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「それらしさ」の崩壊と再生
2025-04-23 28:05

「それらしさ」の崩壊と再生

「国家」や「資本主義社会」が持つ「それらしさ」に対して、時間が経過とともに疑念が湧いてきて、今その「それらしさ」は一時的に崩壊していると思います

かつては宗教が、近代は国家が、ここ何十年は資本が支えてきた「それらしさ」がフラットになった現在

人は何を信じて、あるいは信じずに生きていくことができるか

感想

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00:01
始まりました、care-radioです。
配信していきたいとおもいます。
はい、とはいえ
あれですね、久しぶり
でもないんですけど
あの
連日配信を
しておったというところからは
久しぶりになるという感じで
今日もショートバージョンで
撮っていきたいと思うんですけど
ちょっと大きなテーマが
見えてきたなっていう気がしているので
そのことについてちょっと軽く
話せたらいいかなと思っているんですけども
えー
まあ
ちょこちょここのcare-radioでも話に出しているんですけど
あの
去年かな
買ったのは去年かもしれないんですけど
あの
松島武さんという方が出した
エプシコナオティカっていう
あのイタリアの精神医学
の精神病棟を廃止しようっていう
運動をした
あのバザーリアっていう人がいてて
まあそういう
バザーリアにまつわることであるとか
まあイタリアのことであるとか
松島さんは文化人類学者の方なんですけど
でまあいろんなところフィールドワークするわけですよね
でもともと
本に書かれていたのを思い出すと
精神医学みたいなものを
に注目したわけではなかったけど
なんかあれはあれよという間にこう
まあそういうものをフィールドにして
書籍を書かれることになったっていう感じだったと思うんですけど
うん
まあその本は結構影響を受けているというか
えっと僕が前々から言っているその
若者支援をしている中ですごい感じていることで
まあいろんな人があの言い方を変えて言ってることであるんですけど
その例えば養老たけしさんが
えっと農家社会っていう風に表現されてて
これが一番端的でわかりやすいんですけど
かなりリテラシー社会になっていると思うんですね
リテラシーというのは文字文化というか
あのそういう頭の中にあるものを
まあ都市文明っていうのはまさに
農家社会の象徴だって思うんですけど
頭の中にあるものを出すっていうか
AたすBはCだよねみたいな
あのそういうなんて言うんですかね
ある種先継的な世界観が多分リテラシー社会の方で
03:06
でもメディアの起こりとかを考えると
まあやっぱり歴史そこまで正確に振り返ることはできないんですけど
メディアで言うと
まあやっぱり戦後
戦後というか戦前か
やっぱり世界第一次大戦二次大戦ぐらいの時に
かなりそのメディアの力みたいなものが
意図的に構築されていったっていう流れがあるとは思ってて
あの昔はメディアといえば新聞やったんですよね
で新聞学みたいなものがもう国策として取り組まれていって
かなりそのプロパガンダに使われたわけですよね
でまあ代表的なところでやっぱり日本とかそうですけど
全然こう選挙はいいみたいな風に国民には新聞とかを通じて
途中からね多分ラジオも入ってきて
まあ配信した時の曲を放送とかもね
あのラジオの音源とか聞いた方いると思うんですけど
まあでもかなりそのメディアっていうものが
当ててきた影響って大きかったよねと思うんですよ
ほんまにそれを見たわけではないんだけど
テキストとか何だろう年分情報みたいなものが
すごい力を持つようになった時代って多分
あのだから20世紀初頭とかの話だと思うんですよね
オールドメディアとかって言うんですけど
まあメディアってそもそも中立的立場とかって言うんですけど
そもそもそんなことは多分土台無理な話で
