00:01
はい始まりました、ケアラジです。 ケアラジは、仕事・家事・育児・勉強など、日々忙しい現代社会のスピードを少し緩め、
ケアの視点から様々な論点を考察するラジオとなっております。 ということで
ちょっとあの久々に、さっき近況報告を
配信したところなんですけど、ちょっとエピソードトークも撮っておこうと思います。
僕はケアラジは、青木真平さんのホームラジオも、ほぼばかりで始めたというか、
コンセプトとかもちろん違うんですけど、こういうポッドキャストを使って、言いたいことを言うという、
メディアを持っている青木さんをちょっと参考に、僕もそういう発信できる何かツールだったりがあるといいなぁと思って、
始めたケアラジなので、ちょっとそういうテーマも、テーマトークみたいなものも、これまでも何回か撮ってきてますけど、
ちょっとだいぶ飽きましたけどね、そういうテーマも話していけたらと思っていて、
前回のホームラジでですね、毎回水曜日にホームラジって更新されているんですけど、
結構面白くて、毎回面白いんですけども、建築家の甲島さんですよね、とのエピソードがあって、
それがすごく面白かったんですよね。作る人になるためにという書籍を青木さんが出されていて、
その本が甲島雄介さんとの往復書館を書籍化した本になっているんですけど、
観光記念ツアーということでね、全国各地回られてお話しされているというところで、
で、そのツアーの様子を先週、今週か、先週かな、の水曜日に公開されたというところで、
その中でですね、過剰性というか、のテーマを話されてたんですよね。
過剰性だったりとか、甲島さんはボイドという形をして、
ボイドって何だろうと思って、何なんでしょうね、というところで今ちょっと調べてみると、
03:00
ボイドはね、何なんだろう、中身がないとか空っぽとかそういう意味っぽいですね。
空間的なもの、プログラミングやってる人とかね、ボイドっていうと、
そのプログラムのボイドを思い浮かべる人いるかもしれないですけど、
要は何もないっていうことを意味する言葉だと思うんです。
で、甲島さんの場合は、本を読んでなかった。
学生時代、高校になるまで全然本を読んだことがなかったっていうのが、
甲島さんの中のボイド、埋まらないものっていう感じで、
それはずっと埋まらないので、ある種コンスプレックスみたいなものって言っていいかもしれないですけど、
それを埋めるために、とにかく今自分でも本を書いたりとかしてるんだみたいな話をしてて、
それは僕がずっと考えてることに非常に近い、
僕は何か、誰しもが持ってる欠乏というか、
欠損みたいなもの、埋まらない穴みたいなものを、僕自身ドーナツの穴だと思ってて、
結構ね、ドーナツっていろんなメタファーに実は使われてて、
若干その薬物的なことのメタファーとして使われることもあるし、
なんですけど、僕的にはそのドーナツの穴って、
なんていうか、あの穴が開いてないとドーナツはドーナツじゃないんです。ありえないじゃないですか。
あの穴があるからこそみんなドーナツって呼ぶと思うんですけど、
でも何もないんですよ。実体があるわけじゃなく穴が開いてるだけ。
それを誰しもがそういうドーナツの穴ってあるんじゃないかなというふうに普段考えていて、
こうしまされたボイドっていう概念とも、概念というか言葉とも非常に近いなと思って、
普段から考えていることではあったんで、なんか今日そういうのを話せたらいいなと思ってはいるんですけど、
それとそれに対応する形で青木さんが過剰性みたいなことを、最近ちょっと話されていること多いなと思うんですけど、
06:12
過剰性のコントロールみたいなところに僕自身もすごい、特に20代はすごい苦労してて、
それがちょっと発達障害的な文脈とも関係することかなと思うんですけど、
いわゆる目に見えやすい多動傾向っていうんですかね。教室を歩き回るだとか、
すごいとっぴなことしちゃうとか、衝動的に、それはADHDの特徴の一つだとは思うんですけど、
厳密に言うと、その抑止ができないっていうところですよね。
注意欠陥というよりかは、抑止する力がちょっと弱いと言ったらいいんですかね。
衝動的に行動してしまうみたいなところは、よく言われるところですけど、
でもなんか、そのとっぴな行動で言うと、僕ちょっと実はあったんじゃないかなとは思ってて、
結構昔からちょっと変わってるよねって言われるタイプではあったんで、
そういうところはきっとちょっと変臨があったっていう。
ちょっと誤解を与えないようにちゃんと説明しておくと、
僕自身別に発達障害の診断があるわけじゃないので、
そのことはちゃんと言っておかないとなと思っていて、
でも自分自身がいろんな方支援してきてる中で、きっと自分にもちょっと特性はあるし、
みんなあるんですよ、特性って。
ただそれの特性がやっぱり、社会との折り合いがつかない場合に、
