共感覚って言われるものに近いと思ってて。
例えば国語って言ったら何色?
向井 赤。
なんで?
向井 わかんない。でも共感覚は音とかにはある。
本当?
向井 そう。ピアノやってたから、自分の中でドは赤だなとか、ラとかシは寒色だなとか自分の中であるから、そういうものだよね。
なるほどね。
例に色なんかあるわけないや。
そのじゃない側からすると何言ってんのってこれもなる。
そうだよね。
その感覚やな、ずっと。説明してって言われても、そういうもんやねんなって思う。
向井 それってちなみに催眠とかも同じ話?
すっごいやっぱ脳液に興味がある。
催眠は違うよね。俺催眠の勉強したことあって昔。脳科学みたいなのをそもそも研究してる人やったからさ。
人間がどういうふうにしたら錯覚とかやるのかっていう人やったから、結局催眠術も調べたら、要は脳のバグみたいな感じ。
だからあれはなんかその超能力とかっていうよりかは、確かにテクニックみたいな感じであるっていう認識やけど、それはそう?
僕?
催眠術には別に。
脳に飛びさせしの宮本さん。
だから催眠術は割とトレーニングしたら誰でもできるものって思ってて、俺もできてたし。
向井 それってさ、かかりたいと思って、かかるトレーニングはできる?
かかるトレーニングはちょっとわからんけど、かかりやすい人とかかりにくい人がいるっていうのは確実にあって、最初の簡単な催眠術とかって、基本体の構造としてそうなるものっていうのをやるんよ。
例えば手を上にして片方は下にして、これに対して要は片方は糸で釣られていって、この風船があるようなイメージ。
片方は何か重りが乗ってて重いイメージみたいなのを持ってもらった上でやる、こうなる人とかって多いんだけど、それって体の構造的に手のひらを上にした方っていうのが下に行くっていうのがそもそもあるような構造として。
だから誰しもが何年けど、より思い込みが強い人、引っ張られてるとか上に乗ってるって感覚が強い人って体が勝手にこう動いちゃうよね。
っていう簡単な体の仕組みかける、かかりやすいかどうかを測るテストっていうのが催眠術そもそもあって、それを一回バッとかけて、この人かかりやすいなってなった人とかにかけていくみたいな感じだから、それをトレーニングできるのかわからない。かかる側が。
だからどっか頭の中で冷静してるんじゃない?
してるんだと思う。
かかんなかったってことやってもらって?
一回やってもらってかかんなかったから、今度催眠術の賞行こうと思って。
賞とかの方が無理なんじゃない?1対1でやってもらった方がいいんじゃない?
そうなんだ。
多分。見られてるみたいなのもあるからさ。
見られてない方がかかりやすくなるの?
どうだろうね。それも人による気はする。テーブルとかで実際にやってたりするから。でもあれも裏とか楽屋とかで、そういう簡単なかかりやすい人かどうかっていうテストをやった上でやるみたいな話は聞くから。
でもさっきさ、どっかで冷静してるんじゃないのって言ったけど、全部に対してそうだよ。
そうだよ。
でも。
作りたいとか思ったことないの。
どういうこと?
創作とかさ、冷静してたら絶対できひんと思ってんだよ。
え、そうなの?そんなことなくない?だって私小学生のとき夢小説書いてたよ。
小学生のとき夢小説を書いてた自分も冷静してるやん、まずすでに。
でもそのときからクラスメイトのことを冷静してたもん。
黒歴史として今語ったわけやん。夢小説を書くということを。
黒歴史としては思ってないけどね。
本当?何かを作るという段階に入るときにさ、ちょっとロマンチックだったりとか、より良くなるためにとかに架空のものを持ってきて使うという行為がさ、現実的じゃないじゃんってまず一個突っ込まれポイントが絶対に生じるの。
確かにね。
現実じゃないからそれ。で、一発で殺せるのよ、創作に。なので創作に向いてる人間は冷静とかけ離れたことができないと無理っていう持論があるっていう。
向井 でもそれで言うと、これ前もメタの認知力が強すぎてみたいな話をされたことがあったんだけど、そのときに発覚したのが、常にメタで見てちょっと冷静してる自分はいるんだけど、冷静してる先の行為があるじゃん。
それをやることは全く恥ずかしくないから、なんかやりながら冷静してるみたいな感じ。例えばさっき言ってた30人とかで学校行くイベントとかみたいな気持ちがありつつ、それをやることは全然恥ずかしくないんだよね。
冷静しつつそれをやってることに対しては冷静しないってこと?どういうこと?
