1. 房総文明ラジオ
  2. 第19話 練乳王国房総から日本..
2026-03-11 43:58

第19話 練乳王国房総から日本を代表する大企業が二つ生まれ育った話

房総文明ラジオは房総半島に新しい文明をつくろうを合言葉に、房総にまつわる様々な情報を発信するポッドキャストです。


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文献


酪農乳業史研究 第10号 2015.1 練乳製造業黎明期の企業行動ー安房地域を中心として 佐藤 奨平


平成25年度 乳の社会文化 学術研究・研究報告書 平成26年9月

https://www.j-milk.jp/report/paper/alliance/berohe000000jgqy.html


論文はこちらからダウンロードできます。


日本練乳製造業の経営史的研究 -安房地域を中心として-

https://m-alliance.j-milk.jp/ronbun/shakaibunka/shakai_study2013-04.html


https://www.j-milk.jp/report/paper/alliance/f13cn00000000xkb-att/shakai_study2013-02.pdf


webサイト


森永ミルクキャラメル


https://www.morinaga.co.jp/caramel/history/topics/topic_04.html


番組内で紹介させて頂いた「たべものラジオ」さんのエピソードはこちらhttps://open.spotify.com/episode/5a78DNjVs2sdBQsQbqzQZO?si=9HXfyr3BSG2Jzs9NnhNmKQ

サマリー

このエピソードでは、房総半島から生まれた練乳文化と、そこから発展した日本を代表する二つの企業、明治と森永の歴史に焦点を当てています。まず、MAXコーヒーの甘さの秘密である練乳の起源と、明治時代に千葉県で始まった練乳製造の産業化について解説します。特に、井上健三氏が考案した真空窯による効率的な製造方法が、房総半島の安房地域での乳業発展の礎となったことが語られます。その後、安房練乳所から発展し、後に明治乳業となる房総練乳株式会社の設立、そして森永製菓が設立した日本練乳株式会社の成り立ちが紹介されます。森永太一郎氏が、森永ミルクキャラメルの原料である練乳やバターの輸入に頼る現状に危機感を抱き、国産化を目指して日本練乳株式会社を設立した経緯が詳述されます。さらに、両社が安房地域で激しい競争を繰り広げた末、トップ会談を経て、明治が房総半島に、森永が静岡県に拠点を移し、共存共栄の道を選んだという興味深いエピソードが語られます。この結果、大正時代には千葉県が練乳生産量で全国一位となり、房総半島が日本の練乳産業の中心地となったことが強調されています。