それを類型化したのが発達障害という概念だと思うので、
やっぱり僕自身は発達障害ではないですということはお断りした上で、
診断があるわけじゃないんでね。
発達障害っていうのは医学的な、
もうちょっとかなり幅広い意味を持ってしまっているんですけど、
正確に話そうと思うとやっぱりちょっと医学的な言葉かなと思ってはいてて、
09:00
発達障害者っていうのはね。
なので僕自身はそうではないと。
ですけど、多分20代後半に診断受けてたら、
もしかしたら降りてたんじゃないかなと思います。
それぐらい自分の特性のコントロールに、
正確には気づいてなかったんですよね。
自分のいわゆる過剰性という表現が近しいと思うんですけど、
周りからやっぱり見えないんで、
極端に動き回るとかっていうことではなかったんで、
でもアイディアが浮かんだら言いたくなっちゃうんで、
小学生の時で言うと、
ふざけすぎちゃうみたいなところがあって、
いわゆる逆みたいなこと思いついちゃうわけですよ。
誰かが言った発言に対して、
いろんなこと思いついちゃうんで、
それ言いたくなっちゃって言っちゃうみたいな。
それで結構先生から、
いらんこと言いすぎやみたいなことを怒られた記憶があって、
僕はやっぱりそういうところがあるんですよね。
いろいろずっと考えてたりするっていうこともあるし、
それに自分が普通なんで、
特に子供の頃なんて、
周りと比較してなんてあんま考えないんで、
ずっと学生時代を過ごしてきてて、
まあまあ普通に育ってきてたと思うんですよね。
そんな不登校になることもなかったし、
でも今思うと結構、
友達関係でのトラブルはあったのかな。
やっぱなんかあんまり距離感が分かってなかった気がしますね。
とにかく時間の管理ができなくて、
学生時代の友達とかにも数少ない友達いて、
地元の大阪狭山市っていうところで生まれ育ったんですけど、
大学時代に出会ったとか、
高校の友達も今続いてる人っていないですし、
12:04
唯一小学校の時から僕のこと知ってくれてる友達とは唯一つながれてて、
でもその友達とかには絶対時間遅れるので、
僕には早めの待ち合わせ時間を伝えられるんですね。
結局遅れて数日もあって同じ時間に行けるみたいなことがあったりとか、
やっぱりそういうとこあったんだなって今振り返るとすごい思うんですよね。
小学校の時もちょっとリミッターが外れたみたいに、
ちょっとやんちゃな子っているじゃないですか。
結構からかわれたのかな。
でもすごいブチギレちゃって、
ちょっと馬乗りになって殴っちゃうみたいなこともあったし、
なんかそういうところがあったなってすごい思いますね。
なんだろう、ちょっとなんか暴力的だったような気もしますね。
今だと想像つかないかもしれないんですけど、
ちょっとコントロールができないところあったんじゃないかなと思いますね。
やりすぎちゃうというか、
そういう怖さを今振り返るとすごいふつふつと思うんですけど、
中学に上がってずっとサッカーをやってたんで、
でもサッカーもどうだったんだろうと思いますね。
嫌いではなかったんですけど、
スポーツなんだろうな、サッカー自体すごい好きなんですよね。
練習も好きだったし、
それはやっていくプロセスっていうか、
ボールを蹴るのが上手くなるとかパスが上手くなるとか、
そういうのはすごい楽しかったんですけど、
とにかく試合に勝つっていうモチベーションがあんまり持ててなかったんですよ、実は。
それはどうでもいいっていうか、
だから対局を読むみたいな力も多分なかったし、
そもそもそこにモチベーション持てなかったような気もするし、
なんかでも学生時代は万全と続けてた気もするんですけどね。
15:02
そんな感じで部活もやりながら、
勉強はそんなに困ることなかったのかな。
でも勉強で言うと、
ほぼ一夜漬けでしたね、僕。
ちゃんとできた試しが本当になくて、
そう今思うとね。
だから中学の時は、もうちょっと前は覚えてないですけど、
高校の時とかね、結構3教科テストある日とかあるじゃないですか。
本当になかなか動けなかったんで、
その一夜漬けでやるわけですけど、
もう12時から6時までやるとしたら2時間ずつ勉強できるなみたいなことでやってたんですよ。
2時間、2時間、2時間って勉強して、
ちょっとだけ寝てテスト受けてみたいな。
で、一気に詰め込むみたいなことで毎回やってたんですよね。
でも寝ようと思っても寝れなくて、
そんな感じでやってたんですけど、
なんか成績はそういうやり方するんで、
点数は取れちゃうんですよね、みたいなことで。
今思うとちょっと普通ではないのかもしれないですけど、
そんなことでやってきてて。
大学受験はちょっと効率には受からず、
今思うとそりゃ受からんだろって感じの勉強の仕方をしててじゃないかなと思うんですけど、
