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【ケアラジVol.18】青木真兵さんと豊中イベント企画会議
2023-05-27 1:01:35

【ケアラジVol.18】青木真兵さんと豊中イベント企画会議

7月に庄内コラボセンターに、ルチャリブロ青木真兵さんをお招きしてトークイベントを開催します。その企画会議もケアラジで公開しちゃおうということでしたが、やはりテーマは公共について。

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00:01
始まりました。【ケアラジ】です。【ケアラジ】は、仕事・家事・育児・勉強など、日々忙しい現代社会のスピードを少し緩め、ケアの視点から様々な論点を考察するラジオとなっております。
第18回目の今回は、久々のゲスト会で、ルチャリブロの青木真兵さんをお招きしてお話ししました。
実は、7月に青木さんを僕が住んでいる、そして働いている豊中に招いて、トークイベントをすることになっていますので、
その公開会議、企画会議をcare-radioの場を使ってやってみましたので、皆さんぜひお聞きください。
はい、ということで始まりました。 ゲスト収録がもう多分半年ぶりぐらいなんですけど、
ケアラジ自体もだいぶ久しぶりの収録で、という感じなんですが、今日はこの方に来ていただきました。
はい、ルチャリブロの青木です。青木真兵です。
久しぶりに出していただいて、ありがとうございます。
ついこの間、オムラジに出していただいて、
一応僕がツイッターでつぶやいて、
久々に青木さんと喋りたいなというので、この前オムラジに出させていただいて、
豊中に実は来ていただくことが日程だけ決まっていて、日程と場所だけ決まっているという。
ありがとうございます。お招きいただいて。
いえいえ、ぜひと思っていて、そのタイミングがついに来たなという感じで。
時が来たと。
時が来た。
嬉しいですね。
ちょっと今日はその作戦会議を。
日程だけ決まっているけどね、内容はね、もちろんぼんやりとというか、
あれでしょうけどね、
まあまあね、我々の部屋ラジ、オムラジでお話ししているようなことというのは変わらないんでしょうけど。
そうですね。
でもちょっとある程度ね、何ですか、題名というかタイトルというかね、方向性が分かってないと多分ね、誰も来てくれないみたいな。
03:05
ちょっとね。
せっかくちょっと沸きさんに。
寂しいですから。
いただくんであれば、ちょっと僕も集客を頑張ろうと思って。
ありがとうございます。
というところで、なんですけど、場所としては、庄内コラボセンターという場所で、
今年できたばっかりなんですよ。
そうなんですね、新しいんだ。
新しくて、2階に図書館があって、
1階目はどっちかというと市民の方が、公益活動センターとかって言って、市民活動をする方が相談するような場所になっているので、
なので、そういう新しい公共とか、公共について考えるとか、
あとはやっぱり図書館なので、この時代だからこそ、本が持つことの意味というか、
図書館とかがどういう意味を持つのかみたいなのでもすごい面白いのかなと思ったんですけど。
いいですね、それが。
そうなんですよね。
最近ふと考えて、何か情報を調べようと思う時に、
ググるのが当たり前になっているなっていうのが、
でも多分、あれ、それが当たり前でいいんだっけっていうか、
っていうのをちょっと最近ふと思って、
沖さん、図書館についてはどう思われますか?
どう思われますかというか。
図書館と公共みたいな感じですかね。
そうです、すごい公共的な意味があると思うんですけど、図書館ってこう、みんなが情報にアクセスできるっていう。
そうですね。
たまたまなんですけど、いつだっけな、
今度、6月の10日に宮崎県の角町っていうところに行って、
トークイベントっていうかね、宮崎県角町で、
僕らの本の、「悲願の図書館」っていう本にも出てくれてた小松原くんっていう。
06:08
はいはい、小松原さんって、市議会議員に立候補されたという。
立候補して、ちょっと残念ながら辞典で落選してしまったんですけど、
彼を応援しようっていうので、
彼も内田達郎先生文化の人間で、内田達郎先生文化の広島雄介さん、建築家の広島さんと、
あと僕と、あと経営学を大学で教えている柑橘さんっていう人がいるんですけどね、
その3人でね、ちょっと小松原くんの異動会じゃないんですけど、異動会兼トークイベント会っていうので、
やりに行こうって言って、その時のテーマが公共とは何かっていうテーマなんですよ。
っていうのもそうだし、ちょっと話長くなっちゃってあれなんですけど、
っていうのもそうだし、そのね、次の週の6月17日には、田中本子さんっていう株式会社グランドレベルっていう会社を経営なさっていて、
キッサランドリーっていう場所とかね、あと本でも一海革命っていう本を出してたり、
グランドレベルとなんだったかな、その前に。
なんか知ってるかもしれないです、その方。
そうそう、有名な方なんですけどね、その方ともお話をして、
その人とは、その方はね、施設公民館って言ってるんですよ。
施設公民館を作るっていう風に言って、キッサランドリーを作ったり、一回が重要なんだと。
