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こんばんは、ひとりごとの時間です。今夜は伝書鳩について話そうと思います。 僕は子供の頃から、動物の中でも鳥が一番の苦手です。
近くで羽ばたかれるだけでも、少し身構えてしまいます。 大人になった今でも正直かなり苦手なままです。
もしかすると、前世で鳥の餌にでもなっていたのかもしれません。 もし、ヘビを首に巻くか、
鶏を膝に抱えるか、どちらかを選べと言われたら、 ためらうことなく、僕はヘビを首に巻くと思います。
先日、お土産に鎌倉の鳩サブレをいただいたんですよ。 もちろんこれはお菓子なので、何の問題もないんですけど、
食べながらのぼんやりと鳩のことを考えていました。 今の時代は、情報の時代とも呼ばれています。
遠くの相手にも、電話やインターネットですぐに知らせを届けられるようになりました。 けれど、そんなものが存在しなかった時代、
人々は空に鳩を飛ばしていました。 三国志なんかの歴史ドラマでは、鳩を放つ場面をよく見かけますし、
古くあの古代エジプトやローマの物語なんかにも、同じような光景が残っています。 遠い昔、まだ海や山で世界が隔てられ、
人々があの互いの国のことさえほとんど知らなかった頃から、 なぜか世界中で鳩が手紙を運んでいたんです。
まるであの誰かがその方法を世界中に教えてまわったかのようにも思えるんですが、 実際はそうではなかったようです。
それぞれの土地で、人間と鳩の不思議な繋がりの中から自然と生まれていったものなんだそうです。
昔の人たちは、タカヤカラス、ツバメなど様々な鳥をよく観察していました。 その中でなぜ鳩だけが特別なメッセンジャーになれたのか。
理由は、鳩が持つ強いホームシックと見た目以上のタフさでした。 鳩はどれだけ遠くへ連れて行かれても、どんなに景色が変わっても、
必ず我が家へ帰ろうとするんだそうです。 渡り鳥のように季節で移動するのではなく、ただ家に帰りたいという気持ちをとても強く持っている鳥なんです。
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手紙を運んでいるという自覚は1ミリもなく、ただ安心できる自分の家へ帰りたい。 その一心だけで鳩たちは空を飛んでいるんだと言われています。
しかも鳩は見た目以上に筋肉質です。 時速70キロほどという自動車並みの速さで、何百キロも飛び続ける体力があるんだそうです。
その力を支えているのが、あのぶっくりとした鳩胸なんです。 あれはただ膨らんでいるわけではなく、大きな筋肉の塊で、
小さな体に強力なエンジンを積んでいるような鳥なんだそうです。 しかもその筋肉は長距離を飛び続けてもへばりにくい、
長距離ランナーのような性質を持っていました。 おまけに頭も良く、鷹やハヤブサのような天敵から逃げるのも上手だったんだそうです。
さらにあの野生のイワバトは、人の建物の近くに巣を作る習性があって、 穀物を食べるため、飼育もしやすかったそうです。
人間にとってとても身近で扱いやすい存在だったんだと思います。 この鳥をカゴに入れて旅に出れば、
遠くからいえ連絡を送れるのではないか。 人々がそう気づいたところから、デンショバトというものが生まれていきました。
世界の言い聞きがほとんどなかった時代に、なぜ各地で同じようにデンショバトが使われていたのか。 その理由もとても単純です。
人が暮らす場所には、すでに野生の鳩がいて、 どの土地でも少しでも早く知らせを届けたいという人々の願いがあったからでした。
人はあの離れた場所で暮らしていても、似たような悩みに向き合い、 身近な生き物を見つめる中で、同じ答えにたどり着いていったのかもしれません。
早い時代から鳩を活用していたのは、タイガのほとりで栄えた文明でした。 船乗りたちがあの海から陸へ、もうすぐ帰ると知らせるために飛ばしたとも言われています。
やがて王様たちは、広い国をまとめるための情報網として、 鳩を取り入れていきます。
古代ギリシャのオリンピックでは、 故郷の選手の勝利を少しでも早く知らせるためにも使われていたんだそうです。
時代が進み、世界の繋がりが強くなるほど、鳩の役割も大きくなっていきました。 特にあの戦と競争の世界では、情報の速さが大きな力になります。
ナポレオンのワーテルローの戦いでは、 イギリスの金融家が国よりも早く鳩で勝利を知り、大きな利益を得たという噂話も残っていたりします。
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一羽の鳩が経済の流れを動かしたとも言われているんです。 19世紀になると新聞社も鳩を活用するようになります。
まだ電話線がつながっていない場所から原稿や写真を運ぶために、 今でいう総務課や広報課みたいに、鳩課なんて部署まであったそうなんです。
