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はい、始まりました、ケアラジです。
ケアラジは、仕事・家事・育児・勉強など、日々忙しい現代社会のスピードを少し緩め、
ケアの視点から様々な論点を考察するラジオとなっております。
はい、ということで、今日もテーマトークをとっていこうと思うんですけれども、
今日は、面談についてという、若干マニアックな話について喋っていこうと思うんですけれども、
台本なしなので、どのように話が展開していくかというのを、僕自身も考えながら喋っていこうと思うんですけれども、
なんでこの面談っていうものを喋ろうかと思ったかというと、
ちょうどですね、今日ですね、
2月21日に、これまでケアラジでも何回かお伝えさせていただいている、
三角車さんと一緒にやっている若者向け居場所の調査レポートが、
もうPDFでオープンになっていて、ダウンロードできるようになりましたので、
ようやくレポートが完成したというところで、
はい、23日金曜日にですね、東京日本橋のサイボーズさんのオフィスでレポートの報告会ということをやりますので、
はい、そこで一旦この仕事は、報告会でも言おうと思ってるんですけど、
このレポートはゴールではなくて、これから居場所、若者支援について議論のスタートラインだと思っているので、
はい、ぜひなんかイベントの中でちょろっと喋らせてもらう時間があるので、
ちょっとかなり、ページが67ページっていう感じで、割と大作になってしまったので、
網羅的に喋るのは難しい内容になっちゃってるんですけど、
どっちかというと、居場所っていうものに対しての、
何て言ったらいいんですかね、問題提起でもあり、
意義もちゃんと伝えつつ、どういう意味合いで居場所というものが発明されてきたのか、
どういう社会構造の中で必要性があって発明されてきたのかということですね。
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軽く僕の方からお伝えさせていただいて、
このレポートは繰り返しになりますけど、
作ったからといってそれがゴールではなく、ここからがスタートだと思っているので、
23日のイベントは登壇される若者支援の本当第一人者であるんですけど、
宮本三子先生と子供家庭長の加賀さんと参画者の居場所担当者の浜浅さん、
あと司会をソーシャルフリーランスの時さんがやってくださるので、
時さんも含めてとにかく議論して参加してくださる皆さんと議論して、
記念すべきスタートのイベントにできたらと思っているので、
いろいろお話できるとうれしいかなというふうに思っています。
それと面談の話がどうつながるのかというとこなんですが、
居場所と言われたときにどうしても集団プログラムみたいな形で想像する人が多いんじゃないかなと思っていて、
このレポートでも若者支援団体のことを取り上げて、居場所としてどういうものを運営しているかというふうに
事例を取り上げたりしているんですけど、
これがやっぱり集団プログラムなんですよね。
なので、もともとちょっと簡単に、
多分金曜日も話す内容になると思うので、練習がてら話すとしたら、
今何で居場所というものが求められているかというと、
もともと数十年前までは私という個人がいたとして、
その周りに家族がいて、家族自体も今は各家族だったり、子供が一人だったり、多くでも二人だったりということだと思うんですけど、
そもそも子供の数が多かったりとか、
あとはすぐその周りに親族のコミュニティがあったり、地域のコミュニティがあったりという形で、
例えば外側の社会というとやっぱり働くとかね、そういうことだったと思うんですけど、
その間にちゃんと層のようにコミュニティが存在していたんですね。
それが今は中間圏といわれるそうしたコミュニティがちょっと没落してしまっているがゆえに、
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世帯が向き出しでこの厳しい社会と向き合わないといけないという状態になっていて、
あとはそれに加えて若者の居場所の話でいうと、
若者の移行期といって、教育から例えば就労だとか社会繋がっていくという期間を移行期と言うんですけど、
例えば大学前入時代になっていて、みんな大学に入りますとかというところだったりとか、
あとは非常に労働環境が厳しくなっている、
非正規労働者は非常に若者の中で多いですし、
一回働いても離職しちゃうということだったりとか、
