房総文明ラジオ。
この番組は、「房総半島に新しい文明を作ろう!」を合言葉に、千葉県は房総半島にまつわる様々な情報を発信するポッドキャス番組です。
ナビゲーターは、房総文明ミュージアムよりYossyがお送りいたします。
はい、いよいよ3月になって暖かくなり始めたなぁと思いきやですね、
今日なんかはまた冬に逆戻りみたいな寒い雨が降ってくる日になってしまって、
本当に体調管理気をつけたいなぁと思うところです。 一方で、
ただそうは言っても、里山のですね、至る所でいろんな花が咲き始めていて、
ついに家の近くの庭木にすごい大きな白木蓮の木があるんですけども、そちらの方で白い花が咲き始めたなぁと思って見ています。
この白木蓮という木は本当に青空によく映える木で、
花が上を向いて咲くんですよね。
それがすごい綺麗なんですけども、この木が咲くと本当に春が来たなぁという気がしてくるんですよね。
そんな暖かい春が来ているというのもあるんですけども、一方でニュースを見ていると本当に気が見えるような、
だんだん世相が暗くなっているなぁというのを感じるニュースが多くて、
特に最近僕が一番頭を悩ませるというか心を重たくしているのがやっぱりイラン戦争のイランをアメリカ・イスラエルの連合軍が攻撃しているというニュースになります。
この一連の動きというのは本当に単発の事象ではなくて、
ウクライナとロシアの戦争を契機にして、今至るところで世界中で紛争であったり、
もう本当に国家間の戦争までエスカレートしているという現象が起きているので、
歴史的に見るとこれが本当に何かの始まりというか、
今まだ始まりの段階で、もっともっと深刻な事態になっていくのではないかというような悪い予感がしてしまうんですよね。
ちょうど1世紀前に第一次世界大戦、その第一次世界大戦に連なる形で第二次世界大戦というのが起きて、
人類は2回も世界を巻き込む戦争をして、最終的には日本に隔壁が閉じられるというようなことまで起きてしまったわけですけども、
今世紀に起こった戦争というのは、もしかするとそれ以上のインパクトを残すような物事になってしまう可能性が今あるなと思っています。
それはAIであったりだとか、またロボットですよね。もう本当にそういったものが戦場に今どんどん投入されていってしまっているので、
そういう技術も進化していくんですけども、その技術の進化に対して人間の理性であったり道徳であったり、
そこから発露する方の精神、体制というのが追いついていかないということが今起きているのかもしれません。
本当にこの辺り考えなくてはいけないなと思っているんですけども、考えれば考えるほど極めてということでもあるので、
明るい話題も考えていかなくちゃいけないなと思っていたりします。
第19話 連入王国暴走から日本を代表する企業が生まれた。
第19回目の今回は連入をテーマにして話をしてみたいと思っています。
これにはちょっとした契機がありまして、
ちょっと前に千葉県を代表する飲み物、そしてよく名前が上がるMAXコーヒーという飲み物。
千葉県の方であればもちろん多分多くの方が知っていると思うんですけど、
実はこれ案外千葉県以外の方は知らない飲み物だったりするので、
MAXコーヒーを略して真っ赤って言うんですけども、真っ赤なことを知らない方がいたりするんですよね。
もしちょっと知らないという方は画像検索かなんかで調べてもらえばいいんですけど、
要するにコーヒーミルク飲料とでも言いますか、
自販機でカンカンで売られていることが多いんですけども、飲料になります。
このMAXコーヒーに絡んだ話題を最近面にすることがありまして、
そのMAXコーヒーの面白い歴史を目にして、
興味がそそられてMAXコーヒーのことをいろいろ調べてしまったんですね。
面白いなと思ってですね、
そのことをボソブメラジオでも取り上げようかなと思ったんですけども、
そうした時にですね、MAXコーヒーを飲んだことがある人だったら分かるんですけども、
MAXコーヒーってまず強烈なパンチ力を持った甘さっていうのがですね、
飲んだ瞬間に襲ってくるんですけども、
それはなんでかっていうと練乳っていうのが入っているからなんですね。
カンカンにも練乳入りって書いてあるんですけども、
言葉を選ばず言うと半端なく甘いんですよ。
その半端なく甘さを演出しているのの大部分が練乳っていうのにあると思うんですけども、
この練乳、そうか練乳だと思ってですね、
まずはこの練乳を取り上げてみようと思ったんですね。
っていうのは、昔この練乳に絡んだすごい面白い論文を僕は読みまして、
そのことを覚えてたんで、
