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2026-02-28 56:26

#196 ホリデーの誤り② 育児や仕事でタスク化する年中行事。私たちに救いはあるのか

「敬老の日」っていつ/七夕飾り持ち帰ってこられても/多様な欲を鑑賞できる短冊/恵方巻の陰謀/やっぱりいつも「食」でアガる/数年桜を見てない人のテンションがこちら/花より団子vs死と儚さと美しさ/【】初めての「生活発表会」目前/先生の負荷、月給100万レベル/ホリデーが仕事になって「イマココ」を喪失/ホリデーを「スルー」する生存戦略と課題/【】親として自分「0点」の日々/ジャッジするのはいつの誰?/「イライラすることもあるけど素敵なお母さん」に凹む/3歳児の記憶を侮るなかれ/その思い出は周囲の努力でできている/【】私という人間、こんなんじゃなかったのになぁ/職場のTSUBONEは家庭のONIBABA説/彼氏彼女間に変換すると途端にばかばかしい/ 子どもに対する自分にだけ理想が高くなる/誤り続けるホリデーは「人生の縮図」




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サマリー

このエピソードでは、敬老の日や七夕、ひな祭り、恵方巻き、お花見といった年中行事が、育児や仕事に追われる中で「タスク」と化してしまうことへのモヤモヤが語られます。特に子供の成長と共に増える幼稚園や学校のイベントは、親にとって大きな負担となり、準備や参加に追われる中で、本来のホリデーを楽しむ余裕を失ってしまう現状が描かれます。また、親としての自分に理想と現実のギャップを感じ、自己肯定感が低下してしまう悩みや、子供の記憶に残る親でありたいという願いと、現実の自分との乖離についても深く掘り下げられています。最終的には、完璧を目指さず、自分自身を労り、無理なくホリデーを楽しむことの大切さが語られ、人生の縮図とも言える年中行事を通して、自分自身と向き合うことの重要性が示唆されます。

00:05
みなさんこんにちは、誤り続けるオンナたちKayakoです。
Kanaです。この番組では、性格も住む場所もライフステージも何もかも違うけど、なんだかきなおう女2人が誤り続ける日常や自分自身をメタ認知して、とことん言語化していきます。
はい、前回からの続きです。
年中行事がタスク化する現実:敬老の日、七夕、ひな祭り
僕的にやりたいホリデーと、やりたくないホリデーがあるにも関わらず、幼稚園側は、けっちり全部やってくるっていうのがあって、経老の日?
経老の日って、まずいつ?
まじいつ?いや、正直そういう感じじゃないですか。
カレンダーを見て、あ、今月経老の日あるんだって思って考えるみたいなところはありますけど。
経老の日、9月の第3月曜日。
ハッピーマンデーだからね。
祝日ですね、正直こっちからしたら単なる。
ホリデーっちゃホリデーですよ。
そうそうそう。でもやっぱこの幼稚園児たちって、誰かの可愛い孫なんで、すごい可愛がられてるわけなんで、おおむね。
そういうじいちゃんばあちゃんへのギフトみたいなものを、すごい作ってきて、そうなると一緒に住んでないから渡さなきゃいけないじゃないですか。
そうですね。
でもタイムリーには渡せないでしょ、9月の第3月曜日とかに。
相当早く作ってくれれば送るとかできるかもしれないけどね。
そうそうそう、でもわざわざ送るかみたいになるし。
そうですか。
送ればよかったのかって今思ったけど、送るか正直帰省のタイミングとかだともうtoo lateっていうか、何のお祝いこれはってなるからテレビ電話してこんなの作ったよみたいな。
うん。
敬老の日もなんて言ったらいいの?ハッピーホリデーじゃないけど、敬老の日おめでとうなの?って感じじゃないですか、ありがとうなの?いつもありがとうってこと?
確かに、母の日だったらお母さんありがとうじゃないですか。
そうそうそう、いつもありがとう的なね。
敬老の日っておじいさんおばあさんを敬う日みたいな感じだから。
そうそうそう、どうしたらいい?ってなって、それをちゃんと渡すまで綺麗に保存して。
何作ったの?
おじいちゃんおばあちゃんの絵を描いて。
あーそういうやつね。
いつもありがとうみたいなのでちょっと工作した花とか、ちょっと大きいメッセージカードみたいなやつを取っておかなきゃいけないでしょこっちは。
そうですね。
渡さなきゃいけないでしょ。なんかそういう余計な何か余計なとか言ってto doが。
まあタスクがね。
増える。
そうなんですよね。それで言うと全然季節のこととか、敬老の日とか日本の文化でもあるから思い出させてくれる幼稚園本当ありがとうという一方で、それこそ七夕飾りを大量に持って帰ってくるとか?
うん。
どうしたらいい?この工作の山。
それって七夕飾りだけ持って帰ってくるんですか?
そう笹はないの。
あー、笹も欲しいですよね。
そうでも笹はね、近所のショッピングモールのイベントでもらえたんですよ。これでようやく七夕禅としてきたぞと思った。
幼稚園でももらえなかったから飾りどころがあるというか、飾りだけもらわれても壁に貼りゃいいのってなるし、何なら七夕飾りって正直お願い応答の札だけじゃないのって思ってて。
え。
違うの?
違うでしょ。めっちゃ折り紙でいろいろ作りますよね。
あ、確かになんかあの、何?うねうねした。
あのー、ちょうちんみたいなやつとか。
そうそうそうそう。
キラキラしたやつとか、いっぱい作った記憶ありますね。
でもそんなんじゃなかった。それなら私も確かによく作ったって今思ったけど、全然そんなんじゃなくて。
そんなんじゃないの?
鬼姫と彦星の霧絵みたいな。
それは飾るものなんですか?
一応飾るものっぽかった。
へー。
鬼姫とか、クラゲとか、何これ?みたいなのがいっぱいあって、これを私はどうすればいいかわからないとなり、笹尾が手に入ったので吊るしてみたものの、どうする?ってなって。
そういうのが、しかもホリデーだと、いまだにね、リースを飾ってる私以外のあれですけど、やっぱ一回気合い入れて飾って、長く楽しめるじゃないですか。
うん。
七夕ってその日過ぎたらもう終了って感じして、飾り付け甲斐がないっていう。
ツリーみたいなもんじゃないですか?
でもツリーはさ、もう例えば、日本だったらいつか出すの?アメリカだったらサンクスギビングが終わるやいないや出せるし、1、2ヶ月は楽しむものだけど。
うちの近くの七夕は、たぶん1ヶ月ぐらい。
マジ?え、ありな。七夕ってその長く楽しめるもん?
終わってからというよりは、たぶん始まるまで、6月ぐらいから始まって、笹と短冊が置いてあって、自由に描いてくださいみたいになってて。
そりゃだから、日本もイベント枯渇問題発生しますね。7月の七夕までないんじゃない?目星も。
七夕までずっと、みんなが短冊を飾っていくんですよ。それを私は通りがかる度に、ちょっとずつ増えていく短冊を見るっていう楽しみがある。
楽しみなんだ、それはしかも。
短冊って、人間のいろんな形の欲が現れてて、すごく興味深くないですか?