一回を変えることが公共を開くことにつながるんだっていう風にね。
なるほど。
おっしゃってて、で、僕は施設図書館をやってるっていうので、
施設っていうね、私っていうのは実は結構重要なんじゃないかっていう、
私から、タイトル何て言ったかな、正確なタイトルが忘れちゃったんですけど、
中本子さんもね、一海革命っていうね、その一海っていうのもグランドレベルのことですけど、
革命を私から始めるっていうね、トークイベントをするんですよ。
これ結構、2つとも、たまたまですけど、2週にわたってお話しするんですけど、
これって私っていうね、個人的な話と公共っていう話が結びついてるっていうのがすごく面白いなと思ってて、
09:11
で、それをね、どう結びつけるかっていうのは、たぶんいろいろ方法あると思うんですよ。
だから、ある意味でそれって、自分ごとを、自分ごとの延長に公共があるっていう風に、
どうデザインするかっていうか、どう認識できるような場にするかっていうことになる気がするんですよね。
その時に、僕らは施設図書館っていうことをやってるっていうのもあるし、
その自分ごとが公共につながっているよっていう風に伝える術の一つとして、
やっぱ本っていうのはすごく重要なんじゃないかっていう風に思ってるっていうところですね。
で、なんで本なのかっていうと、本はね、すごく重いのがさっきのお話で、
なんか分かんなかったらGoogleっていう、それも重要な、Googleらよりは重要だと思う。
たぶんね、重要だと思うんですけど、
インターネットの情報っていうのはもう、早いし、どんどん、早いし、
関連キーワード、関連でどんどん横に飛べるっていうんですかね、
そういうことができることはいいことだと思うんですけど、
やっぱり情報の蓄積っていうのに対してはすごく弱いし、
情報の器っていうんですかね、
なんか情報がすごく早い分、禁止的になってしまってて、
でも、僕らはすごく経験あると思うんですけど、
10年前に読んだ本を今読んでみたら全然印象が違うみたいなことってあるわけじゃないですか。
ありますね。
それは文章を読むっていう行為に対しては、そういうことって起こり得ると思うんですけど、
インターネットでもそういうことって起こり得ると思うんですけど、
なかなかインターネット上で10年間、同じ場所にあるっていうか、同じとこに。
そうですよね。
URLさえしてたらいいかもしれないけど、
でもね、それも閉鎖されてたりとかしてたらアクセスできないわけで、
確かに確かに。
やっぱりそこの時間をかけられるっていう、そこがなんか、
いやー確かになー。
本の特徴かなとは思うんですよね。
うーん、そうっすね。
なんか、ケアラジの第1回目ゲストが福島さんっていう一人出版社の方で、
12:10
その方とも本の意味みたいなのを確か話したことがあって、
やっぱりその時間を超えられるっていうか、時間を超えて届けられるっていうことはすごい確かにあるかもしれないですね。
なるほどなー。
で、たぶんこの前のオムライスでもお話したと思うんですけど、
やっぱり公共っていうのは時代に左右されないっていうものなんだろうなと思ってるんで、
教育にせよ、医療にせよ、インフラにせよ、
なんかその時代の価値観で左右されちゃうと反対に困るっていうもんじゃないかなと思うんで、
そういう意味では時間をかけたほうがいい、あんまり速決しないほうがいいっていうものな気がするんで、
そういう意味では公共と本っていうのはすごく相性がいいんじゃないかなっていう気はしてるんですけどね。
いや、そうですね。
なんか時間は結構公共がキーワードな気がしてて、公共と時間っていうのが。
ビジネスとかの世界はすごいスピードがどんどん加速していってるんですけど、
でもなんか公共っていうのは会社の10年20年とかっていうスパンじゃなくて、
100年とかそれぐらいのタイムスパンで考えられるかみたいなことが大事な気がしてて、
ちゃんとその100年後に自分たちの孫とかもっと下の世代に、
ちゃんと今あるものを届けられるかとかがなんかそういう考えで今、
公共イコール行政じゃないみたいな話も前回小村寺でもした気がするんですけど、
そういう発想でやっぱ物事を考える人が本当にいなくなってるなっていう気がしてて、
多分それなんとかしないとダメだよねっていう人たちが、
なんか施設で公共を作ってるっていうのは今なのかなっていう気がしますね。
そんな気がしますよね。
自分でやらないとっていう。
そうそう。
で、それってとはいえ2つの側面があると思ってて、
15:04
時間をかけずにどんどん速決していくみたいなのって、
ある意味でやっぱりグローバリゼーションっていうのとすごく関係してるような気がしてて、
地域の事情とかね、
それを悪く言うと特権とかだと思うんですけど、
そういうものを一個打にせず、
グローバルな経済原理ですよね。
経済原理だけによって、
昔からあそこの店でね、
お醤油か買ってたから、
少し値段高いけど、
お店でお醤油買うんですよって言って、
買ってるんだよっていうね、
そういううちのルールみたいなものが、
どんどん崩壊していくというか、
いやそれ30円安いほうがいいでしょみたいな。
それって一種のグローバリゼーションの影響だと思うし、
それが個人レベルで見たときに、
僕は結構コミュニケーション上の文脈を読むみたいなこととも関係してる気がしてて、
