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はい、始まりました、ケアラジです。 ケアラジは、仕事・家事・育児・勉強など、日々忙しい現代社会のスピードを少し緩め、
ケアの視点から様々な論点を考察するラジオとなっております。 ということで、もうあれですね。
だいぶ、今日12月19日ですけども、 かなり寒くなってきたなという感じで、
急に寒くなりましたよね。 20℃ぐらいから急に僕住んでる豊中は0℃とかマイナス1℃とか最低がなっちゃって。
でもなんかここまで寒くなると、 ある意味わかりましたって感じでね。
聞こめば大丈夫みたいなとこでやっておりますが、 またちょっと緊急報告はと思うんですけど、
なんか喋りたいテーマがあったので、 もう10分ショートぐらいでね。
せっかく… 今までは割とツイートすることが多かったんですよね。
なんか思ったことがあったときに、 さささと僕結構ツリーでつないで、
GENXですけどTwitterで連答して、 ちょっと頭で考えてることを整理するみたいなテキストベースでやってたんですけど、
それをなんとなくこういうポッドキャストで やってみるというちょっと実験ですね。
これをちょっとやってみようと思います。
で、なんか喋りたいなと思ったテーマっていうのが、
やっぱり今結構ね、戦争のことが直接テーマになってるわけでも、 テーマにしたいわけでもなく、
それを語るにはやっぱりちょっと、 このポッドキャストでショートでっていうことはちょっとできないなと思うんですけど、
そこにつながっていることっていうんですかね。
ちょっと最近なんかすごいいろんなことを考えてて、 ちょっと整理されてないような感じもありつつ喋ってるんですけど、
やっぱりなんでこう戦争っていうものが起きるんだろうとか考えるわけですよね。
で、それを考えた時にやっぱり人間の実存の問題と、 自分はなんで存在しているかっていう問題と、
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やっぱり容易に人間ってすごい暴力性を発揮してしまうというか、
今本当にガザで起きていることなんでそうだと思うんですけど、
ああいうふうに世界的に批判は起きてるわけですけど、そのイスラエルに対する。
でも、ちょっと状況を見る限り本当に広い状況ですよね。
子どもたちが何人も殺されている現状が、映像とかで多分見てる人も多いと思うんですけど、
絵としてああいうことになってしまうというか、
それが暴力を発露していいっていう状況になってると思うんですよね、想像するに。
で、なった時のやっぱり人間の残虐さだったりとか、
それはすごい今感じていて。
で、いろいろ人間の生き死にみたいなことと実存の問題と人間の残虐さ、
その実存の問題が裏を返して他者を攻撃するみたいなところにつながっていく。
そんなところをやっぱり考えるわけですよね。
で、どうしても僕の中では相模原の山寄り園の事件ですよね。
あのことともリンクしてくるというか、何なんだろう。
いや、思ってることとしたら、一心教ってまだより深いテーマだと思うんで、
ちょっと違うかもしれないですけど、ある意味その原理主義ですよね。
山寄り園でいうと、上松が最初は熱心な職員だった後も、
いろいろ言われてて、僕も調査というか文献を読んだりしてですね、
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今もちょうど一冊、なかなか読めてなかった本を読み始めたところなんですけど、
やっぱり原理主義的だなってすごい思ったんですよね。
どっちかというと、資本主義社会の働けないといけないとか能力がないといけないという
メリット暮らしの思想ですよね。
本当に上松は内面化してて、
でもそんな中で多分彼は山寄り園で働いてたわけなんですけど、
どうしてもそれが、何だろう。
本来はそういう重度障害者の方の施設だと思うんですけど、
おそらくですけど、ある意味で純粋すぎた人なんだろうなと僕は思っていて、
やっぱりでも純粋なことって危険で、
メリット暮らしっていう単一の原理を内面化してしまっていたがゆえに、
多分障害者施設の中で、
やっぱり障害者の方が、ちょっと僕も高齢介護やってて感じたことなんですけど、
それは高齢者の方がやっぱり非常に追いやられてる、
ただただ、僕デイサービスやってたんですけど、そこの施設に来られるんですけど、
追いやられてる、社会の隅に追いやられてるみたいな感覚がすごいあって、
何なんだこれはってちょっとそこですごい、ある種の絶望感というか、
必死に尊厳を守るために頑張るわけなんですけど、
それでもやっぱり、何だろう、
いろんな自分の境遇とか待遇みたいなものと比較したときにすごいしんどくなるし、