オープニングとテーマの導入
房総文明ラジオ。
この番組は、「房総半島に新しい文明を作ろう!」を合言葉に、千葉県は房総半島にまつわる様々な情報を発信するポッドキャス番組です。
ナビゲーターは、房総文明ミュージアムよりYossyがお送りいたします。
はい、いよいよ3月になって暖かくなり始めたなぁと思いきやですね、
今日なんかはまた冬に逆戻りみたいな寒い雨が降ってくる日になってしまって、
本当に体調管理気をつけたいなぁと思うところです。 一方で、
ただそうは言っても、里山のですね、至る所でいろんな花が咲き始めていて、
ついに家の近くの庭木にすごい大きな白木蓮の木があるんですけども、そちらの方で白い花が咲き始めたなぁと思って見ています。
この白木蓮という木は本当に青空によく映える木で、
花が上を向いて咲くんですよね。
それがすごい綺麗なんですけども、この木が咲くと本当に春が来たなぁという気がしてくるんですよね。
そんな暖かい春が来ているというのもあるんですけども、一方でニュースを見ていると本当に気が見えるような、
だんだん世相が暗くなっているなぁというのを感じるニュースが多くて、
特に最近僕が一番頭を悩ませるというか心を重たくしているのがやっぱりイラン戦争のイランをアメリカ・イスラエルの連合軍が攻撃しているというニュースになります。
この一連の動きというのは本当に単発の事象ではなくて、
ウクライナとロシアの戦争を契機にして、今至るところで世界中で紛争であったり、
もう本当に国家間の戦争までエスカレートしているという現象が起きているので、
歴史的に見るとこれが本当に何かの始まりというか、
今まだ始まりの段階で、もっともっと深刻な事態になっていくのではないかというような悪い予感がしてしまうんですよね。
ちょうど1世紀前に第一次世界大戦、その第一次世界大戦に連なる形で第二次世界大戦というのが起きて、
人類は2回も世界を巻き込む戦争をして、最終的には日本に隔壁が閉じられるというようなことまで起きてしまったわけですけども、
今世紀に起こった戦争というのは、もしかするとそれ以上のインパクトを残すような物事になってしまう可能性が今あるなと思っています。
それはAIであったりだとか、またロボットですよね。もう本当にそういったものが戦場に今どんどん投入されていってしまっているので、
そういう技術も進化していくんですけども、その技術の進化に対して人間の理性であったり道徳であったり、
そこから発露する方の精神、体制というのが追いついていかないということが今起きているのかもしれません。
本当にこの辺り考えなくてはいけないなと思っているんですけども、考えれば考えるほど極めてということでもあるので、
明るい話題も考えていかなくちゃいけないなと思っていたりします。
第19話 連入王国暴走から日本を代表する企業が生まれた。
第19回目の今回は連入をテーマにして話をしてみたいと思っています。
これにはちょっとした契機がありまして、
ちょっと前に千葉県を代表する飲み物、そしてよく名前が上がるMAXコーヒーという飲み物。
千葉県の方であればもちろん多分多くの方が知っていると思うんですけど、
実はこれ案外千葉県以外の方は知らない飲み物だったりするので、
MAXコーヒーを略して真っ赤って言うんですけども、真っ赤なことを知らない方がいたりするんですよね。
もしちょっと知らないという方は画像検索かなんかで調べてもらえばいいんですけど、
要するにコーヒーミルク飲料とでも言いますか、
自販機でカンカンで売られていることが多いんですけども、飲料になります。
このMAXコーヒーに絡んだ話題を最近面にすることがありまして、
そのMAXコーヒーの面白い歴史を目にして、
興味がそそられてMAXコーヒーのことをいろいろ調べてしまったんですね。
面白いなと思ってですね、
そのことをボソブメラジオでも取り上げようかなと思ったんですけども、
そうした時にですね、MAXコーヒーを飲んだことがある人だったら分かるんですけども、
MAXコーヒーってまず強烈なパンチ力を持った甘さっていうのがですね、
飲んだ瞬間に襲ってくるんですけども、
それはなんでかっていうと練乳っていうのが入っているからなんですね。
カンカンにも練乳入りって書いてあるんですけども、
言葉を選ばず言うと半端なく甘いんですよ。
その半端なく甘さを演出しているのの大部分が練乳っていうのにあると思うんですけども、