文脈を読むのが苦手な人って、
いわゆる発達障害とかって言われてしまったりしますけど、
ただそういう人たちが今までは、
やっぱり社会で活躍できる場所がすごく少なかったんじゃないかな、
それがパソコンが出てきて、
90年代以降どんどんそういう人も社会の中で活躍できるようになってきた。
みたいな流れもあって、
だからグローバリゼーションって大きな話で、
さっき言ったように地域経済を破壊していくみたいな文脈で言うと、
悪いことではあるんですけど、
でも社会参加みたいなことで言うと、
文脈読まなくても仕事できんじゃんみたいな、
そういう社会になってきたということは、
いいのかもしれない。
そうですね。
良さも。
良さもある。じゃないかな。
品質化したことで、やりやすくなった人ももちろんいるっていうことですね。
と思うんですよ。
だからなんか僕、
どっちがいいって話にしたくないなって思ってて、
18:01
そうですね。
僕も最近ちょっとそれを思いましたというか、
ちょっと今、
社会調査みたいな仕事を実はしてて、
レジェンドにちょっと話を聞いたんですけど、
やっぱり対立型じゃダメだよねっていう話になって、
これまで僕たちの就労支援とかはちょっと違うかもしれないですけど、
どうしても、
社会保障とかを運動的にやる人って、
どんどん政府と対立的になっちゃう。
対立構造で。
二元論ですよね。
それだとやっぱりうまくいかなかったっていうのが結論なのかなと思って、
なので、
ちょっと違うやり方でやっていかんとなっていう風には今思ってたので、
確かにグローバリゼーションで破壊されたものもあるけど、
まあいい側面もありますよねっていうところで。
そう思うんですよね。
なんかそれは僕は、今東吉野村っていう山村に住んでて、
すごく思うのは、
移住者の人って、
すごい社会的な意識が高かったり、
教育であったり、ジェンダーであったり、
いわゆるダイバーシティっていうのに関心があったりするんですけど、
で、都市だとなかなか人が多いから、
自分の意思も反映されないし、
環境も良くないしっていうので、
いわゆる田舎に引っ越してくるわけですよね。
そうすると一見人もいないし、
白いキャンバスに絵を描けるかのように思ってしまうんですけど、
だから自分が考えている教育観であったり、
そういう理想が実現できるんじゃないかって思いがちなんですけど、
実は全然そんなこともなくって、
ダイバーシティのダの字もないっていう。
すごく男尊女卑で、
不憲主義っていうかパタナリズムで、
いやもうそれはお父ちゃんの言うことが一番決まっとるじゃろうが、みたいなのとかね。
っていうのがあるわけじゃないですか。
そうすると、いやこれも生きづらいぞ。
でもそもそももうちょっと長い時間軸で考えてみると、
21:05
こういう、はっきり言って言うとしがらみみたいなものとか、
男尊女卑とか、こういうものが嫌だからみんな都市に出て行って、
自分の力で、自分の労働力を非常にマーケットに出して、
そこの対価をもらって生活する、経済的に自立する、
これが自由だっていう風になってきたわけじゃないですか。
ってことはやっぱりしがらみが嫌でみんなね、逃げてきたっていうところで、
逃げてきたんだけども、いつの間にか都市出身の人たちは、
僕もそうですけど、無縁社会とか言って、
地域の関わりもなくなっちゃったしって言って、
また田舎に引っ越したりするわけですけど、
そうするとさっきみたいにね、
価値観これはこれで全然合わねえみたいなのを経験すると。
だからやっぱり何がいいって話じゃないって。
そうっすね。
ことを身をもってすごく経験を持っているんですよね。
そうですよね。
だから今その逆パターンを青木さんとか体験してるっていうのが、
ちょっと今面白いなと思って、
もともと何でしょう、階層かというか、
階層があるようなピラミッド型の社会から、
それがちょっと違う形での階層あると思うんですけど、
一応建前上はガラガラと崩れて、
みんな抑圧されてたのに、
抑圧の時代からちょっとみんなできるみたいな、
皇帝の時代にパッと変わって、
先に質化したっていう意味もあると思うんですけど、
それはそれでしんどいっていうか、
かのさん、それこそ前に去年にルチャレブロに行ったときに、
思ったのが、
セブンイレブンに行こうとか、
そういうんじゃなくて、誰々さんとこの、
なんとかに行こうみたいな、だいたい人の名前が付いてくるみたいな、
のすごい会話の中で感じて、
何々さんの何々みたいな、
必ずそこに人が開催するっていうか、
逆に都市だと、
もう何か居場所の話の中で、
都市だと一都ですね、それとか、
英語の一都で、
部品でしかないというか、だいたい可能なので、
そういう社会で生きてると結構病んじゃう人が多くて、
24:04
いわゆる居場所っていうものは、
名前で呼ばれる場所というか、
っていうのを最近ちょっと居場所の調査をしながら、
と思ったことであって、
そういう話とも今の話はつながってくるというか、
でも名前で呼ばれる社会に行ったら、それはそれでもう、
いや、きついですよ。
そうそうそう、きつい。だからね、
本当に、
いわゆる田舎に、
育った人ってみんな言うと思いますけど、
乗ってる車でどこの誰だか分かっちゃうから、
