00:07
Days of Life with Games
Bright Bit Brothers
どうも、1P川崎です。
どうも、2P長谷川です。
Bright Bit Brothers、STAGE03ですね。
そうです。
今回はですね、アーケードゲームの話。
そうですね。色いいですね。
前々回がね、ファミコン。前回がメーカー。
その辺が80年代の話なので、
80年代に私たちが遊んでいた、もしくは印象に残っているアーケードゲームの話をしようかな。
アーケードゲームって、いわゆるゲームセンターに置いてあるゲーム。
そうですね。
テーブル型の筐体だったり、立ってやる筐体だったり。
あとはゲームセンターに限らず、デパートの屋上だったりね。
そういうところに置いてあったゲームということで話します。
では、よろしくお願いします。
お願いします。
Days of Life with Games
Bright Bit Brothers
ファミコンが出た年をまた基準で話すと分かりやすいんですが、
ファミコンが83年ですよね。
ですね。
だからその以降、アーケードゲームで印象深いもので、
この時私小学校のもう高学年だったんですけど、
ゲームセンターやゲームコーナーにはもうすでに行っていたんですが、
悪い。
そうそう、その話をしようと思ったんですけど、
今のゲームセンターってね、
まずゲームセンターっていう言葉自体あんまり聞かないですよね。
そうですね。
アミューズメントパークとか、
もしくはどっかの大型スーパーとかのゲームコーナーみたいな感じになってて、
一つのお店の中にゲーム機だけが置いてあるお店っていうのはだいぶ減ったんじゃないかなと。
そうでしょうね。
で、長谷川さんが今言ったみたいにですね、
当時私が小学生だった頃のゲームセンターというのは本当に悪いイメージしかなかったですね。
これはもう誇張ではなく、いわゆる不良の溜まり場と言われる場所がゲームセンターでしたね。
悪思いましたね。
イメージとしては本当になぜかずっと霞みがかかっているような店内でね。
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なぜかね。
そういうところで学生服を着た人はいるけども入りにくいというね、ような場所でしたけど。
意外とね、小学生とかが行くとあんまり怖い目には合わないですよね。
そうか。
同学年の中学生とかが行くといろいろ揉めたりするんですけど。
家からそんな遠くなかったですか?けっこう行けるところにあったんですか?
あのね、自転車で行ける範囲。小学生の頃って自転車でどこでも行くんですよ。
一駅二駅ぐらいは自転車で行くんですけど。
で、やっぱりゲームセンターっていうのは駅前にあるんですよね。
繁華街の方にありまして、すごくたくさんあったんですよ。本当に今では考えられないぐらい。
あった。たくさんあった。
で、個人経営でね、OKAっていうゲームセンターがあったんですよ。ローマ字でOKA、OKAって書くんですけど。
いいですね。
多分ね、あのOKAさんがやってるんですよ。
そうでしょうね。
で、これが人気があったのか儲かってんのか知らないですけど、3号店まであったんですよ。
で、僕らの間ではOKA1、OKA2、OKA3って呼んでて。
どのナンバーで行ってたんですか?
で、OKA3行こうぜとか言って、だからそれぞれ特色があって、空いてる店舗にどんどん入っていくんですよ、その人たちが。
なるほど。
うん。だから距離離れたところにあったんで、そこを次々回っていくみたいな遊び方してて。
わかる。
1号店がね、一番大きかったんですけど、後半のね、OKA3はもう対戦ゲームばっかり置くような店になってましたね、後半はね。
うん。
で、まあそういうね、あんまり今では考えられないぐらい雰囲気の良くない場所ではあったんですが、当時そんなことあんま気にしてなかったので。
行って何してたかって言うとね、ゲームプレイ自体はお金がないからあんまりしてなかったんですよね。
で、何してるかって言うと、人がやってるのを見てたと。
で、それだけでも楽しかったゲームが多かったなっていう。だから半分ぐらい多分見てただけのゲームだと思うんですけど。
とりあえずね、まあその時の印象強いっていうのは、これ前回も言いましたけど、まずゼビウスですよね。
ゼビウスってテーブル筐体の方ですか?