まあだからこそこう朝日新聞があったり読売があったり
毎日があったり
っていう
まあ新聞社それぞれにやっぱり
発信する側の何かしらの意図だったりとか
フィルターをかかってるはずなので
まあそれをね掃除て中立的
いろんなメディアがあることで中立性が保たれるっていうのが
まあ
そっちの方が正解なのかなと思うんです
一社で中立って多分無理で
なんかすごいちぐはぐな感じを感じるんですけど
まあそういうことを普段考えてて
そもそもこうメディアによって何かを知る
とか
06:00
ジャーナリズムみたいなもの
の重要性
が語られるんですけど
でもどっちかというと
他はかまのしえの文脈の中では
そういうリテラシーにより過ぎているものを
もうちょっとこう
声の世界でオラリティーに振っていくっていうのはすごい意識してて
まあそういう世界を認識するっていう
行為
をする時にあまり伝聞情報であるとかテキストっていうよりかは
実際に誰かと出会ってみるとか
体を動かすとか
そういうことですごい
回復していく子たちがすごくて
まあ山の中行って合宿したりするんですけど
それを考えると
うんやっぱり
よりメディアの影響力だったりメディアの嘘みたいなもの
についてちょっと考えるようになって
いるわけです
まあまあそういうことを考えてるんですよねこう
文字文化により過ぎてるっていうか
でその文字文化みたいなものを形作ってきたのはメディアで
メディアっていうのはやっぱ文字
なんか循環してしまいましたが
はい
まあ言ったら誰かのなんて仮想世界というか
仮想世界でしかないんだけど
まあそれを
まあ大手メディアが言うことはなんとなくこう
正当性があるっていうか
オーセンティシティみたいなものが
備わってるっていう共通理解でずーっと来てたのがこの多分20世紀って感じなんですけどそれが
大きく崩れたのが821世紀入ってこの2010年ですよね2010年から2020年にかけて
まあ今まさに崩壊
のまあ終わりの始まりみたいなのを僕ら目撃していると思うんですけど
だからその
まあフジテレビで言うと動画メディアではあるんですけど
でもあれってすごい台本的で
まあ動画は使ってるけどもうリテラシーによっているっていうかこういうものを報道するっていうのを多分あらかじめなんか決まってて
フジテレビが崩壊したのはそのメディア論とまた別の何というか組織論というか人間の
09:00
やっぱり権力を握り続けるとああいうことになるっていうことだと思うんですよね
テレビ業界の
あんまり構造的な問題がかなりあったと思ってて
なんかこういう時に
まあ例えば松本ひとしとか仲井くんが悪い悪くないとは思わなくてやっぱり個人には責任があるしそれが今問われているわけなので
それは置いといて ただやっぱり構造的な問題がその個人のなんて言うんですか
悪いところを引き出しているっていうふうに見た方が良くて
要はテレビってずっと例えばた森さんが
何十年って出てつ出続けているとかビートたけしが何十年てもう冠番具を持っているっていうのは
ちょっとおかしいわけですよね
やっぱりああいうふうに権力というのは腐敗していくものなのでそれをただただ まあどうきっかけがあるかっていうだけで
でそこで出てきたのがやっぱり youtube なんですよね
まあじゃあ youtube が何かいいのかって言うとそうではないんですけどかなり怪しい 情報たくさんあるし
客観性あるかというとないんですけど youtube はすごい僕の中でオラリティ的っていうか
その人が思っていることを言うメディアなんですよ 僕はこう podcast で喋っているのも多分それに近いというか
その客観性とかは知らんと 俺はこう思うっていうのを
まあある種発信できるようなメディアでもあるし まあそれによって
じゃあ僕らが今まで信じてたものって何だったんだろうっていう だからオールドメディアバーサツ
そういう youtube 含めたなんかニューメディアの対等みたいなものって多分ちょっと解像度が浅くて
んじゃなくて
その今言ったようなその僕らが信じているもの えっとその
