精神的な疾患というかね、僕も同じパニック障害だったんで、
いやーその時期なってたらしんどいなーっていうのをちょっとこう、
自分のこととして考えたりとかね。
結構大人になってからもしんどかったけど、
いざ社会に出るぞっていうタイミングだから、
それはちょっと出花をくじかれるというか、
何角もあったんだろうなと思うんですけど。
そうですね。
元、ちょっと手前から話しちゃうんですけど、
もともとそういう中高不登校やったところから、
学校を辞めて通信生に移って、
逆にそのタイミングですごい自分が自由になったというか、
通信生って本当にいろんな生徒がいっぱいおるというか、
髪がこう、髪色何色なんすかそれみたいに、
ピアスが穴開けてみたいなとかを見た時に、
これぐらい自由でいいよねみたいな感覚から、
すごい自分が解放されていったというか、
それで自分なりにいろいろ楽しく過ごしたりとかしながら、
高校卒業のタイミングで、
多分このケアラジでも何か話題で出てるような、
NPO法人DPというところを、
卒業間際のタイミングで、
ちょっとDBと知り合って、
大学時代からずっとボランティアとか、
DPさんでもインターンをさせてもらったりだとか、
っていうのをずっとさせてもらってたんですけど、
ただ、そうやって徐々に解放されていきつつも、
やっぱり僕って集団とか組織の中に入るのがすごく苦手、
大学入っても部活とか一回入ったんですけど、
全然会わへんなと思って辞めたりだとか、
分かる分かる。
バイトとかも、最初本屋とかでバイトしてたんですけど、
今思えばあれはただバイト先の環境があんまり良くなかっただけな気もするんですけど、
全然会わへんだというか、
そこでも180度変わっちゃうみたいな自分が、
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普段の自分じゃない自分になってしまうみたいな。
そういう気持ち悪さみたいなものがずっとあって、
それでなんとなく僕は、
会社で働くとかができないなというか、
いうようなイメージだけがあって、
ただその中でじゃあどうしたらいいんだろうっていう、
自分の道を作っていかなきゃいけないみたいな、
そういう焦りがずっとあって、
それで多分、ある種視野が狭まっていったというか、
何とかしなきゃみたいなのを思いすぎてたのが、
卒業のタイミングで、
本当は僕は大学院に行く予定だったんですけど、
進学予定だったんですけど、
その卒業式直後のタイミングで、
急に本当に一睡もできなくなるような感じになって、
そしたらもう不登校の記憶も全部フラッシュバックしちゃって、
いう感じで、
ちょっとこう体調を戻さなきゃみたいな、
焦った結果潰れてたみたいな、
ちょっと長かったんですけど。
なるほどな。
そういうでも、
言ったらめちゃくちゃしんどい時期が来て、
じゃあどういう選択肢があんねんっていうところで、
言ったら選択肢ないっていう感じもあったのかなと思って、
企業っていうのも、
多分僕が大学生だと思いつかないし、
とりあえず就職するもんだっていうのはあるじゃないですか。
で、まあ進学を選択しようとしてた中で、
全部ちょっと体調的に難しいと。
結構窮地に追い詰められているっていうか、
そういう時にどうしても人ってメンタルがやられるというか、
身体にもうしんどくなっちゃうっていうのが、
それこそ鬱とかパニック障害だと思うんですけど、
そこからの日誌はどういう風な過程を経て今に至るんですか。
それいくと、もともと本当に鬱になって、
大学に一旦進学はしたんですけど、
もう本当にレポートとか課題が出ても、
パソコン開くだけで全然もう進まないみたいな感じで、
もう本当通い始めてすぐのゴールデンウィーク5月明けとかに、
もう一回休もうって決めて、
決めてというか、まあ親からも休みなみたいな感じでも、
通学もできなくなって休まざるを得なくなって、
一回休学にしてっていう形で休み始めたんですけど、
そこから半年ぐらいは本当に日常生活もままならないぐらいでしたよ、正直。
結構重めだったと思います。
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やっぱりもともと不登校やったところから、
ある程度元気になって、
自分なりにこういろいろと活動してきてたところから、
また鬱になったっていうところで、
最初は結局自分はここに戻ってくるのかみたいな、
なるほど、なるほど。
っていう絶望感がすごく強いというか、
何も変わってないじゃん、自分みたいな。
で、しんどくなったのと、
その時結構やっぱりきつかったのは、
今まであった繋がりが結構一瞬で全部途切れていったというか、
本当に全然人とも連絡取れなくなってっていうところで、
本当に結構もともと不登校の時からそうなんですけど、
既死念慮、もう本当に死んでしまいたいなみたいなのが結構強く出る方で、
そういうこと、もうなんか寝れない、しんどい、死にたい、もう無理みたいなのを、
結構最初の半年ぐらいは本当、
ようやく半年経って、
ちょっとこう、一度、なんだろう、
ちょっとまだ穏やかに過ごせるようになってきたかなぐらいが、