テーブルですね、テーブル。
テーブルか。
だから僕が小学生の時のゲーセンはもうほぼテーブルしかなかったです。
なのでテーブルってね、言ったらテーブルっていうぐらいですからもう平らなわけですよ。
平らですね。
で、水平じゃないですか。
だから上から見ても斜め45度ぐらいで見る感じになるでしょ。
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するとどうなるかって言うと反射するんですよ。
しますね。
天井の照明がね。
だから当時のゲームセンターっていうのはもうほぼ薄暗い感じ。
なんか手作りの段ボールの屋根みたいなの。
ありました、そうです。
で、薄暗くないところはそういうふうに日差しというかね、画面のとこにそれを置いてやるんですよ。
で、さっき言ったデパートの屋上みたいなところはもろ太陽光が屋根があるとはいえ当たるんで、
もうほとんどが日差しが置いてあるおかげで見えないんですよ、周りで見てて。
で、どうなるかって言うと全員プレイしてる人の後ろにずらっと並ぶ感じで覗き込むように見るっていうね、感じで見てましたね。
で、そうじゃなくて日差しなくて暗いゲームセンターで見てる場合はもう筐体の周りにわーっと群がってもう上手い人がいたらみんなで覗き込んで。
グラディウス二周してる人のところとかすごい人だかりでしたからね、当時。
そうね。
あの人は誰やったんやろうと思ってね、未だに。
ずっとゲームをしてる人なんかなぁと思って。
いましたよね、そういう上手い人がね。
いたいた。
なんかしらいるんですよね。
で、当時ゲームエストとの協力っていうかコラボなんかな、あのゲームエストのハイスコアランキングみたいなのがね、こう載ってて。
で、それに登録してるお店はその店舗の中でハイスコアが貼り出されてるんですよ。
そうですね。
で、今月デビューする1位はこの点数とかね。
で、ああいうの見ててね、すげえなぁと思ってこう、自分がもう絶対そんなことはできないけど、なんかしらこう漠然とかっこいいなぁと思って見てた思いがありますね、なんか。
そこを目指そうとは全く思わなかったですけど。
うん、あのお店独自の手書きのゲームロゴを見て書いたんだろうなっていう、ゼビウスっていうのの横に。
そうそうそうそう、あったあった。
今のね、最高スコアがね、書いてあるんですよね。
そうそう。
いや、あれがね、あそこに乗ることを目指して多分腕を磨いてた人もたくさんいたんだろうなと思いますね、当時。
うーん。
スコアアタックってやつですよね、だから今のゲームセンターではあんまり見ないですけど。
そうですね、あの頃って目標が得点でしたよね。
そうですね、あのほとんどのゲームに得点がついてるのはそのせいなんですよね。
うん。
もともとゲームって何かを競うものだったんですけど、それが点数だったんですが、だから今となっては謎な格闘ゲームに点数ついてるっていうね。
そうね、確かにね。
最近もうなくなったでしょ、さすがに。
あーそうなんですかね。
いらないですからね、だって。
まあね。
09:00
あるのか、一応。
で、まあそういうのがあったりとかしましたけど。
その、オカ?オカチェーン店に行ってた頃は、どこら辺のゲームが好きだったんですか?
この頃はね、これも高学年から中学だったんですけど。
はい。
やっぱカプコンじゃないな、ナムコのゲームやっぱり多いですね。
あー。
でもカプコンも多いな、ギャプラスとかソンソンとか。
ああ、うん。
あったあった。
でね、もう中学入ってね、中1の85年がね、これがね、アーケードゲーム黄金期、個人的にね。
うん。
だなと思ってたのがグラディウスが出てて、でドラゴンバスターが出てて。
あー。
ジャジャマル君が出てて。
ジャジャマル君。
影の伝説が出てて。
出た。影の伝説は僕にとって最初のインパクトでしたね。
あ、そうなんですか。
うん。
アーケードでですか?