この練乳、そうか練乳だと思ってですね、
まずはこの練乳を取り上げてみようと思ったんですね。
っていうのは、昔この練乳に絡んだすごい面白い論文を僕は読みまして、
そのことを覚えてたんで、
MAXコーヒーのことをやる前に練乳のことをやらなきゃダメだなと思いまして、
今回のテーマを選びました。
その論文というのが、農政調査委員会の佐藤昌平さんが書いた論文になります。
楽農乳業史研究という論文雑誌の第15、2015年の1月号に掲載された論文になるんですけども、
論文のタイトルが、練乳製造業、黎明期の企業行動、阿波地域を中心としてというものになります。
今回はですね、この論文をもとに、
暴走半島が生んだ練乳文化と、そこから生まれ育った日本を代表するような2つの企業、
企業と言っても大企業なんですけども、をご紹介したいと思っています。
それでは本編の方に行ってみましょう。
練乳の起源と産業化の始まり
はい、ここからが本編となります。
まずはですね、練乳のことについて簡単に触れておきたいと思っています。
練乳を知らないっていう方は、ちょっとまず練乳は何かっていうのを検索なり、
AIに聞くなりしてですね、ちょっと調べてみていただきたいんですけども、
練乳、食べたことあるよとか飲んだことあるよっていう方は、そのまま聞いていただければいいんですけども、
練乳っていうのはですね、乳牛、父を絞る牛さんから牛乳を取りますよね。
これが精乳と呼ばれるものです。
精乳はいろいろ殺菌処理とかをして、牛乳として、
今スーパーとかでも売られてますけども、そのままごくごく飲む飲み物として流通するっていうのが1つあります。
さらにその牛乳を加工して、いろんなものの用途に使うっていうことがありまして、
例えばヨーグルトとかチーズとかっていう発酵食品とかですよね。
これとはまた別で、保存性を高めるっていうようなジャンルというか、そういうのがあるんですね。
それが主に練乳になります。
なので練乳というのは何も甘ったるいものを作ろうっていうのではなくて、
そもそも精乳っていうのは保存が効かないものになりますので、
この保存性を高めるための保存色的な意味合いが最初は強かったっていうものになります。
砂糖を加えて加熱処理をして、これを焦がさないようにぐるぐるぐるぐるっとずーっと回し続けて、
牛乳をある意味、濃縮していくっていうのが
練乳になるんですね
練乳っていう言い方、練るって書くんですけども
練る、乳って書いて練乳ですけども
そういった理由で練乳という名前がついていて
これが英語で言うとコンデンスミルクっていう名前になってまして
今、日本でもコンデンスミルクっていう言い方をしますよね
英語だとコンデンスって濃縮したとかそういう意味ですけども
そういうのの練乳とコンデンスミルクっていうのは同じものになります
肝心なのはそういった精乳を長期間持たせるために
あとはもう一つ流通のためですよね
流通をうまいこと日本の遠くにも届けられるように
練乳にするっていうことが必要だったということです
時代は明治になるんですけども
この練乳、いくつか源流があるんですけども
練乳の始まりというか産業としての起こりは
実はこれもまた千葉県が深く関わっていたりするっていうのを
これから紹介していきます
明治時代ですね、明治が始まって
日本は食産工業っていう
いろんな全国各地に産業を起こしていこうっていう動きがあったのと
あともう一つ栄養的な意味で
栄養学とかが取り入れられて
日本人の栄養的なものをもっと
ヨーロッパだとか西洋に近づけていこうっていう
そういう動きもありまして
なので日本の食の中で足りない要素として
畜産業、特に江戸時代までは
日本人の多くは牛乳を飲むという文化がありませんでしたから
乳業っていうのを作っていかなくちゃいけないなって思ってた方々がいたんですね
その一人が大久保利道でした
明治維新の盾役者の一人ですよね
この人が結構乳業っていう産業を起こすということに関心を持っていて
いろんな政治家さんたちを巻き込んで
千葉県に志望沢出築所っていう
産業を起こすための施設みたいな
乳業を起こしていくための政府機関っていうのを作ったんですね
そこにお雇い外国人として
イギリス人のリチャードKさんっていう方が来ていて
日本の乳業の発展のために尽くしてくれたっていう歴史が残っています
そのリチャードKさんの元で働いていた
井上健三さんっていう技術者の方が
練乳っていうのを効率的に作る