全部自分の行動が監視されてるようだっていう風に言う人もいるし、
みんな親戚だったりするとね、
やっぱり自分の意思っていうのが、
反映されないということもあって、
そこからは、
そういう田舎にいるからといって、
じゃあ名前、自分の名前がついてるかってそうじゃなくて、
なんとか家の、
なんとか家の次男とか、
そういう認識のされ方だったりするわけですね。
だからそれを一旦都市に出ることによって、
匿名性を得るというか、
失敗したところで、
職場を辞めて、
違うところに行ったらいいわけじゃないですか。
評価は、
そのままはついてこないわけですよね。
評判とか評価っていうのは、
一旦切ってできる。
これはすごい自由なことで、
っていうのもあるとは思うんですけどね。
今の居場所の話を聞いていると、
確かにその次のステップとして、
匿名性にあふれた社会で育ってしまうと、
自分の名前っていうのが、
失われているというか、
そもそもない状態で、
自分の生活も、
全部商品で成り立って、
いると、
全部が大体可能なように思えてしまい、
自分のアイデンティティーであったり、
自分のやりたいことみたいなのとか、
なりたい人みたいなのも、
結局その人の、
芸能人だったりYouTuberだったりするんでしょうけど、
その人自身というよりも、
商品としての芸能人とか、
商品としてのYouTuberっていう、
全てが商品ですよね。
交換可能なもの。
自分も交換可能なんじゃないか。
商品価値がなかったら、
27:02
意味ないんじゃないかって思ってしまうというのは、
当たり前というか、
そりゃそうだよなというところだと思うんで、
さっきの居場所の話っていうのは、
そこから大体可能じゃない自分を取り戻す
っていうことなのかなと思ったんで、
すごく大事なことだよなとは思いますよね。
そうですよね。
ただ、そうなってくるとまた、
やっぱりしがらみもあるから、
揺れ動いていくものなのか、
第三の道があるのかっていう、
そうですね。
でも、なんだろうな、
僕らも、
こういう村に越してきて、
村の人たちと全く同じ生活ができるかっていうのは、
できないわけだし、
おじいちゃんとか、
3代、4代、5代、6代前からそこに住んでた人たちと同じ、
同じ権利を与えられないし、
ある意味でそういう同じ義務もないわけですよね。
その分自由なわけだし、
だからこそ、
こういう過疎化っていうのは進むわけですけど、
でも、
ある一定程度それは仕方ないっていうかね、
前のね、
いわゆるしがらみの世界に戻りたい人がいるかって言ったら、
いないんじゃないかな、
そういう意味では、
個人の名前を持ちつつも、
ある程度の匿名性の社会に生きる、
みたいな、
それいいとこ取り、
言われちゃったらそうかもしれないけど、
でもそれが成熟社会なんじゃないのかな、
と思ってはいますけどね。
そうですね。
どんな感じの、
社会になるんでしょうね、この先。
でもだから、なんだろうな、
大体可能な部分、
それを僕は、
本とかでも言ってるんですけど、
資本の原理っていうのは、
あらゆるものを商品化していく、
あらゆるものを大体可能にしていくっていう、
それはある種、自由にしていくっていうことだと思うんですよね、
最初にさっきの話で言うと。
全てを、
お金を出せば買える、
という状態にできるっていうことは、
自分ですら、
自分の労働力を売って、
その対価を得て、
30:00
そのお金で生活できたら、
誰に文句言われることもない、
みたいな生活ができる、そういう意味では、
自由を得れるっていうのは、僕は資本の原理だと思うんですけど、
もう一方で、やっぱり、
そうじゃなくて、全てが大体可能なわけじゃないわけですよね、
当たり前ですけど。
よく考えたら、資本の原理、
全てを大体可能にするって言うけど、
ここはいえ、大体可能じゃないじゃんっていう部分が、
どうしたってあるわけですよね。
例えば、別に商品価値はないんだけど、
すごい大事なもの、自分にとって大事なものとかね、
それ自分だと思うんですよ。
そうですね。
最終行き着くのは、自分は自分でしかないっていうところで。
そうそう、自分とかね、
友人とか家族とか、
その延長線上に、
ちょっとこじつけになるかもしれないけど、
公共ってものがある気がしますけどね、
大体可能じゃないものっていうかね。
そうですね。商品化できないものですよね。
それをどう守るかっていうところで。
だから、やっぱりそういう意味では、
自分が商品じゃないんだなって、
っていう風に、一人でも多くの人が気づかないと、
本当の公共っていうのは、
立ち上がらないんじゃないかなっていう気がしますね。
そうですね。
そうですね、自分が。
多分それがね、
施設なんとかとか、マイなんとかってことな気がするんですよ。
施設なんとかっていうのは別に、
誰も欲しがらないかもしれないけど、
自分は作るんだっていう。
それが施設公民館であり、施設図書館であり、
誰も欲しがらないかもしれないけど、
誰かが欲しがるかもしれないから、
整えておくっていうことではあるんですね。
いや、それいいですね。
整えておく。
誰かが使うかもと思って整えておくみたいな。
そうですね。
すごい公共っぽいですよね。
そうかもしれないですね。
誰かがこの先、未来誰かが使うかもしれないっていう、
ことで作るもの?