新生性みたいな正当性 まあ多分日本語で訳さそうなんですけどまあオーセンシティ
オーセンティシティかみたいなもの が崩れ落ちたっていうことだと思うんですよ
何やったんみたいな僕ら見てた仲井くんってそんなことしてたんとかね じゃあそれを支えてたフジテレビって何なんみたいな
やばい会社やみたいないきなり あの
オーセンティシティがもう崩れ去っているっていうのが多分 僕として捉えている
メディアの崩壊 なんですけど
ただ じゃあほんまに新生性のあるものが世の中にあるのかって言うと僕はそう思ってなくて
12:08
ん それらしいものがやっぱり人間生きていくには必要で
で まあ昔はそれが宗教がになってたわけですよね
で 人間っていろんな感情が巻き起こったりするので
あの信じていたものが崩れ去ったりとかいろいろ人生の中で起こっていくわけですけど その時に
やっぱり誰かに許してもらうとか まあキリスト教だと猫懺悔みたいなこう仕組みがあるわけですよね
誰かわからんけどその神の使い という役割を持った人に対して
まあ懺悔をして 許しを得るっていうようなことをするなんかシステムが
宗教っていうか で今生きていることに対して意味を与えてくれるのも宗教
だったと思うんですけど まあそういうかもう神は死んだであの
まあそこに 正当性を感じられる人それらしさを感じられる人ともう多分世の中には
特に日本の中ではいてなくて まあ多分アメリカとかはね
あのそんなまだ宗教文化とかあるし 世界各国見ても多分あの宗教というものはしっかり根付いていて
まあそれが いろんなこう
まあある種フラットにいろんな世界とつながれるようになったりとか情報社会になって いろんな問題を起きていると思うんですけど
まあ宗教機能の一番のところっていうの一番の機能っていうのは多分まあそれらしさ だと思うんですよ
なので
その最初に喋ってたそれが8大きなテーマというのは やっぱなんか
これをやってて意味があるなぁとか
思えるものをやっぱり再構築していく必要があって 神のいないこの日本という荒野みたいな
土地において まあそっからだから神道に行く人もいるわけですよね
それはそれで全然僕はいいと思ってある種 なんかプログラ
プー プラグマティズム的にまあ実用的であればいいって僕は思ってて
信じる人は信じればいいしまあそれでね その信じてない人に対してなんでやって言うと
まあおかしな話になるんででも人の子 まあ何かを信じるっていうことには自由はちゃんと日本では保障されているわけなんでね
憲法によって
15:01
でもそうじゃない人がほとんどだと思うんですよ こんな生き方してていいのかなとか
なのでみんなお金を稼ぐ方に走るわけですけどそれはそれでいいんですよ あの
お金っていうもので 自分の価値を測るっていうものはあるんですけど
まあでもやっぱり何か
お金自体もやっぱり格差広がっていくわけで そこに対しての
オーセンティシティを感じなくなった人がもうめちゃくちゃ増えているっていうのが 今この21世紀
四半世紀終わった今かなと思うんですねお金資本主義というものに対しても会議的になっ ている
でももちろんそこからメリット享受している人はいや資本主義いいやって言うのは当然の ことで
でもその いかにそのオルターナティブなオーセンティシティみたいなものを作っていくかだと思うんです
よね っていうのが僕が今考えている大きなテーマで
なんです だから人間の幻想みたいなものをどうこう
コントロールしていくか っていう中であともう一つ僕が思っているのは
えっと暴力ですね これは簡単に言うとまあ世の中かなりその
オーセンティシティが崩れてくる 正当性みたいなもの今みたいに崩れてきてじゃあ振興メディアみたいなとかyoutube とか
どっちかというとこうピロミッド構造というよりかは
なんて言うんですか it の世界で言うと分散管理みたいな
今まではね1個大きなコンピューターがあってそこにこう繋がっているっていうイメージが それぞれがピア2ピアとかって言いますけど
それぞれが独立していて って
