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AI時代にこそ文学が必要!人生の厚みを作る読書の戦略論
2026-03-16 29:43

AI時代にこそ文学が必要!人生の厚みを作る読書の戦略論

ep.50👬 今回は「読書」がテーマです。
最近、一冊の本を通読する機会が減ってしまった私自身の課題感を元に、これからの時代の読書のあり方について議論しました(長谷川)

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高宮慎一(https://x.com/s1kun

グロービス・キャピタル・パートナーズ(GCP)代表パートナー。
「Forbes日本で最も影響力のあるベンチャー投資家ランキング」2018年1位。
アーサー・D・リトル→GCP。
東大経済学部、ハーバード経営大学院MBA(2年次優秀賞)。
投資実績:IPOはアイスタイル、オークファン、カヤック、ピクスタ、メルカリ、ランサーズ、M&Aはしまうまプリントシステム、ナナピ、クービック等。

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︎長谷川リョー(https://x.com/_ryh

編集者、ライター、ポーカープレイヤー。
言語化 / 文章構成を中心に、経営者や企業、メディアの発信支援に取り組む。
東大情報学環→リクルート→独立→ケニアで3年のポーカー生活を経て現在。
主な編集協力:『ChatGPT vs 未来のない仕事をする人たち』(堀江貴文)、『10年後の仕事図鑑』(堀江貴文、落合陽一)等。

感想

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長谷川リョー
長谷川リョーです。 高宮慎一です。ぼくらの戦略論です。ベンチャーキャピタリストで戦略プロの高宮さんと、中国からポーカーテーブルの輸入が完了し、
高宮慎一
開業間近の長谷川リョーで戦略の話をしていく番組です。 ポーカーテーブルって中国製なんですか?
長谷川リョー
中国製が圧倒的に安いんで、ポーカーテーブルとかチップとか、なんていうんですかね、必要なものは一通り中国からやり取りがあったんですけど、なんか春節とかですごいやり取りが大変でしたね。
高宮慎一
なるほど。中国とは英語でやるんですか? あ、そっか長谷川さん中国語喋れるのか。
長谷川リョー
いや代理店が韓国で、韓国のやつが英語喋れたんで特に問題はなかったんですけど、業者は中国ですね。
高宮慎一
なるほど。
長谷川リョー
で、テーブル組み立てたりチップを掃除したりとか、とにかく今週はずっとそういうことをやってましたね。
高宮慎一
なるほど。いよいよポーカーが仕事になってきた。
長谷川リョー
いよいよ、あとは風営法が取ったらオープン、あとはなんかディーラーの研修とかいろいろやること多いんですけど、今そういう感じで日々過ごしてますね。
はい、というわけで今回、実はなんかやってなかったテーマで、読書論、読書の戦略論みたいな意外とやってなかったなと思いまして。
高宮慎一
なるほど、長谷川さんど真ん中だし、僕も昔から本は大好きだ。
長谷川リョー
そうなんですよ。ただ、なんか僕何ですかね、ピーク学生の頃本当に300冊400冊とか読んでて、そっから徐々に減ってって、とはいえなんか200冊ぐらい、200から150ぐらい読んでたはずれなんですけど、
振り返るとこの、どうですかね、5年とかほとんど、ほとんどっていうのは言い過ぎかな。
年に何冊読んでんだろうな、10冊、20冊、20冊、20、30冊ぐらいしか読んでないかもしれないですね。
高宮慎一
あーでもめっちゃわかる。
長谷川リョー
どうですか、本読んでますか。
高宮慎一
いや、活字を読む量はそんな減ってないと思うんですけど、本を通読するっていう行為がすごく減っちゃったような気がしますね。
僕もね、一番人生で読んでた時期どうだろうな、小学校高学年から中学生ぐらいだったと思うんですけど、週に5から10冊ぐらい読んでた時期がありましたね。