そうです。見てただけだけど、ずーっとオープニング見てた。
あの木に手裏剣がカッカッカって刺さって。
はいはいはい。
っていうあれをずーっと見てて、すごいかっこいいと思ってましたよ。
基本的に右に進むゲームなんですけど、上下の幅がすごいんですよね。
そう。あのジャンプの浮遊感がすごいかっこいいんですよ。
そうですよね。今思えば思い切ったジャンプですよね。あれスパイダーマンぐらいのジャンプですね。
確かに。ちょっと人間のジャンプ力じゃない気がする。
でもあれが忍者っぽいし、すごく広大なステージを感じさせる動きしてましたよね。
そうなんですよ。それとね、あと剣を逆手に持ってるじゃないですか。
あーそうそうそう。
あれがすごいかっこよくて。
当時、親の持ち物でうちに白人三平先生の神威とかがあったので、劇画じゃない方ね。
とかサスケとかあったから、すごいかっこいいなと思って。
そうですね。しかもあの動きがね、腕を一回転させるっていうね。
そう。そうなんですよね。
で、もう一つ画期的だったのが、手裏剣を弾き返せるっていうね。
あれも新しかったんですよ。
昔、その敵の弾、基本飛んできたら避けないと当たるっていうところを、
剣で弾き返せるっていうのはすごくこう、時代劇とか忍者っぽい感じが出てて、気持ちよかった気が、記憶が。
なんか当時だとこう、真田博之感がありますよね。
あるある。髪型もね、だってちょっとね。やっぱ神威とかあの辺の影響を受けてるんじゃないですか。
あとね、あれです。魔戒村も85年。
ああ、そうなんだ。じゃあいい時代ですね。
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で、大型大観協隊第一弾ハングオンも85年です。
ああ、そうなんだ。
コナミのERカンフーも85年。
あ、ERカンフーのゲーセン版って、なんか外で戦ってますよね。
そうそう。
奥に山が見えて。
背景がね、ファミコン版に比べてすごく豪華なんですよ。
グラフィックが綺麗なんですよ、やっぱアーケード版はね。
あれ移植してくんないかな。やりたいな、あれ。やったことないんですよね。
あ、そうなんですか。
そうなんです。
アーカイブであるんじゃないですか、今ニンテンドースイッチとか。
あるかな。ファミコンの方はすごいやったんですよ。
ああ、そっかそっか。アーケードの方ね。
アーケードの方ね、もしかしたらプレステ2とかでコナミアーケードコレクションみたいなの出てたかもしれないです、もしかしたら。
あとね、一機も85年。
そうなんですか。
すごくないですか、85年。
各メーカーでヒット作が多いんですね、この年。
何があったのか。
でも多分影響はファミコンやな、これやっぱり。
ファミコンが出て2年後なんですよ、85年って。
おそらくですけど家庭用に負けないというか、ファミコンでゲーム自体の認知度が上がった上で、
それよりも面白いものをみたいなところでアーケードゲームがすごく元気があった頃なんじゃないですかね、これ。
なんか当時ね、お仕事されてた方の話で、やっぱり周りに言いづらいっていうのがあったみたいで。
自分の仕事をね。
そうそうそう、で言ってもなんか通じないとか。
あーわかりますね。
でももしかしたらファミコン出て2年後とかだと、なんか通じるようになったのかもしれないですね。
それは大いにあるかもしれないですね。
仕事としてやりがいがより出てるのかもしれないですね。
いやそれはあると思いますよ。ただ問題としてはファミコンとアーケードは違うけどなって思ってたかもしれないですけどね。
それはあるかもしれない。
ファミコンじゃないけどまあゲームやしいいかって思いながらね、説明してたかもしれないですね、確かに。
確かにこう開発者のモチベーションの影響はあったかもな。
でね、85年がまあそれなんで。
86年ですよ。
次の年がね、またこれも体幹協体第2弾のアウトランが出て。
でファンタジーゾーン。
ファンタジーゾーンそこなのか。