ということはやっぱりそれを純粋化させてしまうと、
結局必要とされてないじゃんってなるんですよね、この人たちは、
目の前にいる人たちを大事にしたい、ケアしたいと思ってそういう仕事をしてるけれども、
そういう人たち自身も何かないがしろにされていたりとか、そういう現場を見たりとか、
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ケアする自分たち自身も何かないがしろにされているっていう状況に陥ったときに、
ダメではあるんですけど、一種のコーピングとして、
じゃあこの人たち存在しなくてもいいじゃんっていうロジックだったのかなと思うんですよね。
それがやっぱり純粋化いきすぎて、ああいうちょっともう精算な事件が起きてしまったのかなと僕は思って、
で、ずっと頭の隅っこの方にずっとやっぱり山井ゆりえいの事件のことがあって、
最近のガザの現状とかを見たりとかするにつれて、やっぱりこうあるべきだみたいな、
そういうある種の経時乗学っていうんですかね。
単一のロジックで何か世界を記述するっていうことがやっぱり何か危険なことだなって思って、
それを何か考え始めているってとこですかね。
結局やっぱりその経時乗学的なものを人間って求めるんだなと思って、
人間そんな強くないんで、自分が何で生きてるのかってなった時にやっぱりよりどころが必要で、
で、何でしょう、今本当にアイデンティティポリティクスというか、
本当に自分の質地とか変えられないもの、出身地であったり自分の特性であったり、
政治人であったり性的指向であったり、
フィルターバブルみたいな話も言いますけど、
自分の中でこれは共感できるみたいなのを裏付けに、
ある種バブルの中でみんな生きていると。
もう価値観によって分断されてると言ってもいいぐらいの感じになってて、
そういうすごいバーチャルな世界にみんなよりどころを求めて、
だからあれだけ、日本は特に居場所っていうことがよく問題になるので、
バーチャル代理宗教戦争みたいな様子を呈していて、
とにかく論を戦わせてるわけですよね、SNSで。
それはやっぱり実存の問題と実続きで、
自分のフィルターバブルの正当性をやっぱり主張しないと
よりどころがないってことだと思うんですけど、
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これは果たして本当に人類が幸せになる方法なんだろうかっていうのはやっぱり、
例えばフェミニズムの動きとか、
フェミニズムって一言で多分くくれないと思っていてて、
でもそこをよりどころにするいろんな人たちが入ってくることによって、
いろんな論争が起きてるわけだと思うんですけど、
なんかそういう行き過ぎたアイデンティティポリティクスの、
やっぱりそこにも純粋性の怖さみたいな、刑事上学の怖さみたいなのを僕感じてて、
どうしたもんかなと思うんですけど、
これすごい思うのが、リテラシーの世界だなって思うんですよね。
障害学の本とか僕読んだんですけど、
ちょっと哲学チックだなと思ったんですね。
この論理の積み重ねで、
もちろん歴史とか学ぶのはすごい大事だなと思うんですけど、
なんかすごい論理の積み重ねっていう印象があって、
僕が現場でやってることとはちょっと違うなと思ったんです。
応用できる部分はあったりとか、そういうアングルがあるんだみたいな考えを知ることにはすごい役立ったんですけど、
なんかこれってどうなんというか、
なんかある種賢い人たちが障害とか生きていくっていうことに対してロジックを積み重ねている、
学問というのはそういうものなのかもしれないですけど、
でもなんか危なくねってやっぱり思ってて、
その論争とかいろんな論争が学者間で起きてたりとか、
それってどんだけその世の中に寄与することなんだろうとかってやっぱ思うわけですよね。
そういう社会公正主義とか構造主義みたいなものが世の中に与えたインパクトっていうのはあるのかもしれないんですけど、
その後のポストモダニズムとかいろいろそういう思想史みたいなものが与える影響っていうのはやっぱあるとは思うけれども、
やっぱそのなんかリテラシーによった社会って、なんか僕はあんまりよろしくないとかそっちに触れすぎているって感じがして、
やっぱり僕現場で就労支援というものをしてるんですけど、なんかもうそっちじゃ全然ないっていうか、
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若者とか畑障害と呼ばれるようなちょっと環境とマッチしない強い特性を持ってる方々の支援をしてる中で、
なんか最近自分のやってることを振り返ると、どっちかっていうとバイオロジーなんだなっていうのを最近思って、