うん。
33:00
すごいその居場所の議論の中でも、
ユニバーサルサービスとターゲットサービスって
言って、
図書館とかまさにそうですけど、
あまねく届けるものとして、
図書館はあるんですけど、
ターゲットサービスっていうのは僕らがやってるような、
ある特定の困りごと抱えた人に対する
公共サービスで、
僕がレジェンドにお話聞いて、
ユニバーサルサービスと言ったからといって、
全員が使うことは別に意図してないですよね、
っていう話で。
確かに図書館って、
ユニバーサルで開かれてるんですけど、
多分10%くらいしか使わないというか。
でも大事だし、誰かが使うかもしれないっていうので、
これまでずっと運営されてきてて、
でも結構図書館も、
割と存続の危機というか、
民間が入っちゃったりとか、
商品っぽい感じになってきてるなっていうのもあつつ、
本もそうですよ、誰かが読むかもしれないみたいな。
なんか、わかんないけど、委託するみたいな。
ところがすごい公共だなというか、
そうですよね。
レジェンドの方がおっしゃる通りだなと思いますけどね。
ユニバーサルなものなんてないですからね。
全員が使うものなんか、
ない?
ないし、多分、
あんまりよくないですよね、そうやってね。
なんか、何て言うんでしょうね。
あんまりどうなんですかね。
ユニバーサルデザインとかっていうのも言われたりしますけど、
なんか本当に、
かといってターゲットっていうのが、
結局、マーケティングの話になっちゃうとちょっとやっぱり違うんでしょうね。
もうちょっとなんか、
ゆるい、
ゆるい言葉って言うんですかね。
もうちょっとなんか、
みんなが関わりしろがあるような言葉が、
すごく大事な気がするんですよね。
ユニバーサルとかって、
なんか意見出しにくそうじゃないですか。
わかんないけど、そんなことないかな。
あとターゲットとかって言ったら、
36:00
なんかね、
もうちょっとやっぱり、
ユニバーサルは違うかもしれないけど、
ターゲットとかって、何とかサービスとかって、
いわゆるマーケティングの、
用語とかビジネス用語みたいなのを、
僕は安易に使わない方がいい気がしてて、
なんかね、
それで納得しちゃうんですよね。
カタカナを使うことによって、
よく考えなくても、
人を納得させることができるし、
そうすると自分もそこで納得しちゃって、
ようわからんまま自体は進んでいき、
で、なんか年間の、
年間の収支が、
そんなむちゃくちゃじゃなかったら、
実行されるみたいな、
なんかそういう、
そうですね。
ちゃんと考えたいなっていうのはありますね。
いろんな意味で。
結構ね、言葉の氾濫というかもありますよね。
みんな、
いろんな言葉を使ってるというか、
うん。
居場所もそうなんですけど。
居場所って言って、
全然その人によって意味してることが違うので、
なんかね、それは、
本当に意味してることが違うんだったら、
いいと思うんですよ。
なんか、だけどその居場所を、
なんか適当に使ってたりとか、
なんかその、
なんでしょうね、
全然本質的じゃない形で使ってるっていうのは、
良くないと思うんですけど、
本質に対して、それぞれのアプローチ方法とか、
それぞれの言葉使いによって、
居場所の意味っていうのかな、
居場所を説明する言葉が変わってくるっていうのは、
いい気がするんですよね。
うん。
それを調査するっていう調査なんですね。
難しいですね。
めっちゃ難しくて。
その居場所にすごい交差性があるっていうか、
居場所をやってますっていう団体を調査していくと、
多分すごい重なりが見えてきて、
グラデーションがある気がしてて。
そうでしょうね。
それだけ大きな、
器が大きな言葉ですよね。
居場所って。
そこにあれですか、
国の補助金とか、
ついてます?
