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戦略的別居妻カブの人生開放チャンネル。 このチャンネルは、モラハラ経済的DVクソ夫と約12年間仮面夫婦として同居、パーフェクト昼逃げ、離婚調停不成立、離婚裁判敗訴したワーママのカブが2029年春に離婚するまで人生を開放して幸せに生きる様子をお届けします。
モラハラ、仮面夫婦、仕事、子育てなど同じ悩みを持つ誰かに寄り添う配信をしたいです。
お疲れ様です。カブです。
私は中学1年生の娘と小学3年生の娘を育てるシングルマザーです。
子育てというのは究極の自分育てだなぁと感じることが日々多くて、子供を成長して育てあげる、そして一緒くじゅうの面倒を見るということもするんですけれども、それ以上に自分の心も成長するし人間力も上がるなぁと思ったりとか、
あと私は自分がしっかりしているって言われるし、私も最近そうかもって辞任するようになったんですけれども、私がうっかりすることでミスっていうのかな、子供の心の成長にもなるし、ひいては自分も成長するようなお話をしたいと思います。
すごい行々しく言ってますが、タイトルにしようと思うんですけど、ことの発端は日帰り温泉でタオルを忘れるって本当にしょうもないことなので、ぜひリラックスして聞いていただけたら嬉しいです。
本題に入る前に、私の子育て関連のkindleの宣伝をさせてください。
私はシングルマザーでありながら、そしてクソ夫と同居をしていた時も、クソ夫は子育ての役に立つどころか、足を引っ張る存在でありました。
今では育免という言葉も浸透してきて、子育てに男性も参加するというのも当たり前の風潮というか、それ自体はとても素晴らしいなと思うんですけど、クソ夫は全くそんなことなくて、
昭和のダンカイジュニアの黒い価値観というのもあるんですけど、それ以上にモラハラというか、自分勝手で子育てにコミットしない。
ところが私が一生懸命試行錯誤をしていることを、本当に足を引っ張る娘①位だけ差別したりとか、そういうこともいろいろありました。
このようにパートナーが役に立たない残念な中、子どもたち二人は本当に素晴らしいというか、優しいというか、気も利くというか、
そして大人の私もハッとするような発言というか、人生何週目みたいな、本当に髪のバリの発言をすることも多くて、
これは子どもたちのポテンシャルも、もちろんそれはほぼだと思うんですけれども、
私が子ども自身が考えるとか、あと一人の人間として意見を持つように促すというか、そういう育て方をしてきたような気がしておりまして、
そのメソッドをですね、ふんだんに盛り込んだKindleを発売をしております。
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わけあって一人で子どもを育てなければならない方、パートナーとかには恵まれて二人いるけれども、
ちょっと子どもとそれが合わないなというか、そこまでいかなくても幼少期の子どもの関わりに悩んでいるとか、
そういった方にはヒントがあるかもしれないので、ぜひ概要欄にある著者ページから覗いてみてください。
それでは本題に入ります。
私たち家族、特に私なんですけれども、日帰りの温泉が好きなんですよね。
温泉地の宿泊でするのはもちろんそれも気持ちいいんですけれども、
車社会なので少し車を走らせて日帰りの入浴施設に行くっていうのがすごく大好きなんですよね。
ここはちょっと性別の話をしてしまいますが、女しか家族がいないってこういう時すごく楽だなと思って、
どこに行くとか、脱衣所とかもみんな一緒ですし、男女連れて行く家族もめっちゃいると思うんですけど、
待ち合わせとかはちょっと厄介だし、風呂場にスマホとか持ち込むわけにはいかないから、
この待ってる時間というのも発生すると思うんですけど、結構そういう意味でも女だけって出かけやすい。
そして何より私日帰り温泉のサウナとかアカスリが大好きなので、よく温泉には行くんですよね。
私の一番お気に入りの温泉というのが、タオルは別料金なので、近場だしタオルは自分家で持っていくから持っていくっていうのがスタンダードだったんです。
持っていくタオルは2種類あって、体を拭くタオルと温泉の中に湯船にはつけないけど、体を拭くタオル2種類ですね。
そのため私は子供の分2人と私の分で6枚のタオルを持っていくんですよね。
その中で体を拭くタオルを忘れたというのが今回の発端になります。
タオルを忘れたということ自体は些細なことというか、じゃあ有料で借りればいいじゃんって思われるかもしれないんですけれども、
