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始まりました、care-radioです。
配信していきたいと思いますが、
幽☆遊☆白書シリーズ、いよいよ終わりますというところで、
終わっていこうと思います。
朝撮っているんですけどね、ちょっと歯切れが悪くて。
ですね、今日締めていこうというところなんですけど、
今日は14巻と、そして15巻、最後ですね。完全版で言うと15巻が最終巻なので、
話してきたらと思うんですけども、
前回はその浅水のことをお話ししましたということで、
浅水が境界トンネル、魔界へのトンネルを開けちゃうんですけども、
浅水と倉間、比叡、桑原と、あと覚醒したゆうすけが最後戦うんですけど、
両力の衝突があるときは魔界の側はチェックしているというところで、比叡と倉間が戦っているというのをチェックされていて、
今そのストーリーからいくと、魔界は三すくみの状態なんですね。
何百年間かずっとその三すくみの状態が続いていて、三大妖怪みたいな感じですね。
その妖怪がゆうすけの遠い祖先である雷禅ですね。
この雷禅というのはとあることを理由に、妖怪というのは実は人間を食べるという設定なんですけど、
ただ人間を経ってもう千年くらい食事をとっていないという状態の雷禅。
あと黄泉と無黒という、この黄泉と無黒も実は掘り下げればいろいろ面白いキャラクターなんですけど、
黄泉はかつての倉間の仲間だったんですけど、そこからかなり力をつけて三大妖怪の一人になったということです。
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倉間を三望にしたいということで、黄泉が倉間に声をかけて、無黒は比叡に声をかけてという。
雷禅にゆうすけはつくというか、そんな感じになってかつての仲間がそういう三すくみの状態になるということになるんですけど、
ゆうすけと比叡と倉間は魔界に行って修行するんですけど、めちゃくちゃ強くなるという感じなんですね。
それが十四感。それぞれ比叡も力を上げていくし、比叡と無黒の関係というのも結構語れば語るほどいろんなものがあるんですけど、
比叡の甲斐があってもいいかなと思うんですけど、倉間と黄泉のストーリーも続いていくということですね。
十四感は雷禅が亡くなるというところで終わって、
ゆうすけが提案するのは国抜きで、その国とか国の中の人たちに対して、
誰がどう支配するとか、そういう策略とか戦略抜きで、トーナメント方式で強いやつを決めようという感じになるんですね。
この辺も深掘りしようと思ったらできるんでしょうけど、とにかく僕はラストのことを話したくて今進めているんですけど。
これは何なんでしょうね。どういうメタファーなのか、もちろんこの戦闘の描写とか自体も面白いんですけど。
結局、ゆうすけはよみと戦うことになって、何時間か戦うことに負けてしまうんですけど。
15巻の半分ぐらいからは日常の生活に戻るというか、ゆうすけたちは高校生の年代になるということですね。
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日常に戻っていくんですけど、いろいろエピローグみたいなものがあって。
一番最後から話しますか。
何がいいかなと思ったのが、結構唐突に終わるんですよね。
いろんな連載形式で進めているわけなので、いろんな要因があったと思うんですけど。
今の政治情勢とか考えてもそうなんですけど。
なんか本当にいろんな局があって、マルチポールみたいなこと言われますけど、いろんな、この本当に魔界の状態と一緒ですよね。
それが一旦ゴジャマゼになって、優勝者がルールを決められるみたいな感じなんですけど。
それが、この悠々白書で言うと選挙とかではないわけですよね。
とにかく殴り合って強い奴を決めようというシンプルなルールで。
そのエンキというライゼンの元仲間、元々仲間の妖怪が優勝して、そのエンキが人間界にはとりあえず手出しをするなというルールを決めたんですね。
これはライゼンの意思だと思うんですけど、ちゃんと継承して、人間界に手を出すのやめようということだと思うんですけど。
実際そういうことは難しいとは思うんですけど、殴り合って決めるわけにもいかないですし。
一旦戦略とか闘略とかそういうものは置いといて、戦闘というのを対話に置き換えてもいいと思うんですけど、そういうことが必要なんだろうなとか思いますし。
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どこまでこの描写が何かを表彰しているかというのは、これは読者に委ねられているし、戸橋先生がどういうふうに思っていたかわからないですけど、
僕はそういうところにちょっと希望を感じるというか、何かこう、闘略とかを除いたところに新しい世界があるのかなという気がしましたね。
最後、ゴリゴリ戦闘漫画として進んできた遊白書なんですけど、最後はすごい日常に戻っていくんですよね。
これはいいかなと。それがいいなっていうところですね。
ゆうすけはラーメン屋をやっているんですよね。屋台で。魔界を昇悪するくらいの力がある。めちゃくちゃ強くなって、よみとも戦って、すごい力を持っているゆうすけがラーメン屋みたいな屋台をやっていて、ギャンブルしているおっちゃん達と話していたりするんですよね。
なんかその日常性みたいなものがすごいいいなと思うんですよね。あんまりうまく話せなかったなと思いつつ。最後はいろいろあるんですけど、一番最後。最後の最後ですね。