うーん、あんまり人様の短冊見たことがなくて。確かに。
でもそれで言うと、どっかのデパートの1階でクリスマスツリーを七夕みたく使ってて、
ハートだか星だかの板が置いてあって、好きなことを書いて釣り下げましょうみたいになってて、どういうこと?って思ったけど、
見てみると、世界平和とか、みんな健康であるようにみたいなものから、もうほんとお金欲しいみたいなものだったり、
え、欲にまみれすぎでは?みたいなことを、よくこんなところに堂々と書くね、みたいなものまでいっぱいあった。
絵馬よりも自由度高い感じ?
そうそう、しかも絵馬って、裏返したら絵が見えるから、あんまり見られたくない人とかは防いでたりするじゃないですか。
でもその飾りのやつは、裏だったら可愛い柄があるとかでもないから、書いた方をみんな上にして見せてたから、もうほんと好き放題書かれてましたね。
ご利益とかもないから、好き放題書いちゃえっていう気持ちもあったっぽいね。
幼稚園にあるのとかじゃないからね、もう老若男女書いてるから、商業施設のささ見るの楽しいですよね。
そうなんだ、その楽しみ方知らんかったから、今年の七夕はその観点持ってみますわ。
そうっすよ。だから別に家にはなくていいんですよね。
そうなの。
自分の家族の要望とかを吊るされても、別にそれ知ってるわっていう感じじゃないですか。
家にはいらないのを、やっぱり幼稚園が家に連れ込んできちゃうんですよね。
私の時は幼稚園に笹があって、みんなで短冊書いたり飾り付けしましょうみたいな感じだったから、
各家庭にお持ち帰りする必要ないのではっていう感じはしますね。
もしかしたら幼稚園でそれぞれ飾りもしていて、その末に持って帰らされたかもしれない、作品として。
知らんけど。
でも笹は処分されるんでしょ。
そうそう、笹はこれくれんのかいってなった。
確かに幼稚園っていっぱいありましたね、そういうのね。
今これが2月下旬、過去仮にだとしたら、これから卒業入学シーズン。
ひな祭りとかもあるじゃないですか。
そうだ、ひな祭りあるわ。
ひな祭り、お雛様はね、すごい気に入っているものがあるので、アメリカにまで持って行ったので、ひな祭りも割かし好きです。
作ってましたから、チラシ寿司。
アメリカで。
ショックが登場した。
そうだ、ショックが。
割と上がるほうのショックイベントなんですね。
そうそう、上がるほうの。美味しいからさ。
でもやっぱアメリカなんで、ザチラシ寿司みたいな感じにはできないじゃないですか、どうしても。
桜でんぶがとかね、桜エビがとかなんかないから、アボカドとか乗せてました。
まあまあ、美味しそう。
およどりみたいな。さやえんどうとかないし。で、錦糸卵と。
私、チラシ寿司嫌いだったから。それこそさやえんどうとか嫌いだったから。大人の食材が結構多めに混ざってるイメージ。
だから別に全然上がらなかったなって、今思い出したけど。
そうなんだ。でも、ばあちゃんがでっかい、あれ、なんだっけ、日本語出てこない。お寿司入れる、OK。
その名称わかんないな。
木でできたやつの大きいやつがあって、それにご飯入れて酢飯にして。
やってたよ、おばあちゃん、うちも。
それがめっちゃ美味しくて、私の場合は好きだったんで。
唯一嫌いな椎茸は、入れられないがバカデカサイズンされて、簡単に取り除けるようになってたんで、美味しく食べてました。
その酢飯の状態で、プリーズって思ってた。
もう何も入れるな。全然いらんけど、ご飯やん。味付きご飯。
それに手巻き寿司みたいにして食べる方がいいなって思ってたなって。
手巻き寿司の方が美味しいはわかる。
ひな祭りも別に言ってたな。
てかそれで言うと、配信時期には終わってますけど、日本の節分の恵方巻きの派手になり具合に直近びっくりしてます。
え、でもそれはもうこの10年じゃない?
10年も?だって1万円のとか予約受付中ってあって、私ちょっと知らなかったです。こんなに派手になってるって。
恵方巻きが盛り上がったの知ってましたよ。
法学とか言い出して、そこ賢で。クリスマソンチキンみたいに。
売ってるってのは知ってたけど、ここまで5千円のやつ、7千円のやつ、1万円のやつがこんだけあって、こんなに前から予約受付けてて、もうこれとこれとこれは売り切れてますっていう風に。
え、節分だよ、だって。
やっぱね、イオンの力じゃないですかね、これは。
やっぱイオンの力か。
まずはコンビニが始めたじゃないですか。
うんうん。
私の弟がコンビニでバイトしてたんですよ、昔。
うんうん。
恵方巻きのルマがあるんですよね。
そうなの?
店舗ごとに何本売ろうみたいな。
うちの弟真面目だから、売れ残った恵方巻き買って帰ってきて。
優しい。
一人で正しい方角向いて、恵方巻き食べてたんですよ、無言で。
喋っちゃいけないんですか。
無言で食べるものだからね。
あ、そんなにガチで盛り上げたいんだ、恵方巻きってって、その時思ってたら、じわじわと。
だから、セブンはね、イオンもやってるから、多分そういう感じで広げてったんじゃないのかなって、ちょっと予測している。
ちょっとでもイベントにして消費を上げようというのが、やっぱ豆は盛り上げようがちょっとなかった。
そうですね、豆には限界がありますよね。
そうですね、豆をいくらでかくしたってね、じゃあピーナッツ売りますとかしても高がしれてるし。
しかもこのご時世にあんな投げて消費しちゃうの、あんまり推奨したくないしね。
本当に本当に、家も掃除が大変でみんなやりたくないし、豆の入ったパックごと投げるとか普通に痛いだろうってなっちゃうから。
やっぱ派手にする城はエホオマキあんだって。
華やかだしね、でも食べたことない。
エホオマキ私も食べたことないですね。楽しそうって思っちゃった、ちょっとイオンの見て。
作ろうって思ったらやっぱショックだから。
だからちょっと上がる系なんですね、その。
そうそう色のりもだし、海鮮美味しいし、いろんなの入れて巻いたら可愛いし。
エホオマキがどうとかよりその日に、どうせ多分さ幼稚園でやるじゃないですか。
でなんか鬼の麺とか豆とか聞いて帰ってくるんだったら、みんなでその日は手巻き寿司パーティーじゃないけど巻き寿司パーティーみたいな。
して食べたらいいかもってまんまと。まんまと注文とかしてないけど1枚のやつとかは。
でも。
やりたいなって盛り上がっちゃった。
節分じゃないけど、手巻き寿司パーティーの友達とやるバージョンでカラフルなものをいっぱい入れて、なんていうのこの巻くやつ。
巣巻き?