39:00
居場所っていう。
ついてるやつとか、
これからつきそうな言葉なんですよね、居場所が。
そうするとまた変わってくると思いますね。
そうですよね。
さっきの話で、よくよく考えなくても居場所って、
つけりゃいいやっていう話になってくる。
そうなんですよね。
僕はそれがちょっと嫌だなって思って、
なので、
居場所がそういう風に氾濫しちゃう前に、
一定のちょっと整理を、
こういう思いで居場所って使ってる人たちがいるんですよっていうのを、
お金がつく前にちょっとやっときたいなっていうのが、
ありますかね。
みんな自分のところに引っ張っちゃう気がして、
じゃなくって、
もうちょっと公的な意味で居場所を使ってほしいなっていう、
公的な意味でというよりかは、ちゃんと、
なんだろう、社会に資する形で、
居場所は作っていってほしいと思うので、
そうですね。だから、
それって一種の商品化だと思ってて、僕は。
ああ、確かに。
居場所の商品化だと思うんですよ。
で、その時に、とはいえ、
とはいえ、国もバカじゃないっていうか、
国の人って頭いいじゃないですか。
厚労省の人とか頭いいから、
その、例えば、
例えば厚労省ですけど、その、
居場所の定義をしてくると思うんですよ。
そうですね。
そこに引っ張られるっていうのが、
問題なんじゃないですかね。
うーん。
その商品化の問題の一つは、
標準化っていうか、規格化なんですよね。
うんうん。
居場所の規格化が進むっていう。
そうなんですよね。
そのことによって何が起こるかっていうと、
規格化された居場所は、
居場所なのかっていう。
いや、ほんとそうなんですよね。
規格化しちゃう。
行政があるととことんつまんなくなるんですよね。
そうそう。それはなぜかそういうことだと思うんですよ。
そういうことですね。標準化されて。
もうなんかいちいちうるせえよみたいな。
そうそうそうそう。
で、さっき言ってた対立型になっていっちゃって、
やっぱ行政ダメだなみたいな。
だからなんかそういう、
多様であることも大事にしたいので、
42:01
そうですね。
こうだっていう定義はしたいわけじゃないんですけどね。
そこにいろんな重なりがあって、
こういう意味で居場所使っていこうよっていう、
一種の提示はしたいっていう感じで。
そうですよね。
だからほんとそれって、
僕らは、
鉄道鉄備どっちがいい、
どっちが悪いっていう話じゃないじゃないですか。
だから商品化なんだけど、
標準化だし、規格化なんだけど、
これが100%悪いかっていったら、
決してそんなこともないとは思っていて、
そうですね。
そういう意味では、
社会自体が、
大体可能なものによって溢れてしまって、
それによって自分も、
大体可能なんじゃないか、
って感じてしまっている若者が多いっていう中で、
居場所によって、
大体可能じゃない自分を取り戻すことができるっていう、
そういう意味では居場所は重要で、
そういう居場所が増える一つの方法として、
規格化であったり、
居場所の商品化っていうかね、
大事だと思うんですよ。
マクドナルドみたいなもんで、
日本にハンバーガーが入ってきたときに、
ハンバーガーって言ったらみんなマクドナルドだと思ってたわけですけど、
実はそんなことなくって、いろんなハンバーガーはあるんですけど、
とりあえず、
お手軽なものとして、マクドナルドがあって、
面白いですね、確かに。
フランチャイズ化だと思うんですけど、
社会福祉のフランチャイズ化をどう考えるかっていうのは、
これも多分一個の、
僕こういう本があったんで、読みたいなと思ってたテーマだったんですけど、
今の話って。
これをどう考えるかってめっちゃ重要で、
確かに。
じゃあ、そんなもんいらねえのかって言ったら、
そうでもない気もする。
ないよりはあった方がいいんじゃないかっていう気もする。
けど、
ないよりあった方がいいんじゃないかぐらいのものがあるっていうのはどうなのかっていう疑問もあるし。
そうですね。
広めるためにやっぱり、
企画化は必要なんですけど、
その企画化に噛むと、
いってちょっと、
レポートの調査の意義としてはちょっとあるし、
そのマクドナルドに対して、
ちゃんとアンチテーゼが出していけるかというか、
45:02
僕ね、思ったんですけど、
それでマクドナルドのことを調べたんですけど、
やっぱり、
マクドナルドの前身っていうのは、
フォード、アメリカのね、車の。
フォードシステムがあって、
あれがすごく不一的に同じものを作り続ける。
やっぱりあの発想を食品に持ち込んだっていうのが、
そこの発祥がマクドナルドなわけじゃないんですけど、
ハンバーガー業界ではマクドナルドが、
そういうね、工場のように作るっていう
ことですよね。
それで工場のように作る、
そのノウハウとともにフランチャイズ化を進めたっていう。
だからまあ、規格化が進む、標準化が進むわけですけど、
ほうで、
例えば、天下一品とか、
あとね、何だったかな、
この前、高知に行った時かな、
ローカルフランチャイズみたいなやつがあった時に、
その店の、
あとあれだわ、
埼玉のね、浦和とか大宮にあるね、
フランチャイズもあるんですけど、
店主によって全然違うんですよ、味が。
わかります。
だからね、それな気がするんですよ。
いや、
理想は、僕もそれなんですよね。
なんとか懸賞みたいな、
を守ってりゃ、あとはいいよ、
ぐらいの、
でもそれでもお金をつけるみたいな、
があれば、
多様性も担保されるというか、
企画化しすぎないというか、
確かにな、
