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みなさんこんにちは、獣医師の前田亜也子です。 本日は、
私がペットロスになった時のお話をさせていただこうかなと思います。 私はですね、2020年に
ペットロスに人生初めてなりました。 獣医師がペットロスになるということが
とても貴重だし、必要だし、大切だし、というところなんですけれども、
なろうと思ってなれるものじゃないじゃないですか。 でも私は6年前にペットロスの体験をした時に、
やっぱりとっても苦しかったんです。 どんどんメンタルが、いつもの私じゃなくなっていく。
それとともに肉体もどんどん動きたいのに動けなくなったりとか、 全く不自由な状態になっていくっていうね、それを体験して
とても苦しかった。 でも今となってはその体験が、皆さんとそのペットロスの感覚を共有ができるので、共感ができる
という獣医師として非常にありがたい宝物を いただいたなぁと思って。亡くなった子にも感謝だし、全てにおいて感謝なんですね。
その時の、ちょっと当時のお話をちょこっとさせていただこうと思いますけれども、
2020年の10月28日に父が亡くなるんですね。 これも比較的突然でした。その予定ではなく、
急変という形で亡くなったんですね。 ある程度お年なので、いつかそれが来るというふうにXデーとして思っておりましたが、
実は私は父との関係性というのが非常に濃さがとてもあって、 獣医師という仕事を選んでいるし、そういうような私の人生の前半
っていうのはもう絶対的に父ありきで、非常に重要な私の人生のキャストだったわけですよ。 父という存在がなくなって、その幼少期というか
幼少期でもないな。30歳ぐらいまで私は父が死んだらどうなってしまうんだろうかというね。
そういうような依存していた状態だったんですね。 それが実際、人生のイベントとして父との別れというものを急に体験するんですけれども、
比較的そこは私の成長がきちんと確認をされた出来事だったので、もちろん悲しいし、
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いろいろな思いはありましたけど、でも当初、私の人生の前半で父が亡くなったらどうしよう、私は生きていけないみたいな、そういうような
ぐらついた足元の緩さは全くなくて、 一般的な父との別れというのを体験したんですね。
父が思う通りの最後の方法で弔いもできて、もうそれは
笑って過ごしてねというのが父の思いだったので、セレモニーをやらせてもらったりしたんですね。
それでちょっとほっとしました。ちょっと体の疲れというのが少しあったりとかしながら、
やや夜中にちょっと目が覚めてみたりという、そういう体の反応が出てたりしていたところで、その1ヶ月後ですよ、父が亡くなった1ヶ月後に
愛犬キャンディーをですね、なくすんですよ。これがすごく可愛い子で、
芯は強くて、そして自分が可愛いということを、もう何も1ミリたりとも疑わないというような、そういうような
子で、私が可愛いんだから可愛がられて当然でしょというような、なんかそういうね自己肯定感の高いしっかりした芯の強い
女の子だったんですね。運動能力もとても高けていて、だから私がその当時すごく週に何度もこうフラッと仕事の休憩時間に山に行ったりとかしてたんですけど、それいつも付き合ってくれて、私よりもタタタタタ走って山登って行ったりとかしたりしてくれたんですね。
だからそのキャンディーが父が亡くなった1ヶ月後に、突然亡くなったんですよ。で、これがもうね、やっぱりそのペットロスが発症してしまったというか、私が体感した1ヶ月に1回ですね、の大切な存在との別れというのをきっかけにペットロスになったんですよ。
いやもうペットロスってやっぱりその方はそれぞれだと思うんですけれども、まずやっぱ不眠っていうのが現状に現れましたね。不眠が現れ、そうするとやっぱりこういろんなことを思い巡らせるという、今でこそ私は呼吸法に出会ってその後に出会っているので、
その思考が自分自身ではないというその観点が呼吸法によって私の中にインプットされたので、その当時にそれができていたならばペットロスにはならなかったかもしれない。
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だけれども、本当にその夜中に目が覚めて眠れない、眠れないという自分をジャッジする、眠れない自分はダメだとか、獣医師なのに今までペットロスになったことないのにこういうふうになって私はダメだとか、
とにかく自分を落とし入れるというか、低く見積もるというね、そういう思考ばかりが出てきていて、寝なくちゃ、寝なくちゃ、寝なくちゃっていうね、でも眠れないんですよ。
呼吸法も知らない私は、瞑想というところにもたどり着けないし、本当にとても苦しくて、翌朝はその状態で体力が充電されない状態で朝を迎えて指導、活動しなくちゃいけないので、それはだるいですよね。
それがちょっとしばらく続いたんですね。そこからどんどん拍車をかけて、ペットロスイコールメンタルダウンイコール打つ傾向になっていくんですよね。パニック傾向になっていくんだけれど、仕事上はやはりそれは続けられないほどでもないし、
これ多分特徴的だと思うんですけど、メンタルのダウンって、私だけだよな、こんなことで私つらいんですって言ってはいけないよな、私が弱いからだよなっていう、やっぱりそこの落とし入れモードに入るわけですよ。自分を落とし入れるというね。
だからご多分に漏れず、私もそれだったんですけれども、私ちょっとまた余談になりますけれども、そういうような、いろんな人生のタイミングってあるじゃないですか。メンタルダウンするようなね。だから心が満たされていないというか、自分自身とずれちゃっているような、そういうタイミングって結構あるじゃないですか。
で、そのキャンディーのペットロスの時に、その時が最終的に確定されたか、その後だったかわかりませんが、何度も何度もそういうメンタルダウンを小さいのから大きいのからっていう、それを体験していって私のアヤコイズムが確立されているんですけど、やっぱり医療提供する側、私だったら獣医師。
