そしてここでやっと冒頭で話したあの場面に戻ります。
イルカが会議始める話ですか。
さっき権利請求者とは誰だろうって問いあったじゃないですか。
答えが人間だけだったと。
その答えの外に置かれた人たちが会議で口を開くんですよ。
こう言うんですね。私たちが自分の生息地について持っているはずの請求権をあなたたちは無視していると。
ああそうか。人間だけのものだった請求権がもうそのままイルカとかいろんな生き物の主張として帰ってくるわけですね。
そう。しかもイルカね、革命を起こしに来てるわけじゃないんですよ。
何をしに来てるんですか。
名簿に載せろって言ってるんですね。
へえ、なんか地味ですね。
要求としては地味なんですよ。数に入れてくれって言ってるだけなんで。
ただ数に入れるんだったら本人に喋ってもらわないと筋が通らないじゃないですか。
喋らせようとした瞬間、使える言葉が人間の言葉しかなかった。
まあそりゃそうですね。
だからイルカが人間の言葉を喋り出す設定で書かれてると。
なるほどなるほど。
国家に抵抗するのも国家から逃げるのもずっと人間の話じゃないですか。
でもこの本ではその主語が革とそこに住む生き物になるんですね。
だからアナキズムを人間の外側に適応してるんじゃないかっていう風に感じてるんですよ。
ああそうか。
スコットってゾミアって三学民の話じゃないですか。
ベトナムからインドあたりまで関係なく暮らしてる人の話。
それはそれで面白かったんだけど。
この本では人間の外側にいる人たちもそこに入ってきてっていう話になってるわけですね。
でも政治学の本の書き方じゃないですよね。
革魚が一種のあるものとして喋ったりとかしてる。
偶話じゃないけどなんだろう。
そこなんですよ。
人間以外にも命や心があるって考えるってもはやアニミズムじゃないですか。
そうですね。
アナキズムとアニミズムって。
まさかの共演。
そうですね。
普通はちょっと並べて語られない二つのワードですよね。
その二つがこの本の中で繋がってると。
だから政治思想がアニミズムの側に寄っていくっていう。
ただ革に声があるっていうのも結局は人間が題名してる日々じゃないですか。
革イルカが喋るわけでしょ。
だから僕はあれを答えじゃなくて問いとして読んでるんですよ。
革が何を言いたいかを決めたんじゃなくて、革にも言いたいことがあるかもしれないっていう問いを立てたっていう。
正しいとまでは言えないですよこれは。
でも逸脱した視点からしか見えないものって確かにあると思うんですよ。
そうか。そういうちょっと変な発想というかぶっ飛んだ発想からしか見えないものがあると。
だからそうか。奇象なんですね。
そうなんですよ。
飛躍はあるけど悪ふざけじゃないってことですね。
そうですね。
その視点で見ると時間の単位まで変わるんですね。
本人は河川時間って言葉が出てきます。
3000年の単位で見ると革は同じところを流れてないんですよ。
歩いてるんですよ。
歩いてる?
そう。革が動かないんじゃなくて、僕らの寿命が短すぎて止まって見えるだけなんです。
そうそう。だから暴君だけじゃなくて、多数決も川を飼いならそうとしてるっていう。
ここまで聞いてると、抑え込もうとすればするほど次がひどくなるっていう話ですよね。
じゃあどうすればいいですかね。
最後の章がそこなんですね。
ハードパスかソフトパスかっていう話なんで、スコットの例え話がこうなんですね。
森の中に道があって、木が倒れて塞いでると。
さあどうするかって、一番強い手がハードパス。
これはスーパーハイウェイを作って、ブルドーザーで地形図の上の障害物全部取り除いとっちゃう。
木だけじゃなくて、景観の方を変えていろいろ消しちゃうっていうね。
木を溶けて元の道に戻す。真っ直ぐにして舗装する。
どれも道の方を正しいものとして守るって発想ですね。
それが今までの地水ですよね。
ソフトパスっていうのはその逆のアプローチで、倒れた木を回り込んで道の方を作り直すっていうね。
スコットはこれを老僧の精神って言うんです。
老僧がここで出てくるんだ。東洋思想がこんなん。
一番の美点は知的な謙虚さだって言うんですよね。
まあまあ無理をしないと木をどけないってことですね。
結局ね、僕らは川についてどこまでわかってんのかって話なんですよ。
蛇行も淀みも一時的にできる湿地も、ハードパスの技術さが目の敵にするようなものがあるじゃないですか。
これが無価値だって証明するまでは、価値があるものとして受け入れるべきじゃないかって話なんですよ。
さっきの貝の話ですね。
誰も設計してないのにかみ合ってたっていうね。
だから、あそこまでかみ合ってたのは人間が設計したからじゃないじゃないですか。
だったら設計しきろうとするよりも、川の水があふれていい場所を先に用意しておくって方が利にかなってるんじゃないかっていうね。
川を湿気ようとすのはやめるわけですね。
そう、湿気をやめて場所を返すと。
でも実際には人間が設計する河川工学なわけで、川が決めてるわけじゃないですもんね。
もちろんですね。だから人間が全部決められるっていう前提を変えた方がいいんじゃないかっていう話で。
これを工学の言葉に翻訳するとソフトパス河川工学になるんですね。
川に対する態度がそのまま広報になってるってことですか?
