1. 英国ドラマタイム
  2. #110 なぜ『眺めのいい部屋』..
2026-10-29 16:10

#110 なぜ『眺めのいい部屋』は、こんなに美しいのか?

おたよりを送る

🎙️ ようこそ、英国ドラマタイムへ! 英国の歴史ドラマをもっと楽しむためのポッドキャスト。

映画『眺めのいい部屋』を4つの切り口で楽しむシリーズ最終回。

今回のテーマは、この映画がなぜこんなに美しいのか?

歴史あるお屋敷、緑豊かな田園。うっとりするような映像の背景には、1980年代のイギリスで起きていた変化がありました。

1974年、ロンドンで開かれた「カントリーハウスの破壊」展。失われていくお屋敷を惜しむ人々の姿。そして、大邸宅の美術品の売却をきっかけに高まった「国の宝を守ろう」という声。やがて、お屋敷は守るべき歴史遺産であると同時に、人々を惹きつける観光資源にもなっていきます。

『炎のランナー』の成功、『眺めのいい部屋』の美しさ、そして世界中の人々を惹きつける『ダウントン・アビー』。

私たちが「イギリスといえば」と思い浮かべるイメージは、どのようにして世界に広まったのでしょうか。

映画の美しさを入り口に、英国が自分たちの過去を見つめ直し、世界に発信していった時代をたどります。


▼あらすじはこちらの回で
#103 映画『眺めのいい部屋』眺めのある部屋で、ルーシーに見えるようになったもの

https://listen.style/p/british-drama-time/room-with-a-view-lucy-sees



▼今回参考にした資料 
・E.M.フォースター『眺めのいい部屋』(1908年)
・長谷川隆彦『イギリス現代史』(2017年)
・『炎のランナー』(1981年)と、ヘリテージ映画 國永 孟 (京都大学大学院人間・環境学研究科 博士課程 キングス・カレッジ・ロンドン大学

・平林美都子「英国のヘリテージ映画」『愛知淑徳大学論集・文化創造学部篇』第7号、2007年、pp.111–121

・40 years on from the ‘Destruction of the Country House’ exhibition
https://thecountryseat.org.uk/page/6/



✉️メルマガ「ダウントン・アビーからはじまる英国ドラマの世界 -セリフから読み解く英国文化と歴史-」始めました!ご登録いただいた方には、特典として「ヴァイオレットおばさまの愛ある毒舌集」をお届け。
11通のメールを3日ごとにお届けします。

 

🔗 メルマガのご登録フォームはこちら!

https://17auto.biz/art_and_more/registp/entryform2.htm


📝 Note
読む・『英国ドラマタイム』(有料:500円買い切り)

ポッドキャストの内容を文章化し、写真や補足情報を加えた記事をお読みいただけます。
一度ご購入いただければ、今後追加される記事もすべて読み放題です。

→ https://note.com/artandmore/m/m2cb198e4475d


★今後も番組を聞いてみたいという方は、フォロー、チャンネル登録していただけると嬉しいです♪

番組やエピソードへのお便りもお待ちしています。

お便りフォーム

https://forms.gle/WMemppsT4M2ch2if8


ブログ: https://chstories.com/

Instagram:   https://www.instagram.com/country.house.stories/
Treads :https://www.threads.net/@country.house.stories

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

映画『眺めのいい部屋』の美しさを、1980年代のイギリス社会とカントリーハウスをめぐる変化から読み解く。1974年の「カントリーハウスの破壊」展や大邸宅の美術品売却を契機に、失われる屋敷を守ろうとする機運が高まり、屋敷は歴史遺産であると同時に観光資源になった。『炎のランナー』の成功を経て、古い屋敷や田園を描く作品が海外、とくにアメリカで受け入れられ、『眺めのいい部屋』や『ダウントン・アビー』へとつながった。一方で、上流階級の美しい暮らしを「イギリスの過去」として売るヘリテージ映画への批判にも触れ、作品が上流社会への批判と憧れを同時に含むことを確認する。