その他、世の中にたくさんいらっしゃる先生と呼ばれる師と名前がついているご職業のそのポジションの方。その方たちってやっぱりそんなに簡単ではないと思うんですね。
というのは、やっぱり師というのは何か自分で体験したもの、自分が持っている知識、それを一歩先に進んで自分が大得し、そしてそれを求める人に差し上げる、与えるっていうような、そんなような役目があるのかなと思うんですけれども、
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それが自分自身が満たされていなければ与えられるものもない、枯渇しているっていう、そういう状態で外側だけにこにこしながらそれをやり続けるというのは、これは自分自身もどんどん疲弊していくし、それから与えられていないと思うんですよ。
なので私のアヤコイズムとしたら、師と呼ばれる存在である我々獣医師は、自分自身が満たされているという状況は当たり前に大前提ですというね。だから与える存在は自分自身が満たされていないと与えられないので、それは動物たちがもうすぐに見抜きますよと。
人間同士ではそれは偽られるかもしれない。自分のことも偽られるかもしれない。ペットオーナーのことも偽られるかもしれない。けれどもペットには全くそれはもうすかすかのバレバレなんですよ。
だからそのような体験を何度もしながら、キャンディーの時にもそれを感じて、やっぱりそうなんだなというふうに感じて、そのアヤコイズムは獣医師の先生に向けたアヤコイズムかもしれませんが、
その獣医師の皆さんへ充実した状況でありますかと。自己犠牲を払ってすかすかの状態で医療を施していませんか。まずは一旦立ち止まってご自身をきちんと満たしてあげませんかというね。
そういう獣医師の先生とかにちょっとたまたまお伝えするタイミングがあると、そんなお話をさせていただくとやはり先生方涙流されるんですよ。同じ同業の獣医師である私がそれをお伝えするからということもあるだろうし、皆さん疲弊してるんですね。
これは別のことなので、ちょっとこれは後でまた次回でも別の回でお伝えするとして、私もそんなすかすかの状態でペットロスというメンタルダウンを起こしということだったんです。
で、じゃあどうやって今私が6年前ですけど、どうやってそれを克服したのってちゃんと自分自身一致して元に戻れたのっていうふうなことをお伝えしたいんですけれども。
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それはですね、そのペットへ、私だったらキャンディですね。キャンディに手紙を書いたんです。で、それはキャンディへ内容を書き、そしてあやこよりなのか、ママよりなのか、お母さんよりなのか、私よりなのか、
それは各それぞれ皆さんご自身を表現していただくんですけれども、やっぱりそのキャンディへっていうふうなことで書こうとすると思い浮かぶもの、もう何でもいいんです。
課上書きでも文章でも。やはり感謝の思いが出てくるんですよね。ずっと一緒にいてくれてありがとうねって。本当に一緒にいてくれたんですよ。2キロ以下なので、行くよーって言って抱っこして。いつでも一緒でしたね。
キャンディへいつも一緒にいてくれてありがとう。キャンディがいなくなったからより本当に大切な存在だったってわかったよって。本当にありがとうねって大好きだよって。そんなような言葉がバーって出てきたんですね。
それを書き終えて、やはりその感謝という思いが出てくると満たされるわけですよ。ちなみに感謝とかこれはイコール愛とも言い換えられると思うんですけれども、
これってやっぱり一番本来の我々自身が愛の存在であり感謝の存在でありということなんだろうなって。すごく心からありがとうとか心からありがたいとかって思うとものすごく満たされた状況になるわけですよね。状態になるんですよ。
その手紙を書いてそれを読んで、ペトロスのずれた状態で自分が自分じゃないような状態でもそれを書いたことにより少しずれが戻ったっていうのかな。そんなような状況になるんですね。
ここでその次のステップがありまして、次はですね、それを自分自身への手紙として内容はそのままで置き換えるんです。私へ、そして最後は私より、この手紙にするんですね。
だから、いつも一緒にいてくれてありがとうね。こんなに一緒にいてくれて大切な存在だって知らなかった。ありがとう。私から私へ。そういうふうに手紙を書き換えるんです。
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そうすると、さっきのキャンディへの手紙にプラス自分への感謝というのが、ベクトルが自分自身に向くと、いかに自分自身をやっぱりないがしろにして自分自身を落とし入れていじめていじめてというふうにしてきたことへの
やっぱりこかつ感、それがいかに満たされていなかったかっていうのがわかるんですね。そこでその感謝の手紙がじわーっと自分自身に染み込んで
本当にそれまでキャンディへの涙っていうのはあったかもしれないけれども、自分自身のことを感じて思った涙っていうのはもうなかったんで、いじめて泣いてたかもしれないけれども
自分自身にありがとうっていう感謝の涙っていうのは全く流せてなかったので、そこで自分自身に感謝の意を込めた自然に出てくる涙っていうのを感じたんですね。
そこから私がどんどんペトロスから脱却して抜け出て、いつもの私になって、どんどんどんどん内側が満たされ、そして本来の私になり、いつもの私に戻れたというペトロスからの脱却方法を今日はお伝えをしました。
これはですね、インスタグラムのリールの、もうちょっと前になりますね。1年2年とかって前になっちゃうのかな。
遡っていただくと、そのような獣医師彩子の独り言、ペトロスからの、なんだかな、ちょっとタイトル忘れちゃいましたけど、それで短くメッセージお伝えはしておりますが、内容としたらこういうことですね。
本日も最後までお聞きくださりありがとうございました。
また、私の何か皆さんにお伝えしたい、彩子イズムだとか、ペットの基礎の注意学だとか、日々のエピソードだとか、ございましたら収録をしてお届けしたいと思います。
それでは獣医師、前田彩子でした。失礼いたします。