そこが本当最初の半年ですね。
結構しんどかったと思うんですけど、
この僕、逆に、
まぁちょっとフェーズが違うので、
僕は本当社会人になって、
5年ぐらいした時にパニック症状になったんですけど、
逆に関係を切りまくったんですよ。
あーなるほど。
もうなんか、
LINE抜けまくりの連絡、
もうむしりまくりのみたいな、
感じ切りまくって楽になったっていうのはあったんですけど、
その時の日誌って、実際どうだったのかなと思って、
言ったら手を差し伸べてくれる人たちもいたのかなと思って、
そこをなんかすり抜けていったのか、
あえてカットしていたのか、ちょっと休むっていうのが、
カットはしてなかったと思いますね、なんか。
そうですね、それでいくと別に人間関係が苦しくって、
みたいなわけではなかったので、たぶん。
そいつ、もともとあったつながりでしんどくなったわけじゃないと。
ないっていうところから、
でもLINEとかを切ったりはなかったですけど、
Twitter、Facebookは結構ミュートしまくりましたね。
今見たらしんどいみたいなのとかは。
やっぱり友達が楽しんでるとか、働いてるとか含めて、
見たりするのは結構しんどくなったんで、
見たくない情報を全部見ないようにはしてたりとか、
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でも、やっぱり何人か連絡くれた人もいたんですけど、
カットはしてないですけど、
どこまでうまく自分がその時にその手を握れてたかは正直ちょっとわからないですけど、
会うのが怖いみたいなのはちょっとあったりとか。
そうですよね。
なんか僕もそういう時期に会った友達に結構、
逆にすごい言われることがあったりとか、
何してんねんお前みたいな。
当時僕は子供もいてたから、
子供いてんのに何してんねんみたいで、
結構ほんま帰って号泣したりとか、
なんかそういうのもあったから、
うわ、いかんかったらよかったみたいな。
握りに行ってすごい好かされるっていうか、
のもあったので、
そういう感じもあったのかなって。
握りに行く前にちょっと不安がどうしても出てしまうっていうかね。
っていうのはあったかなと思います。
なるほどな。
でも半年経って何とか。
そうですね。
半年経ってちょっと体調的には少し戻ってきたかなっていうタイミングで、
ちょうど先ほど言ってたその授業の話、
こんなんどうやろうみたいなのとか、
でも本当その当時はその人にめっちゃお世話になったというか、
なんかその人がトライアストラルに出たいねんけどとかって言って、
ちょっと一緒にランニングしようやみたいな感じで言ってくれたりとか、
みたいなんで、
会ったりしながらリフォームの手伝いとかしながら、
徐々に何だろう、やっぱりそれまで本当に僕うつの期間の時って、
最初月に会う人とか3人いるかいないかみたいな、
このレベルとかで全然ほぼほぼ家族以外と話さないみたいな状態だったんですけど、
そこから少なくともその人と週1回とかぐらいは会ったりだとか、
っていうところから徐々に回復してきたかなっていうところで、
大きかったのはちょうどうつから1年後ぐらいのタイミングで、
またその人がこういうバイト先あるねんけどどうやろうって言って、
今も実はやってるんですけど、
とあるNPO法人さんがやってるショートステイの介護施設の、
仕事があるんやけど、
なんかここ結構その体調とかもすごい理解してくれるし、
みたいなんでどうやろうって紹介してくださって、
で、だからバイトをし始めたのがちょうどうつから、
1年後うつというか急学校休みだした、
大学にも行かれへんってなったところからちょうど確か1年後ぐらいだったんですけど、
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ちょっとこうバイトを始めてみるみたいなところから、
だいぶ回復してきたかなっていうか。
そうか、なんか一般にやっぱりすごい、
なんですか、こううつとかの人に対して、
とりあえず休まなあかんっていうのはわかると思うんですけど、
そのなんていうの、
ちょっとなんか働くことで回復する感覚ってあるじゃないですか。
僕もなんかこのケアラジェも何回も何回かそういう話題が出てて、
話してて、確かにそういう感覚ってありますよね、みたいな。
前、第8回の甲さんってライターの方がいらっしゃって、
その方と僕はちょっと似てて、子どものせいをすることで、
すごい回復していったんですね。
そういう自分に役割があるというか、
なんか日誌の場合はどういう感じやったんですか、
なんでいろいろ手伝いしたりとか、
一緒に走るとかあったと思うんですけど、
その中でなぜこう回復していけたのかっていうと、
でいくと、一つはシンプルに、
誰かと過ごす時間っていうことだとは思うんですよね。
本当にうつの期間、僕一番しんどかったのは孤独感というか、
今まで一緒に連絡取ったりやってた人たちとも、
全然連絡を取れなくなってしまってたりとかしてて、
本当に孤独だったっていうのが、
結構強かったので、
それの中で定期的に会う人、家族以外で、
っていう人と一緒に過ごす時間があったっていうのは、