昔は大きな鍋で練乳をひたすら
誰かがぐるぐるかき混ぜ続けるみたいな大変な作業をやっていたんですけど
これを何とか産業にしていくために
もうちょっと効率的に練乳を作るっていうことができるようにしないといけないということで
お雇い外国人の方々の知恵とか知識を
あと技術ですよね
習得した井上さんが二重窯構造を持った真空窯の練乳を製造する装置を考案して
さらに建造していく
これが実は井上真空窯と呼ばれる製造設備になる
名前としてですね
それが下さ主築上をスタート地点として広まっていくっていう流れがあったようなんですね
この井上真空窯によって生産性が飛躍的に向上して
それを導入した練乳製造の工場っていうのが関東を中心にいろんなところに作られていた
それがさらにしかも特に阿波地域にたくさんできていったっていう背景があります
阿波地域っていうのは千葉県の南房総
今は南房総と呼ばれる地域になってまして
千葉県長い半島になってるんですけど
その先っちょの方ですね
太平洋に突き出た半島の先の方の地域を阿波地域って言うんですけども
この阿波地域でたくさん井上真空窯を使ってさらに改良していったものを入れた工場ができて
そこで練乳を製造してたというまず歴史がありました
ちなみに先ほどから練乳練乳って言ってるんですけども
この当時明治時代の練乳の練っていう字は
今の練っていう練習の練ですね
伊東編の練ではなくて
秘編の練が使われていました
今は常用漢字にないので
これ使われなくなってしまったようなんですけど
昔明治時代の時には秘編
要するに加熱をするっていう
多分加熱をして練成していくっていうのが
意味として込められてたんだと思うんですけど
その練っていう字が使われていたりしました
その伊東編さんの頑張りのおかげで
製造装置っていうのができあがって
練乳を作るっていうところの仕掛けができたわけですけども
これをいろいろ利用して創業していくっていう人が
阿波にたくさん出てくるんですね
そのうちの一人に
根岸慎三郎さんっていう方がいて
阿波地域で阿波練乳所っていうのを設立しました
この阿波練乳所はですね
鴨川市の小塚っていうところが
創業の地として伝えられていまして
まさにこの鴨川市の小塚から先のあたりは
江戸時代にですね
峰岡牧っていう
江戸時代の
全然違うんですよ
明治時代と江戸時代では
実は全然違うんですけども
江戸時代にも実はミルク産業っていうのを
作ろうとしたことがあって
徳川将軍吉宗さんですね
阿波練母将軍吉宗さんの時代に
峰岡牧っていうのが作られまして
そこで牛さんをですね海外から持ってきて
実は日本にですね
ミルク産業を根付かせようとしたっていう
面白い歴史があるんですけど
ちょっとこの峰岡牧は
もう話として面白すぎて
これ一大テーマになるので
また絶対どっかの段階で取り上げようと思っています
とにかく江戸時代に
峰岡牧っていうのがあったところに
今度明治時代になって
西洋式の畜産業
乳牛ですよね乳牛を持ってきて
乳牛を育てて
牛さんの後輩をして
出産を経た牛は
乳を取ることができるので
その生乳を取って
さらにそれを練乳に加工していくっていう文化が
阿波にできあがったと
面白いなと思うんですよね
こうやって復活していくっていうのが
たまらなく面白いなと思っています
阿波練乳所の他にも
いろんなところに近くに
練乳を作るところっていうのが
小さな小場だと思うんですけど
どんどんどんどんできあがっていったというのが
論文の中に書かれています
論文ではたくさん
設立の経緯が書かれているんですけど
ここでは代表例として
阿波練乳所を紹介させてもらいます
この阿波練乳所は
いろんなことがあって
結構波が激しかったみたいなんですけど
ただ
いろんな人が継承していって
阿波地域の
他の練乳所
っていうのを
吸収していって
合併していって
ある意味大きくなっていくんですよね
ある段階で
明治政党
っていうところから出資を受けて
会社を
作り変えます
株式会社を設立します
その株式会社の名前が
暴走練乳株式会社
っていう名前なんですね
ちなみに明治政党っていうのは
明治時代に
佐藤を
作る会社として
すごい
大きな歴史を持った会社で
今の一万円札の
肖像になっている渋沢さんが
作った会社ですね
そこから出資を受けて
暴走練乳株式会社を
設立したいよいよ
練乳を産業として
どんどん
大きくしていく拡大させていく
っていう段階にあったということです