それと海外いらっしゃった時ですか。
高宮慎一
そうそう、イギリスにいた時とかなんですけど、イギリスにいて逆にすごい日本に飢えるんですよ。
長谷川リョー
それめっちゃわかるですね。
高宮慎一
最初は当然漫画とかに飢えて、誰か向こうでジャンプとかめっちゃ高いんですよ。
しかも3日遅れとかで来るのを空輸されてくるから高くなってて、買ったやつを土曜日だけ日本人が集まる補修校みたいな。
補修校っていうとこがあって、そこで回し読みとかめっちゃ楽しみなんですけど、一瞬で終わっちゃうし、なかなか入手できないから漫画ももう全然供給がないんですよ。
そうすると日本に暮れるために何を読むかっていうと、本で元々結構うち親も本読むんで、家に本もいっぱいあって、なんだろうな、最初はベタなんですけど、小学生の頃なんで
03:09
高宮慎一
アルセーヌルパンとかもうちょっと低学年とかだとすっこけ三人組みたいなのをとりあえず全部読むんですよね。
ホームズとかも全部読んで、その後ありがちな戦国物とか三国志とか言って、菊川栄一とか全部読むとか、柴領太郎全部読むとかになるんですよ。
それも読み終わると本当に何も読むもんなくなって、親がその辺に置いてある村上龍とかを限りなく透明に近いくる称号とかで読んだりとか
長谷川リョー
瀬戸内百称、瀬戸内晴海とかも置いてあったの、その辺で読んだりとか。 乱読ですね。
高宮慎一
乱読で、さらにそれもなくなると、土曜日だけ日本人の子どもが日本語で授業を受ける補修校に、海外赴任できたサラリーマンが本を置いてるんですよ。
もうすっげー雑なもう赤川二郎とかみたいな、めっちゃ赤川二郎先生に悪いんですけど、消費系のシリーズものみたいなのとかも置いてあれば、なんか超マニアックな文学みたいなのを置いてあって、
それをなんか1週間に3冊しか借りれないのをなんかいっぱい貸してくださいとか言って10冊ぐらい持って帰って、土曜日補修校終わって田舎の方住んでたんで、
家帰るまでに2、3時間車の中でもう2冊ぐらい読み終わってとか、なんかそんな日本語にとにかく植えていた時代があって、その乱読期が結構ずっとついたんですよね。大学生ぐらいまで。
で結構小説文学とか好きでベタなんですけど、なんか村上春樹、村上隆とかすごい好きで全部読んでて、で晩年社会人になったりするとなんか意外と西かなことが好きで。
高宮慎一
おーいいっすね。 なんでうちの子供が生まれた時、名前の第一候補桜で、桜が覚醒悪かったから葵になってみたいな話も。
長谷川リョー
でも僕、高宮さんと年代は違いますけど完全に一緒ですね。高校生の時アメリカ行った時にすごい田舎でかつその時まだスマホとかもなかったんで、めちゃくちゃ日本語に植えてなんか母親に段ボール2箱分ぐらいブックオフとかでとりあえず適当に詰め込んでもらった村上春樹と村上隆を読むというのをやりましたね。
なんかね、植えますよね。 めちゃくちゃ植えるしめちゃくちゃ頭に入ってくるんですよ、ダイレクトに。 ウェブがないから本読まないと日本語に触れらんないんですよね。 そうなんすよね。あれきっかけで僕逆に高宮さんと逆で文化的資本がない家庭だったので本とかも一冊もなかったんで。
06:02
長谷川リョー
そうですね、そこから読書入ってたのは。大学生がやっぱ時間あったんでめちゃくちゃなんていうんですかね、そういう文学以外にもいろいろ読みましたね。
高宮慎一
じゃあ割とライター始める直前に本にガーッとのびり込んでそこからライターになったってことじゃないですか。
高校1年生ぐらい、単人の先生の影響で本読み始めたのがあって、すぐにアメリカ行って本読みたいなと思ってガーッと送ってもらって読んで、そこで読書の措置はできてて、大学生になってからもめちゃくちゃ本読んでて。
長谷川リョー
ライターは大学2、3年から始めたんで、確かにその時にはもう人よりはたくさん読んでたと思うんで本を読んでましたね。あと書くという行為は結構やってましたね。日記とかドローブとか。
高宮慎一
それ大学生?高校生?