まず一つ大きかったなっていうところと、
やっぱり何かをやっている最中って、
そんなに悩まないというか、
自分を見つめるよりも手作業してるというか、
やっぱり頭から離れられたみたいな自分も、
結構大きかったんだと思うんですよね。
そこからバイトとかもし始めると、
お金も入ってきたりとかすると、
どこか出かけてみようかとか、
そういう、何だろう、
働けてないとかお金が入ってこないってなったときに、
どうしても行動範囲が狭まったりとかもしたりすると思うので、
こういう意味でも、お金が入ってくるっていうのが、
一つ大きかったのかなっていう気がします。
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めちゃくちゃ入ってこなくてもいいけど、
ちょっと何か外出てみようかなとか、
何か買ってみようかなとか、
会いに行こうかなみたいなね。
っていうのはあるかなと思います。
でもその、
なんか先輩というのか、
わかんないですけど、
なんかどんな感じの関わりだったかというか、
なんていうんですか、やっぱりこう、
差し述べられる手っていっぱいあるけど、
なんとなくつかんでしまうっていうか、
っていうのもあるなと思って、
なんかそれはどうだったんですか、
なんかそこに必然性がないと、
僕も子どものケアだったから何とか、
自分がやらないっていうので、
動けたっていうのがあるんですよ。
どっちかっていうと、関係性としてはすごい家族に閉じてたので、
なんか周りから差し述べられる手って実はあんまなくて、
なるほどなるほど。
家族的な何かのケアっていうか、
だったんですけど、
その人の手をちゃんとこうグッとつかんでいけたっていうのは、
その人に何か理由があるのか、
その時のニッシーの状態だったりとかにフィットしたのか、
どうですかね、結構難しい問いだなと思いつつ、
そうですね、
でもなんか、
その人との関係性がまずこう、
近すぎなかったのも良かったのかなと。
なるほど。
それまでもその人は元々結構前からの知り合いではあるんですけど、
別にこう頻繁に会ってたとか、
よく話してたっていうわけではなくて、
むしろしばらく会ってなかったんですけど、
たまたま僕がFacebookとかでちょっとしんどいけど、
なんかいろいろ投稿してる中で、
ちょっと話そうやって言ってくれて、
久しぶりで会ったみたいな、
近すぎず遠すぎずみたいな、
久しぶりっていう感じでっていうところと、
向こうも別に支援するとかじゃなくて、
これ今やってる畑とかにもつながることなんですけど、
なんかあくまで向こうが手伝ってって言ってくれてたことも
一つあったのかなっていう気はして。
なるほどな。
なんかちょっと困ってんねんけど助けてくれへんっていう感じで声かけてもらって、
あえて振り返ればですけど、
そういう意味では握りやすかったというか、
握りやすかったというか、
別に差し伸べられたという感じでもない。
感じでもないですね、多分ね。
すごいそれは感じたな。
なんか助けようっていう手じゃなかったんですよきっと。
多分向こうからしたらたまたま久しぶりに話して、
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時間あるんやったらこれ一緒にやろうよぐらいの感じやったんちゃうかなみたいな。
確かに。
それは大きいかもな。
なんか逆に差し伸べられるとペシってやりたくなるというか、
ちょっとねなんか素直に握れないみたいなんてあったりすると思うんですけど、
なんかそういう感じでもなかったっていう。
なるほどな。
だから結構そっから1年ぐらいは、
逆になんか俺らこんな1年でようこんな会うと思ってなかったよな、
ハッカーみたいな感じの関係性だったというか。
なるほどな。
なんかすごいうまく言語化できないけど、
なんかありそうですよねその辺にね。
そうですね。
そういう意味でちょっと自分の活動に寄せちゃうんですけど、
畑を休む人のための畑っていうのでやってるんですけど、
僕がその畑を借りた理由が、
もともと僕自身が自給自足に関心があったっていうのもあるんですけど、
畑ってちょうど活動しながら交流とかもしやすいしっていうのと、
もう一つは本当に雑草が伸びすぎて困ってるねん、
ちょっと助けてくれへんっていう形で、
これ結構普通にリアルに本音というか、
あえて言ってるわけでもなく、
まじで1人やと手が回らへんという感じで、
なんかこっちから助けてって言える関わり方って結構重要だなぁみたいなのはすごい思ってますね。
いや、そうやな。
なんかそうなんです。
僕も2回実はパニック障害になってて、
2回っていうか、
1回目は本当にSEでめちゃくちゃ働いてるときに、
急にボーンってなって、
4年ぐらい全然違う介護の仕事をして、
もう1回SEになったとき、もう1回再発したんですよ。
で、その2回目の再発のときに、
豊中に僕住んでるので、
豊中社協さんが台風21号のボランティアを募集してて、
行ったんですよね。
それこそ、もう助けてくれっていう感じじゃないですか、いろんな人が。
で、ボランティアの手が足りないっていう感じで、
で、僕行って、その、