でダライアス、アルカノイド、サラマンダー、原併トーマデン、熱血紅白におく。
いやー86年もすごい。
15:04
そうですね。
これすごいですよ。どれを撮っても話し出したら多分終わらないやつですけど。
その影の伝説が最初のインパクトだったんですけど、2個目が僕ダライアスですね。
ダライアスはちなみに何がインパクトだったんでしょうか。
やっぱりあの三連結モニター。
いやーそうですよね。あの筐体見たらびっくりしますよね。
これはもうここに来なきゃ見れないと思ってたから。
今でこそワイド画面だと実寸で出せるんですよね確かね。上下切ってね。
あれ調べたら当時15インチから19インチのモニターを3台並べてたらしくて。
特筆すべきは専用筐体が2人掛けで座れて、ボディソニックって言ってすごい重低音で筐体が揺れる。
なんか振動してましたもんね。
振動する。プラスイヤホンジャックがついてるっていうね。
ついてた。
タイトーが音楽にすごいこだわって、ヘッドホンで音を聞いてた。
かっこいいもんな。
かっこいいんですよ。音も本当にかっこよかったんですよね。
かっこよかった。
ダライアさんまた見ててもいいんですよ。後ろから見やすいしね画面も。
そうね。ちょうど覗き窓みたいになってますもんね。後ろ空いてますもん。
これだってすごいですよ。一番左端から球打って右端届くまですごい長いですからね。
確かにそうだよ。
こんな広い画面ないよって。おかげですごいでかいボスが出てくるんですよね。
デザインコンセプトもすごいしっかりしてるし。
世界観。キャラクターとかね。
曲はめちゃくちゃかっこいいし。あれはすごいと思いましたね。
当時ただ単に見た目だけじゃなくて中身もちゃんとしたゲームでしたよね。いまだに人気ありますもんね。
うん。
私はそれで言うとね、86年は原平島までですね。
そうですね。原平も並んでダライアスに並んですごいインパクトでした。
まずもう何やって言ったら世界観でしょやっぱり。他のゲームではあり得ないこの和でもない和風ファンタジーみたいな世界観。
これ独特ですよね。
過激派の鎧の片手の形状がもうすごいじゃないですか。日本じゃないでしょ。
確かに確かに。
そうですね。キャラデザインもすごかったし、表現方法もすごかったですね。すごく大きいキャラクターを動かしてたんですよね当時ね。
そうなんですよね。
あれも音楽もすごかったですけど。
あー曲も良かった。なんか喋りませんか?
18:00
喋ります。めちゃくちゃ喋ります。
ですよね。
おばあちゃんとかが喋ってきて。
喋る。
体力ゲージがロウソクだったりね。
うーん。
で、そのメインがね、大きいキャラクターが横に進むのかなと思ったら急にマップ画面の移動画面になったりとか。
ちょっとね、ちっちゃい感じで。
で、なんか違うゲーム遊んでるぐらいの見た目の変化とかもあってね。
なんとも不思議な。
どっちもかっこいいんですよね。
そうですね。
ちっちゃい方もなんかすごいデフォルメがギュッとしてて、あれあれでかっこいいんだよな。
そうそう、エフェクトもかっこよかったよな。
かっこよかった。僕なんか当時あの、カナメイシってあったじゃないですか。
ありました、はいはい。
あれがかっこいいと思ったんですよ。
あーわかるわかる。
なんかわかんないけど。
あ、閉め縄ついてるやつでしょ。
そうそうそう。
いやかっこいいかっこいい。
あとはリュウね。
これ幻閉遠間伝は本当にすごく衝撃的なゲームでしたよね。
遊んだことなくても見た目覚えてる人多いんちゃうかなと思いますけど。
残念ながらこれを完全移植するのはやっぱ難しかったのか、PCエンジンはすごく頑張ってましたけどね。
ファミコンはなんか全然違うもんね。
ファミコンはもうダメでしたね、しょうがないですね。
あれはやっぱり流石に移植できないなと。
でもう一個はね、熱血コウハクニオくんはこれはかなりゲームセンターで遊んでたやつですね。
クニオくんってそこが初なんですか?
