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推しのこと
2026-09-06 09:12

推しのこと

「推しがいる」と言うのが、すっかり当たり前になった今日この頃。好きな人やものを応援しているだけのつもりが、よく考えてみると、そこには「それを好きな自分」の姿もちらりと見えてくる。では、贔屓にしている、という昔ながらの言葉はどうなのか。身近な「好き」を眺めているうちに、人間のちょっと可笑しくて、憎めないところが見えてきます。

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こんばんは、ひとりごとの時間です。
今夜は、推しについて話そうと思います。
推しという言葉が定着して、もう随分になります。
今では、推し面、推し勝つ、推し辺なんて言葉まで、当たり前のように使われています。
振り返ってみると、この言葉をよく耳にするようになったのは、
アイドル文化が盛り上がってきた頃だったように思います。
ハロプロやAKBのようなグループが人気を集め、
テレビや雑誌だけでなく、日常の会話の中にも、
推しという言葉が入り込んできました。
好きな人や作品がある、
そういうところから、推しという言葉は始まります。
好きなものがあると、それを誰かに話したくなる、応援したくなる。
同じものが好きな人を見つけると、ちょっと嬉しくもなる。
グッズを買ったり、イベントに足を運んだり、
SNSで紹介したり、投票したりもする。
好きなものに自分から手を伸ばしていく。
そしてその結果として、推しが有名になったり、
買ったり、成功したりすると、自分のことのように嬉しく感じる。
そう考えてみると、誰かを応援したいという気持ちの奥には、
どうやら自分もその成功に関わりたいという気持ちが隠れているようなのです。
そしてそこをさらに掘っていくと、
承認欲求や認知欲求という言葉が顔を出してきます。
推しとして存在を身近に感じたい。
推しと自分との繋がりを感じたい。
あるいは、同じものを好きな人たちと好きな気持ちを共有したい。
そう考えてみると、似たようなことはアイドルの世界だけにあるわけではありません。
夜の繁華街で誰かを応援する人もいれば、
地方のプロスポーツチームを立ち上げの頃から支える人もいます。
選挙の時、特定の候補のために汗を流す人もいます。
一見すると随分違う世界の話に見えます。
けれど、やっていることを少し離れて眺めてみると、案外よく似ています。
まだ何者でもない人、今より上を目指そうとする人、
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あるいは勝たなければならない人に、
自分のお金や時間や労力を注ぎ込みます。
そしてその人が有名になったり、勝ったり、成功したりした時、
自分もその一部だったと感じます。
人であれ、作品であれ、物であれ、場所であれ、
そこにある違いは看板くらいなのかもしれません。
そうやって誰かの物語に入り込み、
その人の成功を自分のことのように嬉しく感じる、
推しを応援していると思っていたら、
いつの間にか自分自身もその物語の中にいる。
もしかすると推し勝つというのは、
誰かを応援するための活動であると同時に、
誰かの力に慣れている自分を確認するための活動でもあるのかもしれません。
そう考えるとその根っこにあるのは、
承認欲求や認知欲求というより、
もっと単純な共感欲求なのかもしれません。
それではここで一曲。
自分
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自分が好きだと思うものを誰かと分かち合い、
その輪の中に自分もいたい。
これが好きということで、
これが好きな自分を誰かに分かってもらいたい。
考えてみればこれは推しに限った話でもないようです。
例えば気に入っている店の話をするとき、
この店の卵焼きは美味しいというのと、
この店は卵焼きなんだよというのでは少し漢字が違います。
後者になると卵焼きの話をしているはずなのに、
この店を知っている自分がほんの少し顔を出してきます。
この店の良さわかってるんだよという気持ちがどこかにある。
もっと大げさな話をしてみても似たところがあります。
素数は美しいという人がいる。
三島由紀夫の文章は美しいという人もいる。
もちろん本当に素数を美しいと思っているのでしょうし、
三島由紀夫の文章に美しさを感じているんだと思います。
でも同時に私はこういうものを美しいと思う人間です。
ということも少しだけ伝えているように思えます。
好きなものを語っているようでいて、
いつの間にか好きなものを選んだ自分のことも語っている。
推しという言葉はその仕組みがわかりやすく表に出てきた言葉なのかもしれません。
そう考えると推しという言葉は、
キーキにしているという感覚にかなり近いのかもしれません。
これが好きな自分、わかってるよねとどこかで自分に丸をつけながら、
できれば誰かにもわかると言ってもらいたい。
そうやって考えてみると店も素数も三島由紀夫も、
みんな少しずつ自分の話になってくる。
まあ人間ってそういうところがあるんだと思います。
今夜は推しについて話しました。
それではまた次回。
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