実は
この暴走練乳株式会社
っていうのが後に
名前を変えて明治乳業
になっていきます
明治乳業
僕らの
小さい時は明治乳業で
今は株式会社
明治っていう会社になってるんですけども
明治乳業ですね
わかりやすく言えば
コンビニだとかでも
必ず置いてあるおいしい牛乳
明治おいしい牛乳の
明治です
他にも
ブルガリアヨーグルトだとか
あとは何ですかね
明治トカチスライスチーズだとか
本当に
日本の
生乳も
そうですし
それからミルクの加工品も
含めた
一大トップメーカー
リーダー的な存在の
乳業っていうのが
実はその前身が
この暴走練乳株式会社
だったりします
後々に明治製菓っていう
森永製菓と日本練乳株式会社の設立
チョコレートの明治
とかの明治ですね
明治製菓とくっついて
明治乳業と明治製菓が
統合して株式会社
明治っていう今は
一つのスーパーメガカンパニー
みたいになってるんですけども
その前身にあった明治乳業
っていうのが
明治時代に
作られた暴走練乳株式会社
が元になってるっていう
こういう歴史があるわけですね
今話してて思い出したんで
また付け加えるんですけども
江戸時代のですね
ミネ岡牧の
実はポッドキャスト番組で
別の番組で
取り上げられてて
非常に面白いので
まずそれを聞いてもらえればなと思っています
暴走無名ラジオでもどっかの段階で
話をしようと思うんですが
ミルクの歴史
全体の歴史をですね
世界中のミルクの歴史を
傍観するみたいな
全部紹介していくっていう
すごいシリーズを
流している番組で
食べ物ラジオさん
っていう番組がありますので
食べ物ラジオさんの
ミルクシリーズぜひ聞いてもらえればな
と思っています
このミネ岡牧の話も出てきますし
そもそもなんで人類が
ミルクなんて飲み始めたのかみたいな
そんな壮大な
ストーリーが展開されるので
食べ物の
歴史が好きな人
僕もこの食べ物ラジオさん
多分全部聞いてると思うんですけども
すごい好きなので
ぜひちょっと過去回をですね振り返って
聞いてもらえればなと思います
さて
ちょっとこの
暴走連入株式会社さんを
置いといて
もう一つ紹介したい会社があります
その会社の名前は
日本連入株式会社
です
先ほどが暴走連入
今度紹介するのが日本連入株式会社
になります
この会社どういう会社なのかというと
東京の
玉地駅がある周辺ですね
そこにあった
森永成果の
出資を得て誕生した
会社になります
森永ですね
社長はその当時は
松崎半澤郎さん
っていう方がやっていて
この人が森永成果の
専務取締役支配人をされていて
兼任でですね
日本連入株式会社の社長にも就任した
明治の
ライバルでもあるんですけども
明治と森永ですよね
森永の
ここで出てくるわけです
森永成果
っていうのは最初
成果ってついてる通り
お菓子の製造メーカー
でした
特にこの明治大正ですね
明治から大正にかけての
話になるんですけども
森永の有名にした
商品といえば
森永ミルクキャラメル
になります
もう一度パッケージ見たことあると思うんですけど
黄色い箱に入った
キャラメルですね
森永ミルクキャラメル
牛さんが書いてある箱ですけども
これを作り上げたのが
森永成果なんですね
森永を作った
このミルクキャラメルを作った
創始者の方は
森永太一郎という人で
アメリカで
習得した製法で
1899年に
キャラメルの販売を
開始して
作った当初はそこまで
色々日本人にはまだ
馴染まなかったみたいなんですけども
徐々に人気が出てきて
明治の末
大正の始め頃に
大ヒットを
していくっていう風になっていくんですね
この森永太一郎さんは
もちろん会社を
どんどん盛り立てていくってことも
あったんですけども
もう一つ
やっぱり
この人自身も日本を
盛り立てていくっていう
思考がすごい強かったみたいで
このミルクキャラメルっていうのが
大人気になっていると
でも原材料っていうところにも
注目して
これを
自分たちで作らなくちゃいけない
っていう風に考えて
いたみたいなんですね
それをよく
表した文章っていうのが
実際残っているので森永太一郎さんが
書き記した
家畜奨励論っていうのが
残っていて論文の中で
紹介されているので
これを読んでみたいと思います
ここからは森永の
家畜奨励論の引用
させてもらいます
ちょっと長いんですけども
本当に面白い文章なので
お付き合いいただければと思います
家畜のごとく
