朔人一首の紹介
文ガチャは、ガチャを回して出てきた番組について、のんびりおしゃべりするポッドキャストです。
文ガチャ、令和七年弥生の回、椿雷道です。
咲夜です。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、ということで、前々から言っている通り、今月で一旦、この今のスタイルは今回で終わりになるという話を前々からしていて、
今回はガチャ回さないで、この番組の、このポッドキャストのシリーズの中でも看板だと僕が勝手に思っている、朔人一首っていう回をやろうかと思います。
はい。
ということで、もうここからは咲夜さんにお任せですね。
はい。
よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。本当に久しぶり。
ですよね。
なんか調べてみると、1年以上会った感じがしますが。
以前はね、いろいろ女性とか男性とかお坊さんとかいろいろ分けて、鎌倉殿。
鎌倉殿の13人のね。
鎌倉殿の時には、鎌倉殿に関わる人たちを集めた回をしたんですけど、
今回、ひかるきみえでできないかなと思ったらですね、無理矢理集めたらなんとかできそうだったので。
なるほど。
はい。ひかるきみえの関係者をちょっと無理矢理集めてみてご紹介をしていきたいかなと思います。
紫色部のひいおじいさんの歌
はい。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
まずは、今回順番は番号順でいきたいと思いますので、だんだん時代が下っていく感じです。
そういうことですね。
はい。関係者いろいろ見ていて、番号順で一番最初に出てきたのが、紫色部のひいおじいさんです。
この方はまだ今までに紹介をしていなかったので、今回第一番に持ってきました。
お名前としましては、ちゅうなごんかねすけという名前で100人種に載っています。
かねすけはどんな漢字を書いてますかね。
かねる。何かをかねる時のかねるに、車へんにほ。
あ、車へんのすけ。
ほすけですね。
はいはいはい。
三十六河川の一人です。
はい。
ちゅうなごん上門の上まで昇進したので、ちゅうなごんかねすけという名前で載っています。
当時の佳人としてはかなり有名だった方のようで、木の面行きたちがよく屋敷に出入りしていて、戦いをしていたそうですね。
へー。
それでね、どうしてあんなに没落してしまったのかっていう気もちょっとするんですけれど。
うん。
はい。では、歌の紹介をいたします。
はい。
三日の原 沸きて流れる泉川 いつ見来とてか 恋しかるらん
三日の原 沸きて流れる泉川 いつ見来とてか 恋しかるらん
うん。結構わかんないですね。
そうですね。三日の原から沸き出て、原を二分するようにして流れる泉川ではないが、
一体いつ会ったといってこんなに恋しいのだろうか 一度も会ったことがないのに
という歌です。
へー。会ったことない人の話か。
そうなんです。なんかアイドルを見ているような感じなんでしょうかね。
うんうんうん。
恋に恋をしているというか。
え、これってそのいわゆる具体的にこの人っていう話が解説的にあったりはするんですかね。
それがね、特にこの人というものはなかったようなんです。
へー。
で、なんか恋を歌った歌という形で作ったような感じがしますね。
そうか。いわゆる恋の歌っていうだけでフィクション的に書いてるのかもしれないんだ。
そうですね。いくつか解釈があるんですけれど、噂には聞いてるけど一度も会ったことのない女性への恋とか。
うーん。
一度だけ会ったけどそれがどうしても信じられないような女性への恋。
うーん。なるほど。
はい。という感じです。
平安時代の恋心ってどんなもんかなっていうのは現代人の我々にはちょっとわからないんですけどね。
そうですね。ただ、前に僕がやった、あれは何の時だ、とりかえばやかのなんかでも出てきたけど、
かいまみるみたいな話が出てきて、文化的になぜかこの覗き見することがあったようだから、
ちらっと見たことあった人っていうのは案外ありそうかなって気はしますね。
そうですね。確かに。
いずれにせよ、この歌としては、いつ以来会ってないだろうと思うけど、実は会ったことないのにな、みたいなことなんですね。歌の意味としては。
そうですね。どうしてこんなに恋しいのかな、気になってしまうっていう感じでしょうかね。