これに気づいたのがなんと入浴中だったんですよね。
手元にあるタオルは温泉用として濡らしたりして使って、
娘①がもう中1で大きいので、じゃあママ先に出るわっていう話になった時に、
じゃあこの鍵で開けてタオルをうんぬんって言った時に、
ああってタオルを忘れたって思い出したわけですよね。
ほぼほぼ温泉施設はそうだと思うんですけど、
入浴中とかお風呂のそばにタオルレンタル場はなくて受付とかで借りるものだから、
もうこの時点でですね体を拭くタオルはないわけです。
手元にあるのは温泉の中で使うのの濡れたタオルだけっていう状態ですね。
もう地獄でしたね。どうやって体拭こうかなっていうことになりました。
もしこれがクソオットーだったら、なんで確認しないんだとか、
家族だったら持ったとか確認するとかを補うような関係が理想でありますが、
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そういうことは全くなく責め立てますし、
これがもし私の家族、実家の方とかでも同じことが言えるというか、
母は同じような過ちを自分がしたとしても、
他人、つまり私ですよね、ミスには厳しいというところがあるので、
あんたは昔からこういうことがあるみたいな、
昔のミスを掘り起こされてぐじぐじみたいな展開が多かったので、
すごくこういう、タオルを忘れたこと自体は大したことないんですけど、
こういう本当にはやっておくべきものができなかった、
そしてそれがごく簡単である時って、私はかつてすごく落ち込んでしまったんですけれども、
娘①位の反応はですね、本当に意外というかポジティブなものでした。
ママ、私を誰だと思ってるのって。
まるまる本名ですね、神の子だよって。
神の子って自分で言っちゃうのもおかしいんですけど、スタッフ界隈とかのオフ会で、
結構皆さんがこれが噂の神の子だねって言ってくれることが多くて、
本人たちも辞任してるんですよね。
それがまたおかしいんですけど、神の子の私にできないことなんてないよって、
タオルなしでもやってやるぜみたいなことを言ってくれて、
なんかすごいその底なしの自己肯定感の高さも素晴らしいんですけど、
やってやるぜみたいな感じもまたおかしかったんですよね。
どうやるかっていうと、今回過労死である濡れたタオルですね、
温泉用のをめちゃくちゃ絞ってパンパンパンって干すというか、
乾かしてそれで体を拭きゃいいみたいな、
そういう考えになってくれたみたいですね。
そして小3の娘については、これまた可愛くって、
ママって、いつもママとってもしっかりしていて、
頑張り屋さんだから、時々うっかりしているママも可愛いよっていう風に言ってくれて、
キュンってなってしまいました。
この言葉もありがたいし、この下りっていうのかな、
しっかりしている人が時々するミスは、
攻め立てられるものではなくて、むしろ可愛いものだよっていうのは、
毎月第一土曜日にやっている熟女スナックとかですね、
言ってもらったりとか、
あとrippiさんの占いとか講座とかの中でも出てたりとかして、
なんかそれを娘には聞いてないんですよ。
その講座とかの時は自分の部屋とかにいたり、
ゲームとかしてるんで聞いてないはずなのに、
そういう風なことを言ってくれて、何だろうな、
天からのメッセージじゃないですけど、
スピリチュアル的な、なんかそんなような感じがしました。
そして結局ですね、タオル一枚で案外どうにか濡れたものがね、
案外どうにかなったし、
どうにかなったんですよ、ありがたいことにね。
で、この出来事からミスしてもいいんだなっていうことをね、
子供から教わったんですよね。
ミスというか忘れ物みたいなところですね。
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正直その事実だけ切り取ると、
体を拭くタオルがないって嫌ですよね。
快適じゃないっていうか、
この娘たちは、私もですけど濡れたタオルで体を拭くってね、
気持ち悪いじゃないですか。
なんかそういう気持ち悪いだろうな、申し訳ないな、
私がタオルを忘れたせいでみたいな、
自分責めをしてしまうところだったんですけど、
あ、いいんだ、大丈夫なんだっていうことを子供から教わったんです。
そしてこういう出来事を子供にもあえて見せるのも大事なのかなと思ったことがありました。
もしこの忘れたっていうことを受付フロントで気づいて、
有料でレンタルできればそれはそれでよかったんですけど、