チャーハンがまずい王将があったんですよね。
そんなこと、
チーズバーガーがまずいマクドナルドはありえないわけじゃないですか。
ありえないですね。
それやったらもう、おこられるわけじゃないですか、
本部からね。
だけどやっぱりね、
なんだろうな、
なんとか店のチャーハンがうまい、
あの王将の餃子はうまいとか、
あそこはまずいとかっていうのが、
あるっていうこと自体がなんかすごい、
いいことだなっていう。
うん。
確かに確かに。
そうですね、企画化しすぎないみたいな、
ことをどうやっていくかですね、
居場所は特にっていう。
そう。
48:01
で、最初の話にちょっと引きつけちゃうと、
僕は本棚って結構それやりやすいんじゃないかなと思ってて、
文脈が作りやすいっていうか、
その場所のね、
普通に公民館、
なんかみんなが多目的スペースと、
図書館がある施設みたいなことで言ったら、
まあそんな日本中動員でもあるわけですけど、
ああ確かに確かに。
その中で本棚をめちゃくちゃ偏らせるみたいな、
ことをすることによってだいぶその場所の、
性格っていうのは変わってくる気はするんですけどね。
まあ確かに。
それは面白いですね。
そこをあんまり着目してないのかもしれないですね、みんな。
図書館の持つ、なんだろう、
どういう本が置いてるかってあんまりなんか議論してない、
どういうラインナップで置くかとか、
なんか言ってる人あんまりいないかもしれないですね。
やっぱり実はそれってすごい専門的な知識が必要で、
だけどこの日本社会の図書館司書に対する、
何でしょうね、この価値の低さというか、
図書館司書だけじゃないんでしょうけど、
専門職に対する、
なんか、価値の低さというのかな、
価値付けの低さというか、
それによってこういう状況になる気がしますけどね。
ちゃんと専門職、その専門職が、
いくら儲けられるみたいなね、
デイトレーダーみたいなね、
その人がいくら稼げるかっていうのが、
その職業の価値ではないわけですよ。
社会的価値というか、公共的な価値ではないわけじゃないですか。
だけど、いくら稼げるかみたいなことが、
社会的な価値になってしまってるっていうのが、
まず一つの大きな間違いで、
そうですね。
そのじゃなくて、公共を形作るというか、形成する上で必要な専門職。
教師とかもそうだと思いますよ。
教師もそうだし、お医者さんもそうだし、看護師さんもそうだし、
いわゆるケアワーク、エッセンシャルワーカーという人たちの給料が、
なんでこんなに低いんだっていう。
僕はそのエッセンシャルワーカーの中に、図書館師匠というのも入ると思ってるんですね、本来は。
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でもね、そうじゃないっていう、やっぱりこの社会のおかしさがあるんじゃないかなっていう。
そこがもうちょっとだから、図書館師匠が公共的な価値があるっていうのがわかってくると、
もうちょっといろんな本のラインナップであったり、
地域の歴史とか地域が持ってるポテンシャルっていうのを引き出せるような棚作りみたいなことがね、
できる余裕がそこの図書館師匠の人とかに生まれてくるようになれば、
あとはね、ある程度お給料がつかないと、
図書館師匠の資格を取っている人はめちゃくちゃ多いわって言うんですけど、
図書館師匠になれるっていう人はめちゃくちゃ少ないわって言うんですよ。
これもおかしいと思うし、
なんとなくテーマは、
公共の価値っていうのは変わらずあると思うんですけど、
それをどう知ってもらうかとか、どう高めていくかとか、
そういうのをテーマにお話しできると面白いかもしれないですね。
なんでこんなに公共の価値が、図書館もそうですけど、
なんでこんなに低くされているのかっていう、
ちょっと気になりますね。
僕らもよく言うんですけど、
僕ら就労支援してて、就労支援してる人が非常勤っていう、
正社員、みんな頑張って正社員になろうって言ってる人が、
なぜか非常勤っていうのが、どういうことなんですかっていう感じなんですけど、
それがね、働き方として非常勤を選んでる人だったらいいと思いますけど、
非常勤になりたいのに、なれない人がそういう支援をしてるっていうと、
それもね、僕は基本的には社会が悪いと思う人間なんで、
社会をそういう投票行為であったり、政治的な意味でも、
あとデモとかもそうですけど、そういう行動は僕は必要だと思うし、
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社会的な行動として投票とかデモもあるし、
自分ができることをやりつつも、
でも基本はやっぱり社会が悪いっていうかね、社会が変わらないと、
なかなか変わんねえよなと思っているので、
自分たちのできることをやりつつも、社会全体にも目を向けつつ、
誰が悪いっていう話だけにはしたくないなっていうふうには思いますね。
そうですね。
やっぱりそこはちょっと僕も、
もう36か、今年7の年なんですけど、
40がもう見えてきてて、
40ってなった時にやっぱり、
本当に社会をガラッとは多分もう変えられないですけど、
なんかそういうふうにしたいなっていう、
社会は別に変えられるっていう、
社会にしたいなっていうのはすごい思っているので、
なのでそういう今も調査とかちょっと頑張って、
割と気合い入れてやってはいるんですけど、
そういうのをちょっと考える回になったらいいかもしれないですね。
自分、ちょっとタイトルは思いつかないですけどまだ。
これはどんな感じですか?