おばあちゃんの家に行って、庭でめっちゃでかい木がバーンって倒れて、
これどうしたらええねんみたいなのを、うわーっ切ったりとか、
とか、それこそベランダでなんかこう棚みたいなガラスの、
結構古い家具が多いんですよね。
で、古い家具って結構丈夫だから、
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今のこう、IKEAの組み立て式じゃなくて、
しっかり作ったんですよ。
たしかに。
それはもう、なんかバキバキに分解するみたいな。
で、そういうのやりに行って、やっぱりそこでもこう、
なんていうかな、僕が僕である必要ないっていうか、
別にアテラド君ようこそ、今大変な状況ですね、みたいな関わりはないわけですよね。
でもとりあえずこう、ちょっと来て、みたいな。
こっち来て、とかこれ運んで、とかっていう中で、
たしかに考えなくていいっていうか、
無視っていうかもう、自分がない状態になれたっていうのが結構また大きくて、
そういうのと似てるなーと思って。
それはやっぱ結構大きいと思うんですよね。
なんか新人の時ってどうしてもなんか、めっちゃうちうちに向くじゃないですか。
自分にね、こう。
どうしようと、それこそ自分を責めてしまうというか、
なんでこうなってるんだろう、みたいなところから、
一回こう自分から離れる時間みたいなものを、
やっぱこう増やしていくことっていうのは、
なんか結構大事なんだろうなーっていうのはすごく。
で、そういうゲーム体験があって、
今のこの淡井の活動につながっていったわけですね。
そうですね。
なんか、もともとでいくと、そのリフォームの手伝いしてる時に、
その人に、リフォーム自体はですね、お金いただいたりとかはしてなかったんですけど、
代わりにいい場所あったら使わせてよみたいな、
もともと家出たいなって思ってたんで、
これでいい場所あったら使わせてよっていうところから、
ちょうど今住んでる片野の駅からも近いみたいな場所で、
ちょうどいい場所づくりとかするにはすごくいい場所が見つかったっていうところで、
思い切って、なんかもう一人暮らししてやってみようみたいなのから、
最初はスタートしたっていうところですね。
片野に住み出したのはいつぐらいなんですか?
2年前ぐらいですね。
2002、何年になるんだ?
ほぼ21年の1月とかですかね。
1月頭みたいな。
もうすぐ2年って感じですかね。
もうすぐ2年になるって感じですね。
なんかこう、でもさっきのこう、
コミュニティの作り方、場所づくりをやってるってことですし、
何かやっぱりその居場所を作っていきたいっていうのは強くあるわけですけど、
淡いのその特徴っていうか、ちょっと冒頭もね、
言ってたと思うんですけど、
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その社会の間に選択肢を作るっていう部分で、
具体的にどういうことなのかっていうのが。
もともと淡いっていう名前とかも含めてなんですけど、
その約2年前ぐらいから引っ越してきて、
最初は居場所づくりっていうので、
社会人向け特に、
しんどさ抱えてるならちょっとうちおいでよぐらいの感じでやり始めて、
それでまあいろんなこう、
まあそうするといろんなところから人を相談に来て、
相談というか実は最近しんどくてみたいなとかを聞いたりしてて、
本当それでなんだろう、
最初はなんでこんなに優しくて素敵な人たちが、
こんなに苦しまなきゃいけないのかみたいなのが、
強くある中で、
めちゃめちゃゆっくり、
僕もそのとき、
まだ去年とかってうちからのリハビリ中というか、
なんでもう全然無理せずゆっくりのペースでやってたって感じなんですけど、
特徴というか淡い間っていう意味なんですよ。
人と人の間とか物と物との間ですごく間がキーワードになってるんですけど、
もともと間がキーワードになった理由としては、
ある友達と喋っていたときに、
僕は今生活としては生活コストがすごく低い、
家賃とかも下げてもらってるっていうところで、
生活コストを低くすることで、
収入は少ないけど働く時間も短くて済むみたいな、
そういう言い方をうちからの回復っていうところも含めてやってたんですね。
具体的には本当働いても週3日ぐらいとか、
週2日とかでも夜勤の仕事とかなんで、
なんとか生きていけるみたいな感じの言い方をしてて、
ある友達と喋ってるときに、そういう日資みたいな生き方、
低コストで少し働く時間短くしていけるみたいな生き方は、
すごく憧れはあるけど、
自分がそこに飛び込めるかというとその勇気はないって友達が言ってたんですね。
その子は週5でガッツリ働いて、
仕事で時間がないみたいな感じがあって、
ただその言葉を聞いたときに、
僕はもうそれはそうだよねって思ったんですよね。
自分がもし今週5の仕事を持ってて、
いくらちょっとペースを落とせるって言われても、
それを手放して飛び込めるかっていうと難しいっていうところで、
それでその友達に対して、
もし今の仕事を続けたまま、
働く時間が週2.5日で、
週に半分になるけど今の仕事がこのままできて、
そこからどうするかを自分で選んでいけるとしたらどう?