この場合って子供たちには特にタオルがある終わりっていうことだけで、
私が今回最後まで気がつかなくてこうになったことで、
誰かがポカしたミスや忘れ物で自分がフレーキをこむったとしても許すというか、
娘①みたいにちょっと冗談を言ってみるとか、
娘②みたいにそんなところも可愛いよみたいにこと言うっていう練習にもなるのかなと思って、
親を許すこと、親じゃなくても胃の周りの人を許す練習をすることは子供にとってもとってもいいのかなと思いました。
そしてこの許し、私もこういう経験を積み重ねて子供に対しても許すこと、
許し許されるみたいなお互いの経験を家庭で家の中で積むことの意味っていうのは、
なんかすごく大きいものがあるのかなと思って、
私子育てkindleにちょっと書いたか定かではないんですけど、
家庭は社会の祝図だと思っているので、家庭でできないことは社会に出てもできないと思っているんですよね。
細かいことで言うと箸の持ち方とかそういったマナーが、
もし家で気抜いて変な持ち方してで気合い入れれば持てるって言うのはいいんですけど、
気合いを入れてもいい持ち方もしできないんだったら外に出てもできないわけですよ。
そういうマナーから始まり、今回の心の中の話ですね。
相手を許す、そして自分も許してもらえるっていう練習を家庭でしておかないと外に出てできないと思うんです。
できないことでどういうことが起こるかというと、私みたいな人間が出来上がってしまうっていうか、
自分のミスを自分で許すことができず、自分責めをしてしまう。
私は誰かのミスを表だって責め立てるってことはしないですけれども、
心の中では、なんだあいつみたいな、なんでこんな簡単なこともできないんだろうとかと、
自分より違う人に対してイライラするっていうことが今もあって、そういうことになっちゃうんですよね。
そして、ちょっと嫌なというか、方向に行っちゃうとクソッとみたいなね。
クソッとはちょっとここではあまり言えないんですけど、家庭が複雑だったりしたので、
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多分家庭で許し許される経験っていうのができなかったと思うんですよね。
そうすることで一人よがりになって、モラハラクソッとが出来上がったりしたのかなと思うので、
こういう経験ってタオルに限らずですけれども、家庭では大事なのかなと思いました。
ただですね、自分が子供の立場の場合、何か無理して許す必要はないのかななんて思った。
ちょっとその話、補足がてら話して終わりたいと思います。
私は概要欄に貼っておこうと思うんですけど、ちょっと毒親とまではいかないけど、
精神的に未熟な親に何か育てられたかなと思っていて、概要欄にリンクをアウトプットとして貼っておきますが、
口より考えたことが相手の気持ちを盲問ばかることなくポッと出てしまうとかだったりとか、
自分の感情が優先で周りを振り回すとか、自分の承認欲求やプライドを満たすために相手に迷惑をかけても平気。
それに自分が気づいてないみたいな、そんなような親なんですよね。
そういった親を持つ子の場合は、先ほどの許されるっていう経験を私は親から積んでないので、
そういった相手に対して無理して、私は娘①,2から許すっていう経験の大切さを学んだから、
私の親も一緒に許さなきゃいけないのかなって思うと、それはまた別っていうか、
ギブアンドテイクトまでいかないけれども、今までの仕打ちを考えると、
本当は許した方に越したことはないけど、自分の心の余裕がないときはそんな無理して許さなくても、
私はもうこういうときに不快とか悲しいからちょっと今日はさよならみたいなこともいいというか、
そこは切り離してもいいのかななんて思いました。
ちょっと最後はまとまらないんですけれども、結論としてはやっぱり我が子は最高だなっていうことと、
私は実家よりも今自分が子どもたちと築いている家庭の方が本当の家族のような感じが本当にしているなと改めて思った、
そんなようなお話で終わりたいと思います。それでは失礼します。
今回の許すっていう話は、私は子育てをきっかけにお話をしましたが、
結構仕事とか人間関係にも通ずる話かななんて思っています。
なかなか相手を許すっていうことは難しい。私も本当にね、その人生道半ばというか成長過程なのでイライラしてしまうこともありますが、
まず聞いているあなたは自分のちょっとのやっちまったみたいなことを自分の心の中で許す、
そんなような練習からしてみたらどうかななんて思いました。
一緒に自分を大切にしてあげましょうね。それでは失礼します。