そうですね。
結構遅いな。
あの等身が高いやつね、最初の。
うんうん。
あれが駄菓子屋のところで立ちゲーとして置いてあったんですよ。
うーん。
でも遊んだのはもしかしたら出た後かな。
安くなってたから10円か20円くらいになってたんで。
もしかしたら発売当時じゃなかったかもしれないですけど。
今思えばすごく自由度の高いゲームでね、マウント取ったりできますからね。
あ、そうでしたっけ。
そうそう。殴って倒れた相手の上に馬乗りになってさらに追い打ちできるっていうシステムがちゃんとあったんですよ、当時。
すごい。最先端じゃないですか。
そうなんですよ。
今思えばすごいなと思ってね。
この辺はよく遊びましたね。
この奥に奥もなんか喋ってたな。
行ってまうぞオラーとかってなんか言ってたな。
なんか舐めんじゃねーよって。
言ってた言ってた。
多分今では出せないと思いますけどラスボスがね、反射の人が出てきたりとかする。
いろいろ自由な時代かなっていう。
いいですね、昭和。
Bright Big Brothers
次の都市ですよ、87年がまたこれ大型協会で行きますけど、アフターバーナーね。
21:01
ここまで来るとこのハングオン、アウトランがバイク、車ときてアフターバーナーが飛行機ですから。
正当進化かなと思いますけど、これもやっぱりインパクトありましたよ、当時体幹協会でやりましたけど。
やっぱり画面に合わせて自分が座っている椅子が動くっていうのはそれだけで面白いんですよ。
確かにね。
ゲーム自体は本当に敵をロックオンしてミサイル撃って敵の弾を避けるっていうだけのシンプルなゲームなんですけど、
そこにやっぱりこう自分が動いてるっていうエンタメ部分があるだけでこんな面白いのかっていうぐらい。
あれ当時いくらだったんですか?
100円だったんじゃないですかね。
元はでも200円くらいするのかな、大きい筐体だと。
ゲーセンって店によって値段変わっちゃいますもんね。
そうそう、私が行ってた駅前のところは学生がよく行くところは50円でしたね。
50円ゲーセンってよく言われてましたけど。
長谷川さんのところはどんなもんでした?
僕も50円に行くようにしてました。
100円のところもあったけどやっぱり安いほうが来ますよね。
やっぱり50円のほう集まりますよね、学生は。
その分難易度が高かったりとか残機が少なかったりとかするんですけど。
そういう調整してるところもあったりしてね。
でも安いところは人集まってくるんですぐ遊べないんですよ、結局。
そうですね。
うまい人もいるしな、やっぱり。
で、この87年もここでもゲームの歴史に残るRタイプが出てますね。
Rタイプそこか。
で、ナムコで言うと妖怪道中記ね。
原平島までの次の都市に妖怪道中記っていうこの和風続きでね、たぶん狙ってるんでしょうけど。
すごい独特でしたよね、妖怪道中記も。
やっぱりテレビゲームってどうしても妖風なものが多かったんですよね、すごく。
でも和のものをこの頃のナムコはすごく作ってたんだなと思って。
忍者くんとかね、国王くんなんかも日本ならではの感じはしますけど。
それでも妖怪道中記はさらに独特やもんな、そこにもなんか入ってる。
地獄巡りでしょ、だって。
なんかオリエンタル感がね、和というよりは。
でもなんかキャラクターも可愛かったし、特にゲームシステムがね、お金を稼いでそれでパワーアップするっていうね。
あの辺なんかちょっとファンタジーゾーンの影響を受けてるんやろうな。
そうかも、お店システムね。
そうそう、86年のファンタジーゾーンはそこがすごかったんですね、シューティングに買い物システムを入れるっていうね。
すさまじいアイデアやなと思って。
24:02
だから85年のグラディウスがカプセルでパワーアップするじゃないですか。
そうですね。
で、その次に出たファンタジーゾーンが敵を倒してコインでお金でパワーアップするっていうね。
いやこれ面白いですよね、これ明らかに元ネタはあるけどもちゃんとそれをアレンジしてきてるというかね。
ファンタジーゾーンも良かったな、BGMとかもめちゃくちゃ聞いてたな、なんか。
当時なぜか音楽室でピアノでゲーム音楽を弾くっていうのが流行ってた気がするな。
なんかね、どっかから楽譜を、ゲーメスってやったかな。
楽譜があるんですよ、ゲームミュージックの。アウトランとかスペースハリアとかのね。
で、それを音楽室で休み時間か何かに弾いたりするんですよ。見ながらね。
で、音楽の先生に、先生これ弾いてって言って、弾いてもらったらめっちゃカッコよくて。
盛り上がる。
すげー!って感動した思いがありますね。
あれすごかったな、今思えばな。先生が理解してたのか分からへんけど。
まあでも先生もね、弾いてやったら喜ぶんなら。
今ってね、YouTubeで調べたらほら、ゲーム音楽弾いてみたとかってピアノ上手い人が弾いてるじゃないですか。
あれもうカッコいいじゃないですか、ギターで弾いてみたとか。
あの感じ、当時ね、自分では弾けないですから、これを何とか聴きたいと思って先生に頼んだら弾いてくれたからすごい嬉しかったな。
次、88年ですけど。
88年までなってくるとですね、あんまりね、これゲーセンの思い出がなくなってきてるんですね、調べたけど。
おそらくね、家でばっかり遊んでたんじゃないかな、この時。
88年って言うともうPCエンジンですか?
