1. 30代男性B型ラジオ
  2. 青年マンガの主人公だと思って..
青年マンガの主人公だと思って通勤してみる#80
2026-05-03 14:06

青年マンガの主人公だと思って通勤してみる#80

30代男性B型は青年マンガとして通勤してみる

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

本エピソードでは、日常の退屈さを少年マンガ的な展開への期待と捉え、青年マンガ的な解釈で日常を豊かにする方法を提案しています。具体的には、「退屈な行動に感情をくっつける」というアプローチと、「感情を掛け合わせる」という二つのスキームを紹介し、リスナーに自身の経験を共有するよう呼びかけています。

日常の退屈さと少年マンガへの期待
退屈だなぁと思う時があります。 例えば、コンビニでおにぎりもサンドイッチもなんだか高く感じて、
仕方なしに最安のおにぎりとお茶を手に取るあの時間。 ブリトーとかはちょっと違うし、納豆巻きは口が臭くなりそうで避けたい。
結果として、毎回ほとんど同じ思考過程をなぞって同じ結論に着地する、あの選んでいるようで選んでいない感じ。
それ以外にも、通勤とか仕事とか食事とか YouTube とか何か面白いことないかなぁと考えてしまうようなタイミング。
これ僕結構あって。 ただね、このこれ思ったんですけど、
もしかして僕たち、退屈だなぁって感じる僕たちって、 少年マンガ的な展開を期待しているんじゃないかなって思うんです。
もし僕たちが日常を、 青年マンガ的解釈で楽しめるようになったら、
同じ1日でももう少し違って見えるんじゃないかなって、 そんな風に思いまして、今日はそういう話をしたいと思うんですが、
少年マンガと青年マンガの感情表現の違い
少年マンガと青年マンガの決定的な違いって、 主として描かれる感情の違いなんじゃないかなって思うんです。
少年マンガの方は、僕たち読者がすでに知っている感情を最大出力で描くものだと思うんですよ。
勝つとか負けるとか、好きとか嫌いとか、努力とかライバルみたいな、 そういうものを現実ではなかなか起こらないようなスケール感で、
爆発的な演出で見せてくれる。 悔しいとか嬉しいとか、なんか守りたくない負けたくないみたいな、
よく少年マンガで描かれるものって、そういうのが多いじゃないですか。 これ全部別になんか知らない感情じゃないですよね。
知っている感情じゃないですか。 だからこそ、その予想を上回ってくるその知っている感情に、
僕たちは驚いたり興奮したりするわけで、 サビを待っている曲みたいな、期待通り期待以上を来てくれる感じが少年マンガの面白さだと思うんです。
一方で、 青年マンガって、
僕たち読者が知らない、言語化されていない感情を描いている。 例えば、離婚して1ヶ月くらい経った頃に、
一人で食べる朝食にふと安心してしまうみたいなシーンがあったとするじゃないですか。 これ知らない感情ですよね。
離婚して悲しいはずなのに、まぁ少し楽なのか。 その状況に体が適応していった結果なのか。 それともただの現実逃避、思考停止ゆえの安心感なのか。
わかんないんですけど、現状ほっとしているっていう。 そんな複雑で地味な感情ですけど、
青年マンガの演出を追っていくと、 あ、なんかわかるかもって思ってしまう。もしくは思わせられる。
今まで知らなかったのに、知っている感情としてインプットされていく感じが、 青年マンガの興奮するポイントだと思うんですよ。
っていう少年マンガと青年マンガの僕なりの解釈の違いを説明したところで、ここから本題なんですけど、
退屈を減らすためのスキーム1:行動に感情を付与する
もし日常の中でも、そういう知らない感情、青年マンガ的な知らない感情を見つけるっていう営みが行われたら、
多分退屈ってかなり減る気がするんですよね。 なんで今日は、そういう知らない感情を見つけ出すためのスキームを2つ用意してみたので、
ちょっと紹介したいんですけど。 1つ目は、退屈な行動に感情をくっつけてみる。
これですね。 どういうことかと言いますと、
退屈って、何かと何かがプラスマイナスゼロになって退屈になっているんだと思うんですよ。
だから そのプラスとマイナスを明らかにして目に見える形にすれば、それはもう退屈じゃなくなるんじゃないかなっていう考え方スキームです。
例えば、仕事で何かしら達成したとします。 でもね、こう達成したと言っても仕事で得られる達成感って意外と少なくて、
達成と同時に次の業務が舞い込んできて、とてもそれを喜ぶ暇がなかったり、
手応えや実感、目に見える見返りのようなものもなくて、 取ろうとまでは言わないけど、感情の揺れ動きが少ないなぁって感じるじゃないですか。
でもこれって、達成っていう本来プラスのものに ネガティブな感情が乗っかっているからこそ退屈だなって感じるわけじゃないですか。
ってことは、この時のネガティブな感情をちゃんと言語化さえすれば、これはもう退屈ではなくなるんじゃないですか。
なのでここに、 わびしいという言葉をくっつけてみるわけです。
わびしい達成。 あまりしない表現ですが、
そういう時の自分を説明する感情の一つとして、まぁありかなって思うんですよ。
達成したことに対して周囲の称賛をね、無意識に期待していて、 でも達成したと同時に何も起こらないっていう現状に、なんかこう
孤独感を感じるような、そういう感情。 わびしい達成。