ゆうすけの師匠の玄界がなくなるんですよね。なくなっていたのかな、ちょっと。みんなが集まっていくんです。
クラマーは親父さんの会社を手伝っているという、大学に行かずに。クラマーも人間界で普通に暮らしているんですよね。みんなは大学を目指すという感じになっていて。
その玄界の残している土地をどうするかみたいな感じで、めちゃくちゃ広大な土地を実は玄界は持っているんですけど、そこは妖怪たちの隠れ家にはいいんじゃないかということで、
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ある種の戦争状態みたいなものがだんだん終わっていく。日常が戻っていって、とにかく自然の描写がすごい増えるんですよね。
これはでも何か今話して思いましたけど、戸垣さんの願望というかそういうものもあるのかもしれなくて、本当に自然だったりとか山だったり海だったりとか海だったりっていうのをそうそう描いていくわけですよね。
最後はこの最後の描写。これは誰かの部屋なんでしょう。スーパーファミコンみたいなものも置いてますけど、カーテンがちょっと揺らめいていて、写真がひらひらっと落ちている描写があって、その写真が最後のワンシーンになっていて、
ゆうすけとくらま、くわばら、ひえいの4人が写っているみたいな写真がドーンと最後のシーンを飾っているという感じで終わっていくんですけど、
そうですね、そんな感じで最後はグザグザでしたけど、とにかくちょっとちゃんと終わらせないとなっていうところで、はい、ゆうゆう白書終わりました。
というとこですね。
まあとにかく最後はグダりましたけど、何が言いたいねんという感じで、はい、そうですね、まあいろいろ考えることはあったんですけど、何なんでしょうね。
やっぱり、戦争状態ってある種、やっぱり人間の自我みたいなものとすごい密接に紐づいてるリンクしてるっていうか、と思うんですよね。
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それを描きたかったんじゃないかと思って、
例えば今はもう現実の世界でも、ウクライナのこととか、ガザのこととか、イスラエル・パレスティナの問題とか、ずっと続いてるわけですけど、
最近の本当にパレスティナに対する、本当になんて言ったらいいんですかね。ただただ暴力でしかないっていうか、すごい惨状なんですけど、
ああいうものも結局、ネタニャフの自我の暴走っていうんですかね、そういうものもあるだろうし、トランプにしても、
じゃあトランプだけが悪いのかというと、そんなことはなくて、そのバックにはビッグテックの勢力があるわけですよね。
本当に通り通りやくみたいなものがぶつかり合っている。そこに国民みたいなものも巻き込まれていくわけなんですけど、
そこにある種のゲーム性があったりとか、それもちょっとエンタメ化してきてるっていうんですかね。
そんなふうにも思えて、この誘惑とあえて重ね合わせるとすると、そこにぼっとしてしまう人間の差がみたいなものもあるっていうか、
でもなんか考えざるを得ないんですけど、僕みたいなものにできることも限られているし、とにかくリソースは有限で、
とにかく僕は自分の話になっちゃうんですけど、人に対してちゃんとリスペクトしたいなっていうのがすごい最近思っているところで、
無理やり誘惑につなげると、やっぱりお互いリスペクトし合うんですよね。戦うことで。
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一対一で本当に相手のことを考えながら戦うっていうか、それは相手を打ちまかすっていうこと以上に戦闘が対話的に描かれているんですよね。
なんかそれがすごいラストいいなと思うところというか、そうなんですよね。
やっぱり今考えているのは世界を救うみたいな大それたことというよりかは、やっぱり精神戦異、自分が関わった人に関しては、
僕の器がもうちょっと大きかったらいいんですけど、なんかリスペクトできるといいなと思っていて、だからこそちゃんと関わる人を絞らないといけないしということはよくよく考えてますかね。
リスペクトしたいからこそ関わりをちゃんと限定していくっていうことをすごい考えてますね。
そのためにはやっぱり日常を豊かにすることだったり、感情を使うっていうのはやっぱり消耗するんですよね、純粋に。
僕ら慶安職は感情労働なので、自分の感情を抑制しながらクライアントさんと関わったりとかするわけですよね。
それはそれでもちろん仕事だからやるんですけど、そこにやっぱりようやく僕は自覚的になれたというか、ようやく本当に自分のリソースがもう完全に足りなくなってたんだ最近と思って。
自分のことにやっと気づけるようになったなって感じですね。偉そうに言ってたんですけど、バウンダリーであるとか。
でも結局自分のエネルギーの枯渇のことなんて気づいてなくて。
気づけば、これは多分もう30代ずっと自分に自信がなかったし、何か証明しようとして必死でこの若者支援のフィールドでやってきたんですけど、なんかもっと単純でいいのかなっていう気がしますね。
だから最近は本当に何もしなくてももう十分じゃないかなって思ってて、自分がこんだけ家族も大事な家族もちゃんといてて、遊白関係ないなって感じなんですけど。
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だからゆうすけも全然今回のゲアラジンの中では喋ってなかったですけど、そのけいこっていう幼馴染がいるんですけど、結局最後ストーリーはそこに戻っていくんですよね。