そもそもそういうかなり高度化した労働市場だったりとか、見通しが立たない中で、
まあ終了までの期間をちょっと長く取ろうとする若者が増えていたりとか、
それはそれでいいと思いつつ、
それは自体いい悪いないんですけど、
移行期が長期化しているというところが言えると思います。
なのでそういう中間権が失われている若者が、
親との関係が悪くなると、本当に若者は一人の個人として社会と向き合わないといけなくなっている、
移行、就労への移行というのも非常に困難度が増しているというところもあります。
まあそういう若者を包んでいた層みたいなものがなくなってしまっているがゆえに、
あとはその日本独自のことで言うと、
なんかすごい標準的なライフコースみたいなものが規定されていて、
例えば小中高と、
これは年齢主義とかって言われるんですけど、みんな同じ年齢で、
それが5段階評価とかで査定されつつ、
もうできていようができていなかろうが同じ年齢でどんどん進んでいくということだったりとか、
あとは大学卒業したらすぐ働くもんだとか、高校卒業したらプラプラしてたら怒られちゃうわけですよね。
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なんで働いてないんだとか、働きなさいと言われる。
そういう標準的なライフコースというのがすごい規定されていて、
あとは社会保障制度もそれに伴って作られているので、
その移行期が長期化しているので、
すごい昔みたいに学校からストレートに就職して長く働けるということはもうなくなっているので、
若者自身もいろいろ試行錯誤したりする必要もあるし、
かなり職種というのも多様化しているので、
いきなり自分がはまる仕事を探し当てられるという難しい環境の中で、
ただ働いていないと雇用保険、失業寄付が受けられないとか、
一回だから働かなくなっちゃうと、かなり厳しい環境に追い詰められちゃうということが言えるのかなと思います。
そうした中で、各若者支援団体は、
そういう孤立して社会とつながっていかないといけないみたいな若者に対して、
居場所という言葉を使いながら、その機能は本当に団体によって様々で、
そこにいる若者のニーズに合わせてその機能を作っていくんですけど、
その機能というのはもともと多分そういう中間層が担っていたようなことであって、
そういうことで居場所というものは求められていると思うんですけど、
というのが一定ちょっと居場所の求められている背景だと、
ごくごく簡単に整理するとそういうことだと思うんですけど、
ただそういう背景もあって、居場所って自分らしくいられる場所のことなんですけど、
どうしても集団的な営みとして、
世間的には多分認識されているのかなと思うんですけど、
僕がなぜ今回話をだいぶ迂回して面談というところを取り上げたいかというと、
僕が普段若者のシーンをしている中で、やっぱりちょっと特性が強いというか、
例えばASD、自閉スペクトラム症の特性があって、
実際診断がある方もいるし、診断がなくてもこちら側ではそういう特性を感じる方というのは非常に多い中で、
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そういうもうちょっとASDの特性が強い方でいうと、
予測しづらい環境ってすごい負担なんですよね。
自分の予測とちょっとずれたことが起きちゃうような環境ってものすごいストレスフルなので、
そもそも人が大勢いる環境って、人間の動きとかって読めないんで、
なのでASDの方にとっては特になんですけど、
集団の場っていうのが居場所にならない可能性が結構高くて、
かなり構造化しないと難しい状況もあるんで、
一概にその、
行政の相談窓口みたいなものと対比されて居場所が語られるが故に、
なんか個別対応はダメで集団はいいんだみたいな風に議論がいっちゃうのもちょっと、
普段そういう支援をしている僕としてはあんまり望ましくはないんですよね。
もしその集団の居場所がどんどん広まっていくとしたら、
ASD特性がある若者たちの居場所ってなくなっちゃうと思っているんで、
あとは同じような話で言うと、
その中間圏を失われた中間圏の代わりの居場所っていう風な文脈だけで居場所が語られると、
どうしてもその地域のとかいう風になる。
地域の居場所、地域のいろんな大人だったり若者だったり子供だったりが集える居場所ってなると思うんですけど、
それもかなり居場所を狭くしてしまう。
今言ったようなASDの子たちも含みつつ、
例えばASDの特性なくても今の若者って別に地域みたいなところじゃなくて、