キャラメルの売れ行きは
日に月に旺盛となったが
ここにはからずも
当惑すべき問題が発見された
それは
主要原料たる
乳製品すなわちコンデンスミルク
およびバターの
供給をいかにして得る
またこれを得るとしても
よく調整を図り得るやの
問題であった
けだし当時は
コンデンスミルクを
アメリカ国ボーデンシャより
70回の大だるにて
輸入し
またバターはオーストラリア
およびシベリアなどより
輸入供給を受け
過労して製造しつつあったが
これらは
相番国内にて
受給の道を
講ぜなければならない
その理由は
いつ公開上の故障あるいは
不意の難問題が
突発せないとも限らない
すなわち
輸入不可能の場合もあるべく
また
銭運の都合にて
一時間に合わないで
製造中止を余儀なくせられるとも
限らない
なお深く
研究せねばならぬ点は
この使用原料を
いつまでも海外に仰ぐことは
国家としても
不利益になるのみならず
我らとしても国家に対して
申し訳がないのである
もちろん
気候不動の関係にて
日本で産出不可能のものであれば
人力をもっていかんとも
できないが
乳牛のごときは
既に日本で
飼育せられつつあるのである
このように
印しています
森永ミルクキャラメル
大流行して
いたわけですけども
実はその原材料っていうのは
コンデンスミルクは
アメリカ各国放電社から輸入して
さらにバターは
オーストラリアだとかシビリアから輸入してたと
要するに原材料の
大部分を外国に頼り切ってた
っていう話なんですよね
どんどん脱線していくんですけど
ちなみにアメリカ国にある
防電社は
今でもある
ミルクメーカーになっています
牛のボトル
ボトルに牛さんが書いて
防電って書いてあるもの
アメリカの人だったら結構
馴染みがあるみたいですね
日本の人にとっては
レディ防電っていうアイスの
元になった
会社
元になった会社というか
防電さんって人の名前なんですよね
この練乳を
発明した
発明家でもあり
乳産業を盛り立てた
アメリカの
すごい人っていうのが
防電さんになります
そういう防電社だとか
オーストラリアとかから
輸入を受けていたってことですね
この森永さんの
書いてるところが口談で出てきたところだと
思うんですけど
それを輸入に
頼るってことはどうなの
つまり外貨として
出てってしまうわけですから
日本のためにもなってないよね
っていうようなことを森永さんは
言っているわけですね
さらにちょっと続きがあるので
また読んでいきます
続きです
原料の時給を
講ずるため
初めて大正2年
千葉県
東州を視察した
当時我らのごとき
乳牛事業の門外官が
練乳製造に手を染めんとすることは
一面よりすれば
無謀と言わん
過去
誠に今とは
覚醒の勘がある
ちょっとこれ皮肉ですよね
しかれども練乳製造に
着手して時給策を講じなければ
我が社の
発展上に支障をきたす
重要問題であるゆえに
断固としてまず千葉県に
輸入所を置いた
攻略という風な
形になってます
要するには大正2年に
千葉県を視察して
よしここで練乳を
作るぞと決意した
わけですね
それで早速
先ほど言った日本練乳株式会社
っていうのを
設立して
阿波地域で
練乳株を始めていった
というような経緯が
あったわけです
後に
自分の判断を
ちょっと持参気味に
振り返っている文章が
またこれが面白いので
さらにちょっと読んでみます
この時給策を図りしことは
我前
我が社としてもまた
我が国家としても
潜在一偶の副品となった
それは
大正3年7月末
ヨーロッパに
未曾有の大戦乱が
突発したために
練乳やバターの
ようなものは
輸入不可能となり
むしろ東洋の
国々から
日本に注文が
殺到する状態と
変化した
もし我が社が時給策を
講じなかったらば時すでに遅し
森永のためには
あたかも
北斗の北極星
北斗の
キャラメルの製造も
一時あるいは製造中止を
余儀なくさせられた
余儀なくさせられた
ように
なったと
書いてあります
結果的に
ヨーロッパの大戦乱は
第一次世界大戦のことを
そういったことが
発生して
輸入が途絶えた
結果論ですけども
そういう可能性があったことを
自分も認識していたので
いち早くそれを取り入れて
頑張ったことによって
今の森永が
安定して
練乳を作ることもできたし
さらにはそれを諸外国に
輸出することすら
できるようになったんだよ
というふうなことを
自分で文章として書いているわけですね
