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#35『洪水礼賛』想定外が続くなら、アナキズムという劇薬を
2026-09-18 23:33

#35『洪水礼賛』想定外が続くなら、アナキズムという劇薬を

【本日紹介の一冊】

『洪水礼讃――環境飼い慣らしの人類史』(みすず書房、ジェームズ・C・スコット・著/立木勝・訳)
▼書籍の詳細・ご購入はこちら

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【エピソード概要】

「100年に一度の大雨」というニュースを、なぜ私たちは毎年のように耳にするのでしょうか。ある地点で毎年およそ1%起こりうる現象も、全国に無数の地点があれば、どこかで起きる可能性は高くなります。しかも、その計算は川が同じ形を保つことを前提にしています。ところが、川は人間よりも長い時間の中で流路を変え、広がり、縮みながら生きています。

今回取り上げるのは、政治学者・人類学者ジェームズ・C・スコットの遺作『洪水礼讃』。人間にとって災害である洪水を、川と生き物の側から見直します。年に一度の氾濫を利用する魚や、魚に子どもを運んでもらうイシガイ、洪水が引いた土に種をまく洪水後退農業。洪水は破壊だけでなく、川の生命を動かすリズムでもありました。

一方、国家が川を管理するとき、複雑な生態系は「水」と「人間」へ単純化されます。ダムや堤防は人の暮らしを守りますが、氾濫を止めた結果、土砂が川底にたまり、次の決壊時の被害を大きくすることもある。スコットは、治療そのものが害を生むという医学用語を借りて、これを「医原性」と呼びます。

番組後半では、地形を力で矯正するハードパスと、川にあふれる場所を返すソフトパス河川工学を比較。オランダ政府、国土交通省、アメリカ陸軍工兵隊など、スコットが批判してきた制度の側も同じ方向へ動き始めていることを考えます。イルカや貝にまで発言させる大胆なアナキズムは、答えというより、人間中心の計算から何が落ちたのかを発見するための「思考の劇薬」なのかもしれません。


【チャプター】

() 毎年来る「100年に一度」

() 洪水を、称える本

() いちばん立派な川は、消えてなくなる川

() 動けない貝が、魚に引っ越しを頼む

() 洪水に、畑を耕させていた

() イルカが、名簿に載せろと言ってくる

() 堤防は、治すつもりで打った薬だった

() 堤防を、わざと低くする

() 併せて読みたい『ゾミア』と『万物の黎明』

() 自分の家を、川の側から見る


【関連書籍】

ゾミア 脱国家の世界史』(みすず書房、ジェームズ・C・スコット・著)

万物の黎明 人類史を根本からくつがえす』(光文社、デヴィッド・グレーバー他・著)


【出演】

プレゼンター:内藤 順
ナビゲーター:首藤 淳哉


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【収録場所】

Hama House

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サマリー

「100年に一度」の大雨が頻発して聞こえる背景から、川を固定された水路として扱う前提を問い直す。ジェームズ・C・スコットの遺作『洪水礼讃――環境飼い慣らしの人類史』を通じ、洪水は魚や貝、泥、植物を結びつける川のリズムであり、洪水後退農業では人間もその恩恵を利用していたと語る。川を水と人間だけに単純化すると、魚や貝など「名簿に載らない」存在が計算から消える。イルカや貝が発言する場面は、アナキズムを人間以外にも広げる答えではなく、排除された視点を発見する思考実験として紹介される。堤防やダムは暮らしを守る一方、土砂を川底にため、決壊時の被害を拡大する「医原性」を生むことがある。対策として、地形を矯正するハードパスではなく、川に氾濫する場所を返すソフトパス河川工学が論じられ、世界ダム委員会やオランダ政府、国土交通省などの動きにも触れる。関連書として、山に逃げた人々を描く『ゾミア』と、国家へ一本道で進む人類史を崩す『万物の黎明』を挙げる。最後に、ハザードマップや洪水計算を人間の被害だけでなく、川の長い時間と人間以外の生物を含めて見直し、アナキズムを「思考の劇薬」として使う可能性を示す。