長谷川リョー
高校生の時、それで言うとアメリカに1年間丸々1年帰ったんですけど、その日もう365日分の日記書いてましたね、英語で。
高宮慎一
英語で書いてたんだ。
長谷川リョー
手書きで。
高宮慎一
ブログに日記書いてありましたね。
長谷川リョー
それは大学生の時ですね。
高宮慎一
それまた違うんだ。
長谷川リョー
それがまさしく今回の読書の戦略論に繋がるかもしれないんですけど、僕読んだ本を必ずブログに残してたんですよ。
どういう内容だったとか、何が面白かったとかやってて。
最近というか1年前くらいにニュースピックスのプロピッカーにブック部門でなったんですけど、
お願いされていることとしては本のレビューを書いてほしいというのがあって、僕そのブログがまだ残ってるんで無限にアーカイブがあるんですよ。
それを1日1日掘り起こして投稿して、謝礼をいただいてるっていう感じです。
高宮慎一
アナログなAI自体みたいな。
長谷川リョー
なんですけど、地説だったりとか昔過ぎて表現気になるところとかあるじゃないですか。
それをジェミニで一応フィルター通して投稿し直してます。
高宮慎一
ジェミニでフィルターなんですね。
でもこれ若干なんていうんですか、夜中に書いたラブレター的に振り返るとめっちゃ黒歴史で恥ずかしいみたいなのないですか。
長谷川リョー
そのプロンプトを調整してって最近はもうそのプロジェクト内に通したらもう大体いいなって感じで補正できます。
高宮慎一
でも考えていた本質的な内容とか、青い春要素を抜いてとかやるとつまらないただの書評みたいになっちゃう。
長谷川リョー
確かにそこはそうですね。
高宮慎一
でも長谷川さんらしい青春要素が残ってるのが実は読者からすると面白くてみたいな。
確かにそれは言われてみたら面白い。
でも本人はめっちゃ恥ずいてる。
長谷川リョー
そうなんですよね。だからそこはまああれですけど。
高宮慎一
真正面から俺は何のために生きていくのかとか書いちゃったりしないですか。
書いてるやつとかも散見されるんですけど。
長谷川リョー
でもなんかそのライターに皆さんがなるわけではないと思いますけど、僕の場合はそこでアウトプット前提でインプットしたんで、
いざライターとかやる時にすげー便利でしたね。便利というか。
09:00
高宮慎一
なるほど。
長谷川リョー
はい、知識等、ライティング等と。
高宮慎一
どうなんだろうな。
まあ僕も、でもこの人生マックス乱読期みたいな称号からなんですけど、その前から結構本は読む癖があって、
親に結構小さい頃から読み聞かせから始まり、なんか図書館から借りてこいとか、
なんかすごい横浜の田舎の方なんで近所に豆の木文庫っていうなんか有料図書館みたいながあって、
いい本がいっぱい置いてあるから借りてきて読みなさいみたいな感じで強制的に読まされて、
なんで割と夏休みの宿題とかで読書感想文みたいなのが出ると、それこそネタがすでにあってただ書くだけみたいなので、
一定アウトプットはしてましたね。その毎日とか全部とかはやってなかったですけど、
で、なんかぐるっと回って大人になってみた時に、インプット側の読書が効いてるのか、アウトプットした側が効いてるのか、
なんか結構記事書くとか取材受けるみたいな時に、すごいなんか自分では全く意識してなかったんですけど、
言語がうまいですねとか、それこそね昔やったクリスタライズ会のクリスタライズみたいな話が人より得意なんだなとか、
なんかそういうのはどっちで培われたんだろうな、インプット側なのかアウトプット側なのか、
自分的に言うとインプット側のなんか蓄積のような気もしないでもないけど、
クリスタライズして煮詰めるためには煮詰める原液がないことにはどうにもならんっていう感覚は。
長谷川リョー
まあ一定不可分なんでしょうねそこ。今ってどうなんすかね、結局なんか人間でその自分が生まれ育ったのがプリンセットというか、
今の子供って別に本を読む必要あんのかなっていうところだったり、動画流星だったり、