みたいな感じで聞いてみたら、
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それだったらやってみたいって言ったんですよね。
っていう話をしたときに、
社会、間の選択肢がないことが問題なのかなってすごい思って、
週5日もしんどくなりながら働くか、
それやめてフリータイムが不安定になるかみたいな、
休むかみたいな、
っていうすごく極端だなっていうところを感じて、
そこからすごく間がキーワードになっていったところから、
もう少しそういう二極化された?
どちらかっていうのではなくて、
こういうちょっと1回ペースを落とすとか、
一旦収入も減らすけど、
ちょっと自分の時間を多めにとって模索するとか、
そういう間にいられる状態をもっと作っていけると、
みんながもっと立ち止まりやすい社会になるんじゃないかなっていうのを、
それで今は間の選択肢っていうところを一つ増やしていこうっていうのをやっていってるって感じだよ。
そうなんですよね。
なんか結構、僕も若者シーンやってるので、
なんで大学行かなかんの?みたいな当然の問いも立てられないっていうか、
行かなあかんやんっていうのがあるんですよね。
実際行かないにしても浪人とか、結局そこに地続きの道しか行けない、
就職浪人っていうのもあるだろうけど、
いわゆる海外だと当たり前にあるギャップイヤーみたいな、
卒業してからちょっといろいろ考えて、
じゃあ就職しようとか、もう1回やっぱりこれ勉強しようとか、
なんかそういう余裕が全くないですよね。
そうですね。まさに言ってた今のギャップイヤーっていうね、
その海外とかだと大学卒業してからむしろ1年ぐらいは就職しない方がいいというか、
そういう期間作った方がいいみたいなのがあったりするんですけど、
淡いは結構イメージとしては本当にギャップイヤーに近いというか、
なるほどな。
こういう空間、ただそれって今の日本では結構難しいなと思っていてて、
それはこういう社会的な就職してる方とか安定してるのが正しいみたいな感覚だったり、
っていうところからやっぱり仕事を辞めたとしても、
何者でもない状態、その無職というか、
状態で居続けるのってすごく難しいなって思うんですよ、僕は。
ただその時間もすごく大事だと思ってはいてて、
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そういう余白、ちょっとペースダウンするような選択肢っていうものが必要なんだなっていう。
そうですね。
ただその時にただただ立ち止まるのもなんかしんどい社会状況があるっていうかね。
そうですね。
自分自身もしんどいというか、なんかやってるんですっていうのがないとやっぱり休みづらいっていうかね。
もちろん多分何もせずに休む時期も必要だとは思うんですよ、もちろん最初は。
回復期というか本当。
本当ですね。
必要だとは思うんですけど、やっぱそれがこう一人でずっと何もしないはむしろしんどいっていうところはすごく感じてるところですね。
なるほどなぁ。
いやそれすごい僕もやっぱり、もうその淡い、本当に淡いですよね。
僕もその就労支援とかしてるんですけど、かなり淡いであろうっていうか、いきなりなんか就労支援来て、
なんていうんですか、急にじゃあもう残り3ヶ月で働こうとかって言われたらめっちゃしんどいじゃないですか。
いやそうやと思います。
何それみたいな、どこにそれこそ居場所がないっていうかね。
常に席立てられるっていうのがしんどいのに。
そう思うんですね。
っていうのはあるので。
ちなみに、やっぱり来てる方っていうのは、
西井の発信とか見てきたりとかすると思うんですけど、
なんかこうやっぱり作業だけガーってやって、楽しかったとか疲れたみたいな感じで帰っていく感じなんですか。
どんな様子なんかなと思って。
そうですね、なんかちょうどそれこそ今日やったのでいくと、
どちらかというと、前向きという言い方はおかしいかもしれないですけど、
ある程度の余白を持てている人たちの方が今は多いかなとは思います。
やっぱり少なくともまだ全然僕の発信とかで直接つながってる人とかにはなってるので、
むしろそこをどうそれこそアウトリッチしていくかみたいな、
本当はそこの場にすらも行くのが難しいっていう、
今しんどいっていう人たちにどうそういう選択肢があるよということを伝えていけるかっていうところは、
本当これからっていうところなのかなとは思うんですけど。
そうですね。