そうですね。PCエンジン出たから家でPCエンジンばっかやってたんだ、これ多分。
そうそう、友達の家に集まってPCエンジンのターニングプレイばっか遊んでたんですよ。だからゲーセン行ってないんやわ。
で、その後はもうしばらく、高校生なんです、この時ね、88年って。
で、友達の家で遊ぶことが多くなって、この89年、次の年がね、これがカプコンイヤーなんですよね、この時が。
え、なんすか、ウィローとかですか?
カプコンイヤーって言ってウィローが出るのはおかしいでしょ。
あのね、ストライダー飛竜。天地を喰らう。ファイナルファイト。これ全部89年なんですよ。
それはすごい。
でしょ?
いやー、天地を喰らうか。
でもね、ところがね、この89年のカプコンこれは不責なんですよね、ただプロローグです、これ。
それで?そんなの出して?あ、じゃあウィローへ続くんですか?
27:02
いやいや、だからウィロー、もうちょっと前ちゃうかな、これ。ウィロー通り過ぎてるかもしれないですよ。
で、この流れでいって、91年にですよ。まあちょっと1年飛ばしますけど。91年にストリートファイター2が出ると。
そうですね。
この辺の流れはね、漫画のハイスコアガールっていう中ですごく詳細に書かれてますんで。この90年代の話はね。あれすごくよくできてますよ、ゲーセンの話とか。
わかる。
誇張はしてあるけどもう嘘ではないっていうね。
あれはやっぱり作者の押切先生が完全に同世代なんだろうなと。
そうですね。
ハイスコアガールの話とかもしたいな。
あの辺の話すると90年代の話なんですよね。
そうですね。僕は90年代ぐらいでゲームセンターに行くのが本格化するんですよ。
あ、そうかそうか。長谷川さんそれぐらいがピークなんですね。
ストリートファイター2からですよ、もう本当に行くようになったので。その前の川崎さんがPCエンジンに行ったぐらいに僕はゲーセンにちゃんと行くようになった。
あ、なるほど。
88年にですね、スプラッターハウスが出てるんですよ。
あれがもう本当にちょっと大げさに言えば結構人生の転機。
僕が絵をちゃんと描き始めたのはあのゲームの影響なので。
それゲームセンターで見て?
ゲームセンターで見て、ちょうど中学生だったから世のスプラッターブームもあって。
ホラー映画もね、流行ってましたね。
バタリアンとかの頃ですから、すごいたかんな時期にああいうのに惹かれるじゃないですか。
ドンピシャに来てたんですよ、スプラッターハウスが。
ゲーセンでももうスプラッターハウスだけをやってたし。
だって僕ノーダメージクリアできる。
マジで?そんなにやり込んでたんですか?