うーん。
いわゆるアイドル的な、今現代でいうアイドル的な存在なら、もしかしたら何かがわかるわっていう人もいるかもしれない。
あ、そうですね。推しとかね。
三金原というのは現在の京都府の南部にある宗洛郡鴨町を流れる、鬼津川の北側の一部を指す。
そうです。
正武天皇の時代にはしばらく都が置かれているところ。
国境、京、なんとか京助さんとかの京。
京が新春の京。
あ、そうですそうです。
安志とかいう名前の時に出てくる字ですね。
仁義の仁に京都の京で国境と読みます。
へー、この近くにあったな。
はい、その近くです。
湧きで流るるっていうのが、湧きは湧けるの連用形なんですけど、水が湧くというのともかけていて、湧けて流るると湧き出て流れるっていう意味がかけてあります。
いつ見きとてか、いつあったというのかという意味になっていて、
恋し狩る乱。恋し狩るが恋しの連体形。乱は水量の助動詞。今で言うと恋しいのだろうか。という形になっていきますね。
湧き手流るるの湧き手が湧けると湧くがかかってるっていうのは、川が泉川だからね。泉が湧くっていうところとかかってるってことですよね。
そうです、その通りです。
湧くっていうのも泉の縁のある言葉とされていますので、テクニックは本当にふんだんに使ってありますね。
ひいおじいちゃん。紫色のひいおじいちゃんとなるんですけど、ひいおじいちゃんの歌が大好きだったようで、
源氏物語の中にも金助の和歌を引用している部分があるんだそうです。
例えばでよく言われるのが、人の親の心は闇にあらねども、こう思う道にまどいぬるかな。
というのを源氏物語の中の結構重要な場面で取り入れているそうで、
おじいちゃんの歌を大事にしてるんだなっていうのも少し変えてくるかなと思います。
なるほどね。
そうか、でもそうね、そんなすごかった人から4代目が紫色部なんだけど、
2代目か3代目で没落しちゃったのかなっていうことね。
そういうことになってしまいますね。
お父さんも、紫色部のお父さんもすごく頭のいい人だし、
あのドラマの中でもね、パッと中国語が漢語の範囲内で理解ができていたり、
とても誠実な働き方をしているっていうのは見えてましたが、
いろんなところで運に恵まれなかったのかなとも思いますね。
なるほどね。
この歌は前半が風景描写っぽい感じで、後半が心理描写っぽいっていう感じになってますね。
これってよくあるパターンですか?
そうですね、割とあるんじゃないでしょうかね。
前半で風景で、その風景に例えられた感情みたいなのが下録になるみたいなイメージ。
そうですね、割と多いと思います。
割と一般的なテクニック、当時としては。
っていう感じなのかもしれないですね。
そうですね。
藤原の金介、紫色部のひいおじいちゃんの歌でした。
清少納言とその歌
藤原だよね。
藤原さん。
東色部とかね、ドラマの中では。
そうですね、東色部でしたね。
では、2週目です。
今度は清少納言の方。清少納言のお父さん、清原基助さんの歌です。
はい。
清原のですね、清原の元助。
元気の元人助?同時でしたっけ?
そうです、元気の元人、さっきと同じ車編の助です。
平安中期に活躍した大火事の5人、なしつぼの5人っていう方がいらっしゃったようなんですけど、そのうちの1人です。
その5人で万葉集を現在のような20巻の本の形に整えたっていう作業をしたり、
あと村上天皇の命で五千集という直線和歌集の編作も行っています。
やっぱり立派な、まあ100人種で選ばれてるんだからね、それなりに皆さん立派なんだろうけど。
そうですね。
なるほど。
では歌はいきます。
千切りきな、片身に袖を絞りつつ、末の松山、波小さじとは。
うん。
心変わりの詩の考察
現代語訳をすると、約束したのにね、お互いに泣いて涙に濡れた着物の袖を絞りながら、末の松山を波が越すことなんてありえないように決して心変わりはしないと。
うん、はい。
意味としては、まあ心変わりされちゃったという感じでしょうかね。
これは五州一州から取られた歌なんですが、言葉書きに、心変わりてはべりける女に、人に変わりてとあります。
つまり、永遠の愛を誓ったっていうのに、女性の方が心変わりをしてしまった。落胆して、しかも女性を思う心は変わらないっていう歌ですね。
なんか性別逆よりはしっくりくるなって気はしますけどね。
あ、そうですか?