短期間で詰め込めるセンター試験とかはできたんですよね。
多分、あんま覚えてないですけど。
効率は落ちちゃったんですけど、
私学受かって、
奨学金借りる形になっちゃったんですけど、
大学に行きましたというところだったんですけど、
本当に大学には全く馴染めずに、
過剰性とかテーマ関係なくなっちゃいましたけど、
大学は本当に馴染めなかったですね。
サークル一周入ったんですけど、
もうすぐ慶恩のサークル入ったんですけど、
もうすぐ辞めて、
大学に馴染めない奴らでつるんでましたね。
4人ずっと一人仲良い子がいて、
18:04
その子とずっと一緒にいてって感じだったかな。
で、ちょっとずつ大学馴染めない仲間が集まって、
普段過ごしてたなという気がしますね。
普段あんまり遊ぶとかってこともなく、
学校行ったらその子と一緒に授業受けて、
って感じだったかな。
その子も結構アウトロー的な感じ、
アウトローっていうかね、
一緒にバンドやったりとかしたこともあったし、
そんな感じでしたね。
大学はもう工学部だったんで、
結構忙しくって、
1回生2回生とかは、
結構もう授業がたくさん取らないといけないような学部だったんで、
それなりに学校に出たかなという気がするんですけど、
でもなんか一気に取っちゃえみたいな感じで、
すごい単位詰め込んで、
土曜日も行ってた気がしますね。
コンビニでバイトしながら、
コンビニは夜勤とかやってたのかな。
夜勤と夜のバイトに行きながら、
1回、2回過ごし、
3回生からコンビニが潰れちゃったんで、
アルバイト探しに、
探してて、
それで某スポーツクラブに、
もともと小学校のとき水泳をやってたんで、
そこで水泳のコーチのアルバイトに出て、
それがめちゃくちゃドハマりしちゃったんで、
大学単位をめちゃくちゃ詰め込んで取ってたんで、
大学にそんなに行かなくて、
いい状況が3回生、4回生とできたんで、
バイトに没頭してたって感じですかね。
で、そんな感じで過ごしてきてて、
大学生のときの僕本当の、
今でこそ人と喋れるようになりましたけど、
コミッションですよね。外出ちゃうと。
うち弁慶みたいな感じでね。
別に友達とか、友達にはあんまり喋んないですね。
21:04
酔っ払うと同じこと何回も言ったりするんですけど、
なんか自分から、
じゃあ遊ぼうぜとかってあんまりないですし、
喋んないんで、
必要性を感じないと喋んないみたいなところは、
あったかもしんないですね。
まあまあ、そんなこともありつつ。
で、システムエンジニアとして就職したっていうところなんですけど、
ここまでのエピソードで見ても、
なんかめちゃくちゃ何かが困ったっていうことはやっぱりなくて、
でもなんとなくその、
一夜漬けでずっと一夜漬けしかしたことないとか、
大学受験はさすがにこう塾に通わせてもらったんで、
そこで勉強はしたんですけど、
でもやっぱりこう、
地矢玉がないって言ったらいいんですかね。
興味が湧かない限りは、
暗記者で結局私立の大学も、
結構暗記者なんですよね。
数学も受けたんですけど、
数学ってそんなに難しくなくて、
科学と英語がめちゃくちゃ点数良かったんですよね。
要はあれって、
大学受験の英語とか科学って暗記者なので、
そういうのを繰り返し繰り返し直前に対策して、
で受かったっていうだけなんで、
そう、だから、
ちゃんと学問というか大学受験をしっかりやったという感じでもなく、
とにかく繰り返しやれば大丈夫なもの、
センター試験とか、
そういった形でやってきてたとこだったりとか、
本当にもうアルバイトの時も引くぐらいコミュ障で、
そっから10年ぐらい経って、
某スポーツクラブの、
僕がいてた店舗がなくなるってなった時に、
もう100人ぐらい集まる飲み会があったんですけど、
やっぱり当時の人はどう思ってたんだろうと思うんですけど、
本当コミュ障ですよね、
挨拶すらちょっと僕もガチガチに緊張しちゃうみたいなとこでやってたんですよね、
で、もうお先に失礼しますっていうのが言えなくて、
みたいなレベルだったんです、本当に。
で、そこで本当にそういうキャラでも受け入れてくれた職場があって、
24:11
結構そこもアルバイトの人含めて社員の人含めて、
なんかすごい大会系だからなのか何なのかわからないんですけど、
すごいキャラが立っててみんな、
バチバチに怒られながら最初やってたんですけど、
なんかすごい良かったんですよね。
何が良かったかというと、やっぱり子供たちと触れ合えるってことが、
僕の中で一番のモチベーションで、
それがなかったら速攻で辞めてたと思うんですけど、
子供たちがどんどん変化していくっていうのが、
なんかすごいやってる意味が感じられて、
でドハマリしたっていうとこですね。
でもなんか飲み会の、結構飲み会がある職場だったんですけど、
よく潰れてましたけど、
結構生きてる?みたいな飲み会の時に声かけられてたぐらいの