先見の目があったということも
もちろん言えると思います
そういう創業者の
いろんな
思いだとか努力っていうのが
ここに見えているので
すごい面白いなと思っています
日本練乳株式会社と
暴走練乳株式会社っていうのが
阿波地域を
リードして
もちろん
牛さんを育てて
増やして
乳を出して生乳を取っていく
ということも大事なんですけども
その後の練乳を加工して
いくっていうことも
どんどんどんどん進めていった
ということですね
激しい競争とトップ会談による共存
これだけでも面白い歴史なんですけども
実はこの論文さらにここで
クライマックスを迎えます
暴走地域
阿波ですね
阿波地域で練乳を
作っていた
暴走練乳株式会社と
日本練乳株式会社は
この後ですね
阿波地域の
その練乳加工してたところは
何もそこだけだったわけではなくて
いろんな小さい加工所っていうのが
あったんですね
それを九州合併していく
どんどんどんどん
勢力を広げていくということを
やってたんですね
なので暴走練乳と日本練乳は
阿波の暴走半島で
ものすごい熾烈な競争を
繰り広げました
独占禁止法だとか
まだ全然
未整備の状況ですから
いち早く
なんですかね
人事を取ったほうが勝ちというか
その独占体制を
築いたほうが勝ちになる世界なので
競争はかなり激しかったと
推測されます
そういった状況を
お互いに
問題視してたっていうことが
実はあったみたいなんですね
ここで面白いのが
大正の
ある時期に
この暴走練乳側の
バックにあった
明治政家の
有島健介社長と
日本練乳側の
バックにあった
森永政家の松崎半澤郎社長
っていうのが
トップ会談するっていう
展開になっていくんですね
ここら辺が
面白いなと思うところなんですけど
トップ同士が
話し合ってどうなったか
なんとですね
森永のほうが
引きます
引くっていう証言が
正確かどうかわからないんですけども
一見すると森永が
引いたっていう形になると思うんですが
なんとですね
森永と明治の
話し合いの結果
阿波の地域は
明治が
森永はその当時
産業発展室だった
明治は静岡県の三島
っていうところに
拠点を移します
っていう風になったんですね
お互いに明治さんは
千葉県阿波地域
森永は
静岡県の三島地域で
それぞれ頑張りましょう
っていう風なことになったんですよ
森永はその会談の後
直ちに
千葉県の勝山
岩井義男立山
っていうところにあった工場を
売却してしまって
以降は再び阿波地域に
足を踏み入れなかったという風に
論文の方では書いてあります
一方でもちろん明治の方も
逆に静岡県には一切
介入しないっていう約束を
ずっと守っていった
っていうような形で
これが
できたことによって
下等競争をしなくてよくなったので
体力的には
消耗しないで済むようになったんですよね
なのでお互いに
お互いが産業として
成長していくっていうようなことが
実現しました
実際に森永も明治も
この後どんどん業績伸ばしていくので
ある意味この会談
っていうのが
成功に終わったということが
言えるのかなと思っています
特に
論文の方では森永の
松崎社長のスタンスを
賛美していまして
松崎社長は
その写真の中で
出てくるんですけども
こんなことを言ってたみたいです
日本の乳業は
市会社
市人が私すべきではない
とかの
産業にはない公共的な
性格があるという風に
考えていたそうです
この辺りの
大局間っていうのを
思って
一旦森永が引いて
静岡県に
拠点を移していって
そちらの方で頑張ってやっていく
淡地域は淡地域でやって
お互いに良いライバル関係でやっていきましょう
こういうような
ことになったっていう話なんですよね
それ自体の決断として
泥沼の競争を
演じるよりかはお互いにこういう風に
した方がいいですよねっていう話し合いで
そういうことを決める
っていうことができた
これ自体も結構面白い
ストーリーかなと思っています
結果としてどうなったのか
っていうのを伝えておきますと
大正時代
日本でダントツ1位の
練乳加工生産を
してたのは千葉県
になりました
要するに暴走練乳
ですね
2位はもちろん静岡県
2位と3位で
ちょっと北海道と
競い合ってたところだったみたいなんですけど
2位は静岡県の
森永が
作ってたというような
感じになったということです
製乳ばっかりが注目されて
しまうんですけどこの練乳の歴史
今となっては
なかなかあれですけど昔はですね