ちょっとバイオロジーとしての就労支援みたいな、自分の中でちょっと名付けてて、
で、なんかこれがこうだからこういう仕事がいいとかっていうよりかは、なんかそういうリテラシーの世界にやっぱりどうしてもみんなどっぷり使ってるので、
現代の若者っていうのはどっちかっていうと自分の声を聞くとか、そのまあリテラシーと文字文化ですけど、
オラリティーといって声の文化、フィジカルを取り戻すというか、なんかそういうことをすごい意識してやってて、
だから何が心地いいですか?みたいなね、例えばね、そういうことをやっているなぁと思って、
まあ多分オラリティーの世界、世の中オラリティーの世界だと多分リテラシーに触れると思うんですけど、
今もうリテラシー社会になってるので、いやいやそのどうなんだいと、
それは君にとって心地いいことなのかい?みたいなことから始まって、で本当に体験を積み重ねてって、
これやってみてどうだった?とか、その時もなんか嫌な感じした?とか、そういうなんか体感覚についての確認をしていくというか、
なのでちょっとオラリティーの世界にちょっと揺り戻して、
なんかなんてことなかったな?みたいな、そのリテラシーをぶっ壊すみたいなことを割とやってて、
特性特性って僕よく言うんですけど、どっちかというとそれってバイオロジーなので、生物学なので、
君は生物的にこういう特性があるから、もしかしたらこういう方が合うかもね?みたいな、
それって確率論の世界でロジックで導かれるというよりかは、やってみてどうだった?みたいな検証を積み重ねるっていう、
本当に確率論の世界なので、だからこのなんだろう、そんなことを考えてますっていうことなんですけど、なんかこれはシェアしたいなと思って、
僕はやっぱり実論の問題ってドーナツの穴だなと思ってて、やっぱりぽっかり穴開いたものって誰しも持ってて、
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それを原体験っていう人もいればトラウマになってしまってるっていう人もいると思うんですけど、
僕もドーナツの穴あって、それがドーンと落ちる原因にもなりつつ、逆にそれが自分がドライブする原動力にもなってたりするんですけど、
ドーナツの穴を埋めるためにみんな悪せく働いたり生きてるって感じで、そんな話はまたちょっと別でできたらいいと思うんですけど、
とにかく今の世の中を見ていくと、シオニズムと本当そうですよね、原理主義ですよね、原理のもとの名のもとに何か運動するってやっぱちょっと危険なんで、
なんかそういうことじゃないよねっていうか、なんかちょっとこう、僕も言説を丁寧に扱おうっていうのはちょっとすごい思ってて、
出しどころを考えるっていうか、どっちかって言うと僕も論を戦わせてたなと思うんですよね、
でもそれって何かメリットあるのかとか、実際社会変わるのかって言ったら何かそんなことない気がしてて、
とにかくこう、実作でもいいから何か現場でやってみるとかね、そういうちょっと実感のある温度感のあるものをちゃんと発信していこうっていうのは、
僕もちょっとリテラシー寄りの人なので、言葉で考えてしまったりとかこうやって言葉で話したりするのがまあまあ特性上得意なのかもしれないんですけど、
でもそれではいかんなと思っているので、なのでちょっといろんなことをめんどくさくしようっていうのがちょっとテーマで、
なのでちょっとこの前青木さんともジーンを作りましょうみたいな話をしたんですけど、
なんかやっぱり言葉とか論理とか今親指でピピピッとTwitterとかインターフェースがやりやすいんでね、
そういうインターフェースが整備されてしまっているがゆえに、その言説っていうものがかなりライトにみんながそういう論者になってるって感じもあるんですけど、
もうちょっとこう言葉に重みを持たせたりとかアクセスするのがめんどくさかったりとか、
フィジカルを持たせようと思ってて、
で、まあポッドキャストで撮ろうっていうのもやっぱりこれフィジカルっていうか僕の声なんで、
そういうことであったりとか、紙の本を作って流通させるってめっちゃテーマなんですけど、
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そういうものもセットで受け取ってもらえるようにしたいなっていうのが最近思ってるところなので、
やっぱなんか本書きたいなとかすごい思うわけですけど、
どなたか出版社の方いたらこんなこと喋ってるやつがいるので声かけてくださいっていう感じなんですけど、
そんなこと思ってますということで、
ちょっと原理主義が危ないっていうか、
バイオロジーとしてのアングルからいろんなものをちょっと見ていきたいなというところです。
そんなところで今日は終わります。