本当コミュ障でしたね。
人と喋れるようになったら本当に、
20代後半ぐらいじゃないかなと思うぐらいに、
人と話すのをちょっと苦手でしたね。
システムエンジニアになるわけですけど、
やっぱり脳筋が守れなくて、
っていうのもあったかもな。
ただそこで覚えてるのは、
何年かして割と規模の大きい案件にジョインして、
なんかわかんないけど、できそうな雰囲気はあるんでしょうね。
なんかそれなりに形にはなるっていうか、
でもチャキチャキこなすことはできなかったんですけど、
当時忙しかったんで、
なんとなくそういうところは見えづらかったと思うんですけど、
なんか頑張ってるから仕方ないよね、
みたいな位置づけで僕なぜか見られてて、
でもすごい大きい、
その開発の中では一番大きい新規のアプリを任せていただいて、
それも何か過集中みたいな感じで作っちゃったりしたんですよね。
27:01
その時は本当にガーッと集中して、
本当は一夜づけですよね。
そういうのを作った後にまた実績ができちゃって、
一応その職場の中では、
日本のIT業界のプロジェクトがどんどん小さくなっていくと、
人は離れていってどんどんチームが小さくなっていくっていうサイクルなんですけど、
一応最後まで最多で多分50人ぐらいになったのかな。
うちの会社だけでそれぐらいなんで、
全体としては多分1000人単位とかのもっとかもしれないですね。
それぐらいのプロジェクトで、
最終うちの会社でいうと多分10人ぐらいシューッと小さくなってというところがあって、
でもそこから泣かず飛沫でしたね、僕。
そういうガーッと盛り上がった時はよかったんですけど、
なんか普通の人ができることができないんですよね、本当に。
ちっちゃい修正案件みたいなとこだったりとか、
しんどかったですね。
そこで、あれ?なんか全然できないじゃんみたいな、
自分で勝手にそういう風な視線を感じてたのかもしれないですけど、
なんかそういうドーンって大きなことはできるんですけど、
人ができることができないとか、
そういうところでどんどんどんどんなんかしんどくなっていっちゃった気がしますね。
やっぱり生活のコントロールっていうのも全然できてなかったですし、
なんか反省を語るみたいに今日なっちゃいましたけど、
僕、24歳の時に結婚したんですけど、
25歳の時に長寿が生まれて、
それなかったら本当に危なかったと思いますね。
当時24歳の時って、
22歳から僕上京して、最初2年は寮に住めるんですよ。
お金貯めとかないといけないわけですよ、もう2年ってわかってるから。
ボーナスももちろんあるような業界、職種、業種だと思うんですけど、
まずその引っ越し代をちゃんと貯めてなかったんで、
もう最後のボーナス全部突っ込むみたいなことをして、
引っ越しもちょっと友達助けてもらって、
30:01
そうもう大変でしたね。
引っ越しも軽トラ借りて、
仲良かった奴と2人で同じ下北沢に行ったんですけど、
軽トラで何とか引っ越し費用も浮かして、
何とかかんとか引っ越したみたいな時もありましたし、
本当に当時、結婚することが決まって、
奥さんが急に来たのかな、ちょっと忘れちゃいましたけど、
時とかに、もう本当にお部屋ですよね。
ゴミ屋敷だったんです、本当当時。
ストレスもあったんですけど、
当時僕はタバコも吸う人だったんで、
それも社会人になってからなんですよね。
もともと全く吸ったことないし、吸いたいとも思ってなかったんですけど、
1人の生活になったりとか仕事でのストレスもあって、
職場自体は結構吸う人多かったんで、
打ち合わせもしやすかったりして、
でもやっぱりすごい依存性が高くて、
タバコの吸い殻が捨てられてない、
灰皿がこんもりになってたりとか、
捨ててないゴミ袋が何個もあったりとか、
とにかく掃除ができてないとか、
大変でしたね、1人暮らし。
金銭管理ができてなくて、
収支がちゃんとなってなかったんですよね。
だからキャッシングをして、
月何万かは足りなくなったら借りるみたいな、
まあまあそんな感じだったんですよね。
その後、仕事のことも持ち帰ることはできないんで、
持ち帰って考えちゃったりとかしてて、
そういうのもあって大変だったんですけど、
急にパニック障害になっちゃったんですけど、
もしかしたらその時に診断を受けてたな、
やっぱり困りごとの原因とかからすると、
もしかしたら診断は取れてたのかもしれないなって、
今になると思いますね。
という感じで、ただただ自分の人生がたりになっちゃったんですけど、
33:07
20代は本当にそれでも自分の、
なんでこんなにしんどいのかとか、
なんで人ができることができないんだろうとかっていうのは、
やっぱりわからなかったです。
でも今振り返るとちょっと過剰性みたいなところだったりとか、
やりすぎちゃうとか、
いろんなところに興味がリンクしていっちゃうとか、