メディア論的に考えるとどうなんすかね、今の子供たちの読書、テキスト読む力、テキストの読み書きは大事なんだろうけど、
どうなんすかね、本今読んで、確かに通読みたいなことをしなくていい気はしつつ、本ってどうなんだろう。
高宮慎一
どうなんだろうな、僕結構必要か必要じゃないかって言い切るのは微妙なんですけど、
役に立ったら立たないか、強みになったらならないかみたいな話を言うと、めちゃめちゃ本読んだのって強みになってるような気がしていて、
本を読む行為って、本を読んでいる自分と読みながら考えている自分がいて、追体験しながら客観視するみたいな、両方走るじゃないですか、
そうすることによって、めちゃしょうもない話を言うと読解問題的に、
なんか主人公は何を考えたかとか、作者はどう考えているかみたいなのが読みやすくなる。
12:04
高宮慎一
それをリアルライフに応用した時って、コミュニケーションをとる時に、相手の立場だとこういうプロフェッショナルな立場だから、
こういうことがインセンティブで、こういうことが望ましいよな、相手は。一方で自分もこういう立場で違うから、立場の違いでコンフリクトはあるんだけど、
こういう部分でゴールは共通化できるよな、みたいなところ。
相手の立場を読みつつ、一歩俯瞰して、相手と自分の全体最適を取りにいくみたいなところが、すごいやりやすくなったような気はしてて、
そういう意味で言うと、コミュ力も気づいてみると結構高めで得意、コミュ力、人間関係作り力が結構強みになっている気がするんですけど、それは結構読書で培われたような気がしますね。
なんかそれってやっぱり、いわゆる受動的なメディアの動画系のメディアとかと比べて読書がやっぱり、追体験モード&客観視モードが両方でパラレル走るからだと思うんですよ。
映像系って、ただ受動的に見て追体験モードだけ、何なら下手すると消費モードで追体験すら薄いみたいな感じになったりすると、あんまり残らないで消費するっていう感覚は結構ありますけど、
ただその感覚そのものがオールドタイプなだけで、ニュータイプはそれで追体験&客観視できてたかもしれないけど、そもそもニュータイプ、オールドタイプ、ガンダムはファーストだみたいなことを言ってる時点で古いかもしれないですけど。
長谷川リョー
確かにその感覚がめっちゃあるですね。
高宮慎一
そもそも多分ガンダム話誰もわかんないし、長谷川さんも突っ込んでくれないんですけど。
長谷川リョー
ガンダムわかんないですね。全く通ってないですね。
高宮慎一
若干流されると辛いやつで。
長谷川リョー
でもそうだよな。なんか僕も最近珍しくインザメガチャーチっていう浅井涼さんのすごい分厚い本読んだんですけど。
高宮慎一
四活のメンタリティーがめっちゃわかるやつね。
長谷川リョー
ガンダムのやつなんですけど、まさに今の話で小説とか文学の方が人間心理というか他者の視点とか葛藤とか深く描かれてるから、
他者視点みたいなものに立脚できるっていう意味で言うと、逆に小説以外であそこまで深く他者視点を手に入れられるものって映像とかだとないなっていう体験としてまた新鮮な感じあったっすよね。
高宮慎一
そうなんですよね。なんか本の方が他者視点というか詩小説感があるから、なんか映像ってどこかカメラが絶対いて客観視しちゃっていて、カメラ目線が客観視のようでいてカメラの目線になっていて、その目線をなんか押し付けられる感じはあるじゃないですか。
15:12
高宮慎一
自分がその第三者として客観視しながら自分なりにその状況とか捉えてる人の心情を分析するとかじゃなくて、だからなんかすごく映像の方が思考停止しやすいんじゃないかなみたいな。
まあこれも本当バイアスかかってるかもしれないけど。なんかでもなんかこの間まさに雑談っぽく議論してた、ポッドキャストって音声だけで映像が見えなくて想像力が働くからこそメディアとして人をインゲージしやすいんだみたいな話があったじゃないですか。