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そこを選択肢、なんていうかこう選んでいいんだっていうマインドも含めて選択肢じゃないですか。
なんかあるけど自分は選びたくないってやっぱり選択肢に入ってるとは言えなくて。
だからなんかやっぱりこう一種の日誌がやってることって一種のやっぱ社会運動で、
ある種のこうそんな強いこう運動っていうか何かに敵対してるわけではないけど、
どっかの政権批判をするとかでもないし、
でもやっぱりなんか今の社会に対するこうアンティテー、アンティテーゼっていうかですよね。
僕結構そのキャラ人の中でも出てると思うんですけど、
なんか僕もやっぱ結構脱資本主義的な考え方が強いというか、
結局考えれば考えるほどやっぱりお金だなというか、
働けないと生きていけないみたいなところがやっぱり生きづらさの本源というか、
懐かしいところがあるなと思っていてて、
そういう意味で淡いとして、今まだその言ってるような畑作業とかみたいな形のしかできてないんですけど、
淡いとして目指している理想型っていうのは、
もう本当に月3万から5万ぐらいあれば生きていける環境を作っちゃって、
それこそ働いてて今しんどいねんっていう人とかに対して、
もうそんなにしんどかったら1回ちょっと休んでみたらっていうね、
3万から5万円ぐらいあれば生きていける環境があるし、
そこで3万から5万ぐらいの仕事やったら紹介できるから、
1回ちょっとペース落として、
同じような人たちも集まってるし、
みんなで畑作業とかでもしながらゆっくり考えて、
またこれからのことを考えていったらいいんじゃないみたいなのを、
この既に休んでる人だけじゃなくて、
なんとなくしんどいみたいな。
人にもそういうふうな選択肢というか、
ちょっとペース落とすようなものを届けられるようにしていきたいっていうのが、
理想型というか。
ちょっと話長くなっちゃうんですけど、
居場所づくりを最初始めて、いろんな人の話とかを聞いてたときに、
ほんまにしんどくなる前に、
みんなどこかでしんどさのサインがいっぱい出ている。
眠れなくなるとか、
ストレスがいっぱいになるとか、
結局そこで立ち止まれない社会だと思うんですよ。
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その時点で、例えば少し眠れなくなってきたっていう人が、
その時点で週3に働く時間を落としてみようか、みたいなのができたら、
たぶん静寝までいかずにちょっと回復できたりとかがするのに、
立ち止まれないがゆえに、
精神的に、いわゆる精神疾患と言われるような状態に陥って、
回復までにすごく時間がかかるっていうところが大きいと思うので、
本当にしんどくなったときに立ち止まれるように、
本当にお金を気にせずにできるような環境と、
その中で人とのつながりというところを、
届けていけるようにしたいなっていうのは思ってますね。
予防的ケアなんですよね。
僕も昨日、ケアラジンも出てもらった青木新平さんと話してて、
そういう話になったんです。
僕の話をしているときに、
サインってなかったんですか?みたいなのが、
めっちゃあったんですよね。
サインありまくりじゃないですか。
急に手汗が止まる、僕の場合はですけど、
身体症状がすごくて、
手汗が止まらないとか、
自律神経がもうちょっといかれ始めてて、
寝れない。
そのときも喋ったんですけど、
虫歯になる。
右上3本ぐらい同時に虫歯になったんです、僕。
おかしいやん、みたいな。
免疫が多分おかしなってて、
でもやっぱり止まれないっていうか、
ちょっと早く帰りますぐらいの感じだったんで、
休めよって思うんですけど、今からしたら。
でも確かに休んでいいんだよっていうか、
むしろ休んだ方がいいでっていう。
やむ前にっていうかね。
確かにリカバリにえらい時間かかるので、
その後がね。
でも難しいのは、
そのすごい、なんていうんですか、
自分の個人の人生のストーリーとか、
すごいなんかスピリチュアルな観点から言うと、
なんか多分僕も自身も今だから、
今だからそういう時があってよかったなって、
思えてる部分もあると思うんですけど、
でもやっぱりそんなことがなく、
幸せにこう、なんていうか病み切らずに、
回復してなんか生き生き働けた方がいいよねっていう。
なるほどな。
なんか活動の肝としてはやっぱりそういう、
家っていうかハードメンは必要ですよね。
みんなが安く進めるハードメンと、
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あとはやっぱりこう、
とはいえちょっとのお金を稼げるような、