向井 それに対して感情どっぷりつかれるし、同時にちょっと上の方で自分がまたこんなイベントやってるわらみたいな感覚もあるっていう。それが並列してるかも。
並列するのか。
保険として冷静してるのかな。それでさ、DMとかで30人で比較旅行みたいな来た時のためにそうだよって返せるように、既に事前にこちらで冷静を用意しておいて。
向井 あれか、先にクソリップ対策のために先にクソリップしとくみたいな。
自分ツッコミみたいな。
向井 でもそれってさ、その前提、その指摘が恥ずかしいと思ってるからな気がしてて、その周知心がマジでない。
でも冷静はしてんにゃ。
冷静はなんかその、ちょっとおもろ口してるのもあるから。冷静っていう芸がおもろいなって自分の中で思ってるから、なんかその様子を。
これってなんかつまりこういうことだよね。で、ちょっと自分に対する悪口も思いついてるけど、でもそれを言われることに、その言われる自分になってることについては何の周知心もないから。
なるほどね。
なんかあんまりその、やっぱ普段さ冷静をやってるとさ。冷静をやってると自分には分からないけど。
冷静家だけ。
さらに長い間冷静家をやってるんだけど。の時に、それをやってるということは冷静の対象になってることを根本的にバカにしているし、それを自分はできないんでしょって思われがちなんだけど、そこのリンクがマジでしっくりきてなくて、いやそれとこれとは別じゃんみたいな。
そのバカなことをやってるのも楽しいから、別にあんま分かんないなって感じかも。
なんかそれをふと我に変えるというか、今俺何やってんだっけみたいな感じで俯瞰で見る視点みたいなのは出てくることあるけど、冷静っていう視点はあんま分からんのと。
あとはさっきのミヤムのやつでいくと、冷静してると作品、クリエイティブ出来品ってよりか、俺どっちかっていうと、自己催眠かけれへんかったら、クリエイティブ出来品の方が俺はしっくりくるなと思って。
要はそのアプローチの仕方みたいな感じのイメージで、世の中に何か自分が作ったものを出すって、多分何かしら自分の出したものが世の中に価値があるものとして認識できてないと出せないと思ってる。
からやっぱそこのある種、催眠じゃないけどそう思える力みたいな。あとは起業家とかそうやん。あんなのみんな自分がどんだけ死んだことあったとしても、自分がこの世の中にこの作品を届けることが、みたいな正義みたいな感じ。
思っている人しかできひんみたいな感じだから、やっぱそこに対してある種自分をごまかしって言っていいかわからんけど、自己催眠できる人っていうのが結構しっくりくる。
からこそ俺昔創作やった時期あったんよ。写真撮ってて、クリエイティブなやつやってて、あの時は自分天才だと思ったもん。
天才だと思ってた時にできて、それで本物の天才を被写体にした時に、俺もう無理、全然無理やんみたいな。で、やめた。
被写体側が天才だった。
そうそうそう。青山田ちゃんっていうダンサーの子を撮った時に、自分も写真で表現する側、撮られる側、ダンサーっていうやつやけど、一応被写体としてやってたから。
っていうのでぶつかった時に、もう負けた。本物には勝てへんってなって。
当時俺は別に写真を本業にしてたわけじゃなかったから、やっぱり本物の人に俺ぐらいの趣味でやってるような人間が立ち向かっちゃダメだってなって、結構折れてやめた。
そうだったんだ。
あの時自己催眠が解けたなってなった。それまで撮った写真がSNS上げてみんなすげえみたいな感じがあって、俺自身もすげえって思ってたから。