はい、まあまあ、なんとなくイメージですけどね。
あー、そうなんですね。
そんな対話ないので、ちょっとそんな探るような反応されても困るんだけど。
なんか話が続くのかと思っちゃいましたが。
ちぎりかなが約束したのにっていう部分。
はい、ちぎりきながですね。
きは過去の助動詞。なが感動を表す終助詞。
なので、約束したものでしたよねーっていう回想を感動的にしている。
かたみにというのは、お互いにという意味です。
袖を絞りつつ、泣きぬれて、濡れた袖を絞って、お互いに絞っている。
つつは、しながらではなくて、繰り返しを表す接続詞なんです。
末野松山というのは、現在の宮城県多賀城市あたりの土地名だそうです。
こんなとこまで波は、この山を末野松山っていう山を波が越すようなことなんかないのにね。
それぐらいに約束破られないと思ってたのにね、っていう形ですかね。
末野松山っていうのは、これで一単語っていうか、一つの場所を指してるってこと?
そうですね。
末野っていうのは、松山って地名に対してかかってるっていうニュアンスではないんだ。
えーとね、末松山っていう地名があるようで。
あーなるほどね。それは昔は末野って入ったのかもわかんないっていう。
かもしれないですね。
今の多賀城市八幡というところに史跡があるそうです。
昔はそこの近くまで海だったそうで。
波、どうなんだろう、距離感がわからないんですけれど。
近かったとしてもあれですよね、山まで声はしないでしょっていうことですよね。
そうですね。
すごく派手に言えば、今なったらそうですね。
例え世界が壊れてもとか。
まあまあそういう感じですよね。
なんかあれですね、印象としてこの千切雛っていう入り方は、
すごい良い振りになってる感じがしますね。
よく小説なんかで言われることで、最初の一秒がすごい大事だとかいうのに通じるような。
そうですね。
なんか何か起こった感がすごい。
約束したのにねっていうところから始まる。
例えば現代のポップスとかの歌詞も、そういう入り方したら何が起こったって思いそうなワード。
これだって最後に持ってきたっていいワードなんだけど、
時数というか音の数はともかくとして。
最後に約束したのになって終わっても別にいいものをいきなり持ってくるっていうのはインパクトとしては大きい感じしますね。
確かに。
何のこと?ってなるじゃないですか。約束したのになーって言われたら。
歴史的背景と人物
そうですね。え?ってなっちゃいますよね。
そうか。
すいません。カルタをやっている者としては、あまりに歌を鑑賞する機会も少ないので。
知でわかるのか、知義でわかるのかみたいな話なんでしょうね。
競技カルタの人として。
聞いてないので。
あと袖を濡らすとかね、袖を絞るとかっていうのは定番ですよね。
泣く時の表現としてはね、この時代よく出てくる。
現代的には、今の現代でも洋服でも袖で涙を拭うことはあるかもしれないけど、
絞るはさすがにないなっていう感じがしますけど。
でも絞るもよく出てきますよね。
袖を絞るみたいなニュアンスがセットになっているというか。
大変泣いたというね、度合いを大きく表現しているってことなんでしょうけど。
なるほどね、清原。
紫色部の火おじいさんから青少納言のお父さんと。
ドラマには出てなかったお二人ではありますが。
メインどころのお二人のルーツみたいな感じになりましたね。
そうですね。どちらもルーツとしてはとても確かに大過人であるし。
なるほどなって思いますね。
だからどっちもね、親子とか火おじいさんと火孫とかで両方とも100人種に選ばれてるわけでしょ?
そうですそうです。
すごいよね。
いわゆる家柄がいいから自動的に選ばれるような家柄じゃないわけじゃないですか。
その天皇とかみたいな意味ではないから。
藤原家でもないし。
藤原家か一応。
でもね、いわゆる石関家みたいないい家柄ってわけじゃないでしょ?紫色部のとこだってね。
そうですね、はい。
なるほど。
という2種でした。
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