いろんな価値観を持ち始めていているので、
例えばインターネットであったりとか、
そういったことを地域に埋め込まれない形で若者たち実は居場所を持っていると思っていて、
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僕もそういう側面あるんですけど、
例えばTwitterですよね。
GENXですけど、そこで僕自身も本当に貴重なつながりを持てているし、
なので場に埋め込まれないインターネット上の居場所っていうのもあっていいはずなんですよね。
今日たまたま記事が流れてきて、
第3の家さん。
これめちゃいい実践だなと思って、
もうなかった視点だし、これも居場所の一つだなと思ったんですけど、
インターネットを使った居場所なんですよね。
すごいコピーが良くて、
ちゃんと見て話そう。
その奥村さんという方ですよね。奥村遥香さんという方がやっている。
失礼しました。第3の家族さんですね。
という団体がやっているサービスで、
どっちかというと相談とかじゃなくて寄り添わない支援とかって言ってて、
これは非常にいい実践だなと思って、
掲示板を運営してるんですね。
こんなことで困ってますみたいなのを投げると、
使える支援みたいなものが多分提示されるみたいな。
下毒っていうね。下毒の意味だと思うんですけど、
気持ちを吐き出すプラットフォームだったりとか、逃げるのっていうね。
こっちがさっき言った公的支援施設以外に使えるサービスが掲載されていたりする。
そういう掲示板機能があったりとかするんですけど、
そういうのも既存のいわゆる地域のとか中間圏の代わりみたいな
居場所だけを発想すると出てこない発想だと思うんで、
なのでちょっと僕の普段やってる実践について話しておきたいなと思って面談をテーマにしたんですけど、
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ちょっと前にですね、僕もXでポストしたんですけど、
面談って、例えばカウンセリングとかもそうだと思うんですけど、
面談って何なのかっていうと、
面談の技術の多くが一対一で支援・非支援の関係を構築するっていう部分に
結構カウンセリングの技術ってウェイトが占められてるんじゃないかなっていうのが僕の考えなんですね。
一対一の関係って非常にリスクがあって、
それは支援者もそうだし支援される側もそうなんですけど、
というのはかなり権力勾配が生まれてしまうんですね、一対一っていうのは。
なので最新の注意を払わないと支援者が例えば、若者だとしたら若者を支配するような形になってしまったりとか、
逆もあって、支援者側、これはね、
転移とかっていう専門用語もありますけど、
クライアントというかね、若者側が潜在的に持っている、
抑圧しているような怒りみたいなものが支援者に向かうこともあるわけですよね。
一対一っていうのは非常に関係性としては難しい、気づくのは難しいんですけど、
面談技術っていうのはその一対一であっても関係性を気づくことができる、
っていう技術体系だと僕は思っているので、
どっちかというと、相談って相談だけじゃダメだよね、っていうのはもちろんそうなんですけど、
なんかそういう言説で言うと、それはわかるんですよ、体験が必要だとかね、
体験しないのに何か喋っているだけで何か解決するわけはないということもわかるんですけど、
逆に喋ることをずっとやってきている僕だったりとか、そういう先輩の姿を見ている僕からすると、
喋ることのすごさをちょっとわかってないんじゃないですかっていうふうに言いたくなっちゃうというか、
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結構ね、これはオーラルコミュニケーションなんで、
喋るとか言語能力がある程度ある方に有効な策だと思うんですね、面談っていうのは。
でもそういう方にとってはめちゃくちゃ有効だし、
それこそ一対一でやることができれば、
面談室みたいなプライベート空間があれば、そこが面談技術があれば、
一対一の関係でも居場所を作ることは僕はできると思っていて、実際そういう実践をしているので、
なので、ちょっとその辺は、
相談とか面談っていうのが必要以上に何か居場所と比較されることで、
何か価値が貶められているような気がしているんで、
それは何か違うぞとは言っておきたいですね。
話し手1のことですけど、
一緒にお話ししていただきたいと思っています。
話し手2のことですけど、