お金、アンチお金ではないですもんね。
そうですね、全然お金自体はあっていいと思うというか、
僕淡いとして掲げているもの、
その間の選択肢を作るために必要な要素っていうのは、
3つあると思っていてて、
1つは暮らしっていう、
今言ったお金の部分ですよね、お金とか。
お金を稼ぐもそうだし、
そもそもお金をそんなに必要としない生き方とかを含めた、
そういったものも含めた暮らし方というか、
っていうものと、
もう1つは繋がり。
人との繋がりっていうところ。
で、その2つにプラスすると、
自分のことを考えられる時間っていう、
暮らしと時間と繋がりのこの3つの要素を持てていると、
その間の状態、何者でもない状態みたいな、
そのちょっとを保てるというか、
1人だと孤独なんですけど、
いろんな人との繋がりの中で、
そもそも低コストだったりとか、
こういうペースを落とした生き方ができるような暮らし方をしつつ、
その中で、じゃあ次どうしようかみたいな、
これからを考えるような時間っていう、
この3つの要素を持てると、
そういう間にいる状態で、
しんどくなりづらいというか、
僕は結構心地よくしんどく荒れる状態っていうのを、
いいですね。
次どうしようみたいな、
自分なんか今よくわからんけどどうしようっていう状態で、
なんかやっぱりちょっとしんどいとは思うんですけど、
でもなんかその状態をこういろんな人と過ごしたりしながら、
ちょっとどうしようかなっていうのを考えていくみたいな、
しんどいはしんどいけど、
心地よくしんどく荒れる状態っていうものを作っていけるようにしたいなっていうのは、
なるほどなぁ。
いやすごい大事だと思いますね。
なんて言うんですか、このケアラジなんでケアについて、
語ってるわけなんですけど、
ケアってなんか優しいだけじゃないよねっていう話をしてて、
すごいなんか、
もう自分が自分でいられて、
何のストレスもかからずに、
っていうのをちょっとケアって想像しがちなんですけど、
僕らのこれまでの会話からあった通りに、
ノンストレスっていうか、
無均質にいるっていうのがケアじゃなくて、
ちょっとストレスかかってるみたいな、
ちょっと自己直視してるみたいな、
グイグイ向き合い続けたらそれこそ鬱になっちゃうんで、
なんか余裕を持って悩めたり、
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っていうのが、
実は大事なんだよっていうのは、
それをすごいニッシーが、
ニッシーだからこそ発信できるというか、
活動だなぁと、
今日改めていろいろ話聞いて、
すごい思ったところであるんですけど、
なんか今困ってることないですか?
困ってるっていきなり聞くけど。
いやでもなんか、
言ったように淡いって、
8月からホームページとかを立ち上げて、
活動を始めてて、
今寄付とかマンスリーサポーターっていうのを募集させてもらってて、
今後ちょっとNPOとかにもしていこうかなと思ってるんですけど、
困ってるのかな?
まだまだ、
立ち上げ段階な感じで、
仲間を集めていってる最中というか、
今やってる活動ってまだなんか、
手伝ってくれてる人とかいるんですけど、
あくまでまだ僕の一人の活動の延長というか、
しかないなーっていうのは最近すごい感じてて、
これからどういう動きをしていけばいいんだろうとか、
放送だけはすごく持ってるんですよ、ビジョンとか。
こうしていきたいはあるんで、
それをどうやっていけばいいんだろうっていうのを、
一緒に考えてくれる人が欲しいなーとか、
本当に仲間集めっていう感じですね。
そこを今後やっていかないとなーっていうのは、
いつも思ってるというか。
うん、そうですよね。
とはいえやっぱこう、
事業も現実的な落としどころというか、
100パーできる部分と全然できない部分というのがあるので、
まあだから困っているというよりかは、
そういうフェーズにいるって感じですね。
そうですね。
だから今なんか具体的にこれが困ってるみたいなのは正直あんまりなくって、
ゆったりとしたペースで広げていこうとしてるっていう感じなので、
そういうフェーズかなーという感じはしますね。
なるほどなー。
じゃあちょっと、
ちょうど1時間ぐらい経ったんで、
もうぼちぼち終えていこうと思うんですけど、
これ最近のマイブームで、
最後、近い展望というよりかは、
例えば2、30年後ぐらいに、
どんなふうに社会がなってたらとか、
アワイがどんなふうになってたらいいなっていうのをちょっと聞いて、
開いて終わっていこうかなと思うんですけど、
どうですか?