「100年に一度」の大雨と『洪水礼讃』
司藤さん、100年に一度の大雨ですってニュース、ここ数年で何回聞きました?
いやー、これはもう毎年聞いてますしね。
ですよね。
ほんと最近、毎月みたいなね。
100年に一度なのに、毎月聞いてるっていうね。
ただ、100年に一度にっていうのは、日本全国でね、100年に一回って意味じゃないんですよね。
そうですね。
ある地点で、毎年おおよそ1%起こりうる。
日本にはその地点っていうのが無数にあるよと。
一つ一つは100年に一度でも全国束ねてみたら、毎年どこかで起きてるっていう。
そう。で、今日の本はそこからもう一歩踏み込むんですよ。
その1%っていう数字はね、川がずっと同じ形をしてるっていう前提で計算されてると。
あ、なるほどなるほど。
川って変わるんですか?
そう、変わるんですよ。
僕らはずっと動く川を、動かないものとして扱ってきたっていう話なんですね。
なるほど。
改めましてこんにちは。
ビビルHM本日プレゼンターのナイト・ジュンです。
ナビゲーターの司藤淳也です。
この番組は話題の新刊ノンフィクションをじっくり深掘りしていくポッドキャスト番組です。
今日も日本橋浜町のミッカフェ浜ハウスからお届けします。
はい、今日の一冊はですね、
洪水雷散環境飼いならしの人類史
ジェームス・C・スコット・ミスズ処方から出てる一冊です。
洪水を雷散するってのは褒めたたえる本だよね。
そうなんですね。だからタイミングによっては非常に不謹慎なタイトル。
だけど中身は大真面目で、
洪水は災害じゃない、川の深呼吸だっていう本なんですよ。
舞台はミャンマーのエイヤー・ワリー川。
川の深呼吸ってすごい言葉ですよね。
家が流されてる人もいるんだからね。
人間から見ればそれはそうなんですよ。
洪水は大災害です。
でもこの本は川の視点から見てもそうなのかというふうに問い返してくるということで、
著者はエール大学の政治学者で、
アナーキズムの思想家として知られる人です。
スコットっていう人は国家を疑い続けた人ですよね。
そうですよね。
2024年に亡くなられてるんですよ。
そうなんですか。
これの遺作なんですよ。
なるほど。
スコット・ゾミアっていう本があって、
ものすごい分厚い本じゃないですか。
でも最後の一冊ちょっと薄いですよね。
そうそうそうそう。
だから若干未完の書みたいなともあるんですよね。
先に言っておくと、
まさに記書と呼べるような一冊じゃないかなと思っていて、
その上で僕は全力でお勧めしています。
単にためになるっていうか、
どちらかというと飛躍も含めて面白いなと思っている感じですね。
主張に全部うなずくというより、
少し引いたところからスコットがどこまではみ出すのか。
はみ出しっぷりも含めて楽しむ。
なるほど。
例えば本の後半でいきなり川の生き物たちが会議を始めるみたいなシーンがあるんですよ。
よくわかんない。
そうそう。
イルカとかカワウソとか貝とかが出てきて、
人間の言葉でセリフが書かれていて、
人間に向かって全ての種による川辺の民主主義を要求するみたいな。
なんかあれだな。
OLの動物農場みたいな話で、
イルカが民主主義を要求する。
そうそう。
ちょっとそれで正直戸惑いますね。
そう、戸惑うんですよ。
僕もここの部分は一回本をそっと閉じかけたんですよ。
でもこれ思いつきでやってるわけじゃなくて、
OLの政治学者が生涯の最後の一冊でイルカに喋らせるという、
ここにはちゃんと理由があるんですよね。
その理由から聞きたいですね。
国家の計算から消える川の生き物
その理由はこの人がアナーキストだからなんですね。
アナーキストが川辺に立つと世界がどう見えるのかっていう話なんです。
アナーキストといっても爆弾とか政府を倒すとかそういう人じゃないですよね?
全然違いますね。
スコットが疑ったのはもっと手前の部分で、
国が世界をどう見てるかっていうその見方の方を疑い続けた人なんですね。
国の見方。