仕事してても違うところに興味がいっちゃうとか、
なんかそういうことの積み重ねだったんだろうなとは思うんですよね。
で、またSEを終わって介護の仕事を始めたんですけど、
人のことだったら機嫌守れるんですよ、これが。不思議なことにね。
介護も僕管理職、人足りないんで、
すぐ管理職に慣れちゃうんですけど、
ちっちゃい事業所だったんで、
月字面で介護報酬の請求っていう業務があるんですけど、
これも結構きつかったですね、やっぱね。
きつかったけど、全部SEのときの技術があったんで、
自動化してカレンダーから引っ張って、
入力元のデータ作るみたいなのができたんで、
なんとか勘とか回せたんですけど、
仕事間違っちゃうとかね。
そういうことはよくありましたね。
ここ希望期出してたけど入ってないんですけど。
そこは自覚し始めてて、そういうところ。
そういうの不得意なんだと思って。
なので部下じゃないんですけど、下の子に
必ずチェックするような仕組みを作ったりとか、
そんなことで苦手なことはやらないみたいな風には
なっていきましたかね。
自分もちょっと30代に入ってから
客観視できるようになっていて、
そうですね。
でやっとなんか、
自分の乗りこなし方がわかってきたっていうところが
ほんと最近ですかね。
30代半ばになっちゃいましたけど、
自分っていう人間の持ってる身体的な特徴、
36:04
脳のことも含めて身体的なものとしたら
癖みたいなものがわかってきて、
やっぱり同じことずっとやるって無理なんですよね。
なので、人と出会う仕事っていうのがやっぱりすごい
承認はあってて、
事業としては同じ会社にずっといてるんですけど、
でも入れ替えたちから違う人がやってくるわけですよ。
ってなると続けられるんですよね。
っていうことに気づいていったり、
だからやっぱり大臣が、
大臣だったらやっと約束を守れたり
納期を守れたりするっていうこともあるし、
やっぱり大臣若者支援っていう枠組みで
いろんなことできるんですよ。
言っても同じ組織内でも僕みたいに
いろいろやってる人って勝手にやっちゃうんで、
会社のリソース使って。
でもそういう人もあんまりいないと思うんですけど、
そういうことも覚えていったりとか、
やりたいことをなんとか会社の事業に
ひも付けてやったりとか、
そういうことで今フリーランスやってたりとか、
フェルマータ合同会社を作って会社のことをやって、
だからホームページのデザインも勉強しながら、
それまでSEやってたとしても別に
ウェブ開発やってたわけじゃないんで、
黒い画面見ながら旧式のシステムで
システムエンジニアやってたんで、
自分でワードプレス立ち上げてみて、
ブログ運用してみたりとか、
いろんなことやる形なので、
その中で習得して、
今も仕事を受けして、
今は7サイトくらい仕事をフェルマータの中で
作ってきてて、
個人事業でも3サイトくらい作らせてもらったんで、
仕事をやりながら、
ウェブサイトってものづくりだけじゃなくて、
僕ディレクションもやるので、
そこでやっぱり人と出会うんですよね。
その人と会って、
その人と一緒に作ってるっていうのがすごく大きくて、
これが僕はどっかの製作会社に入って、
39:01
僕はちょっと末端の仕事、
コーダーとかをするってなったら多分続かないと思うんですよね。
僕がやっぱりクライアントさんに会って、
こういうサイトが作りたいって思いを聞いて、
それを自分でデザインするっていう形態だから多分続いてるんだと思うんですけど、
でもやっぱりその中で新しい技術を学ぶとか、
動画とかもウェルマータの中で、
富永さんとか自治体の関連の動画を、
制作案件とかも何件かやってきたんですけど、
やっぱりその学びがあるっていうことと、
あとはクライアントさんに直接やり取りして、
一緒にクリエイティブを作っていくみたいなところが賞にあってるんです。
今でいうと三足のわらじみたいな感じでやってるので、
相談員を週4で雇われてやってるんですけど、
その他個人事業と合同会社でやってるっていうところなので、
いろいろやってるっていうのがミソで、
なのでこういう形じゃないと社会生活が維持できない人なんだなっていうのが分かったっていうのが、
今僕の37年を40分ぐらいで喋ったって感じですけど、
この前Xでもそんなポストをしたんですけど、
過剰性のコントロールっていうところ、
まず20代の時は自分の過剰性っていうところに気づいてなくて、
それで行くところまで行っちゃうみたいな、
パニック障害になるまで突き進んじゃう、走っちゃうみたいなところもあり、
でもそこでやっぱり30代になりつれて、
過剰性みたいなものがあって自分の中に、
周りからも言われたりするわけですよね。
自分でも気づいていき、
その時にエミリー・ワプニックさんっていうイギリスの人なのかな、