はい。このソフトパスは本の中で歴史的な転換点として上がってるのが2000年の世界ダム委員会のレポートなんですね。
大型ダムは社会的なコストの割に期待された利益をほとんど出せてないっていう。
ああ、そうなんですね。
そこから低坊を低くしたダムとか貯水池を作らないものに変わってきたと。
湿地とか氾濫源を回復する試みっていうのも環境保護機関やNGOが至るところでやってるというふうに書かれてます。
国家のほうは動いてないんですか?
そこは本には書かれてないんですけども。
でもね、オーランド政府とか国土交通省も、あとアメリカ陸軍公平体。
今はね、川に場所を返す施策に実際に予算をつける方向になってきてるんですね。
こういうのってスコットが生涯批判してきた側じゃないですか。
結果だけ見ればソフトパスと同じ方向と。
でもそれ結構大事な話ですよね。
さっき内藤さんが全部のステークホルダーの川の生き物たちの数を数えてたら何も決められないって話をしましたけど。
でも実際には国が予算をつけて、有水地作って、低坊を下げてっていう。
ちゃんと決めて実行はでき始めてるってことですね。
確かにそうですね。
つまりこの本の言ってることは、極論だから実行できないっていうところでは終わってないってことですね。
そうなんですね。だから国家対アナキズムみたいに綺麗に理文できる話でもないと。
制度の側も必要なら同じ発想を使うということなんですね。
そう考えると結構ね、この遺作、思ったより希望のある話を最後にっていう感じしますよね。
そうですね。
この本が全員読みたくなってきましたけど、こういう本が好きな人が次に読む本って何かありますかね?
2冊あります。1冊目はさっき首都さんが話に挙げてくれたゾミア。
同じスコットでミスズ諸坊。
山に逃げた人たちの話。国家から逃げて平地を捨てて山に入るわけですけど。
この2冊並べてみると面白いんですよ。山は人を国家から逃がすと。川は人を繋いで国家を作る。
逆向き?
そうそう。同じ人が同じ東南アジアを山の側から見た本と、あと川の側から見たっていう。
確かに。
それぞれ代表作と遺作になったっていうところが面白いなと思うんですね。
生涯の両端で同じ年を土地の裏表から見てたってことなんだな。
しかもゾミアって逃げ切れた側の本じゃないですか。
でも今日のは逃げられなかった側の本ということで。
確かに。貝も魚も山には行けないですからね。
僕には最後の1冊でスコットが今までより視野を広げて逃げられない側まで含めていったって思えたんですね。
2冊目は何ですか?
万物の霊名。
また厚い本出してきましたね。
デイビッド・グレイバー。デイビッド・ウェングローの強調で。これも遺作なんですよ。
グレイバーは救死しましたからね。ブルシッドジョブの人ですよね。
人類の歴史が狩猟採集から農耕へ、国家へと一本道で進んだっていう物語を崩しに行くんですよね。
今日の話と同じ方向ですね。
しかもこの本でその一本道から外れた社会を山ほど並べて見せるんですね。
数えられて大地を縫って国家になっていくっていう、その筋書きに入らなかった人たちですね。
今日ずっと話してた名法に乗る条件みたいなことですね。
そうなんですね。だから同じような問いをもっと広い射程で引き受けた本です。
この本を読んでからハザードマップの見方が変わったんですよ。
須藤さんは見たことあります?ハザードマップ。
家を購入する時なんかに見ますよね。
あれを見るとまず自分の家が危ないか確かめますよね。僕もそうですよ。
でもこの本を読むと人間の暮らしへの影響だけで川を見ていたんだなって思うんですね。
川には人間以外も暮らしてるし、生きてるわけですね。川もね。
そうですね。浸水の計算って今の川の形を前提にしているけども、川は長い時間の中で流れる場所も変わるわけですよね。
計算するための前提条件でどこまで正確に川を捉えてるんだろうかって話なんですね。
そうですね。もうこのところ想定外っていう言葉が続いてますから、その前提を見直してみるということですね。
そうですね。だから計算を細かくするだけじゃなくて、単純化する時に何を落としたのかっていうことは考えてみる必要があるんじゃないか。
そこでイルカにも発言させるような極端な妄想が効いてくるということですね。
だからこういう時にアナーキズムっていうのを思考の劇薬として使ってみるのも面白いんじゃないかっていう話なんですよ。
人間の側からだけ見てた時には見えなかったものに気づけるかもしれない。
ある意味の思考実験みたいなことですね。
洪水雷さん、環境買い慣らしの人類史、ジェームス・C・スコット、ミス・ショボーからぜひ手に取ってみてください。
はい。もうちょっと帰りに買ってみます。ハザードマークももう一回ちょっと見直してみたいと思っております。
今日の収録は日本橋浜町にあるブックカフェ、ハマンハウスよりお送りいたしました。
以上、首藤でした。
内藤でした。それではまた来週。