それがよくわかる場面がこの本の前書きにあります。
チャーチルが出てくるんですよね。
ナイル川についてこう言ってるんですね。
いつの日かナイルに降った雨水の最後の一滴が流域の人々に分かち合われ、
ナイル川そのものは栄光のうちに消え去って海にたどり着くことはないだろう。
川が海に届かなくなることを栄光って言いました?
そうなんです。
つまりチャーチルにとって一番立派な川っていうのは最後消えてなくなる川なんですよね。
人間が使い切ったら勝ちみたいなことなんですかね。
そうそう。
スターリンはもっと短いですよ。
ただ海に注ぐ水は無駄である。
一言で言い切ってますね。
この2人、2人とも別に悪気はないんですよね。
川を人の役に立てようとしてるだけで、
ただこの2人の頭の中に川っていうものが2つの要素でしか成り立ってないんですよね。
2つの要素。
水と人間ですよ。
本の書き方だと川は単なるH2Oにされて権利請求者の間で分けられると。
人間の間で分けられると。
そこでスコットが続けて聞くんです。
ではその権利請求者とは誰だろうと。
それは答えは出てますよね。
そう。つまり私たちはホモサピエンスですと。
魚は?
1匹も出てきません。
広角類も昆虫も水が運んでくる泥とか砂も消えますと。
スコットがそこにすごく静かな一部を置くんですね。
考慮すべき変数が水と人間しかなければ、
H2O便宜検査はずっと余裕になると。
だからステークホルダーが減ったから計算できるようになったってこと?
そうなんですよ。
川に関わる。
この世界そのままだと複雑すぎて計算できない。
だから単純化するんですね。
その時に魚だったり川の生き物なんかが数え落とされるわけですね。
僕にはスコットが国の計算から除外されたものを一つずつ拾い上げてるって見えるんですね。
名簿に載らなかったものを川のそばにシャゴンで数えるみたいな。
でもそれってやりきれますかね。
川にいる生き物全部数えるって言ったって相当どこまで入れるかみたいなね。
しかも全部の都合を聞いてたら耳貸してたら、
例えば定棒とかね。
多分一本も作れないし。
誰かがここまでって線引かないと何も決まらないような感じがしますけどね。
ただ僕はアナーキストの役割って全員の利害を集めて結論を出すだけじゃなくて、
一旦引かれた線の外に誰が取り残されてるかっていうのを指摘することだと思うんですね。
この本の中ではどういう風にそれが出てくるんですか?
この本がすごいのは一つの数字にまとめた瞬間何が消えたのかっていうのを
具体的に挙げていってるっていうところなんですね。
魚が消えた、はい泥が消えた、はい貝が消えたみたいに。
消えた側には何がいたんですか?
貝と魚を結ぶ洪水のリズム
その一つに動けない貝っていうのがいるんですね。
石貝っていう淡水の2枚貝がいます。
川底の底に埋まっててほんの少ししか動けない。
動けないのにどうやって川全体に広がる、繁殖したりするんですか?
はい、受精の時から川全体を使うんですね。
オスが出した精子が川の流れに乗って16キロも下ってメスに届くと。
すげえ。
受精したメスは生まれたての子供を何千匹もエラで育てて、
今度は貝殻の隙間を小魚そっくりに見せるんですね。
白い目のような点までついてると。
餌に見せかけて魚を呼ぶわけですね。
本物の魚が近寄ってきて、振れた瞬間にエラがパンって弾けて
子供たちが魚めがけて飛び散っていくんですね。
あ、くっつくんだ。
そう。
なるほど。
そのまま魚にしがみついて、小さな貝に子供がなったら、
今度は離れて砂に潜っていくんですね。
魚が泳いだ分だけ貝は引っ越しできると。
すごいなあ。
なんかこの間の恐竜発見の話で、
当時の人たちがね、この世界は神が作ったって言ってるけど、
ちょっとそっちもありかなって思っちゃう。
よくできた仕組みね。
できてる。
しかもこの貝、目も脳もないんですね。
何万年もかけてそういう形に進化しただけです。
頭で考えてないのに、それができる。
すごいなあ。
大事なのは貝の仕掛けそのものじゃないんですよ。