のTEDに出会ったんですよね。
僕に結構強い影響を与えてくれたのが、
エミリー・ワプニックさんのマルチ・ポテンシャライトっていうTED、
これぜひ聴いていただきたいなと思うんですけど、
42:03
一つのことに集中できないとダメだみたいなすごい論調があったりするじゃないですか。
一郎選手みたいにね、一つのことをコツコツやって、
じゃないと体制できないっていうようなことがあると思うんです。
僕もシステムエンジニアやって職人みたいになりたいって思ってたんですよ。
僕の直属の先輩がすごいお世話になって、今も交流がある先輩ですけど、
その先輩みたいになりたいってずっと思ってたんですけど、やっぱりなれなくて。
でもそのマルチ・ポテンシャライトっていう考えを聞いた時に、
別に俺は俺のままで良かったんだっていうのに、
めちゃくちゃ救われたんですよね。
本当に救われた概念っていうか考えに出会えたんで、
良かったんだ、今のままで全然OKじゃんって思ったんですよね。
そこで語られた特徴っていうのが、今まで話してきたような
ことだったりしたんですよ。
ラピッドラーナーとかスキャナーとかっていう表現もしてましたけど、
とにかく学習していくんですよね。
いろんなことに興味持ってダイブしていって、
そこでバーッと学習をしてそれを活かして、いろんな仕事に活かしていく。
それを極めるかというと、そうじゃなくてまた違う興味にダイブしていく。
スキャンしていくっていう感じなんですけど、
最終的にいろんな領域のことを紐づけて、
すごいクリエイティブなことをやったりとか、
違う領域のことを紐づけていく。
分野を越境していく。
複雑で多元的な問題に取り組むとか、
そういう創造的で特にハマりづらい課題に取り組むのには、
マルチポテンシャルライトは向いてるんですという動画で、
これはだいぶ救われましたね。
いつ見たかちょっと忘れちゃったんですけど、
とにかく今の自分が肯定された体験だったんで、
大きな出会いでしたね。
そうなんです。
45:02
いや、しゃべりすぎました。
というところですよね。
なので今、もう存分にそのことで、
僕が何だろう、体制しなくてもいいっていうか、
一つの会社で出世するとかも無理なんで、
同じことやり続けるのは。
なのでいろんなことをやっていくと思います。
そうじゃないと、僕の奥さんとかは、
もちろんシステムエンジニアの時の方が給料も断然良かったですし、
今は若者支援なんてほんま給料めっちゃ少ないですからね。
なんですけど、そうしないと多分この市潰れちゃうわって、
もう多分わかっているんで、無理事はさせないっていうか、
いろいろ他の人からするとね、
急に会社作って、
大丈夫かと思うわけじゃないですか。
借金もしてるんでね、会社作ってるんですけど。
のも別に、とやかく、
倒産したりしたらね、言われてたかもしれないですけど、
別にそれも何かとやかく言うわけでもなく、
夜は早く寝なさい、みたいなこと言われますけど、
結局できないんだから、寝て朝やった方がいいや、みたいな。
ご助言をくださるわけですけど、
もともと大部屋に住んでいた僕からすると、
やっぱり奥さんは、もちろん僕も家事手伝ってるんですけど、
規則正しい人が一緒に生活してるっていうのはめちゃくちゃ大きいですよね。
じゃないと、もう今この世にいないんじゃないかって思うぐらいの生活力の無さだったんで、
それは非常に良かったなと思いますね。
全然ボイドのドーナツの穴の話してなかったですけど、
あんまり長くなってもね、あれなんですけど、
やっぱり僕の中の欠乏って、たぶん父親なんですよね。
なんかそれはすごい、最近思うことで、何かを教えてもらったことはないっていうか、
今思うと本当に、何て言うんですかね、
48:05
情緒的な関わりができない人ではなかったんですけど、
何か教えてもらえなかったみたいなのが僕の中でドーナツの穴になってて、
不正みたいなとこですよね。
すごい依存性がある人だったし、ヘビースモーカーで、
土日はずっとパチンコに行ってるような人だったんですよね。
僕を育ててくれて、お金稼いでくれて、悪い人ではないんでね。
何か不思議な人だったなって今思いますね。
とにかく職人語りで、何か丁寧すぎるぐらい丁寧なところがあったりとか、
書類仕事とか家でやってるの見てたんですけど、
何か特性を今を振り返ると感じるなっていう人なんですよ。
依存性があったりとか、本当は借金を作ってて、
それが倒れた後に発覚したりとかね、
上手いこと逃れてたのかよくわかんないですけど、
それを処理したりとか、もう結構、
ほんとふざけんなこいつと思ってた人ではあるんですけど、
別に父親がどうこうってよりかは、
その辺がなんか欠損してる気がしますよね。
教えてもらうとか、教えてもらいたいみたいなのがあるんですかね。
それももしかしたら、変な知識欲みたいなところにそういうのがあるのか、