冷蔵庫なんかもなかったので
練乳っていうのが
製乳をですね長期保存
していく方法で
取られていて
それが
ある時期は熾烈な
競争だったんですけどその後
こういったトップ階段で
住み分けをしてそれぞれ
ごとに発展させていくっていう
歴史があったと
千葉県は
そういったことも
そうして
日本でダントツ1位の練乳
生産量を誇っていたっていう歴史があった
ということなんですよね
イベント情報とエンディング
こんなことの
歴史を
思い浮かべながら
マックスコーヒーを飲んでもらうと
そうか練乳かって
なってもらえるかなと思っています
ここからは
お知らせやイベントのご案内をさせていただきます
まずはイテツブックスの
ご紹介をさせてください
イテツブックスは廃線の危機にある
泉鉄道ご扶養になった
本を寄贈していただくことで
応援していこうというプロジェクトになっています
皆様からの寄贈本を使って
収益を上げて
泉鉄道の売り上げアップに貢献したり
地域の企業化の応援や
地域イベントの活性化などに
使わせてもらっています
この後ご紹介する地域イベントも
そういったことに
使わせてもらっています
イテツブックスに関する詳細は
概要欄のリンクからか
イテツブックスでご検索をお願いします
続いてイベントの告知です
3月20日
金曜祝日はしゅんぶんの日に
大原文化ストリート
ボリューム6を
開催いたします
この大原文化ストリートについて
ちょっと長めに話したのが
前回
暴走文明ラジオの収録でありますので
もし気になる方は
ぜひ聞いていただきたいんですけども
3月20日に
大原文化ストリートというイベントを
開催します
中では
ストリートピアノ
ですとか
ブックマーケットですとか
美味しい食べ物が集まるマルシェですとか
あとスタンプラリーの
企画 街歩き企画
なんかも開催しますので
もし興味がある方は
ぜひ遊びに来てください
続いて
おすすめ地域イベント
今回は
オクラフェスタ2026
というイベントを紹介させてもらいます
3月15日
日曜日に開催される
イベントです
オクラフェスタは
もともとが
寺田本家さん
という酒蔵で
開催されたイベントになっていまして
今ではもう
香崎町っていうところの
商店街
全体を
使うような
大きなイベントになっているんですけども
すごい面白いイベントで
発酵がテーマになっている
イベントなんですね
特にこの
寺田本家さん 酒蔵の
内外では
その発酵をテーマにした
様々なイベントだとか
出展者が集結する
発酵好きにはたまらないイベントになっています
もちろん寺田本家さんのお酒も
たくさん買ったり
飲んだりすることができます
僕も何回か
オクラフェスタ参加してるんですけど
本当に
素晴らしいイベントですし
最近はちょっとものすごい人が
来るので
目立てのものを最初にチェックして
買っておかないとすぐ無くなっちゃうんですけども
面白いイベントになっています
ぜひ
発酵系のことが
関心があるという方は
オクラフェスタ
ぜひお勧めなので
イベントに参加してみてください
エンディングです
ここまでお聞きいただきましてありがとうございました
放送文明ラジオでは
皆様からのメッセージをお待ちしております
感想やご意見
テーマや
放送に関する耳寄り情報など
何でも結構です
概要欄のフォームよりお送りください
番組でご紹介した情報は
概要欄か
放送文明ミュージアムの
webサイトに
掲載しておきますのでご参照ください
最後に
DJコーナーです
冒頭でも申し上げたんですけども
だんだん暗くなっていくような
世相がありますので
それを吹き飛ばせるような
ロックナンバーを選びたいなと思いまして
今回は
Queenの
Queenというバンドですね
イギリスのロックバンドなんですけども
そちらの方の曲を選んでみました
1曲目は
Keep Yourself Aliveという曲になります
2曲目は
Somebody To Loveという曲ですね
どちらも
ポッドキャストですとかそういった音楽配信で
聴くことができるので
何ですかね
うつうつとした気持ちを吹き飛ばしたいという方は
ぜひ聴いてみてください
ぶっ飛ばせると思いますので
それでは
今回もありがとうございました
またどうぞよろしくお願いします
43:58

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