僕とペナルドさんの対談みたいな感じでいいですか?
どうでしょう、そうしましょう。
そのほうがいい気がします。
なんか、僕は本も書かせてもらってるし、
結構なんか名前出すこと多いんですけど、
ぜひペナルドさんもどんどん、
さっきの話じゃないですけど、固有名を獲得するっていう、
それなんか大事な気がするんですよね。
それが自分が変わるってことだし、
自分が変わろうとする人が多分一人でも増えれば、
ものすごく社会は変わっていくっていう気はするんで、
個人名出せる人はそうだし、
野望とかで活動する人も全然いいと思うんですけど、
みんながみんな、ちっちゃなことでも、
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自分の言葉を発信している社会のほうが、
いい社会じゃないかなって、成熟じゃないですけど、
じゃないかなって思うので。
そうですね、イベントの仕立てとしては、
対談しながら、自分の言葉を発するなので、
何かしら参加した方にも、
自分の言葉を発するっていいんじゃないですか、今のタイトルでも。
ヘアラジ公開収録で。
ぜひ、いらっしゃった方々と一緒に、
お話できたらいいですよね。
そうですね、本当に。
それが新しい公共な、結構こじつけ感ありますけど。
そう思いますよ、僕も。
それぞれがみんな、自分の言葉を発するっていう。
フレデリック・ワイズマン監督の、
ポストン視聴者って映画、4時間半ぐらいあるんです。
4時間半。
長いドキュメンタリーなんですけどね。
ポストン視聴者。
あれがすごく、ぴったりな気がしますね。
ぜひ、長くて大変ですけど。
それは何かで見れるんですか?
Amazonプライムとかでも見れます。
じゃあ、見てみよう。
ただ、いくらか払わないとあれかもしれない。
レンタルして。
レンタルで。
すごくいい感じの映画です。
なるほど。
公共とは何かを考えるにあたっては、
うってつけの映画ですね。
じゃあ、僕もその4時間半を見て、
アジを作ってから、
あれですね、ケアラジ公開収録。
新しい公共、自分の言葉を発するっていう。
いいですね、めっちゃ。
タイトルで。
めっちゃいいと思います。
決まりました。
公開打ち合わせ。
公開打ち合わせ。
ただ、結構この打ち合わせよりも面白くなるのかどうかっていうのが不安です。
そうですね。
出ましたもんね、結構。
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もう出ちゃってるから。
あとはね、来ていただいた皆さんの言葉を待つという。
そうですね。
張り切本願な。
張り切本願寺にお参りして。
お参りして。
いや、でも、そうです、その場で多分生まれるものがある。
あります、あります。
僕もだから、小松原君と田中本子さんとのトークを経て、
自分も何か変わってるかもしれないし。
そうですね。
楽しみです。
僕もモストン視聴者を見て変わっているかもしれない。
本当にいい映画ですよね。
それは見てみます。
はい、お願いします。
ということでタイトルも決まったところで。
やったー。
いやー、よかったよかった。
これからちょっとフライヤーを作ったり。
ありがとうございます。
ちょっとしていこうと思いますので。
お忙しいのに。
いいえ。
じゃあ、今日はこんな感じでちょうど。
1時間くらい経ったと思いますので。
はい。
じゃあ久々のケアラジン収録でしたが。
ありがとうございました。
はい。
どう終わろう。
終わります。
はい。
はい、じゃあ。
ありがとうございました。
青木慎平さんでした。
ありがとうございました。
はい、ありがとうございます。
わー。
わー。
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