そうそう巻いて、ふと巻きにして断面とか見て、わー綺麗みたいにして食べることはありますよね。
それは楽しいですよね。
それは楽しいやつ。
いろんな具材を揃える。
エホオマキはそれにつながる感じはありますよね。
考えるのも楽しいし、かといって考えるの楽しいけど選択肢無限大じゃないから考えやすい。
どこまで行っても魚か卵焼きときゅうりとカニカマとか、子供だったらそぼろとかぐらいしかないからめんどくさくないっていうか。
食がもたらす高揚感と、ホリデーの楽しみ方
いやーでもすごいな。食を中心にこう上がる上がらないがやっぱり。
いや、かなさんに言われるまで全くそこ思わんかった。食か。
すぐ言うもんね。
3月もお雛様は脳のコーナー、いやでもチラシ寿司がーとか言って。
だから私バレンタインあがんないんだ。自分が美味しいものを食べれるわけでもないし、頑張って作っても基本はあげるじゃないですか。
もちろんおこぼれをもらうじゃないけど自分もちょっと食べれるけど。
家族でケーキとか作ればいいんじゃないですか。
作ればいいけど、自分が食べたいものを作るのとあげるものを作るのと違うじゃないですか。
そこに多分今年とかは娘と一緒に作るってなったら作りやすいものでクッキーとかなるでしょ。
家族みんなで分かち合うようなものの方が自分が食べれるからいいんだ。
そりゃそうだわ。だけど私何でも食べたいわけじゃないから、本当はフォンダンショコラとか生チョコのトリュフとかが食べたい。
けど娘と作るのにあんま適してないし、娘が食べるのにカロリー過多だしとか思っちゃうと、まあどうせクッキーなんだろうなみたいな。
だからあがらないんですね。
あがらないですね。別にデパートのチョコの祭児に行って、いいチョコ買いたいみたいな欲求はない。
やっぱ好きなものを作って食べたいんだろうな。
そうなんですね。だからサランドショコラ大ファンみたいな人もいるじゃないですか。
そうっすね。そういうのじゃない。詳しい人すごいっすもんね。
それはそれで行けば楽しいですけど。
分かる。行けば楽しい。美味しそうだしね。
じゃあ3月ひな祭りして、春休みですよね。
春休みですね。でもやっぱ4月はあれじゃん。日本に帰ってきたからお花見じゃん。ホリデーじゃないですか、これも。
久しぶり?
久しぶり。桜を本当に長らく見てなくて、まじで。
これが数年桜見てない人のテンションだ。
そうそう。去年も桜見てないから、本当に見れるじゃん。やばい。そもちゃん気づいちゃった。お花見はやっぱ弁当思うし。
確かに。また言ってる。ペーザーシート広げて弁当食べようとしてる。
別にいいんですよ。歩きながら観光するように桜見たって。
まあね、それも大阪に住んでた時も、造兵局とか行ってね、八重桜とか好きだったし、私は京都とか行って、いろんな桜の名所とか、大阪はまあまあ見たし、奈良とかも行ってみるのもいいかなってのは思ってる。
ところで、桜見れるのやばいっすね。揚げ。これ揚げだわ。これだ。
忘れてたもんな、今私。
かなさんが?
そう、卒業式、入学式ですね、みたいな話をしようかと思ったけど、花見じゃん。これが別にホリデーじゃないけど、本当に休みとかじゃないけど、でもなんかホリデー感がある気がする。
国民みんなちょっと浮き足立って、桜の名所とかにみんな行って、レジャーシート敷いて、ご飯食べる。
日本人桜好きすぎもんだよね。
だって、本当に2、3週間しか咲いてないのに、植えすぎでしょっていう。ほとんどの季節はけむし枠しみたいな感じなのに、どこもかしこも桜だらけですからね。
でも海外の人もね、それを狙って日本来たりしますからね。
そうね、人混みだけがちょっとうわって感じなんで、近所で冷ませるかもしんないけど、だって屋台とかもね、出るしね。
うん、そうか。
かなさん、全然乗り気じゃないですけど。
いやもう、お花見も、わー桜綺麗だな、ぐらいですね。
下達した。お花見下達した。
いや、誘われても行かないかな。
あ、ほんと。もうちょっと人混みヤバそうだしね、でも確かに。
めんどくさそうじゃないですか。寒いし、だいたい。
そっか、一回新卒の時かな、あれ何公園?代々木公園?かなんかで花見したけど、ヤバかったっすね、人が。
まあ私もそのぐらいの頃はしてましたよ。
新卒の頃ね。
桜はでも綺麗ですよね。ザワザワする。
ザワザワ?
結構命の終わり感じる、桜は。
桜ってすぐ散るし、散る勢い足るよって感じですもんね。
満開見るともう胸が張り裂けそう。
終わりを見せられていて。
もう苦しいっすね。だからそういうのはあるな。
ヤバいな。だって、そうですね、成果変えないっすもんね、かなさん。
うん、成果変えないし。
うんうん。
葉桜の美しさも分かるけど、もうできれば、もう一瞬で、私が寝て起きたら全部入れ替わるみたいになっててほしい。
まさかの、なんぶ崎なんぶ崎で楽しめていくのに。
なんぶ崎なんぶ崎ですよ。咲くまでは、上り坂の時はいいんですけど。
満開でこうも悲しい気持ちになってる日本人なかなかいないと思うな。
え、そうかな。
満開きたって思ってると思うな、みんな。
そうかな。
ミドキンみたいな。
単価とかでもあるじゃないですか。世の中に絶えて桜の中にせば、春の心はのどけからましみたいな。
いやもう、教養教養。突然教養の話になった。ポカンとした、今。
いや、世の中に桜がなかったら、春の心はのどかだったろうにっていう、有名なね。
やっぱ、いにしえにもかなさんと同じ感性がある。
そうなんですけど、本当にそうって思ってた。
本当?
うん。
その、はかなく悲しいところも。
意図おかしいですね。
いや、そうそうそう。だから、そういうことですよ。桜きれいだなって思う気持ちの中には、そういう、はかなさみたいなものが入ってて、しみじみと趣深いっていう感じですね。
まあ、感動はやっぱね、心が動くってのは必ずしもプラスではないっていう。
花より団子にはあんまなんないかな、みたいな。
そうかな。屋台何があるかなってちょっと思っちゃうな。
屋台なんてね、一年中どっかでなんかやってますから。
まあ、それはそうだし、屋台のって実際なんかそんなにおいしくないのに高いのと、闇を感じるときあるから。
実際ね、闇とつながってるから。
闇とつながってるから。なんか、この鶏肉はいつの何かな、みたいな感じとかもあって、結局は屋台がいっぱいあっても、レストランとかが軒先に出してるやつとかを買いがちっていう。
そうなんだ。
おいしいし、なんか安心できる。
今年、幼稚園のイベント的にはもう卒園ですよね。
幼稚園の先生の過負荷と、ホリデーを「スルー」する戦略
そうですよ。だから、初めて日本の保育園幼稚園的なやつの中の一大行事生活発表会?