だから結局人間それぞれ実はすごい近いところに大事なものがあるんですけど、それを大事にすることなのかなっていう本当に単純なことを思いますね。
それを守るためにもしかしたら戦わないといけないこともあるかもしれないですけど、やっぱり根本は何であるかというと身近な人を大切にしたいとか。
だからこそ自分も大切にしないといけないということなのかなとは思うので、やっぱり理論というか言葉というかこうあるべきだとか、人間っていろんな意味付けをしちゃうんですけど、
意味付けに本来は世の中で起きていることに意味なんてなくて、それを人間が勝手に意味付けて認知して一騎一右しているだけなんで、
でもやっぱりすごい自分の中を観察するようになって最近、自分を大事にしたいなと思って。
したときにやっぱりなんか変に自信がない。人が何か言ったときに自分が揺らぐという感覚があって、揺らいでもいいとは思うんですけど、
なんかすごい怯えてるっていうか、なんかいやそれは違うとかすぐ思ったりとか、いやそんなことではダメだとかね、なんか他者に対して思っていたりとか。
自分に対する評判とかそういうものに関してもすごいセンシティブで、いやそうじゃないんだとか、実際は違うもっと深いところにいろいろ思うことがあるんだとかね、いろいろ思ってるんですけど、どうでもよくねっていうことが結論で、
人の思うことなんてコントロールできないし、別にいろんな僕に対する評判とかはいろいろあるんでしょう。それは事実としてあったとしてもコントロールできるものでもないし、どうでもいいっていうか、事実だけ見ていこうって感じですかね。
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いろいろ思っちゃうとは思うんですけど、それ思うことは悪くないっていうか、自分がどういうふうに捉えてるかをちゃんと客観視して、心を落ち着けて、とにかく日常生活を送るんで、何でしょうね、大事な人を大事にしたいっていう感じかな。
同じこと言ってるんですけど、いろいろ起こると思うんですけど、人間同士なんでね、いろんなハレーションとか、離れる人は離れるし、精神繊維やっていくしかないかなっていう気がしますね。
でも本当に自分に自信がなかったんだっていうのは気づいた30代でしたね。
過去思えば本当にいろんな組織とか人とか、僕は本当に自分に自信がなかったから、攻撃して関係を破綻させてきたことが何回かあって、大きなもので言うと何回か本当にあって、
これはなんか自分が例えば批判されたとしたときに、とにかく僕としてはもう危機状態になっちゃって、自分の価値って別にその人が決めるわけでもないのに、とにかく怖くなっちゃって、
それを自分の中ではそうじゃないって思い込もうとするから、その処理できない感情を相手に向けちゃう。
そうしたときに、これは裏ちょうぼと呼んでるんですけど、過去あんなこともこんなこともあったよね。
覚えてるぞ、あれもこれも、お前もいろんな悪いことしたやないかみたいな感じで、まさに介護職のときなんか本当に組織潰したるぐらいの感じでね。
実際悪いことやってたし、給料ちょろまかしてたんで、普通にそういう100万単位で残業代取り返したりとかってのもあったんですけど、やっぱりちょっと異常で、攻撃性が異常だったんですよね。
それがやっぱり僕が本当に、子供のときからある自信のなさっていうか、自分が認められない自分で、本当にそういうところがあるなと思って、やっと気づけたんですよね。
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誘発関係なしって感じで、なんですけど、ほんとやっと気づけて、ああよかったと思って、いちいち反応してる自分にやっと気づけるようになって、ああでもいやいや、そんなん関係ない関係ないと、落ち着けてジャッジができるようになって。
本当にやっぱり自分を認めてあげることなのかなって思いますね。
そうすると自然とデフォルトでね、自分が今のままで大丈夫だとか思えてると、あんまり他者の影響って受けなくなってきて、本当に最近そこに気づいてからガラッと人間の認知って不思議なもんで。
僕はだから年末にお酒飲めて、今まで飲み会とか以外ね、毎日晩食するような人間だったんですけど、それも飲まなくなったし、人間の認知っていうかが変わることって結構インパクトあるなって思ってるんですけど。
やっぱり僕のパニック障害はずっとあったんですけど、そういう自分への信頼のなさから来てるっていうのが根本原因だったんじゃないかなって思うんで、ちょっと楽になるかなって思ってます。
まだまだこれはトレーニングしないといけないと思うんですけど、まだまだやっぱり自動思考として、ああ攻撃されるとかね、そんなこと誰も思ってないっていうところなんですけど。
自分はダメだとかすぐ思っちゃうんで、そこを違う違う大丈夫大丈夫ということで、ちゃんと自分のいいところも認めていってあげたいなという、最後全然誘発関係ないところで終わっちゃいましたけど、
やっぱり僕はこういう作品を通して結局自分のことを考えてるんだなっていうのが結論ですかね。
少しでも興味あったら遊泳博書読んでもらえたらと思います。
だいぶグダグダなんですけど、あんまり聞かれてないので。
次回から、ちょっと明日ね、今日11日でしょ。
明日は高梨さんとポッドキャストを収録することになってて、新著が出るのでちょっと話聞いてみようということですね。
それも配信しようと思ってますんで、長くなってしまいましたが、遊泳博書シリーズこれで終わります。