繋がりあって全体として機能するみたいな イメージの多分社会になってきてて
うん そうなった時に
まあ言ったらこの中央集権でまぁ国とか 実は会社もそうだと思うんですけど結局国とか
で暴力機能なんですよでルールを破ったものに対しては刑罰が与えられるわけじゃない ですか
そういう意味で えっと暴力装置だと思ってて
でこの暴力というものが 結局は根源にあって
で 保たれていると共同体が
でそこからちょっとレイヤーを下げていって 会社っていうのも
暴力装置ではないんですけど ちょっとレイヤーが下がって暴力ではないけどまぁルールであるとか
18:03
あとはなんていうのノウハウお金を稼ぐためのノウハウ的なもので
ノウハウを与えてやるからお金も与えてやるから あなたはこの会社のために働きなさいってことですよね
なので暴力と分配なんですよね組織って
で そこからさらにレイヤーを下げるとこれが家族になるわけですよね家族とか
地域共同体みたいなもの でなると結構問題がつながってきて
やっぱりその で家族っていうものも結構最近崩壊してきてるんですよもう家族機能が本当に劣化してきてて
まあそれは資本主義の流れとかもあると思うんですけどね あの資本の拡大を目指すシステムなのででなると家族がバラバラの方がよくって
まあ
で家族機能が崩壊している 崩壊しているというか本当に
こう まあさっきのフジテレビと同じ構造になるわけですよね悪い
過不調性みたいなもの でこれを多分今後また社会に統合し直すみたいな流れが出てきた時に
じゃあそのボーマ国家も オーセンティシティを失っててなった時にその暴力機能っていうのをどう僕らを担保したらいいのかっていうのは多分
21世紀的なテーマなんですよね ちょっと sns を見てくださいっていう感じで
もう暴力の嵐ですよねあんなもんは決してこう物理的に誰か人を殴るとかっていうのをボロ 暴力という意味ではなくて
やっぱりその何かしらの権威さを 行使して誰かの自由を奪うっていうのは多分
あの抗議の暴力で 僕らその
ある種そのフラットにはなってきてるんですよ めっちゃ国家っていうものからちょっと怪しいですけど国家というものから圧倒的暴力を振るわれるって
ことはまあまあ民主主義国家に関してはないはず まあそれは民主主義っていうものが今はある一定の
正当性を持っているからだと思うんですけどなんとなく信じてるっていうみんな でもやっぱりそれが
8どんどんいろんなものが崩壊していっていく中で 僕らどうやってその暴力機能を保管していくか
だと思うんですよね まあすごいドメスティックな世界ではその虐待問題がめっちゃくちゃ
今問題化してますよね逆探検どんどんどんどん増えてて あとは学校っていう中でも不登校がどんどんどんどん増えてる
21:01
まあこれ子供って賢くてやっぱりオラリティの世界にこういうの世界に来てるから こんなもん何の意味があんねんと思ってるわけです
学校に対して根源的に でそこをどう新しい僕らが信じられる世界を作っていくか
でそれは 暴力じゃなく
まあある種ケアだったりとかあとは弱毒化した暴力が必要だと僕は思ってて その暴力で殴るというわけじゃないんですよ
ある種のパターナリスティックっていうか いやこれはやらなあかんねん人としてみたい
ものは何か作っていかんと いけないと思っててそこですごい過去からの系譜というか宗教にまた戻って
いくのもあり みんなで信じられるんであればだし
まあその中で僕が可能性を感じてればスポーツ
あれはもうスポーツって戦争のメタファーでもあると思って まあ戦略を使って相手の陣地にボールを掘り込むわけですよサッカーとか
野球もねあれなんかすごい儀式的だと思うんですけどあれを困るっていうダイヤモンド なんかもともと多分すごい宗教行為に近いものがあって
その中でこう心身を鍛えられたりとか あれはちょっと暴力性を勝負ですよね
ルールの中で結構暴力を振るうっていうのが僕的にはスポーツの本質じゃないかなと 思ってて
ボクシングとかまさにそうですけど まあそういう競技性が強いものだけじゃなくいろんな人に広がれ開かれたスポーツみたいなものを