何それ。
なるもの。一年の集大成のお遊戯会みたいなやつ。劇とかするやつ。
それを生活発表会って言うんですか?
そう。生活発表会って結構一般的なワード化してるぐらいに思ってましたよ。
小さい頃ありました?
あ、ありました。でも生活発表会という名前だったかはわかんないけど。
学芸会だったかな。
そっか。でもやっぱり生活発表会って、ググるとそれなりにAIとかで出てきますよ。保護者や地域に発表する行事って。幼稚園や保育園、小学校などで。
お遊戯会はわかる。学習発表会もわかるけど、生活発表会は聞いたことなかったな。
生活発表会なんですよ。
それがいつあるんですか?
それが年度末、卒園式の前にあって、これが涙するパートね、みたいな感じ。
何するかもうわかってるんですか?
そうなんですよ。劇?劇するらしい。歌ったり踊ったりしつつ、セリフもありつつ、みたいなので。
衣装作ってあげるんですか?
いやそんな、もう全くこっちに負担ないっす。
あ、そうなんだ。
全く負担ない。何もしなくていいっぽい。ただ見に行くだけ。
じゃあ娘ちゃんが何かするかも知ってるんですか?
そうそう、何するかも知ってるし、特に具体的なことはちょっと言わないでおこうと思うんですけど、何の劇して何の役するかみたいな。
でも一個の役に5、6人いるみたいな。みんなでやる式。
木の役とかじゃなくて、みんな主役を振り分けるっていう感じで、こういう歌を歌うとか、こういうセリフがあるとか、そういうのを日々言ってますね。
毎日練習してるっぽい。
へー、わったなー。
日本はそういうのちゃんとしてるから。先生もちゃんと教えて。
偉いですよね、先生ね。
偉い。大変すぎって思いました。幼稚園に入れて、丸々1年通ってないけど、ちょっと先生の負荷が大変すぎ。
年長って言ったって5歳6歳で、まだまだちゃんと話し通じないのに、20人とかいて、行事が目まぐるしすぎ。
数々、さっき言ったイベントとかホリデーをこなしながら、合間合間に遠足に行ったり、芋掘りに行ったり、月見とか行って団子を食べさせたり。これもイベント?ホリデー?やることありすぎて。
保護者との連絡とか、日々の体操とか。
子供の日々の生活をちゃんと支えるっていう、そのメインの仕事に加えてやることがありすぎますよね。
お誕生日会とかね。そんなのもあるし、もっとゆっくりしなって思いました。何個かやめなよって思いました。運動会とかも競技ありすぎ。先生頑張りすぎ。
ダンスとかさせなくていい。走らせとけって思いました。球とか投げさせとけって。大変ですよ。
それは親が許さないんじゃない?
許さないのかな。私からしたらちょっとトゥーマッチすぎて。先生たち、こんなのやってらんなくないみたいな。月給100万ぐらいもらえなよって思いました。やりたくないよ。大変すぎて。
でも実際そうだと思う。すごい仕事ですよね。
本当に大変だよね。授業参観に行った時も、本当に目まぐるしいんですよ。朝の会やって、このお歌歌って、今日のお歌、今日の係の人たちの挨拶みたいな。
みんな手洗いに行く時間、手洗いに行って、帰ってきてみたいな。
その間、他のこと一切できないですもんね。
本当にそう。手を洗わせに全員行って、拭くだけでも大変なのに、そこから、はい、机並べて、椅子並べて、ここから制作しますと、二十何人が、「先生、ノリどこ?」とか、「これは?」とか、「僕のは破れた。」みたいなのを駆けずり回って見て、
はい、じゃあもう制作終わって、次は体操の時間ですとか言って、全員並んでとか言って、忙しすぎて。
それでね、子供たち帰ったら、行事の準備するわけでしょ?
そうそうそう。大変すぎだって、そんなの。
これ、保育園だとそんなことないってことなんですよね、きっと。
でも、保育園でも、今は結構幼稚園化してるって聞きますよ。ひらがな教えたりとか、全然しないっていうとこもあるみたいだけど、行事も結構してると思うな。
だから、もうあれですよね、ホリデーっていうか、いろんな人の努力で、このお祭りごとって全て成り立ってて、本当にちょっと冷笑的なこと言っちゃいましたけど、ほろりとするというか、尊いなとも思います。
結論、みんな忙しすぎと思った。今自分で喋ってて、学校とか保育園、幼稚園がちゃんと日本の式お料理の伝統、稲祭りとか、節分もそうだし、お月見とかをちゃんと教えてくれて、
家で話題ができてっていうのは、家でなかなかそれに気づいて準備してっていうのは、お父さんお母さんが忙しくてできないから、カバーしてくれてるのはありがたいと思ってたけど、
カバーするのも先生たち大変すぎて、本来は生活に根差してて、この時期はお月さまが綺麗だから、みんなで見ようねって、見るときにお団子食べようねってするはずが逆転してるというか、
綺麗だから楽しんでみようってよりは、中心と明月だし、お団子買わなきゃとか、そのことについて喋らなきゃみたいな感じに汗汗しちゃってて、みんなちょっと楽しめてるの、本当にっていう。
それなんですよね。私もなんで今こんなにホリデーに対して、冷たい視線を食ってしまうのかって思うと、仕事で常に3ヶ月先の季節、まず年度始めとかに、Xのイベントカレンダーみたいなのを見るんですよね。
この時期はこのキーワードが盛り上がりますみたいなのを出してくれてるから、それを見つつ、この月にはこれで何かしたらいいねってやったりとか、キャンペーンとかもね、新生活もそうですけど、
ホリデーの時期にはこういうセールがあってとか、夏はボーナスシーズンだからどうこうとか、お花見だからどうこうとか、ビジュアル考えるときとかも、常に季節のイベントごとにいかに乗っかるかばかりを、しかもそのイベントの数ヶ月前から考えるんですよ。だからもう当日には、終わったみたいな。
まあ、燃え尽きてるんだ。散々準備してね。しかも自分が楽しむためにやってるわけでもないしね。
そうそうそうそう。だからもう今ここを感じないんですよね。その瞬間には。
確かに。ちゃんと満喫できないし、もう完全に仕事になっちゃってるから。
そう。保育士さんとかもそうなんじゃないかなと思うんですよね。
そう。むしろ見たくないぐらいまであるかもしれないね。もう散々やったしみたいな。
自分の願い事、結局書いてないなみたいな、棚畑に。
かやこさんも、自分がいかにこのおいしい食べ物を楽しめるかどうかで、上がるかどうかが変わるみたいな話してたじゃないですか。
それもその違いなのかなって思いましたけどね。準備して、子供が配れるようにチョコを用意するんじゃなくて、
自分が上がる食べ物を作って、その瞬間をすごいみんなで楽しむみたいな心。参加してるものはすごい楽しめてるんじゃないですか。