催眠を解くのは才能なんかの。
でも俺はそうやったね。ぶつかって結構やられたってなった。
なるほどね。
でも小説の世界なんかさ、上なんかいくらでもおるからさ。
でもぶつかることがない。ぶつかるのかな、それって。
それでぶつかって折れるのが難しいなっていうのが。文体なんかさ、人違って当たり前な世界すぎて。
そうね。小説とか。
そうなの。僕が文章を書くよりちゃんとGPTが書いた方が早いってなったら、早くてたくさん書ける。俺の負けや。もうやめようみたいにならへんみたいな。
俺の場合はだから、やっぱり撮る側と撮られてる側っていうのがいた時に、これまでは撮ってたんよ俺が。動かして。モデルとかを。撮らされてたんよ。
なるほどね。
俺じゃなくていいってなって、無理だってなったって感じかな。それで負けたって感じ。俺にかもしれない。
だから多分役者とかで演技バトルとかしたらよりそれが如実に出るんじゃないか。小説のバトルとかってなんもないと思うけど。
そうね。
作風の違いやからさ、多分。
確かに。でも白と黒のスプーンみたいな。
まだ見てないな。
料理対決のね。
100人の料理自慢たちが。料理なんか競うものじゃない?基本。
基本ね。
中華とハンバーガーショップが同じステージで戦ってるみたいな。めっちゃ如実に順位つけられる。
そうね。あれで全く別ザンリやからっていう言い訳が作りやすい仕組みだと思ってた。あれは。
だからそんなに心折れる人おらへんけど、ほんまに中華っていうジャンルだけ集められてやってたら、多分心折れる人めっちゃおるんじゃないかなって思うけどね。
なるほどね。
バットというかでっかい壁に当たった時にさ、何くそって思えるタイプ?やめようって思うタイプ?
ものによるかな。自分が気になる領域だったら多分めっちゃ悔しいってなるけど、でもここ数年マジで減っちゃって、これが良いことなのか悪いことなのかの解釈がまだついてないし、多分10年後とかにつくのかなって感覚がなんとなくあって。
私地元がめっちゃ田舎で福井県から来たんだけど、地元にいた時ってもう反骨精神だけで生きてたのよ。
田舎の人そう言うよな。
そう、田舎から東京に出てきた人って大体そう言いがちなんだけど、別に今思うとそんなことないけど、何もない田舎でこんなとこで死にたくないみたいな。自分は他の人と違うから東京に行ってやるみたいな感じの、どうなりたいかっていうよりかは、こうなりたくはないなっていうなんとなくのマイナスの図があって。
そうそう、それにならないために努力をするっていう、かなりそのモチベーションで言うとすごい強い気持ちで、周年みたいな感じで出てきたんだけど、割とその10代のうちに思い描く夢なんてすぐ叶っちゃって、なぜかというとそもそも選択肢を知らないから。
まあそうね、田舎にいればより。
そうそう、田舎で一人っ子の女の子で、うち不死家庭でお父さんも結構やんちゃでいろんなとこ行ってたから、おじいちゃんおばあちゃん育ててもらったんだけど、ってなるとそもそも女の子が大学に行くが結構デカハードルだったので、最初そもそも結構ちゃんと喧嘩をしないと地元から出してもらえないみたいな感じだったから。
子供にしては結構心理的ハードルの高いところを乗り越えてた時に見てる夢って結構ちっちゃい夢だったから。 現実的に見える今見ると。
海外に行って広い世界を知るぞみたいな、そういう何をしたいかってよりかはここから出るためにこれがしたいみたいな感じで考えてたのが大体かなっちゃって、で30代を迎えてなるとさ、今見えてる世界の中で次何をしたいかを考えた時に、