だからこの解像度をどんどん高めていけば、まるでね宇宙兄弟みたいな 作画タッチで自分自身が描かれるような、そんな錯覚を覚えることができるんじゃないかと。
ただね、今のわびしい達成のように ネガティブ方向の捉え方ばかりだと退屈ではないんですよ。少しね
アンタンたる雰囲気がね、漂ってしまいますから。 もう一つ逆のパターンで、ネガティブな印象の行動にポジティブな感情をつけてみる。
例えば通勤。 これどちらかといえばネガティブ寄りの言葉だと僕は思っていて、
そこに自分の中で生まれているかすかなポジティブ感情をつけてみます。 今回は期待。期待っていうのをつけてみたいんですけど、
通勤の期待っていうと、ちょっとなんかね、途端にポジティブな印象になりませんか。 普通通勤の期待って言わない表現ですけども、
よく考えると、信号に引っかからないとちょっと嬉しいとか、 半袖短パン猛ダッシュの小学生を見ると少しハッピーとか、
そういう小さな幸せを期待しているところって、ほんとかすかにあるじゃないですか。 そうなると退屈の範疇にあった通勤という行動が新しい自分の感情を認識できる
ひと味違った体験になるわけですよ。 っていう捉え方もあるのかなぁとかね。
退屈を減らすためのスキーム2:感情を掛け合わせる
すいません、今日ちょっと真面目な話。
どうボケようかとかも考えたんですけど、ちょっとね、ひねれず、ひねれずね、ただただ話す日なんですけど今日は。
2つ目のスキームが感情を掛け合わせるっていうパターンですね。
感情って、基本的感情と、その組み合わせによる二次感情とで、まあ分ける考え方もあるらしいんです。
信頼、恐れ、驚き、悲しみ、嫌悪、怒り、予測、これが8つの基本感情です。
そしてこれらを掛け合わせて生まれる二次感情。 喜びと信頼を掛け合わせて愛が生まれたり、
喜びと予測から楽観、予測と怒りから攻撃とか、
そういう感じで、服従、軽蔑、後悔、異負、拒絶、好奇心、運命、智力、憂鬱、いろいろ多くの感情が分類されていくようなんです。
この二次感情にフォーカスして、先ほどのね、詫びしい達成のように、二次感情×二次感情みたいな感じの言い方をしてみる。
だから、服従の憂鬱とか、威負の恥辱とか、運命の拒絶みたいに、こう複雑な感情と複雑な感情を掛け合わせてみるわけです。
こうなってくると、ちょっとこう文字を聞いただけだとね、どういう状態なのか思い浮かばなくて、
とっても難解な、困難なね、シチュエーションになってくるわけじゃないですか。そういう感情がね、生まれるのが。
だからこれを成立させるように、こちらで妄想するっていうゲームを日常の中で行うわけですよ。
例えば、嫉妬の安心っていう感情があったとして、嫉妬の安心、これが成立するのはどんなシチュエーションかって、通りがかったね、焼き鳥屋のガラス越しに考えるわけですよ。
串を焼いている先輩がとても意地悪で、こう面倒な仕事は全てこちらに押し付けてくるタイプだったとして、
このお店でバイトしているバイト仲間たちは、串をうまく焼けても人としてダメだったら意味ないよねと、その先輩をくさしている、そんな状況があったとします。
そんな中で、新しくね、バイトで入った僕が、いや、それは違うと。
串を美味しく焼けるのは間違いなく一つの技術で、それを認めずに人格否定に走っちゃうのは負け惜しみなんだと。
だから僕は先輩に嫉妬している。
そのね、串をうまく才能とこだわり抜く精神の気高さをある種妬んでいる。
でもこれって安心するための嫉妬なのかもしれないと自問自答するわけですね。
僕は他のね、くさしている、人格否定に走っている他の仲間たちよりも一つ上の段階にいるんだというマウント、それを取るためだけの感情になってやしないかと。
嫉妬の安心を求めているんじゃないかって、ある日気づいてしまった。
そういうストーリー、これを考えるみたいな、これがもう一つのスキルです。
リスナーへの呼びかけと今後の展望
まあとか言ってますけど、僕もね、あの過去に彼女に振られた際になぜか腹が減って、
駅前の中華そば屋で中華そば頼んで、何の味もしない中華そばを食べていた時のあの感情、これね、まだ名付けられていなかったりだとか。
あとはね、小学生の時にネットのインターネットのチャットで仲良くなった友人と、仲良くなってメールでやり取りしようということになった時に、
なぜか小学生の時、もうそういう関係になるんだったら、ハンドルネーム同士で呼ぶのはおかしいと。
だから本名を教えてくれって言って、で本名を教えてもらった途端に、なぜかその人に対する興味を失って、その後連絡を取らなくなったっていうあの感情、
それもね、あのまだ僕名付けられていないんですよね。
だからね、その辺の感情に決着をつけるためにもですね、お聞きになっている皆さんの中で、青年漫画的な、小説的な、映画的なと言ってもいいんですけども、複雑な感情で、
それにまだ名前を付けられていないっていう、そういうワンシーンがですね、もしあったのであれば、美型ラジオホーンにお寄せいただければ、それをこちらで紹介してやんやんやんやいう回もね、できたりとか、
その時に僕のね、そのさっき言ったシチュエーションの感情の決着をつけることができるやもしれませんね。
もしね、集まったらやるぐらいなんで。
もしね、なんかそういうのがあれば、ぜひお寄せください。はい。
はい。ちょっと今日はね、真面目な話になっちゃったかもしれませんけど。ご静聴ありがとうございました。ダイヤモンでした。
美型ラジオ。
14:06

コメント

スクロール