そうっすね。だから花見もね。自分が花楽しんで、好きなお弁当とか持って食べてるとかを、酒飲んでるみたいな絵を浮かべるから楽しいのであって、
それがみんなのために作ってとか、だから運動会のお弁当みたいなポジになるとちょっと。
ね。義務感が強まると。
そうそうそう。それは結局楽しめるかどうかなんだな。主体的に。
そう。だからもういっそ何もしたくないみたいな気持ちになって、クリスマスも引きこもる。年越しも引きこもるみたいになっちゃうんですよ。私はね。
それはでもそうだな。忙しいとね。
でも言いたいのは、無理もしなくていいよっていうことだと思うんですよね。
それは無理してまでやることじゃない。
そう。楽しみたいなら楽しんだらいいと思うし、そこでまるまるしなきゃとか、周りはこんなにやってるのに自分はとか思い始めると、本当に無駄に憂鬱になるから。
去年のクリスマスの私みたいな感じに、全く感じる必要のないネガティブさを引きずってたから、そういうことはしなくていいと思いますね。
そう。私12月苦手なんですよ。イベント多くて。マイペースなんですね。たぶん基本の性格がすごく。
なのに、12月って、やれクリスマスだ、やれ年越したもそうだし、大掃除しろとか、
忘年会とか。
今はやってないけど、年賀状かけとかね。
年賀状もね。
あと実家帰りなさいとか、そういう拘束してくる要素が、ただ年を越すだけなのに、めっちゃ言ってくんじゃん。毎年みたいに。
で、私は今そのペースじゃないのに、年とか明けてる場合じゃないんだが、みたいに毎回なるんですよ。
で、なんかちょっと苛立つみたいなことがあって、それで、ここを気にすると精神性が良くないから、もう全スルーしようって、何か数年前に決めたんですよ。
そしたら、結構楽になったっていうか、何も思わなくなった。
周りが、やれ年末だって色々言ってくるけど、私はもう関係ないって思ってるんでって決めると、全然スルーできるもんですか。
できるできる。だから、忘年会とかも一切行ってない。
やっぱ、しなきゃに結構囚われてるのかもね、人々は。
それが当たり前になりすぎて。
逆に、お休みであることは事実だから、会いたい人に会えばいいかなっていう感じで、そこは利用するけど、何かそれが良いか悪いかっていうのは、本当にあると思うんですよ。
あると思うんですけど、少なくとも変に病みたくはないから、もう決めたっていう、2回ぐらいそれで過ごすと慣れるっていう。
だから、もうこれからは、自分がざわつくイベントは別にどうでもいいですっていうことにしたらいいっていうことですね。
そうそうそうそう。そうなんだと思いますよ。
どちらの苦しさもあると思うけど、子供がいる人といない人とか、パートナーがいる人いない人の、それによって余計にみたいなこともあるじゃないですか。
親としての自己肯定感の低下と、子供の記憶
うん、それはそう。
だから、家族で盛り上がるイベントとかは、自分は独り身だからとか思うと、しんどいじゃないですか。その余計な差分を感じて。
本当にそうね。
家族がいる人はいる人で、それこそ幼稚園からもらってきた〇〇をとか、幼稚園から〇〇を持ってこいって言うから、それをとか、いろんな義務に縛られて、それはそれで大変じゃないですか。
そうですね。自分のものじゃなくなるかもしれない。
そこに追われてみたいな。だから、気楽でいいねって逆に思ったりするじゃないですか。そこを。
お互いね、隣りのシワ多いから。
そうそうそうそう。彼氏がいるとさ、いるで、前言ったかもしれないけど、バレンタインとかしのほどめんどくさいみたいなことがある。
そうなんで、パートナーがいる時のバレンタインの重さがすごい。
いなきゃさ、こんなのどうでもいいっていうか、別にちょっとキットカットとか配るぐらいでもいいわけ。
そう。そうなの。なんかもう義務感がすごいから、本当にこのバレンタインを女子から男子のスイーツの日って定めたやつを私恨めしか思う。
こっちが勝手にするしたら悲しむ人が出てくるわけじゃないですか。
そう、そうなんすよね。
こっちの問題だけにできないっていうのもあるから、もう言ったらクリスマスのサンタと一緒ですよね。
そうなんですよ。
こっちがめんどくさいと思ってスルーしたら悲しむ人が出てくるっていう、なった時に結局スルーできない。
そうなんですよ。だから悲しみが連鎖しちゃうから、自分一人のペースでは決めきれないっていう煩わしさみたいなのはどうしてもあるじゃないですか。
そうですね。一人なら一人で、自分は誰かのために何かするっていうのが、今回できないなっていう寂しさがそうそうあるし、
いたらいたで、別にやりたいって思ってないのにやらなきゃいけないみたいな重さとか煩わしさがあるっていう。
はー、大変。
だって、それこそ年末年始実家帰るとかいうイベントも、もう割とスルーしてるんですけど、昔はね、昔はっていうか、それこそ今父親も亡くなってるし、その上のおじいちゃんおばあちゃんも全員いなくなったから、
帰る場所とかないからないけど、いた頃はね、毎年会いに行ってとかがあった。
そうですよね。やっぱり孫がいると、それは祖父母に合わせるっていう親孝行が発生するんで、避けてとれないですよね、そこは。
仕事とかで消耗してくると余計に、もう休みたいんだが、みたいになるじゃないですか。
確かにね。年末年始も駆け抜けてきたから、今だけはみんな休みで連絡も何もないし。
それこそ、仕事もそうだし、1歳の子供を抱えてね、いろんなイベントに全力投球しなきゃいけないのも、すごく大変だろうなって思うんですよね。
そうですね、あと移動とか、新幹線とか、本当にきついですね、1歳抱えて。
1歳の子だけ満足してたらいいわけじゃなくて、結局娘ちゃんの楽しめるかどうかっていうことも考えなきゃいけないわけですよね。
そうそうそうなんじゃない、かかりきりになってて、自分はほったらかされてるっていうのもやっぱ嫌だろうから、でもそうせざるを得ない。
だから、配慮する先が多くて、とても偉いと思いますよ、私は。もっと自分を褒めてあげてほしい。
ありがとうございます。本当にそれは、世の頑張っている親みんな染みてます、今。
なかなか親としての自分を褒めるっていう機会はなかなかないんでね、至らない点しか浮かばない。
ただわいわいイベントを楽しんでるだけじゃないっていうことだと思うんですよ。
今日は親としてよくやれたなーみたいな日って、1日もないですもんね。
そうなんですか?
うん、毎日0点とかないけど、なんか30点とか20点とか。
よく頑張りました、みたいに自分で自分を褒めるみたいな夜はあんまないんですか?