通して なんか
新しい 新生性オーセンティシティみたいなものがなんかみんな心地よくってでもこれでいいよ
なって信じられるような世界を何とか作っていくっていうのが テーマかなと
ているというところですね でそれをやるには
やっぱり前提としても友らしさっていうものなんて多分幻想でしかなくて
まあ信じているものは結局
なんかどこに 規定を置くかというか
やっぱり何か人間が幸せであることに その
を底辺にしたいですよね そこは最低ラインにしたいなぁと思ってて
でそれをその世界観をもとにみんなで何か新しい
これでやっていこうぜっていうものをあの 結論は作っていきたいなあっていうのは思っているというところでちょっとまとまりないんです
けどあの
24:01
新たなオーセンティシティ 正当性をどう作っていくかっていうのが大きなテーマとしてはある
でそうした時に今まで国家とか企業とかがになってきたこの 抗議の意味での暴力っていうものをどう管理していくかっていうのがあんまり
のこの暴力の 観点で語っている
なんて議論を見ないというか ケアっていうものばっかりずっとこう
あの立ち上がってくる来てるんですけど こっちを見ないといけないんじゃないと思うんですよね
このすごい暴力的なものが根源的にある種必要なんですよ これは何か人を傷つけることが必要であるという意味ではなくて国家であるとか
会社みたいに 権威的なものをある種の正当性みたいなものを使って
すごいそのドメスティックなもの
なんていうのどうしようもない 家族内暴力とかそういうものを起こさないようにするっていう機能は絶対必要で
これが崩壊しているからケアっていうものが必要になってきているっていう視点がないと なんかケアケアケアって言われてもなんかすごい全体の議論としては
多分よく見えないというか論点が まあある種のその暴力装置っていうのが実は必要で
でもそれを本当の意味でのこう武力とか 実力行使みたいなものじゃなくて
じゃあどう担保するのかっていう議論を多分しないといけないなっていう のがこれ普通すごい複雑で暴力って言っただけで暴力ダメみたいなこう
なんていうか過剰反応が起きる 僕が言ってる暴力というのはそういう意味ではないんですけど
でもこの何が片方にあるからそのケアが必要なんだっていう そういうちょっと俯瞰的な議論ができた方が
いいなぁと思っててこれをどう伝えていくかとめっちゃ難しくて
うん なのでこれをリテラシーではなくてもう感覚であの
多分こういう何かを設計する人っていうか編集する人はすごい意図的にそういう機能を 作り込んでいくコミュニティーの中に
でも別に参加する人はそんなことを考えなくてもいいんですけど でもなんか例えばある種パターンエリスティックな
a 人リーダーみたいな人がいるとやっぱ安心するなぁとかでも方やちょっとこう
ルールに疲れたりした時になんかみんなで励まし合えるようなケアの機能があると あのまた頑張れるっていうかなんかこういう振り子構造みたいなものがコミュニティーの中に
27:02
できると すごい実はいいんだろうなぁみたいな風に思っててこっちは方や
まあすごいスポーツみたいな あってでケアの場集いの場みたいなものが
なんかバランスしているといいんだろうなぁっていう気がしているというちょっと よくわからんっていう話かもしれないですけど
まあ暴力の分配機能みたいなものをどう考えていくかっていうのが今の僕の子思想的な テーマでありそれは思想的なテーマなんですけど
多分僕が作る場作りみたいな ものにはそういうものを含んでいくだろうなぁと思っている
今日この頃です それはヘッド出勤しますのではいこれで終わろうと思います
全然ショートバージョンじゃないって言うねことですけどはいでは皆さん ちょっとなんかね今日雨降ったりとか気温が上がったりちょっと雨降って下がったり
なので皆さん体調に気をつけてください それでは
28:05

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