鳩たちは本社の屋上を目指して空を飛んでいたんだそうです。 ただあのここで一つ不思議なことがあります。
中国やヨーロッパの歴史作品では、 伝書鳩がたくさん登場するのに、日本の戦国時代を描いた作品ではあまり見かけることがありません。
印象に残るのは信長や家康が腕に鷹を乗せている姿ばかりです。 実は日本では伝書鳩はそこまで広く使われていなかったんだそうです。
もちろんあの日本にも昔から鳩はいましたし、 鶴岡八幡宮では神様の使いとして大切にされ、
武田信玄の旗印にも描かれるなど、戦に縁起のいい鳥として親しまれてきました。 ただあの実際の伝達役としてはあまり向かなかったようです。
日本は山や森が多く、鷹やハヤブサのような天敵も多かったため、鳩にとってかなり厳しい環境だったそうです。
さらにあの日本の戦場というのは大陸ほど広くなく、 道もある程度限られていたので、
鍛えた早馬で手紙を届ける方が確実だったと言われています。 では戦国武将たちが連れていたあの鷹は何だったのかというと、
あれは鷹狩りという戦の訓練の一面があったんだそうです。 山や野原を駆け回ることで地形を覚え、鷹を操る中で舞台の動かし方を学んでいたとも言われているんです。
そんな日本の波と事情が大きく変わるのが明治時代でした。 日本があの近代国家として生まれ変わると、戦いの範囲が海の向こうまで広がり、
人や馬だけでは情報伝達が追いつかなくなっていきます。 電話の仕組みも広まり始めていたんですが、電線が切れてしまえば使えません。
そこであの日本軍は軍級と呼ばれる鳩たちを本格的に取り入れていきました。 通信が途絶えた時の最後の命綱だったようです。
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山が多い日本では難しいとされていたのに、なぜ使えるようになったのか。 それはあの明治政府がヨーロッパからレースバトと呼ばれる優秀な品種を導入したからでした。
まるで競馬のサラブレッドのように、長い年月をかけて飛ぶ力を磨かれてきたエリート中のエリートです。
日本軍はその鳩たちを集団で飛ばしたり、若いうちから険しい山を越える訓練まで行いました。
環境そのものが変わったというより、どうしても情報を届けなければならない。
そういった必要の大きさが人と鳩をそこまで動かしたのかもしれません。 それではここで良い曲、家路。
みんなどこかへ帰っていく
それぞれの足音を鳴らして
嬉しい日も少し寂しい日も
ただ今の中に溶けてゆく
お帰りが待つ場所へ
夜がそっとカーテンを引けば
今日というお話が終わる
眠ってリセットした心で
明日のドアをまた開くよ
みんなどこかへ帰っていく
それぞれの足音を鳴らして
嬉しい日も少し寂しい日も
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ただ今の中に溶けてゆく
お帰りが待つ場所へ
ぽつりと灯る家の光
ただ今また明日
そんなレース鳩の血統は今も残っているんだそうです。 フィジョンスポーツと呼ばれる鳩のレースが世界中で行われ、レース鳩たちは今も空を飛び続けています。
けれどあのどんなに優秀な鳩でも通すぎたり、鷹に襲われたりして、家へ帰れなくなることがあるんだそうです。
そうした鳩たちは公園や駅前に降り立ち、そこにいるあの野生の鳩たちに混ざって暮らしていくんだそうです。
街で見かけるあの鳩の中には、もともとはレース鳩だった子孫も混ざっているんだと言われています。
英才教育を受け、栄養のある餌で育った空のサラブレッドなので、体が少し大きかったり、羽の色艶が妙に良かったりして、どこか目立つことがあります。
野生の鳩たちからも、なんかすごい奴来たなと思われているのか、そのままの公園のボスのような存在になったり、野生の鳩と都会になって、新しい暮らしを始めたりもするんだそうです。
もし、あの街や公園で足に輪っかをつけた鳩を見かけたら、「ああ、この子はいろんな修羅場をくぐって、今はここでのんびり暮らしているんだな。」と、少しあの見方が変わる気がします。
最後に、あの電車的には少し切ない決まり事があります。 あとは、あの自分の家へ帰ることしかできません。
どこかへの手紙を届け、その返事を持ってまた戻ってくる、そういったことはできないんです。 ただ、一方向に帰りたい場所を目指して飛び続ける。
その不器用なくらいにまっすぐなホームシックが、昔の人たちの暮らしや情報を支えていたんです。
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今では、その役目を電波が引き継ぎましたが、世界の空を飛び回った鳩たちの帰りたいという気持ちは、確かに人と人とを繋いでいったんだと思います。
今夜は、あの電車鳩について話しました。 それではまた次回。