やり切ったみたいなことはあるんですけど、よく途中で倒れなかったとか、よくブチ切れなかったとか、よく駆け抜けたみたいな、よく怪我もなく無事に8時までに寝かせることができたみたいな意味でやり切ったな、今日よくやったなっていうことはあっても、
それは自分がタスクを無事できたかどうかの観点でしかなくて、今日1日子供にとってありたい親であれたかっていう観点で、自分よくやれたなっていう日は本当に生まれてから1日もないですね。
そうなんだ。
1日もない、本当に。だからやっぱ誰かに言ってもらわないと自分では言えないかもしれないですね。よくやってるなっていうのは。
それ大いなる問題ですよ。
こんなに自己肯定感高いのに。やっぱ親としてってなると、ジャッジするのは自分じゃないんで、って思っちゃいますね。
ジャッジするのは、いつの誰なんですかね。
そうなんですよ。目の前の子供なんだろうけど、この間なんて私ほんとしょっちゅうイライラしちゃうんですよ。
子供生まれるまで全然そんなことなかったはずなのに、娘とかにイライラしてごめんねとかも後から言ったりするんですけど、でいいよとか。
お母さん本当に今こういう状況でそうなったら本当にイライラしちゃうからやめてとか言ってるんですけど。
そんなことばっかり言ってたら、まだ娘からお気に入りの貝殻を貼っ付けたお手紙にイライラすることもあるけど素敵なお母さんって書かれたお手紙もらって。
痛まられてる。
本当にごめんって思いました。イライラすることもあるけどとか書かれて。しかもそれが全く嬉しくない、自分みたいな。
素直ですけどね。
本当だから悪気とかないし、なんなら私にすごい喜んで欲しくて喜んでもらえると思って書いてくれてて、でもこっちは気を使わせてしまっているし、そんな良いギフトと思ってくれてるけど本当に嬉しくないっていうイライラしてるって書かれてることが。
だからありがとうとかで全力でもらえなくて、あーってなっちゃうみたいな。全部含めてなんかもう全てが嫌みたいな。
いや無理だけどね、それは。
でも自分はさ幼少期の記憶あんまないんで正直。小学校以前の記憶あんまり。かんさんはいつも3歳とか覚えててすごいなって思うんですけど。
そうなんですか?
そう私本当に覚えてないんですよ。保育園時代とか。
一番覚えてる最初の記憶はいつぐらいなんですか?
それね、なんかよくある質問じゃないけど、本当いつなのって思います。それでいくと小学校1年生かもしれない。よく覚えてる。
何が思い出されるんですか?
新卒で入った若い女の先生がいつまでも座らなくて走ってる男子に泣いちゃったとか。
かわいそう。
もう座りなよ先生泣いてるじゃんって私が言ってた気がします。
先生かわいそうじゃんって。
先生泣いてるんだよみたいな。座れよ!みたいな感じで言ってたとか、おはじき、花のおはじきみたいなマグネットのやつがお道具箱に入ってたなとか。
でもそういう記憶かな。それもなんか結構断片的かも。
私はだから年少さんぐらいから覚えてるというか、幼稚園を選んでる時の記憶もあるから。
いやそうそう本当いつもびっくりしますよ。かなさんの幼少期の記憶の覚え具合。
保育士さんとか覚えてます?その当時の。
保育士さん覚えてるけど、それが果たして純粋な記憶なのか、後から親に言われて持ってる記憶なのかわかんないんですよ。
私覚えてるんですよ。飯塚先生と薬帽先生と東先生っていう3年間の先生の編成をね。
もうね、私本当に自分のことだけだった時っていうか、子供の頃の記憶なんてみんなおぼろげなんだと思ってたんですよね。
だから娘に今こんな風にいいお母さんできてないけど、記憶の彼方に行ってくれるだろうと思ってたら、
かなさんの話聞いてどうしようこんなに覚える子供だったと思ってるんですよ。
私の不出来具合がみたいな。すごいっすよね。
そうだから何を話したかとかまでは覚えてないんだけど、年中さんの時の薬帽先生がちょっとぽっちゃりしててお尻が大きい先生だったんですよね。
お遊戯でフレフレフレフレみたいなフレーズがあった時に、みんなでお尻をフリフリするみたいな踊りがあったんですよ。
それを先生が率先して踊ってたんですけど、そのお尻のフリフリ具合が素晴らしくって、なんかすごいな。
そこだけで小説みたいだな。
ことを覚えてたりとか、生活発表会みたいな、お遊戯会みたいなのが年に2回あって、劇する時と音楽会みたいなのが交互だったのかな。
ちょっと忘れたんですけど、で劇の時に七匹の子ヤギの役柄なんですけど、あれって一番下の子が時計に隠れる。
あ、そうですね。7番目の子かな。
一番セリフが多いんですよね。クライマックスに活躍するし。
だからそんな役は絶対やりたくないと思って、一番無難なのに2番目ぐらいのヤギかなと思って、そのヤギに立候補して、練習までうまくいってたんだけど、
当日たくさんの人の前に立ったら、自分が何をしに来たのか忘れちゃって、一言も喋れなくて、ポカーンってする時間が10秒ぐらいあったんですよ。
めっちゃ覚えてるね、ほんとに。
それで周りがみんなシーンってしてて、それの時は覚えてないですけど、きっと母親はあの瞬間、さぞ見守る思いだっただろうな、みたいな。
そうだろうな。はっはっはっ、かまちゃん、はぁーって。
なになにね、なになにって言うのよみたいなセリフも覚えてたと思うし、お母さんも。
だから一言しかないの、セリフ。扉かなんかの前に狼がやってくるのかな。で、話すみたいなので。
そうだね、お母さんとかどちら様とか言うやつね。
それの、ほんと一言だけの役柄のセリフは、とんなとかじゃなくて、私なんで今ここに立ってるんだろう、みたいになったっていう。
今起きたの?って。
のとか。
すごい。
あとお泊り、保育とかも覚えてて、なんか幼稚園の子どもたちだけでお泊りするみたいなので、新潟かなんかに行ったんですよ。
え?遠征タイプ?
遠征タイプ、一晩。
初めて聞いた。
なんか別荘みたいなのがあんのかな?別荘っていうか、幼稚園の。
持ってる施設みたいな。
持ってる施設みたいな。
ゴイス幼稚園じゃん。
そう、それで川辺に連れてかれて、初めてホタル見たんですよ。
あ、いい思い出じゃん。エモくなってきた。
そうそう、でピカピカしてたホタルのこととか、今でもうっすら覚えてるんですよ。
すごい、私も思い出したいんだけど、そういうエモいやつ。
だから、田舎の体験とかないから、それが唯一の私の田舎の夏休み的なイベントで、すごい良い上層教育だったと思うんですけど。
都会にある幼稚園としてはすごく良い項目。
そうそうそう。そういうのとかも鮮やかに思い出すから、季節のイベントを楽しんでたかわかんないけど、
結構その幼稚園でいろいろ楽しませてくれたことみたいなのは、すごい覚えてるんですよね。
すごいな、私なんか今言われて、保育園の記憶これも覚えてるな、これも覚えてるなとか思ったけど、後からの記憶なのか自分の記憶なのか、結構定かでないものが多い。
後からの記憶って、それはお母さんがあなたこうだったのよって教えてくれるみたいな?