ドミナントな言説から逃れるための一種のアジールなんだという話を野田さんされていて、
ドミナントな言説というのは、
世間では主流の言説ということですけど、
そういう世間一般の価値観みたいなのってあると思うんですよ。
例えばさっきの話で言うと、
大学を卒業したら働いているのが普通だとか、
あとは、すごい極論で言うとですよ、
この人を、これラジオで言っていいかわからないですけど、
この人を例えば殺してしまいたいとかね、
あとは、それこそ死にたいという気持ちだったりとか、
こんなのダメだろって眼差されたりとか、
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誰かからジャッジメントされちゃうような価値観であっても、
話せる場所がカンセリングルームなんだということを、
たぶん野田さんは言おうとしていて、
それってすごい居場所っぽくないですかと思うんですよね。
居場所の機能にはいろいろあるんですけど、
でも既存の価値観から逃れることができるっていうのも、
たぶん居場所の大きな機能のうちの一つで、
なのでそういう意味で面談っていうのは、
僕的には居場所だというふうに言うこともできるし、
非常に可能性がある支援のあり方だとも思っているんですけど、
これはだから、
カンセリングだったりとか精神医学だったりとか、
臨床心理学っていうものの膨大な知見があるんで、
そこをなんかちょっと知らない、
若者支援団体の支援者っていうのも、
独自にね、各々活動していたりするんですけど、
医療機関だったり行政支援の中で培われてるノウハウっていうのもあるので、
あまりそこを集団の居場所と対比しすぎない方がいいのかなっていうのは、
ちょっと繰り返しになっちゃうんですけど、
あとは集団との対比で言うと、
集団の居場所のいいところで言うと、
当たり前なんですけど一対一の関係にならないので、
オープンダイアログとかもそうですけど、
人を集めないといけないので、
その分運営のコストとか人員っていうのがかかってくるんですけど、
その一対一の関係にならないので、
比較的面談の技術だったり対人援助の技術がなくても対応できるし、
あとはやっぱり同じような立場の人と話すことで、
同感を得て自己を回復させていくっていう機能ももちろんあるんですけど、
面談との対比で言うとやっぱり一対一の関係にならなくていいので、
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関係性の構築っていうのが非常に楽なんですよね。
っていう対比ができるかなと思います。
要は関係構築が楽と言えばいいですかね。
それは集団の集団で難しさっていうのはもちろんあるんですけど、
一方で面談になると技術的なところを言うと、
バウンダリーっていう話がよく僕が所属している団体の中とかだと出てくるんですけど、
要は人と人との境界線のことをバウンダリーって言うんですけど、
そのあたりの線引きですよね。
どこまでサポートしてどこまでサポートできないかっていうような、
ちゃんとクライアントさんと話をする前に契約ですよね。
それは本当に商業的な契約っていうよりかは、
こういう意味でここにいてもらっているので、
こういうことは僕はできますけどこういうことはできませんとか、
そういう契約を取り結んだりとか、
あとはさっきの信田さんの例にあったように、
本当にジャッジメントしない。
それも技術の一つだと思っているので、
そういうことをやると。
なぜ個別面談がASD特性のある方の居場所になるかというと、
ASDの特性のある方っていろいろ特徴はあるんですけど、
他者をリファレンスできないっていうのが1個の大きな特徴としてあって、
よく自閉スペクトラム賞の人ってすごい個性的だと思うんですけど、
とか狭い領域の興味とか独特の価値観があるって言われてるんですけど、
これは他者をリファレンスできないがゆえに、
自分で経験を組み立てていくっていうのがあって、
それが独自な価値観を生んでいくんですね。
あと僕は理解してるんですけど、
その独自な価値観ってやっぱり一般社会からは理解されづらいことがきっと多いはずで、
それですごい傷ついた体験を非常にされてきてる方が多いと思います。
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なのでそういった方々にとっては安心できる場で、
自分のことを喋っていいんだとか、
自分のことを喋って初めてちゃんと話聞いてもらえたなみたいな経験が非常に居場所になるんですよね。