『眺めのいい部屋』の美しさと1980年代のイギリス
英国ドラマタイムへようこそ。この番組は、イギリスの歴史ドラマが大好きな私が、ドラマや映画のおすすめ、土下地の秘密、当時の暮らしまで深掘りしてご紹介しています。
物語の背景を知ると、作品がもっと楽しくなります。
映画、眺めのいい部屋を楽しむ4つの蹴り口シリーズ、今回はついに最終回です。
今回の問いは、なぜ眺めのいい部屋はこんなに美しいのか?
監督のセンス?フィレンツェやお屋敷がきれいだから?
もちろんそれもあります。でも実は答えは映画の外にあるんです。
今日は映画の内容ではなくて、この映画が作られた当時のイギリスを振り返る回となります。
実はこれを知ると、今の私たちがイギリスといえばと思い浮かべるイメージ、
お屋敷や美しい田園風景、お茶の時間、そんなイメージがどのようにして世界に広まっていったのかが見えてくるんですね。
というのも、この眺めのいい部屋が作られた1980年代、このようなイメージの映画やドラマが次々と作られていきました。
それは一体なぜだったのか?
1980年代のイギリスがフルティを帰化庫に埃を見出して、それを守り観光の目玉として売り物にし始めた。
映画でも同じで、昔のイギリスを美しく描いたらアメリカをはじめ世界中でヒットしたんです。
眺めのいい部屋の美しさは、そんな時代だったからこそ生まれたものだったんですね。
そして、こうした映画が広めたイギリスらしさのイメージ、その延長線上に今のダウントンアビーもあるんです。
では、順番にお話ししていきます。
まず、1980年代の話に行く前に、少し前の1970年代のイギリスを見ていきます。
1970年代の危機と失われるカントリーハウス
正直に言ってひどい時代でした。
かつて世界の4分の1を支配したと言われる大英帝国は、戦後20年ほどで多くの植民地を失います。
産業革命以来の工場や炭鉱は古くなって、西ドイツや日本にどんどん追い抜かれていく。
そこへオイルショックが来て、物価は跳ね上がり、ストライキが続きます。
かつて世界一の国が国際通貨基金、IMFからお金を借りるところまで落ち込みます。
そしてあちこちでストライキが起きた結果、街にはゴミが積み上がり、亡くなった人の埋葬さえできない、などの混乱が起きてきます。
英国病と呼ばれた時代ですね。
当然ですが国民の怒りが政府に向かい、1979年に誕生したのがサッチャー首相です。
彼女は赤字の工場や炭鉱を次々に占めていきます。
これは国を建て直すための改革でしたが、失業者が300万人を超えてロンドンやリパプールで暴動まで起きています。
この頃のイギリスには骨を張れるものがなかなか見つからなかったんですね。
こういう時人は何を誇りにするのかおかしいです。
さてここからは当時のお屋敷を取り巻く状況について少し見ていきます。
実は1970年代のイギリスではお屋敷が消えていくことが大問題になっていました。
背景には重い相続税、戦争でいなくなった使用人たち、かさむい慈悲、ダウントンアビーでもそんな苦しみが出てきましたが、
1800年以降およそ2000もの邸宅が取り壊されたと言われています。
ものすごい数ですよね。
「カントリーハウスの破壊」展と遺産保護
そんな中1974年ロンドンの博物館でちょっとすごい展覧会が開かれたんですね。
名前はカントリーハウスの破壊展。
ちょっとすごいタイトルですよね。
壁や柱に失われた屋敷の写真がたくさん貼られて、天井まで届くほどの大きな柱が崩れ落ちている展示。
失われた屋敷の名前を読み上げるという演出もあったみたいです。
写真の前で泣く人もいたり、週末には大両列となり、
ズロクワベストセラーに、最後の週には女王をはじめとするロイヤルファミリーや閣僚たちも見に来ていた。
そんな展覧会だったんですが、
私もこんなのを見たら泣けてしまうかも、イギリス人でもないのにってちょっと思ってしまいました。
そしてそれから3年後、メントモアタワーズという大邸宅の美術品が国が引き取らなかったために、
業界で次々と売り払われてしまいます。