川が年に一度溢れて、魚がその時期に集まってくると。
貝の暮らしもその大きなリズムに乗っているっていう。
あ、そうかそうか。
貝の暮らしも川のなんかそういうリズムに、
より大きなものに、
洪水のタイミングと合ってるってわけですね。
そう、合ってるんですね。
魚の方もね、その氾濫の時期に1年分の栄養の8割を取るんですよ。
川が氾濫すると幅って40倍になることもありますから、
普段の細い流れの中にはそんな量の餌ってないわけですよ。
本人は年に一度溢れることがなければ、
川は生物学的に死んだようなものだと書かれてるんですよ。
そうか、洪水が恵みなわけだ。
なるほど。
溢れない川は細い流れのまんまですからね。
それが最初の方に言ってた川の深呼吸っていうことですか?
そうなんですね。
年に一度大きく吸って吐くと。
それが止まると川は死ぬっていう。
深呼吸ってそういうことか。
ミシシッピ川流域の漁獲量って半世紀で83%減ってたんですけど、
1993年に大洪水があって、その後に新記録を更新してるんですよ。
あ、洪水の後に漁獲量が増えたんですか?
そう。だから、洪水が来ない年の方が川にとっては異常ってことなんですね。
えー、そうなんだ。
でも、川、魚、雨って示し合わせたわけじゃないですもんね。
そうなんですよ。
だから、それぞれが勝手に生き延びようとして、何万年もかけて噛み合ってそのサイクルができただけなんですね。
いわゆる国だったり、王様だったり、会議もないんですけど、なんか秩序ができてるみたいな。
そうなんですね。
だから、スコットが人間社会の中でずっと理想としてきた秩序っていうのが、そのまま川の中にあったって話なんですよ。
あ、そこに繋がってくるのか。
そう。
なるほど。
洪水を利用した農業と川の領域
で、その輪の中に人間も昔入ってたんですよ。
入ってたってどういうことですか?
鉱水、抗体農業って言うんですけど、鉱水が来てね、水が引くでしょ。
で、その引いた後の土に種をまくって、それだけなんですよ。
へー、それだけ?
そう。で、雑草になる植物は全部溺れて死んでるし、上流から来た栄養たっぷりの泥が畑一面にもう敷いてある状態。
だから、本にはこう書かれてるんですよ。ほとんどの作業は鉱水がやってくれる。
そうか。これ村田森で田森さんがよく言う洗浄地ってやつですね。
そうかも。
農地になってってことですね。
ナイルでもユーフラテスでも甲蛾でもこれやっていたと。
だからスコットは当時の人間を鉱水適用種って呼ぶんですね。
鉱水を待って集まってくる動物の一種だったと。
ああ、川と戦ってなかったんだ。
そう。だから僕らは鉱水と戦って農業を始めたんじゃなくて、鉱水に働かして農業を始めたと。
うわー、順番逆だったんですね。
そう。で、ここまで来るとね、この本の言い方聞いてくるんですよ。
鉱水の時に川の水が溢れ出す周囲の平らな低地のことなんですけども、
そこに家を建てて被害に遭うのは人間の方が川の領域に勝手に入り込んだ不法侵入の結果だと見ることもできると書いてあるんですね。
ああ、まあそうか。不法侵入でも豊かな農地になるところだったらそこには住みたいけども、
鉱水の被害者だと思ってた人間が加害者なんだみたいな視点ですか。
そう。だから順番で言えば川の方が先にいたじゃないかということですよ。
鉱水が家に押し寄せたんじゃなくて、家の方が川に来たということなんですね。
まあ順番で言えばね。
イルカが求める川の民主主義
そしてここでやっと冒頭で話したあの場面に戻ります。
イルカが会議始める話ですか。
さっき権利請求者とは誰だろうって問いあったじゃないですか。
答えが人間だけだったと。
その答えの外に置かれた人たちが会議で口を開くんですよ。
こう言うんですね。私たちが自分の生息地について持っているはずの請求権をあなたたちは無視していると。
ああそうか。人間だけのものだった請求権がもうそのままイルカとかいろんな生き物の主張として帰ってくるわけですね。