だからその辺、一対一でやっても居場所って作れるんだっていうところも言っておきたいなと思いますね。
居場所っていうのは集団じゃないといけないだったりとか、
さっきの第三の家族さんの例みたいに、
居場所っていうのは誰かに寄り添われないといけないとかもそうかもしれないですね。
結局居場所っていうのは自分が居られる場所、主観的に居たいと思える場所なので、
例えば対人関係が苦手な人にとっては地域コミュニティみたいなものがものすごい苦痛で、
そういう方にとってはインターネット環境の掲示板の方がよっぽど居場所の可能性だとあるわけですよね。
だからやっぱり若者たちそれぞれの声を聞きながら、
いろんな形で居場所っていうのを実践していく必要があると思っていて、
その中で集団プログラム的な集団の営みだけが居場所なんじゃなくて、
個別の対話の場、面談の場であっても居場所になり得るし、
っていうところはあるかなと思いますね。
あと大事なところで言うと、これはレポートにも書いてるんですけど、
じゃあ居場所があればいいのかっていうと、そうじゃないんですよね。
やっぱり社会自体を自分の居場所にしていかないといけないし、
一対一の関係になっちゃうわけなので、やっぱりそこだけがその人の居場所になってはいけない。
それもリスクのあることだと思うんで、
なので、面談っていうところで言うと、
うまく契約を使いながらバウンダリーを保っていく。
お互い心地いい距離感で付き合えるようにしていくっていうところもあるんですけど、
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あとはやっぱり面談の中で言うと、
外在化っていうことは僕よく、これはちょっと技術論的ですけど、
その人が考えている課題だったり、自分の中の、前回話しましたけどドーナツの穴みたいな、
何か埋めようがない欠損だったりとか、っていうところを言葉にしていくんですよね。
例えば、果たし生涯の特性があったとして、
何だろうな、
すごい事故監視をしてしまう。
これはかっこいいろいろ怒られてきたりすることもあって、
何かやろうとしたときに、いやこれはダメなんじゃないかとか、
あとは不安が先立って、
自分が何かやろうとしたときにストップがかかっちゃう、ブレーキがかかっちゃって動き出せないっていう方も結構いるんですけど、
例えばそういうときに、
なんかAさんの中には警備員がいるんですね、みたいなことを言ったりするわけですよね。
言ったりするんですけど、
自分の中に課題としてあるものを言葉にすることで外に出すっていうのが外在化なんですけど、
外在化をすることで自分を客観的に見れるっていうのもあるんですけど、
これの効果としては支援者とクライアントさんが、支援者がその課題を通してその人を見るんじゃなくて、
二人で同じ課題を見つめることができるんですよね。
だから外在化を使うことでメタ認知的なことができるっていうのももちろん効果として一つあるんですけど、
それをすることで非常にクライアントさんとの関係性が変質して、
何か共同関係を結ぶことができるっていうのも僕的には外在化の大きな効果だと思っているので、
そういう形でパックを組んでやっていくということなんです。
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そういうことをやることで課題を克服していって、何とか社会につながれるように自分を持っていくっていうのが就労支援の流れにはなってるんですけど、
あと面談で言うと、やっぱりどうしてもASD特性のある方の話中止になっちゃうんですけど、
僕はそこをフィールドに就労支援をしているので、
あとはバウンダリーの話と外在化の話と、
もう一個はやっぱりイメージ発生装置になるっていうところもめちゃくちゃ心がけてるところですかね。
やっぱりASDの特性ある方って何か踏み出すときにイメージが分からないとなかなか不安が消えないとかがあるので、
例えばこれから起こることみたいなのをすごいリアルにイメージできるように、
ツールとか使ったりパソコンの画面を見るっていうのもすごい効果もあるんですけど、
会話の中でもすごい臨場感を持ってもらうような説明をするとか、
こうなったらこうなるよねとか、そういうシミュレーションを一緒にするみたいな、
本当にイメージ発生装置になってこっちが。
で、具体的な選択を支援する。
で、自己選択ができるように選択肢を提示して、メリットでメリットを提示して、