これで国の宝を守れという声が一気に高まりました。
その結果、1980年に歴史的な遺産を守るための仕組みが法律で作られます。
守られたお屋敷は公開され、観光地になっていきました。
工場が閉まった町も今度は歴史で人を呼ぼうとしたんですね。
国の遺産を残すにはどうしたらいいのか、人々の関心が集まった結果、
お屋敷や自然を守るナショナルトラストの会員は1970年には22万人ほどだったのが、
1981年に100万人、1990年には200万人とどんどん増えていくわけです。
『炎のランナー』と古き良きイギリス
そんな中に1982年4月に事件が起きます。
南大西洋に浮かぶイギリス領のオークランド諸島にアルゼンチンが攻め込んだんです。
サッチャーはすぐに艦隊を送り、2カ月半ほどで島を取り戻しました。
落ち目だと言われていたイギリスが戦って勝った。
国中が愛国ムードに包まれ、低迷していたサッチャーの人気は一気に上がります。
そして翌1983年の総選挙で彼女は圧勝しました。
ちょっと歴史の話が続いて、映画はどうなったのって思われているかもしれませんが、
もうちょっと待っていてくださいね。
実はこの選挙の少し前、サッチャーはテレビのインタビューで、
あなたの考えはビクトリア時代の価値観ですねと言われ、
まさにその通り、この国が偉大になった時代の価値観ですと答えています。
サッチャー首相はビクトリア時代の価値観こそが、かつてイギリスを偉大にしたのだと語っていたんです。
そして映画の世界でもこの古き良きイギリスが大きな成功を収めていました。
それが少し遡って1981年に公開された「炎のランナー」です。
映画「炎のランナー」は1924年のパリオリンピックを目指す2人の実在のランナーの物語です。
浜辺をスローモーションで走る場面の音楽、
ちょっとここで口ずさみたい気分ですが、著作権の問題もあるのでやめます。
でもとっても有名な曲なのできっと聞けばわかると思います。
映画の中で物語の主人公は2人。
1人はケンブリッジ大学に通うユダヤ系の青年で、差別に負けないために走ります。
もう1人は宣教師の両親を持つスコットランド人で、神をたたえるために走ります。
そして映画の中には古き良きイギリスがたっぷり詰まっています。
ケンブリッジ大学の古い学寮の中庭や清掃での晩餐会、
クリケットが登場したりスコットランドの雄大な講演、
地族の学生が自分の屋敷の広い庭でハードルの上にシャンパングラスを乗せて練習する、
なんていう優雅な場面も出てきます。
ちなみにこのいかにも英国らしいこの映画は、
実はお金を出したのはアメリカの映画会社とエジプト人の実業家でした。
この映画が1982年アカデミー作品賞を取ります。
その数日後に始まったのが、先ほど話したフォークランド紛争だったんですね。
そして英国にとって地獄の誇りやアイデンティティが強く意識された年でもあったんです。
『眺めのいい部屋』から『ダウントン・アビー』へ
そして映画会は築きます。
美しい昔のイギリスを描いた映画は海外で売れると、特にアメリカで。
ここから時代物の映画やドラマが作られていきます。
その代表が1985年の眺めのいい部屋でした。
こうした作品が英国らしさ、つまり古いお屋敷や美しい田園風景、
上流階級の暮らしといったイメージを広める一員となったんですね。
そういったイメージは今も生きていますよね。
そのわかりやすい例の一つがドラマダウントンアビーです。
ダウントンアビーは2010年に始まって世界中で大ヒットしました。
それは私たちがもうすでにお屋敷のイギリスを大好きになっていたからですよね。
1980年代に勢いが増した過去を見せて見に来てもらうという流れが今も続いているんですね。
美しさと批判を併せ持つ映画
さて、ここで今日ちょっと話してきたことを振り返ってみます。
1974年、ロンドンの博物館でのカントリーハウスの破壊展。
失われたお屋敷をもって涙を流す人たちがいました。
1977年には大邸宅の美術品が協売にかけられ、国の宝を守れという声が上がります。