そう。しかもイルカね、革命を起こしに来てるわけじゃないんですよ。
何をしに来てるんですか。
名簿に載せろって言ってるんですね。
へえ、なんか地味ですね。
要求としては地味なんですよ。数に入れてくれって言ってるだけなんで。
ただ数に入れるんだったら本人に喋ってもらわないと筋が通らないじゃないですか。
喋らせようとした瞬間、使える言葉が人間の言葉しかなかった。
まあそりゃそうですね。
だからイルカが人間の言葉を喋り出す設定で書かれてると。
なるほどなるほど。
国家に抵抗するのも国家から逃げるのもずっと人間の話じゃないですか。
でもこの本ではその主語が革とそこに住む生き物になるんですね。
だからアナキズムを人間の外側に適応してるんじゃないかっていう風に感じてるんですよ。
ああそうか。
スコットってゾミアって三学民の話じゃないですか。
ベトナムからインドあたりまで関係なく暮らしてる人の話。
それはそれで面白かったんだけど。
この本では人間の外側にいる人たちもそこに入ってきてっていう話になってるわけですね。
でも政治学の本の書き方じゃないですよね。
革魚が一種のあるものとして喋ったりとかしてる。
偶話じゃないけどなんだろう。
そこなんですよ。
人間以外にも命や心があるって考えるってもはやアニミズムじゃないですか。
そうですね。
アナキズムとアニミズムって。
まさかの共演。
そうですね。
普通はちょっと並べて語られない二つのワードですよね。
その二つがこの本の中で繋がってると。
だから政治思想がアニミズムの側に寄っていくっていう。
ただ革に声があるっていうのも結局は人間が題名してる日々じゃないですか。
革イルカが喋るわけでしょ。
だから僕はあれを答えじゃなくて問いとして読んでるんですよ。
革が何を言いたいかを決めたんじゃなくて、革にも言いたいことがあるかもしれないっていう問いを立てたっていう。
正しいとまでは言えないですよこれは。
でも逸脱した視点からしか見えないものって確かにあると思うんですよ。
そうか。そういうちょっと変な発想というかぶっ飛んだ発想からしか見えないものがあると。
だからそうか。奇象なんですね。
そうなんですよ。
飛躍はあるけど悪ふざけじゃないってことですね。
そうですね。
その視点で見ると時間の単位まで変わるんですね。
本人は河川時間って言葉が出てきます。
3000年の単位で見ると革は同じところを流れてないんですよ。
歩いてるんですよ。
歩いてる?
そう。革が動かないんじゃなくて、僕らの寿命が短すぎて止まって見えるだけなんです。
堤防が生む医原性
止まってるって見えるから抑え込めるんじゃないかとも考えるわけですね。
そう。
普通は革が溢れないようにガチガチに堤防を作りますよね。
作ります。
すると溢れなくなる。
ということは上流から来た土砂が氾濫源に配られなくなって、
川底に溜まり続けるんですよ。
溜まるとどうなるんですか?
川底がだんだん高くなってくるじゃないですか。
本人は鴻川の例が出てきて、隣の土地より川底の方が高くなっちゃったっていう話も出てくるんですね。
革が町を見下ろしてる。
その状態で堤防が一度にも切れたらどうなるかって話なんですよ。
逃げ場がないですね。この間のネパールの川じゃないけども。
だから守るために積み上げたものが、次に来る災害を大きくしてるっていう。
これ医学にちょうどいい言葉があって、異元性って言葉なんですけど、
お医者さんの治療そのものが原因で起きてしまう病気のことなんですね。
さっきの堤防がまさにそれに当たるわけですね。
その言葉を川に対して使うんですね。
ダムも堤防も灌漑も養殖も、どれも川を良くするために人の暮らしを守るためにやったと。
ところがその一つが年に一度の氾濫を止めていくと。
本来の深呼吸を止めるわけですね。
だから堤防っていうのは治すつもりで言った薬だったんですよ。
国も自治体も住民もみんな守ろうとしてるのに、なかなかしんどい話ですね。
誰かを責めれば解決する話だったら、まだ楽なんですよね。