実際選んだときのことをすごい詳細にイメージできるように導いていくということも普段やっていることなので、
それで自己選択できて踏み出すっていうこともあるし、
なので単純に面談って言ってもすごい奥が深くて、
僕も語ってるけど全然できてるわけじゃないんですけど、
思ってる以上に有効なものなんですよっていうのをちょっと言いたくて。
バウンダリーと外在化とイメージ発生装置ですよっていうところ。
あとは結構居心地よく過ごしてもらうためのテクニックみたいなものは、
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テクニックって言っちゃうとあれなんですけど、
いろんな実は僕も技術を駆使しながら、
あとはスケールクエスチョンとか言ってもよく使いますね。
例えばこの前もXでポストしてた話で言うと、
サポステで結構若年層の方も来るので20代とかね。
20歳になったところですとか、
そういう方って結構親御さんの価値観にかなり左右される状態にあったりとか、
そういう環境でずっといたことで自分の気持ちがわからなくなっていたりするんですけど、
そういう方に対しては、
例えば今これをやるって言ってくれてるんだけど、
それをトータル10ポイント持ってるとして、
このやりたいって言ってる気持ちって、
親御さんの意向とA君の気持ち、
10ポイント振り分けるとしたら何対何ぐらいなんですか?みたいなことを聞くわけですよね。
で、意外とそういう時って親なな自分さんですかね?みたいなことをちらっと言ったりするんですよね。
そしたらやらなくていいんじゃない?みたいな話をしていって、
結局そのさんの方の気持ち大事にしません?みたいなことをやっていったりするんですね。
だからそういうスケールクエスチョンって言ったりするんですけど、
あとはベタなところで言うとオープンクエスチョンとクローズドクエスチョンとかじゃあるんですけど、
とにかくその気持ちっていうものをオーラルコミュニケーション、会話を通して可視化していく。
で、自分の例えば、それはなぜそういうスケールクエスチョンをするかというと、
自分の気持ちを大事にしてほしいからなんですよね。
そういうことで、何だろう、集団っていうのもすごい大事なんですけど、
そういったことを身につけていくと、個別の対話の中でも非常に有効な支援ができます。
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実際、万能ではないんですけどもちろん、そういう言葉だけではなかなか難しいかと思うし、
でもACDの方で、すごい言語理解が高い方とかには非常に有効に働く施策があったりもするんで、
とはいい場所で言うと、面談で言うと何かあるかな。
でもちょっとテクニック的な話をしちゃったんですけど、
一番はやっぱり、出会えることに対する、出会えたことに対するとか、
これから出会うであろう人に対しても、そのこと自体をちゃんと祝福するというか、
まず会えたことが嬉しいだったりとか、直接表現はしないまでも、
それが体から滲み出るぐらいの感覚を持って、最初に出会って話を聞くことをインテークって言ったりするんですけど、
インテークの時って言うのは一番気を使うんですけど、本当にその時にクライアントさんのことを考えて、
このウェルカムのね、空気を出す、全身から出すって言うこと。
で、それを出会う前の人にも向けるみたいなぐらいの勢いで出会うことを意識してるんですけど、
意識しようと思ってるんですけど、
なんかね、そういうテクニックを超えた部分も大事かなと思ってはいるんですけどね。
はい、そんなことで、ちょっと今回は面談みたいなことで、
ちょっと僕のやっている仕事の紹介みたいになっちゃいましたけど、
居場所っていうことに引き付けて話すと、
集団の場だけが決して居場所ではないっていうこと。
それは僕が普段実践しているASDの方に対応している面談っていうことからも言えるし、
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そもそも集団に入りたくない、集団が居場所にならない人もたくさんいますっていうことと、
第3の家族さん的にも、インターネット環境にあるものが自分の場に埋め込まれない形の、いわゆる地域のみたいな、
それはそれで会う人は会うでしょうし、でもそうじゃない形のものであっても僕は居場所だと思っているので、
なんかちょっと居場所をあまり狭くしたくないなっていうのもあって、今回は面談の話をしてみました。
じゃあそんなところで今日は終わりたいと思います。