こうやって僕は若者に関わるっていうところで言うと、
そういう何か教えてくれるような人になりたいとかって、
もしかしたら僕の中の欠損を埋めるための行為なのかもしれないなとか、
そういうことはちょっと思いますよね。
そこが僕のドーナツの穴なのかなと思います。
そういうドーナツの穴みたいなものはやっぱり、
時に埋められないんで、
埋められないものを埋めようとすると、
51:00
すっごいこれは苦しみを生むわけですよね。
だから中には自分が乖離しちゃうっていうか、
乖離させることでしか苦しみを埋めることができないかったりとか、
だから欠損があまりにも穴が多すぎると、大きすぎると、
それをつじつま合わせるために、
コーピングとしてロジックを作り出しちゃうみたいなのが多分統合主張症だと思うんですけど、
照れちゃう人もいれば、自分を傷つけちゃう人もいれば、
でもドーナツの穴があることがいけないっていうわけじゃなくて、
だからこそ他者と関わろうとするし、
他者が埋めてくれるわけですよ、その穴は。
埋められないからこそ、
それを他人に提供することで、他者に提供することで、
穴埋めしようとするエネルギーの原動力になったりとか、
これが埋まってないのっておかしいよねっていう、
だからそういう意味でドーナツの穴って、
なんかすごい苦しみでもあるんですけど、
でもエネルギーでもあるっていうとこかなと思って、
多分皆さんにもそのドーナツの穴ってあって、
それが人なのかなとかっていうふうには思いますね。
だから穴が空いてるからダメってことなくて、
みんな何かしらの穴がぽっかり多分空いてて、
それを埋めるために悪せく生きていくっていうことなのかなと思います。
いろんな人と交わって、
それをなんていうか、言葉が見つからないですけど、
埋め合うっていうわけじゃないと思うんですよ。
自分の欠損があってそれを何とかしようと足掻いて他者と関わる。
でもそれが明確にあなたここ空いてるよねっていうことの確かめ合いをするっていうよりかは、
なんか各々の穴ってあるよねっていう前提の下関わるっていうんですかね。
すごい重症的なんですけど、
別に見なくていいんですけど、あることを感じているみたいな関わりが持てると人って豊かなのかなって思うんで、
なんかすごい最後重症的な話にはなったんですけど、
54:08
うん、そうですね、ドーナツの穴。
だからこれは穴ではあるんですけど、過剰性を生み出す源泉にもなってると思うんですよ。
ちょっとその前半というか、ここまで僕のエピソードを話してきましたけど、
なんていうか脳の特性的な過剰性っていうものもあれば、
この穴を埋めるための活動、行動っていうのは、これも過剰性を生み出すと思うんですよね。
なんでここまでこの人こんなにあるのっていうときに、
なんかその穴が空いてることが容易になったりするんですよね。
なんかそれはトラウマって呼ばれたりとか、
そうですよね、なんかそういうふうに呼ばれるときもあるでしょうし、
アタッチメントというか愛着の問題って言われるときもあるでしょうし、
それはどっちかというと、結構大きな穴というかね、だと思うんですけど、
なんかそんな、だから支援っていうものが何かって考えたときには、
もしかしたらそのどこに空いてんのかなっていうところは、
直接見ずとも想像するっていうとこまでをやってるのかもしれないですね。
あまりにちょっとうまくいかない場合は何かきっと穴があるんだろうなっていう、
簡単には埋められないものがあるんだろうなというふうには感じたりはしますかね。
なので、それってやっぱり他者が投稿できるものではなかったりするんですよね。
じゃないと穴じゃないって。
最終的に、すごい抽象論ばっかり続いてあれなんですけど、
最終的にやっぱり自分自身がそこにある欠損みたいなものをちゃんと見つめて、
57:01
気づいていって、穴がいってるんだっていうところを認められて、
手放すところまで一緒に歩めるといいなとは思うんですよね。
それが多分本質的には支援ってことだと思うんです。
すごい技術論じゃなくてめちゃくちゃ抽象的な話してるなと思うんですけど、
そんな穴とか、そういうアナロジーを使って話すわけじゃないんですけど、
なんかここだよねみたいな、そうだったんだねっていうところに一緒に気づけること。
それ分かった上でも泣いてるわって思って、
でもその状態で生きていきますわっていうことが言えたら、
生きていけるのかなっていう状態になったら。
じゃないと穴に取り込まれちゃったりとか、
埋めよう埋めようとしてとにかく頑張りすぎちゃったりすると思うんで、
僕もこれ非常に多いんですけど、支援職始める人ってやっぱり穴空いてるんですよね。
これは危険なことであり、そういうことをスタートガンにして支援業界入ってくる人すっごい多いんで、