1980年代は守られたお屋敷が次々と公開され、観光地になっていきました。
そして1985年、そんなお屋敷や田園の美しさを描いた長目のいい部屋が世界中で愛されます。
それから25年後の2010年、ダウントンアビーが始まり、撮影に使われたハイクレア城には今も世界中から人が訪れています。
涙の展覧会から今日までおよそ50年、イギリスといえばお屋敷というイメージはこうして出来上がっていったんですね。
つまり長目のいい部屋がうっとりするほど美しいのは、イギリスが自分の過去を世界に見せたかった時代に生まれた映画だったからとも言えるんです。
では長目のいい部屋はただ昔のイギリスを綺麗に見せて売るための映画だったのか?
実際1990年代になるとイギリスの研究者たちがこういう映画をヘリテージ映画、ヘリテージというのは遺産という意味なんですが、ヘリテージ映画と呼んで批判をしました。
お屋敷に住むお金持ちの素敵な暮らしばかりを見せて、それをイギリスの昔として売っているだけじゃないかと。
その代表例とされたのが長目のいい部屋だったんですね。
でもこの映画はよく見るとそれだけではないんです。
物語の中ではルーシーを絵のように眺めて満足している婚約者のセシルが笑い物にされています。
原作小説を書いたホースターは、そういう上流や中流階級の人々の世界の気取りを皮肉った作家でもあったんですね。
ところが映画の方はフィレンツェの城下やイギリスのお屋敷をまるで絵のようにうっとりと映している。
この映画は上流の世界を笑いながら同時にその世界に憧れている両方を持った映画なんです。
ここはちょっとややこしいんですが、研究者の論文を読んでみるととても面白い点が見えてきました。
またブログにまとめてみようと思っています。
日本から見る歴史建築と次回予告
今日は映画眺めのいい部屋が作られたその背景にあるイギリスについてご紹介しました。
このような映画への批判は私もこのポッドキャストやブログなどを書くときにいつも心に置いていることなんですね。
ついつい美しいとかきれいと言ってお屋敷の主人たちの暮らしをメインに取り上げてしまわないように。
そこで働いていた人たちの暮らしも両方伝えていきたいなと思っています。
だから現地体験するって大切だなと思っています。
今年の夏も両手で持ち上げるのがやっとっていうぐらいむちゃくちゃ重すぎる掃除のモップをお屋敷で持たせてもらったり、
小さな窓の屋根裏にある主要人たちの寝室に入っていって、ちょっと暑いな、薄暗いなって感じたりもしました。
そしてこの失われかけたカントリーハウスが今では重要な観光地となってイギリスのイメージそのものになっている。
この50年のイギリスの変化を見て、日本でも昔の建物を残すことへの意識がもっともっと高まったらいいのになぁと思いました。
地震や台風の多い日本では、素材的にも建物をそのまま長く残すのは難しいですよね。
でもそれを作る技術は残せるんじゃないのかなぁと思いました。
これからはそんな日本の視点を持ちながら、イギリスのお屋敷や映画を見ていけたらと思っています。
この放送気に入っていただけたら、フォローや高評価で応援していただけるととても励みになります。
また、こんなドラマを取り上げてほしいなどのリクエストもお待ちしています。
さて次回からは、ドラマギルデッドエイジの4回シリーズです。
ギルデッドエイジは11月1日からシーズン4がスタートして、8週間にわたって放送されます。
それに合わせてお届けします。
このドラマは1880年代のニューヨークが舞台で、手がけているのはあのダウントンアビンのジュリアンフェローズです。
物語はダウントンの甲羅がとつぶ前の世界とも言えるんですね。
前のシーズン、シーズン3では、ドラマの中の娘の一人がついにイギリスの公爵と結婚したんです。
ということで、次回はダウントンの甲羅はなぜアメリカ人だったのか、ギルデッドエイジから考えてみたいと思います。
どうぞお楽しみに。
16:10

コメント

スクロール