そう、とかアルバム見てとか。
あー。
情景を覚えているようで、実はそのアルバムの写真の情景みたいなものを自分だと思った。
だからぼんやりしてるんですよ。一人称としての視点がそこまで思い出されるわけでもないみたいな感じが多い。
けど、結構鮮明に覚えてるのは夕方の、でも結構フィクション入ってるような気がするんですけど、夕方の夕暮れの教室に、
多分みんなはお外遊びしてて、一人だけ教室にポツンと立ってて、あんまりありえないと思うんですけど、みんなのロッカーを見てるんです。
名前が書いてある。好きな子を決めなきゃいけないって思ってて。
あった、そういうの。
聞かれるから。そのロッカーの名前を見ながら、なんかこいつでいいかみたいな感じで、選んでたっていうのをめっちゃ覚えてますね。
あったな。なんかとりあえず好きな子を用意しなきゃって思ってたわ。
夕暮れの右側に大きな窓があって、そっから入ってくる光とか。
好きじゃなかったってことですか?全然。
好きじゃなかった。誰も好きじゃないけど、じゃあなんか敷いて作らなきゃいけなかったら、なんかこの子とよく遊ぶだから、なんか仲いいだから、なんか年組んでいいかみたいな、そんな感じ。
私はしゅんくんだったな。
すごいな、あなた。そんだけ娘が覚えてたら、もうなんか、お前はどういう育児をしているんだと、コンコンと詰められそうですけどね。
理想と現実の乖離:ツボネ、鬼ババ、そして自分を肯定すること
ホリデーというか、そのイベントごとってそういう記憶、忘れたとしても多分すり込まれてると思うんですよね。
うん、確かにね。
だからそういうことのために、もうみんなが全身全霊で頑張ってるっていう。
そうなんだよな。子供のためにやるホリデーは、もうそういうなんか親としてのみたいなところに乗っかっちゃってくるから、よりちゃんとやらなきゃみたいなのはありますね。
そうですよね。でもなんかちゃんと褒められてほしいけどな。それはどういう仕組みでそれができるようになるんだろう。
いや難しいですよね。なんか今Xみたいなさ、チミモールの世界とか見ると大体は批判しかされてないし、こうやって。
やめときゃいいのにっていうね。
見ないに限るんですけど。でなんか、お互いにそのままともで頑張ってるねみたいなやつはもちろんいいんだけど、実感薄いっていうから。
人様に見せてる側面での褒められだから、後悔を抱えていたり、自分としてなんで思ってられなかったんだろうってやっぱりうちの中で発生していることじゃないですか。
なんかあそこであんな嫌な言い方で怒ったりせずにとか、あそこでちゃんと手を止めて話を聞いてあげればとか、あのわがままをなんでスルーしちゃったんだろうとかがやっぱ思い出される。
でさ、外に出ないから、そこを肯定できるようになれたらいいんですけどねっていう。
そうですよね。仕事ではそういうことすごく思いますけど、なんであの時100%なんてないじゃないですか。
いや本当にそう。
成果って言ったって、結局さ、もっとできたんじゃないって。
いやそれはそう。どこまで行ってもね。
常に思う。
まあね、本当完璧みたいな人だってね、別にそれより上を目指そうと思えばいくらでも目指せるわけなんで。
自己肯定感を高く持っていても、こと育児みたいな領域になると、ちょっと自信がすり減るというか。
そうですね、育児の面においてやっぱりなりたい自分に一切なれないからでしょうね。他の面においては理性とか余裕とかがあって、なりたい自分全とした振る舞いができるんだけど、
こと育児になると、もう精神的、時間的、体力的余裕がなくて、こんな自分好きじゃないっていう自分をまざまざと毎日見せつけられちゃって、こんなんじゃなかったのになって思う。
こんなに余裕がないとか、声を荒げるだけでも嫌だし、こんな嫌味なこと言っちゃってとか、そういうこんなじゃなかったはずなんだけどな、私という人間はみたいな気持ちになりますね。
自分で自分を肯定できないですね。
そうそう、育児してる自分に対しては自己肯定感も限りなくないみたいな感じですね。
なるほどね。働いてた場合、人は会社でツボネになるじゃないですか。
絶対なるからね。
女性は絶対なるから。
全ての道はツボネに通じるから。
ツボネになる背景としては、やっぱりなりたい自分になれてなかったりとか、いろんな理想の自分との乖離みたいなところがあると思うんですよ、ベースはね。
あとは、それこそ体力の減退とか、そういう問題が影響して、余裕がなくなっていってしまうみたいなこともあると思うんですよね。
それは、会社ではツボネと呼ばれて、時に煙たがれるけど、家庭内においては、そういうものの名称とかもないから、
そう、ない。
静かに変化してしまった自分に、自分で苦しむしかないっていう。
ある種名前つけれたら、そうなっちゃったみたいな、ちょっと違う自分というか、ツボネの自分出ちゃったわみたいな風にして、本来の自分はそうじゃないんだけどねとか、
直しようがあるとか思えるかもしれないけど、全部自分ってなったら、受け止めるのにヘビーすぎるってあるのかもしれないですね。
つぼね的人格出ちゃったから気をつけようみたいにして引っ込めるみたいな、そういうメタ認知がしづらいですよね。
気づいたら移り変わっちゃってて、しかもなんかそれが全体がもう今の自分で、自分の人格が変容しちゃったみたいに感じちゃうわけですよね。
つぼね的人格出ちゃった後に、ツボネオールザタイムみたいな感じになっちゃってるからね、その家庭において。
穏やかな時ももちろんあるでしょうけどね。
あるある、今日マジで余裕あるなみたいな時もある。
スッといっちゃうから。
そうな意向がね、いい名前作れたらいいんだけど。
名前がないの?こういうのに。
ない、鬼ババ?
鬼ババかな。
鬼ババってそういう時のあれなのかな、わかんないけど。
鬼嫁とか言うんだとしたら鬼ババかな。
鬼嫁ね。
鬼嫁って言葉もムカつくけどね。鬼ムコはないの?
ムコがあんまりいないからでしょうね。
鬼嫁ってそもそも何する嫁のこと言うんですか?
シュートが言いますよね。
鬼嫁って厳しいってこと?
わかんない。
つつましくないってことじゃない?
そうじゃない?
誰かにとって鬼に見えるとしたら、それは多分シュートから見えるのか旦那さんから見えるかどっちかでしょうね。
トゲトゲしちゃうみたいな。
子供から…
鬼ママ?