ダムを作った人も、堤防を高くした人も、予防を出した人も、それぞれの持ち場では間違ってないじゃないですか。
でも誰も悪くないなら、どうして止まらないんですかね。
だからスコットはそこで民主主義にも刃を向けるんですね。
土が肥えてるから氾濫源に人は住み着くと。
住み着いちゃえば、国はもうそこを守らないわけにいかないじゃないですか。
その上、民主主義ですから、有権者とその代表がどんな犠牲を払ってでも、自分の土地と家を守ると要求する。
だから堤防が立つと。そういうロジックなんですよね。
独裁者が作らせてるんじゃなくて、僕らが求めて作らせてる。
ハードパスからソフトパスへ
そうそう。だから暴君だけじゃなくて、多数決も川を飼いならそうとしてるっていう。
ここまで聞いてると、抑え込もうとすればするほど次がひどくなるっていう話ですよね。
じゃあどうすればいいですかね。
最後の章がそこなんですね。
ハードパスかソフトパスかっていう話なんで、スコットの例え話がこうなんですね。
森の中に道があって、木が倒れて塞いでると。
さあどうするかって、一番強い手がハードパス。
これはスーパーハイウェイを作って、ブルドーザーで地形図の上の障害物全部取り除いとっちゃう。
木だけじゃなくて、景観の方を変えていろいろ消しちゃうっていうね。
木を溶けて元の道に戻す。真っ直ぐにして舗装する。
どれも道の方を正しいものとして守るって発想ですね。
それが今までの地水ですよね。
ソフトパスっていうのはその逆のアプローチで、倒れた木を回り込んで道の方を作り直すっていうね。
スコットはこれを老僧の精神って言うんです。
老僧がここで出てくるんだ。東洋思想がこんなん。
一番の美点は知的な謙虚さだって言うんですよね。
まあまあ無理をしないと木をどけないってことですね。
結局ね、僕らは川についてどこまでわかってんのかって話なんですよ。
蛇行も淀みも一時的にできる湿地も、ハードパスの技術さが目の敵にするようなものがあるじゃないですか。
これが無価値だって証明するまでは、価値があるものとして受け入れるべきじゃないかって話なんですよ。
さっきの貝の話ですね。
誰も設計してないのにかみ合ってたっていうね。
だから、あそこまでかみ合ってたのは人間が設計したからじゃないじゃないですか。
だったら設計しきろうとするよりも、川の水があふれていい場所を先に用意しておくって方が利にかなってるんじゃないかっていうね。
川を湿気ようとすのはやめるわけですね。
そう、湿気をやめて場所を返すと。
でも実際には人間が設計する河川工学なわけで、川が決めてるわけじゃないですもんね。
もちろんですね。だから人間が全部決められるっていう前提を変えた方がいいんじゃないかっていう話で。
これを工学の言葉に翻訳するとソフトパス河川工学になるんですね。
川に対する態度がそのまま広報になってるってことですか?
はい。このソフトパスは本の中で歴史的な転換点として上がってるのが2000年の世界ダム委員会のレポートなんですね。
大型ダムは社会的なコストの割に期待された利益をほとんど出せてないっていう。
ああ、そうなんですね。
そこから低坊を低くしたダムとか貯水池を作らないものに変わってきたと。
湿地とか氾濫源を回復する試みっていうのも環境保護機関やNGOが至るところでやってるというふうに書かれてます。
国家のほうは動いてないんですか?
そこは本には書かれてないんですけども。
でもね、オーランド政府とか国土交通省も、あとアメリカ陸軍公平体。
今はね、川に場所を返す施策に実際に予算をつける方向になってきてるんですね。
こういうのってスコットが生涯批判してきた側じゃないですか。
結果だけ見ればソフトパスと同じ方向と。
でもそれ結構大事な話ですよね。
さっき内藤さんが全部のステークホルダーの川の生き物たちの数を数えてたら何も決められないって話をしましたけど。
でも実際には国が予算をつけて、有水地作って、低坊を下げてっていう。
ちゃんと決めて実行はでき始めてるってことですね。