そうですね。
なんかそれこそ、
ちょうど最近アワイの長期ビジョンみたいなのを自分で考えてて、
なんか思っているのは、
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僕のイメージの中では、
社会を変えるとかじゃなくって、
もう1個別の社会を作っちゃうっていうところを、
思い描いてて、
そっちはそっちのルールで回るのね、みたいな。
じゃあこっちはこっちのルールで、
やらせてもらいます、みたいな感覚で、
アワイの世界観を広げていきたいなとは思っていてて、
それこそ長期的なビジョンでいくと、
いろんな各地とか、
拠点というか、
家とかを持ったり、
あとは、別にアワイが直接じゃなくても、
協力してくださるようなところで、
ちょっと低コストで生きられるような環境っていうものを、
いろんなエリアに作っていった上で、
今やってる畑活動みたいな、
休んでいる最中に、
ここ行くといいよ、みたいな場所が、
いろいろあってっていうのを、
増やしていくというか、
なんとなくイメージでいくと、
レンズをかけると、
もう一個別の社会が見えてくるみたいな、
今あるこの経済的な社会とか、
働いてしんどいなっていう社会の中で、
ちょっとレンズをかけてみたら、
そういうちょっとペースを落としたいな、
ここ行けばいいよ、がすごく浮き出てくるみたいな感じの、
世界観をイメージしていてて、
それが各、いろんな場所に、
アワイの家だったり、
アワイと協力している家だったり、
もしくはそれぞれの個人が今住んでいる場所でも、
ちょっと、
ペースを落としたかったらこういう働き方があるし、
こういう場所行ったらいいよっていうような場所がたくさん、
この社会の中ですでにあって、
またそれを案内してくれるような、
案内人というか、
それこそ就労支援でいう、
テツさんみたいな、
こういうやり方いいんじゃないとか、
分かんないですけど、
たぶんこういう形のところから始めてみたらいいんじゃない、
みたいなのもたぶん、
テツさんもやってたりとかすると思うんですけど、
メンターじゃないけど案内人かなみたいな、
そういう、
そういう淡いの世界を広げながら、
かつそこにいろんな案内人がいてみたいな、
ちょっと最近働きすぎて疲れたし、
ペースを落としたいねんけどっていう時に、
ちょっと相談しに行ったら、
じゃあこういうのあるよみたいな感じになっていけると、
なるほどね。
面白いんじゃないかなっていうのを、
いや、いいっすね。
思ってるっていう。
いいっすねっていうか、
なんか僕も一緒にできること、それだったらありそうだなっていうか、
ほんとほんと。
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なるほどな。
イメージとしてはそういう形というか、
それぞれのところでも休んでいける場所があって、
っていうような環境を作っていくっていうところですね。
そうですね。
やっぱりこれから多分、
こうジレンマに陥る時もあると思うんですけど、
なんか広げていくってなったらやっぱりちょっとこう、
あれ?みたいな。
あると思いますね。
ちょっとなんか思ってたんちゃうみたいなのを、
でもやりながら広がっていくんだろうなと思うし、
きっと共鳴してくれる人はいると思うんで、
そうですね。
そういう人たちとやっぱり連帯しながら、
ちょっと形は違うけどとか、
僕もすごい共感しているところがあるので、
やってること一緒なんですよ、多分。
僕がやってることと。
ちょっと隙間を作るっていうのは、
僕はなんかこう、個人的に、
面談みたいなことでやってるわけなんで、
あえてそういう場所を作るっていうのはめちゃくちゃ、
むしろどんどんやっていってほしい。
日清のペースでっていうところはあるので、
ぜひ、なんかまだ一緒に協力しながら、
ぜひぜひ進められたらと思います。
そしたら、ちょっと時間も過ぎましたので、
終わっていこうと思います。
じゃあ、何か言いたいことないですかね。
言いたいことは、そうですね。
大丈夫だと思います。
また何か。
また何か呼んでもらえたらなと思いながら。
分かりました。
ぜひ、また2回目、3回目と。
これも息長くちょっと続けていこうと思っているので、
ラジオも。
じゃあ、今日のゲストは、
任意団体あわいの西村まさきさんでした。
ありがとうございました。
ありがとうございました。