それに通ずるものがあるような気がしますけどね。なんか漫画とかもそうだと思うんですけど、受動的に軽く読めるのは漫画なんだけど、深く染み入って推体権&客観視両方できるのは漫画よりも本、漫画、映像みたいな順番に並んでるような気がしますけどね。
長谷川リョー
ただなんか本は本で文学とかが逆に強くなってる一方、いわゆるビジネス書とか僕が仕事にしてたようなフィールドって本である必要がないよなぁと思いながら今すごい。
高宮慎一
ないっすね。なんかビジネス書実用書ってまさにそうで、なんか僕のその読書体験を振り返ると昔はその文学とかすごい読んでて、それでなんかすごい前、僕先でも話したかもしれない、なんか穴を深く掘ろうとすると広く掘らないと深く掘れないんだみたいな、その広さレビュラルアーツみたいなのが
人間としての幅みたいなのが培われた気がする一方、すごいなんかビジネス書実用書ってタクティカル、戦術的なハックに近いものが多いじゃないですか。
高宮慎一
なんで一回サーッと読んでなるほどと思っておしまいで、なんかそれはそれでなんか一つの知識ツールとして染み込むんだけど、あんまり知恵とかにつながらない。なんか文学で人の心情とかを継いだ意見すぎもって、それそのものって短期的になんの役も立たないんですけど、積み重ねていくとなんかそれが結晶化されていくと知恵につながるような気がする。
長谷川リョー
カナマゾフの兄弟とか遠藤修作の沈黙とかから得る魂の奮いみたいなものってビジネス書では絶対いないんで。
高宮慎一
そう、僕昔それ小学生の頃ヘルマンヘステとか暗いやつすごい好きだったんですけどね。車輪の下とかね。車輪の下以外もなんかね、ほぼ全部読んだんですけど、みんなもっとあのトーンで打つなんですよ。
18:01
長谷川リョー
太宰治とはまた違うあれなんですね。
高宮慎一
あと安倍広報のちょっと行っちゃってる世界とかね。
長谷川リョー
そういう意味で言うと10代とか20代前半の時とかで文学読んでる時はなんていうんですかね、なんか紅葉を得られないというか趣味の時間というかって終わり来た時、逆にあれがじわじわ地味になって自分の自由競争になってる気はすごいしますね。
高宮慎一
そうそうその感覚めっちゃありますよね。
長谷川リョー
なんかショートカット的にサプリメント的なビジネス書だけ読んでてもなんか実は何も積み上がってないとかあるですよね。
でいうとせっかく読書会なんで実際どうやって本読んでますかみたいな目次から読むとかいろんな幅つあるじゃないですか。
なんかメモつけるとか同時に何冊読むとか、なんかそういう具体の読み方の高宮さん流のなんか読み方とかあるんですか。
高宮慎一
でもそれこそ楽しみのために文学読むみたいなシーンと思う。調べたく最初から読んであんまりネタバレすると嫌だから前書き後書きとか帯とかすらあんまり読めたくない。
自分でなんかたおやかに技能法的にちゃんとついたり消したりって感じですね文学。
一方で実用書みたいな話で言うと必要なとこだけつまみ読みしちゃうかな。結構実用書って最初の章とか始めにみたいなとこで用紙書いてあって、
あとは結構そのフレームワークにのっとってリピートアフタミンみたいな感じでより詳細に入っていくだけなんで、
なんかその辺はすげーガーって飛ばし読みしたりとかつまみ読みとかしてる感じになっちゃうんで通読する方が少なくなっちゃって。
でもその読み方だとウェブ記事と一緒じゃないですか。
長谷川リョー
いやそうなんですよねまさしく。なんか本って体系的に知識を得るはずなのにつまみ食いすると何なんだっけみたいな。
だったらウェブでよくないかみたいなのあるですよね。
例えばなんかVCの方ってなんかどんどんどんどん新しいトピックとかテーマが出てきて、
例えば行事理企画について何も知らなくてお祭りをキャッチアップしようと思ったらどういう手順で、
本じゃなくてもいいんですけどどういう手順で一通りの知識をこしらえるんですか。
バーっと入門書みたいな顔ですか。
高宮慎一
まず一周目めっちゃ浅いところでよくまとまってる領基地を探しますね。
ただあまりにも最先端すぎると高速道路どころか道路も引かれてなくて領基地がないみたいなパターンもあるんですけどね。