確かにそうですね。
つまりこの本の言ってることは、極論だから実行できないっていうところでは終わってないってことですね。
そうなんですね。だから国家対アナキズムみたいに綺麗に理文できる話でもないと。
制度の側も必要なら同じ発想を使うということなんですね。
そう考えると結構ね、この遺作、思ったより希望のある話を最後にっていう感じしますよね。
そうですね。
『ゾミア』『万物の黎明』と川の見方
この本が全員読みたくなってきましたけど、こういう本が好きな人が次に読む本って何かありますかね?
2冊あります。1冊目はさっき首都さんが話に挙げてくれたゾミア。
同じスコットでミスズ諸坊。
山に逃げた人たちの話。国家から逃げて平地を捨てて山に入るわけですけど。
この2冊並べてみると面白いんですよ。山は人を国家から逃がすと。川は人を繋いで国家を作る。
逆向き?
そうそう。同じ人が同じ東南アジアを山の側から見た本と、あと川の側から見たっていう。
確かに。
それぞれ代表作と遺作になったっていうところが面白いなと思うんですね。
生涯の両端で同じ年を土地の裏表から見てたってことなんだな。
しかもゾミアって逃げ切れた側の本じゃないですか。
でも今日のは逃げられなかった側の本ということで。
確かに。貝も魚も山には行けないですからね。
僕には最後の1冊でスコットが今までより視野を広げて逃げられない側まで含めていったって思えたんですね。
2冊目は何ですか?
万物の霊名。
また厚い本出してきましたね。
デイビッド・グレイバー。デイビッド・ウェングローの強調で。これも遺作なんですよ。
グレイバーは救死しましたからね。ブルシッドジョブの人ですよね。
人類の歴史が狩猟採集から農耕へ、国家へと一本道で進んだっていう物語を崩しに行くんですよね。
今日の話と同じ方向ですね。
しかもこの本でその一本道から外れた社会を山ほど並べて見せるんですね。
数えられて大地を縫って国家になっていくっていう、その筋書きに入らなかった人たちですね。
今日ずっと話してた名法に乗る条件みたいなことですね。
そうなんですね。だから同じような問いをもっと広い射程で引き受けた本です。
この本を読んでからハザードマップの見方が変わったんですよ。
須藤さんは見たことあります?ハザードマップ。
家を購入する時なんかに見ますよね。
あれを見るとまず自分の家が危ないか確かめますよね。僕もそうですよ。
でもこの本を読むと人間の暮らしへの影響だけで川を見ていたんだなって思うんですね。
川には人間以外も暮らしてるし、生きてるわけですね。川もね。
そうですね。浸水の計算って今の川の形を前提にしているけども、川は長い時間の中で流れる場所も変わるわけですよね。
計算するための前提条件でどこまで正確に川を捉えてるんだろうかって話なんですね。
そうですね。もうこのところ想定外っていう言葉が続いてますから、その前提を見直してみるということですね。
そうですね。だから計算を細かくするだけじゃなくて、単純化する時に何を落としたのかっていうことは考えてみる必要があるんじゃないか。
そこでイルカにも発言させるような極端な妄想が効いてくるということですね。
だからこういう時にアナーキズムっていうのを思考の劇薬として使ってみるのも面白いんじゃないかっていう話なんですよ。
人間の側からだけ見てた時には見えなかったものに気づけるかもしれない。
ある意味の思考実験みたいなことですね。
洪水雷さん、環境買い慣らしの人類史、ジェームス・C・スコット、ミス・ショボーからぜひ手に取ってみてください。
はい。もうちょっと帰りに買ってみます。ハザードマークももう一回ちょっと見直してみたいと思っております。
今日の収録は日本橋浜町にあるブックカフェ、ハマンハウスよりお送りいたしました。
以上、首藤でした。
内藤でした。それではまた来週。
23:33

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