MAXコーヒーのことをやる前に練乳のことをやらなきゃダメだなと思いまして、
今回のテーマを選びました。
その論文というのが、農政調査委員会の佐藤昌平さんが書いた論文になります。
楽農乳業史研究という論文雑誌の第15、2015年の1月号に掲載された論文になるんですけども、
論文のタイトルが、練乳製造業、黎明期の企業行動、阿波地域を中心としてというものになります。
今回はですね、この論文をもとに、
暴走半島が生んだ練乳文化と、そこから生まれ育った日本を代表するような2つの企業、
企業と言っても大企業なんですけども、をご紹介したいと思っています。
それでは本編の方に行ってみましょう。
はい、ここからが本編となります。
まずはですね、練乳のことについて簡単に触れておきたいと思っています。
練乳を知らないっていう方は、ちょっとまず練乳は何かっていうのを検索なり、
AIに聞くなりしてですね、ちょっと調べてみていただきたいんですけども、
練乳、食べたことあるよとか飲んだことあるよっていう方は、そのまま聞いていただければいいんですけども、
練乳っていうのはですね、乳牛、父を絞る牛さんから牛乳を取りますよね。
これが精乳と呼ばれるものです。
精乳はいろいろ殺菌処理とかをして、牛乳として、
今スーパーとかでも売られてますけども、そのままごくごく飲む飲み物として流通するっていうのが1つあります。
さらにその牛乳を加工して、いろんなものの用途に使うっていうことがありまして、
例えばヨーグルトとかチーズとかっていう発酵食品とかですよね。
これとはまた別で、保存性を高めるっていうようなジャンルというか、そういうのがあるんですね。
それが主に練乳になります。
なので練乳というのは何も甘ったるいものを作ろうっていうのではなくて、
そもそも精乳っていうのは保存が効かないものになりますので、
この保存性を高めるための保存色的な意味合いが最初は強かったっていうものになります。
砂糖を加えて加熱処理をして、これを焦がさないようにぐるぐるぐるぐるっとずーっと回し続けて、
牛乳をある意味、濃縮していくっていうのが
練乳になるんですね
練乳っていう言い方、練るって書くんですけども
練る、乳って書いて練乳ですけども
そういった理由で練乳という名前がついていて
これが英語で言うとコンデンスミルクっていう名前になってまして
今、日本でもコンデンスミルクっていう言い方をしますよね
英語だとコンデンスって濃縮したとかそういう意味ですけども
そういうのの練乳とコンデンスミルクっていうのは同じものになります
肝心なのはそういった精乳を長期間持たせるために
あとはもう一つ流通のためですよね
流通をうまいこと日本の遠くにも届けられるように
練乳にするっていうことが必要だったということです
時代は明治になるんですけども
この練乳、いくつか源流があるんですけども
練乳の始まりというか産業としての起こりは
実はこれもまた千葉県が深く関わっていたりするっていうのを
これから紹介していきます
明治時代ですね、明治が始まって
日本は食産工業っていう
いろんな全国各地に産業を起こしていこうっていう動きがあったのと
あともう一つ栄養的な意味で
栄養学とかが取り入れられて
日本人の栄養的なものをもっと
ヨーロッパだとか西洋に近づけていこうっていう
そういう動きもありまして
なので日本の食の中で足りない要素として
畜産業、特に江戸時代までは
日本人の多くは牛乳を飲むという文化がありませんでしたから
乳業っていうのを作っていかなくちゃいけないなって思ってた方々がいたんですね
その一人が大久保利道でした
明治維新の盾役者の一人ですよね
この人が結構乳業っていう産業を起こすということに関心を持っていて
いろんな政治家さんたちを巻き込んで
千葉県に志望沢出築所っていう
産業を起こすための施設みたいな
乳業を起こしていくための政府機関っていうのを作ったんですね
そこにお雇い外国人として
イギリス人のリチャードKさんっていう方が来ていて
日本の乳業の発展のために尽くしてくれたっていう歴史が残っています
そのリチャードKさんの元で働いていた
井上健三さんっていう技術者の方が
練乳っていうのを効率的に作る
昔は大きな鍋で練乳をひたすら
誰かがぐるぐるかき混ぜ続けるみたいな大変な作業をやっていたんですけど
これを何とか産業にしていくために
もうちょっと効率的に練乳を作るっていうことができるようにしないといけないということで
お雇い外国人の方々の知恵とか知識を
あと技術ですよね
習得した井上さんが二重窯構造を持った真空窯の練乳を製造する装置を考案して
さらに建造していく
これが実は井上真空窯と呼ばれる製造設備になる