行って誰かが通った道だと獣道ができて舗装道路ができて高速道路ができるじゃないですか。
誰かが行ったところまでなるべくショートカットして早く行こうと思うとウェブなんですよね。
21:04
高宮慎一
でウェブを読む中でいいこと、いいまとめ、納得感があるまとめみたいな人とかがいたらその人の著書を調べるというかそういう感じでやってて、
とりあえずこれコンサルで教わることでコンサルの基礎運動されるかもしれないですけど、
一旦世の中で言われているその業界の一般常識みたいなところはすぐキャッチアップしようみたいな感じで、
まあ良さそうな本まとめて10冊ぐらい買って本当にいい本見つけたら全部読むんだけど、
あとはつまみ読みをしてなんとなくその業界を知った気になると。
コンサルとかだと自分が知らない業界とかでもプロジェクトが始まってアサインされたら最初の1週間ぐらいで少なくともその業界の人にヒアリングをできるぐらいの、
なんかどこは聞いてokでどこは聞いちゃうと恥ずかしいのかとか、
その業界の専門用語、プロトコルみたいなの身につけるみたいなところまではなる早で行けみたいな感じなんで、
そのやり方は基本動作としてのやり方はコンサルで学んだとか、
それもなんか結構ハックに近いんですよね、基本動作とはいえハックをするための動作、
感じでそんな蓄積系でもないような感じです。
長谷川リョー
なんか生成AIができてからライターとしての知識経験があるから生成AIをうまくライティングに使うとか、
そもそもエンジニアだからエンジニアリングにめっちゃAI使うとかあるじゃないですか、
っていう意味でコンサルの人もそういう基本動作とか原理原則とか知識があるからこそ生成AIをうまく使えるとかも当然あるんですよね。
高宮慎一
いやまぁあるような気がしますね、なんかAIの世界って何て言うんですかね、多層的複層的に抽象化していくじゃないですか、
最初ってこの作業を自動でやってくださいって言って作業を自動化エージェント作るじゃないですか、
今度はそうするとその自動化した作業をより良い分析にするためのエージェントを作って、
今度はその良い分析から資産を出すためのエージェントを作ってみたいになってて、
エージェントを管理するエージェントを管理するエージェントを作ってみたいになってて、
最後だけ人が関わるみたいな感じになって、なんかすごいどんどんどんどん具体の作業からどんどん抽象化した活動になっていって、
その最後にだけ人が関わるみたいな感じになっていくじゃないですか、
なんか最後の最後の人が関わる部分もいずれ意思決定みたいな話もエージェントにも変えられちゃうのかもしれないんですけれども、
なんか同じようなプロセスは人の中でも行われていたような気はしますけどね。
長谷川リョー
確かに読書にまた戻すと、ディープリサーチとか仕掛けてるときってある意味AIに読書させてるようなもんというか、
24:05
長谷川リョー
読んどいてねって言ってそのまとめだけ人間が読むじゃないですか、
っていう意味で言うと以前までの読書体験でももはや文学でしか成り立たないのかなって思いましたね、
ストーリーを丸ごと体験するみたいなことって。
高宮慎一
そう、答えがってハックがあるって、なんかハックとしてやろうとすると効率化の方にしかいかなくて、
娯楽として追体験しようとすると文学の方になっていくっていうような感じはありますよね。
だけどなんか抽象の抽象の抽象の一番抽象のとこだけにて、
具体の追体験みたいなところを全部AIにやらせておくと、
閉めないじゃないですか、何だろうな、算数の問題を解いて解法だけ読んで理解した気になっても、
自分で実際手を動かさないとちょっとした応用も解けなくなっちゃうみたいな話あるじゃないですか、
抽象化しすぎたところだけで活動しちゃうと、
エージェントを管理するエージェントを管理するための人としての機能も弱っていくんじゃないかみたいな。
長谷川リョー