めちゃくちゃやり込んでた。あれしっかりやらない。
へーすごいですね。
それだけでも足りないから絵を描いてたんですよ。
それでリックとか一面のボスの牙がいっぱいあるやつとか、そういうボスの絵とかを描いてて、
そしたらクラスの子に上手いねって褒められて、これで絵描くようになった。
完全にきっかけじゃないですか、じゃあ。
そうなんです。
すごい。
でも確かにね、あのゲーム自体言ってしまったらどっかで見たようなキャラクターがいっぱい出てくるゲームですけど。
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そうなんですよね。ただちょっとネタバレですけど、さらわれた恋人が出てくるじゃないですか。
ああいうお話って僕の中になかったんですよね。
あれすごいびっくりして。
ああいう結末を迎えるっていうのも。
物語としてってことですか。
そうそうそうそう。
こんなことになっちゃうのかっていうのがあって。
でもなんか今思えばホラー映画っぽいですよね。
そうなんですよね。
やっぱり作ってる人のホラー映画リスペクトがすごく詰まってるんでしょうね、やっぱりね。
まあでもすごい出来もいいなと思ってましたね。
ちゃんとゲームとしてもね。ちょっと難易度は高いですけど。
いやー難しい。まあ難しいと思いますよ。
ただまあ長谷川さんはクリアしてるわけですからね。大したもんですよ。
もうラスボス何発殴ったら死ぬとかも数えてましたからね。
すげえ。
あの覚えてますかね。スライディングってできるじゃないですか。
はいできますね。
あれが二発分形状だから。
あ、あれ強いんですか。
強いんですよ。だからまあ二発分というかその連打になるんですよ、あれね。
ただゲットしてるんですか。
そうそうそうそう。だからどこのタイミングでスライディングを入れるとスライディングでボスが殺せるかっていうのを見極めるために何発で死ぬか数えたりしてたんですよ。
すげえ。もう攻略じゃないですか、完全に。
うん、やってましたよ。結構。
すごいな、それは。
そこからちゃんと行くようになってやっぱりスト2の衝撃でみんなで遊びに行くってなったのはスト2からかな、僕は。
これねスト2はねちょっとまた別の機会に改めて話したいなということで今回あんまり言いませんけど、スト2はゲームセンターに人を呼び込んだっていう意味ではもう外せないタイトルですよね。
当時の格闘ゲームブームって本当に一言でブームでは済ませないぐらいのゲームセンターにとっての革命でしたから。
お店も増えましたよね。
増えました、あの時に。増えました。だから今でいうとタピオカ屋みたいなもんですよ、本当。
急にゲームセンター関係ないとこがスト2置いてたりとかしてましたからね。
してた。
なんせ置けば人がお金入れますから。
やる。やるなぁ。
しかもね、その昔あったインベーダーブームに近いとは思うんですけど、スト2の場合はね1回で倍入るんですよね、対戦ゲームやから。
そうなんですよね。
ここが。そして何よりプレイ時間が短いっていうね。
33:01
そう、回転率高いんですよね。
いやこれねこの話はまた別でしたい、これ。
はいわかります。
アーケードゲームの革命なんですよ本当に。
ゲーム内容だけじゃなくて、ゲームセンターにとっても救世主だったのが格闘ゲームだったんですけど。
この話はね、また改めてどっかでやりましょう。
そうですね。
ここはね、外せないですよ。
外せない。
この話は本当に。
外せない。これはもうゲームという話をする中でもやっぱりこれはちょっと外せないですね。我々の世代特にね。
というわけでエンディングなんですけど、前回から始まった長谷川さんのリンクの冒険進捗発表コーナーということで。
お願いします。
進捗はですね、今第3第4第5神殿を攻略しまして。
おーすごい!思ったより早い。
結構でき…いや。
レベル上げたからでしょ。
そうそうそう。いやでも第5がしんどかった。
強かったですか。
うん。強かったし、広くて。
あーそうか。ダンジョンですか?
そうです。神殿が広くてこう何度も行って。
そっかそっか。
まあリセットって言ったらいいんですけど、3DSなんで丸ごと保存みたいな機能があってですね。
便利ですね。
まあどこでもセーブできちゃうんですよ。
昔のディスクシステムでは考えられないことをやってるわけですね。
そうだがディスクでやってた少年少女はすごいですよ。
僕面接官で、いや当時リンククリアしてきましたっつったら採用しますね。本当に。
君は根性あるなーっつって。
そうですよね。確かに。
で今、多分最後の神殿だと思うんですけど、大神殿っていうのかな。
岩が3つある真ん中で笛吹いたら出てくるやつの攻略を始めたとこですね。
なんか前回言ってた行き詰まってからレベル最大まで上げたおかげでだいぶスムーズじゃないですか。
そうですけど、大神殿に入る鍵みたいの取り方覚えてます?
どうなんですか?