名前としてですね
それが下さ主築上をスタート地点として広まっていくっていう流れがあったようなんですね
この井上真空窯によって生産性が飛躍的に向上して
それを導入した練乳製造の工場っていうのが関東を中心にいろんなところに作られていた
それがさらにしかも特に阿波地域にたくさんできていったっていう背景があります
阿波地域っていうのは千葉県の南房総
今は南房総と呼ばれる地域になってまして
千葉県長い半島になってるんですけど
その先っちょの方ですね
太平洋に突き出た半島の先の方の地域を阿波地域って言うんですけども
この阿波地域でたくさん井上真空窯を使ってさらに改良していったものを入れた工場ができて
そこで練乳を製造してたというまず歴史がありました
ちなみに先ほどから練乳練乳って言ってるんですけども
この当時明治時代の練乳の練っていう字は
今の練っていう練習の練ですね
伊東編の練ではなくて
秘編の練が使われていました
今は常用漢字にないので
これ使われなくなってしまったようなんですけど
昔明治時代の時には秘編
要するに加熱をするっていう
多分加熱をして練成していくっていうのが
意味として込められてたんだと思うんですけど
その練っていう字が使われていたりしました
その伊東編さんの頑張りのおかげで
製造装置っていうのができあがって
練乳を作るっていうところの仕掛けができたわけですけども
これをいろいろ利用して創業していくっていう人が
阿波にたくさん出てくるんですね
そのうちの一人に
根岸慎三郎さんっていう方がいて
阿波地域で阿波練乳所っていうのを設立しました
この阿波練乳所はですね
鴨川市の小塚っていうところが
創業の地として伝えられていまして
まさにこの鴨川市の小塚から先のあたりは
江戸時代にですね
峰岡牧っていう
江戸時代の
全然違うんですよ
明治時代と江戸時代では
実は全然違うんですけども
江戸時代にも実はミルク産業っていうのを
作ろうとしたことがあって
徳川将軍吉宗さんですね
阿波練母将軍吉宗さんの時代に
峰岡牧っていうのが作られまして
そこで牛さんをですね海外から持ってきて
実は日本にですね
ミルク産業を根付かせようとしたっていう
面白い歴史があるんですけど
ちょっとこの峰岡牧は
もう話として面白すぎて
これ一大テーマになるので
また絶対どっかの段階で取り上げようと思っています
とにかく江戸時代に
峰岡牧っていうのがあったところに
今度明治時代になって
西洋式の畜産業
乳牛ですよね乳牛を持ってきて
乳牛を育てて
牛さんの後輩をして
出産を経た牛は
乳を取ることができるので
その生乳を取って
さらにそれを練乳に加工していくっていう文化が
阿波にできあがったと
面白いなと思うんですよね
こうやって復活していくっていうのが
たまらなく面白いなと思っています
阿波練乳所の他にも
いろんなところに近くに
練乳を作るところっていうのが
小さな小場だと思うんですけど
どんどんどんどんできあがっていったというのが
論文の中に書かれています
論文ではたくさん
設立の経緯が書かれているんですけど
ここでは代表例として
阿波練乳所を紹介させてもらいます
この阿波練乳所は
いろんなことがあって
結構波が激しかったみたいなんですけど
ただ
いろんな人が継承していって
阿波地域の
他の練乳所
っていうのを
吸収していって
合併していって
ある意味大きくなっていくんですよね
ある段階で
明治政党
っていうところから出資を受けて
会社を
作り変えます
株式会社を設立します
その株式会社の名前が
暴走練乳株式会社
っていう名前なんですね
ちなみに明治政党っていうのは
明治時代に
佐藤を
作る会社として
すごい
大きな歴史を持った会社で
今の一万円札の
肖像になっている渋沢さんが
作った会社ですね
そこから出資を受けて
暴走練乳株式会社を
設立したいよいよ
練乳を産業として
どんどん
大きくしていく拡大させていく
っていう段階にあったということです
実は
この暴走練乳株式会社
っていうのが後に
名前を変えて明治乳業
になっていきます
明治乳業
僕らの
小さい時は明治乳業で
今は株式会社
明治っていう会社になってるんですけども
明治乳業ですね
わかりやすく言えば
コンビニだとかでも
必ず置いてあるおいしい牛乳
明治おいしい牛乳の
明治です
他にも
ブルガリアヨーグルトだとか
あとは何ですかね
明治トカチスライスチーズだとか
本当に
日本の
生乳も
そうですし
それからミルクの加工品も
含めた
一大トップメーカー
リーダー的な存在の
乳業っていうのが
実はその前身が
この暴走練乳株式会社
だったりします
後々に明治製菓っていう