まあそういう意味で言うと本も変わってきそうだよね。
なんか例えば嫌われる駅とかってお読みになられたかわかんないんですけど、
基本的にストーリーテリングの構成になってて、鉄人と青年の対話形式で本で一冊のストーリーがあって、
それによってアドラー心理学を学ぶって構造なんですけど、
なんかチャッピーがアドラー心理学とはこうですって言ってもまさに染みてこないというか、
そういう意味で言うとストーリーとかやっぱ今の時代また盛り返してるのはその辺が。
高宮慎一
アドラー心理学が文学になっている方が痺れるかもしれないですよね。
長谷川リョー
文学みたいな切り口が今後来るかもしれないなってちょっと思ったりしてますね。
高宮慎一
物語思考コンテキスト重視みたいなそういう話です。
長谷川リョー
そういう話です。
そろそろ時間なんでちょっとまとめていくと、
一口に読書って言ってもその内実はいろいろあるわけで、
僕と高宮さんの高校時代というか学生時代の共通体験もあった中で、
今振り返るとやっぱ文学っていうものが趣味と捉えられがちなんですけど、
実はなんか人生という単位で見るとじわじわ思考とか教養とか視野みたいな視点で言うと、
なんか栄養になってるのかなって今振り返ると思う。
一方、実用書とかビジネス書があれですね、
ウェブとか生成AIによって無価値化してきてるって感じのまとめになるんですかね。
高宮慎一
なんか本の話ってすごい情報知識インサイトみたいな知の結晶化のプロセスそのものじゃないですか。
それってAIと人の役割分担みたいな話とすごいアナロジーとしては一緒なんで、
AI時代に人は何をするのかみたいな話とすごい似てきてるような気がするんですよね。
27:01
高宮慎一
さっきも言った、エージェントを管理するエージェントの最後に人がいて、
人は意思決定だけをするみたいな話だとすると、
よく言われているAI時代、人は意思決定をするだけで意思決定をするために目線得意のYが人にあって、
そのYに基づいて人が決めていく客観的な状況の分析だけだったら別にAIでもできるし、
AIが出す答えって誰にとっても同じ答えになってしまうので、
そこにオリジナリティになる意思決定をするとなると、
人としてのYコンテキストが必要になってくるってそういう話だと思うんですけど、
そこって多分人としてのコンテキストをためていくとかっていう話が読書によって追体験で、
そこのアンストラクチャーな非構造化データをためていくみたいなそういう話なんじゃないかなと。
実用書みたいな話の、何か構造化されたデータのハックをためていくみたいな話って、
もう完全にAIがやれて、さっきの誰にとっても同じ答えをAIが出してくる世界なんで、
自分ならではのYに基づいて答えを出すみたいな作業って文学的な話側からくる。
自分の人生は1回切り時間って24時間で、そこに対して厚みを持たせようとする、
パラレルワールド的に追体験しようとすると、やっぱり文学の方の読書みたいなのが聞くような気がします。
というオールドタイプ、活字ネイティブ側のポジションなのかな。
逆にAIネイティブの人たちとかのポジション聞いてみたいような気もした、今日の読書会でした。
長谷川リョー
確かに文学とか読んでると、他社のYにも思いを馳せられるような視点がつく気がしますね。
高宮慎一
Yの厚みが出るっていうか、どのYを今回は紡ぐんだみたいな話になってくると思うんですよね。
長谷川リョー
はい、というわけで今回はここまでとしたいと思います。
皆さまお聞きのアプリでのフォローと高評価、企業の戦略論のご要約を説明欄にあるリンクからぜひお願いいたします。
高宮慎一
そうですね、ぜひAIネイティブ、デジタルネイティブの方々、自分はどういうポジションを取っているのか、
知恵に対するアプローチ、どう考えているのか、コメント等でお聞かせいただけると面白いなと思います。
ありがとうございます。
29:43

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