鬼ママかな。鬼ママって呼ばれるんだったら鬼ババって呼ばれたいな。
でも子供は現時点ではそう思ってないわけですよね。
イライラしちゃうけどいいお母さんって言ってます。
子供は受け入れるんですよね。
いいお母さんみたいに世界一好きなお母さんみたいに言ってくれて、嬉しい反面そのようなことをわざわざ言わなければいけないようにさせてることへの罪悪感がすごくて、私自身は。
だから、そんなありがとうみたいなも全然できてないよみたいな風に言うと、娘は余計お母さんが指定してくると。
自分は世界で一番好きとか素敵って言ってるのに違うって言ってくるから、違わないのにってなって言ってきて、
これを本当にビッグラブで包み込む器と度量と余裕欲しかったみたいな。
彼氏彼女感であるみたいなことやってますね。
もっと信じてよみたいな。
私がいいって言ってるのになんで否定するようなこと言うのみたいな。
彼氏彼女感に変換されると途端にバカバカしくなってきて。
そのセリフだけ聞くとその感じが。
そうかもしれない。もっとバカバカしく受け止めた方がいいのかもしれない。
私は前も言ったかもしれないけど、かやこさんはとりわけ母親っていうものに対してはすごく自分に厳しいと思う。
たぶんいろんなところでちょいちょい言ってると思うんですけど、
やっぱり連鎖を避けたいと思ってるんですよ。母と娘の関係性の。
わかんないけど、人はみんなツボネになるのと同じで、
ある程度は影のようなものが生み出されてしまうという諦めの境地を持ちながら、
その上で肯定していかないときついんじゃないかなっていう気はしますけどね。
そうですよね。やっぱりそれでいくと人はみんなツボネになるんですけど、
やっぱりまれにまったくお庭場にならない人がいるんですよ。実在で。
までもまれですからね。
本当にまれだけど、そこを目の当たりにしちゃったときに、
例えば芸能人とかの、芸能人がこの年齢でこのスタイル、この美貌とか言われても、
それに比べて私はとか一ミリも思わないじゃないですか。
違いすぎて、そこにかける情熱もお金も苦労も違いすぎるけど、
身近な人とかに、全然子供かわいすぎて怒鳴るとかないんだよねとか、
むしろ幼稚園に行くのも早いと思っちゃうぐらいずっと家で過ごしたいみたいな人とか見ると、
ポカンとしちゃって、え、そういうことがポッシブルみたいな。
ちょっとインポッシブルすぎて。
理想が高いんですね、たぶん。
高くなっちゃう。そんなことできないやって自分のことだったら思えるけど、
子供のことだったら、努力してそうなりたいって思っちゃうんですかね。
私は仕事にそう思うから。
そうか。
すごい人とか見ると、この人はこんなにすごいのに、私はそれができなくて、
私がこの仕事をしなくて、あの人がやってたらもっと成果出せるのにって思って、
すっごい悔しくて、もう泣く夜もいくつもあったみたいな感じなんですよね。
それは確かに私も思うな。
やっぱ本気でしてればしてるほど思うんじゃないですか。
そうそうそうそう。後からでも、その同じやり方はできるわけないし、私はその人じゃないし、
その人にだって多分いろいろあるし、もう私は私のやり方でやるしかないよねって、
後から自分を慰めつつ、頑張ったねって自分で自分に思うようにするしかないんですけど。
でもね、もう本当に結局人生の話なんですけど、
結局スヌーピーの名言に立ち帰って、やっぱり人は配られたカードで勝負するしかないっていうか、
さっきも隣の芝じゃないけど、できてる人を見てああなれたらってのは本当に思うんだけど、
なれないから、なれないし、きっとその人は育児ではほとんどパーフェクトみたいに見えても、
絶対何かしらで大変なところとか苦労してるところとかままならないことはあるから、
いろんな人の完璧な面だけ見て、足りない足りないってしたら、人としても窮屈になりすぎて死んじゃうから。
それがかやこさんのモヤモヤなんだろうなって思って。
そうですね、私のある種の呪いみたいなのはそういうのかもしれないな。
なんかできてないっていう思い方も理想を掲げすぎて強すぎてみたいな。
育児だと子供に影響を与えちゃうみたいに思うと、取り分け責任感をものすごい持ってるっていうのが。
そうですね、すごい責任を感じてるかもな。
それを当事者じゃない私が何を言ったって、その件に関しては100回考えたみたいなことを言ってるだけだと思うんですけど。
ただ、そういうことが謝り続ける女たちってことなんだろうなって思ったんですよ。
人生の縮図としてのホリデーと、自分を労わること
本当にそう、日々だからね。
やっぱり人生の話なんですよ。ホリデーには人生が詰まってるっていう話ですよ、これは。
ホリデーの回だった。びっくり。
ホリデーの回だった、これ。
そうですよ。
そうやわ、皆さん明けましておめでとうございました。
いやだからもうこれ放送されるときには春だから。
新春よね、でも新春っていう意味では正月も本当の春も。
まあ確かね、どっちも春っちゃ春ですね。
そうそう、めでたいみたいな。みんなね、これが放送される頃には春に向けてワクワクするみたいな気持ちで見ていただければ。
ちょっとヘビーな話題になりましたけど。
でも私はもともとね、このホリデーのモヤモヤを語って、なんかもうちょっと深いところに話が出てこないかなとは思ってたから。
これがかなさんがこの収録時間が長くなっても喋らそうとして、その結果取り高が多くなってその結果編集の負荷が増えるってやつですね。
そうかな。でもここまで話さないと謝りらしさがちょっと足りないかなみたいなね。
そうですね。
持っちゃう欲が出てしまう。
やっぱダイビングをしに来てるという感じがありますから、シュノーケルではなく深い話ができたほうがというのもありますね。
カルチャーの話から人生の話までできて、ナイステーマでしたね。
ここから墓場までみたいな感じで全然違うけど、意外と深いところまで来れるようなきっかけとなるホリデーでしたね。
そうですね。
皆さんそれぞれのホリデーを無理なく。
そうですよ。
お楽しみいただけたらと。
そんなことわかってるよと思うかもしれないですけど、もうあなたはとっても頑張っているので。
本当だよ。もう人間本当さ。もうアカシア様ですよ。今生きてるだけで丸儲けよ。
そう。今ここをね、ホリデーにおいてもまず自分が楽しむっていうことを考えて過ごしてもいいんじゃないでしょうかっていう。
そうですね。気負わずそうして生きていきましょう。
リスナーからのメッセージ募集と番組告知
このくらいですかね。今日はまだ話しかりないこととかないですか?
大丈夫です。
というわけでね、皆さんのホリデーの思い出とか、これすると上がるみたいな話とか、こういうふうに人と比べちゃって辛いとか、そういうご質問ご感想などなど募集しておりますので、
ハッシュタグあやまリスナー、あやまはひらがな、リスナーはカタカナにてお待ちしております。
お便りフォームもあります。このエピソードの概要欄にお便りフォームのリンク貼っておりますので、
ご質問ご感想話して欲しいトピック、ホリデーについてのあれこれなどですね、本当お気軽に送ってください。めちゃくちゃ喜びます。
もし番組楽しんでいただけましたら欲しい図評価やフォローしていただけましたら大変励みになります。
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それではまた次回お会いしましょう。
はい、ありがとうございました。
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