僕自身はやっぱり自分の人生の中でキャリアっていうところですよね。
まずキャリアがうまく築けなかったっていうところの穴があるし、
さっきの父親の話とかもそうですし、今もなんだろう、
今は穴が穴じゃなくなってんのかなっていうところもあるんですけど、
でもきっかけはやっぱり自分がしんどくなっちゃったことだったりするわけですよね。
そういう時期があってもいいと思うし、
こういう支援を始めるスタートガンって何でもいいと思ってる方なんですよ。
そういうことではダメだっていう人が偉そうに言ってる人もいるかもしれないですけど、
別にそんなの何だって良くって、みんなもがいて生きてる中で
1:00:00
自分みたいな立場の人を助けたいと思うことって全然自然じゃないですか。
だから別にそれはそれで良くって、僕もそうだったし、
でもその穴を埋めるために人を使っちゃダメよっていうことは言っとかないといけないですよね。
っていうのは先にこういう支援のフィールドに立っている僕らみたいなおっさんの役割だと思うんですよ。
それはダメよあなたっていうね。
あなたの穴を埋めるのはあなただからねっていうことは言わないといけないんですけど、
人で埋めちゃダメよっていうね。
なんですけどその穴を埋めるためにこういう業界に入ってくるっていうのは別に自然なことかな。
だし自分みたいな人作りたくないと思ってとにかく長年活動を続けていくっていうこともあるんですよ絶対。
DPののりさんとか見てるとすごいそれ感じますよね。
でもそうやっていくとなんかそこから自由になれるきっとタイミングがあって、
それが今DPののりさんで言うとそれがそこから解放されてるのかっていうのは分かんないですけど、
僕で言ってもそういう側面はあって、
だからなんか僕みたいにキャリアでしんどくなる人を生み出したくないみたいなって多分すごいあるんですよね。
だから動く原動力にもなってるんですけど、
そのうちそれが消化されてって、そういうこともあったけど変質していって、
そこから自由になれるといいなとは思いますね。
でもそれぐらいの時はもう人生を総化するタイミングなのかもしれないですよね。
だから欠損ってドーナツの穴みたいにポカって人生のプロセスの中で20代、それがタイミングはあると思うんですけど、
遅かれ早かれそういうちょっと辛い出来事だったりとか、誰かと私別するのことだったりとか、
でもそういうことってきっと人生にはあって、それを埋めるためにみんな生きてて、
1:03:02
それが支援という形になる人もいれば、いろんな形で表現をされていくと思うんですけど、
結論は特にはないですけど、過剰性とボイド、ドーナツの穴っていうところでね。
誰が聞くねっていう感じなんですけど、何でも喋りたいこと喋るメディアなんでいいんじゃないでしょうかというところで、
ちょっと喋りすぎましたけども、でもなんかもし聞いてくれた人がいたら自分のことも振り返ったり、
他者を見るときにね、決してどんな穴の形なんだいみたいなね、そこをほじくろうとせず、
それはもうかなり危険な行為ですんで。
でもやっぱみんなあるよなっていうところではいててほしいなと思うんです。
僕もそうだし、そうありたいなと思ってるし、特に支援を志す人だとしたら、
それを究明するのが支援ではないってことです。
正確に見るのが、正確に炙り出すことが、僕ら支援職がやることではないっていうことは言っとかないといけないですね、多分ね。
じゃなくて、もうあるよねっていうことでいいんですよ、そこへのシンパシーというかでよくって、
それを埋めるために何か足掻いてる人を後押しする、一緒になって悲しんだり喜んだりしながら、
何か穴空いてることでも生きていこうかって手放せるプロセスを一緒に歩む人が多分支援者だと思うんで。
で、自分のケアもしましょうねってことですね。
みんな空いてるんだから自分も空いてるんですよ、支援職もね。
特にそういう自分のことが理由で、こういう世界に僕と同じように支援職やってる人ってきっとぽっかり空いてるんでね。
1:06:01
もうそれは癒していきましょう。本当に危ないです、これは。
自分の穴埋めのためにすごい活動して、自分をなくしてしまわないように自分のこともケアして、
みんなで、なんかケアラジの締めってみんなで支え合っていきましょうみたいなことばっかり言ってる気がするんですけど、
本当にみんなで手を取り合って支え合って、なんか穴空いてるけど頑張るかっていう感じで生きていけたらなと思ってますんで。
ダメですね、この。やっぱり2,30分ぐらいで定期的に撮っていかないと過剰性が喋りすぎるっていうところがあるんで1時間超えちゃいましたっていうところで。
何か話したかったテーマなんでしょうね、こんだけ喋るってことは。
終わります。
本当ちょっと寒くなったり暖かくなったり大変な時期なので皆さん健康には気をつけていきましょう。
それでは。