あのね、街の外れ。普通の街があるじゃないですか。
あの外れになんもないエリアがあって、そこでね、その街で教えてもらうなんだかよくわかんない魔法があるんですけど、
それを唱えると地下への入り口が空き地にせり上がってくるんですよ。
でそこ入ると鍵があるの。
あーそんなんありましたって。
そんなんわかるわけないだろうって思ったし。
36:05
でも街の人教えてくれるんでしょ一応。
そうなんだけど、しょうがないですよ。当時のゲームだからしょうがないですけど、会話ウィンドウが出るのが遅いんですよ今のと比べると。
ポチって押して、ビリビリビリビリビリって喋り始めるまでの間が長い上に、街に歩ってる人のパターンが4パターンぐらいしかなくて、誰に話しかけたかよくわかんない。
で結構歩ってるから、なんか引き止めて話すと力になれないわみたいなこと言われる。
しかもカタカナですもんね。
そうそうそうそう。だから結構街の人に話聞くのが大変って言うんじゃないですけど、たまにねモンスターだったりするの覚えてます。
そうそうそう。そうやった。
そうなんですよ。だからねー。
あとなんかね、森でハンマー使うと隠れ里みたいなの出てくるのとか。
あったなぁ懐かしい。
こんなのね、わかんないっすよ。
当時どうしたんやろあれ。
いやだから攻略本じゃないですか。
かなぁ雑誌かなんかで見たんかなぁやっぱ。
だと思いますよ。
そっか友達に教えてもらったんやろなぁ多分。
そう、いやどっちか。だから大変ですね当時ね。
ね、今のゲームってすごく遊びやすいですよねだからね。
遊びやすい。
親切ですよね。なんとなくこう気づくようにデザインされてますもんね。
説明書もね今ないですけど、リンクの冒険説明書40ページ以上あるんですよ。
信じらんなくないですか。
ディスクの説明書ってちっちゃいから。
そうそう。
しゃあないんでしょうけど。
あのねそう当時ねディスクの説明書ってすごくねお値打ち感あったんですよ。なんかこう本みたいな感じになってて。
リンクだって最初の14ページぐらい全部お話ですから。
でもあの個人的にはね好きだったんですよあのディスクの説明書は。すごくこう読み応えがあってね。絵もいっぱい載ってるしね。
いや僕まず最初に前回言わなかったんですけど行き詰まったのは魔法の唱え方がわからなかった。
あー確かにねチュートリアルとかないですからね。
だから説明書隅から隅まで読んだんだけどよくわかんなくてしょうがないから探しましたよネットで。
何でしたっけセレクトボタンか何だったっけ。
そうですスタートで選ぶんですよ魔法まず。
じゃあジャンプの魔法とか選んでから通常画面に戻してセレクトを押すと発動する。
ですよね確かね。ボタン二つしかないですからね。
39:03
じゃあもうちょっとじゃないですか。
そうですもうちょっと。
楽しみやな最後クリアした感想を聞くの。
いや倒せんのかなボス。
いやだいぶ厳しいと思いますよ。結構忘れてるけどボスは覚えてますもん。すっごい難しかった記憶があります。
結構ね過去のボスがね第五神殿とかもちょろちょろっと出てきたんですよ。すっげー弱えなって思うんですけど。
最初に出会った時はすげー強かったから自分が慣れたのかレベルがマックスだからなのかわかんないけどたぶんこんなもんじゃないのがいるんだろうなぁ。
ぜひね体験してください。
次にはね朗報が伝えられるといいんですけど。
はいじゃあいつものやつお願いします。
はい番組からのお願いというか告知ですけれども
ブライトビットブラザーズでは番組に対するご意見ご感想あなたのゲームの思い出やゲームにまつわるエピソードなどお便りお待ちしています。
ホームページ右側のメールフォームや番組のツイッターアカウントへのDMなどで送ってください。
ツイートの場合はハッシュタグBBブロスBBがアルファベットブロスがカタカナをつけていただけると見つけやすくて大変助かります。よろしくお願いします。
はいお願いします。というわけでブライトビットブラザーズステージ3終わりですけど
実は次の4話ね2本撮りということでテーマ決まってますんで。
次回は駄菓子屋。
今回話したゲームセンターとちょっとつながる部分もあるかもしれませんがそういう感じでですね話していきたいと思いますので次回もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。今回はありがとうございました。ありがとうございました。